いつか、善き人として生まれ変われる様に   作:万年赤字一般傭兵

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開幕

 

 

 最終種目へ行く生徒も、行かない生徒も関係なく楽しんだレクリエーション。

 これまでの種目に負けず劣らずの盛り上がりを見せ、雄英の体育祭が正しく"体育祭"の名を冠すにふさわしいものである事がよくわかる。

 

 だが、それももう終わりだ。

 

 

(…準備完了)

(ミッドナイト先生からの言質は取りましたが、正直言って騙してますからね…)

(できれば使わずに済みたい所です)

 

 

 レクリエーションの終わり際、蜘蛛蠍が楽しみながらも裏で行っていた工作の完了を確認する。

 確認を込めたミッドナイトとの話、スタジアム端の一目では分からないほど僅かに盛り上がった土、そして心操への情報提供…

 

 それらは、これより始まる最終種目へ向けた最後の準備である。

 そして同時に、反則スレスレの行為でもあった。

 

 最終種目とは、一対一でのガチバトル。

 昨年のスポーツチャンバラとは違い、己の個性と身体能力だけを頼みとした戦いというコンセプトの上での勝負なのだから。

 

 

(でも、何も出来ずに負けるよりはずっといい)

 

 だが心に決めた勝利のためなら、蜘蛛蠍は如何なる方法をも使う覚悟が出来ていた。

 先の尾白への罪悪感と共に不安を無視し、彼はこれより始まる第一回戦を慎重に見守り始めた。

 

 

 プレゼントマイクが第一回戦の始まりを告げる。

 観客と生徒はそれと同時に熱を帯びて試合に注目し始めているが、その中でも蜘蛛蠍は特別に気を張ってこの試合に集中していた。

 

 [成績の割に何だその顔]

[ヒーロー科緑谷出久!!]

 

 [ごめんまだ目立つ活躍なし!]

[普通科 心操人使!!]

 

 

(緑谷君には悪い…けど、ここは絶対に心操君に勝ってほしい!)

 

 これは彼にとって、今後の動向を左右する重要な一戦であるのだ。

 

 

 プレゼントマイクが最終種目のルールを解説する中、緑谷と心操の二人は無言で向き合っている。

 互いに譲れない物があり、ここを勝ち抜かなければならないもの同士、言葉はなくてもその気迫は強烈だ。

 

 だが、先に心操が口を開く。

 個性"洗脳"、それを発動させる為の一手を打った。

 

「"まいった"…か」

「わかるかい緑谷出久、これは心の強さを問われる戦い」

 

「強く想う"将来"があるなら、なりふり構ってちゃダメなんだ…」

 

 

 彼が蜘蛛蠍から伝えられた緑谷の情報は四つ。

 

 爆豪が幼馴染であり、かつて蔑称としてナードと呼ばれるなど無個性として虐められていた根深い因縁がある事。

 爆豪には恨み以外にも、自身より強い事自体は確かに認める一種の尊敬に近い念もある事。

 尾白伝いに、心操の個性の発動条件を把握している可能性が高い事。

 そして、個性の反動による自身の怪我を躊躇しない程の異常な利他性を持っている事だ。

 

 試合開始の合図と共に、心操は最後の言葉を述べんとする。

 緑谷の返事を煽る為に彼が利用したものは…

 

 

「あの猿はプライドがどうとか言ってたけど…」

 

[ START!]

 

「チャンスをドブに捨てるなんて、バカだと思わないか?」

 

 

 緑谷の異常とまで言える利他性であった。

 彼が放ったのは、遠くで聞いている蜘蛛蠍にも少し刺さる言葉。

 

 

「!!何てこと言うんだ!!」

 

 

 それ故に、緑谷は返事をしてしまった。

 

 

「俺の勝ちだ」

 

(心操君の勝ちだ…!)

 

 

 心操の個性が発動し、緑谷の動きが止まる。

 勝負は開幕から僅か一秒も満たないうちに、決着を迎えんとしていた。

 

 その光景に蜘蛛蠍の心が緩み、周りの観衆のザワつきが大きくなる中で心操は止めの一言を放つ。

 

 

「互いに良い個性に恵まれたよなぁ、緑谷出久」

「振り向いてそのまま、場外まで歩け」

 

 緑谷に出来る抵抗は何一つとして無い。

 意識は保っているものの、体の制御は効かないのだから。

 

 

(心操君、良くやりましたね!)

(しかも余り踏み込んだ情報じゃ無い。これなら、部外者が何故か詳細な情報を知っている事への驚きを取っておける…完璧です!)

 

(これなら…ん?)

 

「本当に勝ちたい相手が先にいるんだよ」

「さぁ、負けてくれ」

 

 

 次に起こるであろう心操と轟の試合、それにおける優位性が未だにある事を喜んでいると、蜘蛛蠍はふと異常に気がついた。

 

 緑谷が場外に踏み出すまでは残り一歩であるが、その一瞬で事は変わる。

 

 

(指が、動い…!!)

 

 

 その異常を察知した途端、緑谷の指が個性を使って爆音と共に衝撃波を放つ。

 反動で彼の指は赤黒くなったものの、その反動こそが緑谷の"洗脳"を解いた。

 

 

 体の制御を取り戻した緑谷が、場外に背を向けて心操の元へと走り始めた。

 一度破った警戒をもう一度破るのは困難、だがそれでも心操は諦めずに最後まで口を開かせんと対抗した。

 

 

「…!俺の個性はこんなのだが、それでも悪い事に使った事はねぇ」

「当たり前だよな?普通に考えたら、危ねぇものを誰かに向けようとはしねぇよ」

 

「だから、お前に聞きたいんだ。何でお前の幼馴染は…」

 

「ヒーロー科の爆豪は!あんな性格で、個性を容赦なく人に使えるんだ!?」

 

 

 それは知る人少なき切り札、しかし緑谷は止まらない。

 

「幼馴染なら知ってるだろ!なら、俺にも教えてくれよ!!」

 

「お前はアイツが本当は良い奴だって思ってるのか?それとも、ただ強くて怖いから何も言わないナードだから黙ってるのか?」

 

「…もちろん、ナードだからだよなぁ! 」

「アイツがお前に何をしたか、俺は知っているからよーく分かるさ!」

 

 

 何を言われようとも、もう緑谷が返事をする事はない。

 緑谷の抱える物は、心操と同じかそれ以上に重い物なのだから。

 そして…

 

 

「聞かせてくれよ!!そんな強さだけの外道がヒーロー科に来ちまった理由を!!」

「そして自分を見下してた奴と、同じ場所に立つ気持ちも!!」

 

 

 何よりも緑谷には、個性の反動で怪我をしようとも構わず前に突き進む狂気じみた彼特有の根性があるのだから。

 

 

「全部っ…!」

 

 

 利他性とは別のそれを腹に据えた緑谷は、遂に心操に組み付いた。

 瞬時に心操の拳を頬に食らうものの、彼は決して怯むこと無く歯を食いしばって対抗する。

 

 

「おまえが出ろよ!!」

 

 

 もはや問い掛けですら無い言葉と共に心操が緑谷の頭を平手で押し返す、だが彼は怪我した指まで使ってその突き出た腕を掴み…

 

 

「んぬぁぁあああ!!」

 

 魂からの叫びと共に、心操を場外へと背負い投げた。

 最終種目第一回戦、初見殺しが決まろうとも勝者は緑谷だ。

 

(これは、相手が悪かったとしか)

(……轟君か緑谷君、どちらにせよ厳しい戦いを覚悟しなければ)

 

 それは即ち、この後の試合が理想よりも遥かに困難なものになった事を示している。

 固く握っていたはずの彼の拳が、更に強く握り込まれた。

 

 


 

 

 観衆から健闘を讃えられ、特にプロヒーローからはその個性を高く評価されながらも、失意のままに退場する心操。

 

 そんな彼と入れ替わるかの様に瀬呂がスタジアムの舞台へと上がった。

 緊張を含みながらも確かな自信を持った彼の目が映すは、轟。

 

 二試合目で相対するは、轟と瀬呂の二人。

 圧倒的な差がある様な組み合わせだが瀬呂の雰囲気に当てられたのだろうか、プレゼントマイクも先の試合に負けず劣らず盛り上げようと声を張り上げた。

 

 気合いが入った試合開始の宣言と同時に、瀬呂がテープによる先制の拘束を果たすも…

 

 

「動けるハズないでしょ…痛ぇ……」

 

 

 瞬く間に、試合は終わった。

 スタジアムの天井を突き抜ける程の大氷塊に、熱くなり始めていた観客席の空気を一気に冷やす程の冷気。

 テープどころか瀬呂さえも凍り付かせた轟の一撃が、彼の策を真正面からねじ伏せたのだ。

 

 第一回戦二試合目、ドンマイコールが響く様な圧倒的差を見せつけた勝者は轟だ。

 

 


 

 

 正午をとっくに過ぎたと言うのに冷え切った空気の中、次の試合が始まろうとしていた。

 しかし、この試合において蜘蛛蠍は観客ではない。

 

 

(…まずは、ここを勝ちませんとね)

(初戦で敗退する姿など、誰にも見せられません)

 

 [意外と腹黒!油断してるとバッサリだ!]

 [A組 蜘蛛蠍 犍多!!]

 

 [スパーキングキリングボーイ!]

 [こいつもA組 上鳴 電気!!]

 

 

 今彼は緊張を抱きながら、選手として戦いの場に立っているのだ。

 相手は"帯電"の個性を持つ上鳴、一瞬たりとも気を抜けば凄まじい電撃を浴びる事になる。

 

 だがそんな懸念と緊張に包まれた彼とは違い、上鳴は余裕を浮かべた顔で対面していた。

 

 

「そんなに緊張しなくてもいいぜ、蜘蛛蠍」

 

「おや、中々紳士的…」

「多分、この勝負一瞬で終わっから」

 

 [START!!]「!!」

 

 [先手を取ったのは上鳴!!最初から決めにきたぁ!!]

 

 その余裕の正体が、開幕の宣言と共に解き放たれる。

 舞台全てを隈なく覆う大規模放電、それこそが上鳴の最強にも等しい切り札なのだ。

 

 放電の光が続く事しばらく、ようやく落ち着いた時に舞台の上には上鳴ただ一人だけがいた。

 

 

 [これには蜘蛛蠍もたまらず…!!]

 

 

 放電から逃れようとするなら場外に出るしかない状況、しかし未だにミッドナイトは勝敗を告げない。

 誰もが蜘蛛かつの姿を探す中、誰かが指差した。

 

 その指先は上、スタジアムの吹き抜けを向いている。

 

 

 [待て!あの姿は何だ!!]

 

 [リスナー、上を見ろ!!そこに奴はいるぞ!!]

 

 

 プレゼントマイクの呼びかけを皮切りに、観客が続々と空を見上げ始める。

 彼らが注目したのは、曇り一つない空では無い。

 スタジアムの天井が丸く切り取った青い空に一つだけ打たれた、不純物たる黒い点だ。

 

 プラプラと、天井と空の堺で揺れるそれは鳥ではない。

 

 

 [まだ勝負は決まってねぇ!!]

 

 [蜘蛛蠍は、生きていたぁ!!]

 

 

(足先が少し痺れる…)

 

 

 それは、蜘蛛蠍。

 彼は間一髪で天井に向けて糸を放ち、肩を外すほどの急上昇によって放電を回避していたのだ。

 

 放電の反動で思考回路がショートした上鳴を見下ろしながら、彼はこの試合を終わらせんと糸を放つ。

 

 

「確かに一瞬で終わりそうですね、上鳴君」

 

「ウ、ウェ〜イ…?」

 

 大した抵抗もないままに、彼の体は何重にも巻かれ…

 

 

 [誰がこれを予想したか!]

 

 [まさかまさかの逆転勝ちだ!!]

 

 

 糸に従って上鳴が場外へと放り出された瞬間、勝敗は呆気なく決した。

 

 

「二回戦選出、蜘蛛蠍君!!」

 

「まずは一勝、ですね」

 

 

 しかし勝ったとは言えども、未だ蜘蛛蠍が胸を撫で下ろす事はできない。

 目標とした優勝に至るまでの戦いを思えば、彼に取ってこの試合なぞ前哨戦ですらないのだから。

 

 未だにまともな言葉を出せない上鳴を肩に担ぎながら、彼は弛まぬ顔で控えへと戻って行った。

 

 

 

 


 

 

 蜘蛛蠍の外見は、どう見てもただの優しげな少年でしかない。

 たとえタルタロスの元囚人だと知っていたとしても、そうだと強く思うものはいないだろう。

 

 だからだろうか、ミッドナイトは蜘蛛蠍と話す事になっても特別な警戒は出来なかった。

 

 

『あら、蜘蛛蠍君。どうしたの?』

 

『……なるほど、確かに貴方の個性ならそういう懸念もあるわね』

 

『ええ、原則としてヒーロー科生徒のサポートアイテムの持ち込みはダメね』

『けれど、スタジアムの中にあるもの…例えば欠けたコンクリートだとかね、そういうのを使うのはオッケーよ』

 

『それと場外判定は落ちた時だから、騎馬戦みたいに地面に足をつかなければセーフよ』

 

『ふふ…それにしても、事前に聞きに来てくれるなんて真面目じゃない』

『そういう真面目さは嫌いじゃないわ、頑張ってね』

 

 

 だが、それ故に蜘蛛蠍は半ば反則に近い手段を取れる様になった。

 彼がそうとは知らずとも、彼の身姿は確かな価値を持っていたのだ。

 

 





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