いつか、善き人として生まれ変われる様に 作:万年赤字一般傭兵
臨時休校の1日を跨ぎ、
他の教室と違って、A組の生徒は妙に静かだった。
その原因は未だ来ない相澤教諭。生きていると分かっていても怪我をしたと聞いたのだから、直接姿を見ない限り彼らも安心はできないのだ。
「お早う」
「相澤先生復帰早ええええ!!!」
だがそんな彼らの雰囲気に反して、相澤教諭は今日もいつも通りの様子で扉を開けて入ってきた。
ギプスをつけてはいるものの、確かな足取りで教壇へと向かう彼の存在は最後の憂いを消しとばしたのだ。
そして、これで終わりでは無い。
「雄英体育祭が迫っている!!」
「クソ学校っぽいの来たあああ!!」
(祭り…祭りだぁ!!!!)
彼の放った一言が、クラス全体に興奮の最高潮をもたらした。
それこそ普段は大人しい蜘蛛蠍でさえも熱されて、"学校っぽい"の言葉の一つとなってしまうほどだ。
寧ろそれどころか、他のクラスメイトと比べても段違いな喜びと期待を抱いている。
必死に自らの祭りに対する思いを蜘蛛蠍が我慢する中、相澤教諭が雄英体育祭について話し始めた。
雄英体育祭…それはかつてのオリンピックに代わるとさえ言われる、雄英のみならず日本にとってのビッグイベント。
"オリンピック"という言葉で蜘蛛蠍の頭に、霊長類最強だとか、何とかボルトだとか、何処か懐かしい言葉が浮かんできたが次に相澤教諭が放つ言葉ですぐに消えた。
「分かっていると思うが、この体育祭を見るのは一般人だけじゃ無い」
「全国のプロヒーローが、お前達の素質を見抜こうと一斉に集まってくる」
「時間は有限、プロに見込まれればその場で将来が拓けるわけだ」
それは雄英にまで来たクラスの誰もが分かっている常識。当然、皆はその言葉で気を引き締めたが、蜘蛛蠍にとってはより特別な意味になった様だ。
(プロヒーローが、見る)
(………じゃあ、まさか……)
(レディ・ナガンさんも!?)
(…絶対に、もう会えないけど……でも、それなら絶対に負けられない!!)
(会えなくても、大丈夫だという姿を見せたい!!)
憧れだけでなく一人の恩人でもあるプロヒーロー、そんな彼女の存在が彼の心へ更なる油を注ぐことになったのだ。
時計の針は少しづつ進んで今は昼休み、体育祭の告知でいつも以上に騒がしくなっている教室の中で一際盛り上がっている者がいた。
「皆さん!!祭りですよ!!」
「祭りが、祭りで、祭りなんですから、祭りですよ!!」
「お、お前…一体どうしちまったんだ…?」
「熱いけど、熱すぎるぜ…」
それは瀬呂でも、切島でも、まして常闇でも無い。
「く、蜘蛛蠍…少し昂りすぎではないか…?」
蜘蛛蠍だ。
朝のHRどころか巫子時代から数十年以上の単位で煮詰まらせていた祭りへの羨望と情熱、そこに恩人への感情も乗っかった並々ならぬそれを彼は一気に吐き出していたのだ。
「いーや、落ち着けるものですか!何せこれは雄英体育祭!!」
「つまりは日本一盛り上がる祭りなんですよ!!」
「祭囃子も、縁日も、子供達の笑い声も、大人達の豪快な掛け声もそこらの祭りとは段違い!」
「ようやく…ようやく参加できる祭りが、そんな素晴らしい祭り!!!興奮するなと言う方が無理があるでしょう!?」
「はーっ、祭り祭り祭り祭り祭り……」
「や、やべえよ、壊れちまったよ」
「行き過ぎた情熱は身を滅ぼすと言う事だな…」
「面白いっていうか、もう怖い」
やがて興奮のあまりに意味よりも先に言葉が先走り始め、遂に彼の様子周りから完全に引かれるレベルになった。
それでも段々と落ち着き始め、いつも通りの冷静な彼になろうとしていたが…
「皆!!私!!頑張る!!」
「バッカ、麗日!今そんなこと言ったら…」
麗日が燃え尽きようとしていた火に、追加の燃料を継ぎ足した。
彼女の言葉が蜘蛛蠍の耳に届いた瞬間、まるで燻っていた火が弾けるかの様に彼はガバリと顔を上げた。
「麗日サン、あなたも同じでしたか!!」
「ならば、友人同然です!!」
「共に祭りを盛り上げようでは、ありませんか!!」
「「おおーっ!!!」」
一度生まれたものは簡単には死なない。
麗日が教室を去った後でも、この熱は昼休みが終わるまで冷めることはなかった。
これまた時計の針が進み、橙に染まり始めた日の光が窓から黒板を照らし始めた放課後。
何やら多くの人が来る気配を感じた蜘蛛蠍は切島と瀬呂を誘い、A組で起きた騒動に巻き込まれないうちに運動場へと来ていた。
ここに来た彼らの目的はただ一つ。
「じゃあ、始めっか!」
「応!準備運動も終わったしな!」
「「「特訓、やるぞ!!」」」
2週間後の体育祭、それに向けた自主練である。
各々が先の戦闘訓練や
「では、早速…」
「軽く手合わせと行きましょう。瀬呂君、テープをお願いします」
「おっけ!以前の戦闘訓練で使ったのは…こんくらいか」
まず初めに行われたのは、以前の戦闘訓練と同条件の手合わせ。
3人中2人が一対一で戦い、残った1人がスマホで録画、そうする事で改善すべき点を改めて見つける行為である。
さながら不良漫画な夕日の中の戦いが繰り広げられ、全て終わった後には各戦の録画映像も見直された。
「じゃあ、全員で改善点を言い合うか」
「まずは俺から、蜘蛛蠍は近接戦が凄えけど…」
そして始まったのは、二人称および三人称的な意見の交換。先頭と同じかあるいはそれ以上の時間が費やされ…
遂に、それぞれの改善点が見えてきた。
「…こんなもんじゃね?やっぱ自分だと気づけねえ面があるんだな」
蜘蛛蠍には勝ったが、切島には負けた瀬呂、彼の改善点は近接格闘技術の低さだった。
テープは確かに強力であり蜘蛛蠍の様な者も先手で捕らえられるが、一方で切島の様にテープを切り裂くなどして無効化する相手には無力なのだ。
「だな、思ったより悪い点があってびっくりだぜ…」
瀬呂には勝ったが、蜘蛛蠍には負けた切島、彼の改善点は個性の持続性だった。
"硬化"には時間制限があり、一度に攻め切れなければ事実上の無個性で戦う事になるのだ。
「僕もです。分かっていたつもりでしたが、個性を満足に使えない弊害がまさかここまでとは」
切島には勝ったが、瀬呂には負けた蜘蛛蠍、彼の改善点は個性の活用だった。
彼の個性"操糸"は瀬呂のテープに似て中距離戦をこなせるはずなのに、なまじ近接戦で勝ってきたものだから使おうとせず、使おうとしても戦いの中で咄嗟には使えないのだ。
三人よらば文殊の知恵。
その諺通りに彼らは改善点を見出し、そして互いに高め合わんとそれぞれでアドバイスを交えながら試行錯誤し始めた。
後に雄英講師が一人、ミッドナイトは語る。
正しくその姿は、青春そのものであったと。
自主練が終わっても、蜘蛛蠍はすぐに帰ることはなかった。
何かを思い立って始めた時特有の勢いは凄まじい。半ば疲れを忘れていた彼らは場の流れでプロテインなんかも改めて買おうと、帰りの途中にスポーツ用品店へ寄っていたのだ。
本来疲れを感じないはずの彼も、精神的な疲れだろうかヨタヨタとした足取りで玄関の扉を開けた。
「た、ただいま〜…」
鍵が掛かっていなかった事も気にせず、彼は自宅の中へと入って行き…
「お帰り。随分と遅かったが…友達か?」
「まあ、そんなところで……ん?」
リビングでソファに座っていた人影に違和感と既視感を覚えた。
ピンクとダークブルーが相混ざった長髪を、ソファの背もたれ越しにさらりと流す女性。
「レディ・ナガン さん!?」
「ああ、そうだ…驚かせたなら御免な」
公安所属のプロヒーロー、レディ・ナガンその人である。
蜘蛛蠍の方に目を向ける事もなく、まるで日常の一部かの様に返事をした彼女だが実際には違った。
「久しぶり、でも無いか」
「不思議だな。一週間も経ってないのに、お前に何年も会ってない気分になるんだ」
茫とする彼に向けて向けたその顔には、どこか照れ臭そうな笑みがあったのだから。
そんな調子で向き合っていた両者だったが、やがて気を取り戻した蜘蛛蠍が向かいのソファに座る事で再び話が始まった。
向かい合って話す両者、しかしいつもと違って蜘蛛蠍は相手の顔を直視することが出来なかった。
それは決して青少年特有の感情では無く、彼特有の処世術である。
母児村の巫子として身につけた、そんな処世術だ。
「どうしてここに…違います、嫌だと言う訳じゃないんです」
「ただ、ただ……もう会えないと思っていたから」
トラウマの元凶たる母児村の巫子であった時代においても、彼に親身となってくれた"善い人"は時折現れていた。
そして常人たる彼らは必ず、悲しみだけを残して彼より先に逝ってしまった。
ここまでは、よくある寿命差の悲劇だ
よくある話と違うのは、彼は彼自身の"個性"を使えばそんな別れを無くすことができるという事だろう。
老いどころか、あらゆる病気や怪我を受け入れて永遠に側に居させられるのだ。
「…ごめんなさい、ただの気紛れで寄っただけですよね」
「……………分かって、いますから」
けれど、決してそうはしない。
皮肉にも彼は"個性"故に永劫の苦しさを知っており、それを大好きな人に与えることなど許せないからだ。
だから彼は、二度と会えないであろう好きな人の顔を努めて忘れようとする。
そうすれば悲しみと邪な思いを抱かずに済むから。
名と思い出だけが、残るべきだから。
やがて蜘蛛蠍は俯くばかりか、遂に手で顔を覆ってしまった。
「蜘蛛蠍…」
「安心しろ、私はここにいるさ」
そして、そんな彼を安心させるかの様にレディ・ナガンは優しく両腕で包み込んだ。
女ではなく親としての情と暖かさがある、そんな抱擁だ。
そうしながら、彼女はゆっくりとここに来た経緯を話し始めた。
「一昨日、
「それに関する公安と雄英の協議で、私生活に関しては公安からお前に護衛をつける事を決めたんだ」
「もちろん、ずっと一緒…とは行かないが、気まぐれで寄った訳じゃ無い事は分かってくれ」
「……少なくとも、お前がこうして悲しまなくなるまでは一緒にいてやれるさ」
それは巫子にとって、何とも残酷な言葉であった。
結局のところ彼女が彼を置いて逝く事は変わらず、それどころか彼の生きてきた年数を考えれば、彼女と共に居る時間がたった数年伸びようとも何も変わっていない事に等しいからだ。
だが同時に段々と巫子から離れてきた蜘蛛蠍にとっては、何とも嬉しい言葉でもあった。
「そうだ、今度はそっちから言ってくれないか?」
「"おかえり"…って」
だから彼は、今だけは難しい事を考えず…
「……おかえりなさい」
「レディ・ナガンさん」
ただ人としての僅かな幸せを噛み締める事にした。