Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 あけましておめでとうございます、と言っても今更ですか…。
 かなり間が空いてしまいましたが今年初めての投稿になります!どうか今年もよろしくお願いします!

 とりあえず今回はガメラ休眠と黒の宣告中隊メンバーの顔だし程度の話です。なんだか原作と設定が変わってたり性格変わってるキャラがいたりしますが、それはまあガメラが好き勝手やったバタフライエフェクト、という奴で…。


第1話 Der Ausbruch des Krieges-開戦ー

 

 『うう……、畜生…、体が痛い、力が抜ける…、飛んでるだけで骨が折れ、いやもう粉々になる。つーかもう飛んでるのも辛い…』

 

 『我慢したまえ、そもそも私は早々に海に潜って回復するように勧めたはずだ。それを君は無理をしてハイヴ殲滅などやらかすなど……、重傷を負いながら戦闘をしたのだ、自業自得だろう?』

 

 『そ、そりゃ、そうだけど……』

 

 ミンスクハイヴを殲滅後、巨大怪獣、ガメラは円盤のように回転しながら吹雪吹き荒れる天空を飛行していた。だが、その身に負った甚大なダメージは未だに癒されてはおらず、時折空で危なげにふらつき、挙句転落しそうになっている。

 無理もない。既に重傷を負っているみにも拘らず何万もの数のBETA、そしてフェイズ2とはいえハイヴの殲滅を行ったのだ。この世の生命体の中でも屈指の頑健さを誇る怪獣の体といえども何とも無い方がおかしい。現在のガメラの体力とダメージは限界を越えている。本当ならばすぐにでも休眠に入って体を癒さなければならないレベルである。

 

 『畜生……、あのG弾間違いなくアメリカだろうけど、まさかあんなときに撃ってくるなんて……』

 

 『……君の記憶で観てはいたが予想以上の威力ではあるな、だが同時にあれは危険だ。成程、地球が瀕死となるも無理もない話だ』

 

 『ん、まああれは副作用で重力異常起こさせるから当然っちゃ当然なんだが…』

 

 元々G弾はありとあらゆる質量をもつ物質をナノレベルにまで分解する兵器、事実上この兵器で破壊できない物質はこの地球上には存在しないと言える。直撃では無いにしてもそんなものを喰らって生きているだけでもガメラの生命力、というより頑丈さはずば抜けていると言えるだろう。

 だがそれだけの破壊力を誇るがゆえに高いリスクも持っている。爆心地では長期的に重力異常が発生し、半永久的に植生は全滅する。そして万が一にもG弾を集中使用してしまおうものならば、地球そのものの重力までもに異常が発生しかねないのだ。

 現にオルタネイティヴ4が失敗した後に発動したオルタネイティヴ5、G弾集中使用による世界中のハイヴ殲滅を目的とするバビロン作戦の後、地球は重力異常の影響で世界中で大津波が発生し多くの大陸が飲み込まれ、海洋は消失、かつて海であった場所は塩の大地と化すこととなり、地球はほぼ死の星と化してしまった。

 そんなものを喰らってさらにハイヴでの戦闘まで行った結果ガメラの体は満身創痍、甲羅はひび割れ牙もへし折れ、全身の大小の傷からは濃緑の血が流れ落ちている。これ以上の戦闘はもはや不可能、今直ぐにでも休息を必要とする状態にまでなっていた。

 

 『しかし、アメリカもなに考えてやがるンだ!!よりによって陥落しかけのハイヴにG弾落としやがって!!というか明らかに俺を狙ってただろうがアレ!!』

 

 『大方我々にハイヴを殲滅されては例のオルタネイティヴ5とやらが実行できなくなる、とでも考えたのであろう。…やれやれ、それが結果的に自分の、否、己達の故国の首を絞める事になるとまだ気がつかんのか……』

 

 『……戻った時はあの国に一度殴りこみかけたほうがいいかもな…。ついでにG弾も粉微塵に吹っ飛ばす!!』

 

 『後者は賛成だが前者は反対だ。無益な殺生はするものではない。後悔することになるぞ、私のように』

 

 最後に含むような一言を添えてタケルを窘めるオリジナルガメラ。最も彼とてタケルの気持ちが分からないわけではない、否、寧ろ良く分かるのだ。

 G弾をガメラへと投下した張本人、それは間違いなくアメリカだろう。と、いうよりもタケルもオリジナルガメラもG弾の製造元でありオルタネイティヴ5提唱国でもある以外に犯人の姿が思い浮かばない。

 大方目的はオリジナルガメラの言った通り己が第五計画の邪魔になったからわざわざG弾持ってきてマシュハドハイヴもろとも消し飛ばそうとしたのだろう。最もその目論見から外れて自分はこうして生きているのだが。

 

 『しかし………一体何がどうなってるんだ…?こんな場所今まで見たこともないし、なによりハイヴの数が少ないなんて…』

 

 『ああ、我々が今まで攻略したハイヴが存在しない。否、建立された痕跡どころかBETAが侵攻した痕跡すらもない。まるで、未だにBETAがそこに侵攻していないかのようにな』

 

 『……訳が分からん…。まさか過去の世界にタイムスリップしたなんて落ちじゃあないだろうな…、オイ…』

 

 ガメラはグルル…、と悩ましげに唸り声を上げる。確かにG元素は未知の元素、重力だけではなく並行世界にまで干渉するというとてつもない代物だ。ならば過去に遡る、時間にまで干渉するG元素があったとしてもおかしくはないだろう。仮にそうだとするならば原因はG弾の炸裂かはたまた反応炉のG元素が何らかの反応を起こしたか……。

 

 『……くっそ、体がガタガタで彼方此方痛くて考えもまとまらねえ……。が、ガメラ、もう潜ってもいいか?眠ってもかまわないか!?』

 

 『…少々待ってくれ、………フム、この辺りならば深度も十分、そう簡単には発見されまい。タケル、そろそろ潜ってもいいぞ?』

 

 『……やっとか、ようやく休める……』

 

 ガメラは水面すれすれでジェット噴射と回転を停止、そのまま海面へと着水、海の底へと沈んでいく。

 全身の傷の痛みが冷たい水に触れるとともに段々と和らいでいく。ガメラは心地良さそうに瞳を細めながら、深い深い、光の届かない海底へと沈んでいく。海の中を沈みながらガメラは脳内でオリジナルガメラとの会話を続ける。

 

 『それで、俺はどれだけ眠ればいい?』

 

 『…何しろG弾による損傷とマナの現象が著しいからな…。“進化”をする時間もいれるとなると……、大体4、5年は必要とみてもいいだろう』

 

 『長いな……、寝てる間にBETA共がハイヴを次々と建築するんじゃねえのか…?』

 

 『仕方があるまい。この体で奴らと戦いを挑んでも死にに逝くようなものだ。此処は臥薪嘗胆で体を治すしかあるまい』

 

 『………ま、仕方がないな。こうなったらとっとと治すためにぐっすり寝るしかないか…』

 

 オリジナルガメラに窘められたガメラ、タケルは不承不承といった様子でグルル…、と唸り声を上げながら海の底へ底へと沈んでいく。

 やがてガメラの巨体は漆黒の海底へ、底も見通せない、一条の光も届かない暗黒の世界へと沈み、消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 1978年、原因不明の爆発によってミンスクハイヴは爆発炎上、ハイヴ内部に残存していたBETAは全滅し、陸上にて戦闘を行っていたBETAもまたハイヴ爆発と同時に撤退を開始、NATO、WTO連合軍はこれを追撃して9割以上を殲滅。生き残りのBETAは世界中に散らばるハイヴへと逃げ延びたと仮定される。

全くの偶然、否、幸運によってどうにか勝利し、ミンスクを奪還した連合軍ではあったがそこには喜びの声はない。

 無理もない。ハイヴが陥落したのも、BETAが殲滅されたのも己達の功績などでは無い。突如引き起こされた正体不明の爆発によるもの、いわば単なる偶然によって掴み取ったものであったのだから。

あの爆発の原因は未だに不明、何らかの新兵器によるものか、あるいはどこかの部隊が突入に成功し、自爆した結果なのか…。方々から意見が出されたものの直ぐに立ち消えとなった。

 だが、前線にいた兵士、あるいはBETAの襲撃から生き延びた兵士達からの証言によると、聞いたこともない巨大な咆哮らしき轟音が聞こえた、見たこともない巨大な生物らしきものがBETAを薙ぎ払っていた等々の報告、証言が方々から出されていた。実際その時期、マッハに近い速度で飛行する飛行物体と思われる円盤らしき何かが空を飛行している姿を何十人もの兵士が目撃したという報告が出ていた。

 しかし、結局それらは要塞級等の巨大BETAを見間違えた、長時間戦場にいた事による精神的疲労が原因となった幻覚、幻聴ではないかということに落ち着き、次第に忘れ去られていった。

 兎にも角にもこうして一先ずの危機を乗り切った欧州ではあったが、ただ一つこの線化に不満を持つ国が存在した。共産主義国家の盟主たる大国、ソ連であった。

 元々ソ連の目的はミンスク奪還だけではなく、ハイヴ内に存在するであろうBETA固有の物質、G元素の奪取もまた視野に入っていた。それ故に散々連合軍から要請されていたハイヴへの核攻撃を渋っていたのだ。既に自由主義国の盟主であるアメリカはアサバスカに着陸したBETAユニットの残骸からG元素を回収している、ならば自分もまたそれに乗り遅れてはならない、米国に対抗するためにも、そして自分達が主導する“第三計画”の実現のためにもG元素を手にしなければ…!ソ連の上層部はそのような獲らぬ狸の皮算用をしていたのである。

 だが結果はご覧のあり様、早々に戦略核を集中投下してハイヴモニュメントと地表のBETAを一掃していたのならばまだ話は変わったのかもしれないが、欲を張って切り札を出し渋った結果、ハイヴ内へと突入したソ連第43戦術機甲師団“ヴォールグ”連隊は全滅、ハイヴに展開されていた前線もBETAの大群によって食い破られて崩壊、敗戦一歩手前まで追いつめられる羽目になった。

 最終的にハイヴはBETAもろとも謎の大爆発によって消し飛んだものの、結果的にG元素を生産、貯蔵していた反応炉は粉微塵に吹き飛ばされ、結局ソ連は本来想定していた量のG元素は手に入らず、精々残骸からスズメの涙程度の量を回収するに留まる事となった。

 結局ソ連の第二の目的、G元素の奪取に関してはほぼ失敗に終わったものの、第一の目的、ミンスクハイヴの攻略とモスクワ街道の奪還による欧州およびソ連へのBETAによる脅威の排除に関しては辛くも成功した。これによって欧州本土へのBETAの侵攻はそしされることとなり、国土をBETAによって蹂躙されるという憂き目にあわずに済んだのである。

 この結果に欧州連合首脳の面々は皆揃って胸を撫で下ろしていた、が、誰もが心の底から安堵しているわけではなかった。

 確かにミンスクハイヴは陥落した、ヨーロッパはひとまずの危機を脱することはできただろう。だが、それはあくまでも一時的なモノ、言うなれば死刑執行の日時が伸びただけの事に過ぎない。

 1978年現在、地球上にはH1カシュガルハイヴからH7スルグートハイヴまでの七つのハイヴが存在している。現在H5ミンスクハイヴが崩壊したため6に減ったもののそれでも楽観を許せるような状況ではない。

現在でもBETAの侵攻は続いている。このままいけば第8第9のハイヴが建設され、再び欧州がBETAの危機にさらされる可能性も十分にあり得る。だからこそ一切気を緩める事は許されない。この地球上から地球外からの侵略者たちを一匹残らず排除するまで一切の気を抜く事は許されないのだ。

 だからこそ此処で稼げた時間は貴重ともいえる。ミンスクハイヴの消滅によって欧州からBETAの脅威が遠のいた今こそ、軍備の復興、再編成をし次のBETA侵攻に備えるべき、それは東西問わず欧州首脳の一致した見解であった。

 そして、結果的に彼らの予測は的中する事となった。

 BETAの進軍速度は全くと言っていいほど衰えず、それどころかまるで己の巣を一つ潰された鬱憤と数多くの同胞を殺された恨みを晴らすかの如く怒涛の勢いで攻勢を仕掛けてきたのだ。

 1981年、H4ヴェリスクハイヴから進撃したBETAはソ連領を迂回、北欧へとなだれ込みフィンランド領ラッピ州ロヴァニエミにハイヴを建設開始した。

 BETAの脅威はこれだけには留まらなかった。1982年、H3ウラリスクハイヴ、H4ヴェリスクハイヴから出現したBETAの軍勢が西進を開始。軍勢の進撃進路にあるのは……既に陥落して巨大なクレーターへとなり果てたかつてのBETAの牙城、ミンスクハイヴ跡地。

 現在ソ連主導でG元素研究の為の基地の建設が進められているそこに、BETAの大群が迫ってきたのだ。

 無論このことを予期していないソ連では無い。BETAに帰巣本能というものがあるか否かは不明ではあるが、元々此処はBETAの巣であった場所、連中が奪い返しに攻めてくる可能性は0では無いとして、それでなくても極秘研究の為の施設を建設していたがゆえに基地には戦術機甲部隊を含めて師団規模の軍が置かれていた。

 しかし、結局BETAの物量とレーザーという対空兵器の前に、防衛軍は一週間ともたずに全滅、ミンスクハイヴは再びBETAの掌中に戻る事となってしまった。

 もしも再びミンスクハイヴに反応炉が建設されたなら、再び欧州大陸はBETAの脅威にさらされる事となる…。そして真っ先にその被害を受けるのは現在ソ連と同じく社会主義国家であるポーランド人民共和国、そして同じく社会主義国家であり冷戦の果てに分断された国家の東側、ドイツ民主共和国、通称東ドイツ。

 もはや躊躇している場合ではない…!!ポーランドと東ドイツはすぐさまハイヴ制圧の軍を編成、ポーランド、ソ連国境へと送りこんだ。言うまでもない、完全にハイヴが完成する前に再びBETAを殲滅するためである。本来冷戦によって対立関係にある西側諸国もまた国連軍と共に攻略作戦の為の準備を進めている。

 既に一部のBETAがポーランド国境付近にまで進出してきている以上もう一刻の猶予もないのだ。直ぐにでも奴らを排除しなくては…!!それがWTO加盟国の、否、欧州に存在する全国家の総意であったのだ。

 

 こうしてポーランドの、否、欧州そのものの命運をかけたBETAからのミンスクハイヴ奪還作戦、第二次パレオロゴス作戦が幕を開けた―。

 

 

 

 

 

 

 

 1983年、ソ連領ベラルーシ州…。

 

 BETA大戦中幾度も投下された戦術核の影響によって視界を遮るほどに吹きすさぶ豪雪と暴風、その中を突っ切って飛行する黒影が8機…。規律正しく隊列を組みながら飛行する人型のそれは光線属種の出現によって無力化された航空兵力を穴埋めするために産み出されたBETAに対抗するための人類の刃、戦術歩行戦闘機、通称戦術機の機影に他ならない。

 機体名はMig21 バラライカ。ソ連がアメリカにて開発された初の戦術機F-4ファントムをライセンス生産した機体を近接戦闘用に改良した第一世代戦術機であり、ソ連国内のみならず、ポーランド、東ドイツといったワルシャワ条約機構加盟国でもライセンス生産されて運用されている機体である。

 国内にハイヴを抱えている関係上、BETAとの近接密集戦闘を重視するソ連の運用思想によって機体そのものの軽量化、それによる運動能力向上、そしてセンサーマストを防御するためのワイヤーカッターの追加、等々の改修がバラライカには施されている。それでも所詮は第一世代機であり、1982年アメリカ海軍に配備された世界初の第二世代機『F-14トムキャット』等の最新鋭機には機体性能で大きく劣ってしまっており、現在ソ連ではバラライカに代わる次世代機の開発に躍起になっているとのことだ。ポーランドと東ドイツの両軍は政治上の理由、そして予算の都合等によって相も変わらずバラライカを運用しつづけるしかないのだが…。

 吹雪の空を跳躍ユニットを吹かし飛行する戦術機、その右肩にはドイツ民主共和国、すなわち東ドイツ国旗を模したのエンブレムが、左肩には666の、所謂『黙示録の獣の数字』が刻印されている。

 右肩のマークはこれらの機体が東ドイツ国家人民軍から派遣された部隊のものである事を証明するものである。そして左肩に描かれた数字は、その戦術機が国家人民軍のとある部隊に所属していることを証明する印であった。

 666、国家人民軍所属の部隊でその不吉極まりない番号が使われている部隊はただ一つしか存在しない。東ドイツ陸軍第666戦術機中隊、通称“黒の宣告(シュヴァルツェスマーケン)”。東ドイツ最強と謳われる戦術機中隊であり、航空爆撃機、ミサイル等にとって最大の脅威、障害となる光線属種BETAをいち早く殲滅し、航空戦力を使用可能とする“光線級吶喊(レーザーヤークト)”を主任務としている。

 しかし、光線属種吶喊は戦術機の担う任務の中でも死と隣り合わせといっても過言ではない危険な任務、それを最優先任務として常に最前線へと投入される黒の宣告中隊の損耗率は他の国家人民軍所属の戦術機部隊と比較しても高く、本来中隊が12機編成であるところが現在はわずか8機のみの編成となってしまっている。

 だが、否、だからこそ、そのような過酷な任務を、死と隣り合わせの修羅場を潜り抜けてきたが故に黒の宣告中隊の衛士としての力量は他の衛士達と比べてもずば抜けたものとなっており、これこそが彼らを“東ドイツ最強”と言わしめている要因でもあるのだ。

 そんな“光線属種狩りの専門家の集団”とも言うべき部隊が、現在最大の激戦地となっているベラルーシ地方へと派遣されたのは当然の成り行きともいえた。

 暴風と豪雪が吹きすさぶ荒天を飛行する左肩に666の数字が刻まれた戦術機8機、その中の一機に搭乗する赤い髪と鋭い目つき、そしてどことなく荒んだ雰囲気が特徴的な青年は、網膜投射によって映し出されている一寸先も見えない吹雪の世界をどこか忌々しげな、そして少なからず緊張した面持ちで眺めている。

 テオドール・エーベルバッハ、それがこの衛士の名前である。階級は少尉であり何の因果か黒の宣告中隊の一員として所属している衛士の一人である。年齢はまだ18歳と若いものの、中隊に任される過酷な任務の数々を生き延びているだけあって衛士として優れた力量を持っている。

 最もテオドール本人からすれば何が悲しくて何度も死ぬような任務をこなさねばならんのか、と心の底では悪態をついていた。そもそも己自身、好き好んで陸軍にはいったわけではない。それ以外に食っていく方法が無かったから消去法で陸軍、そして衛士になったにすぎないのだ。一体何を基準にこんな危険極まりない任務をやらされる中隊に配属させられたのかは知らないが、大方中隊長が“曰くつき”であるから自分のような国家反逆者の面倒を見させるには丁度いいと判断されたのだろう。テオドールはそう考えながら代わり映えのしない吹雪の空を眺めている。

 

 (最も、此処なら国家保安省(シュタージ)の連中も手を出してこない、東ドイツよりかはマシ、か…)

 

 そうぼやきながらテオドールはチラリと己の背後へと、正確には己の後ろから付いてきているであろうバラライカの一機へと、そこに搭乗している一人の少女へと視線を向ける。

 少女の名前はカティア・ヴァルトハイム。数週間前、戦場で孤立していた国連軍派遣部隊の救助に赴いた折に救出した分断されたドイツのもう片方、西ドイツからやってきた少女。救出されたのちに東ドイツへの亡命、そして黒の宣告中隊への編入を志願し、結果中隊長のごり押し染みた尽力によって亡命申請及び中隊への編入は認可され、現在に至るというわけだ。ついでにテオドールに教育係を押しつけて…。

 彼女の操縦技術については特に問題はない。寧ろ本来ならば機種転換には丸一日かかるF-4ファントムからバラライカへの機種転換を僅か3時間で成し遂げるほどの腕前を持っている。戦場での活躍に関しては戦場で追々慣れていけば問題ないだろう。

 問題があるとすれば彼女の思考、思った事を直ぐに口に出してしまうという悪癖だろう。言論統制思想統制が完全になされ、ガチガチの社会主義国家である東ドイツとは正反対に民主主義国家である西ドイツで育てられたカティアはやれ東西ドイツの融和だの東ドイツの思想は間違ってるだのと幾度も爆弾発言を繰り返してきた。最近はだいぶましになったものの配属された当初は幾度となく地雷を踏みぬく、どころか積極的に踏みに行くカティアのせいでどれほど心臓が止まると思った事か知れない。

 最も今テオドール達が居る場所はベラルーシ、東ドイツからポーランドをまたいだ場所であるため、此処ならばよほどの発言をしない限り問題はない筈である。カティアも此処に配属されてからは己の空気を読まない発言のせいで幾度となく痛い目に遭っているため少しは自重する事だろうし今は彼女に関して気にする必要はないだろう。

 ……否、気にする余裕はない、と言った方がいいだろうか。

 

 『もうすぐチェックポイントに到達する。旅行気分は此処までだ、気を引き締めろ』

 

 『『『了解!!』』』『……了解』

 

 そんな彼の思考を遮るかのように網膜に衛士強化装備を纏った女性の姿が映し出される。流れるような金髪と氷細工の如く怜悧な美貌、街中を歩けば100人全てが振りかえるであろう美女である。

 彼女の名前はアイリスディーナ・ベルンハルト。黒の宣告中隊を率いる中隊長であり、階級は大尉。歴戦の衛士を指揮するだけあり彼女もまた卓越した戦術機の操縦技術を誇っている。その実力は国家人民軍の中でも随一と言えるだろう。また、操縦技術だけではなく戦場の大局を正確に見通せる確かな戦略眼も持っており、まさに才色兼備文武両道という言葉がふさわしい女傑と言えるだろう。事実彼女の的確な指示のおかげで幾多の窮地を乗り越えてこれたのは事実、己が此処まで生き残れたのも彼女のおかげであると言えなくもないだろう。

 しかし、彼女の国家人民軍での評価は芳しくない。当のテオドールもまた上司であるはずの彼女に対して憎悪にも近い感情を抱いている。それは、アイリスディーナにはとあるうわさが付きまとっているからである。

 

 アイリスディーナは実の兄を密告して今の地位を得た―。

 

 このうわさに対して彼女は肯定も否定もしていない。故にテオドールは彼女の事を信用していないのだ。何時か己も、そしてカティアもまた彼女の手で“奴ら”に引き渡されるのではないか、と…。最も過剰に警戒しているのは己か、あるいは政治将校のグレーテル位しかいないようで、他の連中は彼女の事を信頼しているようではあるが…。

 

 『そういえば、ミンスクと言えばこんな話を知っているかヴァルター?』

 

 『ふむ、何でしょうか大尉?』

 

 唐突にアイリスディーナは己の副官であるヴァルター・クリューガー中尉へと声をかける。ヴァルターは特に驚いた様子もなくいつも通りの調子で返事を返す。

 

 『例のパレオロゴスでのミンスクハイヴ爆発の時の話なのだがな、ハイヴを吹き飛ばしたのは二本脚の馬鹿でかい亀だった、という話だ』

 

 『ほう、亀ですか』

 

 『ああ亀だ、そのでかい亀が火を吹いて暴れまわったからミンスクハイヴは落ちた、と証言した兵士が居たらしい』

 

 『ほうほう、火を吹く二本脚の亀とは珍しい。BETAでないとしたならばUMAでしょうか?それで、そのあとどうなったので?』

 

 どことなくワザとらしく驚きの声を上げながらヴァルターはアイリスディーナに問いかけると、アイリスディーナはニヤリと悪戯を思い浮かべたかのような笑顔を浮かべる。

 

 『その話を聞いた連中は口々にこう言ったそうだ、『もう既にエイプリルフールは過ぎてるぞ』とな』

 

 アイリスディーナの口から飛び出したなんとも言えないジョークに中隊のメンバーは各々苦笑したり含み笑いを浮かべている。彼女は作戦前によく自国のお国柄やらをネタにしたジョークを口にする。無論衛士達の緊張や恐怖を緩和するためではあるのだが、テオドールは笑わなかった、否、笑えなかった。

 

 『まあそういうわけで、今回もサクッと片付けて帰るぞ。もしもの時には亀が来て助けてくれるかもしれないぞ?』

 

 『そういう下らない冗談はやめて貰えないかしら、同志大尉。ヨーロッパの命運がかかった作戦の前に不謹慎よ』

 

 アイリスディーナの言葉に割り込んでくる声が一つ、角縁眼鏡をかけた神経質そうな女性衛士、政治将校グレーテル・イェッケルン中尉の不愉快そうな表情が表示される。

 政治将校とは東ドイツ国防省政治総本部から派遣される将校であり、おもに衛士達の政治的忠誠心の保持、防諜、政治宣伝並びに反共思想の取り締まりを任務としている。

 東ドイツの指揮系統は一つではなく、さらに政治将校による第二の指揮系統が存在する。それだけではなく政治将校には部隊の人事権、指揮官の罷免権といった強大な権限が与えられ、政治将校はそれを利用して部隊への政治的指導を行うのだ。無論彼らへの反抗は一切許されず、下手に反発しようものならこれ幸いと粛清の対象にされかねないのだ。

 権限だけではない。グレーテルの搭乗する機体は他の中隊メンバーのバラライカとは全く違う。Mig‐23チボラシュカ。ソ連にて1980年に実戦配備された最新鋭の戦術機。バラライカに軌道格闘能力付与の為にさらなる改良、再設計を施した機体ではあるが、無理な改造の結果整備性が悪化、結果としてバラライカよりも稼働率が低下する事となってしまった。とはいえそれでもバラライカよりは性能は全体的に上であることに代わりはないが。

 元来この機体は東ドイツの秘密警察組織、国家保安省(シュタージ)配属の武装警察軍にのみ配備される予定ではあったが、ミンスクハイヴ奪還の為という理由で国家人民軍所属の衛士達にも限定的に配備される事となった。最もその殆どは政治将校向けであり、実質政治将校専用機ともいえるのだが。

 グレーテルの横槍にアイリスディーナはやれやれと言いたげな表情で溜息を吐きだした。

 

 『そこまで言うならば同志中尉、同志中尉だけでなく我々にもチボラシュカを配備してもらいたいものだな。少なくとも上層部に進言することぐらいはできるだろう?全く、バラライカとあれを機種転換するだけでどれだけ違うことか……』

 

 『……!!そんなことは承知しているし既に言ってるわよ!だけどただでさえ余剰機体に余裕がないうえに武装警察軍の連中がギャアギャアうるさくて中々機種転換に応じようとしないのよ!!私一人でどうこう出来るわけ無いじゃない!!』

 

 『……まあ、それもそうか。まあ期待はしてなかったが…』

 

 グレーテルの怒声にアイリスディーナはやれやれと肩を竦めている。

 如何に政治将校とはいえ所詮グレーテルは中尉階級、上層部の人間に彼女の要請が伝わるかと問われれば微妙と言わざるを得ない。否、よしんば伝わって受け入れられたとしてもそう簡単にはいかないだろうが…。

 

 『……と、おしゃべりはこれで終わりだ。チェックポイントに到達、死にたくなければ気を引き締めろ!!』

 

 アイリスディーナの表情が瞬時に引き締まる。見ると雪原の彼方から幾つもの爆音と煙、そして暗天へと延びる幾条もの閃光が視認できた。あれは間違いなく光線属種のレーザー照射、すぐ目の前だ。彼方には地平を埋め尽くして蠢く無数の何か、確認するまでもない、BETAの軍勢だ。テオドールは緊張のあまり唾を飲む。

 この無数のBETAを掻き分けて光線属種を排除する、それがテオドール達の任務。当然一瞬の油断が、否、たとえ油断していなくとも死にかねない危険極まりない任務、幾度もこなしたものとはいえ、一切慣れるという事はない。

 既に地上の戦場も視認できるような距離に達している。地上では既にBETAと軍の乱戦が始まっている。戦車は絶え間なく砲弾を撃ち続け、歩兵は塹壕から顔を出して小銃をBETA目掛けて乱射している。無論雲霞のごときBETAの群れからすれば微々たるダメージでしかなく、あっという間に押し潰されていくのであるが…。

 地上からの支援要請はある。既に視界には幾つもの支援要請サインが表示されている。だが、無視する。無視せざるを得ないのだ。ただでさえ光線吶喊という己の命のかかった危険な任務を行うというのに、他の部隊の救援を行う余裕など微塵もない。故に支援要請は全て黙殺せざるを得ない。このせいで黒の宣告中隊は東ドイツ最強という名声以外に、『死神中隊』『選別中隊』等という陰口まで囁かれている始末だ。恐らく中隊長であるアイリスディーナの噂も少なからず関係しているのだろうが…。

 

 『テオドールさん……』

 

 網膜に表示される少女の顔、亜麻色の髪と同じ色の瞳をしたまだ幼げな少女。その可愛らしい顔は悲痛に歪んでいる。地上で助けを求める兵士達を見捨てる事に心を痛めているかのように、否、事実心を痛めているのだろう。彼女は未だに“割りきれていない”のだから。

 この少女がカティア・ヴァルトハイム少尉。テオドールがアイリスディーナから世話を“押し付けられた”西から来た少女。普段明るかった表情が今は見る影もない。東ドイツの実情、そして戦場の悲惨さをいやというほど味わったが故だろうか…。テオドールは恐らく両方だろうな、と心の中で結論付けていた。

 

 『総員傾聴!!』

 

 と、アイリスディーナの号令が達する。テオドール、そしてカティアは改めて表情を引き締める。

 

 『間もなく敵と接触する!!以後重金属運の影響で通信が不確かになるが各機陣形を維持!!あと少しでお待ちかねの狩りの時間だ!!』

 

 『……了解』

 

 何がお待ちかねだ、と心の中で毒づきながらテオドールは頭を切り替える。

 此処から先は地獄の一丁目、一歩間違えれば即死の世界、己の力量と運の身が頼りの戦場だ。余計な事を考えている余裕など欠片もない。

 

 (こんなところで、死んでたまるか…!!)

 

 歯を食いしばり、前を見据えるテオドールの目の前には、無限とも言うべき物量のBETAの集団が溢れんばかりの物量で此方めがけて押し寄せようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 それから少し遡って……。ベラルーシ州バラナビチに建設されたワルシャワ条約機構軍軍事要塞。

 ポーランド軍の軍服を纏った一人の兵士が雪の降りしきる中外へ出てジッと彼方を見据えている。兵士は顔立ちを見る限りまだ若い。精々20代の後半と見える若さだろう。だが、その茶色い髪の毛には所々に目立って白髪が生えている。彼は胸元のネックレス、その先端の赤い鉤状の石を指先で撫でながら何を考えているのかうかがわせない表情で基地の彼方を、そこに広がるであろう戦場をジッと見据えている。

 と、背後から誰かが此方へと歩みよる足音が聞こえてくる。兵士は特に驚いた様子もなく背後へと視線を向ける。

 そこにいたのは戦術機を駆る衛士専用のパイロットスーツ、衛士強化装備を纏った一人の女性であった。ウェーブのかかった肩までの長さの銀髪が特徴的な端正な容貌は無表情であり何を考えているのかを全く伺わせない。

女性衛士は兵士のすぐ後ろで足を止めた。

 

 「……随分と浮かない顔をしてるのね」

 

 「…ん、ああ、何だお前か」

 

 「何だとはご挨拶ね」

 

 銀髪の女性衛士は軽く肩をすくめる。そんな彼女の反応に青年兵は軽く笑みを浮かべると再び正面へと向き直った。

 

 「こんな寒いのに外に出るなんて…、何?何かの精神鍛錬?それとも感覚がマヒしてしまってるのかしら?」

 

 「んなわけあるか。……ちょっとした気分転換だ」

 

 「そう、まあ個人の趣味にどうこう言う気はないけれど…」

 

 女性衛士は興味を無くしたのか視線を兵士と同じく雪原へと向け直す。兵士は女性衛士へと一度視線を向けるとまるで独り言でも呟くかのように口を開く。

 

 「……出撃か?」

 

 「ええ、東ドイツの連中と共同で、ですって。…ミンスクの奪還なんてできると思ってるのかしら」

 

 「……知らん、奇跡でも起きればどうにかなるんじゃねえか?」

 

 「貴方を助けた例の巨大怪獣とやらの事?……あまり私以外には話さない方がいいわよ、それ?頭おかしい人間だと思われるから」

 

 「そりゃお互い様だろうが」

 

 違いないわね、と女性衛士は口元に薄い笑みを浮かべる。兵士は胸元の赤い石を撫でながら、まるで墨汁で塗りたくったかのような漆黒の空を見上げる。

 

 「今日は、吹雪くだろうなぁ、シルヴィア」

 

 「……そうね」

 

 かつてパレオロゴス作戦で唯一生き延びた生存者、フレデリック・コルベ軍曹の言葉にポーランド陸軍衛士、シルヴィア・クシャシンスカ少尉は独り言のように返事を返した。

 




 …あれ?何でシルヴィア中隊に入ってないの?あと少し性格違わなくない?と思われるかもしれませんが、まあこの世界ではまだポーランドは崩壊していませんのでその影響、ということで…。
 シルヴィアの性格が少々原作と違うっぽいのは、まあここではネタバレになりますのでまだ話しませんけど…。

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