いつか、善き人として生まれ変われる様に   作:万年赤字一般傭兵

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祭の準備

 

 体育祭まであと二週間、A組のみならず学校全体がの気が引き締まるかの様な雰囲気の中。

 

 

「………瀬呂くんは、こうやって殺…

 

「蜘蛛蠍の奴、昨日より更におかしくなってないか…?」

 

「何か、こう…殺気が凄いよね」

 

 

 蜘蛛蠍は自分の席で一心不乱に何かをメモへと走り書き続けていた。

 個性を含めてクラスメイトの何かしらを書き綴るそれは緑谷の様な行為であり、しかし一つだけ違うのは周りを気圧している殺意だろう。

 

 彼がここまでの殺意を放つのは、昨日の夜に抱いた決意と立てた作戦が原因だった。

 

 


 

 

(レディ・ナガンさんと、また暮らせるとは…)

 

 

 シャワーの音が微かに聞こえるリビングにて、蜘蛛蠍はこれからに思いを馳せる。

 恩人であり憧れでもあるレディ・ナガン…もはや会えぬと思っていた彼女とまた暮らせるのだから、その喜びは計り知れない。

 

 もっとも、ただ嬉しいだけではなかった。

 

(体育祭、無様な姿は尚更晒せませんね)

 

 彼女がここにいると言う事は彼の立ち姿が必ず見られると言う事であり、その分のプレッシャーがのしかかるのだから。

 

 今一度、彼は思い直す。

 体育祭で如何に立ち回るかを。

 

 

(例年の体育祭では、最後の種目で一対一の戦いがある)

(今年も同じでしょうけど………何人か、勝てない相手がいますね)

 

 

 無論レディ・ナガンへと成長を示すのだから狙うは1番、されど今の彼には乗り越えられなさそうな障害があった。

 

 

(轟、爆豪、八百万…いや、このままだと常闇君や瀬呂君にも負ける)

 

 

 それは仲良くしていたクラスメイト達だ。

 かつて暴力を振るいたくは無いと思った彼ら、しかし彼はここに来て転換を迎えんとしていた。

 

 そのきっかけは、相澤教諭の言葉だ。

 

 

(死にたく無いから強くなる)

(そうだ、手負いの獣ほど恐ろしいものは無い…)

 

(ならばクラスの皆んなは…影地の獣と同じ…?)

 

 

 彼が思い起こすは、母児村の戦士が命を賭けて狩らんとしていた凶暴な獣達。

 

 

 猛毒を持つ尾の刺と鋏を持ちながらも空を飛び、更には数的優位を持って襲いかかる"蜘蛛サソリ"。

 

 樹で出来ていながら、見上げる程に大きな竜の姿を持つ"樹霊"。

 

 人など丸呑みにできる巨大な顎を持ちながら、犀のような角と山嵐の如き金色の針すらも武器とする"黄金カバ"。

 

 恐ろしく圧縮された水をレーザーの様に放ち、人体を綿菓子の様に抉る"大ザリガニ"。

 

 そして、こうした魑魅魍魎が跋扈する影地にて生態系の頂点に立つ"大赤熊"。

 

 ただのスポーツでも無く、仲良しこよしの馴れ合いでも無い。

 彼の中の体育祭はいつしか"試合"でなく、文字通り命を取り合う"死合い"になっていた。

 

 

(ならば殺す。罠でも何でも使えるものは全部使おう)

(殺さないための手加減だとか、ヒーローらしさだとか、そんなのは後から考えればいい)

 

(レディ・ナガンさんに、成長を見せるんだ)

 

 

 こうして彼は気楽に友達と交流する一生徒から一転、勝ちを狙う為に手段を選ばぬ殺人者一歩手前の狩人として準備を進め始めたのだ。

 

 

 巫子としての行儀の良さなど、そこには一つもなかった。

 まるで、この姿こそが彼の本性だとでも言わんばかりに。

 

 


 

 

 歩き方、筋肉のつき方、言動、戦闘訓練の様子、好きな物…とにかくクラスメイト全員の情報を得ようと、蜘蛛蠍は全神経を尖らせてメモを取り続ける。

 

 そうして情報を集めた後の放課後には瀬呂達との自主練を行い、そのままの足で家に帰るとメモに走り書きした情報をノートにまとめる。

 

 一度ノートにまとめたとて、日を跨げば何回も書き直す。

 瀬呂と切島と共に行う自主練の中で取れる手段は無限に増えて行き、最善手はコロコロと変わっていくのだから。

 

 当然この様な準備は二週間で済まないはずだが、蜘蛛蠍にとっては違った。

 

 慢性的な疲れに対する異常な回復の早さにより、一般的な高校生よりも短く済む睡眠を始めとした休息。

 飲食を抜こうとも、ほぼ変動する事がない筋力や体形。

 汗をかかない事で汚れにくい身体。

 

 もっとも飲食や入浴などはレディ・ナガンに強制されたが、それでも彼が1日の間に使える時間は常人のそれより長かったのだ。

 酷く嫌っていた異常性でさえも、命懸けの極限状態に備えると想定した今の彼は私情抜きで利用していた。

 

 

 この様な準備は一見独り善がりでストイックな努力に見えたが、しかしそうならなかった。

 

 死への恐怖を考慮した蜘蛛蠍にとってこの程度何の苦難でもなく、 友人と共に行う特訓は全員の利になったからだ。

 

 放課後の訓練において、何も成長したのは蜘蛛蠍だけでは無い。

 

 

 切島の個性持続性、それには蜘蛛蠍の技が助けとなった。

 

「切島君、攻撃を受ける瞬間だけ守りを固めるんです」

「そして受けたら…回転に変えて思いっきり殴る!!」

 

「いいじゃねえか!これなら個性使う時間を節約できんな!」

 

「でも、ミスったらヤバくね…?」

 

「腕とか手よりも、足を見るんです。そうすればフェイントも…」

 

 

 蜘蛛蠍の戦闘技術、攻撃を弾いてからの反撃。瞬時の守りによって攻めを強めるだけでなく、守りに費やすエネルギーの低減にもなるそれは切島の個性にも応用可能だったのだ。

 

 

「前に話したヒーローいるだろ?あのヒーローにこんな技があるんだよ」

 

「糸じゃねえけど、こう放ったテープで支点を作って…」

「一気に距離を詰めて畳み掛ける!!…何て出来たら良いと思ったんだけどな」

「勢いに体持ってかれて、何も出来ねぇんだ」

 

 

 瀬呂の近接格闘技術。二週間では解決できないと思われたそれは、これまた意外にも蜘蛛蠍の助言で改善されることになった。

 

 

「蜘蛛蠍なら出来そうだよな…おっ、凄え!このヒーロー、銃ごと手を縛ってんじゃん!」

 

「"手"…もしかすると。切島君、ちょっと硬化してみてください」

 

 

 彼の言葉で硬くなった切島の片足に糸が巻き付き、瞬間それが一気に引っ張られて切島はバランスを崩す。

 そうして崩れた彼の顔に蜘蛛蠍のアッパーが迫るが、ギリギリで止まった。

 

 

「……こんな感じで、体のバランスを崩す事に特化すればやれそうでは?」

 

「なるほどね〜、個性と格闘の組み合わせかぁ…」

 

「元は瀬呂君が教えてくれた事ですよ。前までの僕なら、こんなの関係なしに殴り倒そうとしてた筈なので」

 

「…次やる時は事前に言ってくれよ、慣れてたつもりだがヒヤッとしたぞ今の……」

 

 

 個性だけで完結しようとせず、相手を"崩す"事で次に繋げる。厳密に言えば蜘蛛蠍だけの考えではないものの、結果として瀬呂の近接戦を補う一手になった。

 

 

 切島は持ち前の個性による"硬さ"を活かして蜘蛛蠍達の実験台となりながらも、その過程の守りを工夫する事で単なる殴り合いでは得られない"技"を磨く。

 瀬呂と蜘蛛蠍は互いに技術を教えあい、組み上げた試作を切島へとぶつける事で攻撃と技を机上のレベルから更に洗練させる。

 

 そうして彼らは互いに助言を与え合う以外にも、奇妙な相性をもって更なる熾烈さをもって切磋琢磨していったのだ。

 

 


 

 

 体育祭に向けて努力するのは、生徒だけではない。

 (ヴィラン)の襲撃への更なる対策、世間に対する説明、プロヒーローへの呼びかけ…参加して戦わなくとも、教師達も開催に向けて必死の努力をしているのだ。

 そしてどれだけ激務だとしても、教え子の為を思って励む彼らには不思議と上向きな雰囲気があった。

 

 だが、会議室に集まった今日の彼らの雰囲気は明らかに違う。

 不安と緊張が渦巻く、悪い雰囲気だ。

 

 

「"朱い腐敗"…その様な個性があったとは」

 

「……タチの悪い生物兵器、そう聞いてます」

 

「だけどよイレイザー。認知してから大分経っているんだろ?それなら他のウイルス系個性みたいに対策が…」

 

 

 その原因は(ヴィラン)の襲撃時に見られた"朱い腐敗"。あくまでも一つの個性として扱われており、教師陣からも脅威が今一理解されてないそれが今回の問題だった。

 

 そんな教師達に対し、公安から直接の情報を受け取った根津校長が更なる説明をせんと口を開く。

 彼は金の針が入ったガラス管を胸ポケットから取り出して、"朱い腐敗"の詳細を語り始めた。

 

 

「良い着眼点だね、山田君。実際、対策はあるよ」

「問題はその対策が非常に限られているということだ」

 

「公安から伝えられた対策は二つだけ。オールマイト君みたいにこの針を刺すか、または炎で焼くか…出し惜しむする理由もないから、本当にこれだけだろう」

 

「それにも関わらず、防護服が意味をなさないほどに感染力が強い……相澤くんの言った通り、"タチの悪い生物兵器"と言っても過言じゃ無いね」

 

 

 オールマイトを始めとした雄英教師陣は、どれも指折りのプロヒーロー。されど、目に見えぬ形の敵となれば話は別だ。

 "朱い腐敗"とは即ち毒であり、毒とは弱者が持ち得るもっとも強力な武器であるのだから。

 

 

「けれど安心してほしい」

「公安の方々が情報の提供だけで無く、警備の増強にも協力してくださるそうだ」

 

「…とはいえ、初めての試みだ。これにあたって摩擦も生じるだろうから、先生方には報連相を徹底してほしい」

 

 

 だが、それでも彼らは体育祭の開催に向けて最善を尽くさんとする。

 持ちうる全てを使えば、必ず乗り越えられると信じて。

 

 

(今回の件も相まって、I・アイランドでの研究が今年の夏から本格的に進むとは聞いている)

 

(対抗策が出来るまで、何としても耐えなければ…)

 

 

 たとえ理外の存在たる"朱い腐敗"が相手でも、果敢に挑む勇気こそが則も知らぬ愚か者どもに許された希望なのだから。

 

 


 

 

 サソリ煮込み

 

 黒い汁で煮込まれたサソリ。

 祝いの際に饗される母児村伝統の一皿。

 

 母児村は個性と始まりを共にしており、歴史としては短い。

 故に母児村の"伝統"を作り上げたのは時間では無く、混沌に耐えきれなかった人の弱さなのだろう。

 

 

 

 文書「最大限警戒すべきクラスメイトについて」

 

 蜘蛛蠍が走り書いた文書の一つ。

 情報が簡潔に書かれている。

 

 轟 焦凍

 

 個性 大規模な凍結と炎?

 ヒーローのNo.2 エンデヴァーの息子

 広範な攻撃に反して、確実に相手を拘束する調整の細かさが目立つ。

 個性の熟練度はクラスの中で一際高い。

 氷を溶かす以外に炎?は使わない。

 凍結は右半身が起点。

 凍結使用後は体の震えあり、他ヒーローの様な体温低下?

 

 筋肉のつき方が効率よく、恐らくは肉弾戦も出来るタイプ。

 力自体はそこそこ。

 

 好きなものは蕎麦(食堂でいつも食べてる)





ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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