いつか、善き人として生まれ変われる様に 作:万年赤字一般傭兵
蜘蛛蠍が踏み出してから初めのうちは、
彼が何もできず一方的にリンチされているわけでもなく、何人かの
「ぎゃっ!」
「どこ行きやがっ…ごぼっ!」
だがそんな彼らの思惑に反し、どれだけ時間が経とうとも彼の速さが衰える事は無い。
巨体を持つ
遠距離系の個性を持つ
どうしても避けきれない攻撃は、動きに影響を与えない部位で受ける。
時に
などなど蜘蛛蠍は十人十色の
やがて
(…生温い)
(未だに僕の腕一本も落とせないだと…?)
それは未だに彼が優勢であることへの疑問、当初予想していた母児村勢力とは思えない
彼の身体能力は確かに常人離れしていると言えるが、それはあくまでも今いる社会における判断基準に当てはめて考えたときだけ。
オールマイト込みのプロヒーロー達と拮抗していた母児村の純戦闘員に比べれば、今の彼は圧倒的弱者なのだ。
最精鋭の神獣戦士どころか、彼の素の力では通常戦力たる角の戦士や呪剣士にも遥かに劣るのだから。
(……よくよく考えれば、調香の匂いがしない)
(母児村特有の兜や仮面も未だ見ていない…腐敗まで持ち出したのに?明らかにおかしいな)
(まさか…コイツら、ただ腐敗をばら撒く為だけに)
「好き勝手やりやがって!!ようやく隙を見せたな!!!」
(…!急所に当たらなければ平気か)
そんな風に蜘蛛蠍が考えていると、背後から
見やればその
近くに盾となる
「串刺しにしてやんよ!!」
それを見て無駄な抵抗だとほくそ笑んだ
後ろから睨みつける、赤い眼光に気づく事もなく。
「…あれ?何で個性…がぁっ!?」
「無事か!?」
「相澤先生!!ええ、何とか!」
"抹消"で個性を無力化しつつ
初手の出遅れによって危険に晒された生徒の安全を確認でき、一息つきたい所だろうが、それはまだ早い。
(この数を一人で…)
「…いいか蜘蛛蠍、振り向かずに向こうの階段を駆け上れ」
「13号が他の生徒達を避難させている、お前も指示に従って…」
「あー…まだ生きてたんだ」
「しかも大した怪我してねぇとか…雄英の生徒は随分と優秀な事で」
(本命はアイツら三人…)
(さっきの連中はただの時間稼ぎ。腐敗をばら撒く、ただそれだけの為に来たか)
イレイザーヘッドと蜘蛛蠍の奮闘により、現在この場に残っている
手を模したマスクを付ける青髪の青年に、脳味噌剥き出しの朱黒い巨人、そして蜘蛛蠍を釣り上げた糸の主人たる純白の衣を纏った
だが、数など何の問題でもなかった。
そのうちの一人である青髪の
雑多な
そして蜘蛛蠍の中では既に、真っ当にやり合う事が損だという結論が出されていた。
損害だけが無駄に大きくなる、戦うだけ損な戦い。蜘蛛蠍も退却する事には賛成だが、しかし相澤当人は違う。
「相澤先生、貴方も」
「
「勝とうが負けようが死にますよ!」
「アイツら、とんでもなくタチが悪い細菌兵器を持ち込んでいます…技量だとか実力でどうにかなる規模じゃ無いんです」
「なら尚更だ。お前達全員が逃げるまで、そんな物騒なもんを自由にさせる訳にはいかない」
「先生…「感動的じゃねえか…!でも無理をするなよ、イレイザーヘッド!!」
「クソッ…蜘蛛蠍、早く下がれ!」
例え死ぬとしても守るべきものがある以上、決して引けない。それがヒーローであり、また相澤という教師故に。
そして
もはや、蜘蛛蠍にはどうする事もできない。
「絶対に、絶対に…死なないでくださいよ!!」
だから彼は、自身が逃げた後に相澤教諭も無事に退却してくれる事を祈って駆け出すしか無かった。
「削りが足りねぇな、あのガキを引き摺り込んだのは失敗だった…っ!!」
「…ははは…何もできねぇ…」
「………」
だが、それは蜘蛛蠍が散々に暴れ回った事によってとうに崩壊している。
イレイザーヘッドが得意とする一対一、そして歴戦のプロヒーローと個性抜きで近接戦しなければならないこの状況。
「クソゲーじゃねぇか」
状況は圧倒的に
だが、
「ところで」
「本命は俺じゃ無い」
「…!!」
「対平和の象徴」
「改人"脳無"」
時に絶対的な力は、計画など関係なく全てを捩じ伏せる。
"脳無"と呼ばれた朱黒い巨人の影が、ヒーローを覆った。
イレイザーヘッドが交戦を開始した頃、逃げ始めた蜘蛛蠍は一人の
「
(今になって動くか…!)
「…………」
純白のフードとローブで全身を覆い、右手に石灰色のグレイブを持った
(…いつ、来)
気づけば、その
一見それは攻撃の前兆に思えたが、しかし噴き上がった血が既に終わった事を示している。
察知する間も無く、蜘蛛蠍の体は太腿から肩にかけて袈裟に切り裂かれていたのだ。
(この
(なら、この速さは自前!?)
「ぐっ…!お前、何者…だ」
先までとは一転、蜘蛛蠍はまるで時代劇の斬られ役の様に膝をついていた。
そんな彼を見下しながら、その
「あぁ…ここまで弱くなられたか」
「全て、忘れてしまったのですね」
「技も、呪いも、罪も、何もかも…」
「いったい何を…」
カチカチとまるで虫が顎を鳴らすかの様な音と共に、何処か悲しげな言葉が放たれる。
それは目の前の
「……だが、それは幸せか」
やがて視線が外され、
その隙を見て、最低限傷が塞がり始めた蜘蛛蠍が全力で離脱せんと足に力を込め…
「ゔぅっ!」
その足は、意図と共に呆気なく"崩壊"した。
「逃げんなよ、お前がいないとつまらない」
「こ の…!」
「安心しろ。直ぐには殺さねえよ…」
「すぐには、な」
特徴的なしゃがれ声の囁き声を耳に、蜘蛛蠍は抵抗を許される事なく引き摺られていった。
蜘蛛蠍が引き摺られていった先、そこでは朱黒い巨人…脳無が相澤教諭を地面に押し付けて拘束していた。
だが、ただそれだけではない。
「先生!!」
「…ぁ、 蜘蛛かつ…何で、ここに…!」
何度も強く地面に叩きつけられたのか、頭から流れた血が相澤の顔を赤く染め始めている。
脳無に握りしめられた右腕は、とてつもない力であらぬ方向へと捻じ曲がっていた。
一目見ただけでも分かる重傷だ。
そんな相澤教諭を見て表情を曇らせた蜘蛛蠍、その顔を無理やり持ち上げて悍ましい悪意は嘲笑う。
「見ろよ、現実を。目の前にいるイレイザーヘッドをさ」
「お前達生徒を庇おうとして、安心を与えようとして真正面から飛び込んできたヒーローをさ」
「かっこいいなあ、かっこいいよなぁ!!」
「だがな、今いんのは…今いんのは、どん底だ」
ヒーローに募らせてきた深い恨みの念、ようやくそれをぶつける場所が出来たからだろうか、その言葉には恨み以上に喜びが混ざっていた。
「
「カッコ悪いなあ、カッコ悪いよなぁ!!!!」
「でも、それよりもっとカッコ悪いのがお前だよ」
「いいか、教えてやるよ」
「お前はな、調子に乗ってたんだ」
「オールマイトみたいに
「自分が、世界の頂点にいる気分だったんだろ?」
「……馬鹿じゃね?」
時が経つごとに、
きっと、このままでは長くないだろう。
だがそれでも相澤教諭は、蜘蛛蠍に片手を置きながら語りかける
(……もう、良い)
(相澤教諭、もう良いんです)
一ヶ月にも満たぬ僅かな間、しかし蜘蛛蠍は知っていた。
表には出にくい厳しさ混じりの優しさを。
教師として生徒達を守り導こうとする尊い精神を。
ヒーローとして、
(…痛みは、僕が受け入れる咎であるべきだ)
「おい、
「ははははは…あ?」
だからこそ、蜘蛛蠍は
「壺に吐き捨てられた痰カス以下の分際で、これ以上口を聞くんじゃ無いですよ」
「……!ま て…蜘蛛蠍…!」
「うんざりだ、お前の息は臭すぎる」
「あ"?お前今「何度でも言ってあげますよ」
「とっととその臭ぇ口を閉じろって言っているんですよ、痰カスヤロー!」
巫子としての範疇に、死が確定する道へと進む事を決断した。
たとえ、今の友と生活全てを失う事になったとしても。
急に
逆上した
「手前みたいな、カッコウの血が混じったしろが…ぁっ!!」
「お前、すぐには殺されねぇからって調子乗ってんだろ」
青髪の
だが
「…本っ当かっこいいぜ、イレイザーヘッド…!」
何故なら、生徒を守らんと未だに諦めぬ相澤教諭がいるのだから。
その代償として彼の頭が脳無によって叩きつけられそうになるが、そうはならなかった。
「待て、脳無…良いこと思いついた」
「そいつ、イレイザーヘッドをこっちに寄越せ。代わりにコイツを押さえつけろ」
蜘蛛蠍達が、まるでキャッチボールをするかの様に交換される。
そして増幅する悪意は止まる事を知らずに、更に口を開いた。
「よし…イレイザーヘッド、さっきまでは随分と大変だったな?」
「生徒を守るために、叩きつけられるとしても個性を使わなくちゃいけねぇんだから…」
「いっ たい…なにを…」
「でも、安心しろ。こっからは幾ら使っても良い」
「……!!まさか やめろ…!!」
何かを察した相澤教諭が喉を振り絞って静止するも、もはや止まらない。
「やめろ!!」
「やれ、脳無。そのガキを痛めつけろ」
「まずは…そうだな、右腕をへし折れ」
嘲笑と共に、脳無へと指示が出される。
途端、蜘蛛蠍の右腕がゆっくりと伸ばされていき、関節の限界を迎えるところで一時的に止まった。
改人 脳無の怪力は、ほぼ個性に由来しない素の力によるもの。
だから幾ら相澤教諭が個性"抹消"を使ったとしても、蜘蛛蠍の腕にかかる力は変わらない。
そして、そんな合理的でない行為だとしても、相澤教諭は"抹消"を使い続ける。
だが無意味、暫くプルプルと震えていた蜘蛛蠍の右腕は鈍い音と共にあらぬ方向へと捻じ曲がった。
「…っ!っ!!!…どう した?それで終わりですか?」
(叫ぶな!!!相澤先生を、心配させるな!!)
「やめろ、もういい…もういい!!!」
久方ぶりに走る激痛、それでも彼は唇を嚙みちぎって叫びを喉奥に封じ込め、相澤教諭の静止も気にせず更に
「随分と…優しい、じゃないですか…」
「こんなのでは、オールマイトを殺すなぞ…百年早い……」
「やめ ろ…傷つけるなら俺を…」
「はは…聞いたか、イレイザーヘッド」
「お前の生徒は、もっと欲しいそうだ…生徒の望みは叶えてやらないとな?」
「話が、分かる
相澤の静止は、個性は何の意味もなさなかった。
彼は何も出来ないどころか、守るべき生徒に己が負うべき傷の全てを刻み込まれる様をじっと眺める事しか出来なかったのだ。
そうして、蜘蛛蠍の体はどんどん壊されていき…
「…こんな…体とて……はぁ…」
「下種の…慰め、くらい…」
「やめろ、やめてくれ……」
「どうしよっか、もう壊せそうな部分ねぇじゃん」
蜘蛛蠍は、ゴミ捨て場に捨てられた人形の最も悪い部分を継ぎ接ぎしたかの様な姿になっていた。
だが、ここにきて現れる影がある。
「死柄木 弔」
「黒霧 13号はやったのか」
その正体は名前通りの見た目をした
彼が弔と呼ぶ
それを聞いた途端、弔はこれでとかと苛立ちをこめてガリガリと首筋を掻きむしり、その苛つきを言葉にして黒霧へとぶつけ始めた。
だがすぐに掻きむしる手を止めて、これから来るであろうプロヒーローとの戦力差を考慮し…
「今回はゲームオーバーだ」
「帰ろっか」
(…ようやく、帰るか…)
今回の計画、オールマイト抹殺の中止をポツリと呟いた。
それを聞いた蜘蛛蠍と相澤に微かな希望が見えた…たとえ
だが、悪意は最後まで悪意だ。
「けども、その前に」
「平和としての象徴を…」
「へし折って帰ろう!」
相澤教諭を放り投げ、弔は脳無に一つの命令を出した。
「脳無!ソイツの頭を砕け!!」
「が…あっ…ぐぅっ……」
「やめろ!!!!」
それは最後まで取っておいたお楽しみ。
一時的に解放された相澤が叫びと共に力を振り絞って蜘蛛蠍を救けようとするが、しかし怪我は彼の動きを遅くしていた。
ギリギリと、蜘蛛蠍の頭に巨大な万力で挟まれたかの様な力がかかる。
やがて、彼の頭から赤混じりの透明な液体まで流れ始め…
「私が、来た」
ぐしゃり
「なんてな…はははっ!!」
「くも、かつ…?」
閉じた脳無の指の間から、白っぽいピンク色の流動体が流れ落ち、びちゃりと撥ねて相澤教諭の頬へとへばりつく。
合理的に考えれば答えを出すのに時間はかからない筈なのに、相澤はそれが何かを直ぐに理解出来なかった。
「…あ」
相澤が顔を上げる。
そこにいる筈の蜘蛛蠍は、しかし何処かがおかしかった。
けれど、何がおかしいかは分からない。
やがて脳無の手から解放された彼がずるりと落ち、地面へ無抵抗に倒れ伏した時、漸く相澤は理解した。
まるで落ちて潰れた真っ赤な柿の様に、彼の鼻から上は無くなっていたのだ。
つまり、蜘蛛蠍は
「死…んだ…?」
「ーーー!!!!ーーー!!!!!!」
「オールマイト殺せなかったのは残念だが…これで象徴も少しは揺らぐだろ」
もはや声にもならない叫びを相澤が叫ぶ中、
帰るのだとすれば、好都合。脳無がいるならば、これ以上の
だから、ここは帰らせるべきだ。
合理的に考えればそうだと、相澤は分かっていた。
「…あ?どうした黒霧」
「いえ、個性が…恐らくこれは」
だが彼は、どうしても目を離せなかった。
目の前で生徒を殺した、憎んでも憎み切れない
そんな彼にゆっくりと脳無が近寄ってくる、個性など関係なく玩具を壊す様に人を殺せる暴力の化身が。
やがて、脳無が腕を振りかぶり…
「もう大丈夫」
「私が来た」
「あーーー…」
「コンテニューだ」
相澤の頭が消し飛ぶ寸前で、平和の象徴が間に合った。
瞬間、撤退するつもりだった
平和の象徴と、それに相対する
だからこそ、ここにいる誰もが気づく事はなかった。
「キチ…キチチチ……」
不自然に動き始めた蜘蛛蠍の体に、そして無くなった頭から漏れ出す百足の顎を鳴らす音に。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
個性を使ってもどうしようもない状況で、合理的でないと分かっていながら個性を使い続ける相澤先生からしか得られない栄養がある。