Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 また遅れてしまって申し訳ありません。どうにか10月前に投稿できました…。
 


第8話 Das Wachen―目覚め―

 そこは茜色の空に照らされた荒野の丘、丘の上に立つのは枯れ果てた桜の並木、そのうちの一本に寄りかかる一人の青年と一頭の直立した亀のような生物のみ。青年の名前はシロガネタケル、亀のような生物の名前はガメラ。そう、此処はガメラと化したシロガネタケルが眠るときに彼の精神が送られる精神世界。この光景は彼の心に焼きついた世界そのものである。

 彼はかなりの長い間、外の時間で言えばもう5年以上もこの世界で過ごしている。その理由は単純、受けた傷が予想以上に深かったが故、そして彼が『進化』する為でもある。

 あの時G弾の直撃を受けた際、ガメラは致命傷こそ負わなかったもののそれでも戦闘をする事が困難なレベルの重傷を負っていた。にも拘らずミンスクハイヴへと強襲、これを撃滅するという無理を重ねてしまったが故にただでさえ甚大ダメージを負っていたその巨体には致命的なまでの負荷が加わる事となってしまったのだ。

 このままでは命にかかわると判断したガメラはハイヴを殲滅するや否や即座に海へと飛び込み人の目の届かぬ深海にて長い眠りについた。

 その身に負った傷を癒す為に、そして何より、これから激化するであろう戦闘に対応する為の進化を行う為にも。

 ガメラは眠りについている間により戦闘へと特化した形態へと身体を作り替え、進化させていく事が出来る。この形態進化にかかる期間は、その進化の程度にもよるが本来ならば一年程度で十分であった。だが、アメリカの撃ち込んだG弾による身体の内部にまで達するであろう損傷、そしてその直後に休む間もなく行われたハイヴ強襲によって受けたダメージの回復に予想以上の時間がかかり、それがガメラの進化を大幅に遅らせる事となってしまった。

 結果として五年、身体の完治に二年、進化に三年も費やしてしまった。その間地上では相も変わらずBETAの侵攻がやむ気配はなかった。ミンスクハイヴが破壊された結果、ヨーロッパへの侵攻は一時停滞したものの、それもほんの一時の事であった。ミンスクハイヴ陥落の三年後、ヴェリスクハイヴから出現したBETA群は北部へ進攻、フィンランドの都市ロヴァニエミを占領し新たなハイヴを建設、さらにその翌年には折角奪還したはずのミンスクに再度BETAが侵攻、再びハイヴが建設される事となってしまった。

 それから一年、現状ハイヴがどうなってるか、BETAがどこまで侵攻しているかは不明であるもののいずれにせよ折角破壊したはずのミンスクハイヴが再びBETAの掌中に落ちてしまった事だけは確かであった。

 また振り出しに戻ってしまった、否、ハイヴが一つ増設されたからさらに一歩後退か…。いずれにせよあまり良い状況とは言えない事態にガメラ、シロガネタケルは歯噛みする。

 故に彼は精神世界で焦れながらもただただ黙って回復と進化を待ち続けた。

 ただ一つ救いがあるとするならば、精神世界には彼の話し相手となるオリジナルガメラが居た、という事であろうか。己の身の上を語れる話し相手が居るのと居ないのとでは心の余裕というものが大分違ってくる。幸い精神世界では空腹になる事も無い為丸々五年間ゆっくりと何不自由なく休息する事が出来た。

 

 そうして、5年の歳月はあっと言う間に過ぎ去り………。

 

 「……ん、もう終わった、か……」

 

 その日、枯れ木にもたれかかって眠っていたタケルは何かを感じ取ったかのようにうっすらと瞳を開ける。それを合図とするかのように周囲の光景が段々と霞がかかっていくかのように白く染まっていく。タケルはこの光景を幾度となく見た事があった。これは何時も、現実世界の『己』が目を覚ます時に決まって目撃する光景。これはすなわち己の傷が癒え、進化も終わったとのことに他ならない。タケルのそばに立つオリジナルガメラもまた眼前の光景を眺めながら唸り声を上げる。

 

 『うむ、傷も癒え、進化も完了した。少々時間がかかったが……』

 

 「丸々5年、だったもんなぁ……。折角潰したハイヴもまた造り直されたみたいだし……。また潰すのは手間だなぁ……」

 

 そう言いながらタケルは身体を大きく伸ばして欠伸した。わざわざ重傷の身体に鞭打って潰したハイヴが自分が寝ている間に再び建設されてしまったのみならず、さらに新しいハイヴまでも建設されたのだからタケルからすれば余計な仕事が二つ増えたようで堪ったものではない。

 

 『しかし、進化は完了した。これで少しはハイヴの攻略も楽になるだろう』

 

 「だな、それにこれがもし過去だとするなら………、オリジナルハイヴの規模もまだ小さい、十分潰せる可能性がある…!!」

 

 そうタケルは晴れやかな笑みを浮かべる。この世界が己が目覚めた時代よりも過去の世界だとするのならば、まだオリジナルハイヴはそこまで巨大化しておらず、ハイヴの数も前の世界より圧倒的に少ない筈。ならばこの世界のハイヴ全てを潰す事等『今のガメラ』からすれば容易いことだろう。

ここでハイヴを全て潰せばBETAと人類との終わりなき戦争も終わる、これから先犠牲となる多くの人々を救う事が出来る筈だ。そう浮かれるタケルであったが、一方のオリジナルガメラは何処か難しそうな表情でグルル…、と唸り声を上げている。

 

 「……何だよガメラ、やけに不満そうだけど………。お前は嬉しくないのか?」

 

 『いや、無論この地球からBETAが排除されるということは喜ばしい事だ。だが……そう簡単にいくのかどうか、と思ってな』

 

 「……はあ?そりゃどういう………」

 

 オリジナルガメラの意味ありげな言葉に眉をひそめるタケルであったが段々と風景と共に白く染まっていく己の身体にその問い掛けは途中から途切れてしまう。それと同時にタケルは己の思考を切り替える。これから戦場へと向かう、かつて衛士だった頃に戦術機を出撃させる時と同じ心持へと…。

 

 

 

 

 

 そして、光届かぬ海底で、かの守護神は眼を覚ました。長年にわたり眠り続けた結果、その巨体には無数の堆積物が積み重なり、さながら海底に盛り上がった一つの岩山の如き様相となっていた。ガメラは巨体を揺らし、堆積物を振り落としながらその巨体を起きあがらせる。

 光届かぬ海の底、黒一色の世界でそれは、まるで一つの巨大な山が出現したかのようであった。そして巨影は己の真上、そこに広がる黒一色の世界とその先にあるであろう蒼穹の空を見据えるとまるで幾千幾万の年月を経た巨木の如く太い四肢を振るって巨体を海底から浮かびあがらせる。

 

 『グルアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』

 

 光無き深海に響き渡るガメラの咆哮、それは『彼』自身の復活の歓喜の声であり、怨敵への逆襲の誓いであった――。

 

 

 第666戦術機中隊SIDE

 

 

 時は遡り、此処はソ連領ベラルーシに存在するハンツァヴィチ基地。東ドイツ軍がミンスクハイヴ攻略の為に建設した軍事基地、その屋上に一人の女性衛士が物憂げな表情で目の前に広がる雪原をただ黙って眺めている。その右手は首からぶら下げられたペンダント、その先端の鉤型の赤い石をギュッと握りしめている。

 女性衛士の名前はカティア・ヴァルトハイム。階級は少尉。元西ドイツ軍の衛士であり、現在は東ドイツ軍所属第666戦術機中隊『黒の宣告』中隊の一員である。

 カティアの視線の先、そこにあるのは今回の作戦の攻略目標であるミンスクハイヴ、そして以前己が保護されたポーランド人民軍所属基地、バラナビチ軍事基地。その方角を視線を反らすことなく見つめながら、カティアはあの基地で出会い、そして別れたとある兵士の事を思い返していた。

 

 「……フレデリックさん…」

 

 今わの際に彼から託されたペンダントを握りしめながらカティアはポツリとその名を呟く。彼が最後に己に向けた言葉を思い出しながら。

 

 『人間って、いうのは、いつか、別れが来るもんだ…………、いつだって、突然に……』

 

 『それは、お前達だって、例外じゃねえ…、だから……、俺で、俺で慣れておけ……』

 

 「……慣れておけって……、それでも、それでも辛いです、私………」

 

 幾ら短い間であったとはいえ、知り合い、語り合った人間が死んで逝く姿は決して見ていていいものではない。確かにこの時代、BETAと人間とのいつ終わるとも分からぬ戦争の中、己もいつ中隊の仲間達と別れる事になるか分からない。ましてや己が所属するのは東ドイツ国家人民軍、下手な事を言おうものなら政治将校や国家保安省所属の情報提供者にいつ密告されるか分からない環境であり、BETA以上に厄介な状況といえるだろう。

 ならば彼の言う事も正論だ。他者が、己以外の誰かが、仲間が目の前で死んでいくという事に慣れなければ、こんな地獄のような世界ではやっていけないだろう。それは頭で理解している。

 理解している、だが、それでもまだ心のどこかで納得できない自分が居る。

 もしもテオドールやアイリスディーナが目の前で命を落としたら……、果たして自分は自分を保てるのだろうか……。カティアは表情を歪めて唇を噛みしめる。と、唐突に背後から鉄製のドアが開く音が聞こえてくる。

 

 「……また此処か。いつも好きだな、お前。寒くねえの?」

 

 「……テオドールさん」

 

 屋上に現れたのは同じ中隊のメンバーにしてカティアの命の恩人、テオドール・エーベルバッハ。彼は寒そうに若干体を震わせながらカティアに向かって歩みよって来る。カティアはテオドールに一瞥すると再び視線を雪原の果てへと向け直す。そんなカティアの横にテオドールも並んで立った。

 

 「……お前、本当にいつも此処に居るな。あのバラナビチ基地から帰還して……ほぼ一カ月、か…。まだあの軍曹の事、受け入れられてないのかよ」

 

 「……はい、恥ずかしいですけど、まだ……」

 

 俯きながら呟くカティアにテオドールは白い息を吐き出した。

 

 「……あの軍曹の言うとおり、慣れとかないとこれから辛いぞ、お前」

 

 「……分かって、ます、分かってますけど……!!」

 

 テオドールの言葉にカティアは言葉を震わせる。その両手は赤い石を思い切り握りしめており、指先は気温の低さからか白くなっている。

 

 「でも、でももしテオドールさんが、ベルンハルト大尉がフレデリックさんと同じように…!!傷ついて、死んでしまったらと考えたら……」

 

 「……そう簡単に死んでたまるか。そんなこと言うならお前がもっと腕磨け……」

 

 「で、でも私、東ドイツの事や皆さんの事、よく知りもせずに空気の読めない事を言って…!!もし、もし私のせいで中隊の皆さんが国家保安省に捕えられたらって考えると……!!」

 

 「だったら少しは口慎めばいいだろうが…。何だかお前最近心配性になって無いか?まあ前のようにあれこれベラベラ喋られるよりかはずっといいんだろうが…」

 

 呆れた様子で肩を竦めるテオドールに対し、カティアは顔を俯かせたまま黙り込む。

 テオドールの言うとおり、最近のカティアは最初に中隊に配属された時よりも口数は少なくなっている。常日頃中隊の隊員たちと接する時にはいつものように明るい表情を見せたりするものの、「二つのドイツが一つになる」「この国のやり方は間違ってる」等々の一歩間違えれば東ドイツの体制への非難ともとれるであろう言葉はめっきり口にしなくなった。それが社会主義国家においては自身を、あるいはテオドール達を破滅へと突き落としかねないという事が嫌というほど理解できたこともあるが、そしてバラナビチ基地における体験が少なからず影響していたのだ。

 このBETAとの人類の存亡をかけた戦いの最中に、同じ人類を恐れるというのは何ともナンセンス極まりない事なのであるが、そのナンセンスな状況が当たり前なのが東ドイツという国家、己の故郷なのである。未だに土を踏んではいないものの、己が今まで憧れていた国がそういうものであると、カティアは嫌というほど実感していた。

 

 「……それはそうと、テオドールさんのほうも、その……」

 

 「………リィズの事か。お前もあいつがスパイだと疑ってるのか?」

 

 「……!?い、いえ!!そ、そんなわけじゃあ……」

 

 「……いや、いい。…ったく、どいつもこいつも……」

 

 テオドールは忌々しげに舌打ちしながら手摺に寄り掛かる。

 つい先週、中隊に新しく衛士が入隊した。これだけならばまだいい。元より第666中隊の人員数は8人、中隊の定員である12人を大きく下回っているのだから新たな人員の補充はめでたいことに違いない。

 問題はその補充された人員の素性である。リィズ・ホーエンシュタイン。かつてテオドールと共に国家保安省に捕えられ、生き別れとなった義理の妹である。テオドール自身も国家保安省から釈放後、必死にその行方を追った、が、結局手がかり一つ掴む事が出来ずもう死亡したと心の中で決めつけていた。

 ……その、死んだと思っていた義妹が生きていた。しかも自身の中隊に編入する形という思いがけない再会で…。

 偶然というには出来過ぎている。そう、さながら何者かの手によって仕組まれたかのように…。

 アイリスディーナを含む中隊のメンバーは皆リィズが国家保安省からの情報提供者である、との疑いの目を向けている。それはカティアもまた例外ではない。幾らカティアでもこの再開はいささか出来過ぎている、何かがおかしいと否応なしに感じてしまうのだ。 

 テオドールも、もしかしたらリィズが国家保安省の情報提供者なのではないか、と心の底では疑念を抱いている。アイリスディーナとグレーテルを含む中隊のメンバーからは何度も忠告を受けているが、リィズが情報提供者かもしれない、否、その可能性が高いという事等言われなくても分かっている。

 だが、だがそれでも彼女はまぎれもなくリィズ、かつて生き別れた己の妹なのだ。たとえ血の繋がりが無かったとしても己の大切な肉親であることには変わらない。その肉親をスパイだと、国家保安省の手先だと疑わなくてはならないことに、テオドールは心の底でいら立ちを覚えていた。

 

肉親に疑いの目を向けねばならない己自身に…。

 

そして、そうせざるを得ないような社会と制度を構築した国家保安省と東ドイツという国家に対して……。

 

 「……テオドールさん、その、ごめんなさい………」

 

 「……いや、いい…。気持ちは分からないわけでもないしな。こんな作戦でもなけりゃ、あいつも即尋問にかけられていただろうし…」

 

 そう呟きながらテオドールは空を仰ぐ。

 現在ベラルーシにはワルシャワ条約機構軍以外に国連軍、欧州連合軍、そしてアメリカ軍が一歩遅れる形で集結し、ミンスクハイヴ攻略の為の一大反攻作戦へと乗り出している。

 元来ならば最初から4軍合同による攻略作戦を行うはずであったのだが、BETAに奪われたとはいえ己の領土、ましてかつてG元素研究施設を建設していたミンスクへと他国の軍が展開する事に対してソ連の上層部が難色を示し、加えてパレオロゴス作戦、そして北欧に新たに建設されたロヴァニエミハイヴから出現するBETAの漸減作戦による損失の回復に予想以上の時間がかかったが故に此処まで遅れる事となってしまった。

 無論この事に対するワルシャワ条約機構軍の不満、反発は大きく、西側もまた社会主義国家であるワルシャワ条約機構軍、特にその代表とも言える東ドイツに対して強い敵意を抱いている。

 事実合同作戦の初日、作戦終了後にテオドール達は西ドイツ軍の将兵に絡まれ、やれ共産主義者(あか)だの犯罪国家だのと散々な罵りを受ける事となった。無論テオドールを始め666中隊の皆は良い思いはしなかった、が、それ以上に自分達東ドイツが世界中からどのように見られているのかというのを嫌というほど思い知る事となった。

 アイリスディーナもこの事に関しては重々承知しており、「だからこそ、彼らの信頼を取り戻すために我々は此処で戦っているんだ」とテオドールとカティアに告げていた。

 もっとも、それでも二人は未だに不安を拭うことができずにいるのだが…。

 

 「……そろそろ戻るぞ。いい加減冷えて仕方が無い」

 

 「……はい」

 

 話は終わりとばかりに背を向けてドアに向かって歩き出すテオドール。その後ろ姿にカティアは気まずい表情を浮かべながら小走りでついていく。

 その時彼女の胸元のペンダント、そこに吊るされた赤い石がほんの微かに光を放っていた事に、カティアを含めだれも気付く者はいなかった。

 

 その後中隊専用のミーティングルームに到着するまで、二人は無言であった。無論盗聴器が山ほど仕掛けられている基地の内部で不用意な事を喋るわけにもいかないのもあったが、それ以上に両者の間に流れる重苦しい空気、それのせいで話すべき言葉が何一つ浮かばないのだ。

 暫く歩き続け、二人はミーティングルームのドアの前に到着する。テオドールはドアを開け、室内に足を踏み入れようとした。が、その時突如として部屋から何者かが飛び出してきて、テオドールの身体へと思い切り衝突した。

 

 「うおっ!?…って、またお前かリィズ!!」

 

 「えへへ~♪お兄ちゃん捕まえた!んもーカティアちゃんと一緒にどこ行ってたの?探してもいないから心配したんだよ!!」

 

 そう言いながらテオドールに抱きつき、不満そうに頬を膨らませるのは金色の髪の毛を水色と白のストライプのリボンでツインテールに結わえた少女、テオドールの義妹にして第666戦術機中隊の新入りメンバー、リィズ・ホーエンシュタインであった。

 国家保安省に捕えられ、既に尋問によって死んだと思われていたが、本人曰く3年前に国家保安省から解放された後、衛士訓練学校に入学し、卒業後東欧派遣軍へと送られたとのことらしい。最もアイリスディーナとグレーテル曰く、国家保安省ならばその程度の情報操作はお手のものであり、未だに信用ならないとのことだ。

 二人曰く、リィズは国家保安省の情報提供者、あるいは国家保安省の洗脳、教育を受けた秘密工作員の可能性があるとのこと。そもそも血のつながりが無いとはいえ肉親が同じ部隊に編入すること自体、軍隊ではあり得ない事なのだ。如何に別部隊の派遣とはいえ出来過ぎているとしか思えない。間違いなく何者かの意図が働いているとアイリスディーナは睨んでいるのだ。

故にアイリスディーナはテオドールに一つの命令を出した。リィズ・ホーエンシュタインを監視し、その真意を探る事…。もしスパイで無かったのならばそれでよし、スパイだったのならば尋問し、それ相応の処置を取るとのことだ。

正直テオドールは気が乗らなかった。当然である。己の妹をスパイかどうか判明するまで監視する等誰が好き好んでやりたがると言うのか。が、テオドールにも少なからず不安があるのは事実であり、出来るのならば妹の潔白を証明したいという思いもあった為、結局引き受ける事となったのである。

現在のところ、リィズの言動や行動に不審な点は見当たらない。これがもし演技だとするのならば相当なものだと言わざるを得ない。確かにリィズはかつて学校の演劇部に所属してはいたが、それでも“此処まで完璧に演技できる”とは思えない。ましてや、己と再会した時に流したあの涙が嘘なわけが……。

心の中でそんなことを考えながら、己の胸に顔をうずめるリィズの背中を撫でるテオドール、で、あったが…。

 

「……あ、あの、テオドールさん、リィズさん、そ、そろそろ部屋に入らないと、その、ど、同志中尉が……」

 

「……貴様ら、随分と見せつけてくれるなあ、ええ?これは二人共政治的指導が必要か?ああ?」

 

「「………あ」」

 

 突如聞こえてきたカティアの遠慮がちな声と、グレーテルのどすの利いた低い声に二人はそちらへと顔を向けた。そこには顔を引き攣らせたカティアと額に青筋を浮き上がらせて鬼の形相を浮かべるグレーテル、その他中隊の面々がジ―っとこちらを眺めていた。

 

 「……おおおおおおおお!?も、申し訳ありません同志中尉!!ほ、ほらリィズ離れろ邪魔だ!!同志中尉にどやされちまう!!」

 

 「うえ!?ちょ、ちょっとお兄ちゃんそんな乱暴にしないでよお~!!」

 

 抗議の声を上げるリィズを無理矢理引きはがしながらテオドールは慌ててグレーテルへと敬礼する。そんな彼をグレーテルは冷たい視線で、アイリスディーナは反対に面白そうに眺めている。

 

 「ククッ、まあいい。とりあえず二人共入れ。こんな廊下で話をするわけにもいかんしな」

 

「は、ハイ……」「了解、しました……同志大尉」

 

アイリスディーナの若干からかい気味な口調にテオドールは顔を赤らめ、リィズは不承不承といった様子で応じながらミーティングルームへと入室した。

 

 

 

 

 

ミーティングルームには、既にテオドール達以外の中隊員が勢揃いしている。部屋の奥には壇とプロジェクターが設置されており、プロジェクターの前にはアイリスディーナとヴァルター、グレーテルの三人が立っている。

 

「全員揃ったな?ならばブリーフィングを始めるとしようか」

 

目の前に並ぶ中隊の衛士達を見回しながら、アイリスディーナはそう宣言して、隣に立つヴァルターへと目配せする。ヴァルターは無言で頷くとプロジェクターを起動させる。起動したプロジェクターにベラルーシ州の、その中心であり攻略対象であるハイヴの存在するミンスク地方の作戦図が表示された。

 

「ミンスクハイヴにて新たなBETA悌団の形成を確認した。数はおおよそ4万。我々ワルシャワ条約機構軍はこれを旧ストウプツィ市跡で真正面から受け止め、遅滞させる」

 

「俺達が予備兵力…?なんでまた……」

 

ヴァルターの言葉にテオドールは僅かに眉を上げる。確かにこの戦場に来て以来何万ものBETAを相手にする事等日常茶飯事といってもいい状況であったが、予備兵力として運用された事は今まで無かった。予備兵力は基本的に主力の危機、あるいは戦火拡張の好機でもない限り投入される事は無い。確かにそのような事態に投入されて活躍すれば中隊の名は売れるだろうが、それでも相当な博打である事に代わりは無い。

ヴァルターはプロジェクターの図を指し示しながら話を続ける。

 

「国連軍の作戦案は、旧ストウプツィ市跡において、両翼をアメリカ軍と欧州連合軍、中央に我等ワルシャワ条約機構軍を配置、中央の我が軍がBETA群を遅滞させている間にAL弾を撃ち込み重金属雲を展開、光線属種を飽和砲撃で減滅しつつアメリカ軍と欧州連合軍が側面から攻撃、包囲網を完成させた後に面制圧でBETAを殲滅する、というものだ」

 

「通称、アクティヴ・ディフェンス。西側陣営が編み出した対BETA戦ドクトリンだ」

 

アクティヴ・ディフェンス。欧州連合とアメリカがかつての第一次パレオロゴス作戦の戦訓をもとに考案した対BETA戦基本戦術。元々NATO軍がワルシャワ条約機構軍の侵攻に対抗するために考案した“エアランドバトル”という戦術を対BETA用のものへと改良したもの。

BETA群は侵攻の際に各々の種の進撃速度の差から種ごとに前衛、中衛、後衛へと自然に悌団が形成される。アクティヴ・ディフェンスの要はそれらBETA悌団へと同時に多方から攻撃を行う事によって各集団を遅延、分断し、その間隙に地上部隊の軌道打撃によって各個撃破していくという戦術構想である。

この戦術の利点としては、BETAの攻勢に対して柔軟な包囲殲滅が可能な点と、機動力に優れた戦力が用意されているのならば要塞陣地を構築するなどして防衛線を作り出す必要性が無くなるという点である。逆を言えば機動力に優れた戦力を用意、整備することができない場合には到底行う事が出来ない戦術でもあり、社会主義国家の集団であるワルシャワ条約機構軍のみでは到底実行できない戦術でもある。

 

「……と、これがアクティヴ・ディフェンスという戦術だ。ざっくりと話したがまあ簡単にいえばBETAを包囲して袋叩きにする、程度に覚えておけばいい。……何か質問は?」

 

説明を終えたアイリスディーナは中隊のメンバーを見回してそう投げかける。と、テオドールの隣に座っていたカティアがおずおずと片手を上げた。

 

「……何かな、ヴァルトハイム少尉」

 

「……はい、あの、この戦術はあくまでハイヴから攻めてきたBETAを殲滅する為のもの、ですよね?でしたら、最終目標のミンスクハイヴ奪還は……」

 

まだ先になるのだろうか、カティアの語った言葉から彼女の言いたい事を読み取ったアイリスディーナは片手で顎を軽く撫でながらフム、と頷いた。

 

「……なるほど、言いたい事は分かる。結論から言うのならばハイヴ奪還はまだ先だ。アクティヴ・ディフェンスはあくまでハイヴから出現したBETAを間引く為のもの、そして最終的にハイヴ奪還へとつなげる為のものだ。遺憾な事だがハイヴ攻略はまた先の事になりそうだな」

 

「そう、ですか……」

 

アイリスディーナの素っ気ない言葉にカティアは気落ちした様子で椅子に腰を落とした。テオドールは彼女を横目で眺めながらやれやれと言いたげに溜息を吐きだした。

 

「気を落とすな。ローマは一日にして成らず、という言葉があるようにそう易々とハイヴは攻略できない。まあ以前のパレオロゴスよろしくハイヴが爆発する、というのならば話は別なのだろうが、そんなことがそうしょっちゅうあるはずもない。

我々は我々の為し得る事を為し、そして……最終的に勝利へとつなげる、それしかない」

 

「……はい」

 

 アイリスディーナのまるで慰めるかのような言葉にカティアは顔を俯けながらも頷いた。

 彼女の言うとおりだ。幾度となく人類の反撃を受けとめ、跳ね返し続けてきたハイヴをそう簡単に落とせるはずがない。そんなことは言われなくても分かっている。

 現に自分達は未だに完成したかどうかすらも分からないハイヴの攻略にすらこうして手古摺っている始末だ。アイリスディーナの言うとおり何らかの奇跡でも起きない限り僅か一日で勝利、等という事はほぼあり得ないだろう。

 それでも、それでもカティアは一刻も早くハイヴを落としたい、この戦いを終わらせたいと強く願っているのだ。これ以上フレデリックのような犠牲者を出さない為にも…、一日も早く……。カティアは胸元の赤い石をギュッと握りしめる。

 

 「決戦は明日になる。機体の整備は完全に仕上げておけ。その後ゆっくり休んで疲れを取っておくように。……以上、解散!!」

 

 アイリスディーナの号令と共にブリーフィングは終了する。が、その場に居る隊員達の表情には気の緩みは一切ない。

 決戦、文字通りの意味合いではあるがこの場に居る全員はこのベラルーシの地で日常茶飯事と言っていいほどに大多数のBETA群との決戦とやらを経験している。中隊中実力が現状最下位ともいえるグレーテルですらも実戦経験でいえば並大抵の衛士とは比べ物にならない、熟練と言っていいレベルであろう。

 そんな彼らですらも一瞬の気の緩みが命取りとなる、それが戦場、それが対BETA戦というものなのだ。故に彼らは気を引き締める。明日の決戦に勝利し、再び生きて帰る為にも。

 それはカティアもまた同じ、明日の作戦に全力を尽くす気持ちは皆と同じである。だが、心の中で彼女は密かに願っていた。

 

 どうか奇跡が起きるなら起きてほしい。神様でも悪魔でもいい、ハイヴとBETAを消し去ってこの戦いを終わらせてほしい、と…。

 

 どうせ届かない願いだと半ばあきらめながらも、この戦いの中で多くの人間の死を見てきた彼女はそう願わずには居られなかった。

 

 だがカティアは、いや、この場に居る誰もが予想できなかったであろう。その願いが明日、本当に叶ってしまう事になるのを……。

 

 「……あれ?」

 

 ふとカティアは己が無意識に握りしめていた赤い石へと視線を落とす。が、手の中の石には何の変化もない。どう見ても何の変哲もない石にしか見えない。

 

 「何だかさっき、石が暖かくなったような………、疲れてるのかな…」

 

 カティアは納得いかなさそうに首を傾げながら、テオドール達の後に続いて戦術機格納庫まで歩いて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィンランドに建設されたハイヴ、H8ロヴァニエミハイヴにて…。

 北欧圏においてはじめて建設を許させてしまったBETAの巣窟は未だにフェイズ2程度の規模ではあったが、それでもその物量によって幾度も押し寄せるフィンランド軍、そして国連軍の軍勢を押し返してきた鉄壁の要塞である。

 建設されてからはや2年、未だロヴァニエミハイヴに人類は攻略どころか内部への侵入すらも出来ずにおり、ハイヴから次々と湧き出て押し寄せてくる何万ものBETAの集団をどうにか間引いて連中の進行を遅らせるのが関の山であった。

 もはやフィンランドの国土の大半はBETAに喰い尽されて跡形もない。現状なんとか持ちこたえているものの兵力の損耗は激しく長くは持たない。

 このまま国土を捨て、逃げるしかないのか……、そんな諦めと絶望の気風がフィンランドの国土に残された国民に、そして彼らを護る兵士達の間に漂っていた。

 

 

 ………そう、今日、この時までは……。

 

 

 『グルアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオンンンンンンン!!!!!』

 

 そこは一面炎の海、地面は一面高温の炎に覆われ立ち上る火柱と舞う火の粉が大気すらも紅く染め上げる。

 そこは生きるものなど何一つ存在せぬ世界、文字通りの焦熱地獄。その名は………ロヴァニエミハイヴ。

 無数のBETAが守護し、巣食う無敵の城塞。それが見るも無残に燃え上がっている。そして城塞を守護し、侵略者を殲滅するはずの数十万ものBETA達は………全滅していた。一頭残らず死骸もろとも焼きつくされて空を舞う塵と化している。

 生命の存在を許さぬ死の世界、まさにこの世の地獄とも言うべき炎の大地に雷が轟くかの如き咆哮が響き渡る。

 炎獄にて立つのは一つの巨大な影。炎に包まれた大地に立ち、高らかに咆哮を張り上げる姿はさながら地獄の鬼か、悪魔の如き威容である。

 その巨大な影の正体は、ガメラ。深き海の底で傷を癒し、己の身体を進化させた大いなる地球の守護神…。それこそがこの地獄を作り出した者の正体であった。

 その姿は進化の結果、5年前のものとは様変わりしている。筋肉どころか骨格すらも組み替え、変化させるほどの進化により、ガメラの姿はより戦闘に適したものへと変化している。

 巨大な頭部は転倒しても起きあがれるように若干小型化し、両腕両足はより太く、より頑健なものへと変化している。両腕の肘からは爪、あるいは牙のような鋭く尖った突起、エルボークローが剥き出しになっており、唯の一振りで要塞級すらも切り裂きかねない程の鋭利さを窺わせている。

 外見だけでは無い、ガメラの進化は体内器官にまで及んでいる。プラズマ火球もより威力を増し、唯の一撃で小型、大型含めて千単位のBETAを吹き飛ばせるまでに強化され、ハイ・プラズマともなれば密集しているのならば万単位は消し炭に出来る、核兵器以上の威力と化しているのだ。

 進化の結果より強大な存在へと昇華したガメラ。覚醒したばかりの巨獣の牙の照準は此処、ロヴァニエミハイヴへと定められた。

 ロヴァニエミハイヴの規模は現状フェイズ2、進化前のガメラですらも容易く粉砕できるであろう規模であり、今のガメラの前ではもはや準備運動にすらならないレベルである。

 現にガメラのハイヴ到達からハイヴ陥落、此処までで一時間もかかってはいない。数十万ものBETAは抵抗も許されず、掠り傷一つ負わせる事も出来ずに灰燼へと帰した。そして、ハイヴの中枢である反応炉もまた、つい先程ガメラのプラズマ火球によってメインホールもろとも炎上させられ跡形も残ってはいない。

 

 『グルルルルルルル……』

 

 紅蓮の炎に包まれた大地で高らかに勝利の咆哮を張り上げていたガメラは、咆哮を止めるや否や視線を別の方角へと向ける。その視線の先にあるもの、それは五年前、彼がこの時代へと降り立った折に重傷のみを引きずりながらもなんとか破壊したものの、彼が眠りについている隙に再び建設された、BETAの居城の一つ―。

 その名をミンスクハイヴという。

 

 『グルオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』

 

 ガメラの放つ咆哮、それは未だ地上を荒らすBETAへの怒りか、それとも五年ぶりに地上に舞い戻れた歓喜か、あるいはその両方か……。

 咆哮と共にガメラの両脚が甲羅へと引き込まれ、同時にそこから爆音と共に猛烈なまでのジェットが噴射される。それと共にガメラの両腕が瞬時に骨格ごと組み替わり、まるでウミガメのヒレ、あるいは飛行機の主翼の如き形状へと変化する。

 そして、さながら巨大なウミガメ、あるいは甲羅を背負った飛行機の如き姿へと変貌したガメラは後脚から噴射されるジェットでまるでロケットの如く地上から空へと飛翔した。

 

 目指す場所はミンスクハイヴ。

 

 滅ぼし損ねた蟲共の巣を、今度こそ完全に滅ぼしつくす……!!

 

 その意志は咆哮となり、まるで鳴り響く雷の如く曇天の空へと鳴り響いた…。

 




 ちなみにリィズとの再会やらキルケとアネットのキャットファイト等原作にもあった場面は悉くカットしました。申し訳ない…。
 もし書こうと思ったらコピー&ペーストの嵐になりかねませんし、そこはご勘弁を。
 次回からようやくガメラ無双です。はたして柴犬後篇の発売まで間に合うことか…。

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