TSしたセフレとドロドロでぐちゃぐちゃな関係になっていくお話 作:きむちーず
一通り話したところ、もう昼が近づいていた。ちなみに律の体については何も原因が分からなかった。変なものを飲んだとかそういうのはないそうだ。
言葉を重ねた。けれど、空気は少しも軽くならない。
時計の秒針だけが、静かな部屋に響いていた。
「……あー、クソ」
律が乱暴に頭を掻く。
「どうしたの?」
「酒」
「え?」
「飲みたい」
吐き捨てるような声だった。
「こんな状況飲まなきゃやってられん」
その言葉に胸が痛む。律は冷蔵庫を乱暴に開けた。
「……切れてるし」
舌打ち混じりに呟くと、そのまま玄関へ向かって歩き出した。
「ちょ、律?」
「買ってくる」
「待って」
思わず腕を掴む。律の肩がぴくりと震えた。
「一人じゃ危ないよ。」
「……は?」
低い声。
振り返った律の目には、明らかな苛立ちが浮かんでいた。
「危ないって何」
「いや、その……」
「コンビニくらい大丈夫だって」
言葉に詰まる。
「そういう意味じゃなくて」
「じゃあどういう意味だよ」
律は私の手を振り払った。その仕草だけで胸が締めつけられる。
「律……」
「少し、一人にしてくれ。」
その一言が、何より痛かった。怒鳴っているわけじゃない。でも、その声にははっきりと拒絶があった。
「……悪いけど、やっぱちょっと無理だ」
息が止まる。そうだ。当然だ。
傷つけたのは私なんだから。律は仕方なく私を頼ってるだけで、本当は顔を合わせるのすら嫌なはずだ。
律は視線を逸らしたまま、小さく息を吐く。
「頭、整理したいんだ。」
私は何も言えなかった。止める資格なんてない。
「……分かった。気をつけてね」
ようやくそれだけを口にする。律は返事をせず、ドアを開けた。
⸻
ドアが閉まる音が背中で響く。
外の空気は思ったよりも蒸し暑かった。
「……はぁ」
思わず深いため息が漏れる。やっと、一人になれた。胸の奥に張りついていた何かが、少しだけ軽くなる。
麗奈しか頼らないのは事実だ。他の遊び相手の女は、人の話を聞かないような奴ばっかだし、かといって男友達に女の体のこととか聞いても無意味だし。口の堅い麗奈は頼りになる人物であるはずだった。
それでも。
昨日のことを思い出すたび、体が勝手に強張る。あの部屋にいるだけで、落ち着かなかった。
「……あちぃな」
小さく呟きながら歩き出す。
見慣れた住宅街。何度も通った道。昨日までなら、何も考えずに歩いていた。
なのに今日は違う。
通り過ぎる人とすれ違うたび、妙に落ち着かない。人を見るたび心臓が跳ねる。
(……気のせいだ。)
そう言い聞かせる。誰も俺なんか見ていない。そう思っても、人とすれ違うたび見られている感じがするのだ。
「っ……」
歩くたびにわずかに揺れる感覚。そのたびに、自分がもう男じゃないことを突きつけられる。
たった3分ほどしかないはずなのに、やけにコンビニが遠く感じた。やっとコンビニに着くと涼しい冷房の風が肌を撫でた。
店内には数人の客。雑誌コーナーで立ち読みをするサラリーマン。飲み物を選ぶ高校生くらいの女子。レジでは店員が商品を袋へ詰めている。
誰も俺なんか見ていない。そう思っていた。そのときだった。
「いらっしゃいませー」
店員の何気ない一言。それだけなのに、心臓が大きく跳ねた。見られている、今回は確信づいた。
確かに男性目線からしたら、今の俺の顔は限りなく可愛らしいと言えよう。事実、俺も最初はなんだこの美少女はというくらいには驚いた。アイドルになってもやっていけそうなくらいには。
それにこの胸だ。巨乳好きの俺から見て、推定Gはあると思う。
いや、待て……胸?
違和感を覚え、思わず自分の胸元へ視線を落とす。
「……っ」
一瞬、息が止まった。
浮かび上がっていたのだ。二つの突起が。昨日まで男だった感覚のまま、何も考えずに外へ出てしまった。その事実を理解した瞬間、全身から血の気が引いていく。
「うそ、だろ……」
頭が真っ白になる。さっきまで何人とすれ違った。店へ入るとき、店員は俺を見ていた。
気付かれていたんじゃないか。そんな考えが頭から離れない。急に周囲の視線が肌へ突き刺さるような錯覚を覚えた。
いや、本当に見られているのか、それとも自分が気にしすぎているだけなのか、それすらもう分からない。
「……帰ろ」
酒を買うことなんて、どうでもよくなっていた。今はただ、この場から一秒でも早く逃げ出したい。俺は買い物かごを手に取ることもなく、足早にコンビニを後にした。
家までの道のりは、行きよりもずっと長く感じた。俯いたまま早足で歩く。さっきまで「一人になりたい」と思っていたはずなのに、今は一刻も早く部屋へ戻りたかった。
誰にも見られたくない。誰ともすれ違いたくない。その一心で歩き続ける。
ようやくマンションが見えた瞬間、張り詰めていた糸が少しだけ緩んだ。
「……はぁ」
エレベーターの鏡に映る自分を見る。肩まで伸びた黒髪。大きな瞳。細い首筋。どう見ても女だった。
「これが……俺?」
呟いてみても、返事はない。鏡の中の少女も、ただこちらを見返しているだけだった。
エレベーターが止まる。足取りは重い。
鍵を差し込み、ゆっくりとドアを開けた。
「……ただいま」
小さく声をかける。リビングから足音が聞こえた。
「律?」
麗奈が姿を現した。俺の顔を見るなり、その表情が変わる。
「どうしたの?」
「……」
何も言えない。言葉が出ない。情けない。たったコンビニへ行っただけだ。それだけで心が折れかけているなんて。
「お酒は?」
麗奈が玄関を見回す。俺は力なく首を横に振った。
「買えなかった」
「え……?」
「無理だった」
声が震える。麗奈は何も言わない。
責めるでもなく、慰めるでもなく、ただ黙って俺の言葉を待っていた。
「外に出たらさ」
乾いた笑いが漏れる。
「急に怖くなったんだ」
自分でも何が怖いのか説明できない。
「誰も見てないはずなのに、みんな俺を見てる気がして」
拳を握る。
「俺……昨日まで男だったんだぞ」
震える声が止まらない。
「何も考えずに外へ出て……それで初めて、自分がもう男じゃないって思い知らされて」
唇を強く噛む。
「こんなんで、この先どうやって生きていけばいいんだよ……」
最後の一言は、ほとんど消え入りそうな声だった。部屋は静まり返る俺は俯いたまま立ち尽くしていた。
——
しばらく、どちらも口を開かなかった。時計の秒針だけが、規則正しく時を刻んでいる。律は玄関に立ったまま、肩を落としていた。私はそんな背中を見つめながら、小さく息を吸う。
「……律」
呼びかけると、律はゆっくり顔を上げた。赤くなった目。さっきよりもずっと弱々しい表情だった。
「ごめん」
また謝ってしまう。謝っても何も変わらない。分かっている。それでも、口をついて出てしまう。
「違う」
律は首を横に振った。
「これは……お前のせいじゃない」
掠れた声だった。
「もちろん昨日のことは……まだ許せるとか、そういう話じゃない」
その言葉に胸が痛む?けれど律は続けた。
「でも、外に出て分かった」
一度、自分の両手を見る。細くなった指先を見つめながら、ぽつりと呟く。
「俺、本当に女なんだなって」
その一言には、諦めにも似た重さがあった。
「今まで普通だったことが、普通じゃなくなってる」
「歩くだけで気を遣う」
「人とすれ違うだけで怖い」
「何を着ればいいのかも分からない」
律は苦笑する。
「おっぱいは大好きだったはずなのに、自分のを見ると恐怖すら感じる」
笑おうとしている。でも、その笑顔はひどくぎこちなかった。
「……情けねぇよな」
「全然」
私は即座に答えた。
「そんなことない」
律は驚いたように私を見る。
「だって昨日まで男だったんだよ」
「分からなくて当然じゃん」
「そんなの……女の私だって、いきなり男になったら何も分かんないよ」
律は黙って聞いている。私はゆっくりと言葉を選んだ。
「だから」
一歩だけ近づく。昨日とは違う。勝手に触れない。
律が嫌がることは、もうしない。
「服でも、下着でも、生活のことでも」
「私に分かることなら全部教える」
「外に出るのが怖いなら、一緒に行く」
「買い物も、病院も、必要なら全部付き添う」
律は少しだけ目を見開いた。
「……そこまでしなくても」
「する」
自然と言葉が出た。
「昨日、私は取り返しのつかないことをした」
「だから償いたいとか、そういう綺麗事じゃない」
一度息をつく。
「今の律を、一人にはできない」
律は何も言わない。ただ、私をじっと見つめていた。長い沈黙のあと、小さく息を吐く。
「……じゃあ」
その一言だけで、私の心臓が大きく鳴る。
「まず、下着貸してくれ」
視線を逸らしながら、律は耳まで赤く染めていた。
「あ、」
なんとなく察した。
なぜ私も気づかなかったのだろう。
昨日から色んなことが起こりすぎて、そんな当たり前のことすら頭から抜け落ちていた。律は昨日まで男だった。
そんなものを持っているはずも、着け方を知っているはずもない。
「ごめん……」
思わず謝る。律は苦笑いを浮かべ、小さく肩をすくめた。
「いや、お前が謝ることじゃねぇよ」
律の姿を思い浮かべる。華奢な肩。細い腰。それなのに、胸だけは私よりずっと大きい。
「……私のじゃ入らないか」
「貧乳」
「は?」
一瞬、部屋が静まり返る。
律は「しまった」と言わんばかりに口を押さえた。
「……いや、その」
「今そのタイミングで言う?」
「口が滑った」
「滑りすぎでしょ」
思わず睨みつける。律は気まずそうに頭を掻いた。私だって気にしている。背も大きいし、スレンダーでいいじゃんとよく言われるが、貧乳からすれば大きい胸は憧れる。
近くにあったクッションを投げつける。
「ぶっ」
顔面にきれいに命中した。
「暴力反対」
律は苦笑しながらクッションを返してくる。その顔を見た瞬間。気づけば、私も笑っていた。昨日から張りつめていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。
「あ、そういえば」
私はふと思い出したように声を上げた。
「律、ちょっと待ってて」
「ん?」
「家にあるかもしれない。取ってくる」
「家?」
「うん。すぐだから待ってて」
そう言うと、私は鍵だけを手に取って玄関へ向かう。
「すぐ戻るから、勝手にどっか行かないでよ?」
「行かねぇよ」
律は苦笑しながらソファにもたれかかった。その表情を確認してから、私は部屋を出る。エレベーターで一階へ降り、外へ向かう。
私の部屋は、律の家から歩いて十数分。
何度も行き来した道だった。部屋に入ると、クローゼットの奥を探る。
「あった」
小さく呟く。以前、あの子が泊まりに来たとき用に買っておいた新品の下着。結局一度も使うことなく、袋に入ったまま眠っていた。
「こんなところで役に立つなんてね……」
複雑な気持ちのまま紙袋を手に取り、私は再び律の部屋へ戻った。
「これなら多分いけると思う」
律は受け取ると、タグを眺めながら首を傾げた。
「これってお前の?」
「違うよ」
「お前が着けてもぶかぶかだろ、これ」
「……だから私のじゃないって言ったよね?」
「はいはい」
私は何気なく答えた。
「それ、元カノの」
「へー、元カノ――」
律が一度頷きかけて、ぴたりと動きを止めた。
「……元カノ!?」
「そんな驚く?」
「いや、驚くだろ!」
律は目を丸くしたまま袋と私を交互に見る。
「お前、女と付き合ってたのか!?」
「付き合ってたよ」
「初耳なんだけど!」
「聞かれなかったし」
思わず笑ってしまう。
「……マジか」
律は妙に納得したように腕を組む。
「そうか、だからあんなに……上手かったのか」
うん、聞かなかったことにしておこう。
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