いつか、善き人として生まれ変われる様に   作:万年赤字一般傭兵

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レクリエーション

 

 

 第二種目の騎馬戦が終わり、しばしの昼休憩が始まった。

 生徒達が先の試合についてあれこれと話しながら控え室に戻り、それと同様に観客達も席を立って普通の祭りのように縁日を覗いたりするなどリラックスし始める。

 プレゼントマイクの放送を皮切りとして、スタジアム全体の熱が引いていくようだ。

 

 

 やがて控え室に戻った生徒の大半が各々の友人と食堂に向かう中、蜘蛛蠍はいつもとは違う人物と行動を共にしていた。

 

 

「ゼリー飲料とは…相澤先生みたいですね」

 

「固形物はこの後に響くだろ?というか、あんたは何も食べなくて良いのか?」

 

「僕も試合で吐きたく無いですから。飴舐めて水飲めば大丈夫です」

 

 

 スタジアム内の人気が無い階段で彼が話しかけるは心操。

 ファーストコンタクトは最悪であったものの、何かと共に協力して騎馬戦を切り抜けた彼らの間には繋がりができていた。

 

 

「…予備あるから、やるよ」

 

「これはどうも。飴いります?葡萄味しかないですが」

 

「いる」

 

 

 それこそ互いに食べ物を交換するくらいに信頼しているものの、表立って友人だと言える訳ではない妙な関係であるが。

 

 飴をカラコロ転がす小気味良い音とゼリー飲料のパックがベコリと凹む音だけが響く静寂の中、蜘蛛蠍はここに来た本当の目的を果たそうと話を切り出した。

 

 彼の話の主題は、この後に待ち受ける最終種目についてだ。

 

 

「心操君、最終種目には何があるか知ってますか?」

 

「例年通りなら一対一のバトルだろ?形式は知らないが」

 

「やはり、調べてますよね」

「そこで一つ提案があります」

「僕と手を組みませんか?」

 

「……八百長、なんてしなくとも俺には勝てるよな」

「とりあえず、何をするかだけ聞かせてくれ」

 

 

 先は手を組む事を提案する側だった心操が、蜘蛛蠍の言葉を訝しんだ。

 最終種目は個の力が完全に試されるものであり、前の種目とは違って協力など考えられるものではないから当然だろう。

 

 だが、返事が頭ごなしの否定では無かった事から蜘蛛蠍は話を更に続けた。

 

 

「心操君の個性"洗脳"は、相手の返事を起点としてほぼ完全な無力化をするもの」

「とても強力ですが、貴方が言った様に手の内がバレると簡単には使えませんよね?」

 

「そうだな、否定はしない」

 

「でも相手の感情を煽って言葉を引き出せれば、勝機はある」

 

「…一応、そこまでは考えつくんだな」

 

 

 これから話す本題への繋ぎに加え、理解を示して心操自身からの信頼を得る為に蜘蛛蠍が選択した切り口は心操の個性の活用法。

 そして彼の思惑通り、心操は更に話へとのめり込まんとしていた。

 

 

「ですが、誰かの心を爪弾く煽り文句を考える事もまた難しいですよね?」

「何を弱みとするのか、何を一番大切にしているのか、何をコンプレックスとしているのか。心でも読めない限り、情報無しに誰かを感情的にする事は存外難しい」

 

「心操君…情報、欲しいですよね」

 

 

 ただでさえヒーローらしからぬ考えをしていた蜘蛛蠍、心操は先の行動こそが限界だと思っていた様だが…

 

 

「さて、前置きが長くなりましたね」

「僕からの提案はただ一つ、A組の皆の情報いりませんか?」

 

「は?……すまん、もう一度言ってくれ」

 

「最終種目に進出するA組の生徒から、返事を引き出すための情報を提供したい…ただそれだけですよ」

 

 

 蜘蛛蠍の言葉は、即ち友達を売るにも等しい提案。

 勝つ事に執着した彼の行動は、心操の予想の遥か斜め上を飛んでいったのだ。

 

 

 どこかネジが外れているとしか言えない彼の言葉に軽い目眩がしそうな心操だが、それでもこの提案のメリットは十分に理解していた。

 しかし同時に、彼はそのメリットを分かっているが為に安直な返事ができない。

 

 往々にして、欲しいものほど簡単には手に入らないのだから。

 

 

「……それで、何をやらせるつもりなんだ」

「あんたがそこまでするなら、当然何かしらの見返りが必要なんだろ」

 

「別に、ただ勝つだけで良いですよ」

「僕としては、勝ち目が薄い爆豪君や轟君と戦わずして優勝したいだけですから」

 

 

 だが、そんな心配は杞憂だった。

 そして、ここまで来れば心操も吹っ切れた。

 

 

「あんたって奴は本当に……分かった」

「願っても無い事だ。その提案受けるよ」

 

「感謝しますよ、心操君」

 

 一切の揺らぎも無い信頼と共に、蜘蛛蠍は心操と固い握手を交わす。

 

 

「………なあ、あんた一ついいか?」

 

 

 それと同時に、心操が堪えきれなかった質問を投げかけた。

 

 


 

 

 小一時間の昼休憩は終わり、ぞろぞろと観客達もスタジアムへと戻ってくる中、同様に全員参加のレクリエーションを始めようと多くの生徒達もスタジアム中央へと集まっていた。

 

 その中でも注目を浴びていたのはクラス問わず中心へと集められた16人、先の騎馬戦における上位4チームのメンバーだ。

 

 様々な方面からの期待が高まっていく中、ミッドナイトがくじ引きを始めようとするとポツンと一つ挙げられた手があった。

 

 

「俺 辞退します」

 

「尾白君!?…何故ですか!?」

 

 

 手を挙げたのは、A組生徒 尾白猿夫。先の騎馬戦で蜘蛛蠍がチームへ引き入れた一人だ。

 

 何処か調子が悪い雰囲気でも無く、怪我をした様子も無い。

 故に彼にとっては、この言葉の意味が分からなかった。

 

 

「蜘蛛蠍…いや、お前が気にする事はない」

「これは、俺のプライドの話なんだ…」

 

 

 尾白が語るは、辞退を決意した経緯。

 あくまでも騎馬を組む為だけに心操の個性で操られ、主観として何もできていなかった彼にとって、熾烈な争いを必死に抜けてきた生徒が集まるこの場は相応しく無いと感じてしまったのだ。

 

 まして彼は武道を習う身である故に、この様な大会において如何に参加者が努力するかを知っているのだから、その感覚は尚更酷いものであった。

 

 

(分からない、何故?)

(……いや、理解はいい。現実として僕は…)

 

 

 だが、その様な感情は蜘蛛蠍にとって理解し難いものだった。

 何かを勝ち取る為に、そして何かを守る為に弱者が手段を選ぶ事など出来ない…それこそが彼の根底であり、 同時にヒーローとしての正しさであると信じていたのだから。

 

 そして、何よりも彼の心に湧いたのは罪悪感だった。

 

 

(尾白君の心を、チャンスを踏み躙ったんだ)

 

 

 必ずしも善意が良い結果を招くとは限らない事など知っていた筈なのに、結果として蜘蛛蠍は尾白の辞退を招いてしまったのだから。

 だが今の彼にとって一番大切なのは体育祭で優勝し、恩人たるレディ・ナガンへ晴れ姿を見せる事。

 

 

(…後で幾らでも謝ろう。今はこれで終わりだ)

(優勝してから考えればいい)

 

 

 本来の目的を果たす為だと、彼は罪悪感から目を逸らした。

 放っておけば置くほどに罪悪の念が強まる事を忘れていなければ、きっとこうはしなかっただろうに。

 

 

 蜘蛛蠍がキッパリと罪悪感を無視して再び決意を固めると、尾白の言葉を聞いたミッドナイトの判断が下された。

 

「そういう青臭いのはさァ…」

 

「好 み!!!」

 

 

 鞭の音と共に決められたのは、尾白の棄権の容認。

 それが悪い事か良い事か蜘蛛蠍には分からなかったものの、最終的にはB組から一人 鉄哲が繰り上がりで進出する事に決まり、組み合わせ決めのくじ引きが始まった。

 

 そうして決まった蜘蛛蠍の相手、それは…

 

 

「…ふむ、貴方ですか」

 

「よっ蜘蛛蠍!すまねぇが、一回戦は俺が勝たせてもらうぜ!!」

 

 

 個性"帯電"の持ち主、上鳴であった。

 

 


 

 

『感謝しますよ、心操君』

 

 

 くじ引きが終わり、いよいよレクリエーションが始まった。

 それでも蜘蛛蠍が俺の手を握り込んだあの感触が、あの声が未だに残っている。

 握手自体は今まで何回もしてきたが、ここまで嬉しいと思えたのは好きなヒーローとの握手以来かもしれない。

 

 

 

 そんな手の感覚に意識を向けていると、蜘蛛蠍に初めて会った時のことを思い出す。

 初めてアイツに会ったのは、雄英入試の実技試験の時だ。

 そしてヒーローになる人との決定的な差を知った時も、その時だった。

 

 向こうは覚えてないだろうが、それでもあの光景は今でも目に焼き付いている。

 

 

 アイツが脇目も振らず真っ先に駆け出し、個性の糸で仮想(ヴィラン)をバラバラにした光景を前にした時はまだ大丈夫だった。

 個性が違うから仕方ない、これは戦闘向けの個性だけが活躍できる場なのだと自分に言い聞かせられた。

 

 だが個性関係なしに訳のわからない速さで走るアイツが素手で仮想(ヴィラン)を壊し始め、あまつさえ0Pの仮想(ヴィラン)へと向かっていった姿を見ると何も言えなかった。

 

 個性では無いヒーローになるべき何かが、アイツと俺の間に分厚い壁としてあるのだと分かってしまったからだ。

 ただでさえ(ヴィラン)向けの個性なのに、そんな言い訳できない差まであると知ってしまったから、ヒーローへの憧れから背を向けたくなった。

 

 そして同時に希望も抱いてしまった。

 蜘蛛蠍みたいに個性が関係ない強さがあれば立派なヒーローになれるのではないかという、非現実的な希望をも。

 

 普通科に入ってからは、諦めと希望の間で宙ぶらりだった。

 

 

 だが、そんな考えは蜘蛛蠍の手によって訳の分からない形で壊された。

 ヒーローというものは清廉潔白な性格で、見栄えする様な個性をもって(ヴィラン)を倒すものだと思っていたのに。

 そんな理想像のヒーローに蜘蛛蠍は近いと思っていたのに…実態は全然違っていたのだから。

 

 

 今目の前でレクリエーションに全力を尽くして励む蜘蛛蠍は正しくイメージ通りで、先に秘密取引を持ち掛けてきたアイツとはもはや別人の様にさえ見える。

 

 だがそんな蜘蛛蠍の姿を見ても、不思議と失望はしなかった。

 それどころか、そんな姿を知った嬉しささえもあった。

 

 そんな手段を選ばない蜘蛛蠍が、何処か憧れを抱いてしまったアイツが俺の個性を自然と認めてくれるのでは無いかと思えたからだ。

 

 だから俺は思わずアイツに聞いた、"俺の個性が(ヴィラン)向けだと思うか"と。

 

 

『いえ。心操君の個性は、ヒーロー向けだと思いますよ』

 

 

 返答は望んでいた答えだった。

 だが蜘蛛蠍がそうであった様に、その答えは予想の斜め上を行っていた。

 

 

『心操君とは会って一日も経っていませんが、それでも貴方が優しい事はわかりますからね』

『ほら…飴しか舐めていなかった僕にくれたこのゼリーみたいに、貴方は困っていそうな誰かに物を分け与える事ができるじゃないですか』

 

『そうやって分け与えられる心は、とても貴重でヒーロー向きの立派な個性ですよ』

 

 

 個性は個性でも、性格だとかそういった面での"個性"。

 教科書で少しだけ聞いただけの解釈で、アイツは俺をヒーロー向けだと言ったのだから。

 

 それが分かった時には少し小恥ずかしく思ったし、アイツがとんでもなく古臭い変人に思えたが、それでも何処か安心して聞き直せた。

 

 

『失礼、"洗脳"の方でしたか』

 

『…そもそも個性でヒーロー向けとか(ヴィラン)向けとか考えた事はありませんが…』

『強いて言うなら、やっぱりヒーロー向けですね』

 

『声を掛けて返事を貰わないと発動できないのが、(ヴィラン)としては致命的ですから』

『人を殺す時は声どころか、息の音さえも抑えることが重要ですが…一番の問題は、返事を貰うせいで相手の印象が耳にも残るということです』

 

『服で誤魔化せる見た目ならまだしも、確実に生のものを情報として残す声まで覚えると殺しの罪悪感が段違い…(ヴィラン)としてやっていけないですよ』

 

『寧ろ、そういう面では僕の個性の方が(ヴィラン)向けですね。やろうと思えば音を立てず、何も見ないまま放った糸で簡単に締め殺せるので』

 

『あと13号先生が言ってたのですが…』

 

 

 結局、安心して聞いた割に蜘蛛蠍の言葉は最後まで強烈だったが。

 アイツは後半の13号の話に力を入れていたようだが、俺としては前半の話が頭に残って仕方がない。

 でも、アイツの言葉を聞くと前まで持っていた色々な考えが変わっていく様に感じた。

 

 もちろん、蜘蛛蠍の言葉が全て正しい訳ではない事は分かっている。

 どうであろうとアイツも俺と同い年なのだから、何処か間違っている所があるかもしれない。

 それでも尚、微かに憧れを抱いた相手の言葉だからか信じられたのだ。

 

 

 どんな個性でも、結局(ヴィラン)向けだとかヒーロー向けだとかは後付けの話。

 ヒーローになるか(ヴィラン)になるかは、個性を使う人の心次第。

 

 そんな当たり前で、何処か信じきれなかった常識をアイツの言葉で信じられたのだ。

 

 

『また話が長くなってしまいましたね…ともかく、そんなに思い悩まずとも確かな優しさを持てる心操君は立派なヒーローになれますよ』

 

『準決勝で、また会いましょうね』

 

 

 そして個性ばかりか、その常識の中で一番肝心な"心"でさえもアイツから認められた。

 

 だから、もう十分に覚悟は出来た。

 

 

「"超パワー"の緑谷、"テープ"の瀬呂、そして"半冷半燃"の轟か…」

「問題ない、やってやるさ。だから覚悟しろよ、蜘蛛蠍』

 

「あんまり油断してると…お前の足も掬っちまうぞ」

 

 

 "俺はヒーローになる"

 そう表彰台で堂々と宣言し、何の禍根もなく胸を張るには十分過ぎるほどだった。

 





ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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