Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 今回は少々ギャグが入った幕間的な話になります。ちなみに少々オリジナル設定その他も盛り込んでおりますが、どうか悪しからずに…。原作の雰囲気壊して無いだろうか…。


第13話 朝食にて

 日本帝国。幕末の頃から元来の日本とは別の歴史を歩んできたこの国には、帝国独自ともいえる階級、制度が数多く存在している。

 まず首都であるが、これは大政奉還後の明治維新の後に東京への遷都は行われず、首都は1000年の歴史を誇る京都へと据え置かれたままとなっていた。が、BETAの日本襲来によって急遽首都機能を東京へと移転、京都陥落後は正式に東京が首都となされた。

 次にこの国の元首であるが、元来の日本では天皇が日本の元首であり象徴とされるのに対し、こちらでは皇帝がそれとされている。とはいえ名前は違うものの皇帝の権限は天皇とそう大して変わりは無い。

 そして皇帝に代わって執政を行う機関は帝国議会とその上に立つ上位執政機関である元枢府、そして元枢府の長である政威大将軍である。

 政威大将軍とは皇帝から任命される国事全権総代の称号であり、大政奉還の後に元枢府を設置した有力武家、煌武院、斑鳩、斉御司、九條、崇宰の五大武家、通称五摂家の当主衆から任命されるのが伝統となっている。

 元来は帝国議会をまとめる元枢府の長としての役割だけではなく、帝国軍の総司令官としての役割も兼任した文字通り日本の国事行為全てを司る最高権威であったのだが、1945年の第二次世界大戦での敗戦を機にその権限は大幅に制限、縮小され、さらに1998年の日本本土へのBETA来襲の折には殆ど名誉職、お飾りといっても過言ではない程の扱いとなっていた。

 そして現在、BETAの襲撃によって1000年の都、帝都京都が陥落し、第一帝都東京へと遷都、それから間もなくBETAが佐渡島に続き横浜にもハイヴを建設、帝国はBETAの脅威が迫った東京を捨て、仙台へと首都機能の移転を開始。第二の帝都の陥落もまたそう遠い話ではない、そんな悲観的な意見が官民問わず囁かれていた。

 

 そう、硫黄島から飛来したあの大怪獣、ガメラによって横浜ハイヴと佐渡島ハイヴを駆逐され、日本本土からBETAの脅威が去る、あの時までは……。

 

 突如横浜に出現したガメラは、BETAの圧倒的な数の暴力にすら屈せず、逆にその巨体と口から吐き出す火球をもって一瞬でBETAの大軍を殲滅、ハイヴ内に生存していた生存者二人を救出したのである。

 しかもそのすぐ後に日本帝国に建設された第二のハイヴ、佐渡島ハイヴを強襲、BETA殲滅の後に反応炉を破壊し佐渡島ハイヴを陥落させ、日本帝国をBETAの脅威から解放したのだ。

BETA侵攻からあまりにも早すぎる帝国の解放…。幾千幾万もの同胞が、戦友が犠牲となり、英霊となってもなお陥落させることが叶わなかったハイヴが二つも、こうもあっさり陥落させられる……。日本帝国に住まう全ての臣民からすればまるで夢か幻でも見ているかのように到底信じられないような出来事である。

軍人、民間人、上と下の区別なく日本帝国の全ての国民は、己らと故国がBETAの脅威から救われたという実感すらも無く、今はただ突如として出現した新たな脅威とも帝国の救世主ともとれる怪獣、ガメラの雄々しくも恐ろしい姿に茫然とするしかなかった…。

 

 

 

 

日本帝国第一首都、東京。

 

かつて江戸幕府がおかれ、当時世界一ともいわれるほどの人口を誇った都市。大政奉還により幕府の天下が終焉を迎え、明治となって東京と改められてからも、産業、工業の中心地として帝国を支え続けてきた。

 此処こそが今やBETAに蹂躙され跡形も無くなった京都に代わる日本帝国の新たな首都であり、日本帝国を統べる政威大将軍の新たな御座所である。

 まだ首都機能を移転して間もない新都の中央、東京ドームが軽く3、4は入るであろう広大な敷地内に、政威大将軍の座する新・帝都城は存在する。

 まるで平安時代の貴族の邸宅のような、はたまた江戸時代に存在した城か大名屋敷にも良く似ているこの近現代から見れば一見すると時代遅れにすら見える巨大な屋敷。だが此処こそが、今でこそ内閣及び帝国議会へとその役目の大半を明け渡すこととなってしまったものの、この帝国の国事を司る元枢府、その長たる政威大将軍が座するこの国の統合の象徴とも呼べる場所なのである

その帝都城の奥にある一室、和風な外観とは一転して西洋風な椅子と机、絨毯が敷かれたその一室で、椅子に坐した一人の女性と、彼女の背後につき従うかのように控える赤い軍服を身に纏い、眼鏡をかけた妙齢の女性が目の前に展開されているモニターに映されている映像を鋭い眼差しでジッと見つめている。

女性の服装はさながら神社で神を祭る神官か巫女のように、白を基調とした束帯を纏い、紫色の腰まで伸ばした髪には太陽を象った様な金色の髪飾りを差しており、その誰もが目を向けるであろう美貌もあって何処となく神秘的な雰囲気を醸し出している。

彼女こそがこの国を治める今代の政威大将軍、煌武院家当主たる煌武院悠陽。まだ15の少女にもかかわらず、帝国、そして無辜の民の為にこの身を捧げると誓い一国の命運を背負う事となった若き姫君、それが彼女であった。

まだ未熟とはいえ政威大将軍の位に就いた彼女、そんな彼女が緊張の面持ちでモニターを食い入るように凝視している。それは悠陽の背後に立ち、控える女性もまた同じであった。

赤い軍服の女性の名前は月詠真耶、城内省管轄の政威大将軍及びその縁者、そして帝都防衛部隊である帝国斯衛軍所属の中尉であり、政威大将軍煌武院悠陽の側近でもある。

帝国斯衛軍の中でも代々煌武院家の警護を務めてきた有力武家の出身であり、武家出身の精鋭揃いの斯衛軍でも一二を争うレベルの実力を持つ衛士でもある。

そんな二人が緊張の面持ちで見つめるモニター、そこに映されていたのは一面灼熱の炎で包まれた大地と、炎に呑まれて灰になるBETA。そして………

 

『グルアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオンンンンンン!!!!!』

 

その焦熱の煉獄に仁王立ちし、天に向けて高らかな咆哮を上げる巨獣、ガメラの姿であった…。

此処はソ連と中国との国境近くに位置する都市、ブラゴエスチェンスク。そこに建立されたBETAの居城、甲19号目標ことH19ブラゴエスチェンスクハイヴ。

BETAによって大地を削られ、掘り進められた結果フェイズ3にまで巨大化した空からの侵略者たちの居城。その巨大さはつい数日前まで帝国国内に存在していた佐渡島、横浜両ハイヴとは比べ物にならない。

当然内部に収容されているBETAの量も桁違いであり、現状衰退しているとはいえ米国と並ぶ二大大国のひとつであるソ連でも単独では攻略不能、精々これ以上BETAの侵攻が進まぬようにハイヴから漏れ出てくるBETAを間引くのが関の山であった。

そのハイヴが燃えている。モニュメントも、地表のBETAも、大地に存在するもの全てが区別なく燃え上がり、大地を紅蓮へと染め上げている…。

それを成した者こそ、かの亀の如き姿の怪獣、ガメラ…。その巨体が産み出すパワーと口から吐き出す火球をもって、立ちふさがるBETAを次々と薙ぎ払い、焼き尽くしていく…。それはまるで地獄の鬼か、悪魔の如き姿であった。

悠陽は手元のリモコンを操作して、モニターの電源を切ると、深く吐息を吐きだしながら椅子の背もたれに凭れかかる。

横浜、佐渡島の陥落から2日と経過せずに、H20鉄原ハイヴに続いてH19ブラゴエスチェンスクハイヴまでもがガメラの手によって陥落した。たった三日で4のハイヴが陥落…、それは今までの世界の常識では、人類の兵力では絶対にあり得ないと断言できる事であっただろう。

だがそれを今、現実にこの目で見た悠陽は認めざるを得なかった。全てが現実であり、事実であるという事を…。

無論かの怪獣への感謝もあった。ガメラが横浜ハイヴ殲滅後、横浜ハイヴで生き残っていた二人の生存者を救出したという事も既に知っている。故にあの怪獣が恐らくは人類に敵対する存在ではないのではないか、という思いとたった二人とはいえ己の治める国の民を救い出してくれたことへの少なからぬ感謝の念も抱いている。

だがそれ以上に、それ以上に彼女の心にあったのは己の無力さ、人類のあまりの弱さであった。

 カシュガルへの落下から一度たりともBETAの侵攻を止められず、BETAの拠点であるハイヴをただの一つも潰すことが出来ずにただ闇雲に犠牲を増やしている人類の弱さ、無力さ、そしてそんな人類が一致団結すべき危急存亡の時であるにもかかわらず、未だに互いの国の利益やら権益やらを巡って相争い、骨肉の争いを続ける人類の醜さ、愚かさを悠陽は目の前の蹂躙劇を見ながら嫌というほどに思い知っていたのだ。

 

 「……本当に、度し難いものですね……。私達人類というものは……」

 

 「………」

 

 己が主君の自嘲するかのような口振りに、月詠中尉は諫めの言葉も何も言わず黙って彼女の話を聞いている。肯定も否定も無い。あるいは彼女自身も主君と同じ思いなのか…。

 己につき従ってくれている臣下にいらぬ心配をかけてしまったと感じたのか悠陽は一度月詠中尉へと振り向くと「心配ありません…。大丈夫ですよ」と弱弱しく笑みを見せる。

 

「……月詠、横浜ハイヴの二人の生存者に関する情報については…?」

 

 唐突に月詠中尉に話題を振る悠陽。ガメラによって救出された二人の生存者、現在は国連軍横浜暫定基地に保護されているその二人に関して、悠陽は月詠中尉に頼んで内密に調査をしてもらっていた。

 それ以外にも横浜ハイヴの生存者、あるいは横浜のBETA襲撃から生き延びた人間についても調査をしてもらっている。それはBETAの横浜強襲の際に何もできなかったことへの彼女の罪悪感故か、それともせめて生きている人間の消息を知らねばならないという政威大将軍の責務故か、あるいはその両方なのか…。

 

「は、元横浜在住の白銀武と鑑純夏の二名、両名共に15歳。両者ともに父親は光菱関連の工場に勤務、母親は専業主婦のごく一般的な家庭の出身です。恐らく特殊な訓練も何も受けていないものと思われます」

 

「……と、言う事は、二人が生き延びたのは……」

 

「偶然、あるいは奇跡としか言いようがありません。それ以外の横浜ハイヴに連行された人間に関しては未だ調査中ですが、……残念ながら生存に関しては絶望的かと…」

 

「………そうですか」

 

 月詠中尉の淀みない返答に悠陽は視線を落としながらただ一言返事を返す。

 恐らく生存者の家族に関しても報告がないところから予想すると既にBETAの手にかかっているのだろう…。

 救われ、生き延びても今まで彼と彼女を愛してくれた両親はいない…。恐らく頼れるのは地獄から救われ、生き延びたお互い二人のみ…。BETAの脅威は去ったとしても未だに将来の展望も見えないことだろう。だが、例えそうだったとしても……。

 

「たった二人、でも……生きていてくれてよかった……。本当に……」

 

「御意…」

 

 瞳を閉じ、涙を溢す悠陽。たった二人でも生き延びてくれた、生きていてくれたことへの喜びと感謝にただただ涙を流す彼女に、月詠中尉もただ黙礼するしかなかった。

 せめて、せめて生き延びた二人の人生に、幸があってほしい、己と、そして生き別れた己の妹と同い年であろう二人には、どうか幸せになってほしい…。立場上武と純夏に出会う事も叶わない悠陽は、顔も知らぬ二人の為に心の中でただただ祈るのみだった。

 と、突然ドアを向こう側からノックする音が聞こえてくる。悠陽は双眸を開き、涙を軽く拭うとチラリと背後の月詠中尉へと視線を向ける。月詠中尉は何所か緊張した面持ちで既に視線をドアのほうへと向けている。

 

「……どうぞ」

 

「し、失礼します殿下…」

 

 ドアを開け一度敬礼したのちに室内に入ってきたのは黄色い軍服の斯衛軍の兵士。良く見るとその手には黒塗りの盆のようなものをもち、盆の上には白い手紙らしき封筒が載せられている。

 

「いかがした。殿下はお疲れでいらっしゃる。用件は早めに済ませろ」

 

 何処となく不機嫌そうに兵士を睨む月詠中尉。碌でもない事を言おうものならそのまま切って捨てかねない程剣呑な雰囲気である。もはや慣れたとはいえ己の側近の態度に悠陽も苦笑せざるを得ない。

 

「も、申し訳ありません!で、殿下への言伝を預かっておりまして……」

 

「私への?」

 

 悠陽は軽く首をかしげる。己自身に対して手紙など実に珍しい。たまに幼いころに引き離されることとなった『かの者』の近況を報告する手紙も何通か届くものの、基本的に『かの者』は表では隠された存在であるが故に手紙も此処まで仰々しく渡されることは無い。

 

「…拝見する。……こ、これは!!」

 

 封筒を見た瞬間、月詠中尉の表情が豹変する。直ぐに兵士から手紙を受けとると一度手紙を押し頂くように掲げたのち悠陽へと差し出した。

 

「…殿下、こちらを」

 

「……!!」

 

 月詠中尉が差し出した封筒、そこに描かれた紋様を見た瞬間に悠陽の表情も豹変し、弾かれるように椅子から立ち上がる。

 封筒の表面、そこに描かれているのは金色の、菊の花を象った紋様。この紋を見た瞬間、悠陽はこの手紙が誰より送られたものなのかという事を理解できた。

 悠陽は月詠中尉から封筒を受け取り、一度封筒を頭上に掲げると封筒から手紙を取り出し、黙って書面に視線を走らせる。

 月詠中尉は緊張の面持ちで悠陽を見つめる。何しろその手紙の送り主は、例え己達斯衛軍、否、例え日本帝国を統括する政威大将軍であろうとも逆らうことなどできないであろう人物なのだから…。

 手紙を読み終え、顔を上げる悠陽。その表情は緊張からか引き締められており、さながら今から戦場に赴こうとでもするかのような鋭い気配を帯びている。

 

「…月詠、あのお方が直ぐに参れと。仕度を」

 

「……はっ!」

 

 主君の静かな、それでいて凛とした声に月詠中尉もまた頭を下げて応じるのであった。

 

 

 

 武、純夏SIDE

 

「はふう~……、じょ、ジョギングって結構疲れるね武ちゃん…」

 

「何言ってんだか。あの瓦礫の中を逃げ回るのに比べたら何てことねえだろうが」

 

「あ、あの時は必死だったもん~。比べるのが間違いだと思うけど~」

 

 処変わって此処は横浜暫定基地の一角に存在するグラウンド場。主に新兵の教練、兵士達が身体を鍛える場として使われるそこに、横浜ハイヴから救出され、基地内で保護されることとなった白銀武と鑑純夏が地べたに座り込んで呼吸を整えている。

 二人とも先程までジョギングでグラウンドを10周していたために体中汗にまみれており、着ている黒シャツも汗で身体に張り付いている。

 あの尋問の翌日、健康及び身体上の問題は特にないという事で二人は自由に身体を動かすことを許可され、このグラウンドでジョギングしたり鉄棒をやったりしながら身体を動かし、鍛えている。

 武は強くなって衛士となり、純夏を護れるほど強くなるために、純夏も武の傍に居たいが故に本来あまり運動が得意でないにもかかわらず身体を鍛えているのだ。

 

「でも、やっぱし暫く寝たきりだったから最初は結構きつかったな~。歩くのだって一苦労だったぜ」

 

「体中骨がバキバキいってたもんね~。間接だって凝り固まっちゃってて動かなかったもん」

 

「それ単純にお前の運動不足じゃねえのか?」

 

「む!誰が運動不足かこのー!最近は私だって体鍛えてるんだもん!!」

 

 武の冷やかしに純夏は頬を膨らませて腕をぶんぶん振り回す。先程疲れて息を切らせていたのとは一転して元気そうな彼女の姿に、武は思わず笑みをこぼす。

 己の中にはまだ、あの横浜での惨劇、ハイヴでBETAに捕らえられた時の記憶と心の傷は生々しく残っている、それは純夏だって同じだろう。

 それでも彼女はこうやって元気そうに振舞って、自分を必死に元気づけようとしてくれている。なら、己もまた彼女の事を護ってやれるように強くなりたい…。彼女の元気な姿を見るたびに、武は心の底からそう思えるのだ。

 武の笑顔を見て純夏も怒る気が失せてしまったのかこちらもクスクスと笑いだす。そうして二人は地面に座ったまま互いに笑いあっていた、のだが…。

 

「コラー!!貴様ら!!そんなところで訓練サボってイチャつくんじゃない!!衛士としての心構えがなっとらんぞ!!」

 

「「うえっ!?」」

 

 突如背後から響き渡った雷のような怒声に二人は飛び跳ねるように立ち上がって直立不動の姿勢をとる。二人の表情からは先程までの笑顔は消え、驚愕と恐怖が顔に張り付いている。

 改めて思い出したが此処は国連軍の基地、そのグラウンドで地面に座り込んで談笑するなど幾らなんでも不謹慎極まりなかったか…?下手したらこのまま基地から叩きだされるんじゃあ…!!二人はそんなことを考えながら急いで背後を振り向いて頭を下げる。

 

「す、すみません!!さ、流石に不謹慎でしたよね本当に申し訳ありません!!ほ、ほら武ちゃん!!」

 

「お、おおおおおごめんなさい!俺達はたまたまここを運動でつか…わせて……?」

 

 背後に居た人物に頭を下げ、必死に謝罪する純夏と武。此処を追い出されたらまず行き場は無い、せめて追い出されないように謝らないと…!!と必死に言葉を選んで謝罪の言葉をマシンガンか何かのようにベラベラと繰り出し続ける。

 …のだが先程の怒声はさっぱり降ってこず、逆に何やらおかしそうな笑い声が頭上から響いてくる。不審に思った武と純夏は恐る恐る顔を上げる。

 顔を上げた二人の前に立っていたのは国連軍専用のBDUを着ている栗色の髪の毛をした女性だった。可笑しそうにニコニコ笑うその顔は、まるでいたずらが成功した子供のようでもあり、その瞳には優しげな光が浮かんでいる。

 彼女は国連軍の人間であり、武と純夏にとっては既に顔見知りの存在でもあった。

 

「な、何だまりもちゃ…じゃなかった神宮寺軍曹…、お、脅かさないで下さいよ~」

 

「フフっ♪ごめんごめん。二人とも仲良さそうだからついからかいたくなっちゃってね」

 

「も~…、いきなり怒鳴られるから心臓止まっちゃうかと思いましたよ~。っていうか武ちゃん~。軍曹さんにまりもちゃんってまた言おうとしたでしょ~?」

 

 安心した様子で脱力して大きく溜息を吐く武と純夏の姿に、二人を怒鳴りつけた女性、国連軍衛士訓練学校教官、神宮寺まりも軍曹は面白そうに笑いながら謝った。

 元々彼女は帝国陸軍の大尉ではあったものの、その腕を見込まれて国連軍の衛士養成学校の教官へと就任することとなった。最も現在はBETAの襲撃によって訓練学校は崩壊、此処横浜暫定基地で訓練兵達の教導を行っている。

 その指導たるや彼女に教えを受けた教え子曰く『鬼軍曹』とのもっぱらの評判であり、事実彼女の訓練兵達への指導、訓練はただただ苛烈、過酷としか言いようのない代物であり、如何なる訓練兵であろうとも根を上げる事は必至なレベルである。

 最もこれ程過酷な訓練を課すのは己の教え子達に戦場で死んでほしくないという一心からであり、本来の彼女は生徒思いな心優しい性格である。

 その証拠に彼女は、命は取り留めたものの両親と故郷を失い、ただ二人取り残されることとなってしまった武と純夏の事を気にかけて、出会って間もないにもかかわらず時折二人の話し相手になったり勉強を教えたりと親身になって接してくれているのである。

 そんな彼女を武と純夏も慕っており、特に武はしばしば彼女を『まりもちゃん』という愛称で呼んでしまう事もある。最もその度に純夏から注意されてしまうのだが…。

 

「うう…、悪い悪い、どうも最近変な夢ばっかり見るもんだからその影響で…」

 

「それって私と武ちゃんが軍曹さんの教え子になってるっていうの?だからって『まりもちゃん』は無いと思うよ~?まりもちゃんは~」

 

「あ、あはは……、ま、まあまあ鑑さん…、私は気にしてないし怒ってないから、ね?」

 

 純夏のセリフに何を思ったのかまりもは少しばかり顔を引きつらせている。純夏からすれば単純にお世話になっている人、それも自分達よりも年上な人に失礼なことを言ってはいけない程度だったのかもしれないが…。

 

「そ、そう言えば軍曹は何でこんな処に?今日は訓練兵の訓練とかないんですか?」

 

 何やら不穏な雰囲気を感じ取った武はすぐさま話題を変える。よくよく考えるとまりもはこの時間帯には既に訓練生達の指導を始めている頃である。ならこのグラウンドに居るのもおかしくは無い……はずなのだがグラウンドには自分達とまりも以外の人影が見当たらない。

 そんな彼の質問に対してまりもは困った様な表情を浮かべながらフカブカと溜息を吐きだした。

 

「…ああ、それ、ね……。例の怪獣がハイヴを陥落させた事件があったでしょ?それの影響で、ね。まああの子達にもたまには骨休めも必要だろうし………って!コレ私が言っていたって事は内緒でお願いね?」

 

 まりもは慌てて人差し指を立てて二人に口止めをする。教え子達の前ではあえて鬼軍曹として接しながらも実際は彼ら彼女らの事を誰よりも気にかけているのである。教官としてそれを表に出すようなことはしないが…。

 

「まあそれで私が来た理由、なんだけど…。香月副指令が一緒に朝食でもどうかって。…全く、いくら訓練がないからってこっちは暇じゃあないってのに……」

 

 そう言ってブツブツと己の上司であるはずの夕呼への文句を言い始めるまりも。彼女いわく、夕呼と自分はお互い同級生の腐れ縁であり、国連軍基地の教官を務める事となったのもその縁があったからとのことらしい。無論、彼女の腕と実績も買われたのは言うまでも無いが…。

 最も二人はそんなことよりも仮にもこの基地のナンバー2である夕呼に朝食に誘われたという事に対して戸惑っていた。

 

「お、俺達が?い、一体なんで…」

 

「そこは分からないんだけどね、恐らく貴方達が横浜ハイヴからの生還者、っていうのもあるんじゃないかしら。…たまにどうでもいいことに興味持つからね…。はあ…」

 

「く、苦労してるんですね軍曹さん……」

 

「まあ、古い付き合いだからもう慣れたんだけどね…。ま、いいわ。それじゃあ二人とも行きましょうか。まあまずはその汗まみれの服を着替えてから、だけど」

 

「は、はい!」「む~、そう言えばなんだか体が冷えてきたような…」

 

 まりもに促された二人は地面から立ち上がると彼女の後ろからついていく。

 

 その後武と純夏は自分達が入院している病室へと一旦戻り、服を着替え終えるとまりもに案内されて横浜暫定基地内部にあるPX(食堂兼任の基地内売店)へと向かう事になった。

 

「……にしてもさ、俺達何時まであの病室に居られるのかね……」

 

「ちょっ!い、いきなりなんなのさ武ちゃん!!」

 

 歩きながらポツリと不謹慎なセリフを呟く武に純夏は仰天した様子で大声を上げる。が、武はそんな彼女の反応を気にした様子も無く話を続ける。

 

「いやだってさ、何時までも病室に泊まるわけにはいかないだろ?俺達。この基地だってBETAとの戦いで負傷した人とか結構いるだろうしそれに何より俺達国連軍とは何の縁も無い部外者だし……。……もし叩きだされたらどうするよ?家もう潰れてるぞ?」

 

「あ、あう~…」

 

 純夏も思わず頭を抱えてしまう。

 確かに武の言うとおり、もしもこの基地から叩きだされたら自分達には帰る家がない。

 引き取ってくれる親戚もいない以上これから先下手したら瓦礫にまぎれて乞食、ならぬホームレス暮らしかも……。そんな不安にみちた暗い表情を浮かべる二人をまりもは慌てて慰めようとする。

 

「ま、まあまあ二人とも!!貴方達がどうなるかはこれから決まると思うけど、少なくとも悪いようにはならないはずよ!?うん、大丈夫だから…ね!?」

 

「……冷や汗流れてますよ?軍曹」「……ちょっと不安になっちゃいます、はい…」

 

今後の己達の処遇に若干の不安を感じながら、武と純夏は軽く溜息を吐くのだった。

 

 

 

 横浜暫定基地PX、平たく言えば基地職員専用の食堂は、ただ食事の為だけではなく前線で戦う衛士達にとっては何よりの憩いの場でもあった。

 料理に使われる食材は物資不足を反映して合成食材ではあるものの、料理している人間の腕が良いからか衛士達の評判もいい。

 とはいえつい最近まで病院食のみを食べていた二人にとっては始めて訪れる場所であり、食堂の広大さにキョロキョロとあちこちを見回している。そんな二人をほほえましげに眺めながら、まりもは食堂をキョロキョロ見回して待ち人を探す。と、突然何処からか大声が三人に向かって響いてくる。

 

「ちょっとちょっとまりもとそこの二人~。私ならここに居るじゃないのよ!さっさと来なさいっての~!」

 

 声の主は三人を朝食に誘った横浜暫定基地副司令、香月夕呼のものであった。夕呼は食堂のちょうど中央にある四人用の席で腕を組んでこちらを眺めている。一見すると待たされて不機嫌そうな顔をしているように見えるがその目を見るとようやく楽しみにしていた料理が着たかのように輝いており、少しばかり不穏な雰囲気が感じられる。最も、それに気が付いているのは誰もいないようであったが…。

 待ち人を見つけた三人はそのまま夕呼の座っているテーブルの空いてる席へと座る。武と純夏は夕呼と向かい合って隣同士、まりもは夕呼の隣といった具合である。

 

「お待たせして申し訳ありません香月博士。二人の服を着替えさせるのに時間がかかってしまったので…」

 

「クックック♪まあいいわよ。私は怒ってないし。それにしても二人とも朝から運動?ん~感心感心。身体を動かすのはいいことよ~?私も最近研究室籠りっぱなしで運動不足になりがちでね~、ちょっとは運動したほうが良いのかしらねえ…」

 

 まりもの謝罪に気にした様子も無く、夕呼は頬に手を当てながら『研究室に籠りっぱなし』という割にはシミ一つない整った美貌に笑みを浮かべる。

 本来ならば多くの人が見惚れるであろう美しい頬笑み、にもかかわらず彼女がやると何やら悪だくみをしている魔女か何かのように見えてしまうのが不思議である。

 

「ま、まあいいでしょう…。それよりも二人とも、注文はそこのメニューから…」

 

「ああ朝食の注文ならもうしてあるからいいわ。あと少しで来るはずよ?」

 

「……あ、ありがとうございます、副司令…」

 

 妙な夕呼の気使いに少しばかり不信感を抱きながらも軽く頭を下げるまりも。

彼女とそこそこ付き合いの長い己の経験からして、夕呼が妙に親切な時には何がしか裏があると考えてもいい、というかそれ以外考えられなかった。

 実際注文した料理も一体何なのやら……、流石に目の前の二人相手に同行するとは考えづらいが…。

 

「あ、あの…、副司令さん…」

 

「ん?何?そんな畏まった言い方しなくていいわよ?何なら親しみやすく『夕呼お姉ちゃん♪』って呼んでもいいわよ?あ、でも間違っても『おばさん』はNGだから。…んなことほざいた連中は一人残らずブチコロス事に決めてるのよねぇ…」

 

 と、突然純夏が夕呼に向かっておずおずと口を開く。それに対して夕呼は何とも気楽な調子で応じる。何故か最後に不穏なセリフとほんの僅かだが殺気がこもっていたが…。すぐ傍でそれを感じていたまりもの顔が少しばかり蒼褪めている。

 純夏はそんな夕呼の様子に気付いたのか気付いていないのか少し緊張しているかのように一度深呼吸をすると、思いきって口を開いた。

 

「あ、あの!私と武ちゃん、何時まであの病室に居れるんでしょうか!」

 

「……はい?」

 

 あまりに予想外のセリフに夕呼は思わずポカンとしてしまう。一方彼女のすぐ近くに座っていた武とまりもは唖然とした様子で口をあんぐりと開けている。が、純夏はそんな周囲の反応など構わずに続ける。

 

「わ、私と武ちゃん、両親も親戚もいなくてっ、知り合いももう全員BETAに食べられちゃったからっ!も、もう行くところがないんです!あ、あの病室を、基地を追い出されたらもう私達ホームレスになるしかないから!だ、だから……」

 

「OKOK…。まあ落ち着きなさいっての…。言いたいことは大体分かったから」

 

 それこそ戦術機の突撃砲に搭載されたチェーンガンの如く捲し立てる純夏を夕呼はやんわりと宥めて落ち着かせると、頭痛でも抑えるかのように額に手を当てて軽く溜息を吐く。

 どうやら純夏は怪我が治った瞬間に武共々この基地から叩きだされるんじゃないかと不安がっているようである。それは横の武も同じであろう。

夕呼としては彼ら二人を外に放り出す気などさらさらない。元より人員の欲しい横浜基地であるのだが、それ以上に彼女は、武と純夏の二人には“まだ何かがある”と直感的に感じていたが故である。

 

「…まあ確かに、二人が健康になった以上病室は引き払ってもらうしかないわねえ…。病室は、ね?」

 

 夕呼の思わせぶりな台詞に一瞬武と純夏はギョッとして、まりもも夕呼のあんまりな言い様に眉を顰めて睨みつける。が、夕呼はそんな視線も気にした様子も無くニコニコとご機嫌な笑顔を崩さずに話を続ける。

 

「話は最後まで聞きなさいっての。幸いと言っちゃなんだけどこの基地にもそれなりに空き部屋があるから、そこでよければ住んでもいいわよ?病室で相部屋じゃ何かと不満でしょ?ちゃんと個室にしてあげるわよ」

 

「…ええ!?」「ほ、本当ですか!?」

 

 上げて落とすかのような夕呼のセリフに武と純夏は思わず仰天してしまう。まりもも目を剥いて唖然としている中で夕呼は三人の反応にクスクスと可笑しくてたまらない様子で含み笑いをしている。

 

「…なんて顔してるのよ。あいにくと助けた人間を放り出すほど私は人間腐ってないのよ。…ま、流石にただ飯食わせる気は無いけれど二人の仕事に関してはそのうち、って処かしらね…」

 

「……!あ、ありがとうございます副司令さん!」

 

「ほ、本当に、本当に助かります!このご恩は必ず……」

 

「だ~か~ら~もういいっての!…ほらほらまりももいつまでもボ~っとしてないで。もう食事来たわよ」

 

 見ると既に白い割烹着を着た少女が、両手に何やら料理が乗ったお盆を乗せて立っている。少女は「失礼します」と軽く一礼をすると手際よく盆に乗った料理をテーブルへと置いていく。そして全ての料理をテーブルに乗せ終わると再び一礼をして厨房へと戻っていった。

 

「さあさあ三人とも、今日はお姉さん奮発して奢ってあげちゃうわよ♪存分に召し上がりなさいな♪」

 

 文字通りキラキラと輝くような笑顔でそうのたまう夕呼。……で、あったのだが、テーブルに乗せられた料理を目の当たりにしたまりも、武、純夏の表情はそれとは真逆に完全に硬直していた。

 

「……あの、香月副司令」

 

「あらどうしたのまりも?いつも通りでいいわよ?どうせ聞いているのなんてそこの二人だけなんだし」

 

「……じゃあ夕呼、一つ聞きたいことがあるんだけど…」

 

「ん?何?」

 

 

 

 

 

 

「何でテーブルに乗ってる料理がキムチしかないのよ!!しかも何だか私のだけ他と比べてやけに量が多いんだけど!?」

 

 そう、テーブルに乗っている料理はどれもこれもキムチを材料としたキムチ料理だったのである。無論この時代のキムチは合成食材ではあるもののその辛さは本物と同様、否、物によっては本物すらも上回る辛さの代物まで出ているという話だ。

 そんなキムチがどっさりと使われた文字通り真っ赤な料理が三人の目の前に並んでいたのである。しかもまりもの目の前にあるのは大盛りのキムチ鍋…、まるで地獄の血の池か何かのような真っ赤なスープの表面には溶岩か何かのように泡が噴き出している。そんなものを目の前に出されたら誰だって文句は言いたくなるだろう。ましてやまりもは辛い物が苦手、カレー程度ならまだしもキムチとなったら到底食べられたものではない。

 が、夕呼はそんな彼女の怒鳴り声に対してどこ吹く風といった表情で首を傾げた。

 

「ん~?まりもキムチ鍋嫌いだっけ?他にあるのといってもキムチ焼き肉、キムチ丼、キムチチャーハンにキムチ……」

 

「ってメニューキムチばかりじゃないのよ!!辛いの嫌いなのにコレ何の嫌がらせよ!?夕呼、アンタ私に恨みでもあるっていうの!?」

 

 文字通りキムチ一色としか言いようのないメニューにまりもはテーブルを殴りつけて絶叫する。その拍子で飛び散ったキムチ鍋のスープがテーブルに落ち、ジュッとまるで何かが焼け焦げるような音を出して煙を上げる。その様を見た武と純夏はギョッとして己の皿をキムチ鍋から出来る限り遠ざけた。

 ちなみに武の料理はキムチ焼き肉定食、純夏はキムチチャーハン。同じくキムチ料理ではあったもののそれでもまりものモノよりかはマシそうではある。

 まりもの怒鳴り声に耳を塞ぎながら夕呼はやれやれと言いたげに唇を吊り上げる。

 

「キムチだけじゃないわよ~。ボルシチもあったのよ?でも食事に来る全員が全員ボルシチ頼むもんだから材料無くなっちゃって、残念だけどキムチ料理以外ないのよね~。おばちゃんも困ってたわ~」

 

「ちょっ、ボルシチだけっ!?私の好物の豚角煮定食は!?」

 

「それ今日お休み~。だって今日は戦勝記念日だし~」

 

「せ、戦勝記念日?そ、そんなのありましたっけ?…知ってるか純夏?」

 

「う、ううん、何も知らないけど……」

 

 夕呼のセリフに武と純夏はキョトンとした表情で互いを見合うと、まりもに問いかけるように視線を向ける。が、まりも自身夕呼の言葉に覚えがないらしく無言で首をブルブルと振り回すだけであった。

 

「何?知らないの?ま、貴方達二人はベッドの上だっただろうから知らないけど、つい昨日再びガメラが出現したのよ。ハイヴを再びぶっ潰す為に、ね」

 

「「……!?」」

 

 三人の反応に呆れた様子で語る夕呼の言葉に、武と純夏が反応を示した。

 

 ガメラが再び出現した、しかもハイヴを潰す為に…!!自分達をハイヴから救い出してくれたあの怪獣が…!!それを聞いただけで二人は、特に武は興奮を隠しきれなかった。

 

「ほ、本当ですかっ!!」

 

「本当本当。日本海から再出現したガメラはH20鉄原ハイヴとH19ブラゴエスチェンスクハイヴを殲滅、その後今度はオホーツク海付近に姿を消したわ。

ね、戦勝記念日でしょ?なんせハイヴが二つも落ちたんだから♪しかも鉄原は日本近隣だから暫くはBETAの侵攻は収まるでしょ?うんうんめでたいめでたい♪」

 

 夕呼はにこやかな笑顔で肩を竦める。確かにハイヴは殲滅されたのだろうが人類が落としたわけではないのだから『戦勝』ではないのではないか、とまりもは心の中で突っ込んだ。

 最も武と純夏にとってそんなことはどうでもよかった。ただガメラがハイヴを破壊してくれたことが、BETAの人類侵略の拠点を破壊してくれたという事が何よりも嬉しかった。

…あの夢は正しかった、あの怪獣は人類の味方で、希望なんだ…。歓喜の表情を浮かべる武と純夏に夕呼は面白そうな笑顔を、対してまりもは何処となく複雑そうな表情を浮かべている。

 

「…それで夕呼、ガメラが鉄原とブラゴエスチェンスクのハイヴ落としたことがめでたいのは分かったけど……、それとこのキムチまみれで僅かにボルシチのメニューと如何関わりがあるってのよ…」

 

 おずおずと夕呼に問いかけるまりも。確かにガメラがハイヴを二つ破壊したことは喜ばしきことかもしれないが、それとこの真っ赤な食卓については全く説明がつかない。 何が悲しくて記念日にこんな罰ゲーム同然な料理を喰わなければならんのか、とまりもは恨めしげに夕呼を睨みつける。が、夕呼はそんな親友の心境を知ってか知らずかキョトンとした顔で首を傾げる。

 

「ん?分からない?じゃあまりも、アンタ鉄原ってどこにあるかわかるかしら?」

 

「はぁ?そりゃあ鉄原は朝鮮領でブラゴエスチェンスクはソ連………って夕呼…!!ま、まさかアンタ!?」

 

 夕呼の質問に何気なく答えていたまりもは、突如何かに気がついた様子で夕呼を目が飛び出さんばかりに形相で睨みつける。そんなまりもの豹変ぶりに夕呼はまるでどこぞの物語で出てくるしゃべる猫のような意地悪げな笑顔を浮かべた。

 

「そうそう♪本日はぶっ潰されたハイヴのあった国土で食べられていた料理でメニューを統一して貰うようにおばちゃんに頼んだのよ♪で、朝鮮の料理といえばキムチ、ソ連といえばボルシチで決まりでしょ~?特に辛いモノ好きの朝鮮人は年がら年中キムチ食ってるって言うじゃない?極寒地に住むロシア人はボルシチ飲んで身体温めるっていう事も聞いたわよ~?」

 

「いやいやいやいやちょっと待ちなさいよ夕呼!!アンタ、まさか朝鮮人がキムチしか食べないとか、ロシア人はボルシチが主食だなんて事本気で信じてる訳じゃないでしょうねえ!?」

 

 あんまりにもアレな理由に思わずまりもは夕呼に突っ込みを入れる。武と純夏も先程までの興奮も完全に吹っ飛び、唖然とした表情で夕呼を眺めている。

 確かに朝鮮の人間はキムチを主食同然に食べているだろう、ボルシチはロシア料理だから今のソ連でもよく食されているのは分かる。だが幾らそうだからってそれしかメニューに並べないのどうなのだろうか。まさか夕呼は朝鮮人はキムチしか食わない、ロシア人はボルシチしか食わない偏食人種だとかそんな事を考えてるんじゃなかろうか、でなかったら単純に嫌がらせでもしたかったのか!?そんなことまで考えてしまう。

 そんなまりもの怒りっぷりに夕呼は少しばかりキョトンとすると……、

 

「……違うの?」

 

「「「絶対違うわボケェ!!!」」」

 

 何やら色々と間違っている夕呼のとんちんかんな思考に対して三人は絶叫を上げる。

いや思考程度ならまだいいとしておいてもそんな間違った認識のせいでこんな罰ゲームも同然な食事を喰わされる羽目になるこちらの身にもなって欲しい、と三人は言外に訴える。夕呼は顎に指を添えながら『そうだったのね…。知らなかったわ~』等と小声で呟いている。…どうやら本当に知らなかったようである。

 

「……ま、いいわその事に関しては。『『『いいのかよ!!』』』で、まあ食べながらでいいんだけれど、ね。そこの二人……」

 

 三人の突っ込みを無視して夕呼は目の前の二人へと話を向ける。隣のまりもは目の前で赤い湯気を上げるキムチ鍋を眺めながら涙目になっており、その有り様には訓練兵達から恐れられる鬼教官の面影は微塵も感じられなかった。

 そんな親友の愉快な姿に口元をにやつかせながら、夕呼は武と純夏に向かって一言、問いかけた。

 

「ガメラに関する情報、知りたくない…?」

 

 




 ちなみにこの時期の横浜基地のPXにはちゃんと(?)京塚のおばちゃんはいます。出てこなかったけど。出てきた人は給仕とかのお手伝いということで。
 それからまりもちゃんが辛いものが嫌いというのは……単なる自分の想像です、違ってたら申し訳ない。まあそれよりも武と純夏への話し方とかこれでいいのか、とか考えちゃいますけど…。まだ衛士候補生でもないならそこまできつい口調はしないと思うんですけど、ね…。

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