Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 お盆休みなのとあらかじめ書き貯めておいたおかげでだいぶ早めに更新できました。
 今回もオリキャラが登場します。しかも結構な割合で。


第14話 皇帝

 日本帝国帝都城。新帝都東京の中央に存在する政威大将軍率いる元枢府が執政を行う国会議事堂に並ぶ政の拠点であり、政威大将軍が住まう居城でもある。

 だが、厳密にはこの城の主は政威大将軍ではない。そもそも政威大将軍とは朝廷と敵対する蝦夷を追討する征夷大将軍を起源とし、それが鎌倉時代には武家の最高権力者の関する称号へと変化したのである。

 やがて時を下り明治、大政奉還の後に江戸幕府は解体され、大大徳川将軍家に継承された征夷大将軍の地位は消滅した。その後帝国議会が維新の元勲達により設立され、さらにその後に議会を統括する元枢府が、同じく維新に関わった五つの上位武家、通称五摂家によって設立されることとなり、征夷大将軍は『政威』大将軍と名を改め、元枢府を、ひいては日本帝国議会の国事の一切を取り仕切る最高権威の称号へと変化したのであった。

 すなわち政威大将軍とはこの国の『真の』元首、主ではない。あくまで本来の主より権威と官職を賜り、預けられているだけにすぎないのである。この帝都城もまた然り。この城の主がほかに居るというのは、この国に住まう誰もが良く知っている事実なのであった…。

 

 

 

 帝都城の奥、たとえ武家の最高位である五摂家であっても滅多なことでは近づくことすら許されぬであろうそこに存在する一段高い上座と一段低い下座に分かれた謁見の間。その部屋には政威大将軍煌武院悠陽と彼女の側近たる帝国斯衛軍中尉月詠真耶の二人が、謁見の間の入り口に近い下座の席にて黙したまま座している。

 本来ならばあり得ないだろう、今となっては名目上の地位へと成り果てたとはいえ、武家の最高位であり日本の国事と統帥権の全てを司る政威大将軍が、家臣の座である下座に座ることなど…。だが、この扱いには悠陽も、彼女に苛烈なまでの忠誠心を持つ月詠中尉ですらも不平不満を何一つ表情に表すことなく、むしろこの場に居るという緊張に身体と顔を強張らせながら、ただただジッと何かを、否、誰かを待ち続けている。

 何時までも続くかと思われた静寂。だが、それはこの部屋へと近づいてくる何者かの足音によって終わりを告げた。

 一歩一歩謁見の間へと近づいてくる足音が耳に入った瞬間、悠陽と月詠中尉は両手を畳につけ、深々と背中を折り曲げるという所謂『土下座』の姿勢をとった。

 やがて、足音が止まると謁見の間の上座に設けられている襖が開かれ、閉じられる音の後に、何者かが畳の上を摺るように歩き、腰を下ろした事が音と気配で悠陽に伝わってきた。

 

 「双方、面を上げてください」

 

 次の瞬間、悠陽と月詠中尉に向けて何者かの許しの声が聞こえてきた。

 頭を上げる許しを得た悠陽と月詠中尉はゆっくりと頭を上げ、姿勢を正して正面を見る。

 上座に座る先程の声の主、それはまだ幼さの残った顔立ちの、黒一色の冠束帯を身に纏った一人の少年だった。

 優しげな笑みを浮かべたその顔はまるで少女のように可愛らしく清らかであり、さながら野に咲く花を思わせる。だが、それ以上に彼を際立たせるのは、彼の纏う清浄で、それでいて侵し難い神聖さをも感じさせる空気であった。

 少年は下座に坐す悠陽へと視線を向けるとクスッとまるで花が咲くかのような頬笑みを浮かべる。

 

 「久しぶりですね悠陽、最後に会話したのは確か……、横浜にハイヴが建立された頃でしたでしょうか…?」

 

 「はい。お久しゅうございます、皇帝陛下」

 

 頬笑みを浮かべる少年へ、悠陽は表情を和らげながらも再度深々と礼をする。

 そう、この少年こそがこの日本帝国の真の元首であり、約2000年以上もの間この国の元首として統治してきた皇族の当主たる、日本帝国第126代目今上皇帝であった。

 皇帝という名称が公式に使用されるようになったのは政威大将軍という官職が成立し、帝国が正式に日本帝国という名称に決定されたのと同じく明治時代の事である。が、皇帝の一族は代々、大王、帝等と呼び名を変えながらも平安、奈良、飛鳥時代を遡り、遥か神話の時代より日本という国の元首としてこの国の歴史を、民を見守りその平穏を祈願し続けてきた存在なのである。その王家としての歴史はこの世界のどの王朝よりも古く、そして長い。そして第一次世界大戦後に殆どの帝政国家が崩壊していく中で、『皇帝』という地位を現代まで保ち続けている唯一の存在なのである。

今でこそ憲法によって国事、統帥権を内閣、そして政威大将軍へと預けて政の表舞台から退いているものの、その日本の元首としての権威、威光は今もなお日本帝国に、帝国の民に息づいているのである。そしてそれは日本帝国の最高権力者たる政威大将軍とても変わりはしない。いかに権威を、権力を得ようともそれは皇帝より賜りし物、将軍とは皇帝に従い、仕える臣下にすぎないのである。

 故に彼女もその分を守り、目の前の幼き帝へと頭を垂れる。そんな彼女に皇帝は呆れたような笑みを浮かべている。

 

 「相変わらず生真面目ですね悠陽は。本当にそこだけは昔と変わりません…。……ところで冥夜とは最近連絡はとれているのですか?」

 

 「……!!そ、それは…」

 

 皇帝のあまりにも予想外な問い掛けに悠陽は思わず顔を強張らせ、何も言えずに顔を俯かせてしまう。

 悠陽の反応に何かを悟った皇帝は重々しく溜息を吐きながら今度は不機嫌そうな表情で悠陽をジッと睨みつける。

 

 「……やはりそうでしたか。全く、そなた達は離れ離れとはいえ双子の姉妹でしょうに…。碌に連絡一つとってもいないとは、そんなにそなたの家の掟とは大事なものなのですか?

良いですか、確かに冥夜はそなたとは双子故に御剣家へと養子に送られはしましたが、そなたにとっては何よりも代えがたい唯一血の繋がった姉妹でありましょう?それを高々家の掟だの何だのという理由で手紙すらも送らぬとは何事ですか?」

 

 「………」

 

 皇帝の静かな、だが確かに心に響く言葉を悠陽は頭を垂れ、ただ黙って聞いている。

 確かに皇帝の言う事は尤もだ。自分は唯一この世に残された肉親である妹にすらも何も出来ずにいる。手紙を送るくらい容易いことであるというのに、今となっては彼女との思い出はあの人形くらいしか残ってはいない…。

 煌武院冥夜、否、今の名前は御剣冥夜。本来は煌武院悠陽の双子の妹であり、由緒正しい五摂家の血筋を引く娘である。だが、悠陽と双子の姉妹として生まれた彼女は、家を分かつ忌み子とされ、幼い頃には煌武院家の遠縁にあたる御剣家へと養子に送られることとなった。冥夜という名前も、悠陽の“影”という意味合いを含めて与えられた名前であるのだ。

 皇帝の言うとおり馬鹿馬鹿しいしきたりといえばしきたりだろう。だが、武家として古い家であればある程、そのような古くからのしきたりが重んじられる。まして煌武院家は五摂家という武家の頂点。それだけ格式ある家柄だからこそ古からの掟が重くみられる。  それは時に、個人の人生よりも…。

 悠陽本人は、唯一の肉親である冥夜の事を愛していた。帝都陥落の折も真っ先に彼女の行方を確かめさせたし、月詠中尉の従姉妹である月詠真那中尉には彼女の部下共々冥夜の護衛を命じさせている。だが、彼女への手紙は一度も送った事がない。ただ月詠真那中尉から送られる冥夜の近況報告を読み、聞くだけであり、彼女には手紙を一通たりとも送った事がないのだ。

家の掟など問題ではない。その気になればそんな物は政威大将軍の権威でどうとでもなるだろう。だが、それでも送らない、否、彼女には送ることが出来ないのだ…。

 冥夜が、己の妹が自分を恨んでいないか、憎んでいないか……、それが何よりも気になって…。そしてもしも己を憎んでいたのならば、どう詫びればいいのか分からなくて…。

 皇帝の言葉をきっかけに、心の中で苦しみ悩む悠陽…。そんな主を見かねて、月詠中尉は身を乗り出した。

 

 「……お、恐れながら陛下!!殿下もまた冥夜様の事を常々お気にかけておられて…!!」

 

「いかに気に掛けようともそれが相手に伝わらねば意味もありますまい。そのようなことは幼き子供でも分かる事ですよ、真耶」

 

 「……!!」

 

 悠陽を庇う言葉すらも皇帝にばっさり切り捨てられ、月詠中尉は沈黙してしまう。

 元来ならば己の主である悠陽が侮辱、愚弄されようものならば彼女も黙っていないだろう。もしも面前に居ようものなら一人残らず刀の錆に変えているに違いない。だが、今目の前に座る少年に対してはそれをしない、否、出来ない。

 なぜなら彼もまた彼女が忠誠を誓い、忠義を果たすべき存在だからである。

武家であり、帝国斯衛軍であり、政威大将軍に仕える身であるが故に…。

 そもそも斯衛軍の本来の役目は皇帝に仕え、その御身を守護するというものである。元来は禁裏を護り、帝の身を脅かす敵を討ち果たすことこそが斯衛軍の使命であり本懐。それは政威大将軍に仕える現代であっても変わることは無い。

 そんな本来仕えるべき主の言葉に悠陽の側近である月詠中尉も流石に反論できず、ガクリと肩を落として頭を垂らすしかなかった。意気消沈してしまっている二人の姿に幼帝はやれやれと言わんばかりに溜息を吐く。

 

 「聞くところによると冥夜もそなたの贈る物を悉く拒んでいるようですし…、全く姉妹揃って不器用というか何というか…

……まあいいでしょう。本当に冥夜の事を忘れていたというのならば本題を置いて説教の一つ二つするつもりでしたが、どうやらそうでもないようですし……、今回は許します」

 

 「……ありがたき幸せに御座います、陛下……」

 

 「ありがたき幸せ、ではありません!全く武家というのはどこもかしこも妙な習慣やら仕来たりやらに囚われて…。特に貴方達五摂家ときたら、煌武院と斑鳩、崇宰以外の二家は未だに当主も決められずに跡目争いなどをやっている始末…。この前とて斉御司と九條の者達が戦死した当主に代わる跡目について朕に意見を伺いに来ましたが…、つい先日まで未曾有の国難が迫ってきて国が滅びる瀬戸際だというのに、実に余裕なものだと常々感心していたのですよ?」

 

 ついでにその者等に関しては早々に引き取っていただきましたが…、と皇帝は若干皮肉混じりにブツブツと愚痴を呟いている。

 未だ12の幼い身とはいえ一国の元首たる皇帝からすれば、帝国がBETAに侵攻され、国内に二つのハイヴを建造されるという未曽有の危機に陥っているのにもかかわらず、元枢府の要であり斯衛軍と武家を束ねる五摂家の内の二家が暢気にお跡目争いなどをしている事が何よりも不満なようである。不満げに頬を膨らませて眉を顰めるその顔は、年相応に愛らしさすらも感じてしまう。その姿に悠陽も月詠中尉もポカンとしている。

 やがてこちらをじっと眺めている二人に気がついた皇帝は、僅かに頬を赤らめながら二、三度咳払いをする。

 

「し、失礼しました、今日はそなた達に愚痴をこぼす為に呼んだわけではないというのに…。まあそれはまたの機会という事で本題に入らせていただきましょう。

 真耶、すみませんが外してもらえますか?」

 

「……陛下の仰せとあらば…」

 

 皇帝の申し出に月詠中尉は頭を垂れて答えると己の仕える主へと一度頭を下げ、そのまま謁見の間の外へと出て行った。その姿を見送ると皇帝は再び悠陽へと視線を向け直す。

 

「さて、それでは話の続きなのですが……。

 朕がそなたを呼んだ理由、それは帝国をBETAの脅威から解放したあの怪獣…、ガメラについてです」

 

 「……」

 

 皇帝の口から出たガメラの名、それを聞いた悠陽は表情を引き締めて姿勢を正す。皇帝は悠陽をジッと見据えながらゆっくりと口を開き、問いかけた。

 

 「そなたはどう思いますか?かの怪獣について。突如として硫黄島から出現し、瞬く間に帝国のBETAとハイヴを殲滅したあの者に対して……。そなたがどう思っているのかを…。是非聞いてみたいのです」

 

 「私が……ですか?」

 

 己の主の問い掛けに悠陽は少し戸惑いながらも悠陽は心の中で思考する。

 あの怪獣について己がどう思うか…。それはあの怪獣が帝国の、ひいては人類の敵であるか味方であるか、という事について聞いているのだろうか…。

 それとも、あの怪獣についての正体について何か心当たりがあるかどうかという事であろうか…。

 

 「…恐れながら陛下、それはあの怪獣の正体の事でしょうか、それとも、あの怪獣が人類の敵となるか否かについてでしょうか…」

 

 悠陽は恐る恐ると言った様子で皇帝に問いかける。と、皇帝は指を顎に当てて何かを考えるような仕草をする。

 

 「ふむ…、正体はそなたどころかこの世界の誰もが掴めていますまい?でしたらそなたがあの怪獣についてどう思っているか、というのを聞かせてもらえませぬか?無論、あの怪獣が敵か味方か、についてでもかまいませぬよ?」

 

 「……御意」

 

 皇帝の返答を聞いた悠陽は一度瞳を閉じて考える。

 

 あの怪獣は己から見て何なのだろうか…。敵か、それとも味方か…。

 

 本当のところは分からない、何せ相手が何を思い、何を望んでハイヴを、BETAを滅ぼしているのかすらさえも分からないのだから…。だからこれはただの己の希望にすぎない、そうであって欲しいというただの願いかもしれない…。

 ややあって悠陽は瞳を開くと、ゆっくりと口を開く。

 

 「…恐れながら、あの怪獣は我々の、否、人類の味方かと…。あの怪獣は、ガメラはハイヴから生存者を二人助けだしました。ですから決して人間に敵対する存在ではないかと……」

 

 「そうですか……」

 

 悠陽の言葉を聞いた皇帝は、ただ一言そう答える。その表情は何処となく彼女の言葉に安心しているかのようであり、嬉しそうに微笑んでいる。

 こちらをジッと見据える悠陽の視線に、皇帝はただただ嬉しそうにクスクスと笑っている。

 

 「そうですか…。良かった、そなたならそう言うと思っていましたよ」

 

 「陛下…?」

 

 己の言葉に微笑む主を不思議そうに眺める悠陽。皇帝はそれを特に気にした様子も無くにただにこやかに笑っている。

 

 「朕もあの者は人類の敵ではない、と信じております、否、確信していると言ったところでしょうか。未だにあれが何者なのかも分かりませぬが、それでもあれは我が国の民を救ってくれた…、故に朕はあの者は人類の敵ではない、むしろこの星の希望となってくれるのかもしれぬと……、そう思うのですよ…」

 

 「御意…」

 

 どこか遠くを見るような目つきでそう呟く皇帝、悠陽は己の主の呟く言葉にただ頭を下げて応じるのだった。

 

 

 

 横浜暫定基地SIDE

 

 

 同じ頃、国連軍横浜暫定基地PX食堂にて。

 

 「ガメラに、ついて…?ふ、副司令はガメラについて何か知ってるんですか!?」

 

 突然夕呼からガメラについて知りたくないか、と問われた武は眼を剥いて夕呼へと詰め寄った。その隣の純夏も真剣な表情で夕呼をジッと見ている。一方のまりもは横目で夕呼を見ながらも目の前のキムチ鍋へとチラチラ視線を移しながら今にも泣きそうな表情をしている。

 そして、二人の視線を浴びながら楽しげにニヤニヤと笑う夕呼は、武の質問を聞き終えるとゆっくりと口を開いた。

 

 「いいえ、今はまだ何にも」

 

 「「「………はあ!?」」」

 

 夕呼のあっさりとした返答に武、純夏、そして先程までキムチ鍋とにらめっこをしていたまりもまでもが仰天して大声を上げる。それはそうだろう、ガメラについて知りたくないか、と言った本人がガメラの事など何も知らないと答えたのだから誰だって訳が分からなくなるはずだ。

一方夕呼は大声に耳を塞ぎながらもニヤニヤと余裕ありげな笑みは隠さない。

 

 「ちょっと~、突然大声出さないでよ~。鼓膜破れちゃったらどうするのよ~。心配しなくていいわよ。言ったでしょ?『今はまだ』って」

 

 「??そ、それってどういう事ですか?」

 

 夕呼の言葉に純夏は頭に疑問符を浮かべながら問いかけると、夕呼はクックッと含み笑いをしながら答え始める。

 

 「つまり、私はこれからあの怪獣についての研究、調査も並列してやっていくって事よ。ま、本来の研究の合間、って事になりそうだけど」

 

 「…あ、そういえば副司令さんってBETAをやっつける武器を作ってるんでしたっけ?」

 

「……少々訂正したい個所はあるけど、ま、その通りよ。極秘事項だから詳細は言えないけど、人類を勝利に導く計画って処ね。前はどうなるか分からなかったけどガメラのおかげでどうにか軌道に乗りそうだわ」

 

夕呼はご機嫌そうに笑いながらコーヒーを啜る。彼女の前の皿には三切れの卵サンドととろけたチーズと太い合成ソーセージの挟まったホットドッグが一つ…。

 

「……ってちょっと待ちなさいよ夕呼!!何で貴女だけボルシチでもキムチでもないメニューなのよ!!不公平でしょうが!!」

 

と、隣に座っていたまりもが今更夕呼のメニューに気がついたのかテーブルに拳を叩きつけて激昂する。再びキムチ鍋のスープがテーブルに飛び散ったために武、純夏は勿論のこと夕呼も優雅にコーヒーを飲みながら皿をテーブルから遠ざける。

 

「んっふっふ~♪これも特権って奴よ♪キムチもボルシチも昨日たっぷりご賞味させていただいたから朝食くらいは違うのにしないとねえ?大体まりも、量ならアンタのキムチ鍋のほうが多いじゃない?」

 

「冗談じゃないわよ!!ただでさえ辛い物苦手なのにこれだけの量を食べつくせなんてどういう拷問よ!!今すぐ交換して!!」

 

「いや~よ~。コレ食べながらアンタがキムチ鍋ヒイヒイ泣きながら食べるの見るのが今日の目的なんだから。あ、ついでにその鍋に入ってるキムチの辛さ、そこの二人のより数倍上だから♪」

 

「やっぱり嫌がらせか!!ふっざけんじゃないわよ夕呼!!アンタ私に嫌がらせして楽しむ事しか能にないのかこの性悪!!」

 

激昂のあまりまるで猛獣の如き絶叫をPX中に響き渡らせるまりも。そんな彼女の抗議も罵声もどこ吹く風と言った様子でサンドイッチをパクつきながら武と純夏への話を続ける。

 

「…で、何の話だったかしら?ああそうそうガメラの情報ね。まあ私にも研究があるんだけれど幸い私の知り合いにも何人か考古学とか生物学とかの専門家が居るから彼らに頼んでガメラの調査をしてもらってる訳よ。それでもし何かが分かったら貴方達に真っ先に一つ残さず伝えてあげようと思うんだけど……どう?」

 

「……い、いいんですか?そんなこと」

 

「どうせ公表する話もあるしね。それに貴方達には“知る権利”がある。何の問題も無いわ」

 

ニコニコと人のいい笑顔を浮かべながら答える夕呼。その左手にはサンドイッチとホットドッグの乗った皿をもち、右手に持った卵サンドをパクつき、さらにその横では赤鬼の如く怒り狂うまりもがなおも怒声を張り上げていたが…。

目の前で繰り広げられる何とも言えない光景に武も純夏も顔を引きつらせていたが、やはり何はともあれガメラに関する情報が貰えるのならば有難いことに変わりない。

 

「……あ、ありがとうございます副司令。どうかその時はお願いします…」

 

 「や、やっぱりガメラについて知りたいですから、ハイ…」

 

 「フフッ♪素直な子って好きよ?まあ料金については後払いって事で決まりね♪」

 

 「てくおらああああああああ!!!!私を無視するな夕呼オオオオオオオオオ!!!!」

 

 無事話を終えた三人の傍でまりもは、さながらどこぞの大怪獣か何かの如き怒号を未だに張り上げるのであった。無論三人、どころかPXに存在する人間すべては彼女の姿に見て見ぬふりをしていたのだが……。

 

 

 

 

 

 

「……ん?処で二人とも、全然箸進んでないじゃない?それそこまで辛くは無いはずよ?」

 

 「あ、あはは…、まあそうなんですけどね……」

 

 「流石に朝から、辛い物はちょっと………」

 

 「ん~そう?まあ流石に朝から辛い物は無いかな~。安心なさいって。もう朝鮮はクリアしたから次の『記念日』にはキムチは無いわよ。だからさあ食べた食べた♪」

 

 「うう~、二人ともお願い私の鍋も食べて~」

 

 「何一転して涙目になってお願いしてるのよまりも…」

 

 「ごめんなさい、無理っす」

 

 「非力な私を許してください……」

 

 「ヒドッ!!」

 

 こうしていつにもまして賑やかに、朝食の時間は過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……け、結局あの激辛鍋喰わされた……」

 

 「あうう~……、し、舌がヒリヒリするよ~…。しかも副司令さんだけ食べずにニヤニヤしていたし~…」

 

 「ご、ゴメンね二人とも…。どうしても、どうしても辛い物は駄目だったから…。うぐっ、の、喉が痛い…」

 

 結局あの後汗と涙を滝のように流してキムチ鍋を食べるまりもを放っておくことが出来ず、最終的に武と純夏の二人も一緒にキムチ鍋を食べる事となった。だがキムチ鍋の辛さは二人の想像以上であり、その規格外の辛さのせいで三人の喉はヒリヒリ痛み、舌には味覚が殆ど残っていない。

 流石に夕呼も悪いと思ったのか、はたまた十分楽しめて満足したからなのか三人に合成オレンジジュースと合成アイスクリームを奢ってくれたものの正直味覚など消し飛んでいるためにオレンジジュースはただの氷水を飲んでいるようにしか感じず、アイスクリームなどバニラの甘さが全く感じられずに単に雪か何かを舐めているようではあったが…。

 

 「でも軍曹さんって辛いの苦手だったんですね…。なんか意外です」

 

 「だな、何だか衛士の皆さんから鬼軍曹とかなんとか言われてるけど全然そういう風には見えないな」

 

 「鬼軍曹、ねえ…。まあそう言われるほどビシビシやってたって自覚はあるんだけど」

 

 常日頃衛士や訓練兵達から恐れられる神宮寺まりもという人物像と、今目の前に居る優しいお姉さんと言った風情のまりもとのギャップに武と純夏は改めて意外さを覚える。そんな二人の“鬼軍曹”発言には、流石にまりもも苦笑いするしかない。よもや此処まで有名になっているとは己自身も予想してはいなかった。

 まりもとて好き好んで訓練生に苛烈な教練を行っているわけではない。全ては生徒達に生き延びて欲しいがため。本当は己の教え子達には衛士になどなって欲しくは無い。教え子達には生き死にを掛けた戦場などに行かず、己のやりたい事を好きなだけやって幸せな一生を送って欲しい…、それがまりもの本当の願いなのである。

 だが、今の日本は危急存亡の時でありどうしたとしても子供達の年齢が一定以上になれば訓練兵となり、やがてBETAが跋扈する戦場へと送られる羽目になる。

 ならばせめて、せめて彼らには強くなってもらいたい。あの絶望の戦場から生き延びる強さを、決して犬死になどしない、生きる事を諦めない強さを心に抱いて欲しい…。だからこそ彼女はあえて教え子達へと鞭を振るうのである。

 

 「ふう……でもさ、鉄原とブラゴエスチェンスクのハイヴが無くなったって事は、暫くは日本にBETAが押し寄せてくることも無いってことだよな?それって確かにラッキーじゃん?」

 

 「そうだね!もう街を壊されたり人を殺されることも無いし、衛士の人達だって戦場に行かなくて済むんだもん!武ちゃんの言うとおりガメラさんってきっと正義のヒーローなんだよ!」

 

 「………」

 

 まりもの表情から何かを察したのか武と純夏の話題はガメラによって破壊されたハイヴ二つへと移る。新しくハイヴ二つが陥落したこと、それを成したのが己達を助けてくれた怪獣であるという事にはしゃぎ、嬉しそうに会話する二人…。そんな二人をジッと見つめるまりもの表情は、何処となく冴えない。まるで何かを悲しむような、痛みをこらえるかのような苦しそうな表情で二人を見ている。

 

 「…あの、神宮寺軍曹?聞いていますか?」

 

 「……え?」

 

 そのせいだからか、いつの間にかこちらへと視線を向けている二人に気がつかなかった。武と純夏は己の顔を心配そうに見ている。どうやら何かこちらに言っていたらしいがまりもは己の考えに没頭していたからなのか全く気がつかなかった。

 

 「え?あ、その……ご、ごめんなさい、何て言ったのかしら?聞こえなかったわ…」

 

 まりもは慌てて笑顔を作りながら大丈夫だと手を振ってアピールする。だが、武と純夏はそれでも心配そうにこちらを見ている。

 やがて純夏がおずおずとまりもに向かって口を開いた。

 

 「えっと……、軍曹さんは、ガメラさんの事どう思ってるのかなって…。日本をBETAから解放してくれたし、私達を助けてくれたし、お父さんお母さんの仇もとってくれたし……私と武ちゃんはヒーローだって思ってるんですけど…」

 

 純夏の問い掛けを聞いたまりもは、一度目を伏せる。その表情は先程と同じく、悲しげで、苦しげで、まるで何かを思いつめているかのようであった。

 純夏は心の中で、もしかしていけない事を質問しちゃったんだろうか、軍曹を傷つけてしまったんだろうか、と考え始める。が、まりもは直ぐに顔を上げて二人に笑顔を向けた。

 が、その顔は先程とは違ってどこか寂しげであった。

 

 「ガメラ、か……。そうね、私もガメラが日本を救ってくれた事については感謝している、かな…。もう教え子を戦場に送ることもそんなに無くなるだろうし、何よりこれ以上人が死んで行くのを見なくて済むから……。

 ……でも、それ以上にね、私はガメラが羨ましい。羨ましくってたまらなかったな…」

 

 「え……」

 

 寂しげな表情で笑うまりもの言葉に、武と純夏も茫然とする。

 羨ましい、まりもはガメラの事が羨ましいと言った。何故そんな事を、と武と純夏は視線で問いかける。するとまりもはどこか遠くを見るような視線でポツリポツリと語り始める。

 

 「私にもガメラみたいな力があったら、ハイヴなんてひと捻りで叩き潰せるような力があったら、教え子達を失わずに済んだかもしれない、戦場で、たくさんの部下達を、死なせずに済んだかもしれないって……ね。

 それから少し悲しくて、空しかった。あんなに多くの犠牲を出しても、私の戦友達や教え子達が何十人何百人英霊になっても落とすことが出来なかったハイヴを、たった一頭で、ああも簡単に陥落させて……。私達の戦いって、仲間達の犠牲って一体何だったんだろうって……。ひょっとしたら、単なる犬死にだったんじゃないかって考えちゃって……。

 フフッ、ゴメンなさい。こんなこと、教官である私が言っちゃ駄目よね?」

 

 弱弱しく笑うまりも、その目じりにはほんの僅かだが涙が浮かんでいる。

 彼女の告白に、純夏も武も何も言う事が出来なかった。確かにガメラは圧倒的な力でハイヴを叩き潰した、自分達を救い出して、日本を崩壊の危機から救い出した。

 だが、ガメラが出現する以前にも、この国からBETAの脅威を消し去ろうと多くの兵士が、衛士が戦い続けていた。帝国軍、斯衛軍、そして今二人が身を寄せる国連軍も…。

 全ての人達が命をかけて戦った。国を、故郷を護ろうとその命を盾とし、剣としてBETAという宇宙からの侵略者と戦いぬいたのだ。その中にはきっと、まりもの戦友や教え子達もいただろう。

 だが、それでもBETAの進撃は止められず、結果的に旧帝都京都は崩壊し、佐渡島と横浜、二か所にハイヴを建設される結果となった。帝国と国連軍はこれ以上のハイヴの増加を食い止めるため、横浜ハイヴにて消耗覚悟の定期的なBETAの間引きを行わざるを得なくなり、その結果として衛士の数はどんどん減少していく結果となった。

 己達の力では精々間引きが精一杯、それほどの物量を誇るBETAの本拠たるハイヴを、僅か一日で二つ殲滅してのけたガメラ……、あまりの力の差にまりもも自信を無くしていた。最もそれはまりもだけではなく、この日本帝国において軍の士官を務める者達は皆、同じような思いは少なからず抱いているのだ。

 強大なる力への畏怖と憧れ、そして矮小なる己らへの劣等感…。それがまりもの中で渦巻き、結果として散って行った英霊達の死は無駄死になのであろうかというセリフとなって飛び出したのだ。

 そんなまりもの姿を見ながら、武は…、

 

 「犬死にって…、そんなことは無いと思います、俺は」

 

 まりもの言葉を否定するように、そう呟いた。その瞳には、偽りのない確固とした意思が宿っている。彼の言葉にポカンと口を空けるまりもに、武は構わず言葉を続ける。

 

 「だって、帝国軍や国連軍の人達が戦ってくれていなかったら、俺達はもっと早くに死んでいたと思います。ガメラに助けられずにとっくにBETAの餌になっていたかもしれません。確かにハイヴは造られて、日本の半分は壊滅状態になってしまったけど…。

 それでも、俺達がこうして生きているのも、皆帝国軍や国連軍の人達が命を掛けて戦ってくれたからなんです。決して、決して無駄死になんかじゃありません!」

 

 「私も、武ちゃんの言うとおりだと思います!軍人の人達は皆必死になって、日本を護るために、私達を護るために戦ってくれたんですから、その戦いは絶対に無駄なんかじゃありません!ガメラさんだって、ガメラさんだって帝国軍や国連軍の人達が必死に頑張っていたから私達を、日本を助けに来てくれたんですよ、きっと!」

 

 「白銀、君…、鑑さん…」

 

 親も、友人も、故郷も失いたった二人だけ残った少年少女の言葉を、まりもは茫然と聞いていた。

 決して無駄なんかじゃない、自分の戦友達、教え子達、そして己達を残してくれた先人たちの犠牲は決して無駄なものなんかじゃない。犬死になんかでは決してない。二人の言い放った言葉が、まりもの心の中に深く深く響き渡る。

 その時、無意識に彼女の頬を涙が一筋伝い落ちた。無意識だったからなのか、まりもは涙を流しながらも茫然と立ち尽くしている。

 

 「あ、えっと、神宮寺軍曹…?な、涙……」

 

 「え、えっと!へ、変なこと言っちゃいました!?ご、ごめんなさい軍曹さん!!」

 

 「え?……あ」

 

 二人の慌てる言葉にようやく己が泣いていた事に気がついたまりもは急いで袖で涙をぬぐい取った。まりもにはその涙が不思議と不快に感じなかった。むしろ逆に……。

 

 「え、ええと軍曹殿!?お、俺もしかして失礼なことを言ってしまいましたか!?ほ、本当に申し訳ありませんこの通りです!!」

 

 「ごめんなさい!武ちゃんか私かわかりませんけどごめんなさい!このお詫びはちゃんとしますから…」

 

 「あ、あの落ち着いて?べ、別に怒ってる訳じゃあないんだから、ね?頭を上げてくれない?」

 

 仕舞には土下座しかねないまでに頭を下げる二人をまりもはやんわりと押しとどめる。その口元には何時も武と純夏に向けている優しげな笑みが浮かんでいる。

 恐る恐る顔を上げた二人に向かって、まりもは安心させるようににっこりとほほ笑んだ。

 

 「私は貴方達の言った事に怒ってなんかいないわ。むしろ…、嬉しかったのよ」

 

 「嬉しかった…んですか…?」

 

 「ええ」

 

 貴方達があの子達の、あの人達の死が無駄じゃないって、犬死にじゃないって言ってくれたことが、ね……。

 

 己の心の中でまりもはポツリとそう呟いた。

 

 

 

 夕呼SIDE

 

 一方朝食を終え研究室へと戻った夕呼は、そこで昨日の横浜ハイヴ跡の調査結果についての報告を受けていた。

 

 「ふうん……大広間に反応炉と、人間の物らしき脳髄が、ね…。……それってまだ生きてるの?」

 

 「現在調査中です、が、いずれ結果が出るかと。最も、脳髄のままでは生きていても仕方がないでしょうけど、ね…」

 

 興味深げな笑みを浮かべて調査資料及びハイヴ内部の写真へと目を通す夕呼。そんな彼女と言葉を交わしているのは目深に帽子をかぶり、眼鏡をかけた長身の男性である。着用している国連軍軍服の襟章の形状から、階級は少佐であることが分かる。

 資料から視線を上げた夕呼は、目の前の国連軍少佐らしき男に向かってニヤリと笑みを向けた。

 

 「ええ、確かに脳髄だけじゃあ意味無いかもねえ…。脳髄だけじゃ、ね…。…まあそれはそれとして、新入りの隊員達の調子はどうかしら?昂星サン?」

 

 「ふう…、その呼び方は親しみがあって好きなのですが、どうか公然では『坂口少佐』あるいは大隊長と呼んでくださるとうれしいですね?強制はしませんが」

 

 「安心なさいっての、ちゃんと公私は使い分けるわよ。今この場には私と貴方しかいないんだし、問題無いじゃない」

 

 「フフ、確かに」

 

 左官服の男、A-01所属ヴァルハラ大隊隊長兼、デリング中隊隊長坂口昂星は夕呼の言葉に帽子の縁をつかんでクスリと笑みを浮かべる。そんな彼の笑みに答えるかのように、夕呼もニヤリと唇を吊り上げる。

 

 「……で、新人たちの出来はどうだったかしら?」

 

 「初めての実戦、と言っても実際にBETAとの戦いは無かったのですが、伊隅大尉の報告とモニターで見た限りでは……まだまだ原石、と言ったところでしょうか?実際にBETAと戦えば一気に化ける可能性もありますが」

 

 「あらそれは困ったわねえ…、研磨しようにももう日本にはBETAは居ないしこれから大陸のハイヴも減っていく予定だし……、困ったわね~、このままじゃ新人の実践演習が出来ないじゃない~」

 

 「そこはJIVES、あるいは模擬戦でどうにかしていけば問題無いでしょうね。火渡君辺りがゴネそうですけれど、まあ問題は無いでしょう」

 

 坂口少佐はそう言って軽く肩を竦める。ガメラによって日本帝国内のハイヴはすべて破壊され、さらに日本最寄りのハイヴである鉄原も陥落した以上、これからA-01部隊にBETA、ハイヴ関連の任務はほぼ無いと予想できる。いかに香月夕呼直属で超法規的権限を持つとはいえ、日本から離れて別の国で活動するともなればそれ相応の手続きが必要になる。現状夕呼にはそこまで面倒な手続きをしてでも他国のハイヴを攻めるつもりは無い。他国のハイヴの殲滅は、ガメラにでもやらせておけばいい。今は兵力を温存し、手に入れた時間と素材を有効利用させてもらうだけだ。

 

 「ま、暫くは私の小間使いやガードマンっぽい事をしてもらうわ。今までに比べたら退屈な任務になるだろうけど、よろしくお願いね?」

 

 「ハイ、承知いたしましたレディー。如何様にもお申し付けを」

 

 本物の執事であるかのように恭しく頭を下げる坂口少佐、そんな彼に「頼りにしてるわよ執事さん(バトラー)」と笑いかけながら夕呼は再度手に持った資料へと視線を落とす。

 

 「ああ…、それにしてもいいものねえ。自分の思い通りに、自分にとっていい方に事が進むっていう事は…」

 

 まるで童女のようにご機嫌に笑う己の上官の姿に、坂口少佐は恭しく頭を下げるのであった。

 




 当作品内では、皇帝については名称以外は現実の天皇家とほぼ同じとさせていただきました。実際はどうか知りませんけど。
 だってマブラヴ本編でも皇帝って何なのかさっぱり出てこないんですもん…。政威大将軍とごっちゃにされてるんじゃなかろうかと…。
 噂では宮内庁から色々クレーム来たって話ですけど実際どうなんでしょ?

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