いつか、善き人として生まれ変われる様に   作:万年赤字一般傭兵

7 / 21
Hコンビの大体3人

 

 先まで騒がしかったグラウンドβだが、今は元通りの空虚な市街地へと姿を戻していた。

 しかし、戦闘訓練がもう終わったと言うわけでは無い。寧ろ今から始まろうとしているのだ。

 

 

 戦闘訓練が行われているビルの地下、モニターだけが灯りとなる薄暗い部屋に、個性的なコスチュームの数々を纏ったA組の生徒が詰めかけている。

 

 そんな彼らは今、オールマイトよりも目の前のモニターに釘付けとなっていた。

 

 

 彼らの目を惹きつけるのは、相対する二人の男子生徒。

 

 

 一人は爆豪 勝己。個性『爆破』を持ち、少し程度は違うものの美しい爆炎を操る入試成績一位のエリートだ。

 

 もう一人は緑谷 出久。個性『超パワー(ワンフォーオール)』を持ち、ここぞという時の爆発力なら爆豪に負けないほどの力を出せるナードである。

 

 

 そんな彼らの関係性は、昔から続く"いじめっ子・いじめれっ子"であった。

 最もA組の皆がそれを知る由はないものの…目の前で繰り広げられる光景を目にした彼らが、その様な関係性を思い浮かべる事は一切ないだろう。

 

 

「声聞こえねえけど…何か熱くなってきたな!」

 

「緑谷君達は知り合いなのですかね?」

 

「じゃねーの?完全に互いの役に徹してる…って雰囲気でもねーし」

 

 

 爆豪の奇襲をいなし、逆に背負い投げで投げ飛ばした緑谷はもはや虐げられる弱者ではない。

 今や立派な有精卵として殻を破らんと全力を尽くし、一人のヒーロー候補生として格上の爆豪に並ばんとする勢いである。

 

 

 そんな下剋上は単なる訓練とは思わせぬ程の気迫をモニター越しに伝えており、部屋の中を静かな熱気で包み始めた。

 

 

「あっ、逃げた…」

 

「漢らし…いや、これも戦術か?」

 

 

 されども、その様なエンタメ性に溢れた光景が続く訳ではない。目の前の怨みに囚われた爆豪とは違い、試合の勝ちを狙いに行く他のメンバーは地味であろうとも確実な行動を踏んでゆくのだ。

 

 

 麗日はその場を離れて核兵器の位置を探りに行き、緑谷は目の前の脅威と戦わずに逃げ続け、飯田は防衛の有利を取る為に部屋の中の物を片付け…

 

 各自がそれぞれの思惑を働かせながら、訓練は進んで行く。

 

 

 そして何も思惑を働かせるのは現場の人間だけではない。

 

 モニターに目線を向ける生徒達の中に、真剣な顔になって別の思考を働かせ始める者がちらほらと出てきた。

 

(…建物内は暗く、そして狭い)

 

(もしヒーロー側ならば、奇襲に弱すぎる…三人で一斉に入ろうとも、数の差を活かすどころか仲間討ちすらあり得えますね)

 

(敵ならば…逆にその手は使えない。一人は防衛用に残さねばならないですし…無力化されたとしても、状況を確認出来ないのは不味いです)

 

(…いや、最初から建物の外で戦えば或いは…?)

(窓から見下ろせば状況は確認できる、それに…)

 

(うーむ…)

 

 

 モニターから流れる戦いと策略は即ち未来の自分でもあり、試合自体の動向を見て貴重な先例を頭に叩き込むことは確かに大事である。

 

 しかし彼らはただの生徒では無く、それぞれが文字通りに"個性"豊かなヒーローの卵。

 自らの個性や戦法との擦り合わせも、また必要となるのだ。

 

 

 彼らが目の前の光景に対する興奮に囚われず、思考の一部を自らのシミュレーションに当てるのは当然といえよう。

 

 

 そうして皆が考えを深めていくに従って、試合も終盤に入った。

 

 

 現在モニターに映っているのは、先とは真逆の光景。

 窓際に追い詰められた緑谷は再び反撃を試みるが、しかし今の爆豪は彼への評価を先から変えていた。

 

 

 爆破によるフェイント、そして背後に回ってからの本命の爆発。先の下剋上が幻であったかの様に、そこに映る光景は一方的な蹂躙である。

 

 僅か一年にも満たぬ彼の格闘術は、爆豪の持つ天才的な戦闘センスと個性を利用した圧倒的機動力の前に無力だったのだ。

 

 

 しかし爆豪と真正面から戦って勝てない事は、幼馴染の緑谷が一番良く分かっている。だから、彼は最初から勝負に勝とうとはしていない。

 

 

「うっわ、緑谷のパワー凄ぇ!?」

「ボール投げの時も驚いたけど…それ以上だな、これ!」

「ほう…緑谷もまた、その腕に抑えきれぬ力を封印せし者だったと言うことか」

 

 

(…妙に喧しい個性、そしてこのパワー…えっ、まさか緑谷君って…そういう!?)

 

 

 片腕一本犠牲にした超パワー、緑谷が放ったその一撃は麗日と飯田が対峙する部屋に巨大な柱と大量の瓦礫を届けた。

 

 麗日 お茶子 個性『無重力』。彼女の個性によって軽々と振り回される柱が弾いた大量の瓦礫は飯田の高速移動を抑え込み…

 

 

 [ヒーローチーム…WIIIIIN!!!]

 

その隙を突いた彼女が核兵器を確保。結果として、緑谷達ヒーローチームは勝利を収めた。

 

 

「負けた方がほぼ無傷で、勝った方が倒れてら…」

 

「緑谷君は特に…何とも痛々しいですね」

 

 最も個性の反動によって、緑谷は片腕全体の閉鎖骨折、麗日は嘔吐感でその場から動く事は出来ず…挙げ句の果てに総評では敵チームの飯田がベストの評価を貰うという、何とも締まらない結果ではあったが。

 

 


 

 

 第二試合、ここでは葉隠・尾白のIコンビと、障子・轟のBコンビが戦う事となったものの…

 

 「すまんな、レベルが違いすぎた」

 

 

 障子の『複製腕』による索敵、尾白の『尻尾』を活かした武術、葉隠の『透明』による奇襲準備…各々が全力を尽くそうとした試合は、しかし開始5分も経たないうちに終わった。

 

 轟による開幕の凍結、ビルの全てを凍らせたその一撃が試合を終わらせたのだ。

 

 圧倒的格差を見せた轟の個性は『半冷半焼』。

 炎と冷気の両方を宿す珍しい個性であるが、しかし今回の訓練で見られたのは片方の冷気のみ。

 

 

 圧倒的な実力差故に炎を使うまでも無かったのか、それとも何かしら特別な理由があるのか…

 

 

 何故素晴らしい炎を使わないかは未だに分からないが、少なくともそれは此処で分かることでは無い。

 そして試合後の総評も轟が活躍した事以外に大した論点も無く、次の試合に移った。

 

 

 

 鎬を削り合う様な熱い戦いで沸き立った皆の気持ちが、氷漬けになったビルの様に冷やされて静まった中で宣言された第三試合。

 

 その対戦表は…

 

 

「Hコンビがヒーロー!」

 

 蜘蛛蠍、蛙吹、常闇属するHコンビに…

 

「Jコンビが敵だ!!」

 

 切島、瀬呂属するJコンビだ。

 

 

(…友達を余り強く殴りたくは無いのですけど…)

 

 

 蜘蛛蠍にとって、暴力とは一方的な善意を持って振るわれるものであるが…しかしその対象が決して好感を抱くもので無い事は己が身を持って分かっており、自分から振るう事には何処か抵抗感があった。

 

 そして何よりも一般常識に当て嵌めるならば、これから始まる暴力の応酬は普通の友人ならば有り得ない事である。

 

 

 だが、ここは雄英高校ヒーロー科。

 個性豊かなヒーロー候補生が、己の限界と共に常識すら打ち破って成長してゆく場所。

 

 

「蜘蛛蠍!お互い恨みっこなしだ、全力でやろうぜ!!」

 

「…ええ、そうですね」

 

 そして、そんな常識に当て嵌まらない友達に勇気づけられた彼は、中々踏み出せない一歩を踏み出そうと奮起できたのだ。

 

 

 

 場所は移り、現在蜘蛛蠍達がいるのは訓練用の別棟ビルの地下…ではなく、その入口前。

 時刻は午後2時、円になって話し合う彼らを強めの陽射しが照らしていた。訓練開始までは後5分、短くとも制限時間が特に少ないヒーローチームの彼らには大事な時間だ。

 

 

「攻め手を考えるならば、先ずは敵チームの個性と戦い方を知らなければな」

「二人は何か知っているか?」

 

「私は、個性把握テストで瀬呂君がテープを肘から出していたところを見たわ。瀬呂ちゃんを支えられるくらいに頑丈だったから、ただ張り巡らせるだけで時間を稼がれてしまいそうね」

 

「…なるほど、だが安心してくれ。俺の黒影ならば容易にテープを切り裂ける」

「奴が進路を塞ごうとも、文字通り俺達が切り開こう」

「マカセロヨ!!」

 

 

 最初の議題は相手となる敵の個性の分析。

 

 超人社会において戦法が依存するのは、身につける装備ではなく奇想天外な個性であり…

 特に瀬呂のテープは罠によし、拘束用によし、障害物によしの強力なものであるのだから、論じない訳にはいかなかった。

 

 だが、気にするべきは彼一人では無い。

 

 

「そうなると、問題は切島ちゃんね。彼の個性は私も知らないわ」

「生憎、俺もだ…蜘蛛蠍 といったか、お前は何か知ってるか?」

 

 

「ええ…僕、昨日話した時に聞きましたよ」

 

「切島君の個性は『硬化』。体を硬くする以外の効果は無いですが、それだけ近接戦の技能を鍛えている様です」

「その黒影君がどれだけ強力かは知りませんが…もしかすると、常闇君だけでは抑え切れないかもしれません」

 

 

 彼らが知る由もないが、瀬呂の相方となる切島は爆豪の次点となる実技総合成績2位の猛者。確かに鍛え上げられた近接戦闘術は、攻撃を無効化する『硬化』と相まって室内戦における特段の脅威となるだろう。

 

 

「貴重な情報だ、ありがとう蜘蛛蠍。…よし、相手の戦法を予測できそうだな」

 

「ええ、そうね。瀬呂ちゃんが"テープ"で罠を張ったり、中距離から捕らえてきたりして…」

 

「切島君が瀬呂君の盾として空いた近接戦を担当する…と言う形でしょうか」

 

 

「さっきも言ったが瀬呂…と言うよりは、中距離戦なら任せてくれ。俺の黒影は闇が深ければその力を増す、今は小さく見えるかもしれないが建物の中なら負けはしない」

 

「その代わり、蜘蛛蠍と蛙吹には切島との近接戦を受け持って欲しい。…これでどうだ?」

 

 とは言え彼らもまた未来有望なヒーローの卵、強力な個性と確かな強みを持つ点で劣る事はない。

 

 

 強い昼の日差しが黒影を常闇のマントに押し込める中、敵の情報に加えて味方同士の個性情報と強みも共有し、残り時間は約2分となった。

 

 

「…となれば、梅雨ちゃんの舌で常闇君の機動力を補助できそうですね」

「こんな見た目ですけど、僕も格闘技に関しては結構自信ありますので…」

 

「切島君を僕が受け持ち、梅雨ちゃんは常闇君のそばで遊撃する…と言うのはどうでしょうか?」

 

「僕と常闇君の戦い方を考えると、多分梅雨ちゃんが一番大事な役目を負えると思うのです」

 

 

 蛙吹 梅雨 、個性『蛙』。彼女は皮膚から毒性の粘液を分泌したり、壁に張り付いたり、人一人を支えられる様な強靭な舌を持ったりと、その可愛らしい見た目に反して強力な個性を持つ。

 

 

「その、お恥ずかしながら…切島君と殴り合う中で個性を使えるだけの余裕は多分無いです」

「仮に瀬呂君がテープで攻撃してきたとしても、徒手空拳しか使えない僕には対抗できないと思ってください」

 

「だから、常闇君が中距離戦を対応する訳ですけど…何せ僕達は初対面、それに敵の強さも予測だけです……えーと、つまりは…」

 

 

「なるほど、言いたい事は分かった。…要は俺達が各々の役割を完璧にこなせるとは限らない、だから中間に立つサポートが必要…と言う事か」

「…ふむ、俺も黒影の制御に精一杯でいざという時の対処は遅れるかもしれない。良い案だな」

 

「!そうです。梅雨ちゃんには近接戦闘よりも、いざとなった時のサポートをお願いしたいのです」

 

 

 彼女の個性は、文字通り発現した時から身についていたもの。

 そんな個性と身体能力の領域が常に曖昧なものであった彼女こそが、このチームには最も必要なのである。

 

 個性と肉弾戦の習熟度が両極端なHチームの中で、蛙吹は最も個性を使った実戦的な動きに慣れていると言っても良いのだから。

 

 

「ケロ…何だか凄い重役を任されちゃったわね」

「それなら、私からも少しいいかしら?」

 

「もしかしたら私、瀬呂君のテープに少しだけなら対抗できるかもしれないわ」

 

「何っ!」「…!本当ですか!」

 

 試合開始まで残り1分。

 常闇と黒影、蛙吹、蜘蛛蠍…彼らには爆豪の様なセンスが無くとも、轟の様な強力な個性が無くとも、各々が全力で協力し合うと言う点で確かな強みを持っていた。

 

 

「ええ、確証は無いから、あまり強くは言えないのだけれど…」

「私も最善を尽くしたいの。二人のサポートとしてなら役に立つかもしれないから言っておくわね」

 

 


 

 

 

 [START!!!]

 

 

「索敵します、少し静かにしてください」

 

 スピーカーから響くオールマイトの喧しい開始宣告、それと同時にHコンビの作戦が始まった。

 

 

 蜘蛛蠍は右手から大量の糸を放出して、見た目に合わない速さでビルの中へと糸を侵入させていき…一方で常闇達は急ぎたくなる気持ちを抑え、無防備な蜘蛛蠍をカバーするために静かに気を張り詰めさせる。

 

 

「…1階、なし…2階…振動あり…」

 

 個性"操糸" 蜘蛛蠍の指先から伸びゆくそれは唯の糸ではなく、同時に彼の神経ともなるのだ。

 伝わる感覚は非常に細かく小さいものであるものの、しかし彼独自の敏感な感受性こそが精密な索敵を可能にしていた。

 

 

「3階東側広間に二人、そして不自然な曲線…よし、見つけましたよ」

 

「すぐに奇襲をかけてきそうにもありませんし…作戦通り、屋上へ上がりましょうか」

 

 

 だから、索敵の完了までにさした時間はかからない。

 経過時間は約2分、常闇達に敵の居場所を共有した彼は初動の順調さに思わず満足気な笑みを浮かべた。

 

 

「常闇ちゃん、上に引っ張るから気をつけて」

 

「行くぞ、黒影…!」「アイヨ!」

 

 

 そして、それは他のメンバーも同じ事。

 基本不利な攻撃側であるにも関わらず、ビルを前にした彼らの顔には精悍な勇気と程よい緊張が混ざっている。

 

 別に彼らはヒーローとしての役に徹している訳ではない。寧ろそんな事を考える暇もなく、全力を持って目の前の困難に立ち向かおうとしているだけだ。

 

 

 しかし見習いだとしても、そして訓練だとしても…その顔は確かにヒーローのそれに近かった。

 

 

 





ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。