Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 今回再び人類サイドの話になります。…というかへたすりゃ人類サイドが多くなりかねない…。だってガメラの戦闘シーンもう大体書きつくしちゃった感があるしこのまま書いても全く同じ蹂躙劇になりかねないし…。あくまで第一形態での話ですが…。進化すればまた違う書き方出来るんですが…。
 今回は………まあ、なんというか、少々ご都合主義な展開になります。伏線は張っておいたんですけど、ね…。


第17話 数式

 

 東京、帝都城禁裏。全権代行である政威大将軍が政務をおこなう表御殿とは異なり、日本帝国元首たる皇帝が住まい日々の生活及び国事行為を行う場所。公の式典以外では滅多な事では禁裏から出る事は無い皇帝の為に、禁裏には皇帝が何不自由なく生活するための設備が整っている。

 とはいえBETA侵攻による軍事予算増大による予算削減により、現在ではそれらも必要最低限なレベルにまで抑えられてしまっている。コレに関してはBETA侵攻による国民の困窮、財政の逼迫を慮った皇帝自身の意向でもあったのだが。

 

 「……とはいえ、これでも所詮はスズメの涙程度の節約にしかなりませんが」

 

 そして現在禁裏の一室にて一人朝食をとる皇帝。その傍にはまだ幼い皇帝の補佐を務める初老の侍従長が控えている。膳に並んでいる料理は一見すると豪華そうに見えるものの、それらは全て合成食材。かつて帝都が京都であった頃には天然食材で作られた物を食していたのだが、BETAの侵攻によって日本本土の半分が破壊された結果、稲を始めとした農作物のみならず肉類魚介類等の食糧の生産量は大幅に激減、結果的に日本国民の食材は天然食材から天然食材を模した合成食材へと様変わりしていった。

それ故に皇帝は帝都移転の後に『民が困窮しているというのに己だけ天然食材を口にするわけにはいかない』という理由で禁裏での己の食事は全て合成食材とするように命じたのである。

 栄養価自体は天然食材と変わらないものの、味は天然食材には大幅に劣る。その為軍、政府の上層部の人間には未だに天然食材を食している人間もいる。最もBETA侵攻によって天然食材の生産ラインが壊滅状態となった今では、そんな人間は上層部でも殆ど居ないのだが…。

 禁裏には一流の料理人が付いており、よしんば合成食材であろうともそこそこのレベルにまで味は引き上げられている。それでも天然食材には遠く及ばないものの、国の緊急事態であるために贅沢は言ってはいられない。

現在は帝国を脅かしていたハイヴとBETAはガメラによって殲滅され、日本列島近辺のハイヴもガメラによって次々と殲滅されているため、ひとまずBETAの脅威は去り、帝国にもある程度の時間的余裕が出来ている。それでも帝国の食料自給率が回復するには数年はかかるだろうし、帝国軍再編成やら戦術機開発やらで相応の予算は絞り取られることになるだろうからもうしばらくは合成食材で我慢することになろうが…。

皇帝にとってはそれでも構わない。元々三食全てを合成食材とするよう命じたのは己であり、むしろ己の食事は十分食べられるように調理されてから出されている為に他と比べれば恵まれている方だろう。

彼が不満に感じているのは……

 

「……城内省も一体何を考えているのでしょうか…。この予算も足りない時世に斯衛軍専用の第三世代機を量産させようなどとは…。素直に不知火を使えばいいでしょうに…」

 

「斯衛は皇帝陛下と将軍殿下、ひいては帝都と帝国の民草を守護する刃、故にそれ相応の機体をという要請があったもので…。先の京都防衛戦におきましては試作機が一定の戦果を上げましたものですから…」

 

「そんな話はもう何遍も聞きました…!!朕が言っているのは予算の話です!BETAの脅威は去ったとはいえ帝国の財政状況は何時になく厳しい、民草も重税と徴兵で苦しみに喘いでいる状況ですよ!!確かにBETAとの戦いにはより性能の高い戦術機が必要でしょう、それは分かりますがただでさえ不知火の量産に四苦八苦している状況だというのにこの上新型の戦術機を生産する余裕があるというのですか!?」

 

「で、ですが斯衛軍の新型機開発につきましては92年の飛鳥計画にて決定しておりましたので…。それに正式配備に関しましては後2年はかかる模様との事で……」

 

「それについても知っています!!全く……城内省も斯衛軍も予算についての考えがないのでしょうか…。下手をしたら帝国はBETAではなく予算不足で滅亡するのでは…考え過ぎですか…」

 

幼いながらも世の政に聡い皇帝の愚痴に侍従長はただ冷や汗を流すしかない。

確かに城内省、というよりも帝国斯衛軍は予算に関する考え方が若干、というよりもかなり甘い。

初期の斯衛専用機瑞鶴にしても撃震に多少無理な強化改造をしてしまった結果、整備性と生産性が犠牲となっている。さらにそこから家柄ごとに異なるチューニングがされる為にただでさえ高い生産コストがより高額なものとなっている。恐らく新型機、通称『武御雷』にも同様のチューニングがなされる事は間違いない。ならばコストも瑞鶴とは比較にならないレベルにまで跳ね上がる事は想像に難くないだろう。整備性、生産性に至ってはもう言うには及ばない。

確かに斯衛軍は優秀な衛士、整備士が揃えられ、予算に関しても内閣から独立している城内省の権限である程度確保できるであろうが、それでも流石に限度がある。日本には不知火という世界初の第三世代機が存在するのだから第三世代機が欲しければそれを使えばいい話である。にも拘らず予算に余裕がないこの状況で斯衛専用の第三世代機を欲しがるというのは流石に贅沢と言われても仕方がないだろう。

もしもこの発言が斯衛軍の連中に知れたら一体どうなる事であろうか。他はともかく己達が政威大将軍以上に守護すべき主である皇帝陛下が斯衛軍に対して不平不満を漏らしていたなどと知ろうものなら驚天動地の騒ぎになるかもしれない。斯衛全軍揃って謝罪やら言い訳の為に禁裏まで押し掛けてくるのではなかろうか。実権そのものは将軍に譲渡してはいるものの、皇帝の権威は、日本帝国元首としての威光は未だに健在であるのだから。

 

「…まあいいでしょう。幸い帝国内と帝国周辺からはBETAの脅威は消えつつあります。議会もこれ幸いと各地の復興、軍備の再編に乗り出すでしょう。榊首相ならばそこは上手くやってくれるに違いありません。…最も、お飾りな朕には関係のない話かもしれませんが」

 

「陛下……」

 

食事を終えてごちそうさま、と手を合わせながら自嘲するかのように呟く皇帝に、侍従長は沈黙している。いかに権威があろうとも国の政に直接介入できるほどの力は無い。国の行く末を憂えても何も出来ないという無念さ、それが理解できるが故に…。

侍従長の視線に気がついた皇帝は大丈夫ですよ、と安心させるように笑顔を向ける。

 

「まあ予算に関しては朕でもどうしようもない事、悠陽と榊首相に任せるしかありますまい…。朕の気がかりはやはり、ガメラの事ですね」

 

 ガメラの名を口にした瞬間、皇帝の表情が一変する。先程までの憂いは一切消え去り、幼いながらも一国の元首、上に立つ者のみが持ちうる威厳と雰囲気が漂う顔へと変わる。

 己が主の変化に侍従長も姿勢を正す。皇帝はそんな彼に構わず話始める。

 

 「ウランバートルとクラスノヤルスクのハイヴを殲滅し、日本海付近で消息を絶つ…。いつも通りと言えばいつも通りです、が…」

 

 「…例の新種の超大型BETAの事でしょうか?」

 

 「それもあります。ですが、それ以上に気になるのは…」

 

 皇帝は両手の指を交差させて、何かを考えるかのように深々と息を吐き出す。

 

 「かの怪獣が何者なのか、何が目的なのか、ですね…。手掛かりたる石板、勾玉の分析はしていても何も掴めてはいないのですから」

 

 ガメラ出現から既に1週間が経過しようとしている。その間、日本帝国ではかの怪獣が何なのか、地球の生命体だとするならば一体どこから来たのか、という議論があちこちで沸き上がっていた。

 体表、あるいは血液でも採集して分析できればいいのだが、現状ガメラはBETAとの戦闘以外では深度数千メートルもの深海で眠っている為それは叶わない。

 現状かの怪獣の手掛かりは怪獣の背中で発見された数百にも及ぶ勾玉と石板以外には存在しない。

 石板に描かれた文字に関しては、石板の文字は北欧で用いられた古代ルーン文字に良く似た文体であり、“最後の希望 ガメラ、時の揺り籠に託す。禍の影 ギャオスと共に目覚める”と書かれている事、また勾玉に関してはその成分を分析した結果、この地球上に存在する物質、そしてBETA由来の物質とも全く異なる未知の金属である事、現状判明したのはこの二つのみである。

 碑文の意味するものは一体何なのか。最後の希望とは?禍の影、ギャオスとは一体何なのか?未だに議論には決着はついていない。

 

 「フム……。あの人なら何かを掴んでいるかもしれませんね…」

 

 と、皇帝は何かに思い至った様子で立ち上がると広間からさっさと出て行く。侍従長も皇帝につき従う形で彼の後ろについていく。

 

 「陛下、いかがなされましたか?」

 

 「いえ、ひょっとしたら彼女ならガメラについて何かを掴んでるかもしれませんから。…ああ態々こちらに呼び出さなくても構いません。彼女も研究で忙しいでしょうし、折角電話と言う手段があるのですからそれを用いなくては損でしょう?」

 

 「…陛下の仰せのままに」

 

 皇帝の問い掛けに侍従長は頭を下げながらそう答える。そんな彼の反応に構わず皇帝は年相応な笑顔でクスクスと笑っている。

 

 「フフッ、それにしても話すのは久しぶりですね、元気にしているでしょうか香月博士は」

 

 横浜の女狐、あるいは魔女と呼ばれ、同じ日本人でありながらも日本帝国から鼻つまみ者扱いされている国連軍横浜暫定基地所属の天才物理学者。その名を呟きながら皇帝は侍従長と共に己が私室へと向かうのであった。 

 

 

 

 横浜基地SIDE

 

 

 その頃、国連軍横浜暫定基地の香月夕呼の研究室で、ガメラに関する情報を夕呼から聞く為に、例え国連軍所属の人間でもめったに立ちいる事が許されない研究室を訪れた武と純夏は、夕呼の口から放たれた言葉に茫然としていた。

 

 「この世界で、何かが起きようとしている…?そ、それって一体何が…」

 

 「それに関しては私もまだ分からないわ。未だにガメラに関しては謎が多すぎるし、ギャオスって言うのが何なのかも掴めていない。さっきのアトランティス云々ってのも私の予想に過ぎないしね。……ただ」

 

 夕呼は片手に持ったカップを傾け、コーヒーを啜るとポツリと呟いた。

 

 「それらしい予兆なら、無いわけじゃあないわよ」

 

 「…え?予兆って?」

 

 「ん~、貴方達は知らないかしらねえ…。ちょうどBETAが旧帝都の京都付近まで侵攻してきた時の話なんだけど………ちょっと待って、確かそれに関する資料があったはずなんだけど…」

 

 と、突然夕呼はコーヒーを一気に飲み干すと周囲に散らばった書類を漁り始めた。どうやら先程言った“予兆”とやらに関する資料を探しているようではあったが何しろ何千何万もある紙の山からたった一枚かそこらであろう資料を探し出すなど不可能とは言わないが相当に困難であることは間違いないであろう。ついでにあれでもないこれでもないと紙をポイポイやたらめったらに投げつけるたびに、それが武や純夏、ついには今にも崩れそうな資料の山にまで命中してグラリと揺れる為、武と純夏からすれば恐ろしい事この上ない。

 

 「こ、香月副司令!!ちょ、ちょっとあまり紙を投げるのは……」

 

 「ちょっと黙ってて!あー全く、こうまで貯めこんじゃうと何処に何があったのか分からなくて仕方がない…。これは一度いるものといらない物とに分けて処分するしかないかしら…?ええっとこれでもないあれでも………!?」

 

 武の制止の訴えも碌に聞かずにポイポイプリント用紙を放り投げる夕呼、だが、その投げた資料の一つが武の背後に立つ巨大な紙の山に激突した瞬間、ついに限界を迎えた紙の山はまるで雪崩の如く武と純夏に向かって崩れ始めたのだ。

 

 「う、うおおおおおおおおお!!!だ、だから言わんこっちゃないいいいいい!!!」

 

 「た、たたたたた武ちゃん他のも崩れてき……ムギョア!!!」

 

 「ちょ、ちょちょちょちょ何でこうなるのよ!!こういうのはまりもの役目であって私の役目じゃ………ギャン!!!」

 

 一つの山の崩壊に連鎖するかのようにそれ以外の紙の山も一気に崩れ出してくる。膨大な紙の雨に武と純夏、ついでに全ての元凶である夕呼は纏めて一緒に呑みこまれる羽目になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 「あ~…畜生、死ぬかと思った…」

 

 「あうう~…。あ、頭にたんこぶが出来ちゃってる~…」

 

 「あーあ…、結局ますます分かんなくなっちゃったわねえ…。きちんと整理整頓したはずなんだけど…。本気でいらない資料選別して捨てたほうがいいかしら…」

 

 そして紙の山全てが崩れ去り、先程より比較にならない程の散らかり様となった香月夕呼の研究室…。武とは疲れ果てた様子で床に座り込み、純夏は瘤が出来た頭を押さえて涙目になり、夕呼は疲れ切った様子でコーヒーを啜っている。結局夕呼が探していた資料は見つからず、この部屋の散らかり様に夕呼も探すのをあきらめたらしい。

 

 「…あの、副司令さん…。片づけしますか?」

 

 「…別にいーわよ。どうせ見たって何が何だか分かんないでしょうし…。……っチ、これでもないわね…。机に置いてあったはずなのに何処にやったのかしら…」

 

 「そ、そうですか…」

 

 純夏の申し出をどうでも良さそうな口調で断る夕呼。そう言いながらも彼女は床に散らばった紙の山から何かを探している。その口ぶりから武と純夏に見せようとした資料で無い事は確かなようだが…。そんな夕呼の返答に武はほんの少しだけ周りに散らばった資料の中身に興味が生じ、適当な一枚を手に取ると軽く目を通して見る。

 

 「………」

 

 「うわあ……、何コレ…。何がなんだかさっぱり分からない…」

 

 隣で見ていた純夏の言うとおり、目の前の資料には何やらアルファベットと数字と何かの記号が適当に書きなぐられているだけのようであり、到底二人には理解できないような代物であった。なるほどこれなら夕呼が己達を研究室に通したのも分かる。こんなもの自分達どころか並の学者でも解読できないだろう。

 武は床に散らばっている他の資料にも目を走らせるが、どれもこれもがただの数字の羅列にしか見えず、到底己には理解できないような代物ばかりであった。

 

 「………あれ?」

 

 だが、とある資料を目にした瞬間、武の表情が一変した。そこに書いてあったのは意味不明な図式と数字と記号の羅列、今までのもの同様、武には理解不能な代物のはずだった、だが…。

 

 「ねえ武ちゃん、副司令さんが一度部屋を片付けるから終わったらまた来てって……武ちゃん?」

 

 「あら、それ私が研究してるものの数式じゃない、ちょうど探してたのよ。何処に行ったかと思ったけど……」

 

 純夏と夕呼の互いに異なる反応を耳にしながら、武は構わず手に持つ資料をパラパラと捲っていく。

 ただの数字の羅列、意味不明な図式、だが、だが武は何故か、これを見た事があった。見た記憶が確かにあったのだ。

 そう、それは今朝、夢で見た記憶…。目の前の夕呼と同姓同名で、全く同じ顔の物理教師が黒板に書き殴っていたあの………。

 

 「……これ……知ってる」

 

 「え?」

 

 「た、武ちゃん?」

 

 茫然とした武の声に夕呼は眉を上げて反応し、純夏はポカンとしている。と、次の瞬間、武は弾かれるように顔を上げると夕呼へと顔を向け、叫んだ。

 

 「俺、この数式を、この図を見た事がある…!これ、俺の夢の中で、夢の中の物理の授業で出てきた物と一緒だ…!」

 

 「………なんですと?」

 

 武の発言に夕呼は何を言ってるんだこいつは、と言わんばかりの形相で武を見ている。純夏はただ一人訳が分からないと言いたげな顔で武と夕呼を交互に見ていた。

 ただ一人武は数式を見ながらブツブツと何かを呟いている。

 

 「……そうだ、この式だ…。確かこの式にでっかくバッテンを書いてこの式はもう古いとか何とかいって此処に新しい数式を書き始めて………、うん、うん、何か知らないけど覚えてる……うん…」

 

 「た、武ちゃん、どうしちゃったの…?な、何か悪いものでも食べ…」

 

 「少し黙っててもらえるかしら?鑑」

 

 心配そうに顔を寄せてくる純夏を押さえて数式を見ながらブツブツつぶやく武へと顔を寄せる夕呼。その表情は何時になく真剣であり、常々武と純夏に見せていたおチャラけた雰囲気は微塵にも感じられない。

 夕呼は武に近寄るや否や両肩を鷲掴みにして己の方へと無理やり向けさせた。

 

 「白銀、その夢とかいうのについて、少し詳しく話してもらえないかしら」

 

 ガシリと肩を鷲掴みにされ、その感触でようやく我に返った武は反射的に論文から顔を上げ、その瞬間こちらを殺気のこもった視線で睨みつける夕呼の顔を直視しする羽目となった。

 いつもとは違う何やら鬼気迫る眼光でこちらを射抜いてくる夕呼に武は若干引きながらも、恐る恐ると言った風に口を開いた。

 もしも嘘をついたら己の命にかかわる…、冗談抜きでそう思えてしまう状況であったがために武は必死に己の見てきたあの奇妙な夢の内容を思い出す。

 

 「えっと、ですね…。俺がガメラに助けられてから見るようになった夢なんですけど…。この世界とは全く違う世界で、俺と純夏も両親と一緒に暮らしてて、BETAなんて影も形も無い平和な世界で普通の学生として暮らしてたんですけど……」

 

 「……それで?」

 

 「…で、俺と純夏が通っている高校で、神宮寺軍曹と香月副指令は教師をしていて、副司令は物理学の担当だったんですけど、授業の最中にこれと全く同じ公式を黒板に書き始めて……」

 

 「……それで!?」

 

 「……で、何だか訳が分からない事をごちゃごちゃ言った後に……ちょうどこの式の部分に大きくバッテンを書いてその隣に何か式を書き始めて、『これからは半導体を何億も並べる必要がないのよ!!』とか『これは論文にまとめないと!!』とか言って教室から飛び出して………てうお!?」

 

 話している最中に突然夕呼につき飛ばされて尻もちをつく武、突然の夕呼の行動に文句も言えずに唖然とする武であったがそんな彼に構わず夕呼は立ち上がると紙の山であふれかえる研究室を何やらブツブツ呟きながら歩き回る。通行を遮る紙の束は蹴り飛ばし投げ捨てて、時折掴み取った資料をパラパラ捲ってはそれも投げ捨てると言った風であり、完全に武と純夏は視界に入っていない、己の世界へと埋没している様子であった。

 はたから見れば完全な奇行、さながら夢遊病患者にすらも見える行動をとる夕呼に武と純夏は顔を見合わせる。が、何時までもこうしているわけにもいかず、とりあえず聞こえないかもしれないが話しかけてみるに越したことは無い。

 そう言う訳で武は恐る恐ると言った感じで夕呼に向かって声を掛けようとする。

 

 「あの~、副司令……」

 

 「白銀…!!」

 

 が、武が夕呼に声を掛けようとした瞬間、夕呼が先程よりも険しい形相、もはや魔女というよりも悪魔と言った方が相応しいんじゃないかと思うほどである。

 夕呼は何やら紙と鉛筆を握りしめながら紙の山を掻き分けて武に近寄ると、そのままキス出来てしまう程の距離で顔を突き合わせた。普通ならばこんな真近で美人の顔を拝めて興奮するところなのであるが、今の夕呼の顔はあまりにも恐ろしく欲情できる余地などありはしない。一方の純夏も普通ならば武が他の女性と此処まで接近していたのならば嫉妬しているはずなのだが、今の状況は夕呼の顔と雰囲気が恐ろしすぎて嫉妬の気持ちなど沸き上がってこない、むしろ武が夕呼に喰われるんじゃないかと本気で怯えている程だった。

 そして、当の夕呼は武の眼をジッと射抜くように睨みつけながら、地の底から響くような声で問い詰め始める。

 

 「…白銀、その夢に出てきた公式、覚えているかしら?」

 

 「……は、ははははハイ…!!な、何だか記憶にはっきり残ってて…」

 

 「……夢の中の私が駄目出しして修正したところも!?」

 

 「は、ハイイイイイイイ!!で、でもほんの途中までしか覚えていないので……「書いて」……は?」

 

 夕呼の問いかけにただただ首をガクガク動かしていると突然目の前に紙と鉛筆を差しだされる。ふと夕呼の顔を見上げるとその表情は何時になく鬼気迫っている、まるでようやく天国へと昇る一筋の蜘蛛の糸を見つけた地獄の亡者の如き顔をした。

 いつもの夕呼らしくない余裕のない表情に武が茫然としていると夕呼は部屋全体に響き渡らんばかりの絶叫を張り上げた。

 

 「覚えている限りでいいわ!!その内容を一つ残らず此処に書いて!!今すぐ!!」

 

 「い、イエッサー!!!ええっと確かまずは……」

 

 夕呼に怒鳴られるがままに紙へと鉛筆を走らせ始める武。だったがいかに記憶に残っていたとしても元々見ていて訳の分からない数式であり、ただただ意味も分からないままに己の頭に映像として映っている物をそのまま紙にまる写しするしかない。それはさながら読む事も訳す事も出来ない古代エジプトのヒエログリフをただひたすらノートに写すような徒労にしか思えない。

 武自身本当にこれであっているのだろうかと疑問を抱いてしまうが隣で夕呼がこちらを恐ろしい目つきで睨みつけている為、筆を止めるわけにもいかずに必死に夢の中の授業の記憶を思い出し続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その何とも不毛な作業を続けて10分以上が経過した頃であろうか…。

 

 「……ご、ごめんなさい香月副司令…。正直これ以上は無理です…」

 

 文字通り精根尽き果てた様子の白銀武は、片手をブルブル震わせながら必死に脳みそから引きずり出した記憶を頼りに書きあげたメモを夕呼へと差し出す。

 正直に言わせてもらうのならば、このメモでも記憶の中で夕呼が書いた内容のまだ半分もいってはいない。まだまだ他に羅列されていた内容はある筈なのだが何しろそこから先は記憶がおぼろげではっきりとは思い出せないのだ。しかも肝心の夕呼は教室から勝手に出ていってしまったし…。

 

 「ああ~、クソ。頭がいてえ…。何で夢の内容を必死こいて思い出さなきゃならないんだよ……」

 

 「た、武ちゃん大丈夫…?も、もう病室戻ろうか…?」

 

 「待て待て、まずは副指令に聞いてから、だ…。あの~、香月副司令、よろしいでしょう………か……?」

 

 夕呼にもう帰っていいか、と聞こうとした瞬間、武の表情、そして全身が硬直した。

 武が書いたメモ、その数式をジッと食い入るように見ながら夕呼は“ワラッていた”。

 まるで餓えた獣が極上の餌を見つけたように、何日も水を飲んでいなかった人間が砂漠の中にオアシスを見つけたかのように、否、もはやそれ以上と言っていいほどの歓喜の表情で笑っていたのだった。二人からすればとてつもなく不気味で奇怪な笑顔にしか見えなかったが……。

 

 「あ、あの……副司令、さん…?」

 

 「そう……そうだったのね…。ククッ、アハハハハハハハハハハハハハ!!こんな簡単な事だったのね!!フフフフフフフフフ掴めた!!ようやく掴めたわァ!!!」

 

 片手にはあの論文、もう片手には武の書いたメモを握りしめて高笑いをする副指令に純夏は若干引きながらも声をかける、が、歓喜に浸る夕呼には純夏の声が聞こえている様子は無い。純夏は武へと顔を向けると黙って首を左右に振る。

 

 「……どうする?武ちゃん」

 

 「もう俺達場違いだし、こっそり出ていくか…?どうせ気付かれないだろうし…」

 

 「………そ、そうだよね?じゃ、じゃあ早速……「貴方達……」……ヒイイイイイイイイイイイ!!!!!」

 

 このまま研究室からこっそり脱出しようと話し合っていた二人は、突然夕呼から声を掛けられて驚きのあまり張り裂けんばかりの絶叫を上げた。

 一方声をかけた夕呼はいつの間にか椅子に座って二人を呆れた表情で眺めている。ただその手にはあの論文とメモが握られていたが…。

 

 「何二人して驚いてるのよ。私これからちょっと研究があるから悪いけど今日はこのまま帰ってもらえないか、って言おうとしたんだけど?」

 

 「は、ハイイイイイイイ!!!か、帰らせてもらいますううううう!!!」

 

 「そ、そそそそそれじゃあ私達はこれで!!!」

 

 「ハイハイ、また何か用事がある時はまりもか伊隅を通じて連絡するから。……ああそれから白銀」

 

 「……え?」

 

 と、突然夕呼に声を掛けられて武は夕呼へと振り向いた。夕呼は武に向かって優しげな、あの初めて病室であった時に別れ際に向けた物と全く同じ頬笑みを武へと向けていた。

 

 「ありがとう、アンタのおかげでようやく私の研究が軌道に乗りそうだわ。このお礼は何時かさせて頂戴ね?」

 

 そう言って軽く投げキッスを送ってくる。どうやら何時になくご機嫌な様子の夕呼に武は少し顔を赤らめながら軽く頭を下げると紙の山を掻き分け掻き分け自動ドアを開けて研究室から廊下へと出た。そのあとに続いて純夏も出てくるが、その顔は先程とは違って何やら不機嫌そうであった。

 

 「あー…ったく香月副司令って本当に分からない人だな~。何だか感情の浮き沈みが激しいというかなんというか……、学者ってのは変人が多いって聞くけどあの人もそのたぐいなのかね…。なあ純夏?」

 

 「……そうだね、フンッ!」

 

 「……ておい、何膨れ面してるんだよ純夏…」

 

 不機嫌そうにそっぽを向く純夏は、ツーンとしたまま武を無視している。つい先ほど武が夕呼の投げキッスを受けて顔を真っ赤にしていた事に対して焼きもちを焼いているのだが、武には何故純夏が怒っているのかが分からず、ただどうしたものかと悩んでいる。…と。

 

 「ん?君達は…。こんなところで何をしているんだ?此処は関係者以外立ち入り禁止のはずだが…」

 

 「…あ!い、伊隅大尉!」「ふえっ!こ、こんにちはです!!」

 突然曲がり角から一人の女性士官が武と純夏の前に姿を現した。彼女の名前は伊隅みちる。夕呼と一緒に病室で二人の尋問を行った一人であり、二人とはすっかり顔なじみとなっていた。が、流石に国連軍の士官に変な態度をとるわけにはいかない為、武はもちろん膨れ面の純夏も姿勢を正す。

 そんな二人の様子にみちるはおかしそうに笑みを漏らす。

 

 「フッ、そんなに畏まらなくてもいい。もう知らない仲ではないのだからな。ところでなぜ君達が此処に。察するに香月副指令に呼ばれた、か?」

 

 「あ、ハイ!ガメラに関する情報が手に入ったって事で…。でもなんだか研究があるって言って外に出されてしまったんですが…」

 

 「………成程、そうなってしまったら暫くは研究室にこもりっぱなしだ。呼ばれでもしない限りあの研究室には入れないだろう…。処で君達はもう病室に戻るのだろう?折角だから送っていこうか?幸い今日は非番だからな」

 

 「え?じゃ、じゃああの、お、お願いします…」

 

 武と純夏が軽く頭を下げるとみちるはフッと優しく微笑み、「こっちだ」と先頭に立って歩き出した。武と純夏も彼女の後ろについて歩き出す。そして三人は歩きながら、互いに話し始めた。

 

 「ところで、今日の朝食はどうだった?朝っぱらからジンギスカンなど驚いただろう?」

 

 「はい。ちょっと驚いちゃいましたけどすごく美味しかったです!……ふ、二日前のキムチ一色のあれよりかは……」

 

 「ああ、あれか……。副指令がPXの人間に金を握らせて無理矢理メニューを変えたんだったな…。私は激辛焼き肉キムチ定食朝鮮風味、等とか言う代物にしたが…………、いかん、口に辛みが……」

 

 みちるは以前興味本位で食した激辛料理の味を思い出したのか眉を歪めて口元を押さえている。いかに歴戦の軍人とはいえ激辛料理の辛みには対抗できないらしい。その姿を見た純夏はまりもの姿を思い出してクスリと笑みを浮かべた。そんな彼女の反応にみちるはムッとした表情をする。

 

 「…む?何か私はおかしなことを言ったか?」

 

 「い、いえそうじゃなくて…。なんか軍曹さんと似てるなって。軍曹さんも辛いのが苦手で激辛キムチ鍋を涙目になって食べてましたから」

 

 「軍曹さん…?あぁ神宮寺軍曹か…。まさかあの人が、な…」

 

 純夏の言葉にみちるは若干驚いたように目を見開いた。涙目でキムチ鍋を食べるまりもの姿など、普段の鬼軍曹ぶりからは到底想像が出来なかったのだろう。

 

 「えっと、そんなに意外ですか?何か俺達にはいつも優しくしてくれますから普通にいい人だと思うんですけど……」

 

 「…いや、君の言う事は正しい。軍曹は本当は優しい人なんだ。ただな、訓練兵時代のあの人は文字通り“鬼”のように厳しかったからな。だから少々意外に感じただけさ」

 

 「へー…。何だか想像できませんね…」

 

 三人はそんな談笑を交わしながら基地の廊下を歩いていた。

 そんな何気ない会話をしていた武の頭に、ふと夕呼の言葉が思い出された。結局あの時うやむやになってしまったが、どうしても夕呼の言った“予兆”というものが気になる。

 旧帝都にBETAが侵攻した時ならばそこまで古い話ではない。ひょっとしたらみちるは何か知っているかもしれない…。そう考えた武はおずおずとみちるに声をかける。

 

 「あの…、大尉、一つ聞きたい事があるんですが…」

 

 「ん?何だ?私が知ってる事なら答えるが…」

 

 みちるの返答を聞いた武は一拍置くと思いきって問いを投げかける。

 

 「あの、前に京都にBETAが侵攻してきた時、何か変わった事とかありませんでしたか?何だか、BETA以外の怪獣とかが出てきた、とか…」

 

 「変わった事、だと?いきなり何だその質問は?」

 

 唐突な武の質問にみちるは眉を顰める。旧帝都防衛戦には確かに国連軍に所属している己も参加している。だが何故そんな事を突然己に聞きたがるのか。若干疑念を含んだ視線を武に送る。幾多の修羅場を潜り抜けてきた軍人の眼力に若干怯むものの、武はどうにか口を開く。

 

 「え、えっと……、その、ですね……、香月副指令がBETAが京都に進撃してきた時に、変な事が起きたって言ってまして…」

 

 「成程な、副指令が言ったのか……。フム、変わった事、か……、まあ一つあると言えばあるのだが……」

 

 顎に指を当てて考え込んでいたみちるは、何かに思い当ったのか複雑そうな表情を浮かべている。それはまるで話すべきなのか話すべきでないのか迷っているかのようであった。

 

 「…もしかして機密事項、とか?」

 

 「いや、機密ではないのだがな、私も人伝で聞いた話でにわかには信じがたい話なんだが………聞きたいか?」

 

 みちるが二人に問いかけると武と純夏は揃って頷く。二人の反応を見たみちるはまるで呆れたかのように軽く溜息を吐いた。

 

 「……分かった。だが少々話は長くなる。此処では何だし場所を移すとしようか」

 

 そう告げてくるみちるに、二人は再度頷くのだった。

 

 

 夕呼SIDE

 

 

 「あと少し……あと少しよ……」

 

 そして三人が病室に戻っている頃、誰もいなくなった研究室で夕呼は一心不乱にプリント用紙へとペンを走らせていた。その足元には既にインクが無くなり使い物にならなくなったペンが何本も転がっており、彼女の指先はインクによって真っ黒に汚れている。だが、今の彼女はそんな事を気にしている暇は無い。

 

 白銀武が書いたメモ、夢の中の“自分”が書いたとされている数式の一部、それを見た瞬間、己の脳に弾けんばかりの衝撃が走った。

 まるで長年探していた迷路の出口までの道順を解き明かしたかのような、難解なパズルの重要な一ピースをようやくはめ込む事が出来たかのような、そんな感覚を…。

 そこから先はまるで解けかかっているパズルを解いていくかのように、己の脳の中で次々と理論と数式が組み上がっていく。長年悩み苦しんでいた難問が嘘であるかのような爽快感に夕呼は半分夢心地な気分になりながらも、狂ったようにプリント用紙へと向かっているのだ。

 

 「成る、成るわ……!!これで、これで量子電導脳を構成する理論が完成する…!!オルタネイティヴ4も完遂できる…!!そうすれば……」

 

 人類は……この戦いに勝利できる…!!半ば狂気にみちた笑い声を上げながら、夕呼はプリント用紙に数式、図式を書きなぐる作業を続けるのであった。恐らく今の彼女の耳には何の雑音も入らないであろう。例え基地に爆弾が落ちようとも、耳元で怒鳴り声をあげられようとも。

 

 ……直ぐ近くの電話機がけたたましくコール音を鳴らしていようとも。

 

 

 

 

 




 実は武とガメラの記憶共有はこれのための伏線だったり……え?知ってた?
 まあさすがに純夏はこちらでは00ユニットにはなりませんが…。ネタばれになりますけど…。

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