Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 ようやく最新話投稿できました。アニメの柴犬はすでに完結したっていうのに己のこの遅筆ぶりは…。
 今回もまた人間サイドの話となります。…どうかもうしばらくお付き合いください。


第4話 Isolierungー孤立ー

 ベラルーシ州ブレスト ハンツァヴィチワルシャワ条約機構軍基地にて。

 

 「………」

 

 基地内部に存在する“黒の宣告”中隊専用のミーティングルーム。そこでは中隊メンバーであるアネットが落ち着きなさそうな表情で何かをブツブツ呟きながら部屋の中を行ったり来たりと歩きまわっており、彼女の同僚であるテオドールとイングヒルトは片や呆れた表情で、片や苦笑いを浮かべながら彼女の姿を眺めていた。

 

 「…おいアネット、いつまで檻の中の熊のようにうろうろしてやがるんだ」

 

 「うっさい!しょうがないじゃんカティアの事が心配なんだから!!アンタも少しは心配したらどうなのよテオドール」

 

 「してもしょうがないだろうが。ポーランドの基地に保護されている以上俺達にできる事は何もない。幸いシュタージの連中が手を出せないっていう中隊長と政治将校のお墨付きがあるんだ、此処は待つしかねえだろ」

 

 「エーベルバッハ少尉の言うとおりですよアネット、此処は信じて待つしかありませんって」

 

 「……むう」

 

 何処か冷淡なテオドールに反発していたアネットであったが、流石に親友であるイングヒルトの言葉もあっては素直に従うほかない。アネットも二人と同じく近くにあったパイプ椅子へと腰を下ろす。

 

 「でも…、やっぱり心配だよ。幾らシュタージがいないとしてもポーランドの連中がカティアをどうするか分かったもんじゃないし…」

 

 「……この過保護が」

 

 「ああ!?テオドール今何て言った!!今何て言ったのよ!!」

 

 「あ、アネット落ち着いて!エーベルバッハ少尉もいちいち煽らないでください!!」

 

 テオドールの煽りに激昂するアネット、そんな彼女を必死に宥めるイングヒルト。

 現在この一室には彼ら三人しかいない。残るメンバー、中隊長アイリスディーナと副官のヴァルター、次席指揮官のファムと政治将校のグレーテルはこれからのBETAとの戦いについてか、ポーランド基地に保護されているカティアをいつ迎えに行くかを協議しているのかこの場には居ない。どちらにせよアイリスディーナの命令が無い事には戦術機で出撃することはできない以上、自分達で勝手にカティアを迎えに行く事は出来ない。

 ならば此処は待つしかない。カティアも社会主義国家で妙な事を言えばどうなるかは身に染みているはず、ならばポーランドの基地でも多少は言動を慎んではくれるだろう。

 あと懸念するべきはポーランドの基地に突然BETAが襲撃してくる事だけであるが…。

 

 (…もし、あいつがどさくさに紛れて戦死してくれれば…)

 

 突如として頭を過る思考、もしもカティアがBETAに襲われ戦死すれば、もう己はあんな面倒な荷物を背負う必要は無くなる。ただでさえ彼女は西側からの亡命者という、明らかに己にとってマイナスとも言える要素を持っているのだ。だがそれだけでは無い。彼女の父親はかつて東ドイツの英雄とも言われた将軍、にも拘らず何らかの理由によって記録上から抹殺された人間なのだ。抹殺された理由は不明だが、まず確実に東ドイツの体制に反抗した罪か何かであろう。

此処が本国から離れた基地である故に今のところはシュタージに連行されずに済んでいるものの、もしもこの戦争が終わり、東ドイツへと帰国したならば、まず間違いなくカティアはシュタージからの尋問を受ける事になる。そしてもしもカティアが不用意な事を喋ろうものならば、連中の矛先は自分達666中隊に…。

その考えが浮かんだ瞬間、脳裏にフラッシュバックされるのはかつてシュタージによって受けた数々の苛烈な拷問、尋問…。己の体に文字通り刻み込まれた痛みと恐怖に無意識に手が震えてくる。テオドールは両手を強く握り、震えと恐怖を無理矢理抑え込むと深々と息を吐き出した。

もうシュタージなどとは関わりたくもない、だが、もしもカティアとこれ以上かかわれば自分は再び奴らの手によって尋問という名の拷問、果てには処刑されて命を失う羽目になりかねない。

 ならば寧ろ戦死してくれれば好都合、人員は足りなくなるだろうがそれもいずれ補充されて……。

 

 『テオドールさん…』

 

 「………」

 

 そこまで考えた瞬間に、テオドールの脳裏をよぎるのは記憶に残るカティアの笑顔、そしてそれと重なるように浮かび上がる己の義妹、リィズの笑顔と己に向かって手をさしのばす最後の姿…。

 その刹那胸に浮かぶのは、“本当にそれでいいのか”という考え。本当にカティアを見捨てても構わないのかと…。

 

 「……-ル、テオドール!ちょっと聞こえてるの!!」

 

 「…!?あ、ああ何だアネットかよ…、いきなり耳元で怒鳴るなうるせえだろうが…」

 

 突然のアネットの怒鳴り声に我に返るテオドール、見るとアネットが眉を吊り上げた怒り顔で、イングヒルトはそれとは真逆の心配そうな表情でテオドールを眺めている。

 

 「一体どうしたっていうのよボーっとして?…もしかしてアンタもカティアの事が…」

 

 「んなわけあるか!!……で、一体何の用だよアネット?何か言いたい事があるんならさっさと言えよ」

 

 己の呆けた顔を二人に見られた事に舌打ちしながらテオドールはアネットにそう促す。するとアネットの表情が何処か困ったような様子に変化し、暫く視線を左右にさまよわせた後にチラリと隣に立つイングヒルトへと視線を送る。此方に視線を送られたイングヒルトは一瞬ムッとした表情を浮かべるが、やがて諦めるように溜息を吐くと気まずそう無表情で口を開いた。

 

 「あ、あのですね、イェッケルン中尉がエーベルバッハ少尉に用事があるって…」

 

 「……何?」

 

 イングヒルトの言葉にテオドールが反射的にドアへと視線を向けると、そこには己に向けて突き刺さるような鋭い視線を向けてくる政治将校、グレーテルの姿があった。

 

 

 

 

 「…それで、同志中尉、この俺に一体どういう用件で…?」

 

 「フン、もう言うまでもないだろう?貴様が保護者として面倒を見ている西側からの亡命者について、だ」

 

 あの後テオドールはグレーテルに連行され、雪の降りしきる基地の外へと出ていた。基地内部にはシュタージが仕掛けた盗聴器がある。本国に比べれば仕掛けられている数は少ないものの何処で聞かれているか知れたものではない。内密の話ならば基地の外で、二人だけでするというのが監視国家である東ドイツの常識であった。

 そして、基地の外に連れ出されたテオドールに向かって投げかけられた言葉、それはやはりというべきか今この基地に居ない中隊の衛士、カティア・ヴァルトハイムについてであった。

 

 「私が貴様に言いたい事は一つだ、カティア・ヴァルトハイムの素性について貴様が知っている事、一つ残らず話せ。他言はしないでおいてやる」

 

 有無を言わさぬ口調で此方を問い詰めてくるグレーテル。眼鏡の奥の眼光は此方を鋭く見据えている。一切の嘘は許さない、というグレーテルの意思が嫌がおうにも眼光から伝わってくる。

 とはいえここで本当の事を話すわけにもいかない。もしも自分の知りうるカティアの訴状を洗いざらい吐こうものなら政治将校である彼女はまず間違いなく上層部にその事を報告する。もしも軍上層部にカティアの素性がばれようものなら、まず間違いなくカティアは連行され尋問を受ける。政治将校の行う尋問がどれほどのものかは知らないが、恐らくシュタージのものと大差ないのだろう。

 心の内によみがえる不快さ、忌々しさに思わず舌打ちしそうになるのを抑えながらテオドールは無表情で淡々と返事を返す。

 

 「…知りません。俺は同志大尉の命令であいつの面倒を見ているだけです」

 

 「あの娘の救出には貴様も立ち会ったのだろう?彼女の搭乗していた戦術機の内部に素性に関する何かは無かったのか?」

 

 「それらしきものは何も発見できませんでした。分かったのはあいつが西側の衛士で前々から東ドイツに憧れていた、ということだけで……」

 

 頭の中で何度も暗唱していた通りに、もしもグレーテルにカティアの事について問い詰められた時の為に考えておいた解答がつらつらと流れるようにテオドールの口から出てくる。少なくとも半分は嘘を言っていない。実際カティアの所持していたペンダント以外にカティア自身の身元を証明する物は戦術機のコックピット内部にも何一つ存在しなかった。

 テオドールの返答を聞き終えたグレーテルはなおも鋭い眼光をテオドールに向けている。テオドールも彼女の眼光を受けとめながら此方も逆に睨み返す。雪風が吹く中睨みあう二人…、であったがやがてグレーテルは呆れたかのようにフン、と鼻息を鳴らした。

 

 「……フン、まあいい。本人が戻ってきたときに問い詰めればいいだけの話か…。今回はそういう事にしておいてやる」

 

 「ありがとうございます、同志中尉」

 

 「…同志大尉に聞いても適当にはぐらかされるし、貴様もこの有様、か…。まあどの道武装警察軍も此処までは来ないか…。…あの噂が本当だとするなら尚更…」

 

 「噂?」

 

 グレーテルが小声でぼそりと呟いた言葉に思わず反応するテオドール。彼の反応にグレーテルは失言したと言わんばかりに顔を顰める。そんな彼女の内心を知ってか知らずか返答を求めるように黙って此方に視線を向けてくるテオドール。グレーテルは暫く視線を反らして沈黙していたが、やがて「……あまり人に言うんじゃないぞ…」と前置きして口を開いた。

 

 「……殺人事件があった、とのことらしい」

 

 「殺人事件?」

 

 「ああ、どこの誰がやったかは知らないが国境警備のシュタージの職員を全員惨殺した事件があったらしい。当然被害者は全員武装していたらしいが一人も生存者はいなかった、とのことだ。……いいか、あくまで噂だぞ?ひょっとしたらシュタージが流したデマの可能性もあり得る」

 

 皮肉気に肩を竦めながら語るグレーテル。テオドールは彼女の話に黙って耳を傾けている。

 シュタージの人間が何人死んだところで己にとってはどうでもいい、寧ろ己の両親と義妹を奪ったシュタージによくぞ一矢報いてくれたという称賛の言葉が浮かんでくる。政治将校を目の前にして言うつもりは毛頭ないが。

 だがグレーテルの言うとおり、これはもしかしたらシュタージの罠かもしれない。あえてありもしない事件をでっち上げ、それに対する反応から反体制の人間をあぶりだす魂胆があるのかもしれない…、テオドールは表情を引き締める。

 

 「…まあただの噂にしては武装警察軍が直々に調査したりと怪しい点があるのだが…、ま、本国から離れた戦地に居る我々にとっては関係の無い話だ」

 

 そう言うとグレーテルはテオドールへと再び視線を戻す。

 

 「…が、もしも貴様が同志大尉と組んであのガキを反社会的な理由でかくまっているというのならば、話は別だ。密告者から奴らに漏れようものなら隊の存続にすら関わりかねん。出来得る限り禍根は絶っておかねばならん」

 

 「…同志大尉?同志大尉とカティアが一体何の関係があるって言うんです?」

 

 グレーテルが口走ったアイリスディーナの名前に再度反応するテオドール。再度の失言にグレーテルは頭痛を覚えたかのように額を抑えてテオドールから目を反らすが、テオドールは構わずグレーテルに食ってかかる。

 

 「答えてください!こっちはあいつの保護者押し付けられてるんだ!何も知らないままでいるのは我慢できない!」

 

 「貴様……、ッチ、まあいい。どうせいつ死ぬか分からない身だ、駄賃代りに教えてやるか…」

 

 テオドールの勢いに根負けしたグレーテルは悪態をつきながらも口を開き、語り始めた。

 

 

 カティアSIDE

 

 「……此処が食堂、この通路を右に行くと兵士達の居住スペースがある」

 

 「は、はい…」

 

 「そしてそこを曲がればトイレがある。覚えておけよ?途中で忘れて漏らすなんてことは……」

 

 「~!!も、漏らしません!!私、お漏らしなんて赤ちゃんの頃から一度もした事ありませんから!!」

 

 同じ頃、バラナビチ基地に保護されているカティアは、どうにか歩けるようになるまで回復したためフレデリックに基地の内部を案内されていた。途中すれ違う人間はしばしばカティアへと視線を送ってくるが直ぐに興味を無くしたかのように歩き去っていく。

 カティアはフレデリックから説明を受けながら基地のあちらこちらに興味深そうな視線を向けていた、が、先程フレデリックが投げかけた冗談に思わず顔を真赤にしながら大声で反論してしまう。まさか怒鳴られるとは思わなかったフレデリックは思わず眼を丸くして唖然としていたもののやがて表情にはどこか意地悪げな笑顔が浮かんでくる。突如ニヤニヤと笑いだしたフレデリックにカティアは思わず背後に後ずさった。

 

 「うう、な、なんですか…」

 

 「はっは~ん?そうかそうかお前さん、実は漏らした事があるな?それもガキの頃なんかじゃなくてつい最近に……」

 

 「し、してません!!お漏らしなんてしてません!!決して、初陣の時に怖くてお漏らししたなんてことは……」

 

 「おうおう成程、初陣の時に、ねえ…」

 

 顔を真赤にして吼えるカティアにどこ吹く風な態度をとりながらフレデリックはクックッと含み笑いを浮かべながら歩を進める。速足で歩くフレデリックを追いかけながらもあれこれ文句を言うカティアであったが、やがて諦めたのか文句を言うのに疲れたのか口を閉ざして黙りこむ。流石にフレデリックも少々からかいすぎたと思い、苦笑いを浮かべる

 

 「あー…、その、なんだ、すまん、少し言いすぎた」

 

 「…別にいいですよ、どうせ私は赤ちゃんみたいにお漏らしするみっともない衛士ですもんね、フンッ」

 

 「……」

 

 リスのように頬を膨らませてそっぽを向くカティアにフレデリックはやれやれと肩をすくめる。間違いなく怒っているのだろうがその姿は寧ろ可愛らしさすら覚えて笑みすら浮かんでくる。が、流石に笑いでもしたら今度こそカティアの機嫌は最悪なレベルにまで悪化する事だろうことが予想できたため、どうにかこらえる。

 それからしばらくはお互い黙って廊下を歩いていた。時折部屋の説明や通りすがった知り合いとの挨拶でフレデリックが喋る事はあったもののそれ以外では両者ともに一言も口を開かなかった。とはいえこのままだんまりでいるわけにもいかない、何か話さなければならないが一体どうするべきか…。歩きながら考えるフレデリックとカティアであったがふとカティアの視線がフレデリックの胸元で揺れる赤い石のネックレスへと向けられる。

 

 「そういえば、気になってたんですけれどそのネックレス…」

 

 「ん?…ああこれか」

 

 己のネックレスを指摘されたフレデリックは赤い石を指で軽く撫でながらどこか寂しげな微笑を浮かべる。

 

 「これは、まあ幸運のお守りみたいなものだな」

 

 「お守り、ですか?」

 

 「ああ、五年前に九死に一生を得た時にこれを見つけてな、それ以来肌身離さず身につけているんだよ」

 

 何処か昔を懐かしむ表情で語るフレデリック。その表情はどことなく悲しみや悔恨、何かを後悔しているかのような色が窺えた。彼の表情の変化を見た瞬間、カティアはハッとする。もしかしてあのネックレスは戦死した友人か恋人の形見なんじゃあ…、余計な質問をしたせいで彼のトラウマを刺激してしまったのでは、と顔を青ざめてしまう。

 

 「あ、あの……すいません、フレデリックさん…」

 

 「?いやなんで謝るんだお前?別に謝るような事してねえじゃ……」

 

 「だ、だってそのネックレス、フレデリックさんの恋人の形見なんでしょ!?」

 

 「……はあ!?」

 

 カティアの発言にフレデリックは思わず唖然とする。本人からすれば全く予想もしていなかった発言に暫く言葉も出せずにいる。が、そんな彼に構わずカティアは早口で捲し立てる。

 

 「だ、だってフレデリックさんネックレス見て悲しそうな顔してましたから…、それ大切な人からもらったものじゃないかって…」

 

 「チゲえよ!!人の話し聞いてやがったのかお前は!!これは拾った石!彼女の形見でも何でもないわ!!つーか俺は生まれてこのかた女と付き合ったことなんざ一度たりともないわ!!」

 

 カティアの言葉にフレデリックは顔を真赤に染めながら絶叫する。突然怒り出したフレデリックにカティアは謝るのをやめてポカンとしてしまう。

 

 「……え?そ、そうだったん、ですか?」

 

 「そうだ!!…ったく、何でいちいちこんな事説明しなきゃならねえんだ畜生が……」

 

 と、忌々しそうにブツブツ呟きながら歩くフレデリックの後姿を、カティアは呆けた表情で眺めていたが、直ぐにハッと我に返ると小走りで彼を追いかけるのだった。

 

 

 

 その後、基地の内部をほぼ見て回った二人は、最後に基地の屋上へと向かう事になった。

 基地の屋上は当然のことながら屋外であり、外は吹雪が吹き荒れる真っただ中である。そんな場所に好き好んでいく人間は殆どおらず、精々いるとするならば一人になりたい人間か、誰かと内緒で話をしようとする人間だけであろう。

 階段を上り屋上へと通じるドアの前に到着したフレデリックとカティア、鉄のドアを開けた瞬間、そこから雪と風が室内へと吹き込んでくる。フレデリックはそれに構わず屋上へと足を踏み出し、カティアもそのあとへと続いて屋上に出る。

 

 「此処が屋上……と、どうやら先客がいるようだな」

 

 「え…?あ、あの人は!!」

 

 フレデリックの視線の先、そこに居たのは屋上の柵にもたれかかって雪雲に覆われた暗い空を見上げる豊かな銀髪の女性、ポーランド人民軍所属の衛士であり、カティアの命の恩人であるシルヴィア・クシャシンスカ少尉であった。

 相も変わらずの無表情で吹雪く空を見上げていたシルヴィアは、屋上に現れた二人に気がついたのかフレデリックとカティアへと視線を送ってくる。

 

 「あら、誰かと思ったらフレデリック、また屋上で吹雪でも浴びに来たのかしら?」

 

 「チゲえよシルヴィア、て言うかお前も人の事言えねえだろうが…。今日はちょっとこのお嬢ちゃんに基地を案内してやってるところなんだよ」

 

 「あ…!お久しぶりです!!先日は助けていただいて本当にありがとうございます!!」

 

 フレデリックの言葉を遮るようにカティアは大きな声で礼を言いながら勢いよく頭を下げる。目の前に居るのは己にとっては命の恩人、彼女が救出してくれなければ自分はこの場でこうして生きてはいなかったのだ、到底感謝してもしきれない。

 一方のシルヴィアはカティアの大声でようやく彼女の存在に気がついたかのように、眉一つ動かさぬまま視線のみをカティアへと向ける。

 

 「ん?ああ、そう言えば貴女……………誰だったかしら?」

 

 「……ええ!?」

 

 あまりにもあんまりな反応にカティアは眼を剥いて唖然とする。幾らなんでも命がけの任務で救出した人間の顔を忘れているとは思わなかった。というか僅か数日前の事なのだから名前はともかくとして顔は覚えていると思うのだが…。釈然としない思いを抱きながらカティアは再度大声を上げて己の名を名乗った。

 

 「か、カティア・ヴァルトハイム!東ドイツ国家人民軍所属第666戦術機中隊所属の衛士です!!つい昨日少尉に救助していただいてこの基地に保護されました!」

 

 「……ああ、そんなこともあったわね。すっかり記憶から消えていたわ」

 

 カティアの大声にうるさそうに顔を顰めていたシルヴィアはようやく思い出したと言いたげに相槌を打つ。最もその顔はいかにもどうでも良さそうではあったが。

 

 「ん?なんだお前、こいつと知り合いなのか?」

 

 「その子を救出したのが私達の部隊だっただけよ。お礼言うなら私じゃなくてもう一人の方に言ってあげたら?存外喜ぶんじゃないの?」

 

 「…え?あ……」

 

 シルヴィアの言葉にカティアはポカンとした表情を浮かべる。彼女はすっかり忘れていたが、己を救出してくれたポーランド人民軍所属の戦術機は“二機”であった。すなわちシルヴィア以外にもう一人、自分を救出してくれた衛士が居たのである。もっともそのもう一人の衛士についてはシルヴィアと違い名前、顔どころか男か女すらも分からないのだが……。

 

 「……もしかして助けて貰った事知らなかったのかしら?これじゃあ彼が可哀想ね…」

 

 「う、うう……、す、すみません……」

 

 「私に謝られても困るのよね…。ま、どうでもいいわね」

 

 そう肩をすくめるとシルヴィアは二人に背を向けて、屋上への出入り口であるドアへ向かって歩いていく。

 

 「ん?何だもう戻るのか?」

 

 「もう冷えてきたしね。貴方もさっさとその子を連れて戻った方がいいわよ?『パレオロゴス唯一の生存者』さん?」

 

 一瞬立ち止まりフレデリックに向けて意味深な言葉と笑みを投げかけると、シルヴィアはそのまま屋上から出て行った。ドアによって遮られるまで、カティアは呆気にとられた様子で彼女の背中を見つめていた。

 

 「…なんだか、素っ気ない人ですね」

 

 「…悪い奴じゃないんだがな、まあ、昔のトラウマのせいで人寄せ付けねえ性格になっちまっているんだけどな…」

 

 「トラウマ…、それってやっぱりBETAの…」

 

 「いいや違う。……んー…、どうすっかな~。…俺が話したって絶対言うんじゃねえぞ?」

 

 そう前置きするとフレデリックはまるで周りに人がいない事を確かめるかのように視線を左右に彷徨わせるとカティアに顔を近づけて小声で話し始める。

 

 「今から四年も前の話だが、あいつはとある任務に出てな、その時に親友二人が死んでるんだよ。それからだよなぁ、あいつがあんな性格になっちまったのは。……まあ半分人伝に聞いたものだがな」

 

 「……!!」

 

 親友が死んだ、という言葉にカティアはギョッと目を見開く。任務中に己の仲間が、戦友が死ぬ…、軍人、衛士という職業についている者にとってはもはや珍しくもなんともないであろう事実…。シルヴィアがそれを味わっていたという事実にカティアは背筋が凍りつくような感覚を覚える。

 フレデリックは構わず話を続ける。

 

 「一人だけ生き延びた負い目、って奴かねぇ。昔は内気だけど可愛らしい奴だったってのに今じゃあの様だ。人とも積極的に関わろうともしねえ…まあ多分、根っこの部分は変わってねえと思うんだけどな、多分だが」

 

 「そ、その任務って、やっぱりBETAの……」

 

 突出して国境に侵入してきたBETAの討伐、あるいは自分達の部隊と同じくレーザーヤークトか…。そんなカティアの問い掛けに対してフレデリックは首を振って否定する。

 

 「いや、全く関係が無い。後で聞いた話だがとある村で住民が全員失踪するって事件が起きたんだ。連絡もとれねえってことであいつが調査隊の一員として派遣されたわけなんだがな。

 少なくともBETAは有りえねえ、その村はベラルーシとの国境線から離れていたし、何より当時既にミンスクハイヴは一度陥落していたんだ。奴らの仕業である筈がねえ」

 

 「じゃ、じゃあ一体……」

 

 「だから知らねえって。戻ってきてからのあいつもあの事件に関しては何も話さねえし、無理に聞こうとすると冗談抜きで殺されそうになるしな。……ただ」

 

 フレデリックは一度言葉を切ると一瞬話すべきか躊躇するように視線を彷徨わせると再度口を開く。

 

 「ただ、あいついつもいつも言ってやがるんだよな、『鳥を探している』ってな」

 

 「鳥、ですか…?鳥ってあの…」

 

 「おう、空を飛ぶ鳥で間違いないと思うぜ?で、どんな鳥を探しているのかって聞いても『…直に見れば分かる』って返事しかしねえしな。正直分からん」

 

 そこまで話すとフレデリックは何処か疲れた様子で大きく息を吐き出した。

 

 「…ま、あいつについて俺が知っている事は以上だ。……絶対に誰にも、特にシルヴィアには絶対話すんじゃねえぞ?俺が話したってことだけは特に、な!」

 

 「は、はい…、分かりました…」

 

 じと目で此方を睨みつけながら念を押してくるフレデリックに、カティアは緊張した面持ちで頷いた。フレデリックは軽く吐息を吐くと小声で「戻るか」と、カティアに呼びかけると屋上の出入り口へ向かって速足で歩いていく。カティアも彼の後ろから小走りで付いていく。まだ屋外に出てから数分程度しか経過していないのにもかかわらず、雪風に晒されていたカティアの全身は冷え切っていた。基地内に入ると、暖房が入っていないにもかかわらず気温が僅かに暖かくなったように感じてしまう。

 

 「あ、そういえばフレデリックさん、さっきシルヴィアさんが言っていた『パレオロゴス唯一の生還者』って…」

 

 と、唐突にシルヴィアが去り際に告げた言葉を思い出したカティア、だが、そのセリフを口にした瞬間、フレデリックの表情は先程とは一転して暗いものへと変化していく。

 まるで何かを後悔するかのような、悼んでいるかのような苦しげな表情に流石のカティアも口を閉ざす。

 

 「え、えっと、フレデリックさん、私、何か失礼な事を……」

 

 「………悪い、そのあだ名はもう言わないでくれるか。こっちからすればあまり良い思い出もねえもんだからな」

 

 「は、はい……」

 

 カティアの返答を聞くや否や、フレデリックは再び歩き始める。その右手は胸元で鈍く輝くペンダントに添えられ、人差し指と親指で赤い石をなぞるように撫でている。やはりあの石には何かがある、フレデリックしか知らないであろう何かが。それこそが彼にとってのトラウマであり、心の傷であるのだろう。

 ならばこれ以上は聞くまい、そうカティアは心に決める。如何に口が軽くても流石に誰かを傷つけるような事だけは……。

 

 「……なんだ?俺のペンダントじろじろ見やがって…。……やらないぞ?」

 

 「ふえ!?ち、ちがいますよ!!欲しくありませんよ!!ちょっと考え事してただけです!!」

 

 じと目で此方を睨みつけるフレデリックにカティアは必死な表情で反論する。そんな彼女をじーっと眺めていたフレデリックであったが、やがてやれやれと呆れた表情で肩を竦める。

 

 「冗談だっての。まあそんなことよりもさっさと病室に戻って………!?」

 

 そこまで言葉を紡いだ瞬間、突如として基地中に響き渡るほどの警報が鳴り響き始める。

 鳴り響く警報にフレデリックだけでは無くカティアも驚愕の表情を浮かべる。二人ともその警報は幾度も聞いていた。当然だろう、なぜならこの警報は……。

 

 「コード991…!!BETA襲撃だと…!!」

 

 何の前触れもない敵襲にフレデリックはただただ茫然と呟くしかなかった。

 




 アニメの柴犬はなんだか色々と小説版と差異のある設定でしたが、あれもまた一つの並行世界という設定なのですかね。(アニメスタッフの都合とか言っちゃいけないのはお約束)。

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