いつか、善き人として生まれ変われる様に   作:万年赤字一般傭兵

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変わらないもの

 

 完全に孤立した状況を狙われた(ヴィラン)の襲撃、それにも関わらず生徒達の被害はほぼ無かった。

 

 もっともそれは物理的な被害に限った話である。

 襲撃を切り抜けた今でも、彼らの中には若干目を腫らしていたり何処か重たげな表情を拭いきれない者がおり、精神的には酷い疲弊が伺えるのだから。

 

 そんな彼らはクラスの皆が無事であるか無いかを特に気にしており、USJから出てくるクラスメイトを一人一人不安気に見ていた。

 

 

「蜘蛛蠍!?お前、お前……」

 

「マジか!怪我一つねぇじゃん!!」

 

「だから言ったろ、あいつなら大丈夫だって!!」

 

「蜘蛛蠍君!大丈夫!!?」

 

「蜘蛛蠍ちゃん!?無事、なのね…!」

 

 

 そんな中で何よりも注目を集めたのは、最初に(ヴィラン)の真っ只中へと引き摺り込まれていた蜘蛛蠍だ。

 

 以前から関わりのある生徒に限らず、他のクラスメイト達も一斉に駆け寄りながらアレコレと心配混じりの質問で彼を囲い始めた。

 本当に怪我は無いのか、(ヴィラン)は強かったのか、相澤先生はどうなったのか……などなど、とにかく多種多様な質問の山である。

 

 

「ええ、この通り怪我一つありませんよ」

 

「相澤先生はご心配無く、生きてます。それから…」

 

 

 まだUSJから出て息をつく間もなかったせいだろうか、ほんの少し笑顔が引き攣っていた彼だが、それでも内心を一切出すことなく順調に答え始める。

 

 笑顔と共に質問の山を減らされるたび、クラス全体の緊張と不安は徐々に減らされて行く。

 それは今回の襲撃で最も危険であったろう彼の答えに、何一つ影がさしておらず、どれも問題無いと呼べる様なものだったからだろう。

 

 まして目立った異常など、彼のコスチュームが真っ白な蜘蛛糸の生地で作り変えられていた事ぐらいであり、 それさえも安否の重要性の前にはどうでも良いものになっていたのだから。

 

 故に先の百足達の中で蜘蛛蠍を見てしまった緑谷も、あれが見間違いなのだと信じる為に重い口を開く。

 

 

「く、蜘蛛蠍君…!」

「君は…君は、あの百足の(ヴィラン)に出くわさなかった、よね?」

 

「百足……ああ、あの先生達が最後に捕まえた(ヴィラン)ですか」

「最後の最後で見つかって中央広場近くで襲われかけましたよ。…ああ大丈夫です、その時に先生方から助けられて今に至るのですから」

 

 

 もはや(ヴィラン)達の襲撃を引き摺るものはいない。

 それどころか今回の一件は、皆で力を合わせて死線を乗り越えた希少な経験となり、ヒーローとしての更なる成長を促すだろう。

 

 雄英の校則に"Plus ultra"とあるように、まるで踏まれた麦が逞しく育つように、彼らは物差しに収まらぬ強いヒーローになるきっかけを得たのだ。

 

 

 だからだろうか、今や彼らの瞳には未来への覚悟を決めた静かな意志が宿っていた。

 

 

「最後の挨拶くらいは、せめて…」

 

「?蜘蛛蠍、その人は?」

 

「!…気にしないでください、警察の方々ですよ」

 

「雄英の皆様方、お初にお目にかかります。入田と申します」

「蜘蛛蠍君には少々聞きたいことがありまして…是非、ご同行願いたいのです」

 

 

 ただ一人、蜘蛛蠍を除いて。

 彼の背後にはいつの間にか、入田と名乗る女性が立っていた。

 

 蜘蛛蠍の様な目隠しをつけて金の髪を軽くまとめているスーツ姿、そんな周りの警察官とは一風変わった姿の彼女は公安の手の者だ。

 

 

「あ〜…となると、あまり喋ってばかりいられないな」

 

「うむ、警察の方々の邪魔をする訳にはいかないからな…皆んな、聞きたいことはまだあるだろうが、それはまた別の日にしよう!」

 

「だな!蜘蛛蠍、また明日学校で会おうぜ!!」

 

 

 肩を軽く掴まれながら連れていかれる彼に対し、クラスの友人達が別れの挨拶を投げかける。

 それは決して別れを悔やむものではなく、またの再会を楽しみに待つ言葉。

 

 

「…そう、ですね」

 

 だがそれ故に、蜘蛛蠍は色好い返事をする事が出来なかった。

 千切れた数珠の珠が転がっていく様に、彼は入田によって連れて行かれた。

 

 


 

 

 入田に連れられる事しばらく、彼らは雄英内でも特に機密性の高い取調室において対面していた。

 窓一つないのっぺりとした分厚い壁に、エアロック付きの頑丈な扉、そして火炎放射器らしきものを搭載した3体のロボット…ここは、蜘蛛蠍を在学させるにあたって作られた専用の部屋だ。

 

 

「では、改めまして…蜘蛛蠍君、私は公安から派遣された"入田(いりた) (あかり)"と申します」

 

「今回の一件に関して、公安の判断をお伝えに来ました」

 

「…………」

 

 

 変わらぬ微笑みを携えた彼女に対し、こんな部屋に連れてこられて後の運命を察したのだろうか、彼の顔は晴れない。

 

 たとえ(ヴィラン)の襲撃という非常事態があったにせよ、彼は公安との間で交わした約束を破っているのだから。

 

 

「不認可の個性使用、それも隠匿されるべき物を使ってしまいましたね…」

 

「……いかなる処分も受けるつもりです」

 

 

 公安との約束とは、即ち巫子であった彼が一般社会の末座に加わる為の条件である。

 それを破ったからには、雄英でヒーローを目指すどころかタルタロスの最下層に押し込められても文句は言えない。

 

 彼はそう考えていた。

 

 

 だが、実際には違っていた。

 

 

「…ですが、それを責めるには今回の一件は余りにもイレギュラーすぎます」

「今回、貴方に何かしらの罰則が下る事はありませんよ」

 

「…え?」

 

 

 いくら蜘蛛蠍が母児村の巫子であったと言えども、彼がそうである事を酷く嫌い超人社会の一員として節度を守ってきたことを、公安は分かっていたのだ。

 

 故に黒い噂が絶えぬ彼らと言えども、判断を逸る事は無い。

 彼女がここまで来たのは、あくまでも他の目的によるものだ。

 

 一つは蜘蛛蠍の安全確認、天下の雄英が(ヴィラン)の襲撃を許したとなれば表向きは彼と関係を絶った公安としても黙ってはいられない。

 

 そして…

 

 

「今回の(ヴィラン)達が使っていた"朱い腐敗"」

「それに関して貴方に情報を提供していただきたいのです」

 

 

 ただの(ヴィラン)が使えるわけもない理外の力、公安内でも絶対的な機密であり蜘蛛蠍に根深く関わる"朱い腐敗"が一番の懸念なのだ。

 

 

「…!そういう事でしたか」

「勿論協力しますよ。まず(ヴィラン)達の中にいた蟲は…」

 

 

 朱い腐敗の危険性は彼自身よく分かっており、誰かが悪用しているという事実は決して安心できるものではない。

 

 

(………よかった)

 

 

 だが公安の取り調べに答えている彼の顔には、先までとは違い明らかな安堵があった。

 

 母児村の巫子としてはあり得ぬことに、彼にとっては腐敗云々よりも今回の件でタルタロスに戻されない事が重要だったのだ。

 

 

 

 入田と話すこと約二時間、だが未だに彼の心配は尽きていなかった。

 寧ろ、今になってようやく気付いたのだろう。

 

 ようやく話がまとまって解放された彼は、最後に根津校長の呼び出しによってある病院に案内されていたのだ。

 空いた病室の扉から赤い夕陽が差し込む廊下を暫く進み、やがて彼はある扉の前で足を止めた。

 

 コンコンとノックをし、丁寧な挨拶と激しく胸を鳴らす緊張と共に彼はその部屋へと入っていく。

 

 

「相澤先生、お怪我の程は大丈夫ですか?」

 

「………蜘蛛蠍か…校長から、話は聞いている」

 

「…そうですか」

 

 

 そこには、怪我の処置痕を残す相澤教諭がいた。

 蜘蛛蠍の異常性を目の当たりにした、その人が。

 

 本来ならば再び顔を合わせる事など叶わない二人、それ故に彼らの間には嫌な沈黙が流れて始めた。

 

 

 だが、永遠には続かない。

 

 

「蜘蛛蠍」

 

(…!)

 

 

 最初に沈黙を打ち破ったのは、相澤だった。

 その口ぶりは彼の普段のものよりも更に重く、油断ならないものである。

 

 何を言われるか、化け物と罵られるのでは無いか、多くの疑問と恐怖が蜘蛛蠍の頭をよぎり始めた。

 聞き飽きた暴言でも、それを信頼していた先生から言われる事が何よりも怖かったのだ。

 

 

「…済まなかった……俺は、教師失格だ」

 

(!?)

 

 

 だがそんな彼の懸念に対し、相澤教諭から放たれたのは自責の念と後悔に塗れた謝罪だ。

 それは懺悔のようにも似ていたが、しかし彼の中には許しを欲する心など何一つ無かった。

 

 だが、そもそも蜘蛛蠍には相澤をどうこうするつもりなどない。

 

 

「…お前が望むなら、何をやっても良い」

「担任を変えることも…

 

「待ってください、相澤先生」

「どうであれ、僕はこうして生きてます。貴方を恨んだりするなどとんでもない」

「…根津校長から聞いたでしょう?僕は死ぬ事が出来ないのですから」

 

 

 相澤の言葉を遮って彼が話すは、彼について心配することが如何に無為であるか。

 如何なる傷とて、如何なる痛みとて、結局は死なず元に戻るのだから、如何なる心配もいらない…それが彼の持論だった。

 

 

「最後に元通りなら、何も無かったも同然」

 

「ノーカウントというものですよ」

 

 

 だが、それは狂気でもあった。

 彼が母児村で受けてきた仕打ちに、ただ耐える為だけに見出した狂気だ。

 

 

 無論、そんな事を相澤教諭は知らない。

 それでも決して放ったりはしない。

 

 たとえ最後になるとしても、彼は教師として蜘蛛蠍を諌めんとする。

 

 

「蜘蛛蠍、それはダメだ」

「幾ら傷が治るとしても、たとえ人を救ける為だとしても、そうやって命を捨てる考えはやめろ」

 

「…何でですか」

「事実として、貴方は助かった。僕が身代わりにならなければ、貴方は死んでいたでしょう」

「貴方は死ねるから分からないだけです。…たった一つの命もどきを捨てるだけで、どれだけ多くの人が助かるかを」

 

 

 だが、そんな教師としての警告を蜘蛛蠍は真っ向から拒絶した。

 今まで彼を支え続けてきた根幹を安易に否定する様な同情に、苛立ちさえ込めて。

 

 

 されど相澤が伝えたいのは、そんな非合理的な同情などではなかった。

 

 

「心配はありがたいですが…」

 

「お前は、プロヒーローを目指して雄英に来たんだろ」

 

「…一体何を」

 

「今までは役に立ったのかもしれないが、プロヒーローを目指すならその考えはやめろ」

「最初から死ぬつもりの奴が、強くなれる訳が無いからな」

 

 

 相澤教諭が伝えたいのは、ヒーローを目指す上での心構えだ。

 蜘蛛蠍が理解し切れない中、彼は合理的に自責の念を抑えて言葉を続ける。

 

 

「…ヒーローは、ただ楽しいだけの仕事じゃ無い」

(ヴィラン)、災害、個性事故…そう言った命の危機に何度も直面する、危険な仕事だ」

「お前が知らないのは無理もない。そう言うのを理解するのはもっと先だからな」

 

 

 蜘蛛蠍に語り続ける中で、いつしか彼の瞳には一人の友人が写り始めていた。

 何にも代え難く、しかし失ってしまった友人を。

 ヒーローとしての過酷さを無慈悲に教えて逝った友人を。

 

 

「…だが、今年は違う」

(ヴィラン)と戦う危険と恐怖、今回の襲撃で他の奴ら(A組生徒)はとっくに理解してんだよ」

 

「だから、アイツらはもっと強くなろうとする」

「誰かを助ける以前に、死にたくない、そんな単純だが強力な理由のせいでな」

 

「そうやってヒーローとして強くなる」

 

「……分かるか?お前だけなんだ、怖がってないのは」

「このままだと、置いていかれるぞ」

 

 

 普通は、一度死ねばおしまいだ。

 それ故に人は強く、そして争い続けようとする。

 

 だが、不死故に蜘蛛蠍にはその様な感覚が抜けていた。

 

 

「お前が助けてくれた事に感謝はする。だが、それとこれは別の話だ」

 

「これからもお前がそんな考えを続けるなら…」

 

 

「俺は、お前を除籍する」

 

 

 だから相澤教諭は厳しい言葉になるとしても、蜘蛛蠍の教師として、彼を立派なヒーローにする為に、不死故の精神を咎めるのだ。

 

 

 暫く黙っていた蜘蛛蠍がゆっくりと口を開く。

 

 

「……そうか、貴方は…」

「私…いや僕を、一生徒として扱ってくれるのですね」

 

 

 彼にとって、それは初めての言葉だった。

 彼の様を見て不死を尊ぶ者はおれど、不死を気味悪がるものはおれど、しかし相澤教諭の様に叱ってくれる人はいなかったのだ。

 

 故に彼の中には先までの苛立ちなど無く、喜びがあった。

 己を教え導くには勿体無いと思えるほどの先生に出会えた、強い喜びが。

 

 

「ごめんなさい」

 

「…ですが、これだけは言わせて下さい」

 

 

 相澤教諭の言葉は彼にとって福音の様でもあったが、しかしそれ故に否定しなければならない事があった。

 

 

「貴方は教師失格などではありません」

「そして………」

 

 そして、自分勝手だと思っていても譲れない望みがあった。

 

「……どうかこれからも…僕の担任として教えてくれませんか?」

 

 

 それは蜘蛛蠍としては初めての我儘であり、同時に教師として最上の褒め言葉でもあった。

 

 

「…お前がそう言うなら、勿論だ」

 

「………やった!!」

(約束ですよ!)

 

 

 不変の巫子たる彼が、今や心の声を隠せない程に喜ぶ子供の様になっていた。

 今日この時をもって蜘蛛蠍は真にA組の生徒に、相澤教諭の教え子になったのだろう。

 

 

 変わらないものが、変わったのだ。

 

 


 

 

 何度も、何度もリピートされる。

 USJでの映像が、百足に塗れた蜘蛛蠍が脳無と戦う姿が。

 

 その映像をただ一人、眺め続ける男がいた。

 モニターの映像だけが明かりとなって様々な医療器具を照らす、そんな薄暗い部屋の中にいるにも関わらず。

 

 

「…ふふ、君は何も変わっていないね」

「顔も髪も背丈も違うが…そんなもの、大した問題じゃあ無い」

 

「誰もが恐怖する戦いの様、純粋であるが故に研ぎ澄まされた残虐性、比するものを許さない力…!」

 

「昔と比べる事が烏滸がましい程に弱まってるが…その姿が残っている事こそが重要なんだぜ」

 

 

 様々なチューブを身体中に差し込まれ、黒革張りのずっしりとした椅子に座るその男は一見すれば重病人だ。

 だがそんな不調を感じさせない程に、彼は興奮を高めて椅子の革を沈ませていく。

 

 

「僕は根に持つタイプだけど…君はそうでなかったというだけ」

「忘れたものは、また思い出せばいい…ただそれだけの話だ」

 

「……でも、気に食わないな。何故雄英なんかに…」

 

 

 心の中に抑えきれぬ喜びと共に言葉が溢れ、しかし途端に男は静かになった。

 

 だが、それは束の間の休息。

 静けさと共に過去に浸った彼はすぐに解を得たようだ。

 

 

「ああ、与一の我儘かな?確かに君は、弟を喜ばせる事に関して天才的だったね」

「ありがとう。やはり君は本当に良い友人だ」

 

「だからこそ、本当に惜しい。君さえいれば、駆藤なぞに弟が誑かされる事なんて無かったのに」

「いや、そもそも弟を閉じ込めなくても……」

 

 

 自分勝手に納得し、そのまま彼は過去の失態と後悔に思いを馳せ始める。

 それは、どうしようも無い後悔だったが…

 

 

 今や、どうでも良い事象に成り下がった。

 

 

「でも大丈夫、全て許すさ。君さえいれば与一は戻って来る」

「そしたら共に作ろうじゃないか」

 

「僕と弟と君の三人だけが暮らせる、世界で一番安全で幸せな楽園を」

 

 

 その笑みはまるで、誕生日を待ち望む子供のような、純粋で何の悪気もない喜びと期待の笑み。

 そんな笑みを携えた独りよがりの魔王が、ただ一人闇の中で最高の未来を描き始めた。

 

 モニター越しに映る蜘蛛蠍の心など、まるで知らずに。

 

 


 

 蟲のグレイブ

 

 人には理解できぬ、神秘的な意匠を持つ白色のグレイブ。

 母児村と深い関係にあった(ヴィラン)組織、"腐敗教会"の蟲達が振るう得物。

 

 かつてヒーロー達が腐敗教会の本拠地に突入した時、そこには得物を握りしめて生き絶えた蟲達の屍だけがあった。

 

 今や、これを振るうはただ一人だけだ。

 

 

 無垢金の針

 

 巫子が自身の内に宿す黄金の糸を紡ぎ上げた黄金の針の一つ。

 母児村の人々は信仰の証としてこれを刺し、知らずの内に朱い腐敗から逃れる。

 

 故に、巫子を信じぬ不届者は蝿になるのだ。

 

 





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