Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 皆さんシルバーウィークいかがお過ごしでしょうか。私はそんなのねえよ畜生。
 土日以外は出勤で生憎祝日とは縁もなく終わってしまいました。どうにか終わる前に投稿できましたけど。
 


第18話 予感

 みちるに連れられて武と純夏がついた場所、そこはつい先程夕呼とまりもと一緒に朝食を食べたPXであった。己達が食事をした時にはジンギスカンを食べる客でごった返していた食堂は、既に朝食の時間は終わっている為か殆ど人は残っていない。

 入室したみちる、武、純夏の三人は窓際の一番隅の席に移動し、席に座る。

 

 「さて、まず何か飲み物でもどうだ?何、折角だから私が奢ろう」

 

 「ええ!?そ、そこまでしてもらって悪いです!」

 

 「遠慮するな、話は長くなるし私もちょうど何か飲みたかったところだ。メニューにある物を何でも注文するといい。…言っておくがアルコールは駄目だぞ?」

 

 申し訳なさそうな顔をする純夏を安心させるようにウィンクするみちる。結局彼女の言葉に甘えて武は合成コーラ、純夏は合成オレンジジュースを注文し、二人の注文を聞いたみちるはウェイトレスを呼ぶと武と純夏の注文したコーラとオレンジジュースに加えて、“いつもの栄養ドリンク”とかいう代物をウェイターに注文する。みちるの注文を聞いたウェイトレスは少しばかり顔を引き攣らせながらも一礼するとそのままカウンターへ戻っていく。

 遠ざかっていくウェイトレスの後姿を見送った純夏はチラリとドリンクのメニューを見た瞬間、キョトンとした表情を浮かべる。

 

 「あれ?大尉さん、さっき大尉さんが注文した栄養ドリンクってメニューの何処にもないんですけど…」

 

 「ん?あああれか。あれはもともとPXの購買で売られている代物なのだがな、個人的にお気に入りなものだから無理を言って私限定で特別に食堂でも出してもらっているんだ」

 

 「へえ、栄養ドリンクって話ですけど……美味いんですか?」

 

 「ああ美味いぞ。一度飲めば癖になる。何なら私が奢ろうか?」

 

 何ともご機嫌そうな顔で笑うみちる、そんな彼女の笑顔に武と純夏は、そんなにおいしいのなら飲んでみようか、と考えてしまう。

 その軽率な考えが後々後悔につながると知らずに…。

 

 「まあそれに関しては後にしておこう。さて、それでは早速始めるが…」

 

 みちるは一度口を閉じると目の前の二人へと視線を送る。先程まで浮かべていた笑顔から一転した真剣な眼差しに武と純夏は思わず身構えた。

 

 「まず君達に質問だ。君達はBETAとはどういうものなのかを知っているか?」

 

 「へ…?」

 

 「BETAがどういう存在か、ですか…?それと今日のお話とどう関係が…」

 

 「あると言えばある。とりあえず君達が知っているBETAについての知識を聞かせて貰えないか?」

 

 唐突なみちるの問い掛けに武と純夏もポカンとするが、みちるの表情と発言から今回の話に関して無関係な話ではないという事だけは二人にも理解はできた。その為二人は己の知っているBETAに関する数少ない知識を思い返す。

 

 「えっと……、宇宙から来た侵略者…?宇宙人、みたいなもので世界中に“ハイヴ”って名前の巣を作って人を沢山殺して世界を侵略している…、これであってるよね…、武ちゃん?」

 

 「ん…、確か副司令が人間を生命体を認識していないとかいってた気がするけど…」

 

 どうにか数少ない知識からBETAの情報を思い返し、代わる代わる発言した武と純夏はみちるの反応をじっと窺う。それはまるで教師の反応を伺う生徒か何かのようであった。

 一方二人の返答を聞いたみちるは、特に喜ぶ様子も怒る様子も無く、ただ何かに納得した様子で軽く頷いた。

 

 「……ま、そんなものだろう。とはいえ君達の言っている事もあながち間違いではない。しかしそれだけではまだ知識不足であるのも確かだ。話をする前にまず、BETAに関する基礎的な知識について教えるとしよう」

 

 そう言ってみちるは椅子の背もたれにもたれかかると、武と純夏に己の知っているBETAに関する事項についてポツリポツリと語り始めた。

 

 「まずBETAの正式名称は“人類に敵対的な地球外起源種”英語に訳すと“Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race”コレの頭文字を略してBETAという。

 奴らは大型、中型、小型でそれぞれ七種類、いや、先日発見された超大型種も含めたら八種類に分類されている。光線級、重光線級、突撃級、要撃級、要塞級、戦車級、闘士級、兵士級、といった具合にだ。此処まではいいか?」

 

 みちるの問い掛けに武と純夏はコクリと頷いた。二人の反応を見たみちるは説明を再開する。

 

 「奴らが何故月、そして地球に侵攻してきたかは不明だ。コミュニケーションが現状不可能である以上奴らの本当の目的を知る術は今のところ存在はしない。が、それでも現在までに判明した事項は幾つも存在する。

まず第一に奴らは地球上の生命体同様炭素系生命体である事。かつてBETAの死骸を回収、そしてBETAを生け捕りにして入手した情報だが、奴らには消化器官、呼吸器官等の通常生物が生命維持に用いるはずの臓器が存在しない、が、その体細胞体組織を分析した結果、奴らは地球上の生命と同じ炭素系生命体であることが判明している。

 そして第二だが、これは先程君が言ったのと同じ事なのだが “BETAは炭素系生命体を生命体とみなしてはいない”。まあ某国の研究結果によるものなのだが……」

 

 みちるがそこまで説明した時、彼女の話を黙々と聞いていた武はふと違和感を感じた。

 みちるの説明ではBETAは地球上の生物と同じ炭素系生命体なのだという。だが、それと同時にBETAは人類を含む炭素系生命体を生命体だとはみなしていないとも言っている。

 幾らなんでもおかしい。もしもそれが本当だとするならば、BETAは地球上の生命体だけではなく他ならぬ己自身すらも生命体とみなしていないのではないのか…?そんな疑問が武の脳裏へと沸き上がってきた。

 

 「あの…、一つ質問いいでしょうか?」

 

 「む?何かな?」

 

 おずおずと手を上げて質問の許可を求めてくる武に、みちるは特に気分を害した様子も無く応じる。みちるから許可をもらった武は早速先程抱いた疑問を口に出す。

 

 「えっと、確かBETAは炭素生命体なんですよね?」

 

 「ああ、研究結果によってそれは間違いないと証明されている」

 

 「それでBETAは炭素生命体を生命とみなしていないんですよね?」

 

 「そうだが………ああなるほど、君の聞きたい事が分かった」

 

 武の質問を聞き、それに返答していたみちるはやがて彼が何を言いたいのか合点がいったのか軽く頷くと、みちるは武へと逆に質問を投げかけた。

 

 「君はこう言いたいんだろう?『BETAは自分の事も生命体とみなしていないのですか?』と」

 

 「…!は、はい!だって可笑しいじゃないですか!自分達も炭素系生物だって言うのに炭素系生物を生物だって認めないって、それじゃあまるで……」

 

 「自分達も生物じゃないと言ってるようだ、か?確かに君の言うとおりだ。そのことについては未だに世界中で議論の的になっていてな、香月副司令もまだ掴めては居ないらしい。……と、来たな」

 

 と、突然みちるは言葉を切ると、二人とは別の方向へと視線を向けた。釣られて二人もそちらを見ると、何時の間にそこに居たのかみちるが飲み物を注文したウェイトレスが合成飲料の入ったコップ二つと何やらこげ茶色のいかにも不味そうな液体が並々と注がれたコップが乗せられたお盆を持って立っていた。

 

 「あの、ご注文のお飲物をお持ちしましたが…」

 

 「ああすまない、合成コーラは彼に、オレンジジュースは彼女の注文だ。私のは…」

 

 「コレですね?承知しています。ではごゆっくり」

 

 ウェイトレスは手際よく三人に飲み物を配り終えると一礼してそのまま厨房へと戻っていく。武の目の前にはコーラ、純夏の目の前にはオレンジジュース、そしてみちるの目の前にはあの正体不明の茶色い液体の注がれたコップが置かれている。

 武と純夏にはそれの正体は分からない。だがただ一目見ただけで明らかに“不味い”代物であるという事だけは理解できる。少なくとも決して美味いものではないだろう。

 だがみちるはその液体を見て待ちくたびれたと言わんばかりの笑顔を浮かべている。まさか彼女にはあれがおいしそうに見えるのだろうか?というかもしかして彼女の注文した栄養ドリンクというのは……。

 

 「あ、あの…、伊隅大尉…、その、その飲み物って……」

 

 「ん?ああこれか。これは先程私が注文した栄養ドリンクだ。見て分からないか?」

 

 武と純夏が予感したとおり、みちるの前におかれたそれは例の栄養ドリンクとやらに間違いないようだ。見て分からないかと言われたが二人にはそれがどうしても栄養ドリンクとは思えない。むしろ泥水と呼んだ方が適切かもしれない。

 が、みちるはその泥水の如き液体を実に美味しそうに飲んでいる。そんな彼女を見て武と純夏は思わずどん引きしてしまった。

 

 「……?なんだ?そんなに美味しそうか?飲みたいなら話が終わってから私が奢ってあげると……」

 

 「いいいいいいいいえいえ結構です!!そこまで大尉にお金を使わせてしまったら申し訳ありません!!な!な!純夏!?」

 

 「は、ははははははい!!私と武ちゃんはジュースだけで十分ですから!!」

 

 「フフッ、遠慮するな。いや正直言うとな、この栄養ドリンクが美味いとかいうと周りの人間は全員どん引きするんだ。しかもこれを飲むのは実質私以外居なくて少しさびしかったところなんだ。安物だからそこまで高くないし気にしなくていいぞ?」

 

 二人がこちらを凝視しているのを栄養ドリンクを欲しがっていると勘違いしたみちるの発言に、武と純夏は冷や汗を流しながら先程一瞬でも飲んでみようかなどと考えてしまった事を内心後悔し始めていた。

 でもひょっとしたら見た目はあれだけど実際はコーラやラムネよろしく美味しかったりして…!?等と心の中で僅かに希望は抱いていた。紙のように薄っぺらい希望ではあったが…。

 

 「おっと、話がそれたな。まあそう言う訳でBETAが何故炭素系生物を生命体とみなしていないかは現状不明だ。コミュニケーションも現段階では不可能だと言ってもいい。

ただBETAは一切同士討ちをしない。己達が炭素系生命体、すなわち自分達の認識からすれば人類と同じ“生命体ではない存在”なのにも拘らず、BETAと人類を区別、認識し、絶対に同士討ちを起こすようなことはしない。現にBETAの一種である光線属種のレーザーは絶対に味方を誤射しないという事がBETA大戦初期から判明していたからな。……最も死体の場合はこの限りではないがな」

 

 そこまで話したみちるは長話で少し疲れたのか椅子に凭れかかると例の栄養ドリンクをストローで一口啜る。

 武と純夏もみちるが口を閉じたので己達も目の前の飲み物をストローで啜る。合成飲料とはいってもそこそこ元の飲料と同じ味には近づけている代物である為、特別美味しくは無いものの二人は不味いとは感じなかった。

 ただ、武と純夏は気になっていた。此処まで話したBETAの特徴に関する話は確かに驚く事や己達の知らない事もあったが、それと京都防衛戦で起こった“予兆”というものとどう関係があるのか…。

 

 「あの…、BETAについては良く分かったんですけど、それと京都防衛戦の時に起きた事と何か関係があるのですか?」

 

 やがて我慢できなくなったのか純夏がおずおずと手を上げてみちるに質問する。栄養ドリンクを啜っていたみちるはチラリと純夏へ視線を送るとストローから口を放して少し困った表情でフウ…と軽く溜息を吐きだした。

 

 「…前置きが長くなってしまった。すまないな説明が下手で。……まあつまりBETAにはそういう性質が存在し、基本的に同士討ちはしないというのが常識だったという訳だ。……あの時まではな」

 

 「あの時…?」

 

 純夏の言葉にみちるは軽く頷くと両手の指を交差させてゆっくりと当時の事を思い返すように語り始めた。

 

 「1998年、北九州から上陸したBETAはその圧倒的な物量による戦力で瞬く間九州、四国、中国地方を制圧、ついに旧首都、京都まで迫っていた。

 無論帝国軍もこのまま手をこまねいていたわけではない。斯衛軍、国連軍、そして在日米軍との共同で帝都に防衛ラインを張り、BETAを迎撃する体制をとることとなった。

 今回の話はその防衛ラインの一つ、奈良で起きた出来事についてだ」

 

 淡々と語られるみちるの話を、武と純夏は黙って聞いていた。みちるは話を続ける。

 

 「当時奈良にもBETAの大集団が押し寄せていた。無論帝国軍も奈良防衛の為に一部兵力を割いて防衛に当てたが……、結果は惨敗。結局BETAが奈良に侵入するのを止められなかった。

 此処を突破されれば今度は東日本へのBETAの侵攻を許すことになる…。帝国軍はやむを得ず当時京都に置かれた防衛戦力の一部を奈良へと派遣する事となった。…最も派遣されたのは戦術機甲部隊一個大隊、奈良を蹂躙しつつあるBETAの大軍勢を相手にするには到底足りなかった」

 

 「そ、それじゃあその部隊は…全滅……?」

 

 BETAの物量は驚異的なものだ。津波のように押し寄せる軍勢の前では生半可な数の兵力など一瞬のうちに押し潰されてしまう。それは対BETA戦用に製造された戦術機もまた同じこと。

 京都防衛戦については己達も新聞、そして父母たちの話で知っていた。

 日本1000年の都である首都京都の陥落…。帝国軍と斯衛軍、そして国連軍が敗退したというニュースに、西日本から横浜へと避難してきた何万もの人々の姿に武と純夏、そして今は亡き両親達は心の底から絶望的な気分に、次は自分達の番だという憂鬱を抱いていたものだった。

 だからこそ二人は、みちるの話に出てきた戦術機甲大隊は全滅したと確信していた。

 勝ったはずがない、よしんばそこでBETAの群れをいったん退けたとしても、再度襲撃してきた軍勢に一人残らず押しつぶされたのだろう…、そんな悲観的な予想が二人の心に浮かんでいた。

 だが、次の瞬間飛び出したみちるの言葉は、二人のその予想を完全に打ち砕いた。

 

 「いや、逆だ。派遣された戦術機大隊は帰還した。死傷者0で、な」

 

 「…ええ!?」「う、嘘…」

 

 戦術機大隊帰還、それも死傷者0…。みちるの口から飛び出したその意外すぎる一言に武と純夏は仰天して身を乗り出してしまう。そんな二人に苦笑いを浮かべながらみちるは両手でこちらに詰め寄る二人を制止する。

 

 「本当だ。私も初めて知った時は嘘じゃないかと疑ったものだ。一時期戦線から逃亡したのかとも疑われたが事実は違った。彼らは本当に生き延びたんだ、あの過酷極まりない戦場に派遣されて、な」

 

 「ど、どうやって生き延びたんですか!?…あ!派遣された戦術機大隊が滅茶苦茶強かったとか…」

 

 「当時錬度の高い戦術機甲部隊はほぼ全て首都防衛に送られていた。よしんば彼らがそれ相応の実力を持っていたとしてもその時奈良に迫っていたBETAはおよそ10万以上…、とてもではないが無傷では済まない。しかも、だ、大隊の戦術機は殆ど損傷しておらず、さらに弾薬も殆ど消費されていない。いわばほぼ出撃当時と同じ状態で帰還した。

 何故か分かるか?」

 

 みちるの問い掛けに武と純夏は言葉に詰まってしまう。

 弾薬を一切消耗せず、機体に何の損傷も受けずにBETAの大軍を撃破する…。いくら軍人ではない二人でもそんな事は絶対不可能であるということぐらい分かる。

 仮に敵と戦わずに逃亡したというのならばまだ損耗がない事に関しては理解できるが、敵前逃亡に関してはみちるが否定している。

 ならば、一体全体何をやったのか…。武と純夏には想像がつかなかった。

 一方二人の悩む様子を栄養ドリンクを啜りながら眺めていたみちるは、そろそろ種明かしをしようと口からストローを放し、二人に答えを告げる。

 

 「答えは簡単だ。彼らは戦っていなかったんだ。BETAとはただの一度も」

 

 「……へ?」「た、戦って、ない?や、やっぱり逃げたんで……」

 

 「逃げてはいない。……簡単にいえばな、BETAとの戦いに向かったはずが戦うはずのBETAが全て居なくなってしまった、ということだ」

 

 みちるの言葉に武と純夏は全くもって訳が分からないと言いたげに首を傾げている。

 BETAが全ていなくなった?つまり軍ではなくBETAの方が逃げ出したという事なのか?だが今まで世界中の国家を蹂躙、崩壊へと追いやった程の物量を持つBETAが逃げ出すというのも到底考えられないが…。武と純夏は困惑にみちた視線をみちるへと向ける。

 みちるは二人の視線を受けとめながら、重々しい溜息を吐きだした。

 

 「私達も、というより帝国軍も信じられなかった。故にその戦術機甲大隊の隊員達には敵前逃亡の疑いまで掛けられたらしい。…まあ当然だが。

 だが、隊員の一人が戦術機搭載のビデオカメラに、当時の戦場の様相を撮影していたんだ。それが決定的な証拠となり、彼らの疑いは晴れる事となった。

 ……が、その映像を見た人間は全員唖然とした。かく言う私もな、国連軍の特権を使ってその映像を見たのだが、あまりにも現実味がないものだからこれは合成なんじゃないのか、と疑ったものだ」

 

 まるで独り言でも呟くかのように言葉を吐き出すみちる。彼女の話を聞いていた武と純夏は、仮にも国連軍の大尉であるみちるがそこまで言う映像の内容が少なからず気になった。

 恐らくその映像にあったのが例の“予兆”、あるいはそれに関係する事に違いない、そう考えた武は眉根を寄せるみちるに恐る恐る問いかける。

 

 「その……その映像の内容って…」

 

 武の問い掛けにみちるは一度武へと視線を向けるとストローに口をつける。が、いつの間に飲みつくしてしまったのかコップは空になっていた。みちるは軽く溜息を吐くと再びウェイトレスを呼んでドリンクのお代わりを注文する。空のコップを持って厨房へと戻るウェイトレスの背中を眺めていたみちるは、再度武と純夏へと視線を向け直すと映像で見たその“事実”を口に出した。

 

 「…BETA同士の、殺し合いだ」

 

 「…!?」「こ、殺し合い!?BETA同士が!?」

 

 ああ、とみちるは重々しく頷いた。その表情は映像の内容を思い出しているからなのか若干険しい。

 

 「何が起きたのかは全く分からないが、数十体のBETAが同類であるはずのBETAに狂ったかのように襲いかかっていたんだ。ある突撃級は小型種を次々と轢殺し、ある要塞級は触手を振り回して中型小型を踏みつぶし、本来味方を誤射しないはずの光線属種もレーザーを同胞であるはずのBETAに向けて照射していた…、文字通りの地獄絵図が繰り広げられていた。

 襲われている側のBETAは完全に無抵抗だった。碌に反撃も出来ず、いや、この場合はしなかったが正しいか?碌に反撃もせずにただ無抵抗に狂ったBETAの群れに殺されていった…。

 やがて無抵抗だったBETAは皆殺しにされ、残されたBETA共は今度は互いに互いを殺し合って……、全滅した。まるで自殺でもするかのようにな」

 

 そこまで話し終えたみちるは、まるで苦虫でも噛み潰したかのような表情で黙りこむ。そんな彼女の雰囲気に武と純夏も同じく黙らざるを得ない。無論、みちるが語った事実に対する衝撃も少なからずあったのだろうが。

 

 「……あ、あの…、お代り、お持ちいたしました…」

 

 と、突然三人のすぐ近くから何者かの声が聞こえてきたため、三人は同時に声の聞こえた方向へと振り向く。そこには何時の間にいたのか先程みちるの空のコップを持って行ったウェイトレスが飲み物を載せたお盆を持ちながら困惑の表情でこちらを眺めている。

 

 「…ん、すまないな。そこに置いておいてくれ」

 

 「は、ハッ!で、では失礼します!」

 

 ウェイトレスはドリンクをテーブルに置くとみちるに一度敬礼してそそくさと逃げるように厨房へと戻っていった。そんな彼女の後姿を眺めながらみちるは新しいドリンクへと口をつける。それをただ黙って眺めていた武と純夏もお互いの手元にあったドリンクを一口飲んだ。

 飲み物を口にして気分的に少しばかり楽になった為、純夏はみちるに先程の話に対する疑問を口にする。

 

 「えっと、大尉さん…。さっきBETAが互いに殺し合ったって聞きましたけど…。でもBETAって同士討ちをしないんじゃあ…」

 

 「それについても私にはさっぱりだ。確かにBETAには学習能力は存在する。奴らが時折予測不可能な行動をとる事についてももはや軍にとって驚くべき事じゃあない。だが…、BETA同士の同士討ちなど今の今まで聞いた事がない。確かにBETAがBETAを殺すという事例がないわけではないがそれは全て軍の作戦等によって引き起こされたもの、いわば事故のようなものだ。BETAが己の意思で行った事ではない。

 ……だが、あの映像のものは違った。あの映像のBETAは間違いなく、己の意思で味方を攻撃していた。あんな事例は私も見た事がないし、恐らく今の今まで目撃した人間など誰一人として居ないはずだ」

 

 みちるは険しい表情を崩さずに、武と純夏への話を続ける。

 

 「…研究者の話では、一部のBETAに何らかの異常があったのではないか、という説がある。何らかのウィルス、毒、あるいは電磁波か何かを受けてBETAが暴走したのではないか、という話だ。…最も回収したBETAの死骸には異常が見受けられず、真相は闇の中なのだがな。……ただ」

 

 みちるは一度口を閉じるとまるで何かを考えるように顎に手を当てて目を伏せる。が、直ぐに顔を上げて武と純夏へと顔を向ける。

 

 「後に判明した事だが、例の大隊がBETAと遭遇した地点と同様に、BETAが突然謎の同士討ちを始めた、という場所が奈良に複数存在することが判明した。その場所を詳しく調査したところ、BETAが突然同士討ちを始めたのは、ある村落から半径2、3kmの範囲内とのことだった。結果その場所だけはBETAの手が及ばずに済んだ訳なんだがな。当然国連軍と帝国軍はすぐさま調査に入ろうとしたらしい、が、当時は国内に二つハイヴが作られそれどころじゃなかったからな、結局後回しにされていたわけだ」

 

 そこまで話し終えたみちるはフウ…、と息を吐き出すと栄養ドリンクをストローで啜って一息つく。話を聞いていた武と純夏はみちるの語った“異変”の内容に少なからず唖然としている。

 本来ならあり得ないはずのBETA同士の殺し合い、しかもそれが特定の土地で起きている…。確かにこれは異常ともいえるだろう。何らかの異変が起きていると考えてもおかしくは無いだろう。

 しかしそれとガメラ、そして例の碑文にあった“ギャオス”とどう関係があるのか。ガメラが出現したのは例の異変の後、京都が陥落して日本にハイヴが二つ建設されてからだ。異変が起きた頃にはまだガメラは海の底に居たはず…。

 みちるの話を聞いても未だに謎だらけ、到底己達では分かりかねない。唯一何らかの手がかりをつかんでいるであろう夕呼も研究室に籠ってしまっているし、これ以上はどうしようもない。

 後は例の異変が起きたとされている村落の名前…、それ位なものだろう。それでも何らかの手がかりになるかもしれないが…。

 

 「えっと、その、村落の名前って、分かります?」

 

 「…ん?ああ、確か名前は……」

 

 南明日香村、とか言ったな…。

 

 武の問い掛けに、みちるはそう答えた。

 

 

 夕呼SIDE

 

 その頃武と純夏が部屋から出ていき、夕呼以外誰もいなくなった散らかり放題の研究室。二人が去った後夕呼は鬼気迫る勢いで周囲に存在する紙という紙に数式やら記号やらを書きなぐる作業をただひたすら繰り返していた。片手にはペンを、もう片手には己の書いた理論と、白銀武が夢で見たという書きかけの理論の書かれたメモ用紙を握りしめながら。

 

 そして、作業開始から3時間後……。

 

 「zzzzzzz……ん~、むにゃむにゃ……クフフフ……勝った、わあ……グゥ…」

 

 相も変わらず床に紙きれが散乱している研究室、その奥のデスクに香月夕呼は上体を投げ出すように突っ伏して、大いびきをかいて眠っている。時折妙な寝言やら笑い声を出しながらにまりと笑みを浮かべるものの、直ぐに寝息へと変わってしまう。

 無理もない。彼女はオルタネイティヴ4の要、量子電導脳構築の理論を完成させるために、文字通り寝る間すらも惜しんできた。睡眠時間が3時間を下回るのは当たり前、下手をすれば丸々一週間一睡もすることなく理論完成の為の研究を強行するというかのフランス皇帝すらも蒼褪めるほどの激務をこなしていたのだ。

 そんな彼女が今は達成感に満ち満ちた表情で寝息を立てている。コレが意味する事は一つしかない。

 

 ピリリッ ピリリッ ピリリッ

 

 デスクの上で山と積まれた紙を枕代わりにする夕呼、そんな彼女の耳に電話のコール音が響いてくる。夕呼は暫くむず痒そうに頭を小刻みに動かしていたが、やがてうっすらと双眸を開ける。

 

 「……ん、あぁぁぁぁぁぁぁぁ……、寝ちゃったわね…。ここのところ寝てなかったから数式完成と同時にばったりと………って数式は!?よ、涎とか垂れてないわよね!!」

 

 起きた瞬間は虚ろな目をしていた夕呼は、瞬時に目を見開くと己が枕としていた用紙の束へと視線を落とす。そこに書かれているのは己がようやく完成させた量子電導脳構築の為の数式、ようやく掴めたほんの僅かな、だが確実なヒントを元に導きだした人類勝利の為の切り札を創り上げる為のカギとなりうる代物なのだ。

 それに万が一涎で持たれていたらどうしようもない。夕呼は急いでプリント用紙をパラパラとめくって確認する。

 

 「…………よし、何ともないわね。良かったわ…。数式完成と同時に今までの疲労やら何やらが一気に押し寄せてきて一気に夢の中に一直線だったわねぇ。いったいどれくらい寝てたのかしら…」

 

 夕呼は何気なしに壁に掛けてある時計へと視線を向ける。が、見てみるとまだ30分程度しか経ってはいない。未だに眠気は残っており夕呼は目じりを擦りながら大あくびをする。と、ようやく先程からけたたましくコール音を鳴らす電話機に気がついた。

 

 「……ん?何電話?私もうゆっくり寝たいんだけど…」

 

 折角の睡眠を邪魔されて不機嫌そうに顔を顰めながら夕呼は受話器を取り上げ、耳に当てる。

 

 「はい、もしもし国連軍横浜暫定基地副司令香月夕呼ですが………ああ、これは陛下!お久しぶりですわ!」

 

 だが受話器を耳に当て、電話の向こう側の相手の声を聞いた瞬間、夕呼の表情は先程とは一転して明るくなる。まるで久しぶりに遠くに離れた友人と話をするかのような喜色満面の笑みで談笑している。

 

 「…はい、はい、それは申し訳ありません。何分研究で忙しかったものですから。でもおかげでようやく完成いたしましたわ。……本当ですよ?理論は完成して後は実践あるのみ、ついでに色々と材料が居るのですが、まあそれもたんまり見つかりましたからね…」

 

 ニコニコと笑いながら会話する夕呼、表裏も無い屈託のない笑顔はいかに彼女と親しい間柄の人間であってもそうは見る事が出来ないだろう。話している内容に関しては少々不穏なものもあるのだが。

 

 「…はい、その折にはまた陛下のお手を煩わせる事になるかもしれませんが……はい、はい、こちらこそよろしくお願いいたしますわ。………え?寝不足?……そうですわね、最近寝たのは一週間ほど前…………まあまあ陛下、無理しすぎだと言われてもそうしなければならない理由がこちらにありますので、そうお怒りにならないでください。はい、もうすぐにでも休ませていただきますので。……ありがたき幸せに御座いますわ、それでは、おやすみなさいませ」

 

 受話器の向こう側から通話が切られると、夕呼は受話器を電話機に戻してから大あくびをする。どうやら電話中は必死に眠気を押さえていたようであり、両目は眠そうに半開きとなっている。

 

 「……ん、そうね。陛下のお言葉に甘えて寝かせて貰おうかしら…。えーと、仮眠室仮眠室…」

 

 虚ろな目つきで椅子から立ち上がり、ふらふらと歩きだす夕呼。地面に散らばったプリント類を次々と踏みつぶし、時折躓いて転びそうになるものの直ぐに何事も無かったかのように歩き始め、やがて出入り口とは反対側の紙の山に半分埋もれている扉の前へと辿り着いた。

 そこが夕呼が寝室として使用している仮眠室。ここ最近では睡眠を研究室で済ましてしまっているせいで長らく使っていないせいで御覧の通りドアは紙の山に埋もれ、これをどかさなければ中に入れないのだが………。

 

 「……メンドい。此処で寝よ」

 

 即断即決、デスクに戻ると椅子の背もたれを倒し、そこに凭れて目を閉じると気持ちよさそうに寝息を立て始めた。長らく寝てなかった為に疲労が限界に達していたというのもあるが、今の彼女はようやく一仕事達成できた達成感と安堵でこれ以上ないほどに満ちていた。だからであろうか、今の彼女の寝顔は何とも幸せそうであった。

 

 その後彼女は丸々8時間以上眠り続けたのだが、その結果彼女は現在一番の“楽しみ”を見逃す羽目になってしまったのは、別の話。

 

 

 




 京都防衛戦とかそういうので既にばれているかもしれませんね。映画でも精神感応やら何やらやってましたし結構うってつけかと思ったんですけれど。

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