いつか、善き人として生まれ変われる様に   作:万年赤字一般傭兵

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朱い手招き

 

 日が経つごとに、A組の様子はだいぶ変化していた。

 食堂の一件と緑谷の提案によって学級委員長が飯田に決まり、クラスとしてのまとまりが少し出来始めているのだ。

 

 轟の様な未だに他者との関わりが薄くなっている生徒こそいるものの、それでも昼の眠気を感じさせない程に教室内では元気な雑談が交わされている。

 

「授業始めるぞ、静かにしろ」

 

 もっとも相澤教諭の恐ろしさは未だ変わっておらず、騒がしかった教室も彼の一言で静かになったが。

 

 静かになった生徒達に向けて彼が伝えるは午後からのヒーロー基礎学の内容、彼とオールマイトにもう一人加えた特別体制で行うと言う不穏な内容が混じっていたものの、それが生徒達の期待に水をさすことはない。

 

 その期待の高さたるや、瀬呂が今日の授業内容を質問するほどであり…

 

「災害水難なんでもござれ」

 

「人命救助訓練だ!!」

 

 そんな期待に応える様な相澤教諭の答えに、クラス全体が再び騒がしくなった。

 己の個性を十分に活かせる、これこそがヒーローの本領だ、などなど様々な声が授業中にも関わらず飛び交い始める。

 

「水難なら私の独壇場ケロケロ」

「蜘蛛蠍ちゃんはどう?」

 

「カナヅチなので水難はちょっと…」

 

「…でも、遭難なら自信がありますよ!」

「故郷が自然豊かな場所だったので。山の中を迷わず歩いたり、肉食獣に出くわさない様にしたり、誰かの足跡を追いかけたりするのは得意ですよ」

 

「…何だか、物凄い特技を持ってるわね」

 

「へへっ、それほどで

「おい、まだ途中」

 

(ヒェッ…!)

 

 またもや相澤教諭の一言によって、クラス全員が先よりも口を固く閉ざしながら説明を聞き始める。

 

 そしてそれ以降はクラス全体が騒がしくなる事無く、全員がコスチュームを着てから説明で伝えられていた送迎用バスへと向かって行った。

 

 

 

 飯田が張り切って整列を呼びかけ、しかし並ぶ意味がなかったバス。そんな教室よりも狭いバスの中でも、生徒達の活気が収まることはなく盛り上がって話し合っている。

 

 無論蜘蛛蠍も、そんな楽しい話の輪に加わっていた。

 

「私思ったことを何でも言っちゃうの、緑谷ちゃん」

「貴方の個性オールマイトに似てる」

 

(!緑谷君…誤魔化しきれ……)

 

「そそそそそうかな!?」

 

(……駄目そう!!)

 

 だが緑谷の個性の話になった途端、蜘蛛蠍の心に黄色の警告音が微かに鳴り響き始める。

 緑谷の個性、つまりオールマイトの個性は己と同じか或いはそれ以上の機密なのだから。

 

 そして髪が逆立つ程に動揺を見せた緑谷の様子から、どうやら彼はそれと無く助け舟を出す様にした様だ。

 

「いやでも、「まぁ、待ってください梅雨ちゃん。オールマイトの個性なら、もっと凄いに決まってるじゃないですか」……え?」

 

「だってオールマイトは、パンチだけで雨を降らせちゃうのですよ?」

「それに僕でも体を鍛えればビルを揺らせたのですから、増強系の個性があるならアレくらい普通ですって」

 

「ですよね!緑谷君!!」

 

「…う、うん…そうだね」

 

「ケロ…そうなの、かしら…?」

 

 もっとも彼の言い分は"それと無く"からは程遠く、強引なものではあったが。

 されど、その違和感は緑谷では無く蜘蛛蠍へと向いたのだからある意味では成功だった。

 

「いや、お前は普通じゃねぇだろ」

 

「だよな、上鳴。一体、どんなトレーニングすりゃあ、あんな力出せんだよ」

 

「ふむ、トレーニングというよりは強いて言うなら……」

「"水"が良かった、のだと思いますよ」

 

「何じゃそりゃ…」

 

 

 そうしてヒヤリとする場面こそあれど、いつしか個性の話を端として人気が出そうな人物の話へと切り替わり…

 

「あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です」

 

「その名も……」

 

ウソの(U)災害や(S)事故(J)ルーム!!」

 

「USJじゃん!!」

 

「USJ!?雄英にあったのですか!!」

 

「蜘蛛蠍ちゃん、何か思い違いをしてるわよ」

 

 遂にバスは目的地、USJへと到着した。

 そこにて待ち受けていたのはスペースヒーロー「13号」、まるで宇宙飛行士の様なコスチュームを纏って災害救助を中心に活躍するプロヒーローだ。

 

 A組全員が揃った事を確認した彼女は、相澤教諭と一言二言言葉を交わしたあと改めて向き直って口を開き始めた。

 

「えー始める前にお小言を一つ二つ…」

「三つ…」

「四つ…」

 

 

「…皆さんご存知だとは思いますが」

「僕の個性は"ブラックホール"」

 

「どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」

 

 増え続ける小言の予告が終わり、13号は個性について話し始めた。その中で彼女が持つ個性に対して好意的な声が出たが、それが本題ではない。

 

 

「しかし、簡単に人を殺せる個性です」

 

「皆の中にもそういう"個性"がいるでしょう」

 

 

 彼女が真に伝えたいのは個性の危険性、厳重に規制している個性社会だからこそ見逃しかねない盲点。

 

 

「…一歩間違えれば容易に人を殺し、災害から人を助けるどころか、今もなお燃え続ける炎を残した"影地の大火災"の様に災害を引き起こしかねない」

 

「そんな"いきすぎた個性"を個々が持っている事を忘れないで下さい」

 

(人を意のままに操れる個性、肉で発芽する花の種をばら撒く個性、そして何よりも僕自身…)

 

(………本当に、本当にその通りですね……)

 

 

 そんな言葉の数々は、凶悪な(ヴィラン)達の個性を知り続けた蜘蛛蠍にとっても納得の一言に尽きる正論だった。

 

 

「この授業では…心機一転!」

「人命の為に"個性"をどう活用するかを学んでいきましょう」

 

「君たちの力は人を傷つけるためにあるのではない」

 

「救ける為にあるのだと心得て帰って下さいな」

 

 

 そして最後には、元気づけるとともに授業へとつながる締めを行う。

 そんな彼女の一連の演説が素晴らしいことは勿論のことだが、しかし蜘蛛蠍にとってはさらに特別であった。

 

(そっか…うん、そうですね人を救ける為にいるんだ)

 

ぐすっ…13号、カッコイイ!!)

 

 彼女の演説は彼の存在すらも肯定されたかの様に感じられ、その感動たるやコスチュームの眼帯を微かに濡らす程だった。

 

「梅雨ちゃん、お互いに精一杯頑張りましょうね!」

 

「ええ、そうね!」

 

 13号の言った通り、心機一転。

 いざ授業に臨まんと蜘蛛蠍はじめ、多くの生徒が意気込む。

 

 

 だが、

 

 

「!!!」

(この、匂いは…)

 

「一かたまりになって動くな」

 

 普段は静かな相澤教諭のハッキリとした大声、そして微かに香る朱い腐敗臭が蜘蛛蠍の心に赤い警告音を鳴り響かせた。

 彼が目を向けた先には、黒い霧の様なものが渦を巻いている。

 

 

「何だアリャ!?また「…違います、切島君」

 

 そして、何かが霧から手を突き出した。

 一人ではない、三人、六人、十人と数は増えてゆき…

 

「アレは…」「動くな あれは」

 

(ヴィラン)です」

 

(ヴィラン)だ!!!」

 

 

「オールマイト…平和の象徴…いないなんて…」

 

「子供を殺せば来るのかな?」

 

 ただ傷つける事しか考えぬ、途方もない悪意の群れが姿を現した。

 

 

 

(ヴィラン)!?バカだろ!?」

「ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ!」

 

 まだ知らぬ悪意、ましてやヒーローを目指している彼らは侮るが、轟をはじめとした一部の生徒達や蜘蛛蠍に教師陣は決してそうしない。

 

「センサーが反応しねぇなら、向こうにそう言うことができる"個性"がいるってことだな」

 

「校舎と離れた隔離空間、そこに少人数が入る時間割…」

 

 轟が語るは、ただの設備の不具合だけでなく現状の異常さ。それらが示すのは、これが用意周到に画策された奇襲だと言うこと。

 

「朱い、腐敗…」

(母児村の残党か…?腐敗まで持ち出したとなれば、かなり本気だぞ)

 

(ならば、相澤先生達だけでは絶対に敵わない)

(そもそも腐敗がばら撒かれれば、勝ち負け関係なくここごと焼き払われかねない。急いで避難しないと)

 

 (ヴィラン)達の中に混じる朱黒い巨人と、純白のフードとローブを被った謎の人物から発せられる匂い。

 それをもとに蜘蛛蠍が思うは、消せぬ過去の襲来。

 

 すなわち、現存する戦力では決して勝てぬ戦いだ。

 

 

 そんな蜘蛛蠍の考えとは違い、教師として、何よりもヒーローとして相澤教諭は己の役割を果たさんとする。

 

「13号避難開始!学校に連絡試せ!」

 

「センサーの対策も頭にある(ヴィラン)だ。電波系の個性が妨害している可能性もある」

 

「上鳴お前も…」

 

 

 だが、すでに遅れている。

 

 

「……がっ!?」

 

 いつの間にか、見えぬ糸が蜘蛛蠍の首へと巻き付いていたのだ。

 そして、弛んでいた糸がピンと張られた時

 

「…ぐっ…!」

「蜘蛛蠍ちゃん!?」

 

「どうした!!」

 

 近くにいた蛙吹や相澤が咄嗟に手を伸ばすも、しかし届くことは無い。

 彼の体は宙へ浮き、下のセントラル広場で待ち構える(ヴィラン)達へと引っ張られていった。

 

 

(この糸、僕と同じ…!?)

(引っ張っているのは…アイツか!!)

 

 動揺をすぐに落ち着け、糸を外さんと蜘蛛蠍はもがく。

 だがその糸は彼の首にしっかり食い込んでおり、その細さに反して千切れることはない。

 

 蜘蛛蠍を引っ張る糸の主人は、純白の衣で全身を覆った(ヴィラン)

 彼は、まるで石灰岩を削り出したかの様な斧槍を構えていた。

 

 神秘的な意匠をした彼のグレイブが、矛先で蜘蛛蠍を貫かんと待ち構えているのだ。

 

(このままだと、串刺しに!!)

(いや、うまく体の向きを変えれば…!)

 

 蜘蛛蠍と矛先の距離が段々と近づいていく。

 一瞬の事でありながら、今まさに一つの命が奪われんとする光景はこの場にいる全ての者達の時間感覚を狂わせていた。

 

(勝負は一瞬、ギリギリまで引きつけないと合わせられる…!)

 

 やがて彼の髪に刃が触れ始めた時…

 

「今ぁっ!!!」

(………っ!)

 

 まさに間一髪。掛け声と共に彼の体は僅かに向きを変え、逸らされた顔の上をグレイブの刃が舐めた。

 代償として顔を切り裂かれ、引っ張られた勢いをのままに頭から地面へとぶつけられそうになるが、何とか腕で着地を済ませた蜘蛛蠍が姿勢を整える。

 

 されど、窮地を脱せたわけでは無い。

 

「おいおい!生きてんじゃん!」

「いいじゃねえか!死んでちゃあ楽しめねぇからなあ!!」

 

 着地できたとて、そこは(ヴィラン)達の真っ只中であり、未だに糸は首にかけられているのだから。

 まるで生簀に投げ込まれた餌に群がる魚の様に、魑魅魍魎の如き姿をした異形の(ヴィラン)達が蜘蛛蠍へと襲いかかりはじめる。

 

 その時、襲いかかる(ヴィラン)達の中に何かがキラリと光った。

 

「…!いいもの持ってるじゃ無いですか!!」

 

「なっ、このガ…ぐあらばっ!?」

 

 それに気づいた蜘蛛蠍は目にも止まらぬ速さで顎へと蹴りを加え、(ヴィラン)の一人からある物を奪い取った。

 

 その正体はナイフ、先まで(ヴィラン)の手にあったそれは今や彼の手に握られている。

 間も無く彼が首元でナイフを振るうと、彼を縛っていた糸はハラリと落ちた。

 

「これで自由、さて(ヴィラン)共…」

 

 自由になった彼は、しかし取り囲む(ヴィラン)達の数から簡単には逃げられぬことを察した。

 だが決して怯むこともなく、寧ろゆっくりと口を開き…

 

 

「殺すって言うなら、それ相応の覚悟はして来たんですよね」

 

 

 戦いの火蓋を切るドスの効いた啖呵とともに、地を砕いて駆け出した。

 

 


 

 

 影地の貴腐ワイン

 

 かつて母児村で製造されていた最高級ワイン。

 酒とは、振る舞うものである。

 

 古遺跡が位置する源から流れ出ずる清らかな水。

 それは母児村に留まらず影地全体へと染み込み、全てを貴く腐らせる。

 

 葡萄、動物、そして人さえも。





ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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