いつか、善き人として生まれ変われる様に 作:万年赤字一般傭兵
入試が終わり、蜘蛛蠍は帰るべき家を目指して夕日刺す街の中を歩いていた。
雄英では感じなかった頭への突き刺す様な視線を再び感じながらも、しかし日常となったそれを今更不快に思う事は無い。
(ああ、約束通りに試験会場の中までは来なかったのですね…いや、そんな事よりも)
(大体60ポイントは取れました、筆記も特に気になるところはない…)
(大丈夫、受かっている筈です…!)
(雄英…凄いところでした。受かっていれば、僕はあの場所でヒーローになれるのですね…!!)
それに何よりも今の彼の頭は、入試の結果についての感情で一杯であった。
喜び、安堵、そして期待…静も動も兼ね備えて彼の心を震わせる感情は、とても一言で表したり理性で処理できる様なものでは無いのだ。
「ああ、漸く…あの人に報いる事ができます…!」
抑えきれない心は遂に足のつま先までも届き、彼の帰りを更に早めることになった。
「ただいま帰りました!」
帰るべき家に着いた彼は、全くもって落ち着きを見せない感情と共に自らの帰りを告げた。普通ならば家の中から返事が返ってくる筈だが…
「おかえり、蜘蛛蠍」
彼を迎える声はすぐ後ろから、外から聞こえてきた。
しかしその声が聞こえると彼は疑問に感じることも無く、いつもの様に振り返って答えた。
「レディ・ナガンさん!……はい、僕頑張りました!」
どこか固く、そして確かな優しさを含んだその声の主人はレディ・ナガン。
個性"ライフル"を活かして先ほど彼を監視していた、公安直属のプロヒーローだ。
「色々と言いたい事はあるが…取り敢えず、先に中に入ろうか」
しかしその様に遠距離戦を得意とする筈の彼女が、何故か監視対象の蜘蛛蠍と共に家の中に入って行く。
本来ならば有り得ない事だが…当然それには理由がある。
「いつも通り見ていた訳じゃないが、映像を見させて貰ったぞ」
「個性をしっかり使えて、本当に良く頑張ったな……こんな事を言うのは烏滸がましいと思うが、私も嬉しいよ」
彼女が、唯の監視役では無いからだ。
「全然、烏滸がましくなどありませんよ!」
「……貴女が僕と話をしようとしなければ、この社会について教えてくれなければ、監視を引き受けてくれなければ、僕は挑む事すら出来なかったのですから」
レディ・ナガン。
彼女は彼のタルタロス釈放とその後の生活に大きく関わった人物であり、故に監視役でありながら彼にとっては一種の師でもあるのだ。
「そうか…そうだな、結果的にはそうなったな」
こうして一段落ついたからだろうか、彼女の目には彼との出会いが浮かび上がってきた。
師弟関係どころか、憎しみすら感じていた頃の光景が。
最初は、本当に唯の事情聴取だとしか思っていなかった。
途轍もない人数の
だから、引かされた貧乏くじについて今更何を思う訳でも無かった。
…話の成立以前に、異常な世界観をぶつけてくる
そう、分かっていた筈なのに…
『…は?今、何て言った?』
『?貴女の"素晴らしいお仕事"に対する、至極当然な賞賛ですよ』
蜘蛛蠍が個性を使って私の心を見透かした時、そして揺らいでいた最も弱い部分へと入ってきた時、
『……あ"…?』
私は、事情聴取だという体を守る事すら出来なかった。
『貴女は、自身の仕事へ何処か疑問を持っていたので…その、余計なお世話ですが』『黙れ』
『…?何故そんなに怒って』
『黙れと言ったんだよ、クソガキ』
『ズカズカと人の心に踏み入って、分かった様な口を聞きやがって…』
プロヒーローだと言うのに、事情聴取でしか無いのに、私が苦しんでいるのは彼のせいでは無いのだと言うのに、私は彼に積もり積もった勝手な怨みをぶつけた。
自分に悍ましい役目を課した公安の委員長に訴える訳でも、気の合う友人に打ち明ける訳でも無く、まるでサンドバッグを殴るかの様に。
それはヒーローどころか、人間としても恥ずべき行為だった。
『そんなに素晴らしいと思うなら、言ってみろ。偽りでしか無い脆弱な社会を維持した先に何がある…!!』
『…こんな虚像を維持するだけで何も変える事が出来ないっ!
ただただ手を汚す仕事の先に、一体何があるって言ってんだよ!?なあ!!』
『それはー
『僕が、そうであった様に』
だが皮肉な事に非ヒーロー的なこの行動を通して私は彼を知り…彼の悲惨な人生を知ったが故に、自身の先に待つ希望と超人社会の可能性を信じようと思えた。
…しかし、まだ不完全だ。
『何でお前は…奴らを恨んでいないんだ』
『あんな、あんな所業を受けて、何で…!』
悍ましい行為の果てに救いがあるのだとすれば、それを私だけに限った話にしてはいけない。
彼は救われたなどと言っていたが…
『…昔は辛かった筈です。けれど…』
『何一つ変わる事ないものは、何であれ日常になるんですよ』
『そうなったら…痛みも、鞭の音も、涙も、寒さも、暗さも、何もかもが怖く無くなって…』
ハッキリ言って、それは間違いだ。
不気味な程にニコニコしながら話す彼は、自らの事を救われたと思い込んでいるだけだった。
『いつしか僕の苦しみが無くなった時…皆の心が一つになった社会が、優しくなった皆が僕の事を救ってくれる素晴らしい村が出来上がったのです』
しかし、いやだからこそ…私は彼の夢を、ヒーローになる夢を叶える為には文字通り何でもするつもりだ。
『母児村は、貴女方の社会に比べればずっと劣っていますが…それでも僕は皆の心を優しく出来て、皆がその優しさで僕を救ってくれたのです』
『どうして…生まれ変わらずとも誰もが笑って暮らせる様な社会で、そんな社会を作り上げる優しい人々が貴女を救わない事がありましょうか?』
人の罪を詰め込んだ因習から蜘蛛蠍を解き放ち、この超人社会で自由に生きられる様に…そうして彼を救えば、きっと私の救いも今の社会も信じられるだろうから。
そして何よりも、私はヒーローであるのだから。
時刻は18:00。日が落ち切って外がその暗さと寒さを増して行く中、蜘蛛蠍達の家には夜を感じさせない様な灯りと暖かさがあった。
「ありがとうな、疲れているだろうに夕飯の支度をしてくれて」
「いえいえ、一日中僕を監視しなければならない貴女ほどでは…」
「私は仕事で……これ以上は平行線か」
「そうですね、ご飯が冷める前に頂きましょうか」
「「いただきます」」
それは彼らが切に望みながらも、見知らぬ他者に与えるだけで決して得られる筈がなかったもの。
「「ごちそうさまでした」」
「蜘蛛蠍、洗い物は私がやっておくからお前は先に寝てな」
「今日は入試で疲れただろう?早めに寝た方がいいぞ」
彼らは自分自身を助ける事は出来ずとも、しかし互いに助け合い与え合う事で手に入れられなかった暖かさを手にしたのだ。
それは他者を救う事に己の救いを見出すと言う、何とも不器用で似た者同士な彼らだからこそ成し得た事であった。
モニターだけが照らす薄暗い部屋の中、雄英の教師陣が集まっていた。彼らの視線は一様にしてそのモニターに向けられている。
今か今かと期待した彼らの間に、暫しの沈黙が流れ…
「実技総合成績出ました」
1 爆轟 勝己
2 切島 鋭児郎
3 麗日 お茶子
………
9 常闇 踏影
10 蜘蛛蠍 犍多
目当てのものが出た瞬間、その沈黙は破られた。
「救助P0で一位とはなぁ!!」「対照的に敵P0で7位」「後半他が鈍っていく中…」「思わずYEAHと言っちゃったからなー」
教師たちの間で、受験生に関してあれこれと意見が交わされる。
受験生を褒める者、逆に酷評する者、これからの指導に関して話し合う者…先までの静寂が嘘であったかの様に、部屋の中は喜びを話し声で満たされ始める。
(………ったく、わいわいと…)
だが、その中でも一人だけ沈黙を守っている教師がいた。
彼のヒーロー名は『イレイザーヘッド』、個性を無力化する個性『抹消』を使うアングラ系ヒーローであり、雄英高校一年A組の担任でもある。
「オイどうしたんだ?イレイザー!!」
「随分と調子が悪そうじゃねぇか!…もしかして、例の…」
普段から物静かな彼ではあるが、今日は一段と静かであった…それこそ、友人たるプレゼント・マイクが異常だと思う程には。
「何でもねぇよ」
眉間に深い皺を作りながら、彼は校長に渡されていた一枚のプリントを思い浮かべた。そこに書かれている内容が、そして人物こそが彼を悩ませる要因。
(いくら公安の息が掛かっているとは言え…ここまでするか?)
(蜘蛛蠍 犍多…タルタロスの元囚人ね…)
蜘蛛蠍 犍多、その人である。
その経歴は確かに彼の眉間に皺を作ったが…
(……だが罪を償い、一人の学生として此処に来たならやる事は変わらないな…)
それでも彼が教師としての姿勢を崩す事は無い。
既に試験の結果を把握し切った彼は、機密情報であるプリントをしまった部屋へと向かって行った。
蜘蛛蠍 犍多
敵ポイント 60P
救助活動ポイント 65P
合否判定:合格
通達事項
当該生徒はヒーロー公安委員会と貴校の秘密契約に基づいて入学するものとする。
当該生徒とヒーロー公安委員会の契約に基づいて、当人の犯罪歴は一切の公開を禁ず。
貴校に於ける授業の際、ヒーロー公安委員会は一切の干渉を行わないものとする。
…………
本紙の結果は審査員以外に公開せず、実技総合実績の点数を10位になる様に調整して処理するものとする。
…………
…………
緊急時、当該生徒の殺害を許可する。
「チッ…これが定員を増やした理由か…」
モニターに実技試験時の蜘蛛蠍の姿を映しながら黙々と書類を確認していたイレイザーヘッドが、一年A組の担任教師がその顔を歪めた。
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