いつか、善き人として生まれ変われる様に   作:万年赤字一般傭兵

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学園生活の始まり

 

 雄英の門を潜り、広い校舎の中で彼は歩みを進めていた。

 早めの登校になったとは言えども、歩みを進める毎に見かけられる一部の生徒や教師は、その誰もが彼に新鮮な感覚を与えている。

 

(はぇ〜……)

 

 個性的な生徒や教師、そしてガラス張りの窓から見える街の展望や広々とした校舎内が彼の興味を惹き…そうして雄英を余すとこなく堪能しながら、彼は辿り着いた。

 

 

 彼の身長の2倍以上はあろうかと言う巨大なドアに、赤文字で書かれた"1-A"の文字、それ即ち彼がこれから学びを得る場所…

 

 

「1-A…1-A…ここですね」

(この先に、友達になるかもしれない人たちが…)

 

 雄英高校1年A組、その教室である。

 彼は、様々な期待を胸に目の前の扉を開けた。

 

 

 そして

 

 

「わぁ……」

 

 

 その中で目にした光景に驚愕して足を動かせなくなった。

 彼がその場に呆然と立ってしまうくらいに驚いた理由は明瞭、

 

 

(あ、あのピンク色の肌をしている人も、口元をマスクで隠している人も、頭が鳥の人も、蛙みたいな人も、尻尾を生やしている人も、耳たぶが長い人も、生えかけの角がある人も……)

 

(皆、虐められていません!…それどころか、普通に談笑しています!!)

 

 

 身体的特徴を持つ個性を発現した生徒が全くもって差別されておらず、それどころか周囲の生徒達と笑い合っているからだ。

 

 

「素晴らしい……」

 

「…君、大丈夫か?もしかして教室を間違えたのか?」

 

 

 そして更に彼の感情を動かす人物がやって来た。

 それは眼鏡をかけた高身長の男子生徒、キビキビとした歩き方とその背筋で真面目を体現している様な人だ。

 

 

(…!この人、もしかして僕の事を気遣っているのですか!?)

 

(角が生えている、僕を…!?)

 

 

 彼の気遣いは一般常識に当てはめれば、当然のものだと言えるだろう。しかし、その当然な事こそが蜘蛛蠍には信じられない事だった。

 初対面の相手に、まさかこれほどまでの善意をぶつけられるとは思わなかったのだ

 

 

「い、いえ!ぼ、僕は蜘蛛蠍と言います!1-Aの生徒です、普通に!」

 

「そ、そうか…俺は飯田天哉だ、これから宜しく頼む」

 

 

「ふむ…となると、君は席が分からなかったのか?よければ俺が案内しよう」

 

「エッ!!あっはい、お願いします!」

 

 

 普段ならば余裕を持って話せる彼であったが、感動に変わる間もない驚愕の中では会話の維持だけで一杯一杯である。

 

 

「座席表によると、蜘蛛蠍君は…ちょうど俺の前の席、つまりあそこだな」

 

 

(心配どころか、案内までさせてしまいました…)

「ありがとうございました、飯田さん」

 

「気にするな。ヒーローを志す身として人助けは当然の事だろう?」

「それと、君で大丈夫だぞ。俺達は、同じクラスメイトなのだからな」

 

 

 そして、彼の予想していた形では無いものの…

 

(クラァス、メェイト……それってつまり)

 

(友達!!??)

「それも、そうですね。これからよろしくお願いします、飯田…君」

 

「ああ、こちらこそよろしく頼むぞ、蜘蛛蠍君」

 

 彼に初の友人ができた。あまりにも早くアッサリとした経緯であったが、それは彼が気にする事ではない。

 

(雄英って、凄いな…)

 

 自分の席に向かう途中、彼は唯々その喜びを享受するだけだった。

 

 


 

 

「こんにちは、私 蛙井梅雨って言うの。梅雨ちゃんって呼んで」

 

「僕は蜘蛛蠍 犍多と言います…ええと、何と呼んでも大丈夫です」

 

 

「じゃあ、蜘蛛蠍ちゃんと呼ぶわね。これからよろしく」

 

「よろしくお願いします、梅雨ちゃん」

 

 

 蜘蛛蠍が席に座り、前の座席にいる生徒と互いに自己紹介を終えた頃

 

 

 

「机の製作者方に申し訳ないと思わないか!?」

 

 

 

「あれ、喧嘩…ですよね」

 

「そうみたいね」

 

 教室の前方で喧嘩らしきものが発生した。

 言い合っている生徒は二人。

 

 一人は先に彼を案内した飯田天哉であり…

 

 

「思わねーよ。てめーどこ中だよ端役が!」

 

 もう一人は、ツンツン金髪頭の如何にもヤンキーといった感じの男だ。

 

 

「これ、止めた方が…」

 

「触らぬ神に祟り無しよ、蜘蛛蠍ちゃん」

 

 

 制服を纏った数多の背越しに見える喧騒、本来ならば喜ばしい事ではないのかもしれないが

 

 

「これが、学園生活…!」

 

「違うと思うわ」

 

 

 静寂と蓮の香りに包まれていた屋敷に、誰も踏み入らぬ寒い洞窟の中にしか居場所が無かった彼には輝いて見えていた。

 

 

 やがて、緑髪の少年と茶髪の少女も入ってきて…

 

 

「ここは…ヒーロー科だぞ」

 

 "なんか!!!いるぅぅ!!!"

 

 

 最後に入ってきた寝袋姿の男が教室の喧騒を収め、バラバラだった皆の意思を一つにした。

 

 

(…誰ですかね?)

 

「ハイ静かになるまで8秒かかりました」

 

「時間は有限。君たちは合理性に欠くね」

 

"先生!!?"

 

 

 寝袋の中から出てきた、一見浮浪者の様な格好をしている彼は

 

 

「担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

 

 1年A組担任教師 相澤消太、その人である。

 

 


 

 

 本来ならば入学式で校長の話を聞いていた筈の蜘蛛蠍、然れども今彼を含めた1年A組の生徒達。

 

 彼らは今

 

「入学式に行ってないのは、僕らだけ…?」

 

 体操服を着てグラウンドに出ていた。

 

 

「驚きですね…そう思いませんか?瀬呂さん」

 

「さっきも言ったけど…"さん"とか付けなくていいって、蜘蛛蠍…でもまぁ、その気持ちは分かるわ」

 

「「個性把握テストって…」」

 

 

 更衣室の中で話し合い、少し交流を持った彼らが話し合うのは先程相澤担任から告げられた個性把握テスト…中学校の頃から行っていた体力テストの個性使用版である。

 

 

 然れども優れた個性を持っている彼らが此処まで緊張しているのは、当然訳があった。

 

 それは…

 

 

『トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう』

 

『放課後マックで談笑したかったなら、お生憎』

『これから三年間、雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける』

 

「最下位は除籍…分かってはいたけど、雄英ってヤベェよな」

「あの爆轟って奴はスゲェし、怖くなってきたぜ」

 

 

 相澤担任から告げられた無慈悲な裁量である。

 彼の言葉は、入学したばかりの希望と傲慢に満ちた彼らに鞭を入れる一手となった。

 

 

「そうですね…そう言えば」

 

「何だ?」

 

 

「"放課後マック"とは、何ですか?」

 

「お前…」

 

 最も、蜘蛛蠍に取っては軽い鞭であった様だが。

 

 

 

《第一種目:50m走》

 

「悪いが此処は勝たせてもらうぞ」

 

「飯田君…僕、負けませんよ!」

 

 

 クラウチングスタートの姿勢をとった彼らの間で交わされた少しの会話の後、開始の笛が鳴る。

 

「っ!?」

 

 

 意外にも最初に先頭を取ったのは、蜘蛛蠍。目を見張る跳躍力と独特の走法で彼は飯田を追い越した。

 

 

 しかし…

 

「ウォォォッッ!!」

 

(…速っ!)

 

 

 個性:エンジンを使って足のギアを上げ切った飯田には追いつかれ、文字通り後塵を拝す事になった。

 

 蜘蛛蠍 犍多:4秒10

 

「いや、普通に速いのかよ!増強系の個性か!?」

 

 

《第2種目:握力》

 

「ぬんっ!」

 

 蜘蛛蠍 犍多 :95kgw

 

「これくらいで十分…」

 

 蜘蛛蠍が出すのは、ただの男子学生にしては平均値を簡単に上回る値。しかし…

 

 

「すげぇ!!」

 

「………」

 

「540て!!あんたゴリラ!?タコか!!」

 

 障子 目蔵:540kgw

 

(すごいなぁ…)

 

 飯田と競い合った時の様に、個性との差は確かにあった。

 

 

 

《第三種目:立ち幅跳び》

 

「えぇーいっ!」

 

 蜘蛛蠍 犍多: 4m

 

 これもまた悪くは無い記録。

 だが個性を使う者と使わない者の差は、ジワジワと広がって行く。

 

 

「すまねぇな、蜘蛛蠍!ここは抜かさせて貰うぜ!」

 

 瀬呂 範太:20m

 

 ただ跳んだ蜘蛛蠍とは違う。

 瀬呂は膝から伸びるテープを使って前に対する推進力を確保し、かなりの距離を飛んだのだ。

 

 

「おお、個性をそうやって使うとは…!」

 

「そりゃあ昔からずっと…て、まさかお前」

「個性、使ってない…?」

 

「はい」

 

「えぇ…?」

 

 

《第四種目:反復横跳び》

 

「ほっほっほっほっ…」

 

 蜘蛛蠍 犍多: 90回

 

「よし!」

 

 活かせる個性が少ない競技であり、身体能力が重要になる反復横跳び。彼はこの競技において一番になりかけたが…

 

「ひゅううう!!!」

 

(あれは、峰田さ…君でしたよね)

 

 此処でもまた、個性を活かした者には勝てなかった。

 

 

《第五種目:ボール投げ》

 

 

 既に麗日お茶子が記録で∞を出しており、一番を取ることは不可能になった競技。

 一位を目指さなければ蜘蛛蠍が奮い立つことも無いはずだった。

 

 

「SMASH!!」

 

 緑谷出久:705.3m

 

(あの子は、さっきまで何も無かった…)

 

(当然ですよね、個性があるなら何処かで使いますよね)

(…誰もが、個性を使っている…)

 

 しかし彼と同じ様に個性を使えていなかった緑谷の全力が、何かを変えた。

 

 

「次、蜘蛛蠍」

「さっき説明した通りだ、"個性"を使ってやってみろ」

 

「……はい」

 

 円の中なら何をしてもいいボール投げ、きっと唯投げたとしても平均以上の記録は出せるだろう。

 

 だが、彼は今一度思い出した。

 

 

(plus ultra、更に向こうへ…)

 

 

 それは雄英の校則、どこまでも限界を超えて行ける事を願う言葉だ。

 

 

(個性は操糸、ただ糸を伸ばすだけでは大した記録は出せない)

 

(僕一人じゃ、思いつきませんね)

 

 だが彼の経験は浅く、ここで用いられる様な応用を今すぐ思いつくことはできない。

 

(多少のズルくらいはしないと、僕は追いつけない…)

 

(中の皆に聞く、それくらいはやるべきなのでしょうね)

 

 

 だからこそ彼は本来の個性を、これまで詰められていった経験を使う事にした。

 

 

(………投石紐。なるほど、そうやって)

 

 心の中で蠢き回る意思を統合し、彼が見つけた答えは個性を利用した動具。

 指の先から糸を出し、歪ではあるがその形を作り上げた。

 

 

「…すぅ………」

 

 彼の耳元で回り続ける投石紐は風切り音を出し続け、そこには効率よく変換された回転のエネルギーが溜まって行き…

 

「回して、放つ!!」

 

 

 一際大きい風切り音と共にボールが解き放たれた。

 

 

 蜘蛛蠍 犍多:621m

 

 

「と、飛びました…」

 

 決して一番にはなれなかったが、それでも"個性把握テスト"という中では及第点を取れたのだろう。

 

 

「見込み、あり…」

 

(個性を使って道具を作り上げたか、こんな応用が出来る奴だとは思っていなかったが…)

 

(見誤ったか?)

 

 

 少なくとも、相澤担任を驚かせたのだから。

 

 


 

 

 その後にあった持久走や長座体前屈、そして上体起こしでは個性よりも身体能力を優先させていたが、それでも最下位になるような事は無く個性把握テストは終わった。

 

 

 然れども、

 

「最下位は除籍…なのですよね」

 

「しょうがねぇよ蜘蛛蠍、俺達がどうにか出来る訳じゃないんだから…」

 

 

 彼の中の心は喜び切れなかった。

 

(相澤先生の言った事は本当…誰か一人は、いなくなる……)

 

 それは、これから友達になれるであろうクラスメイトが居なくなるからだ。

 

 

 相澤担任が今から出そうとしている結果表を、他の皆と共にが緊張しながら待ち続け…

 

 

 

「ちなみに除籍はウソな」

 

「君らの最大限を引き出す 合理的虚偽」

 

 

「「「「はーーーー!!!!??」」」」

 

 

 

 彼によって、またもや生徒達は驚愕の渦に飲まれる事となった。

 

 

 

 

 蜘蛛蠍は驚きのあまり気にしなかったが、彼の結果は5位である。

 

 彼は今身体能力の限界を思い知らされて、個性の成長を必要としている状況であり…そして上位に入ってはいるものの、これは何処か先を望みたくなる順位だ。

 

 

 除籍もなく、何はともあれ彼に取っては良い結果になったといえよう。

 

 

 


 

 

 

 何とも濃い雄英の初日は終了し、放課後。

 

 

(あの子は母児村の…聞いてはいたけど、本当だったのか…!)

 

 

 教室で帰り支度をする蜘蛛蠍を覗く影があった。

 

 かつての彼を知るその影は、今すぐにでも話を聞こうとして

 

 

「おい、蜘蛛蠍!少しいいか?」

 

 

 瀬呂が彼に話しかけた事で、慌ててその姿を隠した。

 

 

「切島とか、上鳴とか…今日暇なクラスの男子を集めて男子会やる事になったんだ!」

「放課後マック、気になっていただろ?良かったら一緒に来ねぇか?」

 

「…はい!!」

 

 

(…うん、後で聞こう)

 

 

 そして目の前で繰り広げられた青春を前にして、彼は職員室へと戻って行った。

 

 残り火とは言えどOFAを持つ者としては彼の詳細を確認すべきだったが…それでも一人の教師としては邪魔出来る場面ではなかったのだ。

 

 


 

 

 

 公安の所有するセーフハウスの一角、そこに二人のヒーローがいた。

 先ほど裏の仕事を終えて来た彼らであるが、しかしそこに嫌な沈黙は無い。

 

 

「…だからなホークス、蜘蛛蠍がさぁ…!!」

 

「アイツさぁ…放課後マックに、友達と行ったってさぁ…!!!」

 

「私ゃあ…もう嬉しくて、嬉しくてさぁ…!!!!」

 

 

 そこにいたのは教え子の惚気話をする先輩と、それを聞かされ続ける後輩だった。

 

 その先輩とはレディ・ナガン。酒に酔っている訳でもないのに、もう一人のヒーロー ホークスに対して今日7度目となる絡みをしていた。

 

「はいはい、分かりましたから…」

(後輩君…元気でやっている様で何よりだ)

 

 

 俗に言うウザ絡みをされながらも、しかし彼の顔に悪感情は無い。

 

 それは彼と同じ"学校"に通っていた蜘蛛蠍を良き後輩だと思っており…また彼女と同じく過去を知った身としては彼の幸せを願っているからなのだろう。

 

 

「……あの地獄に比べたら、アイツが教えてくれた昔に比べれたら、こんな社会でもマシだと思えるんだよな」

 

 

 彼女が今尚仕事を続けられるのは、社会全体を気にかけているというよりは、手が届く範囲の幸せ故にだが…

 

 

「こんな仕事だけどさ、アイツが幸せに笑えると考えれば…それだけで私は頑張れちまうんだ」

 

 

 だからこそ、彼女は続けられるのだろう。

 

 




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