Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 今回の話では幾分か独自設定その他が入っています。
 まあ物語そのものにはあまり影響はないと思いますが、どうかご了承のほどをよろしくお願いします…。


第11話 錬鉄

 日本列島とユーラシア大陸の間に広がる広大な海、日本海。その海面から2000メートル以上の深さに広がる海底。

 地上に溢れる日の光は届かず、一寸先には文字通り漆黒の闇が広がる深淵の世界。地面は細かい砂とゴツゴツした石で覆われ、その闇の中を異形に深海魚が身体の部位を点滅させ、獲物を探して泳ぎまわっており、闇の中で光り輝くそれはさながら夜空に輝く星か、蛍が飛びまわっているかのような幻想的な光景であった。

 その、一面砂と石の平野が広がる暗黒の世界の中にただ一つだけ、まるで山でもできているかのように大きく盛り上がっている影が地面に横たわっている。

 それは遠目から見たら、いや、この暗黒の世界ではたとえ多少近寄って見たとしてもただの岩か何かにしか見えないだろう。しかし、もしもそれのすぐ近くに、触れられるほど近くに寄ってそれをよく見、触れる事が出来たとするのならば、これは岩や環礁のような生命をもたない無機質な存在でないと気付くはずだ。その生命の脈動、巨体から深く重く鳴り響いてくる寝息から、この巨影が岩等ではなく一体の巨大な生物だと、誰もが理解することだろう。

 

 この巨大な生物こそ地球の守護神である大怪獣ガメラ。つい先ほど地球の生命を貪る外宇宙からの侵略者、BETAの巣たるハイヴを幾千幾万のBETA諸共打ち崩したガメラは、戦いの疲労と受けた傷を癒すために、全ての生命の生まれ故郷たる深い深い海の底でこうして眠りながら身体を癒している。

 日本列島のBETA、ハイヴは一掃したものの、まだユーラシアには20を越えるハイヴが存在している。それら全てを一掃するとなれば今まで以上に激しい戦いとなる事は間違いない。だからこそ今のうちに先程の戦いで受けた傷を癒し、次なる戦いに備えて体力を回復させなければならない。

 とはいえBETAから受けた傷そのものは殆どかすり傷も同然であり問題なく完治しており、戦いで失われた体力も徐々に回復しつつある。

 ガメラの目覚め、次なる戦いのときは、刻一刻と近づきつつあった。

 

 

 

 

 そこは、何本もの桜の並木が立ち並ぶ小高い丘の上だった。

 だが、植えられている桜には花はない。葉も一枚たりとも生えていない。どう見ても枯れ木としか言いようのない貧相な木々である。

 そしてその枯れ果てた桜並木が立ち並ぶ丘、丘から広がる風景もまた、桜の木同様寒々しく荒れ果てた荒野も同然の世界……、生命の息吹など到底感じる事の出来ない文字通り死の世界が広がっていた。

 そして、その枯れた桜の一本に寄りかかるように座る白い学生服の青年が一人、その横で彼に寄り添うかのように立ち、眼下の荒野を見下ろす二足歩行の巨大な亀のような生物が一頭…。

 学生服の青年、現在の『ガメラ』である白銀武と二足歩行する亀、彼と融合している怪獣ガメラ本人、通称オリジナルガメラは、お互い何をするでもなく荒野の彼方を眺めている。

 この世界は『ガメラ』の深層意識の中、彼の心の中に作り出された世界。現実世界での肉体が眠りについたとき、ガメラ、すなわち『白銀武』の意識はこの心の中に描かれた寒々しい荒野へと送られる。

 この世界は彼の心が描いた世界。彼とオリジナルガメラ以外生物は何も存在せず、ただ枯れ果てた桜並木と、草木一つ生えぬ荒野が広がるのみである。

 そんな世界を武は何とも言えない表情で眺めている。その顔に浮かんでいるのは懐かしさか、悲しみか、あるいは怒りか…、もしくはそれら全ての感情がない交ぜになったような、そんな複雑な表情をしている。

 

 「随分様変わりしてるな、前は白一色で何もなかったのに…」

 

 『ここは君の意識の中。君の心の在り方次第でどのようにも変わっていくものだ。この場所が君の心に刻まれるほど、君にとって印象に残る場所だった、という事だろう』

 

 「……だろうな。ああ、俺も此処はよく覚えている」

 

 オリジナルガメラの言葉を聞きながら、武はかつての記憶を思い出す。

 荒れ果てた荒野、かつては美しい桜並木が並んでいた此処は、BETAの襲撃と明星作戦において米軍が投下した二発のG弾の影響によって、今や草木一本生えぬ荒野となり果てた。

 それでもここに残された桜並木、立ち枯れも同然な桜の木は武の、かつてのA-01の戦友達にとっての心の支えであった。

 オルタネイティブ4の実働部隊として表に出る事が出来ず、戦死者として墓標を作ることすら許されぬA-01のメンバー達にとって、この桜は過酷な任務の中で命を落としていった英霊を弔う、ただ一つの墓標でもあった。

 伊隅みちる、柏木晴子、速瀬水月、涼宮遙、榊千鶴、彩峰慧、鎧衣美琴、珠瀬壬姫、御剣冥夜、そして………鑑純夏。

 その遺体も、名も残さずに人類へ勝利をもたらす為の鎹となって文字通り桜花の如く散って行った仲間達…。その魂が眠る墓標が、このもはや花を咲かすこともない桜の木なのである。

 無論此処は武の心の中、本物ではないし何よりまだ彼女達は死んでいない。何より本物ならばすぐ近くに横浜基地があるはずだというのに、この世界にはそれがない。

 それでもその桜並木、眼下の荒涼とした光景は、武の脳裏に焼きついたあの光景に限りなく良く似ていた。

 

 「にしても……、この枯れた桜まで再現しなくてもいいだろうに……」

 

 『それは君の心次第だ。君の心次第でこの桜は花をつけ、満開の花を咲かすだろう。この世界は君の心が描いた世界、君の心次第で如何様にも様変わりしていく』

 

 「フーン……、ならハイヴを一個ずつ潰していけば、そのうち花は咲くのかね?」

 

 『さて、それはどうかな。もしかしたら一個潰すたびに一つの木が花をつけるやもしれないし、カシュガルにあるというオリジナルハイヴとやらを破壊しなければ咲かないかもしれない…。なんにせよ、君次第だ』

 

 「……そっか」

 

 ガメラの言葉にそっけなく答えながら武は頭を上げて頭上に広がる空を見上げる。

 何処までも広がる青空には、まるで綿飴のような白い雲があちこちに浮かんでいる。雲は空を流れて何所へともなく自由に流れ、消えていく……。

 そんな空をボーっと眺めていた武の心に、ふと一つの疑問がわいた。

 

 「……なあ、ガメラ」

 

 『どうした?武』

 

 「人間ってさ……、死んだらどうなるのかな…」

 

 武の口にした言葉、それはこの世の人間ならば誰も答えられぬであろう事、問われれば誰もが口を閉ざすであろう疑問……。

 

死んだ人間は一体どうなるのか…

 

 多くの哲学者、宗教家がその答えを得ようと挑み、悩み、断念したであろう疑問を口にした武は、そのままポツリポツリと言葉を続ける。

 

 「…前のループでさ、大尉と中尉が最後に言っていたんだ…。自分達は桜の木の下に居るって…。委員長も、彩峰も、たまも、美琴も、遺書にそんなことを書いていた…。

 ……そんなはずないんだよな、皆の身体はBETAとの戦いで欠片も残っていないし、もし幽霊なんてのが居たとしても俺には見えないし……。ああ、でもただ一度、一度だけ夢に出てきたっけ…。まりもちゃんも大尉も、居なくなった人達が皆元気そうな姿で……」

 

 そう、それはあの時、BETAの横浜基地襲撃後に武が見た夢…。そこには彼女達が、死んでいった戦友が、恩師が居た。戦いの中で失ってきた、大切な人達が笑顔で立っていた…。

 彼女達は笑顔で、「白銀はもう大丈夫だ」と言っていた。もう自分達が居なくても大丈夫だと…。そして、最後に自分に激励を送り、その瞬間に目が覚めた。

 あれはただの夢、己の心が生み出した幻想にすぎない…、そう思ってしまえばそれまでだった。赤の他人に話せばそう言われるに違いないだろう。だが、もしかしたら、もしかしたら本当に死んだ彼女達が己を激励するために…、そんな予感が武の中にあったのだ。

 武の問いを聞いたガメラは頭を僅かに空に向けて、グルル…、と低いうなり声を上げる。

 

 『フム、それについては少々話は長くなるが……、武、君はマナとはどのようなものか知っているか?』

 

 「…マナ?そりゃあこの世界の『俺』を助けるときに聞いたことと元の世界で見た映画の知識だけだけど……、地球の生命力みたいなもので、お前のエネルギー、だろ?」

 

 『…まあそうだな。そして既に言ってるとは思うがマナとは私だけが持つものではない。この星に生きとし生けるもの、全てが等しくその身にマナを宿している。それは人も例外ではない』

 

 ポカンとした顔でこちらを見上げる武に向かって、ガメラはゆっくりと語りだす。

 マナとは地球が宿すエネルギーであると同時に、ありとあらゆる生命の源でもある。この世のあらゆる生物はその身にマナを宿してこの世に産まれ、生き、死ぬ…。生物の死と共にマナは母なる大地へと還り、次なる生命の源となる……、ヒトもまた例外ではなく、この生命の循環の中にある、とオリジナルガメラは語る。

 

 『人、というより生きとし生けるものは全て、その身が滅び、死を迎えるとその命はマナとなり、地球へと還っていく…。その後大地へと還ったマナは新たに誕生する生命の源となることもあれば、大地、空とこの世を偏在することもある。

 なれば彼女達の死したのちも桜の木の下で君達を見守る、というのも間違いではないだろう。彼女達のマナ、人間が言うところの魂は確かにこの世に在り、桜の木、あるいは君達のすぐ傍で、君達の戦いを見守り続けて居たのだろうから……』

 

 「……そうか……」

 

 オリジナルガメラの話を聞きながら武は、どこか遠くを見るような目で青空を見上げる。

 

 マナという概念は、あくまでガメラが存在した世界に存在したもの、この世界にも存在するかどうかは分からない。故に死んだ人間が死後何処に行くかも武には知りようがない。

 魂とやらがあるのならば何処にも行かずに消滅するのかもしれないし、ひょっとしたら天国、あるいは地獄に行くのかもしれない。

 故に彼女達が死後、自分達の事を見守っていてくれたのかどうかも分からない。何より今自分が居るのはあの時よりも過去の時代、己の恩師や戦友達は誰一人として死んではいない以上はっきり言ってどうでもいいことだろう。

 

 ……だが、それでも……。

 

 「……あの時、桜花作戦での勝利を、見届けてくれていたのかな……」

 

 そう考えずにはいられない。そしてもしも見届けてくれたのなら、多くの仲間達を犠牲として生き残ってしまった自分を、どのように見て、どのように評しているのか…。

 

 「……存外、あの世で怒り狂ってたかもな……。部下を、仲間を死なせやがって、なんて……。…同じ場所に居る委員長と彩峰の親父さんにゃ、下手すりゃ呪い殺されそうだよな…」

 

 『そんなことは、無いと思うが……。君は、君達はよくやったと…』

 

 「……いいさ、俺は英雄なんて柄じゃないし。それに……罵られて当然のこと、したんだからな……」

 

 『………』

 

 自嘲するかのように笑う武を、オリジナルガメラは黙って見下ろしている。

 彼は知っている、目の前の青年がかつて人類を勝利へと導いたことを。

 その結果として多くの命を救い、代償として多くの命が失われたことを。

 そしてその失われた命の中に、青年が愛し、守りたかった者達が含まれていることも…。

 武と同化し、武の記憶を垣間見た守護神は、彼の味わった苦悩、絶望、悲嘆を残らず知っている。そして、彼の心に残された深い、深い傷跡も……。

 と、突然荒野と桜並木がまるで蜃気楼か霧が晴れるかのように揺らぎ、消え去っていく。

 それは現実世界の己の傷が完全に癒えた証、己が目覚め、再び戦場に立つ時が来たという予兆であった。

 その予兆に武もオリジナルガメラも特に驚いた様子もない。見ると二人の身体も徐々に薄くなりつつあった。

 

 『……傷も癒えた。そろそろ目覚めるときだ、武……』

 

 「ああ、そうみたいだな。…皆への償いは、BETAとハイヴを潰して晴らす…!」

 

 武の力強い返答と共に、深層意識の風景は真っ白に塗りつぶされて消えうせた…。

 

 

 

 光届かぬ海底、その砂地に横たわるガメラの巨体。眠りについて死んだように動かずにいた巨体が突如、僅かに振動を起こす。

 漆黒のキャンバスを悠々と泳ぎまわっていた深海魚達は突然の振動にビクッと一瞬動きを止め、すぐさま散り散りになってその場から逃げ去っていく。

 そして、周囲に漂っていた蛍火の如き光の点滅が消え、真にその場が漆黒の世界へと染め上げられた瞬間、閉じられていたガメラの双眸がゆっくりと開かれ、辺りを見回すかのように眼球を動かしながら腹這いに寝そべっていた巨体を太い四肢を立たせて起き上らせる。

 傷を癒し、体力を完全に回復させた守護神は漆黒の帳で覆われた周囲を一度見回すと両手両足を砂地に叩きつけて身体を浮かせ、そのまま両手両足を搔きながら水面に向かって泳ぎ始めた。

 80メートルの巨体が動き、その巨体を支える腕と足がやたらめったらに振り回されるたびに海流が乱れて海水が渦を巻く。だがガメラは意に介さず両腕で水を掻き分けて海面に向かって上昇していく。最初は日の光も届かず辺り一面闇に包まれていた海底であったが、上昇していくにつれて段々と頭上から淡く、微かながら光が届き始める。

 500メートル、400メートル、300メートルと海面へと段々と上昇していくガメラ。そして、海面まであと100メートルという地点まで到達した瞬間、後ろ脚を甲羅へと引き込み、ジェットを噴射して一気に海面へと上昇する。それからは一瞬、高出力のジェットによって1秒も経たないうちに一気に海面を突破して海上に飛び出した。ガメラは飛び出した勢いのまま空高く上昇し、ついには上空3000メートルにまで到達すると、今度は頭部と両腕を甲羅に引き込んで両腕の穴からジェットを噴き出しながら高速で回転し始める。

 やがて空飛ぶ円盤のようなシルエットとなったガメラはそのまま一直線に空を漂う雲を切り裂きながら一直線に飛翔する。

 

 …向かうは朝鮮半島、通称甲20号標的こと、H20鉄原ハイヴ…。

 

 

 

 横浜国連軍暫定基地SIDE

 

 

 「日本海沖でアンノウン出現!!両腕両脚部からジェットらしきものを噴射して飛行中!!」

 

 横浜、佐渡島両ハイヴを陥落させた後に日本海に沈んでいたガメラの出現、突如送られたその知らせに横浜暫定基地は騒然となっていた。

 海底に没してから丸一日姿を現さなかった亀に似た巨大怪獣の出現に、モニタールームではスタッフが慌ただしく走り回っている。正面のモニターには監視衛星から送られた高速回転する空飛ぶ円盤、日本海から姿を現したガメラの姿が映されている。

 モニタリングを担当するオペレーターの切羽詰まった声に、定位置でモニターを眺めていた夕呼は少し不満そうに眉を寄せる。

 

 「アンノウンじゃないわよ、今のあの怪獣の名前はガメラよガ・メ・ラ!そういう名前にするって昨日言ったばかりでしょうが」

 

 「す、すみません……。……ガメラは西北西に進路をとって飛行しています!このままいけば………」

 

 「……鉄原に到達する、か……」

 

 オペレーターの言葉を引き継ぐように夕呼の隣に立つラダビノッド司令はポツリと呟き、モニターに映されているガメラに喜ぶべきか警戒すべきか分からず複雑な表情を浮かべながら眺めている。

 一方の夕呼はまるで映画を観賞する子供のような何とも楽しげな表情でモニターを眺めている。ガメラの再出現に関しても予想通りと言わんばかりで特に驚いた様子はない。

 

 「……香月博士、どうやらアンノウンは…「ガメラですよ司令」…が、ガメラは博士の予想通り再出現したが、やはり奴の目的はハイヴの殲滅…」

 

 「でしょうね。鉄原の次はブラゴエスチェンスクか、あるいは重慶か……まだ行先は分かりませんけれどもガメラの目的はBETAとハイヴの殲滅……、それに間違いはないでしょうね」

 

 「ではやはり奴は人類の敵ではない……のか…?」

 

 「そこまではまだ何とも……。単に後回しにしているのか人類は眼中にないのか…、とにかく今のところは人類に危険はない、としか言いようがありませんね」

 

 夕呼は肩を竦めながらそう返事をする。先日の横浜ハイヴからの生存者二人との尋問で、白銀武と鑑純夏はガメラは人類の敵ではなく味方であると言っていた。確かにガメラは人類に攻撃の意思を向けないだけではなくわざわざBETAを殲滅したのちに横浜ハイヴから生存者二人を救出している。夕呼もガメラはどちらかといえば人類の味方寄りであろうと内心では考えている。…断定するには資料が少なすぎるが。

 

 「…それにしても香月博士、その、正式に決定した今言うのもあれなんだがな、ガメラという名前なのだが…」

 

 「あら、生存者の一人がつけた名前なのですけれど、ご不満ですか?私は呼びやすいから気に入っているのですけれど?」

 

 夕呼は武と純夏への尋問ののち、アンノウンと仮称されていた巨大怪獣を正式にガメラと名付ける事を基地中に伝達した。それに対する横浜基地所属の職員及び衛士達の反応は賛否両論であった。少々安直過ぎないか、という意見から呼びやすい、あるいはしっくりくるという意見まで様々であった。

 とはいえオルタネイティブ4最高責任者である香月夕呼の決定であるため結局巨大怪獣の名称はガメラで決定された。それでもまだ日が浅いため、未だにガメラをアンノウンと呼ぶ人間も多いが…。ラダビノッド司令もまたその一人である。

 

 「いや…不満という訳ではないが……その、なんだ、カメラっぽくないかね?その名前は…」

 

 「だからガメラ、なんじゃないですか?そもそも名前をつけたのは私ではなくて生存者の白銀武ですので私に言われても困りますわ?」

 

 「……まあ、そうだな、うん。分かった、もう何も言わん」

 

 ニヤニヤとさながらチェシャ猫のような笑顔を浮かべる夕呼にラダビノッド司令は疲れたように溜息を吐きながらモニターに向き直る。元より名前云々よりもあの怪獣が人類の敵となるか否かを見極めることこそが彼にとっては重要なのだ。もうすでにあの怪獣の存在は日本帝国だけでなくアメリカ、ソ連、欧州連合にも知れ渡っていることだろう。ハイヴを破壊する未知の巨大生物に対していかなる手段を講じてくるのか……。静観か、それとも排除に動くか……。未だに読めない。

 ガメラ自身に関しても現段階で不明な点が多すぎる。あれが一体どこから来たのか、いかなる生物なのか、否、それ以前にあれは地球の生命体なのか…等々、国連軍内部でもあれこれと意見が噴出している。

 そもそもガメラそのものが両手両足からジェットを噴き出して飛行し、口から火球を吐く巨大な亀という本来地球に存在する生命体としてはあり得ない生体構造をしているのだ。地球外生命体であると疑われても無理のない話である。

 今のところ手がかりはガメラの背中から発掘されたあの石板と勾玉しかないのだから。

 

 「…そうそう香月博士、例の碑文と勾玉の資料だが、どうにか碑文のスケッチと写真、勾玉に関しては二つ提供して貰えた。既にピアティフ中尉に渡して博士の私室に届けてある」

 

 「あら、ありがとうございます司令。それでは“コレ”が終わり次第すぐにでも戻らせていただきますわ」

 

 「コレ…?コレとは一体……」

 

 ラダビノッド司令が夕呼に問い返そうとした時……。

 

 「ガメラ、鉄原ハイヴ上空に到達!……光線属種からのレーザー照射を浴びながらハイヴめがけて降下中!!」

 

 オペレーターの叫び声にラダビノッド司令は弾かれるようにモニターへと向き直る。モニターに映し出されていたのは無数のレーザー照射を浴びながら、地面に向けて降下しているガメラの姿であった。ただの一撃で戦術機を蒸発させるレーザーを文字通り数え切れないほどその体躯に照射されているにもかかわらず、ガメラは全く意に介した様子はない。むしろ逆にレーザー目掛けて突進するかのごとく脚部から噴き出すジェットの勢いが増していく。

 さらにガメラは急降下しながら地上めがけて火球を6発連続で発射する。レーザーの弾幕をすり抜け、雲を割って地上へ、地上に展開するBETAに向かって落ちていく火球。何者の妨害もなく地上へと落下、着弾した瞬間に次々と爆炎が噴き上がる。灼熱の炎が地上を覆い尽くしていくさまに、ガメラはまるで歓喜の雄叫びを上げるかのごとく咆哮を上げた。

 その映像に茫然とする一同の中、ガメラと同じく歓喜の笑みを浮かべる夕呼。

 それはまるで極上の喜劇か映画を見たかのような、否、たとえそうであっても彼女は此処までの歓喜は覚えまい…。それほどまでに輝かしい笑顔を彼女は浮かべていた。

 

 「……始まった♪フフ、やっぱりこれは最後まで見届けないとねえ…。私のため、人類のために頑張って頂戴ね、“最後の希望”さん♪」

 

 ついに地上へと降り立ったガメラの映像を眺めながら、夕呼はその異名通りまるで魔女の如き笑顔で含み笑いをするのだった。

 

 

 ガメラSIDE

 

 脚部のジェット噴射を止め、脚を引き出しながらガメラは地面へと降り立った。

 両足が大地へと着地した瞬間、地上のむき出しとなった岩盤は轟音と共に砕き割られ、地上から巻き上がった膨大な砂煙が辺り一面へと巻き上がる。

 

 『グルオオオオオオオオアアアアアアアアオオオオオオオンンンンンンン!!!!』

 

 その砂煙を引き裂くかのように裂帛の咆哮を猛らせるガメラ。咆哮と共に生じた音圧と烈風によって砂煙は吹き飛ばされると、ガメラの降り立った地上の姿が明らかとなる。

 そこは佐渡島と同じ、雑草一つ生えぬ不毛の大地。遥か彼方には金属のような輝きを放つ幾何学的な形状の建造物が一つのみ、それを除いて地上には起伏一つ見当たらない。

 そして、その起伏一つない地上には、この星のモノではない異形の生命体が無数に跋扈している。

 まるで異星の如き光景、しかしここは紛れもなく地球であった。朝鮮半島中部の鉄原郡、それが今や異形の生命体、BETAの巣であるハイヴが建設され生物が一匹たりとも存在できぬ世界となり果てたその場所の名前であった。

 その鉄原の荒涼とした大地の、所々で火の手が上がっている。炎はその場に居たBETAを無差別に焼き尽くし、その悉くを炭へと変えていく。

 ガメラが急降下中に発射した六発のプラズマ火球、碌に狙いもつけずに発射したがゆえに相当数撃ちもらしたBETAも存在している。

 そしてそのBETAの軍勢は、突然の襲撃者であるガメラ目掛けて一斉に突撃を開始する。

 ガメラは迫りくるBETAの軍勢を、そして辺りに広がる不毛の荒野へと視線を巡らせる。

 

 『……いつ見ても嫌な光景だ。命の息吹を欠片も感じない。早く奴らをこの地上から駆逐しなくてはならんな…』

 

 『ガメラ』の脳内でオリジナルガメラが痛ましげに唸り声を上げる。

 BETAが通り過ぎた地には、文字通り草木一本残らない。ましてハイヴが建設された地では、数十キロにわたって植生は全滅してしまう。無論そんな地では新たな命は芽吹くことは無く、ただ寒々しい風の吹きわたる荒野と化してしまう。

 地上の生命を根こそぎ狩りつくし、命の芽吹く土壌すらも死の大地へと変える……、地球の守護者たるガメラにとってこれらのBETAの蛮行は決して許容できるものではなく、許しがたいものでしかないのだ。

 

 『……落ちつけよガメラ、俺だって腹は立っている。だけどさ、たった一つだけ、一つだけだけどいいことがあるじゃないかよ…』

 

 一方悲憤するオリジナルガメラに対してガメラの主人格たる『シロガネタケル』は落ち着いている様子であり、オリジナルガメラを宥める声も何所か落ち着いている。だがそれに反してガメラの表情は、まるで極上の獲物を見つけた肉食獣か人を喰らおうとする悪鬼か何かのような喜びに満ちた笑みを浮かべている。万が一にも心臓の弱い人間がその顔を見ようものならその巨体から放たれる迫力と共に即心停止を起こすであろう恐ろしい笑みを浮かべているのだ。

 

 『……いいことだと、君は一体何を……』

 

 『だってそうじゃないか。こんなだだっ広い荒野なら、人っ子ひとりいない場所なら……』

 

 ガメラの口か徐々にゆっくりと開かれる。その口内には溢れんばかりの業火がほとばしり、周囲の酸素を燃料としながら徐々に徐々にその勢いを増していっている。

 ……そして、BETAとの距離が後数百メートルにまで狭まった、その瞬間………!!

 

 『誰に気を使うことなく、誰も巻き込むことなく、思いっきりBETA共をぶち殺せるじゃないか!!!!』

 

 怒りの轟咆と共に、守護神の憤怒が解き放たれた―!!

 

 チャージされたプラズマ火球、ハイ・プラズマが轟音と共にBETAの群れに着弾、と同時に大爆発を起こし、辺りへと灼熱の炎を撒き散らす。

 着弾地点はまるで隕石でも落ちたかのように地面がえぐり取られ、その場に存在していたであろうBETAの痕跡など欠片も残されてはいない。その余波を浴びたBETAも一匹残らず炭化しており、無事なものなど何一つとして存在していない。

 寒々しい荒涼とした大地は一瞬で生きとし生けるものを等しく焼き殺す焦熱地獄へと変貌を遂げる。その地獄にただ一つ立つ巨影、さながら地獄の鬼の如くはたまた悪鬼を踏みつぶす明王の如く背に炎を従えて屹立するガメラ。

 その眼光ははるか先に建つ鉄原ハイヴモニュメントを射抜くかのように睨みつけている。

 既に地上に出現しているBETAは一掃できた、が、未だにハイヴ内部には20万を越える数のBETAが存在している。それら全てを排除してハイヴ最奥の反応炉を破壊しなければハイヴを攻略できないのだ。

 既にハイヴからは大型小型入り混じって何千何万ものBETAが溢れ出して業火に覆われた大地へと展開し始めている。

 無論灼熱の炎に焙られて流石のBETAも無事でいられるはずもなく、ある個体は脚部を焼かれ、ある個体は腹部を焙られ火傷を負い、中には全身火達磨となって焼死するBETAすらいる始末である。しかしそれでもBETAは止まらない。幾体の同胞が焼け死のうとも、いかなる傷を負おうとも気にも留めた様子すらもなくガメラめがけて突き進む。

 

 目の前の敵を屠るために―。

 

 己らの害悪たる“災害”を消し去るために―。

 

 ガメラ目掛けて無数の閃光が突き刺さる。光線属種のレーザー照射が開始されたのだ。

光線級、そしてさらに高出力の重光線級のレーザーの一斉照射…。おおよそ地球で起きる“災害への対処”として最も効果的と判断されたBETA最大の武器、だが……。

 

『グルルルルルルルル……』

 

 レーザーを照射されながら、ガメラは立っていた。やせ我慢では決してない。戦術機どころか戦艦すらも一撃で蒸発させるであろう重光線級のレーザーすらも、ガメラには決定打どころか火傷一つ負わせることすらできないのだ。

 レーザーによる援護を受けながら、進撃するBETAの群れ。大地を覆う炎に焼かれ、幾体ものBETAが犠牲となるものの、それでもどうにかガメラの前へと到達する。…が。

 

 グシャッ。

 

 次の瞬間、押し花のように紫色の染みと化した。

 近づくたびに踏みつぶされ、尾で薙ぎ払われ、小型、中型のBETAは抵抗することすらできずに塵殺される。突撃級のダイヤモンドより硬い甲殻も、要撃級の両腕も全く役に立たずにゴミのように潰されていく…。残されるのは後方で被害を免れた光線属種と、その巨体故に炎の被害が少なかった要塞級のみである。

 無論、ガメラがこれらを見逃すはずもない。

 

『グルオオオオオオオオアアアアアアアア!!!!』

 

 咆哮と共に発射されるプラズマ火球、合計三発。それが生き残った要塞級、光線属種の集団へと激突、と同時に轟音を響かせて大爆発を引き起こす。

爆発、炎上、それに巻き込まれて砕け、焼き尽くされるBETAの群れ。よしんば生き延びたとしても今度はガメラによって踏まれ、潰され、引き裂かれ、噛み砕かれるという末路が待っていた……。

 再び無音の静寂に包まれる焦土、そして燃え盛る大地をまるで何事もなかったかのようにモニュメントに向けて進撃するガメラ。だが前進を再開したガメラの前方に再度ハイヴからBETAの大軍勢が出現し、その進撃を阻もうと突撃を敢行する…。

 だが、ガメラの前進は止まらない。前に立ちはだかる虫けらを踏みつぶし、焼き払い、全滅させながら一歩一歩ハイヴへと接近していく。ガメラの猛攻、その圧倒的なまでの火力の前にBETAの群れは徐々にその数を減らしていく。いかにBETAの根城であるハイヴといえども収容できるBETAの数には限りがある。この調子ではいずれハイヴ内のBETAは枯渇し、心臓部である反応炉を守るモノは何一つ無くなるであろう。

 それでもBETAは突撃を止めない。ただ目の前の“障害”へ向けて最後の一兵となったとしても突撃し続ける。それ以外に無い。それ以外の戦術をとることが、“今の”BETAにはできない。他に戦術らしいことと言えばガメラの足元から奇襲を仕掛ける程度のもの。

 無論人類との戦いではそれで充分であった。事実BETA大戦初期からBETAはその圧倒的物量と光線属種による制空権制圧にモノを言わせたごり押しで幾度も人類の反撃を退け、圧殺し、蹂躙している。

 未だG弾も凄乃皇も存在しない人類相手ならば、文字通りこの戦術ともとれぬ物量作戦のみで充分であった。…そう、人類が相手だったならば…。

 

『グルオオオオオオオアアアアアアアアアアオオオオオオオンンンンンンン!!!』

 

 地球の憤怒そのもの、荒ぶる守護神の前には幾千幾万のBETAの群れも、もはや蟻の群れも同然だった。ガメラを敵に回した時点で、彼らの運命は既に決定されたも同然だったのだ。

 

 

 

 1998年12月2日 H20 鉄原ハイヴ、陥落

 

 その翌日12月3日 H19 ブラゴエスチェンスクハイヴ、陥落

 

 ブラゴエスチェンスクハイヴ陥落後、ガメラは樺太近海の海底へ潜水、そのまま消息を絶った。

 

 

 

 




 …それにしても横浜基地の桜並木って花咲くんでしょうか…。どうもそれが分からない。
 桜花作戦の時のラダビノッド司令の演説通りだとまだ花はつけるっぽいように聞こえるし伊隅大尉も「もう一度基地に咲く桜が見たかった」という言葉はまだ桜が生きているともいないとも取れるし……。
 それから余談…、といえるかどうかわかりませんが10章の最後の夕呼の発言で孝之がヴァルキリーズ所属とか書いてしまいましたけど……すいません詳しく調べたらデリング中隊所属でした。本当に申し訳ない。

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