Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

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どうにか年内投稿できました…。生憎と遅筆なもので…。
 今回は第二章の序章………え?ガメラ3のその後はどうしたかって?あれはネタバレがいろいろあるので今回は後回しに…。
 ……と、とにかく新章突入、舞台は1978年のヨーロッパ。言わずもがな近日アニメ公開予定のシュバルツェスマーケンの舞台です!PCゲームも出ましたね。
 …最初に言っておきますがこの第二章は元々鉄分満載ヒロイングロ死上等な原作が元になっている以上少々鬱、グロシーンが出る可能性があります。……できる限り控え目にはするつもりですけどね。
 そして、まあ二次では原作乖離はまあよくあることなんですけれど……

 この章ではそれが特に著くなる予定です。いや割と冗談抜きで。まあガメラが乱入して鬱クラッシュしようとする時点でそうなることはまず必然なんですが。

 それでも私は一向に構わんッッとおっしゃる読者の方はどうぞお楽しみください。


第二章 ーschwarzesmarkenー 大怪獣空中決戦
プロローグ Der Anfang


 

 人類に敵対的な異星起源生命体、BETA。人類とかの存在との生命の存続を掛けた戦いは、1967年の第一次月面戦争の頃にまで遡る。

 圧倒的な物量差と月面という地球からの補給を受ける事が最も困難な場所での戦い等の幾多の人類にとって不利な条件が重なり続け、結果的に人類は月面基地を放棄、月面でのBETAとの初戦闘は敗北という結果に終わった。

 しかし、BETAとの戦いはまだ始まりに過ぎなかった。1973年、中華人民共和国新疆ウイグル自治区カシュガルにBETA降着ユニット、後にオリジナルハイヴと呼ばれる物体が月面より飛来。ついに地球におけるBETAと人類との戦争が始まった。

 大戦初期はBETAの物量差も関係ない航空爆撃機による絨毯爆撃により人類は優位を保っていた。対空兵力と航空兵力を持たないBETAは航空機を撃墜する事も爆撃を防ぐ事も出来ず、ただ一方的に蹂躙されるのみであった。

 この時は人類も、この戦いは直ぐに決着がつく、BETAなど大したことがないと楽観視していた。少なくとも地球上で戦う分には人類の勝利は疑い様がない、と。

が、その勝利への確信は二週間後、新種のBETA光線属種の出現によって突如として崩れ去る事となった。

 380㎞離れた高度一万m先の飛翔体を的確に捕捉可能、そして一度狙われたならばほぼ100%命中する脅威の命中率を誇るレーザーという武器の前に、人類の航空戦力は一瞬で無力化され、制空権は完全にBETAに奪われる結果となってしまう。

 新たなる戦力である光線属種、そしてその圧倒的物量で人類を一蹴したBETAは、ついにカシュガルハイヴから他の地への侵攻を開始した。

 倒せども倒せども湧き出るその圧倒的な物量、そしてレーザーによる航空兵力の無力化により、BETAの侵攻を食い止めようと試みた人類軍は次々と敗退、敗走を繰り返し、ついにはBETAによって故郷を、故国をも蹂躙され、食い荒らされる事となった。

 そしてBETAは蹂躙、征服した地へとまるで記念碑を建てるかのように己らの拠点である“ハイヴ”を建造していった。

 ハイヴ、それはカシュガルへと落下した“オリジナルハイヴ”から始まるBETAの地球侵略の為の前線基地であり、エネルギー補給のための拠点でもある場所、故に人類にとってBETAとの戦いに勝利するためにも必ずや攻略せねばならない場所であった。

 だが、ハイヴを守護するBETAの無限とも言うべき肉の城壁、鳥一匹すらも逃しはしないレーザーによる絶対防空能力により、人類は未だにハイヴを何一つ落とす事が出来ずにいる。それ以前に地球外生命体に侵略されつつあるという危機的状況の中、それでもなお国家の利益を追求し一致団結してBETAと戦う事が出来ずにおり、結果として人類はBETAの拠点を落とすどころか逆に奴らの侵攻を止めることすらできずにただただ無駄に犠牲を増やし、国土を蹂躙される憂き目に遭っている。

 光線属種によって無力化された航空兵力の補填、そしてハイヴ攻略の為の決戦兵器として開発された戦略歩行戦闘機、通称戦術機もまた、この大戦の行く末を覆すほどの決定的な戦力とはなりえず、BETAの勢力は中東、ソ連西端にまで達し、現在その勢力は欧州へと徐々に徐々に接近しつつあった。

 

 

 

 

 

 1978年、ソ連領ベラルーシ州、ミンスク。

 極寒の吹雪が吹き荒れ、視界が閉ざされるほどの豪雪が降り注ぐそこは、現在人類の存亡をかけた戦場と化していた。

 

 パレオロゴス作戦。1976年に建設されたミンスクハイヴ攻略の為に北大西洋条約機構(NATO)軍及びワルシャワ条約機構(WTO)軍の合同で行われた人類初のハイヴ攻略を目指した軍事作戦。そもそもミンスクはソ連と欧州を結ぶモスクワ街道の中心に位置する地域であり、この場所にハイヴを築かれるという事はBETAの手が欧州の、それも人口密集地域にまで及ぶということを意味している。

 それを危惧したNATO、WTO両軍司令部は東欧州戦線安定化を図るためにミンスクハイヴ排除に向けた一大軍事作戦を立案。西欧州、ウラル以東へと対比させた兵力を再結集させた後に攻勢を開始した。

 約二ヵ月間の戦闘の末、NATO、WTO両軍は各国主力軍の30%近くを損耗しながらもミンスクハイヴ周辺を包囲、作戦の総仕上げであるハイヴの突入を開始した。だが、ソ連空挺軍によるハイヴ強襲降下等幾つもの突入作戦が実行されたものの、そのいずれもが失敗。

 膨大な犠牲が出たことを重く見たNATO軍は戦術核によるハイヴモニュメントの破壊、及びBETAの一掃を提案する。が、アサバスカ落着ユニットの残骸よりG元素を入手したアメリカ同様にミンスクハイヴ内のG元素の入手をもくろむソ連首脳部が強硬に抵抗し、結果的に断念。その後ソ連軍第43戦術機甲師団、ヴォールグ連隊がハイヴの突入へと成功するものの、約三時間半で連隊はほぼ壊滅。その後、ハイヴ内から出現した大量のBETAによって戦線は押し返され、今や連合軍の命運は、風前の灯となりつつあった…。

 

 

 

 「はあっはあっはあっ……」

 

 「急げ!奴らは既にそこまで来てる!!このままだとBETA共の歯糞にされるぞ!!」

 

 「りょ、了解です…!!」

 

 吹きすさぶ豪雪の中、一人の兵士が息を切らしながら雪原を駆けている。彼だけではない。同じようなBDUを纏った10数名程度の兵士達が必死の表情で雪原を駆けていた。

 一番後ろには彼らを指揮する隊長らしき壮年の男が己の前方を走る兵士達に向かって叱咤の怒鳴り声を飛ばしている。

 彼らはWTO軍に派遣されたポーランド軍の歩兵部隊。包囲網の一角の要塞陣地の守りを担っていた部隊ではあったのだが、包囲網は壊滅、BETAと交戦をしていた戦車部隊に戦術機甲部隊も残らずBETAの大群へと飲み込まれてしまった。

 もはや生き残っているのは彼らのみ。あのままあの場所にいたとしても貧弱な歩兵武器しか扱えない己達ではただ無駄にBETAに引き潰され、喰われるのみだ。

 既に司令部からの退避命令も出ていたことが幸いし、彼らは合流地点へとひたすらに走っていた。背後から迫るBETAの追手を振り切りながら…。

 その中の兵士の一人、まだ十代程であろう年若い青年兵は、己にとってただ一つの命綱ともいえるAK-47(カラシニコフ)を、握りつぶさんばかりに握りしめながら必死に雪原を走る。

 顔に叩きつけられる雪に、青年兵は思わず目を閉じたくなる衝動に駆られる。だが、彼は必死に思いとどまる。もし瞼を閉じればあの光景が脳裡へと鮮明に蘇ってくるだろう。

 あの地獄が、そう、もはや地獄としか称しようもない凄惨な戦場の光景が。

 

 元々自分達部隊が配置されたのは後方だった。当然だ、戦術機や戦車のように中型、大型BETAに碌に対処できない自分達歩兵等前線に出たとしてもお荷物以外の何物でもない。もしも出番があるとするなら此処にまでBETAが侵攻してきたときのみ…、だから自分達が連中とやり合うことなどあるまい…。あのときはそんな軽い気持ちであった。

 

 ……そう、突如ハイヴから大量に出現したBETAによって包囲網が食い破られ、後方へと後退するという決定が出される時までは…。

 

 それから、地獄の撤退戦が始まった…。迫りくるBETA相手に迫撃砲、重機関砲、手榴弾、挙句はカラシニコフやら拳銃やらまで使って迎撃し、ひたすら逃げる…。だが、ただでさえ限りある上に戦術機と比較すれば貧弱極まりない装備で無尽蔵ともいえる物量のBETAを抑えきれるはずもない。前線でBETAを抑え込んでいた人間は勿論の事、己と同じ部隊の連中も、ついさっきまで冗談を言い合っていた自分と同い年の新兵達も次々と弾が尽き、傷を負い、抵抗も出来ぬままBETAによって八つ裂きにされ、潰され、喰われていった。

 今も己の網膜には死んでいく仲間達の姿が焼きつき、鼓膜には戦友達の助けを求める絶叫が、人間の体がBETAに咀嚼されていく生々しい音がこびり付いて離れない…。自分もそうなる、自分も同じように連中に惨たらしく殺されて奴らに喰われる…、自分だけじゃない、今生き延びている連中も、自分達を叱咤している隊長も、みんな、みんな、ただ血と内臓の詰まった肉袋となって奴らの餌に……!!!

 

 「……くっ!!」

 

 青年兵は唇を噛みしめる。あまりに強くかみしめた結果唇を噛みきって血が滲むがそんなものはもはや気にならない。

 冗談じゃない…!!こんなところで死んでなるものか!!青年兵の心に僅かに残されていた、人間に限らずあらゆる生物が本能的に持ちうるであろう“生きたい”という根源的な生存本能が心の奥底で湧き上がる。

 絶対に、絶対に生き延びる…!!そして、BETA共をぶっ殺してあいつらの仇を…。

 絶対にこのクソッタレな地獄から生き延びる、そしてBETAを倒すという誓いを心に刻みこむ彼、だったが……。

 

 「ヒッ、ギャアアアアアアアアア!!!」「た、助けてく……アアアアアアアアアア!!!!」「き、貴様ら逃げるな……あ、ガアアアアアアアアアア!!??」

 

 突如として背後から響き渡る絶叫、そしてまるで果実が潰されるような音と何かを噛み砕き、咀嚼する音…、それを聞いてしまった瞬間、青年兵は思わず足を止めてしまう。

 この音は、未だに耳にこびり付いて離れないこの音は……!!

 青年兵は恐る恐る背後を振り向く、その瞬間……!!

 

 「…………!!!!」

 

 彼は声にならない絶叫を張り上げた。その表情は恐怖で歪んで凍りつき、目は大きく見開かれたまま瞬きすらできず、目の前で再び繰り広げられる“地獄絵図”を凝視することとなった。

 つい先程まで自分と同じく雪原を走っていた兵士達が半狂乱になりながら小銃やら拳銃やらを乱射していた。……いつの間にかその場に出現していたBETA共へと。

 何故ここに、いつの間に追いつかれた、そんな疑問が青年兵の脳裏を一瞬よぎるがそんなものは目の前で繰り広げられる光景の前に直ぐに消えうせる。

 

 兵士達の絶叫、次々と鳴り響く銃声、そして体に突き刺さる銃弾を意にも介さず兵士達へと掴みかかり、首を、腕を、足を、上半身を、まるで粘土か何かのように引き千切るBETA…。

 そのたびに響き渡る絶叫、悲鳴、そして助けを求める声…、あの時、あの撤退前に見た光景、未だに網膜に焼きついて離れない凄惨な光景、さっきふりはらったはずのじごくえず……。

 

 「あ、ああ……あ……」

 

 青年兵は地面へとへたり込む。もはや彼は限界だった。精神的にも、身体的にも、再び目撃することとなったこの凄惨極まりない光景は、未だ前線に出たばかりのひよっ子である彼の精神の許容量をはるかに超えていた。

 股間が生温かい、どうやら失禁したようだ。何かが転がってきて足に当たる、ああ、コレハダレカノアタマカ…?

 

 「あ……ああ……、た、たす、け……」

 

 誰かが此方に手を伸ばしてくる。ああ、見知った顔だ。自分達を率いていた隊長だったな。あまりにも顔が血まみれで分からなかった……。頭の端で彼はそう、まるで他人事のようにぼんやりと考えた。己に向かって震えながらも延ばされる手、それは突然力なく地面に落ちた。力尽きて落ちたのではない、文字通り地面に落下したのだ。千切れた腕の先端からは血が流れ、純白の雪を深紅に染めていく。

 腕から先は、無い。よく見ればBETAが数匹密集して何かを貪り食っている。ああ、ひょっとしたらあれなのだろうな…。

 青年兵は手元にあるカラシニコフを構えて発砲するどころか、もはやそこに己の唯一の命綱がある事にすらも気が付いていないかのように茫然と目の前の地獄を眺めていた。

 そして、ついにBETAの内の一体が彼の存在に気がついた。己へとゆっくりと近寄るBETA、青年兵は動かない、動こうともしない。ただ黙って此方へと近づくBETAを眺めていた。

 

 “ああ、俺は死ぬのか…”青年兵は目の前に迫るBETAの姿をぼんやりと眺めながらポツリと心の中で呟いた。

 もういい、もう疲れた。早くこの悪夢は終わってくれ…。半ば現実逃避しながら青年兵は瞳を閉じる、そして彼へと掴みかかろうとするBETA…。

 

 だが、次の瞬間、“それ”は突然姿を現した。

 

 

 

 

 ドオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンンンンン!!!!

 

 

 

 「んな!?あ、うおああああああああああああ!!!????」

 

 突如として発生した振動と衝撃波、轟音に尻もちをついていた青年兵は後方へと吹き飛ばされた。雪で覆われた地面を転がり、服も顔も雪まみれになりながら必死に何が起きたのかと上体を起こす。

 

 その瞬間、青年兵の表情が先程までの諦め、絶望に満ちたものから驚愕へと一変する。

 目の前に無数にいたはずのBETAが居ない。否、いたという痕跡は残ってはいる。

 白い地べたに広がる毒々しい紫色の染み、散らばる肉片、それは紛れもなくあの忌々しいBETAのもので間違いない。

 でも何故?何故BETAがこのようなミンチ同然な姿に変わり果てている?さっきの衝撃と言い一体何があった?

 青年兵は戸惑いながら視線を上げる、…と。

 

 「……な、何だこれは!?」

 

 青年兵の視線の先にあったのは巨大な太い柱、直径4、5メートルはあろうかという黒い表面がゴツゴツとした岩肌の如き柱が二本、目の前に聳え立っていたのだ。さらにその二本の柱に支えられて何か巨大な岩山の如きゴツゴツとした堅牢なモノが聳え立っている。その真下には踏みつぶされた夥しいBETAの死骸…。

 間違いない、BETAは突然出現したコイツによって潰されたのだ。だが、これは一体…。

 茫然と目の前に立つ其れを見上げる青年兵。だが、まじまじとそれを眺めていた彼はふとある事に気がついた。

 

 「あれは……血か?」

 

 よく見るとその巨大な何かの彼方此方には大小様々な傷が付いており、そこから緑色の液体らしきものが滲みだしている。それだけではない、その巨大な何かは時折体をゆすりながら唸り声のようなものを上げているのだ。

 もしかするとこれは生物、だとするならあの流れる緑の液体はあの生物の血、という事なのだろうか…。

 だがこんな巨大な生物、BETA以外には見た事が無い。ならこいつもBETAなのか?無数の傷も攻撃によって受けたものと仮定すれば説明もつく。しかし……。

 

 「本当に、BETAなのか…?」

 

 ならばなぜこいつはBETAを踏みつぶした?本来同士討ちをすることは決してない筈だというのに…。青年兵は釈然としない面持ちで目の前の巨獣を見上げている、と……。

 

 「……!?な、なんだ!?」

 

 突如として彼の周囲、否、怪獣の周囲に猛烈な突風が発生する。まるで怪獣へと集まるかのように吹き荒れる突風に、青年兵は地面に這いつくばって耐えるしかなかった。

 その時、ふと視線が巨大な足と足の間、怪獣の向こう側に広がる雪原へと向けられ、青年兵は瞬時に青褪めた。

 その先に広がる雪原、それを覆い尽くすかのように広がり蠢く何か。彼にはそれが何か分かった。何故ならそれは、従軍して幾度となく彼にこの世の地獄を見せてきた存在なのだから…。

 

 「BETA…、ウソだろ……何なんだあの数は…」

 

 紛れもないBETA、それも目視が確かだとするなら恐らくは旅団規模…。

 ここまでか…、青年兵は唇を噛みしめる。戦術機甲師団ですらも不覚を取りかねないBETAの軍勢、それを戦術機どころか機械化歩兵装備、強化装備すらも纏っておらずカラシニコフ一丁しか持たない歩兵である己が対処できるはずがない…。

 もう逃げるしかない。でも一体どこに?それ以前にあのとてつもない速度で迫ってくるBETAの大軍勢を振り切って逃げ切れるというのか?

 それでも逃げるしかない。この怪獣が盾になっている隙にできる限り遠くへと。あの群れを前にこいつは直ぐ喰い尽されるかもしれないがそれでも僅かに時間は稼げるはず…!!

 そこまで考えた青年兵は突風の中どうにか立ち上がり、一目散に走り出そうとする。

 

 が、次の瞬間……!!

 

 『グルオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアア!!!!!』

 

 雷鳴の如く響き渡る咆哮、そして何かが発射されるかのような轟音。反射的に背後へと振り向いた青年兵が見たものは、迫りくるBETAの軍勢へと放たれる太陽の如く輝く灼熱の火球、そしてそれはまっすぐにBETAへと突き進んで着弾、と同時に轟音を響かせて大爆発を起こした。

 もはや戦術核にすら比肩しうるであろう威力の爆発と共に放たれる熱風は、離れた場所にいるはずの青年兵にまで達する。その熱量と烈風によって地面の雪は瞬時に溶け、吹き荒れていた吹雪すらも逆に熱と豪風によって吹き飛ばされる。その台風にすら匹敵しかねない暴風に青年兵は耐えられずに再び地面へと這いつくばって熱風から身を守る。熱風は青年兵へと容赦なく襲いかかり、彼の全身を焼き焦がすほどの熱量を風圧と共に叩きつけてくるが彼は必死に歯をくいしばって耐える。

 やがて熱風がやみ、辺りが静寂に包まれる。吹き荒れる熱風が収まったことで青年兵は恐る恐る体を起こした。そして眼前の光景を目にした瞬間、彼は驚愕のあまり目を見開いた。

 BETAが、居ない。あれだけ群れをなして押し寄せていたBETAが影も形もない。ただ黒く焼け焦げた大地とそこから立ち上る煙、そして先程の爆発の影響か、空全体を覆っていた黒雲は一部が抉れ、そこから太陽が顔を覗かせている。いつの間にやら吹雪も収まっていた。

 

 『グルアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオンンンンンンン!!!!!』

 

 呆けた表情で目の前の焼け野原を眺める青年兵をしり目に、怪獣は前へと一歩踏み出すとまるで勝利の雄たけびを上げるかのように高らかな咆哮を張り上げる。と、次の瞬間怪獣の両足から猛烈な勢いで爆風が噴出し始める。

 

 「……!?」

 

 瞬時に青年兵は両腕で顔を庇う。それと同時に再び周囲は猛烈な熱風に見舞われる。そして熱風がやみ、青年兵が両腕をどけると、目の前には何も存在しなかった。あの巨大な生物の姿は影も形もない。唯一眼前に広がる焼け焦げた大地、そして雪が残らず消し飛ばされて剥き出しとなった地べたのみがその生物が確かにそこにいたという証明であった。

 

 「あれは……、一体……」

 

 地面から立ち上がりながら茫然と立ち尽くす青年兵。先程まで怪獣が立っていた場所へと足を進める。そこには何もない。先程の爆風で吹き飛ばされたのかBETAの死骸も戦友達の遺体も何も残されてはいない。ただ雪の下にあった剥き出しの土がそこにあるだけであった。

 

 「生き延びた、んだよな…」

 

 立ち止まったその場に膝をつきながら、青年兵は独り言のようにそう呟く。

 生き延びた、生き延びてしまった。部隊の中でただ一人、自分一人が生き延びてしまった。他の仲間は、皆死んでしまったというのに…。青年兵の頬を涙が伝い地面に落ちる。

 地べたに這いつくばり、一人静かに慟哭する青年兵。だったが、ふと地面に叩きつけた右手が硬い何かに触れた。

 ふと視線を手元に落とす青年兵は、右手をどけてその下にあるものを確かめる。

 それは、かぎ状の形状をした赤い石。片方の丸く膨らんだ先端にはまるでひもを通すために開けられたかのような穴が開いており、どう考えても自然にできたものとは考えられない。

 青年兵は黙って石を拾い上げると、それを空へと翳した。雲の切れ目から差し込む陽光に照らされ、石は赤く鈍い輝きを放つ。

 

 「…俺に、まだ生きろって、ことなのか…」

 

 青年兵の言葉に答えるものは、荒涼とした荒野には誰もいなかった。

 

 

 

 その後彼は友軍の兵士の手によって無事救出され、歩兵部隊唯一の“生存者”として生き残った。そして同じ頃、戦線の指揮を取っていたNATO、WTO連合軍司令部にはにわかには信じがたい報告が入っていた。

 

 

 

 ミンスクハイヴ、突如内部より爆発炎上。内部に残留していたBETAは全滅、それ以外の外部へ展開していたBETAもまたその殆どが空から降り注ぐ火球に焼かれて謎の消滅をした、と…。

 

 数十万の兵力をもってしても落とす事が叶わなかったハイヴの突然の陥落、その一報は上層部だけではなく前線で戦う兵士達にまでも波及した。上から下まで大騒ぎする事態の中、ただ一人、あの地獄の戦場からただ一人生還したあの青年兵だけは右手にあの赤い石を握りしめながら冷静さを保っていた。

 

 あの怪獣だ、あの怪獣がやったのだ、と心の中で確信を抱きながら……。

 

 これから世界はどう動いていくのかは分からない。あの怪獣が何だったのか、そもそもなぜBETAを攻撃したのかも全く分からない。ただ、一つだけ分かる事はある。

 

 自分は、自分達は救われたのだ、ということに……。

 

 

 

 

 

 そう、確かに彼は、否、彼をも含む多くの人間は救われた。ミンスクハイヴの陥落によってポーランド崩壊の危機は遠のき、ひとまずの平穏を得る事が出来た。

 

 だが、誰も知らなかった、知ることはなかった。この変化が人類に、そしてこの星に多いなる歪みを、災いを引き起こすことになるという事を、今この場に、この世界に生きている誰もが知ることはなかったのだ……。

 

 

 

 バタフライ効果というものがある。遠くの蝶の羽ばたきが、遥か遠くの場所において嵐を、竜巻を引き起こす事がある、すなわちほんの些細な小さな出来事が、後々にとてつもなく巨大な現象を引き起こす引き金になるという理論である。

 

とてつもなく小さな揺らぎに、幾つもの偶然が重なった結果、強大な揺らぎを世界へと巻き起こす……、荒唐無稽なようでいて、現実にあり得てしまうであろう話…。

 

ならばそれが小さな現象ではなく、より巨大な現象であるならばどうなるだろうか。

 

未知の巨大怪獣の出現、そしてミンスクハイヴの崩壊…。蝶の羽ばたきとは比べ物にならない程巨大な揺らぎ…。それは竜巻という局地的な現象すら超え、世界の歴史、人類の、そしてこの星の命運そのものにまで影響を与える巨大な渦となりうるのだ…。

 

 

 

 

そして、“それ”はすでに脈動を始めていた。

 

この世界には本来存在しないモノ、本来ならば誕生する前にBETAにより容易く潰されていたはずのモノ…。

 

 人の目につかぬ、暗鬱とした穴倉の中で、永い永い時の中で“それ”は目覚めの時を待ち続けていた。

 

 全ては“奴”を殺す為に―。

 

 この世の生命全てを貪り尽くす為に―。

 

 そして今、その時がやってきた…。

 

 こうして、狂いに狂った運命の針は回り始める。

 

 暗い暗い闇の中、そこに眠る幾つもの“卵”が揺れ、ひび割れ、“奴ら”がそのおぞましい姿をこの世にさらけ出す。

 

 『ギィ……、ギャオオオオオオオオオオオオオ!!!』

 

 全ての文明を滅ぼす為に、全ての生命を食らう為に創り出された“禍の影”は、この混迷の世界で今高らかに産声を上げた…。

 




 今回はプロローグということで少し短めになっております。例によってオリキャラ出したりと色々詰め込んでおりますがね。つーか柴犬のキャラ誰一人出てきてねえ…。
 さて、これが今年最後の投稿になります。第二章の本格的な開始は来年になりそうです…。ちょうど柴犬アニメが放映される頃か…。……OP大丈夫かな、ピロピロでなければいいんですが……。

 それでは皆様、良いお年を。

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