いつか、善き人として生まれ変われる様に   作:万年赤字一般傭兵

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私が来た

 

 蜘蛛蠍が踏み出してから初めのうちは、(ヴィラン)達の間でいやな笑い声がこだましていた。

 彼が何もできず一方的にリンチされているわけでもなく、何人かの(ヴィラン)は既に気絶させられていたが、それでも長くは持たず疲弊して止まるのだろうと侮ったのだ。

 

「ぎゃっ!」

「どこ行きやがっ…ごぼっ!」

 

 だがそんな彼らの思惑に反し、どれだけ時間が経とうとも彼の速さが衰える事は無い。

 

 巨体を持つ(ヴィラン)は足の甲をナイフで刺し、怯んだ隙に脛を蹴り砕く。

 

 遠距離系の個性を持つ(ヴィラン)には、人質をとって攻撃をためらわせた内に距離を詰め、顎へのアッパーカットをもって気絶させる。

 

 どうしても避けきれない攻撃は、動きに影響を与えない部位で受ける。

 

 時に(ヴィラン)を投げ飛ばし、他の連中も巻き込む事で一時的な足止めをする…

 

 

 などなど蜘蛛蠍は十人十色の(ヴィラン)達に連携を許さず、それどころか更に速度を上げて"処理"を進めていく。

 

 

 やがて(ヴィラン)達を足場にし始め、攻撃の苛烈さが地に足着かぬ舞の様になった頃、蜘蛛蠍の頭に一つの疑問が湧いた。

 

(…生温い)

(未だに僕の腕一本も落とせないだと…?)

 

 それは未だに彼が優勢であることへの疑問、当初予想していた母児村勢力とは思えない(ヴィラン)達の弱さだ。

 

 彼の身体能力は確かに常人離れしていると言えるが、それはあくまでも今いる社会における判断基準に当てはめて考えたときだけ。

 

 オールマイト込みのプロヒーロー達と拮抗していた母児村の純戦闘員に比べれば、今の彼は圧倒的弱者なのだ。

 最精鋭の神獣戦士どころか、彼の素の力では通常戦力たる角の戦士や呪剣士にも遥かに劣るのだから。

 

(……よくよく考えれば、調香の匂いがしない)

(母児村特有の兜や仮面も未だ見ていない…腐敗まで持ち出したのに?明らかにおかしいな)

 

(まさか…コイツら、ただ腐敗をばら撒く為だけに)

 

「好き勝手やりやがって!!ようやく隙を見せたな!!!」

 

(…!急所に当たらなければ平気か)

 

 そんな風に蜘蛛蠍が考えていると、背後から(ヴィラン)の声が響く。

 見やればその(ヴィラン)は背中の針を打ち出さんとしていた。

 

 近くに盾となる(ヴィラン)もいない中、殺傷力を予測して最低限頭と胸は守らんと蜘蛛蠍が腕を構える。

 

 

「串刺しにしてやんよ!!」

 

 

 それを見て無駄な抵抗だとほくそ笑んだ(ヴィラン)は、いざ殺さんと背中の針に意識を集中させた。

 

 

 後ろから睨みつける、赤い眼光に気づく事もなく。

 

「…あれ?何で個性…がぁっ!?」

 

「無事か!?」

 

「相澤先生!!ええ、何とか!」

 

 "抹消"で個性を無力化しつつ(ヴィラン)を蹴り飛ばして蜘蛛蠍に駆け寄るは、A組担任 相澤消太 もとい ヒーロー イレイザーヘッド。

 

 初手の出遅れによって危険に晒された生徒の安全を確認でき、一息つきたい所だろうが、それはまだ早い。

 

(この数を一人で…)

「…いいか蜘蛛蠍、振り向かずに向こうの階段を駆け上れ」

「13号が他の生徒達を避難させている、お前も指示に従って…」

 

「あー…まだ生きてたんだ」

「しかも大した怪我してねぇとか…雄英の生徒は随分と優秀な事で」

 

(本命はアイツら三人…)

(さっきの連中はただの時間稼ぎ。腐敗をばら撒く、ただそれだけの為に来たか)

 

 イレイザーヘッドと蜘蛛蠍の奮闘により、現在この場に残っている(ヴィラン)は三人。

 手を模したマスクを付ける青髪の青年に、脳味噌剥き出しの朱黒い巨人、そして蜘蛛蠍を釣り上げた糸の主人たる純白の衣を纏った(ヴィラン)だ。

 

 だが、数など何の問題でもなかった。

 

 そのうちの一人である青髪の(ヴィラン)が、しゃがれ声と共に蜘蛛蠍たちへ向けた悪意。

 雑多な(ヴィラン)共とは段違いのそれが、先までの戦いはただの前哨戦でしか無かった事を示しているのだから。

 

 

 そして蜘蛛蠍の中では既に、真っ当にやり合う事が損だという結論が出されていた。

 

 損害だけが無駄に大きくなる、戦うだけ損な戦い。蜘蛛蠍も退却する事には賛成だが、しかし相澤当人は違う。

 

 

「相澤先生、貴方も」

 

(ヴィラン)を前に逃げるヒーローがあるか」

 

「勝とうが負けようが死にますよ!」

「アイツら、とんでもなくタチが悪い細菌兵器を持ち込んでいます…技量だとか実力でどうにかなる規模じゃ無いんです」

 

「なら尚更だ。お前達全員が逃げるまで、そんな物騒なもんを自由にさせる訳にはいかない」

 

「先生…「感動的じゃねえか…!でも無理をするなよ、イレイザーヘッド!!」

 

「クソッ…蜘蛛蠍、早く下がれ!」

 

 

 例え死ぬとしても守るべきものがある以上、決して引けない。それがヒーローであり、また相澤という教師故に。

 そして(ヴィラン)も待ってはくれず、青髪の青年とイレイザーヘッドが戦い始めた。

 

 もはや、蜘蛛蠍にはどうする事もできない。

 

「絶対に、絶対に…死なないでくださいよ!!」

 

 だから彼は、自身が逃げた後に相澤教諭も無事に退却してくれる事を祈って駆け出すしか無かった。

 

 

 

 (ヴィラン)達の本来の計画では、長期戦に向かないイレイザーヘッドを数に任せた(ヴィラン)の攻撃で封殺するつもりだった。

 

「削りが足りねぇな、あのガキを引き摺り込んだのは失敗だった…っ!!」

「…ははは…何もできねぇ…」

 

「………」

 

 だが、それは蜘蛛蠍が散々に暴れ回った事によってとうに崩壊している。

 イレイザーヘッドが得意とする一対一、そして歴戦のプロヒーローと個性抜きで近接戦しなければならないこの状況。

 

 

「クソゲーじゃねぇか」

 

 

 状況は圧倒的に(ヴィラン)側が不利だった。

 

 

 だが、

 

「ところで」

「本命は俺じゃ無い」

 

「…!!」

 

「対平和の象徴」

「改人"脳無"」

 

 時に絶対的な力は、計画など関係なく全てを捩じ伏せる。

 "脳無"と呼ばれた朱黒い巨人の影が、ヒーローを覆った。

 

 


 

 

 イレイザーヘッドが交戦を開始した頃、逃げ始めた蜘蛛蠍は一人の(ヴィラン)に行手を遮られていた。

 

(ヴィラン)、そこを退け」

(今になって動くか…!)

 

「…………」

 

 純白のフードとローブで全身を覆い、右手に石灰色のグレイブを持った(ヴィラン)…彼を(ヴィラン)の真っ只中に引き摺り込んだ後は静観し続けていた糸の主が、絶対に逃すものかとフードの下から彼を睨みつけている。

 

 

(…いつ、来)

 

 

 気づけば、その(ヴィラン)のグレイブは直ぐ近くで振り上げられていた。

 一見それは攻撃の前兆に思えたが、しかし噴き上がった血が既に終わった事を示している。

 

 察知する間も無く、蜘蛛蠍の体は太腿から肩にかけて袈裟に切り裂かれていたのだ。

 

(この(ヴィラン)の個性は、糸を操るだけじゃあ…)

(なら、この速さは自前!?)

 

「ぐっ…!お前、何者…だ」

 

 先までとは一転、蜘蛛蠍はまるで時代劇の斬られ役の様に膝をついていた。

 そんな彼を見下しながら、その(ヴィラン)は閉じ続けていた口をゆっくりと開く。

 

「あぁ…ここまで弱くなられたか」

「全て、忘れてしまったのですね」

 

「技も、呪いも、罪も、何もかも…」

 

「いったい何を…」

 

 カチカチとまるで虫が顎を鳴らすかの様な音と共に、何処か悲しげな言葉が放たれる。

 それは目の前の(ヴィラン)が蜘蛛蠍を知っているかの様な口ぶりだったが、しかし彼には何の覚えもない。

 

 

「……だが、それは幸せか」

 

 

 やがて視線が外され、(ヴィラン)は一人物憂げに何かを呟き始めた。

 その隙を見て、最低限傷が塞がり始めた蜘蛛蠍が全力で離脱せんと足に力を込め…

 

 

「ゔぅっ!」

 

 その足は、意図と共に呆気なく"崩壊"した。

 

「逃げんなよ、お前がいないとつまらない」

 

「こ の…!」

 

「安心しろ。直ぐには殺さねえよ…」

 

「すぐには、な」

 

 特徴的なしゃがれ声の囁き声を耳に、蜘蛛蠍は抵抗を許される事なく引き摺られていった。

 

 

 

 蜘蛛蠍が引き摺られていった先、そこでは朱黒い巨人…脳無が相澤教諭を地面に押し付けて拘束していた。

 

 だが、ただそれだけではない。

 

「先生!!」

 

「…ぁ、 蜘蛛かつ…何で、ここに…!」

 

 何度も強く地面に叩きつけられたのか、頭から流れた血が相澤の顔を赤く染め始めている。

 脳無に握りしめられた右腕は、とてつもない力であらぬ方向へと捻じ曲がっていた。

 

 一目見ただけでも分かる重傷だ。

 

 

 

 そんな相澤教諭を見て表情を曇らせた蜘蛛蠍、その顔を無理やり持ち上げて悍ましい悪意は嘲笑う。

 

 

「見ろよ、現実を。目の前にいるイレイザーヘッドをさ」

 

「お前達生徒を庇おうとして、安心を与えようとして真正面から飛び込んできたヒーローをさ」

 

「かっこいいなあ、かっこいいよなぁ!!」

 

「だがな、今いんのは…今いんのは、どん底だ」

 

 

 ヒーローに募らせてきた深い恨みの念、ようやくそれをぶつける場所が出来たからだろうか、その言葉には恨み以上に喜びが混ざっていた。

 

 

(ヴィラン)を倒せず、生徒を守れず、何も出来ないまま押さえつけられるだけ…」

 

「カッコ悪いなあ、カッコ悪いよなぁ!!!!」

 

「でも、それよりもっとカッコ悪いのがお前だよ」

 

「いいか、教えてやるよ」

 

「お前はな、調子に乗ってたんだ」

 

「オールマイトみたいに(ヴィラン)を薙ぎ倒して、まるでテレビの中のヒーローみたいだなって思ってたんだろ?」

 

「自分が、世界の頂点にいる気分だったんだろ?」

 

「……馬鹿じゃね?」

 

 

 時が経つごとに、(ヴィラン)が喋るたびに、相澤教諭は蜘蛛蠍の目の前で痛めつけられていた。

 

 きっと、このままでは長くないだろう。

 

 だがそれでも相澤教諭は、蜘蛛蠍に片手を置きながら語りかける(ヴィラン)の個性を発動させまいと睨みつける事をやめない。

 

 

(……もう、良い)

 

(相澤教諭、もう良いんです)

 

 一ヶ月にも満たぬ僅かな間、しかし蜘蛛蠍は知っていた。

 

 表には出にくい厳しさ混じりの優しさを。

 教師として生徒達を守り導こうとする尊い精神を。

 ヒーローとして、(ヴィラン)に決して屈しない意志の強さを。

 

(…痛みは、僕が受け入れる咎であるべきだ)

 

「おい、(ヴィラン)…」

 

「ははははは…あ?」

 

 

 だからこそ、蜘蛛蠍は

 

 

「壺に吐き捨てられた痰カス以下の分際で、これ以上口を聞くんじゃ無いですよ」

 

「……!ま て…蜘蛛蠍…!」

 

「うんざりだ、お前の息は臭すぎる」

 

「あ"?お前今「何度でも言ってあげますよ」

 

「とっととその臭ぇ口を閉じろって言っているんですよ、痰カスヤロー!」

 

 

 巫子としての範疇に、死が確定する道へと進む事を決断した。

 たとえ、今の友と生活全てを失う事になったとしても。

 

 

 

 急に(ヴィラン)を煽り始めた蜘蛛蠍、当然ただでは済まない。

 逆上した(ヴィラン)ほど、殺しに積極的な存在はないのだから。

 

「手前みたいな、カッコウの血が混じったしろが…ぁっ!!」

 

「お前、すぐには殺されねぇからって調子乗ってんだろ」

 

 青髪の(ヴィラン)は先ほど蜘蛛蠍の足を"崩壊"させた時の様に、五本指で彼の頭を持って地面へと思い切り叩きつける。

 

 だが(ヴィラン)の期待に反して、蜘蛛蠍の頭が"崩壊"する事は無かった。

 

「…本っ当かっこいいぜ、イレイザーヘッド…!」

 

 何故なら、生徒を守らんと未だに諦めぬ相澤教諭がいるのだから。

 その代償として彼の頭が脳無によって叩きつけられそうになるが、そうはならなかった。

 

「待て、脳無…良いこと思いついた」

「そいつ、イレイザーヘッドをこっちに寄越せ。代わりにコイツを押さえつけろ」

 

 蜘蛛蠍達が、まるでキャッチボールをするかの様に交換される。

 そして増幅する悪意は止まる事を知らずに、更に口を開いた。

 

 

「よし…イレイザーヘッド、さっきまでは随分と大変だったな?」

 

「生徒を守るために、叩きつけられるとしても個性を使わなくちゃいけねぇんだから…」

 

「いっ たい…なにを…」

 

「でも、安心しろ。こっからは幾ら使っても良い」

 

「……!!まさか やめろ…!!」

 

 

 何かを察した相澤教諭が喉を振り絞って静止するも、もはや止まらない。

 

「やめろ!!」

 

「やれ、脳無。そのガキを痛めつけろ」

「まずは…そうだな、右腕をへし折れ」

 

 嘲笑と共に、脳無へと指示が出される。

 

 途端、蜘蛛蠍の右腕がゆっくりと伸ばされていき、関節の限界を迎えるところで一時的に止まった。

 

 

 改人 脳無の怪力は、ほぼ個性に由来しない素の力によるもの。

 だから幾ら相澤教諭が個性"抹消"を使ったとしても、蜘蛛蠍の腕にかかる力は変わらない。

 

 そして、そんな合理的でない行為だとしても、相澤教諭は"抹消"を使い続ける。

 

 

 だが無意味、暫くプルプルと震えていた蜘蛛蠍の右腕は鈍い音と共にあらぬ方向へと捻じ曲がった。

 

「…っ!っ!!!…どう した?それで終わりですか?」

(叫ぶな!!!相澤先生を、心配させるな!!)

 

「やめろ、もういい…もういい!!!」

 

 

 久方ぶりに走る激痛、それでも彼は唇を嚙みちぎって叫びを喉奥に封じ込め、相澤教諭の静止も気にせず更に(ヴィラン)を煽った。

 

 

「随分と…優しい、じゃないですか…」

「こんなのでは、オールマイトを殺すなぞ…百年早い……」

 

「やめ ろ…傷つけるなら俺を…」

 

「はは…聞いたか、イレイザーヘッド」

「お前の生徒は、もっと欲しいそうだ…生徒の望みは叶えてやらないとな?」

 

「話が、分かる(ヴィラン)ですね…所詮は獣、人の言葉も…っっっ!!!」

 

 

 相澤の静止は、個性は何の意味もなさなかった。

 (ヴィラン)達の悪行を止める事も、蜘蛛蠍の挑発を止める事も、何も出来ない。

 

 彼は何も出来ないどころか、守るべき生徒に己が負うべき傷の全てを刻み込まれる様をじっと眺める事しか出来なかったのだ。

 

 そうして、蜘蛛蠍の体はどんどん壊されていき…

 

「…こんな…体とて……はぁ…」

「下種の…慰め、くらい…」

 

「やめろ、やめてくれ……」

 

「どうしよっか、もう壊せそうな部分ねぇじゃん」

 

 蜘蛛蠍は、ゴミ捨て場に捨てられた人形の最も悪い部分を継ぎ接ぎしたかの様な姿になっていた。

 だが、ここにきて現れる影がある。

 

「死柄木 弔」

 

「黒霧 13号はやったのか」

 

 その正体は名前通りの見た目をした(ヴィラン) 黒霧だ。

 彼が弔と呼ぶ(ヴィラン)へと伝えたのは、生徒を一名逃してしまい応援を呼ばれてしまった事。

 

 それを聞いた途端、弔はこれでとかと苛立ちをこめてガリガリと首筋を掻きむしり、その苛つきを言葉にして黒霧へとぶつけ始めた。

 

 だがすぐに掻きむしる手を止めて、これから来るであろうプロヒーローとの戦力差を考慮し…

 

「今回はゲームオーバーだ」

 

「帰ろっか」

 

(…ようやく、帰るか…)

 

 今回の計画、オールマイト抹殺の中止をポツリと呟いた。

 それを聞いた蜘蛛蠍と相澤に微かな希望が見えた…たとえ(ヴィラン)を取り逃がすにしても、今以上の絶望はないからだ。

 

 

 だが、悪意は最後まで悪意だ。

 

「けども、その前に」

「平和としての象徴を…」

 

「へし折って帰ろう!」

 

 相澤教諭を放り投げ、弔は脳無に一つの命令を出した。

 

「脳無!ソイツの頭を砕け!!」

 

「が…あっ…ぐぅっ……」

 

「やめろ!!!!」

 

 それは最後まで取っておいたお楽しみ。

一時的に解放された相澤が叫びと共に力を振り絞って蜘蛛蠍を救けようとするが、しかし怪我は彼の動きを遅くしていた。

 

 ギリギリと、蜘蛛蠍の頭に巨大な万力で挟まれたかの様な力がかかる。

 やがて、彼の頭から赤混じりの透明な液体まで流れ始め…

 

 

「私が、来た」

 

 

 

 

 ぐしゃり

 

 

「なんてな…はははっ!!」

 

「くも、かつ…?」

 

 閉じた脳無の指の間から、白っぽいピンク色の流動体が流れ落ち、びちゃりと撥ねて相澤教諭の頬へとへばりつく。

 

 合理的に考えれば答えを出すのに時間はかからない筈なのに、相澤はそれが何かを直ぐに理解出来なかった。

 

 

「…あ」

 

 相澤が顔を上げる。

 そこにいる筈の蜘蛛蠍は、しかし何処かがおかしかった。

 けれど、何がおかしいかは分からない。

 

 

 やがて脳無の手から解放された彼がずるりと落ち、地面へ無抵抗に倒れ伏した時、漸く相澤は理解した。

 

 まるで落ちて潰れた真っ赤な柿の様に、彼の鼻から上は無くなっていたのだ。

 

 つまり、蜘蛛蠍は

 

 

「死…んだ…?」

 

 

 


 

 

「ーーー!!!!ーーー!!!!!!」

 

「オールマイト殺せなかったのは残念だが…これで象徴も少しは揺らぐだろ」

 

 もはや声にもならない叫びを相澤が叫ぶ中、(ヴィラン)達は嘲笑いながら黒霧が作るワープゲートへと入らんとしている。

 

 帰るのだとすれば、好都合。脳無がいるならば、これ以上の(ヴィラン)の滞在は更なる生徒の犠牲を生じさせる。

 だから、ここは帰らせるべきだ。

 

 合理的に考えればそうだと、相澤は分かっていた。

 

 

「…あ?どうした黒霧」

 

「いえ、個性が…恐らくこれは」

 

 

 だが彼は、どうしても目を離せなかった。

 目の前で生徒を殺した、憎んでも憎み切れない(ヴィラン)から。

 

 そんな彼にゆっくりと脳無が近寄ってくる、個性など関係なく玩具を壊す様に人を殺せる暴力の化身が。

 

 やがて、脳無が腕を振りかぶり…

 

 

「もう大丈夫」

 

「私が来た」

 

「あーーー…」

 

「コンテニューだ」

 

 相澤の頭が消し飛ぶ寸前で、平和の象徴が間に合った。

 瞬間、撤退するつもりだった(ヴィラン)達が向き直り、またもや敵意を増幅させ始めた。

 

 

 平和の象徴と、それに相対する(ヴィラン)達。

 

 

 だからこそ、ここにいる誰もが気づく事はなかった。

 

 

「キチ…キチチチ……」

 

 不自然に動き始めた蜘蛛蠍の体に、そして無くなった頭から漏れ出す百足の顎を鳴らす音に。

 





ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

個性を使ってもどうしようもない状況で、合理的でないと分かっていながら個性を使い続ける相澤先生からしか得られない栄養がある。
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