TSしたセフレとドロドロでぐちゃぐちゃな関係になっていくお話   作:きむちーず

4 / 6
私そっちのケもあるから

 

 一通り話したところ、もう昼が近づいていた。ちなみに律の体については何も原因が分からなかった。変なものを飲んだとかそういうのはないそうだ。

 

 言葉を重ねた。けれど、空気は少しも軽くならない。

 

 時計の秒針だけが、静かな部屋に響いていた。

 

「……あー、クソ」

 

 律が乱暴に頭を掻く。

 

「どうしたの?」

「酒」

「え?」

「飲みたい」

 

 吐き捨てるような声だった。

 

「こんな状況飲まなきゃやってられん」

 

 その言葉に胸が痛む。律は冷蔵庫を乱暴に開けた。

 

「……切れてるし」

 

 舌打ち混じりに呟くと、そのまま玄関へ向かって歩き出した。

 

「ちょ、律?」

「買ってくる」

「待って」

 

 思わず腕を掴む。律の肩がぴくりと震えた。

 

「一人じゃ危ないよ。」

「……は?」

 

 低い声。

 

 振り返った律の目には、明らかな苛立ちが浮かんでいた。

 

「危ないって何」

「いや、その……」

「コンビニくらい大丈夫だって」

 

 言葉に詰まる。

 

「そういう意味じゃなくて」

「じゃあどういう意味だよ」

 

 律は私の手を振り払った。その仕草だけで胸が締めつけられる。

 

「律……」

「少し、一人にしてくれ。」

 

 その一言が、何より痛かった。怒鳴っているわけじゃない。でも、その声にははっきりと拒絶があった。

 

「……悪いけど、やっぱちょっと無理だ」

 

 息が止まる。そうだ。当然だ。

 

 傷つけたのは私なんだから。律は仕方なく私を頼ってるだけで、本当は顔を合わせるのすら嫌なはずだ。

 

 律は視線を逸らしたまま、小さく息を吐く。

 

「頭、整理したいんだ。」

 

 私は何も言えなかった。止める資格なんてない。

 

「……分かった。気をつけてね」

 

 ようやくそれだけを口にする。律は返事をせず、ドアを開けた。 

 

 

 

ドアが閉まる音が背中で響く。

 

 外の空気は思ったよりも蒸し暑かった。

 

「……はぁ」

 

 思わず深いため息が漏れる。やっと、一人になれた。胸の奥に張りついていた何かが、少しだけ軽くなる。

 

 麗奈しか頼らないのは事実だ。他の遊び相手の女は、人の話を聞かないような奴ばっかだし、かといって男友達に女の体のこととか聞いても無意味だし。口の堅い麗奈は頼りになる人物であるはずだった。

 

 それでも。

 

 昨日のことを思い出すたび、体が勝手に強張る。あの部屋にいるだけで、落ち着かなかった。

 

「……あちぃな」

 

 小さく呟きながら歩き出す。

 

 見慣れた住宅街。何度も通った道。昨日までなら、何も考えずに歩いていた。

 

 なのに今日は違う。

 

 通り過ぎる人とすれ違うたび、妙に落ち着かない。人を見るたび心臓が跳ねる。

 

(……気のせいだ。)

 

 そう言い聞かせる。誰も俺なんか見ていない。そう思っても、人とすれ違うたび見られている感じがするのだ。

 

「っ……」

 

 歩くたびにわずかに揺れる感覚。そのたびに、自分がもう男じゃないことを突きつけられる。

 

 

 たった3分ほどしかないはずなのに、やけにコンビニが遠く感じた。やっとコンビニに着くと涼しい冷房の風が肌を撫でた。

 

 店内には数人の客。雑誌コーナーで立ち読みをするサラリーマン。飲み物を選ぶ高校生くらいの女子。レジでは店員が商品を袋へ詰めている。

 

 誰も俺なんか見ていない。そう思っていた。そのときだった。

 

「いらっしゃいませー」

 

 店員の何気ない一言。それだけなのに、心臓が大きく跳ねた。見られている、今回は確信づいた。

確かに男性目線からしたら、今の俺の顔は限りなく可愛らしいと言えよう。事実、俺も最初はなんだこの美少女はというくらいには驚いた。アイドルになってもやっていけそうなくらいには。

 

 それにこの胸だ。巨乳好きの俺から見て、推定Gはあると思う。

 

 いや、待て……胸?

 

 違和感を覚え、思わず自分の胸元へ視線を落とす。

 

「……っ」

 

 一瞬、息が止まった。

 

 浮かび上がっていたのだ。二つの突起が。昨日まで男だった感覚のまま、何も考えずに外へ出てしまった。その事実を理解した瞬間、全身から血の気が引いていく。

 

「うそ、だろ……」

 

 頭が真っ白になる。さっきまで何人とすれ違った。店へ入るとき、店員は俺を見ていた。

 

 気付かれていたんじゃないか。そんな考えが頭から離れない。急に周囲の視線が肌へ突き刺さるような錯覚を覚えた。

 

 いや、本当に見られているのか、それとも自分が気にしすぎているだけなのか、それすらもう分からない。

 

「……帰ろ」

 

 酒を買うことなんて、どうでもよくなっていた。今はただ、この場から一秒でも早く逃げ出したい。俺は買い物かごを手に取ることもなく、足早にコンビニを後にした。

 

 

家までの道のりは、行きよりもずっと長く感じた。俯いたまま早足で歩く。さっきまで「一人になりたい」と思っていたはずなのに、今は一刻も早く部屋へ戻りたかった。

 

 誰にも見られたくない。誰ともすれ違いたくない。その一心で歩き続ける。

 

 ようやくマンションが見えた瞬間、張り詰めていた糸が少しだけ緩んだ。

 

「……はぁ」

 

 エレベーターの鏡に映る自分を見る。肩まで伸びた黒髪。大きな瞳。細い首筋。どう見ても女だった。

 

「これが……俺?」

 

 呟いてみても、返事はない。鏡の中の少女も、ただこちらを見返しているだけだった。

 

 エレベーターが止まる。足取りは重い。

 

 鍵を差し込み、ゆっくりとドアを開けた。

 

「……ただいま」

 

 小さく声をかける。リビングから足音が聞こえた。

 

「律?」

 

 麗奈が姿を現した。俺の顔を見るなり、その表情が変わる。

 

「どうしたの?」

 

「……」

 

 何も言えない。言葉が出ない。情けない。たったコンビニへ行っただけだ。それだけで心が折れかけているなんて。

 

「お酒は?」

 

 麗奈が玄関を見回す。俺は力なく首を横に振った。

 

「買えなかった」

「え……?」

「無理だった」

 

 声が震える。麗奈は何も言わない。

 

 責めるでもなく、慰めるでもなく、ただ黙って俺の言葉を待っていた。

 

「外に出たらさ」

 

 乾いた笑いが漏れる。

 

「急に怖くなったんだ」

 

 自分でも何が怖いのか説明できない。

 

「誰も見てないはずなのに、みんな俺を見てる気がして」

 

 拳を握る。

 

「俺……昨日まで男だったんだぞ」

 

 震える声が止まらない。

 

「何も考えずに外へ出て……それで初めて、自分がもう男じゃないって思い知らされて」

 

 唇を強く噛む。

 

「こんなんで、この先どうやって生きていけばいいんだよ……」

 

 最後の一言は、ほとんど消え入りそうな声だった。部屋は静まり返る俺は俯いたまま立ち尽くしていた。

 

 

——

 

 しばらく、どちらも口を開かなかった。時計の秒針だけが、規則正しく時を刻んでいる。律は玄関に立ったまま、肩を落としていた。私はそんな背中を見つめながら、小さく息を吸う。

 

「……律」

 

 呼びかけると、律はゆっくり顔を上げた。赤くなった目。さっきよりもずっと弱々しい表情だった。

 

「ごめん」

 

 また謝ってしまう。謝っても何も変わらない。分かっている。それでも、口をついて出てしまう。

 

「違う」

 

 律は首を横に振った。

 

「これは……お前のせいじゃない」

 

 掠れた声だった。

 

「もちろん昨日のことは……まだ許せるとか、そういう話じゃない」

 

 その言葉に胸が痛む?けれど律は続けた。

 

「でも、外に出て分かった」

 

 一度、自分の両手を見る。細くなった指先を見つめながら、ぽつりと呟く。

 

「俺、本当に女なんだなって」

 

 その一言には、諦めにも似た重さがあった。

 

「今まで普通だったことが、普通じゃなくなってる」

 

「歩くだけで気を遣う」

 

「人とすれ違うだけで怖い」

 

「何を着ればいいのかも分からない」

 

 律は苦笑する。

 

「おっぱいは大好きだったはずなのに、自分のを見ると恐怖すら感じる」

 

 笑おうとしている。でも、その笑顔はひどくぎこちなかった。

 

「……情けねぇよな」

 

「全然」

 

 私は即座に答えた。

 

「そんなことない」

 

 律は驚いたように私を見る。

 

「だって昨日まで男だったんだよ」

 

「分からなくて当然じゃん」

 

「そんなの……女の私だって、いきなり男になったら何も分かんないよ」

 

 律は黙って聞いている。私はゆっくりと言葉を選んだ。

 

「だから」

 

 一歩だけ近づく。昨日とは違う。勝手に触れない。

 

 律が嫌がることは、もうしない。

 

「服でも、下着でも、生活のことでも」

 

「私に分かることなら全部教える」

 

「外に出るのが怖いなら、一緒に行く」

 

「買い物も、病院も、必要なら全部付き添う」

 

 律は少しだけ目を見開いた。

 

「……そこまでしなくても」

 

「する」

 

 自然と言葉が出た。

 

「昨日、私は取り返しのつかないことをした」

 

「だから償いたいとか、そういう綺麗事じゃない」

 

 一度息をつく。

 

「今の律を、一人にはできない」

 

 律は何も言わない。ただ、私をじっと見つめていた。長い沈黙のあと、小さく息を吐く。

 

「……じゃあ」

 

 その一言だけで、私の心臓が大きく鳴る。

 

「まず、下着貸してくれ」

 

 視線を逸らしながら、律は耳まで赤く染めていた。

 

「あ、」

 

 なんとなく察した。

 

 なぜ私も気づかなかったのだろう。

 

 昨日から色んなことが起こりすぎて、そんな当たり前のことすら頭から抜け落ちていた。律は昨日まで男だった。

 

 そんなものを持っているはずも、着け方を知っているはずもない。

 

「ごめん……」

 

 思わず謝る。律は苦笑いを浮かべ、小さく肩をすくめた。

 

「いや、お前が謝ることじゃねぇよ」

 

 律の姿を思い浮かべる。華奢な肩。細い腰。それなのに、胸だけは私よりずっと大きい。

 

「……私のじゃ入らないか」

「貧乳」

「は?」

 

 一瞬、部屋が静まり返る。

 

 律は「しまった」と言わんばかりに口を押さえた。

 

「……いや、その」

「今そのタイミングで言う?」

「口が滑った」

「滑りすぎでしょ」

 

 思わず睨みつける。律は気まずそうに頭を掻いた。私だって気にしている。背も大きいし、スレンダーでいいじゃんとよく言われるが、貧乳からすれば大きい胸は憧れる。

 

 近くにあったクッションを投げつける。

 

「ぶっ」

 

 顔面にきれいに命中した。

 

「暴力反対」

 

 律は苦笑しながらクッションを返してくる。その顔を見た瞬間。気づけば、私も笑っていた。昨日から張りつめていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。

 

「あ、そういえば」

 

 私はふと思い出したように声を上げた。

 

「律、ちょっと待ってて」

「ん?」

「家にあるかもしれない。取ってくる」

「家?」

「うん。すぐだから待ってて」

 

 そう言うと、私は鍵だけを手に取って玄関へ向かう。

 

「すぐ戻るから、勝手にどっか行かないでよ?」

「行かねぇよ」

 

 律は苦笑しながらソファにもたれかかった。その表情を確認してから、私は部屋を出る。エレベーターで一階へ降り、外へ向かう。

 

 私の部屋は、律の家から歩いて十数分。

 

 何度も行き来した道だった。部屋に入ると、クローゼットの奥を探る。

 

「あった」

 

 小さく呟く。以前、あの子が泊まりに来たとき用に買っておいた新品の下着。結局一度も使うことなく、袋に入ったまま眠っていた。

 

「こんなところで役に立つなんてね……」

 

 複雑な気持ちのまま紙袋を手に取り、私は再び律の部屋へ戻った。

 

「これなら多分いけると思う」

 

 律は受け取ると、タグを眺めながら首を傾げた。

 

「これってお前の?」

「違うよ」

「お前が着けてもぶかぶかだろ、これ」

「……だから私のじゃないって言ったよね?」

「はいはい」

 

 私は何気なく答えた。

 

「それ、元カノの」

「へー、元カノ――」

 

 律が一度頷きかけて、ぴたりと動きを止めた。

 

「……元カノ!?」

「そんな驚く?」

「いや、驚くだろ!」

 

 律は目を丸くしたまま袋と私を交互に見る。

 

「お前、女と付き合ってたのか!?」

「付き合ってたよ」

「初耳なんだけど!」

「聞かれなかったし」

 

 思わず笑ってしまう。

 

「……マジか」

 

 律は妙に納得したように腕を組む。

 

「そうか、だからあんなに……上手かったのか」

 

 うん、聞かなかったことにしておこう。

 




ストック切れたので更新遅くなるかもです。感想、高評価等いただけると、やる気に満ち溢れます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。