いつか、善き人として生まれ変われる様に   作:万年赤字一般傭兵

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硬雫

 

 


 

 午後2時、グラウンドβに位置するビルの影がゆっくりとその足を伸ばし始めてきた頃合いに、影に紛れた三つの点が光に追われるように壁を降りていた。

 

 

「その調子よ。後もう一階降りて」

 

 その正体はHチームの三人組。自在に壁を這い進める蛙吹の案内に従いながら、蜘蛛蠍は右手の糸を慎重に伸ばしつつ降下しているのだ。

 

 

「蜘蛛蠍、大丈夫か?」

 

「安心してください、常闇君一人くらいなら余裕ですよ」

 

 そして、残った左腕では常闇を抱えている。

 小柄といえど男子高校生たる彼は無視できぬ負荷となるはずだが、蜘蛛蠍に刻み込まれた経験と力は彼の重さを意に介させない。

 

 苦なし、音なし、揺れもなし。

 さながら獲物を前にした蜘蛛のように、静かに、そして迅速に、彼らは敵の待ち受ける部屋へと忍び寄っているのだ。

 

 

 故に壁越しの切島達が気づくこともなし、彼らは遂にテープで覆われた窓の直上へと辿り着いた。

 

「…(行きます)」

 

 ここまで来たならば、言葉は不要。

 素早いアイコンタクトを交わすと、蜘蛛蠍は無音の蹴りで壁を蹴り…

 

 

「黒影っ、今だ!!!」

 

 勢いづいた振り子となった彼らは一気呵成に突入した。

 黒影が切り裂いたテープ、そして蜘蛛蠍が蹴破ったガラスの甲高い音と共に計画通りの奇襲が始まったのだ。

 

「いきますよっ!」

 

 割れたガラスが落ち切る前に蜘蛛蠍は駆け出す。

 スルスルとテープを抜けていった先にいるのは虚をつかれて構えを崩している切島だ。

 勢いそのままに狙いを顎へと定め、好機を逃さんとばかりに彼は鋭い蹴りを繰り出した。

 

「硬っ!!」

 

 だが空を切り、正確に顎をとらえた蹴りは小さな火花を起こすだけに終わった。個性と共にあり続けたが故の、半ば反射的な"硬化"が間に合ったのだ。

 

 そして当然の事ながら、一度逃した好機は相手のものとなる。

 

「あっぶねぇ…!でも、その程度じゃあなぁ!!」

 

 振り切った蜘蛛蠍に迫り来るは大ぶりのストレート。しかし"硬化"によって攻防一体となったその一撃はさながら振り回されたスレッジハンマーのようだ。

 

 風音から読み取れる破壊力が受ける事も許さず、そして周りのテープが回避を許す事もない。

 ちらと見えた常闇と黒影は瀬呂のテープを防ぐ事に手一杯であり、援護は期待できない。

 

 

 

 だからこそ目の前に迫り来るソレは明確な脅威となって蜘蛛蠍の脳を刺激し、錆びついていた感覚の一部を呼び起こさせた。

 

 

 パンッ!!

 

 

「なっ!?」

 

(あれ…?)

 

 何かを"弾いた"かの様な乾いた音が鳴り響く。

 見れば切島の放った拳は蜘蛛蠍に逸らされていた。

 

 そして逸らしただけでは終わらない。受けた勢いを回転へと変換させた回し蹴りが切島の正中へと鋭さは無くとも全体重を持って放たれたそれは僅かに切島の体を揺らし、その体を後退りさせたのだ。

 

(この技は一体、いやそれよりも!)

 

 だが後退ろうとも、切島に一切の不調は見られない。寧ろその目に更なる闘志を宿して不敵な笑みを浮かべており、今にも飛びかかってきそうな様子である。

 

(鉄壺なんてものではない硬さ…このままでは)

 

「オイ!まさか、もう終わりだなんて言わねぇよな!?」

 

 今はまだ流れで向き合っている両者だが、やがて切島は気づくだろう。

 

 蜘蛛蠍は、大した脅威でない事を。

 瀬呂のテープを順調に切り裂き続ける常闇を狙う事こそが最善手であることを。

 

(多分、後詰めの梅雨ちゃんでも切島君を止めきれない)

(なら今から瀬呂君へ切り替え…いや、無理だ)

 

(ただでさえ動きにくいのに、切島君の妨害もあるならテープに絡めとられる)

 

 足止めの役割を果たすどころか、何もできないこの状況。

 テープが太陽光を遮っているばかりでは無い、今の蜘蛛蠍にとってこの部屋は段々と薄暗くなって行くように感じられていた。

 

 

「って、瀬呂の方がヤバそうだな」

 

 向き合っていた切島の目線が外されて行く。

 当初の計画は破綻を迎えんとしていた。

 

 

 

(…今、気づいた?)

 

 

 だが切島がそうであった様に、蜘蛛蠍にもまた強みがある。

 

(ああ、そうだ……態々勝つ必要なんてないんだ)

(相手はあくまでも熱血系の男子高校生、罪を罪と思わない哀れなヴィランじゃあない!!)

 

(なら、囮なんてどうとでも出来る!)

 

 巫子の務めで押しつけられてきた人の醜さは、彼へ人の感情を煽る術を教えてきていたのだ。

 

「すまねぇな蜘蛛蠍!このしょう…「切島君!!」

 

「まさか、この勝負を投げ出すだなんて…そんな女々しくて、男らしくないこと言いませんよね!」

 

「………」

 

「こっ…来いやぁ!!切島!!」

 

 蜘蛛蠍の口から放たれたのは、慣れていない事が明らかな煽り文句だ。それは初め、部屋の中に虚しく響き渡るだけだったが…

 

「……オイオイ…」

「そんなこと言われちゃあ…」

 

「乗らねぇ訳には、いかねぇよなあ!!!」

 

(よし、乗ってきた!!)

「さぁ!…えっと、思う存分戦おうぜ!」

 

 再び向かい合って駆け出した切島に、迎え撃たんと構える蜘蛛蠍。

 稚拙な煽り文句は切島の返し文句によって熱を帯び、確かな意味を持ったのだ。

 

 

「そんなものですか!?切島君!パンチに力籠って無いですよ!!」

 

「そりゃあお前もだろ!蜘蛛蠍!そんなんじゃ全然効かねぇぞ!!!」

 

 蜘蛛蠍達が喧嘩文句を拳と蹴りに乗せて熾烈な近接戦を繰り広げ始め、今や気迫は熱となって部屋に充満していたが、何もここで戦っているのは彼らだけでは無い。

 

「そこだっ!黒影!!」

 

「あっぶね…!」

 

 すぐ側では常闇と瀬呂によってテープと影が行き交う遠距離戦が繰り広げられていた。

 先までの蜘蛛蠍と切島とは違って優勢なのは常闇。攻防一体の黒影がテープを処理しながらも、瀬呂を捕まえんと迫っているのだ。

 

 

(切島もそうだが瀬呂も相当手強い)

(残りの刻は凡そ四分、このまま確保するには時間が足りない…だが、蜘蛛蠍が切島の敵意を完全に引き受けたな)

 

(ならば、蛙吹のサポートは俺の方に回せる!)

 

「…黒影、攻めの手を変えるぞ」

「瀬呂は後回しだ、邪魔なテープを先に片付ける!」

 

 

 蜘蛛蠍達の殴り合いが更に熾烈となり、コンクリートが崩れ落ちてガラスが割れる音さえも響き渡る中、常闇達の戦況も佳境を迎えようとしていた。

 

「影の動きが変わった…?…まさか!」

 

 テープを用いて縦横無尽に動き回る瀬呂を無視し、一転して黒影は核兵器を取り囲むテープを切り裂き始めたのだ。

 無論その変化は瀬呂をフリーにする事になったが、どうなろうとも彼は黒影の守りを突破できず、加速し続けて遂には舞の如き格闘術をし始めた蜘蛛蠍を捕える事はほぼ不可能に近い。

 

(黒影では回収条件の"タッチ"が出来ないが、控えている蛙吹がこれで意図を察するだろう)

「俺たちが、道を切り開く!!」

 

「マジかよ…」

 

 瀬呂に出来ることといえば、目の前でヒラヒラと落ちて行くテープの切れ端を眺めながら時間稼ぎにもならない抵抗を続けることだけである。

 

 故に黒影が動きを変えてからは、あっという間だった。

 迫り来る制限時間よりも早く、攻めの道程は整ってゆく。

 

 

 やがて守りの要となっていたテープが全て引き裂かれ、窓から核兵器までの綺麗な一本道ができた時…

 

「行けるぞっ!蛙吹!!」

 

「待ってたわ!ありがとう、常闇ちゃん!!」

 

 割った窓の縁から小さな影が飛び出した。

 その正体は蛙吹梅雨、目標核兵器に向けて脇目も振らずに彼女は飛び出したのだ。

 

「…!?待て!!」

 

 

 黒影が側面をカバーする蛙吹に対して、誰かの静止する声が響く。

 だが、既に彼女は核兵器まであと一歩のところまで来ていた。

 

「これで、終わり…!!」

 

 静止の声が意味をなすことは無い。緊張のせいか暗くなって行く視界も気にせずに、彼女は最後の一跳びをして…

 

 

「きゃっ!!!?」

 

 横から飛んできた攻撃に弾き飛ばされた。

 その攻撃の主は黒影、味方である彼によるものだ。

 

 そして蛙吹を弾き飛ばしただけでは終わらない、黒影は先からの騒がしさを不快に思ったのかその爪の先を別の方角へと向け始めた。

 

「待て…待て!鎮まれ、黒影!!」

 

 

「「ん…?」」

「「……おわぁぁぁぁぁ!!??」」

 

 次に黒影の爪が襲ったのは切島と蜘蛛蠍の二人組。先よりも大きさを増した黒影の攻撃は彼ら二人を容易に弾き飛ばし、瓦礫に覆われた窓さえも突き破って外へと放り出した。

 

 空いた穴から漏れる光が黒影を一瞬怯ませるも、落ちてきた瓦礫によってすぐに塞がれたが為に彼が止まることは無い。

 

「急に暗…待った、一体何が…!」

 

「もう、これ以上動くな…!」

 

 戦況はたった一つの個性で一変した、どちらにも傾かない形に。

 今この部屋を制していたのはどちらのチームでも無く、暴れ回る巨大な影ただ一人なのだから。

 

 幸いにも常闇による必死の抑えのおかげか、黒影がこれ以上誰かに対して爪を向ける事はない。だがそれでも暴れ回る黒影の影響は、もはや勝負の範疇では収まらない程に甚大なものになり始めていた。

 

「やべぇ…これ、どうすんだ…!」

 

「これは、不味いことになったわね…」

 

 ビルを揺らすほどの振動は部屋の壁や天井を崩れさせており、気づけばほとんどの出入り口を塞いでいる。

 ほぼ暗闇に覆われたこの部屋で、彼らは凶暴な猛獣と共に閉じ込められたも同然になったのだ。

 

 


 

 

 一方その頃、ビルの外では二つの影が地面に向かって落ちていた。

 

「「おわぁぁぁぁ!?!?」」

 

 先まで組み合いにまでなっていた彼らは姿勢を整えることもできず、重力に引かれるがままに速度を増して行き…

 

「がっ!!」

「ぐえっ!」

 

 二人揃って固い地面へと叩きつけられた。

 相当な衝撃だったのか暫しの間を置いたものの、先に起き上がったのは蜘蛛蠍。

 

「切島君は…無事ですか。個性の賜物ですね」

「今、起こしますよ」

 

 下手な落ち方によって骨盤の骨折と脳挫傷を起こした彼ではあったが、特に怪我と痛みを気にすることもなく半ば地面に埋まった切島を引っこ抜いた。

 

「ゲホゲホッ!!つ、土が口に…」

「蜘蛛蠍…?……って、ここ外か!?まさか落ち……!!!お前大丈夫か!?」

 

「落下直前に受け身取れたので心配なく…しかし、どうしますか」

 

 

 落下したのちに改めて向かい合う2人の間で流れる空気に、先までの戦いの熱はなくどこか冷めている。

 それは興醒めな横槍によるものの様にも思われたが…

 

「……待った、俺達を弾き飛ばしたあの黒い化け物はどうなったんだ?」

「どうなったって、今もビルが揺れているのですから……」

 

「「ヤバくねぇか/まずいのでは」」

 

 今もなお聞こえる重々しい振動音によるものであった。

 瞬間、少し緩んでいた彼らの雰囲気が一気に張り詰める。

 

「向こうの状況分かりませんか!?」

「無理だ!多分、落ちた時に通信機がぶっ壊れた!」

 

 

「取り敢えず、ここは一時休戦です!!早く戻らないとまずいですよ!!?」

 

「わぁってる!!……確かお前糸使って壁登れるんだよな!?」

「なら、外から頼む!ビルの中通るよりは早ぇはずだ!」

 

「もちろん…いや待ってください!窓に瓦礫が…このままだと外からは入れないです!」

 

「マジかよ!?」

 

 慌てながらも何とかせんと話し合った2人であったが、早々に解決策が出ることは無い。

 どんな個性であれ、人生であれ、結局のところ今の2人はヒーローの卵でしか無く…当然のことながら、直感的に戦うだけでは済まないこの状況は少々早すぎる困難であろう。

 

(瀬呂君が別室の窓から出てこない辺り、出入り口も封鎖された可能性が…となると中から行ったら時間がかかりすぎる)

(なら近くの窓に入って天井を破る…?いや無理だ、あそこまで瓦礫が落ちているなら大規模な崩落を起こしかねない)

(窓の瓦礫を破るだけなら大丈夫だろう。だけど、一度破ったところで更に落ちてくる瓦礫で防がれかねない)

 

(瓦礫の横腹を一気に貫いて突入する、そんな方法が必要だ)

(…でも、そんな事どうやったらできる?そんなクレーンの鉄球みたいな真似を…)

 

 少々早すぎる困難、それでも乗り越えんと蜘蛛蠍は考える。

 だがその結論は余りにも常識外であり、机上の空論に終わらんとしていた。

 

「…あー!ここに立っててもしょうがねぇ!」

「蜘蛛蠍、先に行ってくるわ!何か落ちてきても俺なら大丈夫だしな!」

 

「あっ、切島く…」

(切島、硬化……鉄球…!…そうですね、これなら!)

 

 

 されどそんな机上の空論でさえ、個性の存在あっては途端に現実的なものになり得る。彼の中から語りかけるすがたなき声が、そう教えたのだ。

 残る懸念はその個性を使えるかだが…

 

 

「待ってください!切島君!…僕、一番早くて確実な方法が思い付きました!」

 

「マジか!なら、早く頼むわ!」

 

「勿論!ただ、切島君の協力が必要なんです!」

 

「だから…「オッケ!何すりゃいいか教えてくれ!!」

 

「えっ…はい!このような……」

 

「…おう……いや、スッゲェぶっ飛んでんな!!」

「よし、早速やってくれ!!」

 

 その個性の持ち主は僅かな可能性をも信じる事が出来る熱血系の高校男子であり、それ故に蜘蛛蠍が考えついた突飛な作戦であれども協力してくれるのだ。

 

 

 

 僅か二十秒後、切島は何とも奇妙な格好になっていた。

 

「よし…結び方はこれで良し」

「切島君、絶対に硬化を解かないでくださいね!」

 

「おう!お前こそ、この糸離さないでくれよ!」

 

 彼は膝を抱えて丸くなった体に何重にも糸を巻きつけ、全身をガチガチに硬化させているのだ。

 巻きつけた糸の余りは蜘蛛蠍が握っており、さながら切島の姿は鎖鉄球のようである。

 

 

「行きますよ!!」

「おう!!」

 

 そして見た目に違う事なく、蜘蛛蠍は右手で握りしめた糸を頭上で回し始めた。初めは遅かった糸の先の切島は直ぐに速度を上げ、点であった彼の赤色が次第に帯へと変わり始める。

 

 

 やがて鈍かった空を切る音が高くなり始めた時、蜘蛛蠍の右腕が振り下ろされた。

 

 強力な回転エネルギーは一気に斜め下へと向けられ、切島は一転してビルの外壁へと向かって行き…

 

 

「「おらぁっ!!!」」

 

 

 気合の入った一喝と共に、まるで爆破されたかの様なコンクリートの破砕音が鳴り響く。

 

 

「………」

 

 

 やがて体ごと腕を振り切った蜘蛛蠍が顔を上げた時、瓦礫に塞がれていたビルの窓にはぽっかりとした穴が空いていた。

 

「よし!!」

 

 それは即ち、先まで戦っていた部屋に切島を送り込めた事を意味していた。

 そして先の戦いで切島の強さを確かに知ったが故に、彼の中に心配はない。

 

 

(瓦礫に塞がれてもいない…僥倖ですね!)

 

 だが、蜘蛛蠍自身も入れるとなれば待つだけに止まる理由もない。

 彼は切島の後を追うかのように糸を放ち、再びビルを登り始めた

 

 


 

「瀬呂ぉ!!助けに来たぞ!!」

 

 コンクリートの爆砕音と共に再び西部屋へと戻ってきた切島、すぐに巨大な黒の化け物と戦えるようにと突入した瞬間に構え始めた彼であったが…

 

「切島!?どうやって……ん?あの黒い奴は…?」

 

「細かい事は後にしてくれ!ここにいたヤベェ奴はどこだ!?」

 

 突入と共にできた大穴から入る光が照らす部屋の中に、先までの黒い化物は何処にもいない。

 あれ程まで暴れ回っていた黒影は何故か消え去っていたのだ。

 

 状況を把握しきれないまま警戒を解けずに構えていると、やがてもう1つの影こと蜘蛛蠍が大穴から入り込んできた。

 味方の安否を確認せんと、彼は常闇達に駆け寄っていく。

 

「常闇君、梅雨ちゃん、大丈夫ですか!」

 

「私は何とか大丈夫よ…蜘蛛蠍ちゃんは大丈夫?」

「あ、ああ…済まない、本当に済まない2人とも…俺のせいで」

 

(常闇君のせい?どういう事…?)

「僕には何の問題もないですよ…ともかく皆んなが無事ならよかったです」

 

 

 幸いにもそれぞれのチームで目立った怪我人は無く、何はともあれ無事であった事に蜘蛛蠍と切島が胸を撫で下ろした。

 先まで激しく戦っていたというのに、まるで全てが丸く収まったかの様な弛んだ雰囲気が彼らの中に流れ出す。

 

 

「まぁ多分、訓練は中止に…」

 

 [ヒーローチーム!!ノコリジカン30ビョウ!!ノコリジカン30ビョウ!!]

 

「「「「「え?」」」」」

 

 瞬間、けたたましく鳴り響いた機械音声がそんな雰囲気をぶち壊した。

 どこか壊れたかのような印象を受けるカタコト言葉の音源に全員が目をやると、そこには壁から落ちたであろう放送機がある。

 

「一体、どういう…?」

 

 唐突に流れてきた音声、目先の脅威を何とか乗り越えた彼らにとってそれは意味不明な言葉の羅列にしか過ぎなかったが…

 

「待って、蜘蛛蠍ちゃん。オールマイトは訓練の中止を言っていたかしら?」

 

「それは当然…いや、言ってない…?」

 

「「「「……………」」」」

 

「まだ訓練続いているじゃないですか!?」

「まだ訓練続いているのかよ!?」

 

 

 落ち着きを取り戻した時、未だに自責の念に駆られている常闇以外の全員がその意味を理解した。

 途端、この場は再び戦場となった。

 

 

「か、確…」

「させるかぁ!」

 

 真っ先に飛び出して目標核兵器に向かったのは蜘蛛蠍、そして彼の行く手を遮らんとする切島であった。

 先までは熾烈な近接戦を繰り広げていた両者であったが、しかし咄嗟の動き故に足をもつらせ組み合ったまま床に落ちる。

 

「蜘蛛蠍ちゃん!切島君を抑えてて!!」

「!はい!!」

 

 

 そして次に飛び出したのは蛙吹、寝技の応酬を繰り広げ始めた2人を軽く跳び越えて目標核兵器にタッチせんと手を伸ばす。

 

「やべっ…瀬呂ぉ!!」

「わかった!!」

 

 だが、蛙吹を阻止せんと瀬呂が動く。彼女を捕らえんとして彼の肘から高速のテープが放たれ…

 

「よしっ!」

 

 それは確かに、蛙吹の腕を捕らえた。

 残り時間はもう10秒もない、故に瀬呂がこのまま彼女を抑えれば試合の勝利は確実だ。

 そして無慈悲にも彼女を目標から遠ざけんと、テープは巻き取られて行き…

 

 

「確保!!」

 

 

 

 遂に、試合の決着がついた。

 

 

 [ヒーローチーム…WIIIIIN!!!]

 

 

 Hチーム、つまりは蜘蛛蠍達の勝利として。

 

 

「成功して良かったわ…」

 

 

 最後の一手を決め切った蛙吹、その足元には確かに巻きついた筈のテープが粘液塗れで落ちていた。

 

 


 

 かくして戦闘訓練は無事に終わりを迎え、現在蜘蛛蠍含めるA組の生徒達は更衣室にて元の制服へと着替え直していた。

 だが授業開始前に比べて、部屋の雰囲気は明らかに違う。

 

「ビルごと凍らすとか、どうすれば…」

「まぁ、アレはしゃーねぇって。ドンマイドンマイ」

 

「で、どうだったんだ峰田!!」

「ああヤオロッパイ、ヤオロジリ、確かにこの目に焼き付けたぜ……」

 

「羨ましいな!この野郎!!」

 

 

 己の個性を存分に出し合う戦いに誘発された生徒達の熱は凄まじく、たとえコスチュームを脱いだとしても未だ冷めやらぬそれが部屋全体を熱しているのだ。

 

 そんな中、ヒソヒソとコスチュームにこびり付いた血を隠して着替えている蜘蛛蠍に話しかける影があった。

 

「お疲れさん、蜘蛛蠍!!ちょっといいか?」

 

「?何でしょうか」

 

 

 その正体は切島。A組の皆の例に漏れるどころか寧ろ最も熱い男であるが故に、騒然としたこの部屋であろうともその声は特段よく響いたようだ。

 

「放課後に戦闘訓練の反省会をするんだが、お前も来ないか?」

 

「さっきの戦闘訓練での講評でさ、飯田とか八百万に結構痛いところ突かれただろ?」

「だから、俺達でも改めて見直さないといけない部分あるんじゃ無いかと思って人集めてんだ」

 

「ええ、もちろん!喜んで…あっ」

 

「どうしたんだ?」

 

 切島の申し出を断る理由など、蜘蛛蠍には何一つ無い。しかし、彼には二つの懸念があった。

 

「放課後はオールマイトに呼び出されてまして」

「少し遅れた参加になると思うのですが…良いですか?」

 

 一つはオールマイトからの呼び出し。お互いに裏の事情をある程度分かり合っている仲でもある為に、無視する事は難しいのだ。

 

「オールマイトからの呼び出しかぁ…なんか逆に羨ましいぜ」

 

「わかった!なんか変更があったらLlNE送っとくな!」

「他になんかあるか?」

 

「はい、あともう一つ」

「その反省会に常闇君も呼んでいただけませんか?」

 

「彼は何と言いますか、まだ僕達を個性の暴走に巻き込んだ事を引きずっている様でして」

「励ましたくはあるのですが、放課後はオールマイトに呼び出されてしまったので…」

 

「ここは、切島君の熱い言葉で誘うついでにガツンと励ましてくれませんか?」

 

 そして、もう一つは常闇との話し合い。例え少しの付き合いだとて、レディ・ナガンの言葉を借りればこれから協力する仲間であるのだから、彼の中に常闇を放っておく選択肢は無かった。

 

「くぅ…!蜘蛛蠍お前、いい奴じゃねぇか!!」

「元から誘うつもりだったけど…男らしく拳を交えたお前の頼みなら、尚更誘わねぇ訳にはいかないな!!」

 

 

 話が終わり、他の生徒を誘いに行った切島の背を見つめる蜘蛛蠍の胸に湧いてくるのは確かな喜び。

 それはただの友達では無く、互いに高めあおうとする仲間である事を確かに実感できた喜びだ。

 

(…反省会、楽しみですね)

 

 訓練前に見たオールマイトには理不尽な怒りを抱いていた蜘蛛蠍だったが、 着替え終わって教室へと向かう彼の中には最早そういった怒りはどうでも良いものとなっていた。

 

 それはきっと一時とは言えども己が誰かの為の象徴などでは無く、ヒーローを目指している唯の学生であると思う事ができた証なのだろう。

 

 


 

 

 弾く硬雫

 

 母児村の戦士が神降ろしの為に用いる霊薬、それに配合される結晶雫の一つ。

 防御を瞬間的に強化し、反撃を強める。

 

 強大なる敵の攻撃を弾き、その勢いをもって切り返す。

 それは、母児村に伝わる最初の戦士の技だという。

 

 

 鉄壺の香薬

 

 母児村の呪剣士が巫子にならんとする為に生み出した調香、その技の一つ。

 一時的に全身を鉄と化し、あらゆる攻撃への耐性を得る。

 

 調香とは御子の奇跡を再現せんとした人の業。

 これは最も初めに作られたが為に壺の字を持ったが、神事となること無く他の全てと共に軍事となった。





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