Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 ゴールデンウィークが明けて一週間後、ようやく最新話投稿できました。
 どうも最近遅筆になっている気がします…。読者の皆様申し訳ありません…。


第5話 Kriseー危機ー

 警報が鳴り響く基地の廊下を駆けるフレデリックとカティア。コード991、紛れもなくBETAが基地近辺へと出現、基地へと襲撃してきた事を知らせるものなのは分かるがあまりにも突然すぎる。誰かに聞こうにも基地に響く喧騒と悲鳴、廊下を走り回る兵士達の姿を見ればとてもではないがそんな状況ではない事が分かる。

 とりあえずまずはカティアを病室に連れて行こうとフレデリックはカティアと共に病室へ向かおうとした。

 

 「ああ、同志軍曹にヴァルトハイム少尉!何処に居るかと思ったら此処に居たか!!」

 

 と、突然背後から何者かに呼び止められ、二人は反射的に後ろを振り向く。そこに居たのは保護されたカティアの尋問を担当した政治将校、彼は文字通り額に汗をかきながら二人に向かって歩みよってくる。

 

 「ど、同志中尉!この状況は一体何が……」

 

 「警報を聞いただろう?BETAの集団がこの基地から10㎞先に出現した。数はおよそ三万。…奴らめどうやら地下から侵攻してきたようだ…」

 

 政治将校は忌々しげな表情で舌打ちする。先の戦いからまだ一週間も経過していない状況でのBETAの襲撃、未だに部隊の損耗が癒えていない状況でのこの襲撃はBETAが狙ってやったのではないかと考えてしまう。最も連中にそれだけの思考能力があるかどうかは不明ではあるのだが…。

 地面から奇襲してきたという事実に関してはこの地においてはそこまで珍しい事ではない。このベラルーシの大地にはミンスクハイヴが建設されたのち、BETAによって掘り抜かれた幾つものトンネルがまるで蟻の巣の如く張り巡らされている。その長さは仮にパレオロゴス作戦当時と同じ状態であったとするならばおよそ半径4㎞、現在はBETAによる掘削でさらに広範囲に、それこそこの基地の目と鼻の先にまで掘り進められている可能性とてあり得るのだ。

 そして、その予想はこのとおり、最悪の形で現実となってしまった。

 

 「あれだけ潰したってのにまだ余力残していやがったのか…」

 

 「ミンスクハイヴ内部に潜むBETAの総数は未だに把握できてはいない…。既に東ドイツ国家人民軍派遣部隊には救援要請を送っている。あとは彼らが来るまでどうにか我らで持ちこたえる、あるいは奴らを撃退するか、だが……」 

 

 忌々しげに眉をひそめ、今にも舌打ちしそうな表情で黙りこむ政治将校。フレデリックとカティアには彼が言いたい事が分かった。現状出撃できる戦術機の数が十分でないのだ。

 戦術機はその汎用性の高さの代償として機体と武装の製造、整備に高い技術力と予算が要求される。それは第一世代機のバラライカでも変わらない。先の出撃での破損、損害を受けた戦術機は相当量存在しており、それらの大半は未だに整備は完了していない。

 

 「…まともに動けそうなのはニェトペーゼ中隊位なものだ。あとマシなモノも合わせても三個中隊規模といったところだ…」

 

 「……厳しいですね」

 

 「故に貴官達戦車部隊にも頑張ってもらうしかない。戦車級に対する懸念もあるだろうが貴官らには戦術機部隊へのサポートをお願いしたい」

 

 「了解、出来得る限りのことをさせていただきます」

 

 元より上官であり党本部から直接送られてきた政治将校の命令に高々軍曹であるフレデリックが逆らえるわけが無いのであるが、既に戦術機、衛士の数に余裕がない以上これ以上の戦術機部隊の損害は控えなければならない。ならば自分達戦車部隊もまた前線に出なければなるまい。機動力に関しては戦術機には及ばないものの、火力に関して言えば勝るとも劣らないのだから。

 それでも戦車級に取りつかれようものならお陀仏なのは間違いないだろうが。

 フレデリックの返答に政治将校は硬い表情のまま重々しく頷いた。

 

 「頼むぞ。それでヴァルトハイム少尉だが、救難が来るまで安全な場所で……」

 

 「ま、待ってください!!私も、私も一緒に戦わせてください!!もう体もすっかり良くなりましたし戦術機さえあれば………!!」

 

 安全な場所に待機するように、と告げようとした政治将校の言葉を遮って、カティアは自分も戦列に参戦させるように頼みこむ。自分の命を救ってくれたポーランド人民軍の人達の力になりたい、衛士が不足しているというのならばせめて自分がその代りになりたい。

 その思いを込めて政治将校をジッと視線を向ける。

 が、彼女の要求に対して政治将校は力なく首を左右に振る。

 

 「…その気持ちは嬉しいが無理だ。貴官の戦術機は損耗が激しく出撃できる状態では無いし、予備の戦術機の余裕もない。第一、万が一貴官が戦死してしまった場合、貴官を戦場に送って死なせたなどというような事が国家人民軍側に知られでもしたら我らの責任となる。東ドイツの、特に国家保安省の連中がいかなることを要求してくるか…」

 

 「……!!」

 

 政治将校の言葉にカティアはハッとして口を閉ざす。確かにその通りだ。

 もしも己がポーランド人民軍の戦いに加わって戦死しようものなら東ドイツ国家人民軍、果ては国家保安省に難癖をつけられかねない。かつては西ドイツ軍に所属していたとしても現在の自分は亡命して東ドイツ国家人民軍所属となっている。そんな東ドイツ軍人の自分が同盟国とはいえ多国籍軍の戦場で死んだとなっては下手をすれば東ドイツとポーランドの外交問題にまで発展しかねない。高々一衛士、しかも西ドイツから亡命し手から日が浅い小娘である為にそこまで大ごとにはならないだろうが、いずれにせよポーランドの人々に迷惑がかかる事だけは確かである。

 

 「……」

 

 でも、だとしてもこのまま黙って安全な場所にこもっているだけ、という選択は彼女にはできない。シルヴィアはただ仕事をこなしただけと言ってはいたがそれでも自分の命を助けてくれたことには変わりないのだ。命の恩人が戦っているのに自分だけ何もしないで観ている、というような無責任な真似は出来ない。

 カティアは葛藤を顔に滲ませながら顔を俯かせる。フレデリックは横目で彼女を黙って眺めていたが、やがて政治将校へと向き直るとおずおずと口を開いた。

 

 「…同志中尉、でしたら少尉には格納庫にて戦術機、兵器の整備等の作業を手伝っていただくのはどうでしょうか?幸いそちらも幾ら人手があっても困る事はありませんし戦術機の衛士であるのなら体力もそこそこあるでしょうから邪魔にはならないかと…」

 

 「むう…、いや、軍の将校に下働きさせるのもそれはそれで問題はあるが、ふむ……、ヴァルトハイム少尉、貴官の意見は?」

 

 フレデリックの意見に政治将校は難しそうに眉をひそめながらチラリとカティアに視線を向ける。カティアは必死な表情で「雑用でもかまいません!!」と頭を下げてくる。政治将校はあきれ果てた表情で深々と溜息を吐きだした。

 

 「……仕方が無い、いいだろう。だが此方には此方のルールがある。郷に入ったからには郷に従ってもらうぞ。そしてもう一つ、よしんば貴官が何らかの理由で負傷、あるいは死亡したとしてもこちらは一切の責任は取らない!いいな!!」

 

 「はい!!」

 

 カティアの元気そうな返答を聞いた政治将校はフレデリックへと再度向き直る。

 

 「……格納庫に連れて行ってやれ。あとはすべて任せる」

 

 「了解しました、同志中尉」

 

 フレデリックの返答に政治将校は無言で頷くとその場から歩き去った。彼の後姿を見送りながら、フレデリックは軽く肩をすくめる。

 

 「あの人も悪い人間じゃあないんだがねえ…。ま、どうでもいい話か。んじゃあ行こうか少尉殿」

 

 「は、はいっ!!」

 

 フレデリックに促されたカティアは急いで彼の後をついていく。もはや一刻の猶予もない、BETAの大軍勢は確実に此方に接近しつつあった…。

 

 

 『黒の宣告』中隊SIDE

 

 同じ頃、東ドイツ軍が駐留するハンツァヴィチ基地では、バラナビチ基地のポーランド人民軍の要請により急遽戦術機2個中隊を派遣する事となった。その2個派遣中隊のうちの一つ、第666戦術機中隊『黒の宣告』中隊のメンバーは戦術機格納庫に集合し、出撃の時を待っていた。

 

 「全員揃ったようだな。さて、既に聞いていると思うがこれより我等中隊は第502戦術機中隊と合同でバラナビチ基地への救援に向かう事となった。目的は言わずもがな、基地に接近するBETAの撃滅であるが、我等中隊はBETAの集団に紛れ込んでいる可能性のある光線属種の殲滅を主に行う事となった。ぶっちゃけるのならばいつものレーザーヤークトと同じと考えてもいいだろう」

 

 既に衛士強化装備を着込み出撃準備の完了した中隊メンバーは、アイリスディーナの言葉に黙って耳を傾けている。その表情は皆一様に緊張に満ちている。

 今回の任務はポーランド人民軍の派遣部隊が駐留するバラナビチ基地の防衛、何の前触れもなく出現したBETAの軍勢からバラナビチ基地を護り抜く事が目的である。最もBETAは殆ど後退、撤退するという事が無い以上防衛するためにはBETAを殲滅する以外に方法は無い。その殲滅の集団に関してはいつものBETA戦どおり、航空戦力を無力化する光線属種殲滅の後に航空機からの爆撃、ミサイルによって一気に叩き潰すという戦法のみである。

 第666戦術機中隊含む東ドイツ派遣軍が担当するのはやはりというべきかこの光線属種の殲滅、レーザーヤークトである。何度もこなしているとはいえ一瞬の気の緩みが命取りとなるこの作戦、成功率は歴戦の部隊である彼ら彼女らでも五分五分、否、それ未満といってもいい。ましてや現在中隊はカティアが居ない為隊員一人が減って7人、陣形を組める最低人数を下回っている。より慎重に作戦を遂行しなければ中隊全滅もあり得る。

 そんな状況である為この場のメンバー全員が緊張するのも無理は無い。しかもバラナビチ基地には中隊の新入りであるカティアが保護されている。万が一にも基地が陥落しようものならカティアも犠牲となる可能性もありうる。

 だからこそ直ぐにでもバラナビチへと向かい、BETAを殲滅してカティアを迎えに行かなければならない、アイリスディーナはその場にいる中隊のメンバーにそう語る。

 

 「現状ヴァルトハイム少尉は新入りとはいえ貴重な戦力だ。彼女を失えば中隊にとっても少なくない痛手となりうる。出来る事ならわが隊の人員を一部割いて救出に向かわせたところだが…」

 

 そこまで話したアイリスディーナはチラリと隣に控えるグレーテルへと視線を送る。それに対してグレーテルは不機嫌そうな表情を崩さずに逆にアイリスディーナをにらみ返してくる。アイリスディーナは苦笑いを浮かべながら再び隊へと視線を戻す。

 

 「……生憎此方も兵力に余裕が無い。故に迅速にレーザーヤークトを完遂し、ヴァルトハイム少尉を迎えに行く以外には無い。これは時間との戦いだ、その点だけは覚悟しておけよ?」

 

 そこまで話すとアイリスディーナは眼前に並ぶメンバーへと視線を巡らせる。そのメンバーの中の一人、テオドールはアイリスディーナの視線を受けとめながら、昨日グレーテルと交わした会話の内容を、アイリスディーナの五年前の過去についてを思い返していた。

 

 

 

 

『月光の夜(モントリヒナハト)事件、五年前に国家人民軍の高級将校が中心となった反体制派による現体制へのクーデター未遂事件だ。同志大尉は兄でありこの事件の首謀者の一人であるユルゲン・ベルンハルトと共にそれに参加していた。そして、同志大尉は兄を密告した結果、粛清を逃れて生き延びる事が出来た。…ちなみに事件に関しては我々と国家保安省の手によって隠蔽されている。いいな、貴様も他言無用だぞ』

 

 『クーデター未遂事件…!?』

 

 昨日、グレーテルがテオドールに明かした真実、アイリスディーナ・ベルンハルトの過去にテオドールは驚愕するしかなかった。だが、それと同時にようやく確信を得る事が出来た。

 高級将校によるクーデター未遂事件、それにアイリスディーナが兄と共に関わっていた…。そして恐らくはカティアの父親も…。

 カティアが東ドイツに亡命した目的、それは己の父親の消息を探る為であった。父親の名前はアルフレート・シュトラハヴィッツ。国家人民軍所属の中将であり、過去のウクライナ撤退戦において多大な功績を残した名将である。だが、彼の名前は突如として消えた。燦然たる武功を残しているにも拘らず、参戦していても可笑しくないはずのパレオロゴス作戦には参戦した痕跡すら残されておらず、過去の新聞を除けばアルフレート・シュトラハヴィッツという人間の名前は、何処にも残されていなかったのだ。まるで、最初からそんな人間は“存在しない”かのように。

 グレーテル曰く、かつてスターリンと並びソ連の建国者レーニンの後継者の一人であったレフ・トロツキーという人間が居たのだが、彼の評判、権力を恐れたスターリンによってトロツキーは暗殺され、それだけにとどまらず彼の家族、友人、知人に至るまで尽くが粛清され、トロツキーに関する全ての文章、資料、写真は処分されたという。文字通り『歴史上から』存在を抹殺されたのだ。

 それを聞いた瞬間にテオドールは悟った。このアルフレート・シュトラハヴィッツという男もまたそうなのだと。何かは知らないが党、あるいは国家保安省にとって都合の悪い人物であったが為に消されたのだと…。

 そして恐らく関わっていたのはグレーテルの言っていた五年前のクーデター未遂事件…。歴史から消される程であったのだから恐らくは中心人物であったとみて間違いは無いだろう。

 

 『で、でもだったら尚更、同志大尉が自分だけ生き残るために…』

 

 『貴様、本気であの女が兄を国家保安省に密告するような人間だと思うのか!?己の身の保身の為ならば肉親すらも売り飛ばす下種だとでも!?だとしたら貴様の人間不信も相当なものだな!それともその目が腐り果てているのか!?』

 

 グレーテルの怒声にテオドールは思わず怯んでしまう。そこそこ付き合いも長く、少なからず彼女からの嫌味やら小言やらを貰っているテオドールであったが、此処まで激昂するグレーテルは滅多に見た事が無い。

 唖然とするテオドールに構わずグレーテルはまるでマシンガンか何かのように捲し立てる。

 

 『あの女の性格ならば国家保安省に身内を売るくらいなら共に死を選ぶはずだ!そうしなかったのはほぼ間違いなく“誰か”の指示によって、十中八九兄の手によって生きるように指示されたからに決まっている!!兄に何らかの遺志を託されてあえて肉親を売る真似をした!そんな女が国家保安省を、否、現体制を恨んでいないはずが無い!!』

 

 『…そ、その証拠は…』

 

 『同志大尉が今まで仲間を国家保安省に売るような真似をしたところを見た事があったか?』

 

 グレーテルの反論にテオドールも口を噤んでしまう。

 彼女の言う通りであった。この第666戦術機中隊に入隊してから今日に至るまで、アイリスディーナは一度たりとも中隊のメンバーを密告した事が無い。少なくとも中隊の誰かが政治将校や国家保安省の手に引き渡されるところは見た事が無かった。寧ろ部下の不用意な発言や行動を庇い、時には文字通り命を賭けて中隊の危機を救ってくれたこともあった。

 これまでの国家保安省に肉親を売り渡した外道というアイリスディーナの人物像がテオドールの中でガラガラと崩れ始めていた。グレーテルの言う事は辻褄がある。仮にも現政権を覆そうというクーデターに参加をしていたのだ。余程の事をしなければ生き残ることなど不可能だろう。かといってグレーテルの言うとおり日頃の態度が本物だとするのならばアイリスディーナが進んで兄を売ることは考えられない。

 ならば考えられる事は一つ、誰かの命令、指示によって自身の兄を密告したという事のみ……。

 

 『そんな疑惑だらけの、国家に反旗を翻す恐れのある女が東ドイツ最強の戦術機中隊を率いている……、これが単なる偶然だと貴様は思うか?』

 

 グレーテルの言葉にテオドールは何も返答する事が出来ない。確かに可笑しい。如何に許されたとはいえ過去にクーデター未遂事件に身内とともに参加した人間をいかに有能とはいえ大尉という地位に、しかも一中隊を率いる権限を与えるものだろうか。

 あり得ない、特に言論弾圧が厳しく、体制への反逆者には一切の情けも容赦もない東ドイツでは特に…。ならば彼女をその地位へとつけた人間が居るという事だ、それも、相当な地位を持った人間に間違いない。

 

 『…ちなみに、クーデターの首謀者は……』

 

 テオドールは恐る恐るといった口調で問いかける。と、グレーテルは一度苦々しげに顔を顰めるが、もはや此処まで話してしまったのなら構わないだろうと悟ったのか再び口を開く。

 

 『…元第一戦車軍団指揮官、アルフレート・シュトラハヴィッツ中将だ。ウクライナ撤退戦で多大な功績を残し、英雄とほめたたえられた男だ。と、言っても貴様は知らないだろうがな。シュトラハヴィッツ中将の名前は、公式の記録から完全に消されている。…以前話したトロツキー同様にな』

 

 『………!!』

 

 グレーテルからの返答を聞いた瞬間、テオドールは一瞬心臓が停止したかのような感覚を覚えた。カティアの父親がクーデターの首謀者、薄々予感はしていたもののやはり衝撃的な事実である事は間違いなかった。

 もし、カティアの素性が、経歴が明らかとなったのなら、東ドイツに亡命した目的が知れようものなら…。

 間違いなくカティアはグレーテルの手によって捕えられる。いや、下手をすれば彼女の教育係である自分やカティアを中隊に引き入れたアイリスディーナですらも…。テオドールは背筋が凍る思いであった。

 最後にグレーテルが『もし同志大尉について何か気が付いたら私に知らせろ』等と言っていたが、その時のテオドールの耳には届いていなかった。

 

 

 

 

 (アイリスディーナが反体制派の一人で、カティアの父親がクーデターの中心人物……、だからあいつを中隊に編入させたのか…)

 

 昨日のグレーテルとのやり取りを回想しながら、テオドールはアイリスディーナをジッと凝視する。一方のアイリスディーナはその視線に気がついた様子もなく今回の出撃と作戦の詳細について語っている。そんな彼女の姿を、テオドールは忸怩たる思いを抱きながら眺めている。

 

 (あいつも俺と同じ、国家保安省に、東ドイツの国家体制に家族を奪われた人間の一人だったんだ…、…だけど、だけどあいつは俺と違って………)

 

 「……い、おい同志少尉!聞こえているのかテオドール・エーベルバッハ!!」

 

 「……!?は、はい!!申し訳ありません同志大尉!!」

 

 思考に埋没していたテオドールは、突如響いてきたアイリスディーナの怒鳴り声で我に返ると反射的に背筋を棒のように伸ばす。アイリスディーナは鋭い視線でテオドールを睨みつけている。見ると自分以外の隊員もテオドールに視線を集中させている。気付かなかったが大分長い時間呆けてしまったようである。

 

 「フン、出撃前に呆けるとは少々気が抜けていると見えるな。これは任務後に政治的指導が必要なようだな…?」

 

 グレーテルはそんな嫌味を口にしながら苦々しげに此方を睨みつける。テオドールも自分の思考に埋没し、アイリスディーナの話を聞いていなかったのは事実である為、特に反論することなく頭を下げて謝罪する。

 アイリスディーナは呆れた様子で溜息をついた。

 

 「……まあいい、作戦その他についてはホーゼンフェルト少尉かブロニコフスキー少尉にでも聞いておけ。幾らヴァルトハイム少尉が心配でもあまりそれにばかり気を取られるな。…まあ、戦場に出れば否でもそんな考えは消えるだろうが、な」

 

 アイリスディーナの冗談を含んだ忠告を聞いたテオドールは、黙って敬礼を返す。アイリスディーナはテオドールから視線を外すと眼前に並ぶ隊員達へと視線を巡らせると、凛とした声で号令を放った。

 

 「以上だ。今回の作戦は友邦ポーランドの危機だけでは無い!バラナビチが陥落すれば次は我等の基地へとBETAが押し寄せてくる!失敗は許されん、この任務に全霊を尽くせ!幸運を祈る(フイール・グリック)!!」

 

 

 ポーランド人民軍SIDE

 

 

 同時刻、ポーランド人民軍所属の戦術機部隊は既に全機吹雪吹き荒れる雪原の戦場へと出撃していた。そこには当然シルヴィアが所属するニェトペーゼ中隊の12機もまた含まれていた。

 

 『総員傾注!敵BETA群に接敵後速やかに要撃級、戦車級の群れを叩く!既に確認しているとは思うがBETA群に光線属種が混ざっている!高度を上げると狙い撃たれるぞ!』

 

 『了解!!』

 

 中隊長コシチュシュコ大尉の号令に返答を返しながら、シルヴィアは網膜投射で映しだされた地形モニターへと目をやる。彼の言うとおりモニターには光線属種の存在を裏付ける赤い熱量分布が視認できる。見たところ固まって密集しているようではあるがこれでは航空兵力とミサイルによる爆撃でBETAを一掃することは不可能だ。

 ならば此処はレーザーヤークトで光線属種を一掃し、航空兵力を使用可能にするのが得策のはず…、シルヴィアはそんな疑問を抱きながらコシチュシュコ大尉へと回線をつなぐ。

 

 「同志大尉、質問の許可を」

 

 『何だ?手短に頼むぞ』

 

 「光線属種が居るのならば何故レーザーヤークトを行わないのですか?既に重金属雲が十分に広がっているのですから早急に光線属種を叩いて航空兵力を使用可能にするのが上策ではないかと思うのですが…」

 

 シルヴィアの質問にコシチュシュコ大尉は一瞬眉根を寄せるとぶぜんとした表情で返答する。

 

 『…兵力が足りん。今の戦術機数ではレーザーヤークトの為の戦力が割けん。…それに、レーザーヤークトはあとからやってくる専門家に任せればいい』

 

 「……成程、了解しました」

 

 シルヴィアは表情を変えぬままに頷く。確かに今のポーランド人民軍の戦力ではレーザーヤークトを行うには少々厳しい。精々が前線の敵戦力を削り取って抑え込み、援軍を待つ事しか出来まい。とはいえ援軍はあの東ドイツ、如何に同盟国とはいえ手放しで信頼できるような相手ではないのだが…。

 

 『……おしゃべりは此処までだ。さあ貴様ら、パーティーの時間だ!!盛大にお客様方をもてなしてやれ!!』

 

 「「「「了解!!」」」」

 

 コシチュシュコ大尉の号令、そしてもはや数百メートルの距離にまで接近しつつあるBETAの大軍勢。津波の如く迫りくるそれを、シルヴィアは冷静に見据えながら瞬時に頭を切り替える。

 今はただ目の前の虫けら共を駆逐するのみ、それ以外は考えない。ただこの地獄から生き延びる事のみを考える。シルヴィアは軽く唇を湿らせる。

 

 『目標確認!!総員武装展開!!射撃、開始!!』

 

 「……生き残るわよ、今日も」

 

 コシチュシュコ大尉の号令と共にバラライカ12機が構えた突撃砲12門から一斉に発射された36mm弾が地面を埋め尽くすほどのBETAの群れ目掛けて降り注いだ…!!

 

 

 

 

 

 そして同じ頃、第401戦術機中隊がBETAと戦闘を開始した地点から10㎞ほど離れた地点では、何十台もの戦車、ソ連によって製造されたT-62Mがその長大な砲塔を一方向に向けて吹雪の中を佇んでいる。

 その何十台もの戦車の中の一つに、フレデリックは三人の部下と共に居た。フレデリックはモニターに映された外の風景、吹雪の吹き荒れる雪原を眺めながら首から下げたネックレスの赤い石を指で撫でている。それはまるで心の内に沸き起こる恐怖心を無理にでも抑え込もうとしているかのようでもあった。

 

 「軍曹、俺達生き残れますかね…」

 

 「……はっきり言うなら突撃級避けられなきゃお陀仏だ。戦車級に取りつかれたならピストルの準備をしろ、それだけだ。まあ、運が良けりゃあ生き残れるだろうさ」

 

 「あの、コルベ軍曹、ちょっと弱気過ぎなんじゃあ……」

 

 戦車の装填手を務める兵士がフレデリックの言葉に頬を引き攣らせる。残る二人も声には出さないが同様の表情を浮かべている。そんな彼らに対してフレデリックは硬い表情を変える様子は無い。

 

 「弱気じゃねえ、慎重と言え。これから俺達はBETAと真正面からやり合う羽目になるんだ。戦車は火力はあるが戦術機ほど機動性が無いからどうやったって死ぬ確率が高くなるのは当たり前だ。…まあ貧乏くじ引いたと腹くくるしかねえわな」

 

 「貧乏くじって……、……戦車作った人間に謝るセリフですよそれ?」

 

 「事実だ、仕方が無い………っと、来やがったぜ…?気を引き締めろよお前ら」

 

 「…!?りょ、了解!!」

 

 モニター画面に映し出されるのは雪原に巻き上がる一面の雪煙、そしてガタガタと振動する戦車の車体。もはや目と鼻の先にまでBETAの大集団が接近してきているという事に他ならない状況に搭乗員はそろって表情を緊張で歪ませる。フレデリックは赤い石を指で摘まむとまるで祈りを捧げるかのように軽く掲げる。

 

 「……頼むぜ、今日も生き残らせてくれ…。俺も、こいつらも…」

 

 赤石を指で握りしめながらフレデリックは小声で、されど祈るようにそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその頃カティアは、バラナビチ基地内の兵器格納庫にて兵器、兵装の点検、整備の手伝いを行っていた。

 搭乗していた戦術機は破損がひどく出撃はできず、それ以上に預かっている東ドイツの衛士を無断で出撃させることなどできない為に戦場に赴く事は出来なかったものの、それでも人手は幾らあっても困るわけではなく、この格納庫での整備任務に当たる事となったのである。

 幸いカティアも西ドイツで戦術機や武器の整備、修理に関してはそこそこ学んでいた為に足手纏いになる事は無く、作業も苦もなくこなしている。最も本人の心境からすれば衛士であるにもかかわらず戦場にも出ずに武器、兵器の整備、修理を行う現状にはほんの少し不満を抱いている。自分を救ってくれた恩人にばかり戦わせるのは彼らに対して申し訳が立たない、そんな考えが時折頭に浮かんでしまう。

 

 「コラ!!一人何黄昏てんの!!こちとらいつBETAが来るか分からないって時に余裕ぶっこいてんな!!」

 

 「……ふえ!?も、申し訳ありません!!直ぐに作業に戻ります!!」

 

 唐突に背後から響く怒鳴り声にカティアは即座に我に返るとすぐさま作業に戻る。声の主はカティアと同年代であろう整備兵の少女であり、腰に手を当てながら不機嫌そうにカティアの後姿を睨みつけている。

 

 「全く、コルベ軍曹が暫く預かってくれとか言うもんだから仕事やらしてるけれど……、いい!此処は東ドイツと違うの!まして今は緊急事態!!そんな時に上の空で作業するな!銃が暴発やら弾詰まりやら起こしたらどうすんのよ!!」

 

 「は、はい!!すいません!!あの……フレデ……コルベ軍曹の事を考えたらなんだか申し訳なくて…、自分衛士なのに戦場にもいけないで情けないなって……」

 

 顔を俯かせながら己の心情を吐露するカティア、そんな彼女をじと目で睨みつける整備兵の少女であったが、やがて呆れた様子で深々と溜息を吐きだした。

 

 「全く……、何言うのかと思ったらそんなつまらない事で悩んでたのアンタ…?」

 

 「……!?つ、つまらないって…!!

 

 「コルベ軍曹なら大丈夫だって。あの人“奇跡の生還者”なんだから」

 

 「奇跡…?えっと、なんですかそれ?」

 

 女性整備兵の口から飛び出した言葉にカティアは思わず首をかしげる。『奇跡』と随分と大仰な単語ではあるがカティアから見たフレデリックはどう見ても自分より年上の普通の兵士といった感じであり奇跡とかそういう類の代物には無縁そうに見えた。

 カティアの反応に女性整備兵は一瞬きょとんと首を傾げた。

 

 「あれ?知らないの?まあ軍曹そういう事自分から話そうとしないから無理もないかな~…。五年前の第一次パレオロゴス作戦知ってるよね?軍曹はね、その第一次パレオロゴス作戦のポーランド人民軍派遣部隊唯一の生還者だったんだよ」

 

 「…え!?そ、そうなんですか!?…そう言えばクシャシンスカ少尉もパレオロゴス唯一の生存者って……」

 

 女性整備士のセリフにカティアはシルヴィアが去り際に言ったセリフを思い出す。『パレオロゴス唯一の生存者』、確かにそう言っていたがそれは文字どおり彼が第一次パレオロゴス作戦におけるポーランド人民軍唯一の生存者であった事を意味していたのだ。

 カティアには第一次パレオロゴス作戦がいかなる戦いであったかはよく分からない。ただ、地獄のような戦場であった、ハイヴの爆発という『奇跡』が起きなければ作戦は間違いなく失敗していた、という事だけは幾度か聞いた事がある。何にせよ過酷な戦場であったことは確かであり、そこから生き延びたフレデリックは相当な実力と強運を備えていたといってもいいだろう。

 呆けるカティアに対して女性整備兵は髪の毛を掻きながら話を続ける。

 

 「まあ軍曹本人はそういう事自分で話したがらないんだけど、ね。自分一人だけ生き延びちゃった負い目ってのもあるんだろうけど…、本人曰く自慢できるたぐいの話じゃないってことらしいから……」

 

 「………」

 

 何処か遠くを見るような表情で語る女性整備兵を、カティアは黙って眺めていた。…と、

 

 「貴様ら!!いま非常事態だという事を忘れているのか!!作業が終わったのなら次の作業に取り掛かれ!!」

 

 「~!?りょ、了解しました直ちに!!ほ、ほらアンタも!!」

 

 「は、はい!!直ぐに!!」

 

 背後から轟く上官からの怒鳴り声に女性整備兵とカティアは揃って飛び跳ねんばかりに驚き、すぐさま敬礼を行う。やがて敬礼を解いて深々と息を吐き出した女性整備兵はギロリと隣のカティアへと恨みがましい視線を向ける。

 

 「……ま、そういうわけだからアンタの心配する必要は無いってこと。分かったら次の作業に取り掛かりなさいな!時間無いのよこっちは…」

 

 「……はい」

 

 カティアの返答を聞くや否や女性整備兵は肩を怒らせながらその場から歩き去っていく。整備の仕事は山ほどある、現状基地の職員に暇な人間などいやしないのだ。カティアも手を止めていた作業に再び取り掛かる。

 あの整備兵の言っていた事も一理ある。第一次パレオロゴス作戦に派遣された部隊の中でただ一人生存した、それが本当だとするのならば今回のBETA迎撃作戦でも生きて戻ってこれるかもしれない。

 

 (でも、なんなんでしょう、この不安は……)

 

 だが、何故かはわからないが胸騒ぎがする。理由は分からない、だが、心の底で微かな不安が湧き上がってくるのだ。

 

 「テオドールさん……」

 

 カティアはポツリとテオドールの名を、ハンツァヴィチ基地に居るであろう命の恩人である彼の名を呟く。その一言は、誰にも聞こえる事も、聞かれる事もなかった。

 




 

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