いつか、善き人として生まれ変われる様に   作:万年赤字一般傭兵

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障害物

 

 蜘蛛蠍が体育祭への決意を抱いた日から二週間。

 あらゆる手で情報を集め、友人達と戦いの技量を磨き、着せ替え人形にされながらも芦戸と共に買いに行った手入れ品で身だしなみを改めて整え…

 

 

「一年ステージ 生徒の入場だ!!」

 

 

 ついに、その日がやってきた。

 

 

 凄まじい量のシャッター音に歓声を浴びながら、ヒーロー科の生徒達が続々とステージへと歩み出す。

 未だ競技が始まっていないにも関わらず、周囲の観客から浴びせられる目線と声は間違い無く彼らに緊張を与えており、静かな意思を携えているといえども彼らの中には少し怯むものもいた。

 

 

「ここまで多いと緊張しねぇか…? 」

 

「祭りなら参加者が多いに越したことはありません」

「それに…ヒーロー科としては知名度を上げるチャンスでしょう」

 

 

 そんな中、蜘蛛蠍は観客席をぐるりと見回していた。

 それは緊張からの行動では無く、何かを探すためのものである。

 

 

(……あ、いた!)

 

 

 やがて彼の視界に特徴的なダークブルーが映り、目が合った。

 普通なら互いに見えない様な遠い距離だが、彼は関係ないとばかりに笑顔で軽く手を振る。

 

 それは両者共々常人離れした視力故に距離など問題では無く、同時に公にはできない関係であるからだ。

 

 やがて彼女から応援するかの様なサムズアップが返された後、ヒーロー科以外の生徒も入場し、ミッドナイトの指名によって爆豪の選手宣誓が…

 

 

「せんせー」

 

「俺が一位になる」

 

 

 宣戦布告がなされた。

 当然彼には周りからブーイングが飛び交うが、ふと蜘蛛蠍が周りを見渡すと選手のみならず観客までもが入場時と比較にならない盛り上がりを見せている。

 

 

(何だかんだ言って、ここまで盛り上げてくれるとは)

(爆豪君…あなたも相当な祭り好きなのですね)

 

 

 そうして蜘蛛蠍が爆豪の行動を最大限好意的に解釈していると、観客の期待に選手達の緊張がさらに高まる中で第一種目が発表されんとしていた。

 

 

「いわゆる予選よ!毎年多くの者が涙を飲むわ!」

「さて運命の第一種目、今年は…」

 

「これ!!」

 

 

[障害物競争]

 

 

 ミッドナイトの煽り文句と共に画面に映された競技、それは障害物競争。

 

 

(これなら、やれる…!!)

 

 

 かつて戦士達と共に影地の森を駆け抜けていた蜘蛛蠍にとって、最も得意とすると言っても良い競技だ。

 

 


 

 

 障害物競争が始まるまで残り30秒。

 ぎゅうぎゅう詰めとなったスタートゲートの横壁に右手の糸で張り付きながら、蜘蛛蠍はある人物をじっと見下ろしていた。

 

 

(妨害はアリ、ならばここで仕掛ける!)

 

 

 彼の目線の先にいるは轟だ。

 多少のロスになろうとも、奇襲でしか轟を仕留められないと判断していた蜘蛛蠍は此処で彼を仕留めようとしている。

 

 スタート間近な今、左手から伸びた五本の強靭な糸が彼の体を縛り付けんとゆっくり伸ばされて行き…

 

 

 [スタ──ト!!]

 

「最初のふるい…っ!」

 

 

 スタートの合図と共に個性を使おうとした彼の体をぐるりと取り囲む。

 だが、そこから先には行かなかった。

 

 

(勘付きましたか!)

 

 

 上から忍び寄る糸にギリギリで気づいた轟が、周囲よりも先に糸を凍らせたのだ。

 蜘蛛蠍が凍結の伝播を防ごうと急いで糸を砕くと、振り向いた轟と目が合い…しかし、何か言葉が交わされることもなく彼は走り出した。

 

 

(気にしていないとでも言いたげですね)

(ならば、この先でその余裕を狩る…!)

 

 

 だが、蜘蛛蠍とて最初から全てが上手くいくとは考えていない。

 周りが轟の凍結に対処する中、彼はゲートを蹴ってコースへと躍り出た。

 

 

 周りの生徒とは一線をかく速度で走り続ける蜘蛛蠍。このままいけば先行した轟や爆豪を簡単に追い越せるだろうが、そうはいかない。

 

 これは、障害物競争なのだから。

 

 

(最初の障害物は…なるほど、彼らですか)

 

 

 駆け行く彼の目の前に現れたのは、入試の時に見た"仮想(ヴィラン)"。

 一際広くなった道幅を埋めるかの様に、0Pの巨大な機体までもが大量に押し寄せる。

 

 

 [第一関門 ロボインフェルノ!!]

 

 

 プレゼントマイクの放送によって伝えられたその名に相応しい、大軍だ。

 

 

「…でも、遅い!!」

 

 

 そして、蜘蛛蠍にとってのいい足場でもある。

 影地の獣に比べれば酷く弱く、その割に幾ら強く蹴ろうとも、鋼鉄でできた彼らならば十分に衝撃を受け止められるのだから。

 

 瀬呂と練習した時の様に糸を0P(ヴィラン)へと放ち、迫ってくる鉄の拳をスルリと抜けると、彼は全力で蹴り出し空中で加速した。

 

 

 [おおっと、ここで1-A 蜘蛛蠍!一切怯まずにロボの群れへと突っ込んだぁ!!なぁかなかクレイジィー!!]

 

 [轟の妨害をものともしねぇぞぉ!?]

 

 [おおっと、クレイジィなのはコイツだけじゃねえ!!1-A 爆豪も負けじと猛追だ!!]

 

 

 糸を切り、糸を放ち、蹴って加速し、また糸を切る…単なる走りよりも更に速くなった彼は、凍り付いて倒れて来る0P(ヴィラン)すらも足場として更に先へと進んで行く。

 

 

(…見えた!)

 

 

 やがて森の如きロボット軍団を抜けた時、彼の眼下には轟が走っていた。

 ロボと生徒の戦闘音、巨大な0P(ヴィラン)が走る事による地震の様な振動、そして第一関門を真っ先に抜けた事による安心感…

 

 気が張り詰めるスタートゲートに比べ、明らかに奇襲が成り立つ絶好の環境だ。

 

 

(此処で決めるっ!)

 

 

 空中へと躍り出た彼の両手から高速の糸が放たれ…

 

 

「…なっ!?」

 

 

 それは完璧な奇襲となって轟へと巻きついた。

 このまま完全な拘束をせんと、蜘蛛蠍は勢い良く落下しながら彼の側へと向かう。

 

 

「個性を使わせる前に

 

「邪魔だ!!」

 

 

 そして、後ろから来ていた爆豪によって背中を"爆破"される。

 完全な意識外からの奇襲で姿勢を崩し、彼は轟から遠く離れたところに落ちる事になった。

 

 慌てて轟に巻き付けた糸を手繰ろうとするが、もう遅い。

 

 

「…危ねぇな」

 

「半分ヤロー!!無視してんじゃねえぞ!」

 

 

 遅れた分の時間でとっくに糸は凍らされ、砕かれていたのだから。

 だが、何の意味が無かった訳でもない。

 

 

(機を逃した)

(この競技で落とす事は無理…だけど)

 

(僕に対する轟君の意識が上への警戒になった。これなら一対一での優位が取れる)

(…最後に勝てば、それでいい)

 

 

 半ば負け惜しみの様であっても確かな成果はあり、最後に勝てば負け惜しみなどでは無くなるのだから。

 地面に叩きつけられた彼は奇襲の失敗を気にする事もなく、またもや前を向いて全力で走り出した。

 

 

 

 第一関門を突破し、速度を落とす事なく凍り付いていた階段を登り切った先。

 彼の目の前に二つ目の障害物が姿を現した。

 

 視界一面に広がる深い穴に、細い縄だけが橋となって繋がる断続的な柱状の足場…

 

 第二関門 "ザ・フォール"

 

 だが、蜘蛛蠍は速度を落とさない。

 幾ら巨大な穴であろうとも、先まで地に足つかず仮想(ヴィラン)達を足場としてきた彼にとってやる事は変わらないからだ。

 

 寧ろ、落下する分のスピードを考慮すれば更に速く進めるだろう。

 

 

「瀬呂君がやってたみたいに、あのヒーローみたいに、糸でスイング…!」

 

 糸を縄へと放って軽く結び、彼は結び目を支点とした振り子になって穴の上を越えていく。

 その速度は、彼を追い越して行った爆豪や轟よりも僅かながらに速い。

 

(轟君に爆豪君、流石に速すぎ…!)

 

 やがて彼が大穴を渡り切って普通のコースへと足をつけた時、前には誰も居なかった。

 間違いなく己が有利だと感じていた障害物にも関わらず、姿すら見えない程に離されたショックを受けながらも、追いつこうと彼は走り出す。

 

 だが、その理解は間違い。

 

「くそがっ!!」

 

「!!」

 

(後ろ!?)

 

 遥か先に行ったと思っていた筈の二人は、彼の後塵を浴びせられていたのだから。

 現在の首位は蜘蛛蠍。そんなプレゼントマイクの煽り文が放送される中、彼は抜かされるかとばかりに、尽きぬ全力を足へと込めた。

 

 

 スタジアムの外周4kmを駆け抜ける長い競争も終盤、残る障害はあと一つ。

 だが、先頭を疾走する蜘蛛蠍の目には何も映らない。

 少しコースの幅が狭くなっており、遠くに立て看板が見えるだけである。

 

(…?D A N G E R…)

 

(MINES!?)

 

 その立て看板こそが、彼に最後の障害物の正体を教えた。

 競争最後の障害物、その名がプレゼントマイクによって告げられる。

 

 

 [一面地雷原!!!]

 

[怒りのアフガンだ!!]

 

(雄英は何てものを用意したのですか!?)

 

 

 彼の知る地雷とは足首を吹き飛ばす凶悪な兵器。たとえ地面の違和感から設置場所を察知できるとしても、怪我をした後の事を考慮した彼の足が鈍った。

 

 その隙をついて一気に追い抜くは爆豪と轟だ。

 一度首位を奪われた焦りからか、彼らは互いに争い地雷のいくつかを爆発させながら先を急ぐ。

 爆豪の個性に混じり、踏み抜かれた地雷も桃色の煙を上げて爆ぜる事で競争の終わりを激しく盛り上げ始めていた。

 

 

(しまった……)

 

 

 蜘蛛蠍の予想に反して地雷の威力は弱く、爆発を受けながらも前の二人に大した怪我は無い。

 彼の判断は誤りとなり、最終盤にて機を逃したのだから最早巻き返しはできないだろう。

 

 だが、彼の目に留まるものがあった。

 

 

(緑谷君?)

(地面掘って、地雷を…?)

 

 

 それは、何故か仮想(ヴィラン)の金属板を持って地面を掘り返している緑谷だ。

 心を読めぬ彼が真の意図を察する事はできなかったが、しかし地雷を利用する事だけは理解した。

 

 そして、それは彼にとっての天啓となった。

 

 

(あるものを使う……なるほど、今は市街地戦と同じということですね)

(そもそも競技というよりは戦い、障害物を利用できれば他者に一方的な不利を押し付けられる)

 

(威力は期待できなくとも、これだけの煙を出す地雷なら…)

 

 緑谷の行動を見て、何かを思いついた蜘蛛蠍は糸を撃ち込んで地雷を回収し始める。

 やがて背後から途轍もない爆音と共に緑谷が飛んでいった時、ようやく作業も終わって彼は再び駆け出した。

 

 


 

 

 いつでも撃てる様に腕の"ライフル"に弾を込め、1年ステージのスタジアム全体を見回す。

 飛び交う応援の声、コソリと落とされる不安の呟き、力を見極めんとするヒーローの談義、それらは全て混ざって一つの音と熱狂になっていたが、こうして見回すと一人一人の声と乗せられた想いが聞こえてくる様だった。

 

 私の仕事はその中に混じる悪意を見抜き、何か事を起こされる前に素早く排除する事だ。

 この任務の失敗は即ち体育祭の中断を意味しており、絶対に成功させねばならぬのだが…

 

 どうしても、片目だけはモニターから離せない。

 

 

「こちらレディ・ナガン、異常無し…」

(頑張れ!蜘蛛蠍、そのまま走り抜け!!)

 

 

 そこに映っているのは、体育祭に向けてこれでもかと頑張ってきた蜘蛛蠍。

 自分の事を疎かにする昔の悪い癖が再発した時は頭を抱えたものだが、今こうして競技に励んでいる姿を見ると許してしまいそうになる。

 

 一つ不満があるとすれば、表立って応援できない事。

 

 任務さえ無ければ、蜘蛛蠍との関係が秘するべきものでなければ、私も声を張り上げて応援したいのに。

 このスタジアムに来ている生徒の保護者達、何の気負いもなく子供を応援できる彼らが羨ましくてたまらない。

 

 だが私の心の応援が聞こえなくとも、彼はいつのまにか首位になっていた。

 

 

「…!!!」

(行けっ!!行けーっ!!!!)

 

 

 スタジアム全体を見回していた筈の目さえもモニターに釘付けにされ、心臓が激しく高鳴り、手の汗が冷たくなって行く。

 

 人生35年近く、今まで生きてきた中でこれ程までに緊張した事はなかった。

 仕事で誰かを殺した時も、母児村に潜入して底が分からぬ古老と話した時も、初めて蜘蛛蠍の本性を目の当たりにした時も、今この時に比べれば所詮過去のものになっている。

 

 

「あっ…!!!」

 

 

 緊張の中、思わず声が漏れる。

 最後の障害物を前にした彼は足を遅らせてしまい、後ろの二人に抜かされてしまった。

 

 勿論、それだけで彼がこの競技を突破できない訳ではない事は知っている。

 しかし一位を取れそうだったのに逃してしまうその姿が、どうしても不吉に思えて仕方がない。

 

 先までの緊張に不安まで加わって、頭がどうにかなりそうだ。

 理性的な判断ができない、今すぐあの子を抱きしめたい、後輩に任務を任せて試合を見続けたい……

 

 

「落ち着け、落ち着け私……」

(あの子に、こんな姿を見せる訳にはいかないだろ)

 

 

 すんでのところで深呼吸し、自分に言い聞かせる。今のは、大人としてあるまじき思考と姿だった。

 

 急いで警備任務に戻り、モニターから目を背ける様にスタジアムを何度も見渡す。

 そうしているとスタジアム内に続々と戻ってくる生徒が見えた。

 

 1人、1人、また1人…蜘蛛蠍の姿が見えない。

 

 あれだけ先を走っていた彼が未だ来ていない事に嫌な不安がするが、幸いにもその不安は杞憂だった。

 

 

「何を、持って…?」

 

 

 蜘蛛蠍の順位は7位。

 その顔に笑顔を、右腕に謎の白い袋を携えての帰還だ。

 

 そんな彼の笑顔には、自信が溢れていた。

 

 彼がそんな顔をするのならば、見ているだけの私が不安に思ってはいけない。

 拭いきれない不安を心の奥底に蹴り落とし、私はただ彼を信じようと首を傾げながら片手でOKサインを送る。

 

 

(よし…!頑張れよ!!)

 

 

 向こうからの返答もOKサイン。

 言葉は届かずとも、 確かに成し遂げるという意思がそこにはあった。

 

 まだ体育祭は続くというのに、いつの間にか目の奥で表彰台の一番上に立って、首にかけた金メダルを誇らしげに私へと見せる蜘蛛蠍が見えた。

 

 猛者揃いの雄英、その中でも十分にやっていけると胸を張る彼の姿が。

 




ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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