Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 どうもすみません、仕事が忙しいのと最近モンハンクロスにはまってしまったもので更新が大幅に遅れてしまいました…。どうにか2月終わる前に投稿できてよかった…。
 今回は、タイトル見てもらえば分かる通りいきなりピンチ、といった感じです。

 


第2話 Kategorieー窮地ー

 ソ連領ベラルーシ州の中心都市、ミンスク。

 後の歴史でソ連解体の後に生まれる国家のひとつ、ベラルーシの首都となるはずのその都市はかつて100万の人々が住まう大都市であり、かつて幾多の戦禍に飲まれながらも、幾度も他の国家の支配下に置かれようとも幾度もその地の人々の手によって復興されてきた波乱の歴史を持つ街である。

 だが、今やミンスクには、否、かつてミンスクという街があったその場所にはもはやその面影は、かつて街があったという痕跡そのものすらも殆ど残されていない。既にそれらは全てかつて来襲したBETAによって根こそぎ蹂躙され、跡形もなくなっていたのだから。

 かつてのスターリン様式の建造物が立ち並んでいた都市があった場所は、BETAの手によって金属質の鈍い輝きを放つ歪な形をしたオブジェのような巨大な建造物が聳え立つ荒野と化した。ハイヴ、その名の通りBETA共の“巣”であり前線基地でもあるその建造物はかのパレオロゴス作戦の折に起きたあの原因不明の大爆発によって灰燼に帰した。

 後にソ連はミンスクハイヴ跡地にBETAが地面を掘り進めた結果出来た巨大な地下茎を利用した軍事基地の建設を開始した。だが、建設開始から四年後、再度襲来したBETAの大群によってミンスクハイヴは、厳密にはハイヴに建設中の軍事基地は奪い返され、再びBETAによるハイヴ建設を許す事となってしまった。

 無論、最終的には予期せぬ偶然によるものとはいえ折角奪還した都市を奪い返されて黙っているソ連では無い。まだ完全にハイヴが完成していない今こそ好機と再度ミンスク侵攻の為の兵力を集め、さらにワルシャワ条約機構、国連に働きかけて欧州各国との合同で再度ミンスクハイヴ攻略の為の軍を編成した。BETAの自国への侵攻を目前としていた東西欧州各国はこれに同意、東ドイツ、ポーランドを中心としたワルシャワ条約機構軍はミンスクハイヴの存在するベラルーシ州へと出兵、西欧諸国はアメリカと連携してミンスクは兵の為の準備を着々と重ねていた。

 

 

 

 ミンスクから南西、ミンスク県とブレスト県の境に位置する都市、バラナビチ。かつて人々の集う都市であり、ベラルーシ州の交通の要所であったそこは既にBETAと人類の血で血を洗う戦場と化していた。

 吹き荒れる吹雪をモノともせずに前進する万を越えるBETAの群れ、それを迎え撃つべく建設されたコンクリートで固められた要塞陣地にて迫りくるBETAを迎撃するワルシャワ条約機構軍の兵士達。

 戦車砲、野戦砲、あるいは手榴弾に自動小銃まで、ありとあらゆる火器から放たれる弾丸が雨霰とBETAの大群へと突き刺さる。効果はある。弾丸は逸れることなくBETAの群れへと直撃している。幾体かのBETAは毒々しい血を流して純白の大地へと倒れ伏している。

 だが、止まらない。その程度では津波の如きBETAの進軍を止める事は出来はしない。たとえ一匹二匹、否、十匹二十匹倒れようがその死骸を乗り越えて何百何千ものBETAの巨体がさながら肉の壁の如くに襲いかかってくる。

 一体一体倒したとしてもきりがない、纏めて吹き飛ばすのならばミサイル、あるいは航空機による爆撃しかないのであるが、光線属種のレーザーがある以上航空兵力は使い物にならないと言っていい。レーザーを減衰させる効力を持つALMをもってしても撃墜される危険性があるのだ。

 航空兵力を使用可能にする方法はただ一つ、光線級吶喊(レーザーヤークト)、BETA大群内に潜む光線属種BETAを発見、撃破する方法以外にはない。これは歩兵でも戦車でも、戦闘用車両でも行うことはできない。

 戦術歩行戦闘機、通称戦術機。光線属種によって無力化された航空兵力の穴を埋めるために産み出された機械の巨人以外にはこの任務を為し得ることはできない。戦術機のみが為し得る三次元軌道と高い機動性、そして各種兵装を扱える汎用性こそがこの任務には不可欠、だが、たとえ戦術機であったとしてもレーザーヤークトの任務は過酷である事に代わりはない。常に第一線で活躍してきたベテランの戦術機パイロット、通称衛士でさえも僅かな油断、そして運によってはあっけなくBETAの餌食となる、それほどまでに危険な任務なのだ。このような任務をこなせる部隊はポーランド、東ドイツ両軍を見回してもそうはいないであろう。

 そして、そんな困難極まりないレーザーヤークトをこなす数少ない戦術機部隊の一つ、それが……。

 

 『総員傾注!!これより我等はBETAの軍勢に突入する!!陣形を崩すな!!死ぬぞ!!』

 

 『『『『『了解!!!』』』』』

 

 BETAと人類の泥沼の総力戦が繰り広げられる地上、その上空を飛行する8機の戦術機、左肩に666の数字と角の生えた髑髏がマーキングされたMig‐21バラライカ7機とMig‐23チボラシュカ1機。

 東ドイツ最強の呼び名も高い戦術機中隊。第666戦術機中隊、通称『黒の宣告(シュヴァルツェスマーケン)』中隊。今まで幾度ものレーザーヤークト他多くの対BETA戦をこなしてきた歴戦の部隊。無論それに比例して損耗率も高く、元来は12機編成であったはずの部隊も今や8機にまで減少している。中隊長であるアイリスディーナは幾度も中隊への補充衛士を要請しているものの軍にもそこまで余裕があるわけでもない為、中々申し出は受け入れられていない。

 レーザーヤークトというただでさえ危険な任務に貴重な衛士と戦術機を浪費したくないのか、あるいはアイリスディーナが“曰くつき”であるが故か…。

 それでも此処まで生き延びてきたのは現在のメンバーの卓越した操縦技術と運、そしてアイリスディーナの指揮官として卓越した能力があるが故であろう。

     その黒の宣告中隊メンバーの一人、シュヴァルツ07ことテオドール・エーベルバッハは眼前に広がるBETA一色に染まった大地を、此処に送られて以来幾度となく目撃してきたその光景に思わず眉をひそめる。

 

 (……相変わらず減る様子が無い…。一体どうやったらこれだけの量を生産できるのやら…)

 

 この戦場に送られてから早三ヶ月、相変わらずBETAの群れを蹴散らして光線級を排除する日々が続いておりいい加減テオドールも辟易としてきている。

 ミンスクハイヴとそこに巣食うBETAの排除、そして欧州とソ連を結ぶ経路であるミンスクの奪還を目的としたこの第二次パレオロゴス作戦ではあったが、BETAの物量が壁となって未だにハイヴ突入どころか接近すらも出来ずにいる有様である。 

 既にミンスクハイヴ最深部では新たな反応炉の建設が完了しているらしく、ハイヴからは次々と万を超える数のBETAが湧き出してくる。無限とも言うべき数のBETAの物量に連合軍は中々ハイヴへ進攻できずにおり、核を持って纏めて吹き飛ばそうにもミンスクハイヴ周辺には光線級だけではなくさらに巨大、かつ高出力のレーザーを武器とする重光線級も多数配備されているが故に空からの攻撃は事実上無力化されている。

 戦術機部隊によるレーザーヤークトも幾度となく行われてはいるのだが、ただでさえ損耗率が高い任務である上に、倒しても倒しても光線級は次々と出現するために殺しても殺しても終わりが見えない。さらに通常の光線級よりも高い耐久力を持ち、戦術機以上の巨体を誇る重光線級、通常防衛線ではめったに遭遇しないであろうこの強敵もまたハイヴ最寄りのこの戦場では頻繁に出現するのだ。これが既に難易度の高い任務であるレーザーヤークトの危険度をさらに跳ね上げている。

 テオドール自身、己の面倒を見ている新入り衛士、シュヴァルツ08カティア・ヴァルトハイム共々一体何回死にかけた事か思い出せない。中隊にかつていたメンバーも、レーザーヤークトの最中に戦死している。あるものはじゅうこうせんきゅうのレーザーで機体ごと焼き切られ、あるものは突撃級の突進に巻き込まれ、またあるものは要撃級のダイヤモンドよりも硬い前腕でコックピットごと殴り潰されミンチにされた。

 カティアが編入した後、幾度かの出撃を繰り返してはいるものの今のところは戦死者はいない。もしも次に誰か一人でも戦死者が出ようものなら中隊の陣形を維持する事が出来なくなるし、よしんば補充兵が来たとしても中隊の動きに慣れさせるのにどれほどかかるか…。否、それ以前にその兵士が国家保安省のまわし者である可能性もありうるのだ。

 国家保安省、通称シュタージは東ドイツが“誇る”東欧最大の秘密警察組織である。国民の10人に一人、とも言われるほど多数の情報提供者を保有し、東ドイツ国内の思想、言論を統制、監視している。無論国家の政策、社会主義への批判等の“反社会的”な言動をしようものなら情報提供者の手で密告されたのちに捕縛され、その後は拷問という名の尋問の末、処刑、あるいは苛烈な拷問の末に衰弱死するか、国家保安省への忠誠を誓って国家保安省の“犬”になるかのいずれかの道を歩まされる事となるのだ。

 今回の作戦には国家保安省は関わっていない。国家保安省には国家人民軍から独立した直属の軍隊である武装警察軍が存在するものの、国内での戦闘ならばともかく今回のような他国への派兵に関しては“表立っては”行われていない。あくまで表向きは、であるが…。

 そのお陰で第666中隊含む東ドイツ派遣軍は国家保安省の脅威を心配することなく任務に当たる事が出来ている。とはいえ何処に情報提供者がいるか分からず、さらに政治将校の監視の目もあるために不用意な発言が出来ないのは変わらないのだが、何の前触れもなく連中に連行されたり尋問されることはない為に精神的には気楽でいられる。

 最も、この状況で気楽でいられれば、の話であるが。ミンスクハイヴ奪還作戦開始から早くも三カ月、ハイヴ奪還どころか今にもポーランド目掛けて襲いかかりそうなBETAの侵攻を止めるのが精いっぱいの状況だ。西側の欧州連合、国連軍も度々軍を送ってはくるもののそれでもこの戦況を突破するには到底足りない。

 噂によればソ連の上層部が国連、引いてはアメリカの介入によってミンスクハイヴ内部のBETA固有の資源が奪取される、あるいは破壊されるのを警戒したからだと言われているがこんな状況ではそんな事を言っている場合じゃないだろうが、とテオドールは忌々しげに舌打ちする。

 もはや何度目か分からないレーザーヤークトの出撃、どんな事があっても、どんな事をしてでも生き延びるとは決めたもののこれでは命がいくつあっても足りはしない。最近では寝ている間も夢の中でBETA共と殺し合っている始末だ。あの“記憶”を思い出すのに比べれば幾分かはマシではあるが、出来れば夢など見ずにぐっすり眠りたいと幾度思ったかしれない。

 

 『同志大尉、友軍からの救援要請が入っていますがいかがいたしますか?』

 

 と、モニターに壮年の男性衛士の顔が、テオドールを除けばこの中隊における唯一の男性衛士でありアイリスディーナの副官であるシュヴァルツ03、ヴァルター・クリューガーが映し出される。見るとモニターには他の部隊からの救援を要請する信号が映し出されている。人道的な観点から言えば本来ならばそれに応じるべきなのだろう、そう、人道的な観点から言えば。

 ヴァルターの問い掛けにアイリスディーナは表情を崩さずに返答する。

 

 『いつもどおりに応じておけ、ヴァルター。我らにはやらなければならない任務がある』

 

 『了解』

 

 アイリスディーナの応答にヴァルターがただ一言呟くと彼の映像が瞬時に消える。いつもどおりに応じる、その言葉の意味はただ一つ、任務遂行を優先するために救援要請を断る、すなわち友軍を見捨てるという事に他ならない。

 大して珍しい事ではない、寧ろいつもの事、日常的な事だった。中隊の任務はレーザーヤークト、他軍への救援ではないのだ。万が一救援などを行おうものならその分時間と弾薬が無駄になり本来の任務に支障をきたす。

 だからこそ彼らには“犠牲となってもらう”のだ。それで結果的に中隊の評判が落ちようが関係ない。全てはこの戦いに勝利するため、より多くの命を救うためであるとアイリスディーナは常々言っていた。

 実際“東ドイツ最強”の異名を持ちながらも“黒の宣告”中隊にはやれ“死神中隊”だの“選別中隊”だのとの陰口が絶えない。アイリスディーナへの例の噂の件もあって他の部隊からは忌み嫌われている。テオドールも中隊に入隊した頃の初戦では流石に友軍を見捨てる事に少なからず葛藤はあったものの、今となっては完全に割り切れるようになっている。それは同じ中隊に所属するメンバーも同じだろう。

 …つい最近入隊した新入りを除いて、だが。

 

 『…テオドールさん』

 

 モニターに映される少女の顔、つい最近西ドイツから亡命してきた少女、カティア・ヴァルトハイム。その表情は悲しみと憤りが入り混じった、どこか納得のいかないような色を浮かべている。

 

 「…任務優先だ。さっさと慣れろ」

 

 『………』

 

 テオドールの素っ気ない返事にカティアは口を噤む。未だに甘さが抜け切れていないのはまだ出撃回数が少ないが故だ。この戦争がいつまで続くかは知った事ではないが恐らくこれから何回何十回もの出撃をする事となるのだろう。そして、それと同時に何十何百の友軍を見捨てる事となるのだろう。そうしているうちにカティアも直ぐに“慣れていく”ことだろう。己と、否、この中隊の面々と同じく、救援要請を無表情で切り捨てるように…。

 

 『………チッ』

 

 何をいまさら、己がまさにそうであろうが。こいつがそうなったとしてもそれがどうした。いや、寧ろこの世界で、東ドイツで無事に生き延びていくにはそうなるしかないというのに……。

 

 『総員傾注!目標まであと2000!!500メートル手前でランディング地点を確保しつつ陣形を敷く!!喜べ!!お待ちかねの光線級狩りの時間だ!!だが浮かれすぎて気を抜いたらお陀仏だぞ!!』

 

 と、唐突にモニターに投影されたアイリスディーナの顔と号令にテオドールは我に返り気を引き締める。カティアも同様に表情を引き締めている。此処からが正念場、無駄口など叩いている暇はない。ほんの一瞬の油断が命取りとなる。テオドールは唾を飲み込みながら眼前に広がるBETAの群れを瞬きせずに見据える。

 光線属種はいくつかの群れに分かれてBETA群に紛れ込んでいる。戦術機と同等の巨体を持つ重光線級はともかくとして、通常の光線級は全高三メートル、戦車級と同じレベルの大きさしかなく他のBETAの群れに混ざってしまうとそれに紛れて視認が困難となってしまう。熱源感知、そして光線級がレーザーを発射する際に放出する熱と重金属雲が混ざり合い発生する積乱雲、通称光線属種積乱雲(レーザークラウド)で大まかな位置は特定できるため発見そのものは難しくはないものの、光線属種が潜むのは何万という数のBETAのど真ん中、そこに辿り着くためには光線属種を守るBETAの群れを近接戦闘で蹴散らしていくしかない。

 失敗は許されないし一秒の遅れも許されない。ほんの僅かでも光線属種の殲滅が遅れようものなら四方八方から押し寄せるBETAに中隊は押し潰される、最悪の場合最後尾で控えているであろう最大級のBETA、要塞級までもが出張ってきかねないのだ。その前に迅速、確実に全ての光線属種を始末し、BETAの群れから脱出しなければならない。

 これこそがレーザーヤークトが困難な任務とされる所以、一個中隊であっても全滅の危険性がある任務をたった8機でやろうというのだ、いかに此方の一機が最新鋭機であるチボラシュカであるとしても自殺行為としか言いようがないであろう。

 

 (せめて政治将校様だけじゃなくて此方にもその最新鋭機をまわしてもらいたいもんだよ…、ったく)

 

 心の中で愚痴りながら眼前に控えるBETAの群れ、グロテスク極まりない肉塊としか言いようのない化け物共を睨み、体に走る震えを抑える。

 

 『キャニスター弾を二回制射!!吹き飛ばせェ!!!』

 

 『『『『了解!!』』』』

 

 アイリスディーナの号令と共に眼前に群れるBETAめがけて8門の銃口からキャニスター弾が絶え間なく放たれ連鎖爆発を起こして眼前のBETAを次々と吹き飛ばしていく。

 そして数秒後、煙が晴れたそこにはBETAは影も形もなく、ただ黒く炭化した死骸らしき物体があちらこちらへと転がっているのみであった。BETAと共に雪も吹き飛ばされ、茶色い地べたが剥き出しとなった広場にBETAの死骸を影にしながら降り立った中隊8機は布陣を完了させる。

 

 『総員傾注!!』

 

 再度アイリスディーナの声が響き渡る。いよいよか、テオドールは手元のグリップを握りしめる。

 

 『これより中隊は光線属種掃討を開始する!!全英は突撃路を啓開、後方は背後を守りつつ射撃援護!!異星起源種共に『黒の宣告』を下してやれっ!!第666戦術機中隊、突撃にぃ、移れえええええええええええ!!!!!』

 

 『『『『了解っ!!!』』』

 

 アイリスディーナの号令と共に、『黒の宣告』中隊は目の前に蠢く肉の壁、その果てにいるであろう標的へと向かって一気呵成に突撃を開始した―!!

 

 

ポーランド人民軍SIDE

 

 一方その頃戦場から10㎞ほど離れた地点に存在するバラナビチワルシャワ条約機構軍軍事要塞にて、12機の戦術機の機影が出撃の合図を待って吹雪の中に佇んでいた。機種は東ドイツ軍のものと同じMig-21バラライカであるのだか、右肩に記されているマークは東ドイツの国旗ではなく、その隣国であり同じワルシャワ条約機構軍の一員であるポーランド民主共和国の国旗が印されている。言うまでもなくポーランド人民軍所属の戦術機部隊であり、東ドイツ国家人民軍同様にミンスクハイヴ攻略の為に派兵された戦力である。

 ベラルーシ州とポーランドは国境を接して隣同士、万が一この作戦が失敗しようものならば次は間違いなくポーランドがBETAの餌食となる。故にベラルーシには東ドイツ以上の兵力を派兵しており、この戦術機中隊もまたその派兵部隊の一つ。

 出撃の時を待ち吹雪のなか立ち並ぶ12機のバラライカ、ポーランド人民軍衛士シルヴィア・クシャシンスカ少尉はそのバラライカの内の一機のコクピット内で網膜投射で映される外の光景を何の感慨も無く眺めていた。

 

 『相変わらずやな天気だな、シルヴィア』

 

 『そうね、こっちまで鬱になりそうだわ』

 

 そんな時、唐突にヘッドセットから聞こえてくる声にシルヴィアは驚いた様子もなく応じる。声の主は戦術機部隊の出撃中に軍事基地警護を担当する戦車部隊の一員であるフレデリック・コルベ軍曹。今回の戦車大隊の任務は基地に接近してくるであろうBETAの排除。戦術機に比べれば火力に勝る半面機動力に劣る戦車部隊は戦術機の後方支援、あるいは要塞陣地の防衛任務が主となる場合が多い。フレデリックからすればシルヴィア同様衛士となって前線でBETAを心行くまで吹き飛ばしたいのが本音なのだろうが生憎戦術機適性が無く戦車兵になるしかなかったため、こうして留守番か露払いの役割を担う事しかできずにいるのだが。

 

 『はあ…、うらやましい。俺もお前みたいに戦術機乗り回してBETAを薙ぎ倒したいよ…。で、お前の今回の任務は確か東ドイツの連中と共同でBETAの殲滅、か?』

 

 『厳密にはレーザーヤークトを終えて帰還する東ドイツの戦術機部隊の帰り道を作る露払いよ。救援部隊は、……貴方も噂に聞いた事があるでしょ?第666戦術機中隊、通称黒の宣告中隊よ』

 

 そう皮肉気に笑うシルヴィアの言葉にフレデリックは合点がいった様子で『ああ』と声を上げる。

 

 『黒の宣告中隊……、ああ、東ドイツ最強だの選別部隊だのと評判のあれか』

 

 『ええ、今まで何度もレーザーヤークトを成功させてきた歴戦の部隊なんだとか。…まあその分評判も悪いらしいけどね』

 

 東ドイツ最強の戦術機部隊にして必要ともあれば見方すらも犠牲にする死神部隊…、黒の宣告中隊の異名と悪評はポーランド人民軍にまでも知れ渡っていた。最も自分達には関係ないと考えているのかシルヴィアもフレデリックは特に恨み事や陰口を述べるのでもなくふざけて笑うのみであったが。

 

 『ん、それは知ってる。で、連中の任務は今回もレーザーヤークト、か。なんともしんどそうだな』

 

 『死人が出るのも時間の問題かもしれないわね、まあこれまでも出ているみたいだけれども。それじゃあそろそろ通信切るわよ同志軍曹?』

 

 『おう、同志少尉。貴官に幸運があらん事を』

 

 『同志軍曹にも』

 

 フレデリックとの通信が切れるや否や、それを待っていたかのようにヘッドセットから別の人間の声が響いてくる。これもまた彼女のよく知っている人間、自分達を指揮する戦術機部隊の中隊長の声である。

 

 『総員傾注!これより我等は友邦たる東ドイツ戦術機部隊援護の為に出撃する!!任務は戦術機部隊の退路の確保ではあるがいつBETA共が此方を狙ってくるか分からん!決して油断するなよ!!』

 

 『『『『了解っ!!』』』』「……了解」

 

 中隊長の号令と共に、立ち並ぶバラライカの跳躍ユニットからロケットが噴射し12機のバラライカは一斉に曇天へと舞い上がる。目指すは戦場、敵はBETA…。

 

 「死にはしない、絶対に死なないわ…。あれを、あいつを見つけるまでは」

 

 操縦桿を握り潰さんばかりに握りしめながらシルヴィアは操縦席の中でそんな言葉を呟いていた。

 

 

 第666戦術機部隊SIDE 

 

 

 黒の宣告中隊がBETA集団に突入してから60秒、未だに光線属種は殲滅しきれず中隊とBETAとの激闘は今もなお続いていた。

 

 『タイムリミットまであと2分を切っている!!急げ!!』

 

 アイリスディーナの叱咤の声が中隊に響く。当の本人は副官であるヴァルターと共に眼前に迫りくる戦車級、要撃級の群れへと36mm機関砲を連射し掃討している最中であり到底他のメンバーを助けに行ける状況ではない。そして、それは彼女以外のメンバーも同様であった。

 

 『シュヴァルツ02、残弾あと6割!…く、予想以上にBETAが多い…』

 

 モニターに投射されるアジア系の顔立ちをした女性、シュヴァルツ02ベトナム系ドイツ人ファム・ティ・ラン中尉は顔を歪めながら眼前に迫る戦車級、要撃級へとキャニスター弾をばら撒く。要撃級はその巨体とダイヤモンドをも上回る硬度の両腕が、戦車級はその圧倒的なまでの物量と戦術機すらも容易く噛み砕く強靭な顎が脅威であり、決して無視できるような敵ではない。事実BETA戦における衛士の死者の中で最も多いのは戦車級に取りつかれて戦術機ごと喰い殺された事だというのは衛士の間での常識である。

 レーザーヤークトは既に佳境に入っている。BETA群の光線属種の群れのほとんどは殲滅したものの、最後の群れがよりにもよってBETA群の奥深くに潜んでおり、結果中隊は敵陣の奥深くへと踏み込む事となってしまったのだ。こうなってしまうと周囲は見渡す限りBETAの群れ、味方の援護は期待出来ないうえに最後尾に控えているであろう要塞級との遭遇の可能性すらもあり得るのだ。如何に歴戦の部隊である『黒の宣告』中隊であったとしても死を覚悟せざるを得ないほどの状況である。

 

 『シュヴァルツ04、此方も残弾6割をきる!!同志大尉!!このままじゃじり貧よ!!』

 

 シュヴァルツ04、『黒の宣告』中隊専属政治将校グレーテル・イェッケルン中尉は怒号を上げながらも目の前の要撃級を機関砲でハチの巣にする。が、すぐさまその死体をおしのけて新たな要撃級が、その背後には無数の戦車級が砂糖へと群がる蟻のように迫ってきている。

 如何に彼女の搭乗している機体が他の中隊メンバーよりも性能の高いチボラシュカとはいえ、流石に周囲一帯をBETAに包囲された状況は辛いものがある。弾丸の数も有限であり近接戦闘をするにしても数が多すぎる。特にグレーテルの衛士としての実力は精鋭揃いの中隊の中ではひときわ劣る。それでも数々の修羅場を乗り越えているだけあって並みの衛士よりかは高い技量を持ってはいるのだが。

 

 『シュヴァルツ05!こちらにも光線級らしき姿は見当たりません!!クッソ!!こいつら次から次へと!!』

 

 『シュヴァルツ06、此方も06と同様です!36mmの残弾はあと四割!!』

 

 中隊どころか国家人民軍全体からみても珍しい近接長刀をBETA目掛けて振りおろすバラライカとそれをフォローするかのように周囲にまとわりつくBETAを排除するもう一機のバラライカ。シュヴァルツ05アネット・ホーゼンフェルトとシュヴァルツ06イングヒルト・ブロニコフスキーが駆る機体であり、此方も群がるBETA相手に手が離せない様子であった。

 

 『しゅ、シュヴァルツ07!こっちも敵が多すぎて…!!』

 

 『…シュヴァルツ08、残弾残り4割。近接戦闘に切り替える』

 

 シュヴァルツ07カティア・ヴァルトハイムとシュヴァルツ08テオドール・エーベルバッハは押し寄せるBETAを蹴散らしながら目標である光線級へと接近する。

 既に両者の機体の突撃砲の残弾も残り僅か、跳躍ユニットの推進剤も脱出を考慮するのならば残量は少々心許ない。故に迅速に光線級を発見、撃滅せねばならない。既に連中の居場所は割れている。ならばあとは接近して直接叩くのみ―!!

 

 『…く!このっ…!!』

 

 カティアの駆るバラライカは片腕に装備した多目的追加装甲(シェルツェン)で要撃級の攻撃を防ぎつつ、36mm機関砲で反撃する。仕留めた瞬間次の要撃級が出現しその巨大なサソリの鋏の如き両腕を振り上げて襲い掛ってくる。

 もはやこれ以上こいつらを相手にしてはいられない。早々に光線級の群れを探し出して殲滅しなければ此方が推進剤、弾薬が0になって喰い殺される羽目になる。

 

 (どこだ…!!何処に居やがる…!!)

 

 片手に持った短刀を振るい己に貼りつこうとする戦車級を斬り捨てながらテオドールは左右へと忙しく視線を動かし続ける。もう位置は此処だと掴めているのだ、ならば必ず何処かに居るはずだ、それもこの直ぐ近くに…!!

 テオドールは神経を研ぎ澄ませ、BETAとBETAの間、その汚らしい腐肉のような蠢く肉塊の間を注視する。光線級の体色は青みがかった緑、血のように真っ赤な体色の戦車級と白色の要撃級の群れの中でなら確実に目立つはず…。BETAを掻き分け斬り捨て撃ち殺しながらテオドールは両目を動かし探し続ける。

 と、次の瞬間、戦車級の集団で真赤に染め上げられていた大地の上に青緑色の何かが蠢いているのをテオドールは確かに見て取った。

 

 『-!!テオドールさん!!』

 

 「分かってる!!ようやくビンゴだ!!」

 

 同じく気がついたのか己の名を叫ぶカティアを無視し、テオドールはそいつへと、ようやく発見した光線級の集団目掛けてバラライカを疾走させる。接近する此方に気がついたのか光線級が己に向かってくるバラライカへとその目玉のようなレーザー照射器官を向けてくる。だが、遅い…!!

 

 「これで、ラストだああああああああ!!!!」

 

 120mm滑空砲に装填されたキャニスター散弾、僅か2発残されていたそれをテオドールは全弾目の前のBETAへと発射する。散弾はそのままその場に密集していた光線級の群れへと飛散、ばら撒かれた弾薬はその場にいた光線級の体を引き裂き、爆発させて瞬時に絶命させる。一瞬立ち上る煙、それが晴れるとその場にいたはずの光線級は一匹残らずミンチ同然の肉片と化していた。

 

 「…よし、シュヴァルツ08、最後の光線級集団を殲滅完了!!」

 

 『こちらシュヴァルツ01、光線級集団の殲滅を確認した。よくやったなエーベルバッハ少尉』

 

 光線級殲滅の報告と同時にモニターに投射されるアイリスディーナからねぎらいの言葉を投げかけられる。その言葉をテオドールは無表情のまま黙って受け止める。国家保安省に己の兄を密告した…、アイリスディーナに関するその噂に現在は多少なりとも疑念を抱きつつはあるものの、それでも気を許しているわけではない。もし油断しようものならばいつカティア諸共密告されるか知れたものではない。

 

 『同志大尉!!任務が完了したのならとっとと引き上げるわよ!!もう残弾も残り少ないしいつまでもこいつらの相手をしていられないわ!!』

 

 と、モニターに幾分か焦燥気味のグレーテルの顔が映し出された。見るとグレーテルは未だに己めがけて接近してくる戦車級へと機関砲をばら撒いている。他のメンバーも未だに衰えないBETAの物量にそろそろ限界なようである。アイリスディーナも頷いた。

 

 『ああ、総員傾注!!任務は完了した!!これより脱出を開始する!!気を抜くな!!帰るまでが遠足だ!!脱出中にBETAに食い殺されるなどという間抜けな死にざまをさらすなよ!!』

 

 『『『『了解!!』』』』「りょうか……!?」

 

 他の隊員に続いて応答しようとするテオドール、だが、次の瞬間に発生した異変に彼は思わず口を閉ざすことになった。

 何の前触れもなく地響きと振動が、まるで地震でも起きたかのような振動が己と己の乗る戦術機を揺さぶりだしたのだ。テオドールは思わず周囲を見回すが周りにあるのは散らばるBETAの肉片とそれを踏みつけ迫るBETAのみ。なら、この振動の発生源は…。

 

 『…この振動、まさか!!総員空中に避難しろ!!』

 

 『え!?べ、ベルンハルト大尉それって………きゃああああああああ!!!!』

 

 「!?か、カティア!?」

 

 突然悲鳴を上げるカティア、そして爆発する地面とそこから間欠泉の如く噴出してくる何か。その何かの正体に気がついた瞬間、テオドールの表情が絶望に染まっていく。

 

 「…BETA…!!こんな時に地下から奇襲だと…!!」

 

 それは紛れもなく新たなBETAの集団。それも最前線にしか存在しないはずの突撃級を中心とした集団である。何の前触れもなく出現した新たな異形の集団によって再び大地はBETAの支配する領域へと変貌していく。

 

 『エーベルバッハ少尉!!ヴァルトハイム少尉は!!』

 

 「群れに分断された!!クソッ!このままじゃ……」

 

 アイリスディーナの切羽詰まったような声音にテオドールは奥歯が砕けるほどに歯を食い縛る。先程のBETAの出現でカティアと分断されてしまった。カティアのバラライカの弾薬も推進剤ももう残り少ない。このままこの場に放置しておけば間違いなくあの化け物共に飲み込まれ、押し潰されることは間違いない。

 どうする…?このままカティアを見捨てるか、それとも…。

 

 『同志大尉!!早急に脱出するわよ!!同志少尉もさっさと空中に離脱しろ!!』

 

 カティアを救うべきか否か悩むテオドールの耳に、グレーテルの若干ヒステリックな金切り声が入ってくる。こんなときにも空気の読めない政治将校にテオドールは忌々しげに舌打ちする。

 

 「…同志中尉、ですがヴァルトハイム少尉が…」

 

 『この状況で他人の心配をしている場合か!!このままでは貴様もあの娘と一緒に共倒れだ!!唯でさえ隊員数に余裕が無い中隊の人員数をさらに削るつもりか!!』

 

 「で、ですが……」

 

 グレーテルの言いたい事も分かる。今カティアを救出しようとしても救出どころか下手をすればテオドールまでもが戦死しかねない。もしもそうなれば中隊は熟練の衛士をまた一人失う事となり、大きな痛手を被る事となる。

 ならば此処は新入りのカティア・ヴァルトハイムを犠牲にするのが得策、元より西側からの亡命者という事で国家保安省からも睨まれている爆弾のような存在だ。此処で消えてしまった方が自分達にとって身の安全にも繋がるだろう。グレーテルはそう言いたいのだろう。確かに彼女の言いたい事も分かるしそれが正しいというのも理解できる。だが…。

 

 (でも、そんな事をしたら、俺は……)

 

 テオドールの脳裏に浮かぶ光景、それは己がまだ衛士になる以前の事。家族と共に西側に亡命を試み、失敗し、養父と養母、そして妹を失ったあの時の光景を…。

 

 『テオドールさん!!行ってください!!』

 

 「なッ!?」

 

 苦悶に顔を歪めるテオドールの耳に飛び込んでくるカティアの叫び声。表示されているモニターの彼女は眉根を寄せて表情を歪ませている。銃撃音と振動から彼女が周囲のBETAを排除している最中だというのが嫌でも分かる。

 

 『私なら大丈夫ですから!!必ず皆さんに追いつきますから!!早く行ってください!!』

 

 「馬鹿な事ほざいてんじゃねえ!!てめえこそこんなところで死にたいのか!!」

 

 『お願いです!!逃げてください!!テオドールさんが死んだら、私っ…!!』

 

 懇願するような表情で必死に訴えるカティア。その表情は、何故かあの時の、己に向かって必死に手を伸ばそうとする妹の表情にも似て…。

 

 (畜生っ…!!どうすればいいんだよ!!俺は…!!)

 

 悔しげに操縦桿を握りしめるテオドール。彼はただただ今も昔も変わらない己の無力さに憤りを覚えるしかなかった。

 




 ちなみに今作、というか暫くガメラは出てこない予定です。暫くは人類VSBETAが続きますので…。

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