Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

14 / 43
今回は(出番そこまで無いですけど)オリキャラが出てきます。
…つってもほとんどモブと変わらないでしょうけど。いやマジで。


第12話 探索

 ガメラによる鉄原ハイヴ殲滅、その一部始終をモニター越しで見せつけられたラダビノッド司令及びモニタールームのスタッフ一同は誰一人として口を開けずにいる。

 改めて見せつけられる圧倒的なまでの暴力、そして破壊。それによって蹂躙されるBETAの軍勢…。横浜、佐渡島で既に目にしていた光景ではあったものの、それでもあの圧倒的物量が瞬く間に踏みつぶされていく様には爽快感よりも衝撃を受けざるを得ない。

 一方同じくガメラによるBETA蹂躙劇を観賞していた副司令、香月夕呼はなんとも清々しげな、まるで名作のオペラか映画でも見終わったかのようなご満悦な笑みを浮かべている。

 

 「んッん~♪やっぱり頭がすっきりするわね~♪あの憎たらしいBETAが次々ぶっ潰されていくのを見るのってもう最高ね~♪どうせならワインと摘みでも欲しかったわ~…、ん~そこは残念ねぇ…」

 

 「こ、香月副司令……。これは映画やオペラではないのだが……。頼むからもう少し真面目にしてくれないか…?」

 

 愉快そうに鼻歌を歌いながら炎上する鉄原ハイヴを見物する夕呼に、ラダビノッド司令は顔を引きつらせながら彼女を嗜める。こちらはいたって真面目に仕事をしているというのにいかに副司令とはいえ、いや副司令という責任ある立場だからこそただ一人映画か何かを観賞しているかのような姿でいるのは控えてほしいと彼女に訴えるも、夕呼はラダビノッド司令の言葉を特に気にした様子もなくいたってご機嫌な微笑を浮かべている。

 

 「まあまあ司令、そんなに気を張らなくてもよろしいじゃありませんか?こちらは高みの見物で、何よりにっくきBETAが虐殺されてハイヴが殲滅される一部始終を見れる…、最高じゃあありません?」

 

 「むう……、ま、まあ言いたいことは分かるが……、やはり軍の規律というものが、な…」

 

 悪びれた様子もなくニコニコ笑いながらそう返事を返してくる夕呼にラダビノッド司令も口ごもってしまう。元より彼女が軍の規律やら規則やらを気にするような殊勝な正確でないことは彼自身よく分かっており、それに何より彼自身、目の前の光景に興奮と歓喜を少なからず覚えているのは確かであった。

 彼の故郷であるインドは、オリジナルハイヴからヒマラヤを越えて南進してきたBETAによって蹂躙された揚句、H13ボパールハイヴを建設されて完全にBETAの支配下に治められてしまっている。生き残ったインドの同胞達は難民となって未だにBETAの支配の及んでいない地へと逃げのび、あるいはラダビノッド司令のように他国の軍へと志願して入隊している者もいる。

 彼らの願いは二つ。BETAの駆逐による祖国インドへの帰還と祖国の復興…。今の今まで夢物語であると半ば諦めかけていた。

 だが目の前の映像、BETAの大軍を薙ぎ払い、鉄原ハイヴを陥落させていくガメラの雄姿を見ているうちに、かの存在ならあるいは…という希望が心の中で芽生えてくる。

 もしもガメラが人類の敵でないのなら、人類の味方となりうる存在だとしたら、この地球からBETAを根絶して自分達の故国を、インドをBETAから解放してくれるのではないだろうか…。そんな希望すらも抱いてしまう。

 例の横浜ハイヴから救出された少年が呟いていた言葉『最後の希望』…。もしかしたらそれは事実なのかもしれない……。かの存在こそ人類の、この星の最後に残された希望そのものなのかも…、そんなことを燃え上がる鉄原ハイヴの映像に釘付けになりながら考えるラダビノッド司令。とはいえまだ出現してから日が浅く、人類の味方であると即決するのは時期尚早ではあるが…。

 

 「……さて、それでは私も研究室に戻ることにいたしますわ。何か変わったことがございましたら何時でも呼んでください、司令♪」

 

 そんな上司の内心を知ってか知らずか夕呼はラダビノッド司令にそう告げると彼の横を通り過ぎてそのままモニタールームの外へと出ていく。

 心なしか研究室へ向かう足取りは軽い。頭も何時になくスッキリして気分が良い。歌でも一つ歌いたくなる気分だ。

 今日また一つハイヴが破壊された。BETA大戦史上でもこんな短期間でハイヴが三つ陥落するのは初めての事だ。そしてガメラのBETAとハイヴの殲滅戦はこれからも続くだろう。その過程で大陸のハイヴが潰されていけば、それだけBETAの侵攻が妨げられ、日本帝国の復興および軍備の再編成のための時間が稼げる事となる。無論自分の研究の時間も然り、ではあるが…。

 

 「…ま、やりすぎて全部つぶされたらオルタネイティヴ計画そのものが意味無くなっちゃうんだけど…。まあそれはそれでめでたしめでたしって事で…」

 

 元より香月夕呼にとってオルタネイティヴ4など単なる過程、手段にすぎない。本来の目的は地球上からのBETAの駆逐。その為にはBETAの生態、及びハイヴの情報が必要であったために00ユニット開発のためにオルタネイティヴ4を指揮しているにすぎない。この地球上からガメラの手でBETAが消えてなくなるのならばもう00ユニットも、否、オルタネイティヴ計画そのものすらも不要となる。……むしろ理論上全世界のコンピューターのハッキングすらも可能な演算能力を持つ00ユニットなど新たな争いの元、ただのお荷物にすらもなりかねない。故に夕呼自身ももし仮にBETA大戦が終わったならば00ユニットおよび量子電導脳本体及び開発データの廃棄すらも念頭に入れている。

 …最も、未だに攻略されたハイヴは3つ。大陸にはまだ19ものハイヴが残されているためまだ人類の勝利を確信するには早すぎるだろう。ガメラが戦いの途中で斃れる事も念頭に入れながらこれからの戦略を立てていく必要がある。無論、量子電導脳の研究も並行に進めながら、であるが…。

 そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか自分の研究室の前へとたどり着いていた。ドアを開けて室内へと入る夕呼。研究室は相変わらず乱雑に散らかっており研究机には大量の資料やプリント用紙が山のように積まれており、少しでも動かせば一気に崩れそうだ。そんな散らかった机の上に見覚えのない茶封筒と小包が置かれている

 

 「コレみたい、ね」

 

 夕呼は後ろ手でドアを閉めるとツカツカと研究机に近づいてまず茶封筒の封を切り、中身を取り出した。

 茶封筒の中に入っていたのは二つ、一つ目は幾何学模様の描かれた石板らしきものが撮影された写真、もう一つは写真と同じ石板らしきものの詳細なスケッチである。夕呼は写真とスケッチをまるで脳に覚えこませているかのように暫くジッと眺めると、今度は小包へと手を伸ばした。

 包み紙を破き箱を開けると、箱の中には二つのかぎ状にまがった赤黒い石が入っている。石の片方は丸く膨らんでまるで糸でも通す為に作られたかのような穴があけられている。その形状は夕呼もよく知っている、勾玉そのものであった。

 

 「これが、ねえ……。成程、見たところ一般的な勾玉に使われるメノウやコハクじゃあ無いみたいだけど…」

 

 夕呼は勾玉を一つ指で摘まむと、天井の蛍光灯に翳してみる。この勾玉は見たところ一般的な勾玉の材料であるメノウやヒスイとは全く違う材質のようである。とはいえ実際にどのような材質かは鑑定してみないと判断しようがないが。

 

 「…コレについても何が書いてあるか私にはわからないし…。少なくとも現代で使われている文字じゃないわよねえ…。ならさっそく……」

 

 写真とスケッチに描かれた石板の文字も夕呼にははっきりいって専門外、此処はその手の専門家に頼もうかとデスク上の電話に手を伸ばそうとする。と、まるでそれを見計らったかのように突然電話からコール音が鳴りだした。

 電話しようとした矢先に電話がかかってきたことに流石に夕呼も手を止めて眉を顰めるもそのまま放っておくわけにもいかずに受話器を持ち上げて耳に当てる。

 

 「……はい、もしもし」

 

 『香月博士、突然申し訳ありません。緊急のご用件があって電話させていただいたのですが……』

 

 電話をしてきたのは己の部下であるオペレーターのイリーナ・ピアティフ臨時中尉であった。己の部下の声を聞いた夕呼は先程までの不機嫌そうな表情を緩めながら軽く溜息を吐きだす。

 

 「あら、どうしたのよ緊急の用件ってのは。大方横浜ハイヴ跡の調査の事でしょうけど…」

 

 現在ガメラによって殲滅されたH22横浜ハイヴの内部調査が国連軍によって行われている。国連軍によって編成された調査隊の中には香月夕呼直属のA-01部隊の隊員もまた参加している。

 夕呼の予想ではハイヴの内部構造そのものはガメラによって破壊されずにほぼ無傷なのではないかと考えている。実際あの横浜ハイヴ殲滅戦においてガメラは佐渡島や鉄原の時のようにハイヴのモニュメントを破壊して反応炉を破壊するという手法を取らず、わざわざ横抗からハイヴ内部へと侵入して生存者二人を救出している。もしも佐渡島や鉄原よろしく反応炉を破壊したら二人が軟禁されていた場所にもよるがあの規模の爆発だ。下手をしたら彼らも巻き込まれていた可能性もある。

 だがガメラはそうしなかった。彼らを救出したのちも特に横浜ハイヴには手を出さずに佐渡島ハイヴの殲滅に向かっていた。仮に反応炉が無事だとしても何故反応炉破壊よりも生存者救出を優先したか、そして生存者を救出したのちも何故反応炉に手を出さなかったのか……。正直疑問だらけではあるものの仮にハイヴのBETAが殲滅されているのならば早急にハイヴの内部を調査し、反応炉の有無、そしてハイヴのより詳しい内部構造のデータを入手するべきのと考えから今回の調査隊が組まれた。

 無論内部にはガメラが討ち漏らしたBETAも残っている可能性があるため調査隊は戦術機を乗りこなすベテラン衛士を主としているが。

 現在暫定基地ではガメラの監視以外に調査隊の指揮も同時に行っており、恐らくイリーナの連絡とは調査隊に関することなのだろうか、あるいは鉄原ハイヴを殲滅したガメラに何らかの動きでもあったのだろうと夕呼は予想しながらイリーナからの返事を待った。

 

 『それも有りますがガメラの動向についてです。……鉄原ハイヴを殲滅したハイヴが北へと進路をとって飛行を開始しました。このままいけばH19ブラゴエスチェンスクハイヴへ到達するとの予測が入り………』

 

 「………へえ、そうなの」

 

 が、受話器から聞こえたイリーナの言葉を聞いた瞬間、夕呼の顔に妖艶な、それでいて不気味な頬笑みが浮かんだ。本人からすれば嬉しさを精一杯表現した笑顔のつもりなのだろうが、第三者から見ればそれはまるで魔女を通り越して悪魔か妖怪変化の如く見えてしまうだろう。

 恐ろしげな笑顔で笑う夕呼は、そのまま受話器の向こう側の部下へ向けて返事を返す。

 

 「分かったわ、ちょっと野暮用すませてから直ぐモニタールームに戻るわよ。ああそうそうピアティフ、夕食とコーヒーの準備よろしく♪」

 

 『は?こ、香月博士?夕食とコーヒーって……』

 

 「だって今夜は徹夜になりそうじゃない?栄養とカフェインの補給は必須でしょ?フフっ、まさかまたハイヴが潰される様子を観れるなんて、今から年甲斐もなくワクワクしてきたわねえ♪」

 

 『は、はあ……。まだガメラがブラゴエスチェンスクに向かうと決まったわけではないんですけれども……。ああそれから硫黄島駐屯地から送られたあの……』

 

 「もう確認したわ。今から私の知り合いに調査依頼するつもりよ。それが終わってから直ぐそっち戻るからね。じゃ」

 

 言うだけの事を言い終わった夕呼はそのまま受話器を一度置くと、一拍置いて持ち上げて、電話機に電話番号を入力する。電話番号入力後、数秒間受話器からコール音が響いてきたのちに電話が繋がった。

 

 「……ああ草薙先生ですか?私です、夕呼ですよ香月夕呼。……覚えてくださって光栄ですわ。……ああ世間話じゃないんですのよ、ちょっと先生に頼みたい事があって……」

 

 

 

 国連軍横浜ハイヴ跡探索部隊SIDE

 

 

 同じ頃、ガメラによってBETAを殲滅されてガラ空きとなった横浜ハイヴにて……。

 

 「ヴァルキリー1よりヴァルキリー3、及びエインフェリアズ及びベルセルクスに伝達。これより我らは横浜ハイヴ内部に潜入し、その調査を行う。ハイヴ内部のBETAはガメラによって掃討されたものと思われるがまだ生き残りが内部で生存しているとも限らん。気を引き締めてかかるぞ!」

 

 「ヴァルキリー3、了解」

 

 「エインフェリア4、了解」

 

 「エインフェリア5、了解しました」

 

 「ベルセルク6、了解……」

 

 「ベルセルク7、了解ッス。……けどなんか拍子抜けッスねえ…。ガメラにBETA皆殺しにされた後のハイヴの調査って、まるで火事場泥棒っぽい、みたいな?つーか戦術機出さなくても良くね?なんて考えちゃったり…」

 

 ハイヴ内部への入り口に立ち並ぶのは6機の国連軍所属の戦術機、日本初の国産の第三世代機“不知火”。

 実戦配備されて未だに日の浅い最新鋭の戦術機を駆るのは横浜国連軍基地副司令、香月夕呼直属の特殊部隊、オルタネイティヴ計画第一戦術戦闘攻撃部隊、通称特殊任務部隊A-01の面々である。

 彼ら彼女らはオルタネイティヴ4完遂のため、それに特化した作戦のみを遂行する専任即応の特殊部隊であり、元来国連軍が関与できない作戦であろうともそれがオルタネイティヴ4完遂に必要とあらば香月夕呼の持つ権威による超法規的措置によって派遣されるのだ。

 今回の作戦は横浜基地主導であり、任務の内容はガメラによってBETAを殲滅されて空になったハイヴ内部の調査であるために全軍は派遣されずにA-01所属の各中隊から6人の隊員を選別して派遣している。最も、ガメラのハイヴ強襲から生き延びているBETAが残っている可能性もあるため、油断は禁物であるが。

 

 「ベルセルク7、気を抜くな。先程も言ったが生き残りのBETAがハイヴ内部で生存している可能性も少なくない。下手をすれば要塞級のような大物まで出る可能性もある。それにハイヴ内部は複雑に入り組んでいる。……迷子になっても助けてはやれんぞ?」

 

 「ちょっ、伊隅隊長冷たっ!冷たすぎるッスよ!可愛い部下なんスからもう少し優しくしてくれたっていいじゃないスか姉御!!」

 

 「誰が姉御だ!それに貴様は私の部下ではなく火渡中隊長の部下だろうが!戦死ならともかく迷子になったとしても私の知ったことではない!なりたくなければ黙って私についてこい!良いな?」

 

 「……りょ、了解ッス」

 

 みちるは軽く溜息を吐きながらも一時的に己が率いる事となるメンバーを見回す。

 計5人、その殆どが最近入ったばかりの新人だ。出撃の経歴は今のところ殆どない。精々横浜ハイヴから湧き出てくる間引き作業に従事した程度か…。

 思えば自分もまた、こんな時期があったものだ…、とみちるは昔を思い出すようにどこか遠くを見るような目つきをする。あの頃は自分もまだ未熟で、多くの同輩達に囲まれてそこそこ楽しくやっていたな、と…。

 本来A-01は連隊規模を誇っていたものの、度重なる過酷な任務と横浜ハイヴのBETA間引き作戦によって数多くの隊員が殉職、現在では坂口昂星少佐率いる第三大隊、通称ヴァルハラ大隊指揮下の第七中隊、通称“デリング中隊”、第八中隊、通称“火渡狂戦士中隊(ベルセルクス)”、第九中隊、通称“伊隅戦乙女中隊(ヴァルキリーズ)”、そして元第二大隊指揮下の第六中隊、通称“防人不死兵中隊(エインフェリアズ)“が残るのみである。

 かつてみちると同期であった隊員達も、既に英霊となって桜の木の下で眠っている。こうして中隊を率いる身分である自分もまた、そしてこの場に居る隊員達も、一体いついかなる事態で死ぬかも分からない。それがA-01というもの、否、戦術機を駆る衛士というものなのだ。

 常在戦場、常に気を引き締めてかかるべし―。それが衛士としての基本だ。

 

 「……無駄話は終わりだ。行くぞ、時間は無駄にできないからな」

 

 そう言ってみちるは目の前に空いた巨大な空洞へと足を踏み出した。戦術機が2,30機は纏めて入れるであろうその巨大な穴は通称『門(ゲート)』と呼ばれ、横浜ハイヴ内部へと通じるトンネルであり、本来はBETAがハイヴと地上を行き来する際に用いられるものである。

 横浜ハイヴの規模はフェイズ1から2の中間といったところ、地球上に存在するハイヴの中でも最も小さいし、そこまで構造も複雑ではないだろうが、それでも目の前の門を見れば内部が相当に広大であろう事は否がおうにも理解できる。

 みちるは自身の乗機である不知火の跳躍ユニットを吹かし、門の内部へと侵入する。そのあとを追うかのように5機の不知火も門へと飛び込んだ。

 

 

 

 門から侵入したハイヴの内部、それは予想通り、否、予想以上に広大な規模であった。

 文字通り地面をくり抜いて掘りぬかれたその巨大な回廊は、体高15メートル以上はある戦術機がまるで小人か何かに見えてしまうほどの広大さを誇り、このハイヴが兵士級から要塞級までの20万を越えるBETAを収容していたという事を否でも実感させられた。

 この規模でもハイヴの中ではまだ最小の部類なのだから、地球上最大のハイヴであるカシュガルオリジナルハイヴとなったら一体どれほどの規模となるのやら…。この場にいる衛士達には想像することもできなかった。

 気を取り直したみちるを含むA-01隊員はそのままトンネルの奥へ奥へと歩き始める。無論、薄暗い闇の中に潜んでいるかもしれないBETAに警戒をしながら…。

 奥へ奥へと歩いて行くうちに出入り口である門から降り注いでいた日光が段々と遠のいていく。そして同時に段々と周囲の闇が濃くなっていく。侵入から約10分経過した頃にはもはや辺り一帯が完全に漆黒の帳に覆われていた。

 戦術機には高性能な暗視機能が装備されているためにたとえ暗がりであったとしても行動に支障は出ない。元よりハイヴの中心部は奥へまっすぐ進めばいずれ到達するはずであるため迷いようがないのだが…。

 みちるは前進しながらも油断なく辺りの暗がりへと視線を動かす。ここまでは順調に来れてはいるがここはハイヴ、いつ何時BETAが飛び出してくるか分かったものではない。

 元よりガメラが殲滅したのはハイヴから外へと飛び出してきた個体のみ。まだ奥には、特にハイヴの心臓部にあたる反応炉にはまだ相当量のBETAが残っている可能性もあるのだ。

 一応横浜ハイヴにはみちる達A-01以外にも国連軍の別部隊が潜入することとなっているが、彼らが潜入するのは別の門からだ。故に道中での援護はまず期待できない。己の身は己で守るしかないのだ。

 周囲に目を配りながら慎重に前進するA-01隊員6名。何処までも続くかのような長い回廊を進んでいくと、突然ガラっと広大に開けた空間へと到着した。

 

 「……こ、ここは……」

 

 突然先程の通路などよりも遥かに広い空間に出たことにヴァルキリー3は戸惑いを隠せない声を上げている。それは他のメンバーも同じであり遥か彼方に存在するであろう天井、端から端まで到底見渡すことが出来ない空間を見回している。

 一方みちるはその巨大な空間を見回しながら、己達が今立つ場所がどこなのかを把握していた。

 

 「…恐らく此処は広場(ホール)だな。地中を横に走る横抗同士を繋ぐ中継地点としての役割を備えている。フェイズ2以降のハイヴには良く見られる特徴だ」

 

 「…っていう事はもうすでに横浜ハイヴはフェイズ2に…!?」

 

 まだハイヴが建設されてそこまで間が空いていないというのに既にフェイズ1から2へと規模が増している…、あまりにも早いハイヴの建設速度にA-01の隊員達は騒然となっている。だがみちるは冷静に広場全体へ視線を巡らせると、首を左右に振る。

 

 「いや、そうではないだろう。もしもフェイズ2になっているのなら横坑は半径2kmにまで達しているだろうしハイヴ内の構造もさらに複雑化しているはずだ。恐らくはまだ1と2の中間といったところだろう。フェイズ1より成長しているがまだフェイズ2とまではいかない規模…、といったところか」

 

 「な、成程……」

 

 上司である夕呼曰く、横浜ハイヴは未だにフェイズ2レベルには到達していないとのことであり、精々1と2の中間程度でしかないとのことだ。

 その根拠としては、横浜ハイヴ周囲に空けられている門の数が大陸に存在するフェイズ2のハイヴの門よりも少ないこと、そして本来フェイズ2のハイヴが完成した時点で半径50㎞以内の植生が全滅するのだが横浜ハイヴの場合絶滅しているのは半径20㎞内であり、そこから外の植生は僅かではあるがまだ生きている。故にまだハイヴはフェイズ2までは言っていないのではないか、というのが司令部の考えであるらしい。

 

 「話は以上だ。行くぞ」

 

 みちるはすっぱりと会話を打ち切るとだだっ広い広場の向こう側、さらに奥へと続く穴へと向かっていく。隊長の後に続き、残る隊員達も彼女の後に続いて探索を再開した。

 穴の先にはまた先程と同じ岩肌がむき出しとなった何所まで続くか分からないトンネルが続いている。A-01隊員は残存BETAが居ないか警戒しながら先へ先へと進んでいく。

 此処までの進路は順調だ。要塞級どころか兵士級一匹にすらも出会っておらず、弾薬も一発たりとも消耗していない。当然戦術機にはダメージ一つなく整備を終えて出撃した時と同じ、傷一つない。

 あまりにも楽な行軍、あまりにも順調に進む任務…、その事実にみちるは思わず苦笑してしまう。

 A-01に配属されてから今日まで、己の人生はBETAとの戦いに次ぐ戦いといっても良かった。佐渡島防衛線、横浜防衛線、そして横浜ハイヴから次から次へと湧き出てくるBETAの間引き…。数え切れないほどBETAを殺し、幾人もの仲間を、戦友を見送る中で、いつの間にか中隊一つを任せられるようになってしまっていた。

 部下達の命を背負い、己の指揮一つが部下の命を左右するという重圧、出撃するたびにみちるの双肩にそれらが重くのしかかってくる…。それでもやらなければならない…。この国を、人類を、何よりも愛する家族と愛する男を護りたいから……。

 だが、今はそれがない。BETAが存在しないから、あるいは部下が死ぬことがないからなのか、端からはそうは見えないかもしれないが、今のみちるには少なからず余裕があった。仮にもハイヴに潜入しているというのにこんな気持ちになるのは彼女自身からしても不思議ではあった。

 

 「ガメラ、か……」

 

 みちるの脳裏に浮かぶのは横浜ハイヴに巣食うBETAを次々と薙ぎ払い、二人の生存者を救出したあの巨大な怪獣の姿、生存者の一人が“最後の希望”と呼んだあの存在の名前…。

 彼女達が出撃する前、日本海から再びガメラが出現し、鉄原ハイヴを強襲したとのことだ。夕呼の言うとおり、あの怪獣は人類など眼中になく、ただハイヴを叩き潰すことのみが目的のようである。

 

 「……もしかしたら、アレは本当に人類の希望になる存在なのかもしれないな…」

 

 ポツリと呟いた一言、それはある種の確信があったのかもしれないし、あるいはそうであって欲しいという彼女なりの願いだったのかもしれない。そんなことを呟く自分に自嘲していると、地上にて指揮を執っているCPからの通信が入る。

 

 『こちらCP、ヴァルキリー1現在の状況の説明を』

 

 「こちらヴァルキリー1。現在敵との交戦もなく順調に進軍中。このままいけばさほど時間もかからずに中心部に到達するはずだ」

 

 『了解しました。ですけど何だか拍子抜けですね。本当なら国連帝国合同で攻めるはずのハイヴがこうも簡単に落ちてしまうんですから』

 

 向こう側で疲れたように溜息を吐くCP将校。恐らく彼女も己と同じ心境なのだろう。

 何百何千もの死傷者を出す消耗戦を行ってBETAを間引くのがやっとで、ましてハイヴを攻略するとなれば確実に万を越える死者が出る事を覚悟していた。

 だからこそまさかハイヴ深部まで無傷で侵入できる日がこようとは完全に予想していなかったのだろう。

 そんなCP将校の心中を知ってみちるは面白そうにクスクスと笑い声を上げる。

 

 「まあいいじゃないか。どっちにしろ日本からハイヴが消えたことはめでたい事実だ。部下にも死人が出ずに済むしむしろガメラには感謝したいくらいだ。そうだろう?」

 

 『……まあそうなのですが。ああそういえばそのガメラについてなのですが、既に鉄原ハイヴを殲滅、次なる目標H19ブラゴエスチェンスクハイヴに向けて飛行中とのことです』

 

 「ほう……速いな。ならこちらも急がなければならないな…。最深部に到達したら追って連絡する」

 

 『了解しました、では』

 

 通信が切られるとみちるは笑みを崩さずに未だに暗がりに包まれて奥が見えない先へと視線を向けると、その場に居るA-01隊員達へと通信を繋げる。

 

 「ヴァルキリーズ及びエインフェリアズ、ベルセルクス隊員諸君、先程CPより連絡が入った。鉄原が落ちたそうだ。勿論ガメラによって、な」

 

 「「「「「!?」」」」」

 

 みちるの言葉に隊員達は驚きが隠せない様子であった。ガメラが日本海から鉄原に向け飛び立ったのは知っていた、恐らく鉄原ハイヴを殲滅するのだろうという事も分かってはいた。だが、まさかこんなにも早く殲滅してしまうとは……。

 隊員達の予想通りな反応にみちるは可笑しそうにクックッと含み笑いを漏らした。

 

 「奴は現在ブラゴエスチェンスクへ向かっているらしい。急ぐぞ、奴が次のハイヴを落とす前にこの調査をとっとと片付けるぞ!」

 

 「「「「……りょ、了解!!」」」」

 

 「……おお!?ちょ、ちょっと待つッス!!置いていかないで欲しいッス!!」

 

 先行するみちるの不知火を追いかけて四機、そして僅かに遅れてベルセルク7の不知火も先へと急ぐ。

 だが、進めども進めどもくり抜かれた岩壁と先に広がる暗闇しか見えない。しかし、みちるは構わずに進む。この先を進んでいけばハイヴの中心部へと辿り着く…。そんな確信がみちるにはあったのだ。

 そして広場から出発してから約30分後……。

 

 「……ここか……」

 

 突然トンネルが途切れ、目の前に巨大な、何処まで続くか分からない程の巨大な穴が広がっている。天井も吹き抜けとなっており、あまりの高さに確かに存在するはずの天井すらも見る事が出来ない。

 直径100メートル以上はあるであろう底の見えない穴…。間違いなくここがハイヴの中心、反応炉が存在する主縦坑(メインシャフト)と見て間違いないだろう。

 

 「ここ、ですか……」

 

 「ああ。……CP、こちらヴァルキリー1、こちらヴァルキリー1。ハイヴ中心と思われる縦坑に到着した。調査の為に降下する」

 

 『こちらCP、了解しました。ヴァルキリー1、注意して調査をしてください。まだ反応炉周囲には生存しているBETAが残っているかもしれません』

 

 「了解した。此処まで来てヘマをするような醜態は見せられんしな」

 

 CPからの激励に苦笑いを浮かべながらみちるは背後の部下達へと振り向いた。

 

 「これよりハイヴ深奥へと降下する。いいか、これからが正念場だ。間違っても転落して地面に激突するようなヘマはするなよ!!そんなアホらしいことして死んでみろ!!私が直々に首根っこ掴んで地獄から引きずり戻すからな!!」

 

 「「「「「了解!!」」」」」

 

 不知火6機は一斉に中央の縦坑に向かって飛び降りた。期待の腰部に取り付けられた跳躍ユニットを吹かして落下の速度を調整しながら穴の下へ下へと降下していく。

 この時のために推進剤は殆ど使用せずに横坑を移動してきた。その為に跳躍ユニットを思う存分噴かすことが出来る。不知火6機は速度を上げてハイヴの底に向かって降下していく。

 主縦坑は予想以上に深く、中々底が見えない。もうすでに落下から2、3分は経過しているというのに未だに反応炉どころか地面そのものが見えてこない。

 

 「……想像以上に深いな…。本当にこれがフェイズ2じゃないのか…?」

 

 予想以上の深度にみちるも舌打ちをする。過去のデータが正しければフェイズ1、あるいは2でも主縦坑はさほど深度は無く、戦術機の跳躍ユニットを使えば3、4分程度で地底に到達できるとのことだった。だがこの主縦坑は少なくとも落下から6分以上は経過しているのに未だに底は見えない。これはもはやフェイズ3、否、下手をすればフェイズ4にまで達している可能性もあり得る。

 

 「だが…、外のモニュメントと横坑の規模は精々がフェイズ1・5程度…。何故主縦坑のみが…」

 

 外観との差異にみちるは頭を悩ませる。そして、落下から10数分経過、ようやくハイヴの底、地面らしきものが見えてきた。

 先程の広場とは比べ物にならないほど広大な地下空間。まるでどこぞのSF小説に出てくる地下王国か何かのようであった。そして、地底に広がる巨大空間の中央に存在するのは、所々青白く発光する巨大な岩のような物体……。

 みちるは確信した。あれこそがハイヴの心臓部である反応炉…!!BETAにエネルギーを供給する装置であると…!!

 

 「……反応炉を確認した!!総員、着陸用意!!周囲に残党のBETAが存在しないか用心しろ!!」

 

 「「「「「了解!!!」」」」」

 

 跳躍ユニットで機体を浮かし、落下の衝撃そのものを緩和しながらゆっくりと地面に向けて降下する。機体の脚部が地面についた瞬間、その衝撃で機体が僅かに振動するものの、それ以外は特に問題もなく地面へと着陸することが出来た。残る隊員達の機体も無事に着陸できたようである。

 

 「CP、こちらヴァルキリー1。主縦坑最深部大広間に到着。反応炉らしき物体を発見した。直ぐに映像を送る」

 

 『こちらCP。了解しました。お疲れ様ですヴァルキリー1。早速ですが大広間内部の探索と調査をお願いできますか。もしかしたら生き残りのBETAが存在するかもしれません。発見次第排除を』

 

 「了解した。……聞いての通りだ。早急に探索に入れ。休みに入りたい奴もいるだろうがBETAとの戦闘に比べれば格段に楽だろうから対して疲れてもいないだろう?」

 

 「え~…、いいじゃないッスか少し休ませてもらっても……「そうかそうか休みたいか。ならば他が作業していたのにお前だけ休んでいたと火渡大尉に伝えなくてはな?」……喜んで仕事させていただきます、ハイ。元気一杯です、ハイ」

 

 みちるににこやかな笑顔で恫喝されたベルセルク7は顔を引きつらせながらコクコクと頷いた。残る隊員達はそんな二人に呆れたような視線、あるいは引きつった表情で眺めながら黙って大広間へと散っていく。

 大広間は反応炉を中心として相当な面積がある。反応炉も要塞級の数倍はあろうかという程の巨大さではあるモノの、それすらもちっぽけに見えてしまうほどの広大な面積を誇っている。

 

 「……全く、これでは全て見て回るのも骨が折れそうだな……」

 

 あと2、3人ほど追加してもらうように要請すればよかったかな…などと考えてみちるは思わず苦笑する。反応炉の画像については既にCPに送り終わった。ならば次はもう少し接近して調べてみるか……、とみちるは反応炉へと近づこうとした。が、次の瞬間……、

 

 『た、大尉!伊隅大尉!』

 

 突然エインフェリア4からの通信が入ってくる。網膜投射で映されたその顔は、驚愕のあまり唖然としているようであった。

 

 「どうしたエインフェリア4、まさか残党のBETAが残っていたのか?」

 

 『ち、違います!!そ、その、私はエインフェリア5と一緒に別エリアの調査をしていたのですが、そ、そこでとんでもないものを見つけて……!!』

 

 「とんでもないモノ?一体何だそれは」

 

 『と、とにかく見てください!画像送りますから!』

 

 するとエインフェリア4の顔が消え、何所か大広間の別エリアらしき空間の画像が浮かび上がる。一見すると辺り一面奇妙な岩だらけ、このハイヴ内でも特に珍しい光景でもない場所に見えた。が……。

 

 「……なんだ、この光っているのは」

 

 良く見ると上方に何やら青白い光を放つ何かが複数存在している。まるで目の前の反応炉と良く似た光を放つそれが妙に気になったみちるは画像をさらに拡大させる。

 拡大された青白い光、それはよくよく見れば地面から天井に向かって繋がっている細い糸、あるいは柱のような奇妙な物体であった。良く見ると一部分だけが太く膨らみ、その部分だけが淡い青の燐光を放っているようであった。

 拡大してみたものの、これでも青く発光している部分の正体が全く分からない。みちるは発光部分の画像のみをさらに拡大して、その正体を確かめようとした。

 

 「………!?こ、これはっ!!」

 

 が、拡大された画像を見た瞬間、みちるは驚愕のあまり目を見開いた。それほどまでに衝撃的だった。拡大された画像に映されたもの、エインフェリア4から送られた画像、その正体が……。

 それはさながら試験管のような、あるいはガラスケースのような内部が透明な『容器』であった。内部に満たされた溶液の影響か、あるいはそれ自体が光を放つ性質なのか、容器は青白く光を放っている。

 ……そして、その青白い容器の内部に収納されていたものとは………。

 

 「人間の、脳だと……!?」

 

 紛れもなく、見間違えようもない、『生きている』人間の脳髄だったのだ…。

 




 元々A-01は連隊規模あったという話でしたからこちらでは一個大隊以上残っているという風にしました。…本編ではG弾で吹き飛んだということで…。
 ちなみに出てきた大隊長と中隊長の名前ですが……ちょっとジャンプが好きな人とかなら分かるかも…。るろ剣の作者が書いたあれ、の登場人物から取りました。
 …問題はどこで出番を作るか、なんですけどね…。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。