Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

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第10話 尋問

 「ハア…ハア…、ったく、変な勘違い起こすんじゃねえよ馬鹿純夏…。何時もいつも早とちりしやがって…、そのせいで俺がどれだけ苦労してきたか分かってるのかよ…」

 

 「うう~…!で、でも武ちゃんだって、武ちゃんだって誤解されるような事言ったんだからお相子だよ~!!」

 

 「クックック♪いや~熱いわね~。中々面白いもの見せてもらったわよお二人さん♪どうせならまりもにも見せてあげたかったわ~」

 

 (…何でかしら…。あの二人を見ていると昔の自分と正樹を思い出すのは…)

 

 あれから十数分後、愛美になだめられて何とか純夏の怒りは収まったものの、未だに純夏は不満げな表情で武を睨んでおり、対する武も身に覚えのない(本人主観)純夏の怒りにこちらも不満そうに眉をしかめている。一方夕呼は二人の痴話喧嘩をニヤニヤと面白そうな表情で鑑賞し、みちるはどこか懐かしげな表情を浮かべている。

 自分達の痴話喧嘩を面白おかしく観戦されていた事にようやく気がついた武と純夏はお互い恥ずかしそうに顔を赤らめながら黙りこんでしまう。

 

「さて、と、じゃあ収まったところで自己紹介といきましょうか。私の名前は香月夕呼。ここ横浜暫定基地の副司令って肩書きの、しがない物理学者よ」

 

 「では私も。私は国連軍第11軍大尉の伊隅みちるという。よろしく頼む」

 

 「私は香月博士付きのオペレーターであるイリーナ・ピアティフ。地位は中尉です」

 

 「あ…、か、鑑純夏っていいます!こ、この度は私と武ちゃんを助けてくれた上に治療までしてくれて本当にありがとうございます!ほ、ほら武ちゃんも………武ちゃん?」

 

 国連軍基地の副司令という事実上この基地のナンバー2とも言える人間が目の前に居る事に純夏はガチガチに緊張しながら挨拶とお礼を言うと、後ろから武を小突いて夕呼に挨拶させるよう促す、が…。

 

 「香月、夕呼……?ゆうこ、せんせい……?」

 

 武は先程同様呆けた表情で、何事か呟きながら夕呼の顔をジッと見つめている。先程と同じ彼の様子に純夏は怒るよりも先にただ事ではないという不安と危機感を覚えてしまう。

 

 「た、武ちゃんどうしたの!?まだどこか痛むの!?ねえ!!武ちゃんってば!!」

 

 「す、純夏ちゃん落ち着いて!武君の怪我自体は大したことないはずだから!!」

 

 焦りから武に詰め寄ろうとベッドから乗り出そうとする純夏とそんな彼女を必死で押しとどめようとする愛美。そんな二人の騒ぎ声に武はまるで夢から覚めたようにハッとすると弾かれたように純夏へと顔を向ける。

 

 「…あ、す、純夏…?わ、悪い…。副指令の名前聞いて、ちょっと驚いてさ…」

 

 「ん?私の名前?そんなに珍しいものかしらねえ香月って名字……」

 

 自身も何故こうなったのか分からないと言いたげな表情で呟く武に、夕呼は不思議そうに首を傾けている。事実夕呼も目の前の少年には面識がない。映像で救出される彼の姿を見たことを除けば一度足りとて武に出会ったことはないと断言できる。それはどうやら目の前の少年も同じであるようだが。

 

 「…あ、お、俺……じゃなくて!わ、私の名前は白銀武っていいます!こ、この度は自分達を助けていただいてお礼の言葉もなく……」

 

 「はいはいはい落ち着いて~。そんな畏まってテンパらなくていいわよ坊や。てか一人称も普通に俺、で構わないわよ。そんなこと気にする人間なんてこの場に居ないし。少なくとも私は気にしない」

 

 夕呼に押しとどめられた武は羞恥心に顔を赤らめて俯いてしまう。そんな武の姿を純夏は何所か不満そうに眺めている。

 

 「ま、いいわ。で、私達が貴方達がここに来た理由なんだけど……まあ端的にいえば貴方達を尋問するためね」

 

 「「じ、尋問!?」」

 

 夕呼の『尋問』という言葉を聞いた武と純夏は瞬時にギョッと目を剥いて夕呼を凝視する。その顔に浮かぶのは輝くばかりの素敵な笑顔。100人が見れば100人すべてが見惚れるであろう絶世の美貌………のはずなのだが、武と純夏にはその笑顔がまるで自分達をどう料理してやろうかと舌なめずりをしている魔女か悪魔のように見えてならず、見惚れるどころか蛇に睨まれた蛙の如くガタガタと身体を震わせる事しか出来なかった。

 

 「ふえっ!?じ、尋問って!?わ、私たち何も悪い事してません!!」

 

 「じ、尋問ってあれだよな!?ムチ打ちとか何とかで拷問して無理やり吐かせるとかって……」

 

 「いやいや、そんなことしないから。つーかゴーモンっていつの時代よ?仮にも国連軍が保護したあんた達にそんなことやるわけないでしょうが」

 

 東ドイツに昔あった国家保安省じゃああるまいし…、と小さい声でブツブツとつぶやく夕呼。どうやら目の前の副司令は自分達を拷問するつもりはないらしい事が分かったため、二人はホッと胸をなでおろした。

 

 「そ、そっか…、よかった……」

 

 「……その代わり自白剤はあるけど」

 

 「じ、自白剤!?な、なんスかその不穏極まりない単語は!!」

 

 「試してみる~?私はヤッたことないんだけど打った瞬間に恍惚とした気分になって自分の秘密を洗いざらいベラベラと……」

 

 「こ、香月博士……、そこまでにしておいたほうが…。二人とも完全に怯えてしまっていますので…」 

 

 イリーナはニヤニヤと魔女そのものといってもいい不気味な笑顔を浮かべながらノリノリで二人を脅す上司の姿に冷や汗をかきながら彼女を止める。見ると武と純夏はまるでこの世のものではない何かを見たかのような怯えきった表情でガタガタ震えている。特に純夏など今にも泣き出してしまいそうである。

 

 「いやすまないな…。そんなに怯えなくていい。副司令はどうにも他人をからかう事が大好きな困った性格でな、ああいう悪辣な冗談を口にしては人が驚いたり怯えたりするのを眺めて楽しむのが日常茶飯事なんだ。私達も何回被害にあった事か……」

 

 「ちょっと伊隅~。アンタ随分と人の事ボロクソに言ってくれるじゃない~。これでもご近所からは明るくて優しい夕呼お姉ちゃんって評判だったのよ~?」

 

 「……随分と寛大なご近所だったのですね、それとも目が節穴か…。ま、そういうわけだから怯えなくていい。誰も拷問したり自白剤打ったりなどというどこぞの共産国家の情報機関のようなことはしないさ。私達はただ君達からハイヴに連れて行かれた時の状況と覚えている限りのハイヴ内部の構造、そして君達を救出した怪獣について君達の知っている情報を聞きたいだけだ」

 

 「そ、そうなんですか……、ああビビった……」

 

 「副司令さんの顔、すっごく怖かったから本当にゴーモンされるのかと思っちゃいました…。それならそうって早く言ってくれればよかったのに…」

 

 「……どんだけ怖がってたのよ…。ちょっぴり傷つくわよ?私」

 

 一応比喩という意味で魔女だの女狐だの揶揄されて、他人に煙たがられ、嫌われることに関しては既に慣れっこのはずであった夕呼も、流石に目の前の少年少女に本物の魔女か化け物の如く見られて怖がられた事に事に関しては少しばかり傷ついているようであり、顔を顰めている。そんな上司の様子に肩を竦めながらみちるは武と純夏に話を続ける。

 

 「…まあ尋問という言い方が悪かったのかもしれないが、簡単な事情聴取とでも思ってくれればいい。では、早速だが始めさせてもらっても構わないか?」

 

 「は、はい……、俺達が話せる事なら……。いいよな、純夏?」

 

 「うん、私も大丈夫だよ武ちゃん」

 

 「…ちょっとちょっと当事者抜きで話進めないでよ~。良いけど。じゃあ早速第一の質問なんだけど……」

 

 勝手に話を進める部下と武と純夏に夕呼は少々不満げに眉を顰めながら二人への尋問を開始する。彼女の背後ではイリーナが懐から小型の録音機を取り出し、夕呼と武、純夏との間の会話の記録をしている。

 

 「まず、貴方達がハイヴに連れて行かれた経緯について、よ。一体どのような状況でBETAに捕らえられたのか……、覚えている限りでいいから話して」

 

 「あ、はい………ええと、それは……」

 

 夕呼の問い掛けを聞いた武は背後の純夏に向かって一度目配せすると、何かを思いつめたかのような表情をしながらゆっくりと口を開いた。

 

 「…俺達、家族と一緒に避難しようとしていたんです。街にBETAが迫ってきているから危険だって、直ぐに避難しろって帝国軍からの伝達があって。それで、帝国軍の用意したトラックに乗って街の人たちと一緒に避難しようとしたんです、けど……、そこを、BETAに襲撃されて、トラックが横倒しになって、次々と人が食われて……」

 

 「何とか私と武ちゃんと、武ちゃんと私のお父さんとお母さんだけでBETAから逃げていたんですけど、途中でお父さんとお母さんと、離れ離れになっちゃって……、それから武ちゃんと一緒に逃げていたんですけど……、途中、商店街のアーケードで、BETAに、襲われて……」

 

 押し倒されたトラックと次々とBETAに殺されていく人々、跡形もない廃墟と化した自分達の故郷と自ら囮となった両親の最後の姿…。話をしているうちに、あの時、BETAから逃げ回っていたときに目の当たりにした光景が、脳裏に張り付いて消えずにいる光景が次々とフラッシュバックしてくる。

 その光景を思い返していくうちに、段々と二人の顔は暗鬱なものへと変わっていく。大切な人を、故郷を失った苦しみと悲しみ、そしてそれら全ての元凶であるBETAへの怒りが武と純夏の脳裏を覆い尽くしていく。そんな二人の変化に気付いたのか気付いていないのか、夕呼は無表情で二人をジッと眺めている。

 

 「成程、ね……、そのアーケードで貴方達はBETAに襲われて、ハイヴに連れて行かれた、と…。どうしてかは知らないけれど殺されなかったのは奇跡に近いわね」

 

 「そう、ですね…。俺も、そう思います……」

 

 「そ。それじゃあ次の質問だけど…、貴方達がBETAに連れて行かれた場所についてだけど……、どんなところだったかしら?」

 

 「どんなところ、て言われても……」

 

 続く夕呼の質問、自分達が連れて行かれたハイヴの中について問われると純夏は眉を顰めながら自分達が幽閉されていたあの洞窟のような牢獄の記憶を思い返す。

 

 「…えっと、まるで牢屋みたいな場所、でした……。広さは、学校の教室くらいあって、壁も床も天井も、ゴツゴツの石でできていて……、私と武ちゃん以外にもたくさん人が押し込められていて……」

 

 「ふうん……貴方達以外にもBETAにつれてこられた人間が、ねえ……。なら、何故生存者が貴方達二人だけなのかしら?他の生存者はまだその牢獄とやらの中に居るの?」

 

 「それは、その……」

 

 他の生存者、夕呼の口から出たその単語を聞いた瞬間、純夏は悲しげな表情で顔を俯かせる。彼女の脳裏には自分達を除くBETAに捕らえられた人間達の末路が生々しい記憶として次々と浮かび上がってきており、夕呼の問い掛けにも直ぐに答えられそうもない。

 そんな純夏の姿を見た武は、彼女に代わって口を開いた。

 

 「……いません。牢獄に閉じ込められていた俺達以外の人間は、BETAにどこかに連れて行かれるか、それに逆らって抵抗したり逃げ出そうとした人達は、全員殺されてしまいました。最後に俺達がBETAに連れて行かれそうになったんですけど、そこで……」

 

 「あ、あのおっきな亀さんに助けてもらったんです…。もし、もしあと少し遅れていたら、た、武ちゃんは、武ちゃんは……」

 

 「……っておい!な、何突然泣き出してるんだお前は!俺はちゃんと此処でピンピンしてるっての!!五体満足で生きてるから!!」

 

 純夏は牢獄で今にも兵士級に殺されそうになっていた武の姿を思い出したのか、ついに涙をボロボロと溢して泣き出してしまう。何の前触れもなく泣き出した純夏に流石に武も焦って必死に声をかけて慰めようとするが、中々泣きやむ様子はない。結局純夏を慰めるのは愛美にまかせて、尋問は武一人で行うこととなった。

 

 「……なんか、すいません。コイツ、昔から泣き虫で…」

 

 「別にいいわよ。ただの民間人が文字通り死ぬような目にあったんだし。しかも目の前で幼馴染、もとい恋人をBETAに殺されそうになったのよ?トラウマなんてレベルじゃないと思うわよ?」

 

 「んな!?こ、恋人って俺と純夏はそんなのじゃ……」

 

 「違うの?」

 

 「違います!!」

 

 「……いや、すぐ傍に彼女がいるのにそこまで強く否定することはないだろう…?当の彼女は聞いてないようだが…。ああ、何故だ…、君を見ていると正樹の事を思い出して仕方がない…」

 

 純夏との関係について再度からかう夕呼と必死に純夏とはただの幼馴染であると絶叫する武、そしてそんな武を見て何か過去の記憶を思い出したのか、武の事をじと目で睨みつけるみちる…。一人会話に参加しないイリーナは、(これ、全部録音されてるんですけどね…)と頭の隅で思いながら夕呼の背後で会話の録音を続けている。

 

 「クックック♪中々弄り甲斐があって楽しいわねえ。まあそれはともかくとして…中々いい話を聞かせてもらったわ。これで貴方達が何故生け捕りにされたかが大体予測できるわね」

 

 武と純夏、そしてみちるの反応をニヤニヤ笑いながら楽しんでいた夕呼は瞬時に意地悪げな笑みを引っ込めると冷静な視線を武、そして泣きやんだ純夏へと巡らせる。

 

 「恐らく貴方達が捕らえられていた牢獄は捕虜収容の部屋だったんでしょうね。外で発見、捕獲した人間を一時的に収容しておく場所だったんでしょうね」

 

 「え…?で、でもBETAって目につく人間は全部殺すような残酷な異星人なんじゃあ…。なんで私達を捕獲なんて…」

 

 純夏と武の知識では、BETAは人類のみならずありとあらゆる地球上の生命体を残らず食い殺していく凶暴な化け物、という印象だった。目にした人間は老若男女問わずに轢殺する異星からの侵略者…。それはこの二人だけではなくこの世界の人類の大半がBETAに対して抱いているイメージであろう。

 そんな彼らの疑問を聞いていた夕呼は先程と変わらない表情で、目の前の二人にとって衝撃的な事実を口にした。

 

 「そりゃあもち……人体実験のためでしょうね」

 

 「なっ!?」「じ、人体実験!?」

 

 夕呼の口から放たれた衝撃的な言葉に武と純夏は愕然とする。一方、みちる、イリーナ、そして衛生兵の愛美は二人とは対照的に驚いた様子はない。だが、どの顔にも何所か不愉快そうな、あるいは悲痛な色が浮かんでいる。

 武と純夏の反応に夕呼は予想通りと言いたげに肩を竦める。

 

 「あるいは人類の生態解明のため、とでもいいましょうか?恐らくBETAが貴方達を捕獲したのは、自分達の巣であるハイヴで貴方達人間を研究するためだったのでしょうね。まあ、どんな手段かは知る由もないから想像するしかないんだけど、恐らく私たち人類からすれば碌なものじゃない事は確かね。

 人体解剖、あるいは人体に何らかの物質を注入してその変化を観察する……、貴方達も理科や化学の授業でカエルやマウスにやったアレを、人間にやっているんでしょうね」

 

 「なっ!?お、俺達は実験動物かなんかだって言うのかよ!!」

 

 夕呼の淡々とした説明に武は怒号を上げて拳をベッドに叩きつける。純夏はショックのあまり目を見開いて両手で口元を押さえている。

 もしも夕呼の話が本当だとすれば、牢獄からBETAに連れて行かれた人達は……。想像するだけでも吐き気がこみ上げてくる。そして、もしもあの怪獣が自分達を助けてくれるのが、ほんの一瞬でも遅かったのなら…、想像するのも恐ろしい。恐らく武は純夏の前でBETAに殺され、純夏はその“実験”とやらの材料にされたに違いない。

 二人とも考えるだけで背筋が凍りつくような思いだった。

 

 「相手はこの星とは別の場所から来た宇宙人、地球人、というより地球の生命体とは物の考え方が違うのよ。実際最近の研究結果ではBETAは人間の事を生命体として見ていないって結果が出ているしね…。私たち人間はマウスやカエルと同じ……、否、それどころかそんじょそこらの石ころか土くれ程度にしか見られていないのかもしれないわね、連中からすれば、の話だけど」

 

 二人の反応を冷静かつ冷徹な視線で眺めながら、夕呼は淡々と語り続ける。

 BETAが人類を生命体として見ていない……、これは夕呼が主導で進めているオルタネイティブ4の前身、オルタネイティブ3においてBETAには思考というものが存在するという事実と共に判明した事である。最も何故地球上の生命体と同じく炭素系生物であるBETAがなぜ人類を生命体とみなしていないのかという事に関しては未だに不明なのだが。

 最もそんなことはBETAに両親や友人、果ては自らの故郷を奪われた二人にとってはどうでもいいことであり、むしろ人間を実験ネズミの如く弄ぶBETAへの怒りと憎しみで腸が煮えくりかえりそうであった。

 

 「胸糞悪い話を聞かされて気分が最悪なところ悪いんだけど……、まだ質問は終わってないわよ。安心しなさい、これでラストにするつもりだから」

 

 「……はい」「……」

 

 夕呼に話を振られた二人は、何所か複雑な表情を浮かべながら夕呼へと向き直る。二人の心情を知ってか知らずか、夕呼は先程と変わらぬ調子で最後の質問を口にする。

 

 「最後の質問は……、貴方達を救ったあの亀に似た姿の巨大な怪獣についてよ。私達は仮称でアンノウンって呼んでいるけど。あの生物に救出された状況と、あの生物について知っている事について話してもらえないかしら?何でもいいわよ」

 

 「アンノウン…?亀のような怪獣って、ガメラの事だよね、武ちゃん?」

 

 「……あ、ああ、まあそうなんだろうけど……」

 

 「……ん?ガメラ?それってあの怪獣の名前?もしかして貴方達がつけたのかしら?」

 

 純夏の呟いた『ガメラ』という名前に興味を持ったのか夕呼はズイっと身を乗り出してくる。獲物を発見した鷹のような鋭い眼光に気おされながら、武と純夏はコクコクと何度も頷いた。

 

 「え、えっとハイ!!た、武ちゃんが名前を付けて…ね!武ちゃん!!」

 

 「お、俺に振るな馬鹿!!……えーっと、ですね、な、名前をつけたというかなんというか……。ふ、副司令には流石に信じがたい話なのかもしれませんけど……」

 

 「な~に改まっちゃってるのよ。何でもいいって言ったのはこっちよ?遠慮なく話しなさいっての。それとも、ホントに自白剤打っちゃおうかしら?」

 

 そう呟く夕呼の顔に、再びあの笑みが、まるでおとぎ話に出てくる魔女のような不気味な頬笑みが浮かんでくる。それを真正面から見てしまった武の顔は恐怖のあまり一気に引きつる。

 

 「か、かかかかか勘弁してくださいそれだけは!!言います!!言いますから!!ええとですね、夢で見たんですよ!!夢で!!夢の中であの怪獣がガメラだって言ってたんです!!」

 

 「「「「………夢?」」」」

 

 武の口から飛び出した言葉に夕呼だけではなくその場に居た純夏以外の人間はポカンとしてしまう。周囲の人間の反応に武は「だから言いたくなかったんだよ……」といやそうに顔を顰めながら呟き、純夏もそんな武の姿を何も言わずに眺めているしかなかった。かく言う純夏も武の話には半信半疑であったのだから…。

 

 「…俺、ハイヴで助けられたときに死にかけてたんです…。兵士級を純夏から引きはがそうとしたときに腹殴られて…。留め刺されそうになったときにあいつ、ガメラに助けられたんですけれど……、内臓を潰されたのか肋骨がへし折れたのかわかりませんけど、体中に激痛が走って、口から血を吐いて、死にそうになったんです……」

 

 「…兵士級に、か……。よく生き延びたものだな…」

 

 武の告白にみちるは僅かに驚いたような声を上げる。

 兵士級はBETAの中でもさほど強い部類ではない。戦術機どころか対戦車用のライフルさえあれば歩兵でも対処できるレベルである。が、それはあくまでも武装していればの話。万が一生身であった場合にはたとえ一対一でも到底人間のかなう相手ではない。

 腕力は人間どころかゴリラすらも上回り、その巨大な顎の咬筋力は人間の頭部をやすやすと噛み砕く。決して侮れない敵なのである。

 そんな敵に殴られて、生きているどころか何事もなかったかのようにピンピンしているとは、どれだけ運が良いのかとみちるは感心していた。

 

 「あれ?おかしいわね…。白銀君と鑑さんの身体を検査したけど……、重傷とかそういうのは一切なかったはずだけど…?」

 

 と、話を聞いていた愛美がふと何かを思い出したように呟いた。その表情は何か腑に落ちないと言いたげに眉が顰められている。

 

 「…それってどういう事かしら?」

 

 「あ、はい…。既に申し上げたと思うのですが、二人を保護したときに一応身体に何か異常がないかを検査したんですけど、栄養失調と脱水症状以外は全くと言っていいほど異常がなかったんです。勿論兵士級に殴られたような傷は身体の何処にも無かったのですが…」

 

 「…どういうことだ?奴らの腕力で殴られれば強化装備を装着した衛士でも無事では済まないはず……。……いや、確か君は死にそうになったと言っていたな?なら少なくとも内臓破裂か肋骨骨折はしているはずだが……」

 

 みちるはブツブツと何かを呟きながら疑念のこもった視線を武へと投げかける。見るとみちるだけではなく夕呼、イリーナ、そして愛美までもが疑いの視線を武へと向けてきている。武は反射的に背後の純夏へと視線を向けるが純夏は怯えた様子でブルブルと首を振るだけで武の弁護をしてくれる様子はない。

 孤立無援の状況に泣きそうになりながら、武は重々しく溜息を吐いた。

 

 「そ、それが……、俺にも分かんないんです……。なんだかガメラ、…あの怪獣がでかい声で咆えた瞬間に身体の痛みも消えて息苦しさも無くなってそれで眠くなって……、で、目が覚めたら痛みも何も消えていたんです…」

 

 武は精一杯言葉を探しながら自分が助かった状況を説明する。とはいえ武自身にとってもあまりにも信じがたいことであり、目の前の副司令含む国連軍の方々に理解してもらえるのかどうかについてはあまりにも自信が持てなかった。

 何しろ突然眠くなって眠ってしまい、目が覚めたら何故か傷が治っていた、などと言われても大概の人は信用しないだろう。お前の体はトカゲのしっぽか何かかと馬鹿にされるのが落ちであろう。

 とはいえ武としても実際そうなのだからそれ以外言いようがないので、もはやあとは目の前の副司令が信じてくれるのを祈るしかない。武は両手を強く握りしめて夕呼へと視線を向ける。

 夕呼はまるで武の心の底を見透かすかのようにジッと冷たい視線を向けてくる。絶対零度の如く冷たい視線を武は負けじとばかりに睨み返す……。

 そして睨み合いを開始してから数十秒程時間が経過する、と、夕呼はフウ…、と軽く溜息を吐きながら何処となく不機嫌そうな表情で眉を顰めた。

 

 「……ま、いいわ。とりあえずそういう事にしといてあげましょう」

 

 「え!?し、信じてくれるんですか!?」

 

 「んなわけないでしょうが~。そんな寝てたら重傷が治ってましたなんてどこのファンタジーよ。っつってもアンタはどう見ても嘘言っているように見えないし……、ま、そういう事にしといてあげるわ」

 

 「………はあ~…!!よ、よかった~…」「ふう~……。し、心臓が止まるかと思ったよ~…」

 

 夕呼の不承不承な様子の返事に武は気が抜けたかのように大きく息を吐き、純夏も内心気が気でなかったのか心底ホッとした様子である。そんな二人の姿を夕呼はムスッとした表情で睨みつけており、そんな上司の姿にみちるとイリーナは如何したものかとばかりに顔を見合わせている。

 

 「……で、それとこれとあんたが見た夢っていうのはどういう関係があるのかしら?」

 

 「あ、は、ハイ…。俺が突然睡魔に襲われて眠っている時、なんですけれど……」

 

 そして武は己の見た夢の内容を話し始めた。

 

見たこともない燃える街。

 

 そこに立つあの亀のような巨大な怪獣。

 

 ……そしてその怪獣を迎え撃つかのように空から舞い降りる巨大な鳥、あるいは蝙蝠のような化け物……。

 

 「それで、夢の最後でこんな言葉が聞こえてきたんです…。

 『最後の希望 ガメラ 時の揺り籠に託す

 禍の影 ギャオスと共に目覚める』って……」

 

 武は話し終えると疲れたように息を吐いた。己の知っている事はすべて話した。あとは目の前の夕呼がどう判断するか…。

 病室は静まり返っている。この場に居る誰一人として一言も口を開かない。そんな中で夕呼は、顎に手を添えて何事かを考えている。

 

 「最後の希望、ね……。にわかには信じがたい話なんだけど……。

 ……まあいつまでも名前がアンノウンってわけにもいかないし、ガメラって名前だけは貰っておくわ」

 

 やがて口を開いた夕呼は、ただ一言そう呟くと椅子から立ち上がる。それを合図としたようにイリーナは録音機のスイッチを切る。夕呼はそれを確認するとそのまま武と純夏に背を向ける。

 

 「じゃ、とりあえず今日はこれまでにしておこうかしら。邪魔して悪かったわね二人とも。………ああその前にもう一つだけ、いいかしら?」

 

 ふと何かを思い出したかのように夕呼は振り返った。

 

 「貴方達、あの怪獣、ガメラの事、敵か味方、どっちだと思う…?」

 

 夕呼の口から出た最後の問い掛け、それに対する武と純夏の答えは、既に決まっている。

 

 「敵じゃない、と思います。少なくても俺は、そう信じています。あいつは俺達を助けて、BETAを全滅させてくれた。だから、きっと…」

 

 「私も。ガメラさんは武ちゃんと私を助けてくれたから…。だから、だからきっと私たちの、人類の味方だって思います。敵なんかじゃありません!」

 

 「……っそ、分かったわ」

 

 二人のまっすぐな目を見て、嘘偽りなど欠片も感じさせない言葉を聞いた夕呼はフッと穏やかな笑みを浮かべると白衣を翻してそのまま病室から出て行った。彼女の後ろに立っていたみちるとイリーナも後に続いて病室から外へと出ていった。

 

 

 夕呼SIDE

 

 「副司令、あれでよかったのですか?」

 

 「ええ、あれでいいわ今日のところは。そこそこ面白い話も聞けたし、ね」

 

 廊下を歩きながら夕呼は上機嫌な笑みを浮かべている。久しく見た事のない上官の笑顔にみちるは喜ぶべきか喜ばざるべきか複雑な表情を浮かべている。それは隣のイリーナも同じであった。

 

 「ところでピアティフ?会話の録音は…」

 

 「全て記録済みですが……、これは司令に?」

 

 「ええ、そのあとは削除しておいていいわ。ま、漏れたところでどれだけの人間が信じるかはあやしいところだけどね」

 

 「了解しました」

 

 夕呼の指示に淀みなく返答するイリーナ。いつも通りの反応に夕呼は満足げにうす笑いを浮かべながら廊下を歩く。

 

 「さて、と……。明日からは横浜ハイヴの調査が始まるわね…。果たして何がある事やら楽しみでならないわ。お土産期待してるわよ伊隅?」

 

 「ご期待に添えるようにしておきましょう。出撃するメンバーはどうしますか?」

 

 「そうね…。ヴァルキリーズはアンタと……宗像でいいかしらね?あとエインフェリアズとベルセルクスのメンバーも数人いればいいでしょ?ま、誰を選ぶかはあんた達に任せるからそこはよろしく」

 

 「了解」

 

 夕呼の言葉にみちるは敬礼しながら返答する。それを聞きながら夕呼はまるで子供のように楽しげな笑顔を浮かべる。

 

 「フフ、年甲斐もなくワクワクしてきたわねえ♪予測できない展開に予測できない未来…。ガメラ!そして二人の生存者!どれも私の頭脳では想定外だったわァ!これからどうやってこの世界の歯車が狂っていくのか……、やっぱり人生、何が起きるか分からないものねえ…!!」

 

 嬉しげに、楽しげに童女のように笑う副司令。……最も傍目から見れば何とも不気味な姿であったことには違いないが……。

 

 そして、高笑いする副指令の背後で、部下二人が実に居心地悪そうに、身体を小さくしていたのは秘密である。

 

 




 ちなみにこの世界ではまだG弾が落ちていませんので、ヴァルキリーズ以外のA―01メンバーも出す予定です。……まあせいぜいモブレベルの活躍しかないかもしれませんが…。
 中隊名は……ヴァルキリーズに関連して北欧神話系に?してみました。
 ……元々はアメリカの爆撃機の名称?センスがなくて申し訳ない…。

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