いつか、善き人として生まれ変われる様に   作:万年赤字一般傭兵

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希望に満ちた糸の先

 

 

「開けます、開けますよ…!!」

 

 雄英入試から約一週間後、蜘蛛蠍は感じた事が無い緊張に震えながらも机の上にある白封筒へと目を釘付けにしていた。

 

 

 そこにあるのは合否判定の通知、彼の未来を合格と非合格の単語で決めてしまう無慈悲な情報である。

 

 如何なる策を弄せども今更変えられない決定を知るだけだが…それ故に彼は怯えているのだ。

 

 

「あれだけ出来たんだ。蜘蛛蠍、今更心配することか?」

 

 レディ・ナガンの言葉も今の彼には届かない

 

 合格か非合格か、それは彼にとって然程重要では無く…彼が最も恐れているのは自身の未来の確定を知ってしまう事だからだ。

 

 それは彼自身でさえも覚えていない過去に起因していたが、少なくとも今の時点で彼がソレを自覚する事はなかった。

 

 

 仮想敵のロボットを縛り壊す程に強く糸を掴んでいた彼の手は、今や目の前の小さい封筒を掴もうとするだけでも震えを抑えられない。

 

 だが、いつまでも後回しにする事もできない。

 

 

「…そう、ですよね。心配なんてしなくてもいいのですよね…」

 

 

 彼は己の震えを、合格の是非だと無理やり定義し…

 

 

「…開けます!!」

 

 

 封を思い切り破いた。

 

 

「っ!………?」

 

 

 破けた封から溢れでたのは小さな円盤、それが緊張していた彼を笑うかの様な小気味いい音を立ててテーブルの上で跳ね…

 

 

 [やぁ、久しぶりだね!蜘蛛蠍君!!]

 

 

 [早速で悪いけど…先に結果だけ伝えさせてもらうよ]

 

 [蜘蛛蠍 犍多。筆記試験 合格、そして実技試験も合格]

 

 

 [つまりは…おめでとう!君は見事に入学試験を合格したのさ!!]

 

 

 機械が映し出した喋るネズミによって、彼の未来の決定は呆気なく告げられた。

 

 

「…ああ、合格したのですね。僕は、ヒーローになるのですね…」

 

 

 彼は知っていた。未来が決まるまでの時間は酷く恐ろしいものだが、決まってしまっては何物も変える事ができず…諦められるが故に何も怖くなくなる事を。

 

 だからだろうか、先までの心の乱れがまるで幻覚であったかの様に、彼は鼠の放った言葉をすんなりと受け入れた。

 

 

 [淡白な通知になってしまったけど…君は色々と心配しそうだからね!先に事実だけを言わせてもらったのさ!!]

 

(…この人は、本当に私の性格をよく分かっていますね)

 

(心も読めないのに…)

 

 まるで今の彼を見透かしているかの様に話を進める、そんなネズミの名前は根津。

 個性"ハイスペック"を持つ雄英高校の校長であり、かつて彼の釈放を一押ししたばかりか、雄英への入学すらも取り付けた彼の大恩人である。

 

 

 [さて、これで合格通知は終わりさ…でも、最後にこれだけは言わせてほしい]

 

 だが、これからは唯の恩人では無くなる。

 第一に彼は一人の教師なのだ。

 

 [君の過去に何があったとしても、僕達のやる事は何も変わらないのさ]

 

 

 教師とは生徒に歩むべき道を示すが、唯見せる訳では無い。

 

 

 [ヒーローになりたい…君達生徒のそんな夢を叶える為に、そして何よりもその先で幸せを掴んでもらう為に僕達教師は此処にいるんだ]

 

 

「先に、幸せが…」

 

 

 何よりもその未来が、夢が希望に満ちたものである事を示すのだ。

 

 

 [だから、約束するのさ。君もまた、ここで夢を叶えて幸せを掴めることを]

 

 

[おいで!ここが君の ヒーローアカデミアさ!]

 

 

「はい…!」

 

 

 まだ早いかもしれないが、それでも彼は未来を決める事に少しの希望を見出せたのだ。

 

 

 


 

 

 プリントを一通り読み終わり、イレイザーヘッドは再度実技試験の映像を見始めた。

 

 

 その映像の中心にいるのは、最前線で仮想敵を相手する蜘蛛蠍だ。

 

 "操糸"という個性にも関わらず、彼の武器は糸だけでは無かった。

 彼は時に腰よりも頭を低くする独特の構えを取り、そこから繰り出される舞の様な体術で仮想敵を撃破していたのだ。

 

 

 飛び上がって上から襲い掛かり、壊した勢いそのままにもう一機に踵落としを喰らわせ…

 果てには近くに落ちていたマンホールを両手に構えて、体ごと回転しながら仮想敵を叩き壊している。

 

 

「ふむ…」

(いい動きをしているが……何か変だな)

 

 それは彼の優れた戦闘能力を示す光景である筈だが、しかし今まで多くの生徒を見てきた彼の中では何かが引っかかっていた。

 

 

 映像は更に進み…

 

 

(ああ、個性を使っていないのか)

 

(確かに体術だけでも十分なぐらいだが…それでも、個性を使わない理由は無いだろうに)

 

 

 イレイザーヘッドが彼の戦い方の違和感に気付いたところで、

 

 

 [こんな時こそ、plus ultraぁ!!]

 

 

 遂に、蜘蛛蠍と0P敵の対決が始まった。

 雄英の校訓を唱えながら、映像内の彼は圧倒的脅威たるソレに立ち向かって行く。

 

 

 

「……」

(plus ultraか…つまり、この行動は…)

 

 

 だが、ただ真正面から戦う訳ではなかった。

 逃げ遅れた者を追い越した彼は十本の指から大量の糸を出しながら、急に大通りを挟んだ建築物群が作る路地へと入っていったのだ。

 

 そうして一瞬姿を眩ませたかと思えば、今度は0P敵の後ろの大通りを横断して反対の建物群に入って行く。

 

 

 そうした行動が何十回も繰り返された時、

 

 

 0P敵は、いつの間にか糸の囲いの中に閉じ込められていた。そいつは巨体と力を活かして脱出を図ろうとするも…しかし何百本もの糸で構成された上に、様々な建物を支柱にしたその壁が易々と崩れる事はない。

 

 

 一時的だとは言え、蜘蛛蠍は目の前の脅威を封じ込めたのだ。

 その先に彼は逃げ遅れた人を一人一人抱え、安全な位置まで運んで行き…

 

 

 [終 了〜!!!!]

 

 

 かくして大きな怪我が出ることも無く、実技試験は終わりを迎えた。

 

 

「自分なりに考えて、限界に挑んだと言う事か」

(悪くない、入試にしては上出来だな)

 

 

 そして、イレイザーヘッドの彼に対する評価もまた決まった。

 

(だが、裏を返せば…あれだけの糸を放てる出力がありながら応用なんかは知らなかった訳か)

 

(今回の行動も、ある意味では力任せ…戦い慣れてはいるが、個性の活用に関しては未熟も未熟か)

 

 

 それは決して100点満点の評価では無かったが…

 

「公安の連中も、随分と妙な教育を施したもんだ」

 

「……教え甲斐がありそうだな、全く…」

 

 

 彼の顔には微かな笑みが浮かんでいた。

 

 

 


 

 

 合格通知から暫く経ち、遂に蜘蛛蠍の高校生活が始まる日がやってきた。

 几帳面な彼は準備を前日までに終わらせており、何も心配する事はない。

 

 

「…では行ってきますね」

 

 

 

 玄関の前では、扉に手を掛けている彼とそれを見送るレディ・ナガンがいる。

 

 いつもの光景ではあるが、一つだけ違う所があった。

 それは、彼が身に纏っているものが公安から与えられた学生服では無く、雄英から届いた制服である事だ。

 

 

(……これが、感無量というやつか…)

 

 見送りなど今まで何度もしてきたにも関わらず、今の彼の姿はいつもとは違って見えていた。

 

 

「…レディ・ナガンさん…?」

 

 

 開いたドアから微かに漏れる日の光が満遍なく彼を照らし出し、その制服につけられたボタンは光り輝いている。

 その顔が映す笑顔は貼り付けた様なニコニコ顔では無く、初めて見る様な期待に満ちた笑み。

 

 

 そんな彼の姿を前に、何故だか彼女は視界の歪みを抑えられなかった。

 

 

「……何でもないさ、それより…」

 

「最後に…お前が雄英に行く前に、言いたい事がある」

 

 だが彼女はその歪みを彼に見せる事はなく、頼れる大人として彼が憧れたヒーローとして、花向けを贈らんとする。

 

 

「雄英に入れば、これから公安が関わる事は減るだろう。お前は私達の手を離れて、この社会に飛び出すんだ」

 

(…そうか、約束通りですものね)

 

 その花向けは完全に喜べるものではなかった。何であれ今まで彼の轡を握り、身分を保証していた公安の存在は彼にとって欠かせないものであり…

 

 

「…もしかしたら、私の監視も終わるかもしれない」

 

 

 レディ・ナガンも、またそうであるのだから。

 

 

 だがこの話は彼の出立に向けた花向けであり、決して足を引くものではない。

 

 

「だけどな、お前にはコレを悪い事だと思って欲しくはない」

 

 

「何せ雄英に入ったら、お前は自由に友達を作れるんだからな」

 

「いちいち公安の機嫌を伺わなくてもいい、相手の素性を探らなくてもいい。お前が望むままに、自由に話し合える友達を作れるんだ」

 

 彼女が語るはこれから始まる未来。それは普通の人にとっては当たり前の、しかし彼にとっては眺める事しか出来なかったものだ。

 

 

「それに雄英のヒーロー科なら唯の友達では終わらないぞ?」

 

「彼らもまた、お前と同じ様にヒーローを志す身だからな。お前はこの先、互いに助け合う仲間を作るんだ」

 

 

 これから彼が行く場所は正しく眺めていた場所である。

 

 

「今は分からないかも知れないが、そうした仲間は絶対に生涯の宝物に、お前の幸せになる」

 

「だから…今までの分、沢山の友達と仲間を作るんだぞ…!」

 

 

 そんな場所で幸せを掴む彼を思い浮かべた時、彼女の視界の歪みは更に強くなる。

 

 だが幸いなことに、その歪みが外へ出る前に彼女は伝えたい事を全て言い切れていた。

 

 

「……私の話は、ここまで…さぁ、行ってきな!」

 

「蜘蛛蠍、お前のヒーローアカデミアに!!」

 

 

 これ以上語る意味は無く、残るは彼の背を強く押し出す事だけだ。

 

 

「はい!行ってきます!!」

 

(絶対、幸せになれよ…!そしたら、私も…)

 

 

 彼の夢はここからが始まりであると言うのに、しかし彼女は確かな希望を感じずにはいられなかった。

 

 


 

 

 鞭で打たれ、傷口を穢され、じゅくじゅくと膿み爛れた体は1日を待たずとも簡単に治った。

 

「以前に来た筈なのに、今日は一段と大きく見えますね」

 

 

 だが、その心は如何だろうか?

 

 傷ついた心が治る事は無く、彼はただ傷の痛みを忘れていただけ。

 

 ずっと苦しみを忘れていたとしても、しかしそこには確かな傷が刻まれ続けていたはずだ。

 

 

「…ここが雄英」

 

 

 もし苦しみを忘れた場所が、果てなき絶望の中だとしたら…

 

 

「僕の夢を叶える、ヒーローアカデミア…!」

 

 

 それを思い出す場所は、きっと果てなき希望の中なのだろう。

 

 





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