Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 また大きく時間が空いてしまいました。本当にネトゲとはやり始めると時間がたつのを忘れてしまう…。
 ここでようやく海王星作戦、もとい第二次パレオロゴス作戦を一段落させることができました。まあそのせいで初の文字二万字越えを達成してしまいましたが…。


第9話 Adventー降臨ー

 ベラルーシ州旧ストウプツィ市跡。かつては風光明美な街並みが並び、多くの人々が暮らしていたであろうそこは、今やミンスクハイヴから出現したBETAの侵攻によって瓦礫の山が積み重なる廃墟と化している。

 その廃墟と化した街の南西方向、そこに第666戦術機中隊が所属するワルシャワ条約機構軍、欧州連合軍、アメリカ軍の三軍が布陣している。

 ワルシャワ条約機構軍は中央、右翼には欧州連合軍、左翼にはアメリカ軍が配置され、押し寄せてくるBETAを今か今かと待ち構えている。 

 今回の作戦はハイヴからあふれ出てくるBETAの漸減、要するに間引きである。ハイヴから絶え間なく出現するBETAを叩かない事にはハイヴ攻略どころか近づくことすらも出来ないが故の作戦である、が、あまり漸減作戦に兵力を消耗しようものならば肝心のハイヴ攻略にも支障をきたす。

 それ故に今回の戦闘では被害を最小に抑える為に国連軍主導による新たな戦術が行われる事となった。

 戦術名は『アクティヴ・ディフェンス』。

 おおざっぱに説明するならばBETA悌団の縦深に同時かつ多方からの攻撃を仕掛ける事によってBETA悌団の進軍速度を遅延、さらに悌団をいくつかの集団へと分断した後に、その間隙に地上部隊と戦術機部隊を持ってBETA集団を各個撃破していくという戦術である。

 懸念材料である光線属種のレーザーに関してはAL弾の砲撃による重金属雲の展開、地勢の利用によって被弾のリスクを下げている。もう一つの懸念は重金属雲内部での通信障害であるが、これに関しても中継用の通信車両を各地に展開する事によって克服している。

 無論ハイヴ内部での戦闘では使用できないが、地上でのBETA悌団からの防衛線においては効果的な戦術である。BETA攻勢のたびに確実に包囲殲滅していくことにより、より確実にBETAの総数を減らし、侵攻頻度を下げ、結果的にハイヴ攻略へとつなげる事となるのだ。

 そして今回の戦闘は、その考案された戦術の実践もまた兼ねている。論理上確立されたのならば後は実戦においてその有用性を証明するのみ、それが国連軍上層部の判断なのであった。

 既に軍の配置は完了している、後は敵集団が押し寄せてくる事を待つのみ……。彼らはただひたすらに沈黙し、BETA悌団の出現を待ち続ける。

 

 そして3月10日午前7時……、ミンスクハイヴから突出したBETA悌団と連合軍がついに激突した…。

 

 

 

 

 第666戦術機中隊SIDE

 

 戦闘開始から約10分経過した。戦況は圧倒的に此方側が有利、アクティヴ・ディフェンスのプラン通り、BETA悌団は地上部隊の砲兵による面制圧、多数の戦術機と攻撃ヘリによる連続した側面攻撃を受けて前衛と後衛に分断され、その中間にBETAの密度が極度に少ない空間が造られ始めている。。

 無論少なくない損害は被っている、だがそれでも地上部隊は迅速な動きでBETAに対する包囲網を形成しつつあった。

 

 その頃テオドールを始めとする第666戦術機中隊は、予備兵力ということでワルシャワ条約機構軍の最後尾にて全軍待機を命じられていた。

 予備兵力が投入されるのは自軍の劣勢、あるいは戦果拡張の好機のみに限られている。すなわち現状は全く用は無く、ただ網膜上の戦況ウィンド越しに欧州連合、アメリカ両軍がBETAを淡々と処理していく様を眺めている事しかできない。

 

 『……まさか本当にBETA相手に包囲網を完成させてしまうなんて…』

 

 「連中と俺達の戦術の違い、って奴か…」

 

 ヘッドセットから響いてくるアネットの声に対してテオドールは何処か納得したかのようにポツリと呟く。

 己達東側諸国と西側諸国では戦力の質、対BETAドクトリンに違いがありすぎる。

 BETAとの近接戦闘を主とする己達に対し、西側諸国の戦術は大規模な機動戦、西側諸国がF-4系列の戦術機ではなくより軽量かつ機動性に優れたF-5系列の戦術機を用いているのもF-5系列の機体がアクティヴ・ディフェンスに適しているからに他ならない。

 それ以上に度肝を抜いたのはアメリカ軍の所有する最新鋭の第二世代戦術機、F-14トムキャット、そしてその専用装備であるフェニックスミサイル。

 トムキャットそのものの機体性能もさることながら、戦術機一個中隊のみで突撃級集団を一撃で殲滅するという信じがたい威力を誇るフェニックスミサイル。流石は戦術機発祥の国にして世界最大の軍事力を誇るだけあると、心の底でアメリカという国家に対する畏怖を覚える事となった。

 それと同時に、不安も湧き上がってきた。西側にとって、己達は本当に協力する価値があるのかという不安が。

 かつてのパレオロゴス作戦での苦戦の要因は、西側と東側の戦術の齟齬もあったと聞いている。ならば今回の作戦、否、これから先西側と共同で作戦を進めていく上で同じような状況が起きないと断言できるだろうか。それにこのままこの作戦が成功しようものならば、仮にも『東ドイツ最強の戦術機中隊』という題目を掲げている己達の活躍の場はほとんどないまま終わりとなることはほぼ間違いない。そうなったらどうなるのか……、若干の不安の籠った視線で網膜に投射されたアイリスディーナへと視線を向ける。が、何故かアイリスディーナは己とは違い平静な表情を崩していなかった。

 

 『……ところで諸君ら、人生万事塞翁が馬、という諺を知っているか?』

 

 「……は?」

 

 唐突にそんな事を言い出したアイリスディーナに思わずテオドールはそう返してしまう。他のメンバーもまた何を言っているのか分からないと言いたげな表情を浮かべている。

 またいつものジョークか何かか、とも考えたがアイリスディーナの表情は到って平静、寧ろ若干厳しげにも見えてしまうくらいである。

 

 『東洋の諺でな、意味は、人生何が起こるか分からない、ということだ』

 

 『はあ……、で、それが何か?』

 

 唐突に彼女の口から飛び出してきた言葉にテオドールは頭に?印を浮かべながら聞き返す。が、アイリスディーナは特に笑みを浮かべる事もなく、感情を窺わせない声でただ一言、返答を返した。

 

 『何、深い意味は無い。ただ今はこの言葉を覚えておいてくれればいい』

 

 その時の彼女の表情には、どことなく深い憂いが見て取れた。

 

 

 

 西ドイツ軍第51戦術機甲大隊『フッケバイン』SIDE

 

 『距離2000に新たなBETA群!要撃級と戦車級が主力だ!手前のBETAの残骸を盾に迎え撃つぞ!!』

 

 「フッケバイン23、了解」

 

 同じ頃、ストウプツィ市跡北東では、西ドイツ軍所属の戦術機甲大隊、『フッケバイン』とBETA群との戦闘が繰り広げられていた。雪と瓦礫に覆われていた地面はBETAの残骸と肉片によって陰惨な情景をさらしており、さらに度重なる砲撃と重金属雲の影響で降り注ぐ細かい金属片の影響によって視界は段々と悪化している。

 が、任務である以上此処のBETAを根こそぎ撃破して進撃しなければならない故、文句を言っている暇は無い。戦車部隊の曲射射撃で連中の足が止まっている隙をつき、要撃級の集団へと劣化ウラン芯弾の弾幕を雨霰と叩きこむ。

 西ドイツ軍の、というより現状欧州連合の主力戦術機であるF-5Gトーネードは原型であるF-5フリーダムファイターよりも砲撃関連の性能が向上しているために立ちふさがるBETAを次々と血の海に沈めている。

 そのBETAを血祭りに上げる戦術機の一機、フッケバイン23キルケ・シュタインホフ少尉が搭乗するトーネードは迫る要撃級を沈黙させると周囲に他に動く敵影が存在しない事を確認すると疲れたように息を吐き出しながら軽く額の汗を拭う。

 任務はほぼ成功、そういってもいいだろう。まだまだBETAは残ってはいるもののとりあえず一息つけそうだ。損害に関しても推進剤の残量が残り三割を切っている事と弾丸が残り少ないという事さえ除けばほぼ無い。後は指示を待って予備兵力に任せて後退、推進剤と弾丸を補給するだけだろう。キルケは緊張をほぐすように肩を軽く回す。

 ふと、そんな事をしているうちに何故か以前口論を繰り広げた東ドイツの衛士達の事が頭に思い浮かんできた。

 先の戦いで突撃級の群れめがけて戦術機9機で肉弾戦を挑むという無謀極まりない戦いをした揚句に、その尻拭いの為に自分達の部隊が少なからず損害を出す羽目になったあの東ドイツ最強とかいう戦術機中隊の事を…。

 

 (これでいい、これでいいのよ…!!あの共産主義者共のようなカミカゼ同然の特攻作戦なんかやらなくても……)

 

 キルケとて、彼ら東側諸国が戦線を保っていたという事は知っている。彼らが命懸けでミンスクハイヴから出現するBETAの侵攻を抑え込んでいたからこそこうして己達がこの戦場に立っているという事も理解してはいるし、東ドイツの人間が共産主義者であるという点さえ除けば己達と同じドイツ人であるという事も認めている。

 だが、その共産主義者という一点がキルケに東ドイツに対する嫌悪を産み出していた。

 一党独裁、思想統制、赤軍の元締めである犯罪国家…。西側の人間の共産主義国家に対する認識というのは大体がこう言うものであり、仮にこの事実を脇に置いて手を結んだとしても、待っているのはかの『第一次パレオロゴス作戦』の二の舞、作戦、戦力の違いによる共倒れの未来しかない。今回の作戦における第666戦術機中隊の突撃級吶喊でそれが嫌というほど理解できた。

 もう少し連中の思想だったのならばそもそもこんな作戦行わなくてもよかったかもしれないのに……、キルケは若干苛立ちを覚えて舌打ちする。

 

 『やるじゃねえかシュタインホフ!一丁前に機体制御も身につけやがって、流石は“英雄”の孫、つったところか?』

 

 唐突にモニターに一人の男性衛士の顔が表示される。第51戦術機甲大隊『フッケバイン』大隊長、ヨアヒム・バルク少佐である。唐突な上官の登場に、キルケは特に驚いた様子もなく、ただ、バルクの口にした“英雄の孫”という言葉に対して眉根を寄せた。

 

 「……少佐、確かに祖父は第二次世界大戦の英雄ですし、私も尊敬しています。ですが私は私自身の力で此処に来たつもりですし、血は関係ありません。たとえ上官であったとしても、それだけは譲るつもりはありません」

 

 『ハッハッハ!!そう怒るなシュタインホフ!…ま、これからもその血統を生かして頑張れよ……だからそう睨むな、本気で怖いぞ?』

 

 笑いながら此方を茶化す上司にキルケは呆れて溜息を吐く。

 大方己をだしに他の衛士達のささくれ立った心を解そうとでも考えての発言なのだろうが、ネタにされる自分の身にもなってほしいものだ。

 

 『よし、一時フランスの連中に任せて帰投するぞ。総員、いいな?』

 

 「りょうか………!?」

 

 返答しようとした瞬間、突如としてキルケは周囲の異変に気がつく。

 BETAの遺骸が、まるで生き返ったかのように振動している。いや、遺骸だけでは無い。森が、大地が、そして自分の搭乗する戦術機そのものまでもが小刻みに振動している…。

 

 「この、振動……ま、まさか……!?」

 

 『こ、こちらHQ!西部より新たなBETA悌団が出現!!数およそ5万!!光線級も複数体含まれている模様!!』

 

 『んだと!?……クソッ!!包囲網の外側から!!』

 

 焦りの滲むCP将校の声とバルクの怒声がヘッドセットから響き渡る。が、今のキルケにはそんな事を気にしている余裕はなかった。

 包囲網外からのBETA悌団の出現、それはすなわちBETA包囲網の、アクティヴ・ディフェンスそのものの崩壊すらも意味していたのだから…。

 キルケは戦況ウィンドウに映し出される、BETAを意味する無数の赤い点滅をただ青褪めた表情で観ている事しかできなかった。

 

 

 第666戦術機中隊 テオドールSIDE

 

 新たなるBETA悌団の出現、それは当然のことながらワルシャワ条約機構軍に、その指揮下にある第666戦術機中隊にも伝わっていた。

 戦況ウィンドウには、文字通り何処からともなく出現したBETA群を示す幾つもの赤い光点が包囲網を構成している欧州連合軍めがけて迫っているのが視認できる。

 それを迎え撃つのは恐らく己の祖国の隣国であり、元は自分達の国と同じ国家であったはずが分断される運命となったもう一つのドイツ、西ドイツ所属の戦術機部隊、『フッケバイン』…。テオドールはふと彼らの事を思い返す。

 一昨日そこの衛士と主義主張の違いやらで派手に言い争いをしたものの、元は同じドイツの人間であることもあって流石にこの状況下では少なからず安否が気になってしまう。

 それと同時にBETAへの恐れも覚えていた。西側が乾坤一擲で臨んだ作戦が、綿密に練られていたはずの作戦が、こうも容易く瓦解してしまう様を目撃してしまってはそれもやむをえぬ事であろう。

 前者はともかく、後者は中隊の人間すべての総意であろう。皆が皆茫然とした表情を浮かべている。例外は相も変わらず硬い表情のヴァルター、そしてBETA襲撃前と変わらない表情を浮かべる中隊長のアイリスディーナだけであった。

 

 「……同志大尉、まさか、こうなる事を知って……」

 

 『此処はBETAの巣であるミンスクハイヴ、その目と鼻の先だ。作戦中に増援が来る事も、奇襲が来る事も充分考えられる。……言ったろう?人生何が起きるか分からない、と』

 

 こんな予想外は欲しくなかったが、な、と最後につけたしながらアイリスディーナは言う。彼女の言うとおり、この戦いの場所はソ連ベラルーシ州、BETAの巣窟であるミンスクハイヴが存在する場所、すなわち敵のホームグラウンドでの戦いなのだ。

 ならば何処から敵が出てきても不思議ではない。作戦の最中に横槍を入れる形でBETA群が出現しても何らおかしい事ではないのだ。テオドールはその事をいやというほど思い知る事となった。

 

 『そもそもアクティヴ・ディフェンスは対ワルシャワ条約機構軍、すなわち対人類戦、それも防衛戦用に構築された防衛理論を改良したものだ。確かに対BETA戦の最適解の一つではあるがそれも絶対というわけではない。そもそもBETAの侵攻モデルも戦術も未だに解析されていない上に連中には士気の低下というものが存在しないという点もあるのだが、まあそんなことは今はどうでもいいだろう』

 

 強引に話を終わらせたアイリスディーナは今度はグレーテルへと話の矛先を向ける。

 

 『同志中尉、此処で我々がやるべき行動は、もう既に分かっているな?』

 

 『……ま、まさか同志大尉!!この状況でレーザーヤークトを!?』

 

 『この状況だからこそ、だ。面制圧が光線級に封じられた以上これ以外に状況を打破する手段は無い。それに……レーザーヤークトは我等の十八番だろう?』

 

 そう言って自信ありげな笑みを浮かべるアイリスディーナ。が、党から派遣された政治将校であるグレーテルはそんなアイリスディーナの発言に対して信じられないと言わんばかりに目を大きく見開いている。当然グレーテルはアイリスディーナの発言に対して反発する。

 

 『わ、我々の任務は予備兵力としての待機だ!!それにたとえレーザーヤークトを実行するとしても、既に重金属雲濃度が低下して……』

 

 『地上の支援砲撃を利用すれば光線級の誘導は可能だ。さらに、ジョリーロジャースご自慢の第二世代機、その武装であるフェニックスミサイルを利用する。これで成功率はだいぶ違うはずだ』

 

 『……に、西側の手を借りろっていうの!?』

 

 『逆だ。我々が西側に手を貸してやるのだ。悪い話ではない、と思うのだがな』

 

 『そ、そんなの単なる屁理屈……』

 

 反論の尽くをアイリスディーナに論破され、グレーテルはついに言葉が尽きたかのように押し黙ってしまう。ただその表情はまるで親の仇でも見るかのように憎々しげであったが。それに構わずアイリスディーナは声を上げる。

 

 『我々は常により多くの命を救う事を優先してきた。今回救うべきは欧州連合の命だ。それはこの場に居る全員が分かっている事だろう?』

 

 「………」

 

 そのような事は言われずともテオドールには分かっている。いや、新入りであるリィズ以外のこの場に居る中隊の人間ならば誰もがそれが正しいと理解しているだろう。

 万一此処で欧州連合軍が全滅しようものなら今度は自分達ワルシャワ条約機構軍にBETA群の攻撃の矛先が向けられる事となる。そうなればワルシャワ条約機構軍は崩壊、下手をすればこの第二次パレオロゴス作戦そのものが崩壊しかねない。

 だからこそこの局面において状況打破の為にレーザーヤークトを行うというアイリスディーナの考えは理に叶っている。それは分かる。が……。

 

 『此方国連軍司令部より第666戦術機中隊指揮官へ。貴隊の状況を確認したい』

 

 と、唐突に網膜に国連軍のオペレーターのウィンドが立ち上がる。それに対してアイリスディーナは驚く事もなく応答しようとする。

 

 『此方第666戦術機中隊指揮官、アイリスディー……』

 

 『その通信に応答の必要はない!!勝手な詮索はやめて貰おうか!!』

 

 『…貴軍司令部が第666戦術機中隊の出撃を拒否した理由を確認しようとしただけだ』

 

 アイリスディーナの応答を遮るようにワルシャワ条約機構軍作戦本部付政治将校の怒声が響き渡る。どうやら戦線崩壊の危機に国連軍司令部がワルシャワ条約機構軍司令部に第666戦術機中隊の出撃を要請、それを政治将校が拒否、埒が明かなくなった国連軍司令部が中隊指揮官のアイリスディーナに直接交渉しようと通信してきた、といったところだろうか。

 

 (こんなときに西も東も関係ないだろうに……)

 

 ヘッドセットから聞こえてくるアイリスディーナとグレーテル、そして政治将校の言い争いをテオドールは半ば苛立ちながら聞いていた。

 どうやら政治将校からすれば作戦の成否や己の命よりも政治将校としてのメンツの方がはるかに大事らしい。そうでなければこのような他人の足を引っ張るような自殺行為も同然な事をしないだろう。ましてや今回は己自身が死ぬかもしれないというのに、だ。 

テオドールは憎々しげに舌打ちをする。

 時間は刻一刻と過ぎていく。それと同じくBETAも段々とこちらに接近してくる。

 ……もはや一刻の猶予もないこの状況の中、第666戦術機中隊は未だ動けずにあった。

 

 

 ポーランド人民軍SIDE

 

 『悪い予感が当たりやがった……』

 

 『……ですね』

 

 その頃、第666戦術機中隊同様予備兵力として後方に送られていたポーランド人民軍所属第401戦術機中隊もまた、突然のBETA襲来による惨劇を察知していた。幸い襲撃地点からいくばくか距離が離れている為に今のところは此方に被害は及んでいないものの、それもいつまで持つかは分からない。

 とはいえこの状況を予測していたわけではなかった。此処はBETAの本拠の目と鼻の先、唐突なBETA出現は十分あり得る話であり中隊長ヤン・コシチュシュコ大尉も少なからずこの展開が起きる可能性は予知していた。そして、そうなった場合己達中隊が取るべき道も…。

 

 『…それで、どうしますか?国連軍から要請が来ていますが……』

 

 『……出るしかねえだろ。此処で全滅するなんざあもっての外、国連軍との心中なんざあ上の人間も望んじゃいねえだろ。それに……』

 

 『それに?』

 

 中隊付き政治将校の問い掛けにコシチュシュコ大尉はニヤリと笑みを浮かべる。その笑顔に嫌な予感がしたのか政治将校は顔を顰める。

 

 『……西側の連中の危機を救って貸しを作る、ってのも面白くねえか?なあ同志中尉?』

 

 『……』

 

 コシチュシュコ大尉の言葉に対して政治将校は予想は出来ていたのかただただ呆れた様子であった。が、やがてやれやれと言わんばかりに大きく息を吐きだすと、彼に返答を返す。

 

 『……そう仰ると思いまして、既に上に話を通しておきました。許可は既にいただいておりますので出撃するのでしたら、いつでも』

 

 『…ハハッ、流石は同志中尉!話が分かるねえ!』

 

 『我が国には政治将校と諜報組織のゴタゴタはありませんのでね、どこぞの国と違って。……それはともかく出撃するのでしたら早く命令を。皆待ちわびていますよ?』

 

 『ハイハイ………、総員傾注!!』

 

 政治将校からのお墨付きをもらったコシチュシュコ大尉は先程とは一転してまるで雷が轟くかのような大声を張り上げる。その号令をヘッドセット越しで聞いていた中隊衛士達も、聞きなれたとはいえその威勢に思わず身体が引き締まるような感覚を覚えた。

 

 『これより我等は国連軍救出の為BETA群に向け吶喊する!!重金属雲濃度が低下している現状レーザー照射を受ける危険性が高い!!可能な限り低空飛行で接近する!!西側の連中にきっちり貸しを作らせてやれ!!』

 

 『『『『『了解!!!!』』』』』

 

 (やれやれ…。また救出作戦、か…)

 

 中隊衛士の一人、シルヴィア・クシャシンスカ少尉は号令を聞きながらも心の内では冷めたようにそんな事を呟いていた。

 確か前にも一度救出の為に出撃した事があった。確か東ドイツの第666戦術機中隊の人間だったっけ…、と頭の片隅でぼんやりと思い返す。

 果たして今頃どうしている事か。大方他の中隊の連中共々後方に控えているのだろうが…。

 そんな事を考えながらシルヴィアは跳躍ユニットのロケットモーターを吹かして低空すれすれで戦場を移動する。重金属雲濃度が低下し、レーザーの威力減衰が期待できない現状、レーザーで狙い撃ちにされない為には低空飛行か歩行移動でもしなければならない。

 面倒ではあるが幸いというべきか、シルヴィア含む第401戦術機中隊『ニェトペーゼ』のメンバーは少なからずそう言う事には慣れていた。

 直ぐに救援要請の出されていた地点へと中隊は到着する。そこでBETAと交戦している機体はトーネードADVとミラージュ2000、ともにF-5系列の戦術機であり1、2年前に配備が開始された準新型機である。トーネードADVはイギリス、ミラージュ2000はフランスにおいて主に採用されている機体である。

 

 (東ドイツの次はイギリス人とフランス人、か……)

 

 シルヴィアは心の中で何気なしに呟く。社会主義陣営の国家で生まれ育ったとはいえ、シルヴィアに西側への嫌悪感はそこまで無い。とはいえ、まさか西側諸国を助ける事になるとは思ってもみなかったのは本音であるが。

 

 『こちらポーランド人民軍所属第401戦術機中隊『ニェトペーゼ』!!援護する!!』

 

『こちらイギリス軍第11王立戦術機甲大隊『アックスブリッジ』!!救援感謝する!!』

 

 『礼はこの蟲共ぶち殺して生き延びてから頼む!総員、まずは突撃級の足を止めるぞ!!奴らのケツにありったけの弾をぶち込んでやれ!!』

 

 『『『『『了解!!』』』』』

 

 (ま、いいわ。私は私の仕事をするだけだから)

 

 中隊長の命令と同時に戦術機ユニットを吹かして跳躍、怒り狂い猛進する猛牛の群れの如き突撃級の集団へと突撃砲の120mmによる射撃を開始した。

 

 

 第666戦術機中隊SIDE

 

 『……結局、ポーランドの連中に一番乗りの手柄を取られてしまったか…。まあこれのお陰で同志中尉と同志少佐が心変わりしたわけであるし、いいというべきか悪いというべきか…』

 

 『……うるさいわねっ!!仕方がないでしょ!!こっちにも立場があるんだから!!て言うか何度も何度も言わないで!!もしかして嫌味!?』

 

 何度目か知れないアイリスディーナのぼやきにグレーテルは反射的に怒り交じりの大声を張り上げた。

 そんな状況下でも彼女達の戦術機はBETAの間隙を縫いながら的確な射撃と多目的追加装甲付属のブレードを利用して次々と立ちふさがるBETAを屠り去っている。後から続く5機のバラライカもその後に続いている。残る二機、シュヴァルツ06イングヒルト・ブロニコフスキーとシュヴァルツ08カティア・ヴァルトハイムは後方での待機を命じられている。

 結論から言うと、第666戦術機中隊はレーザーヤークトへと出撃する事ができた。

遡る事5分程前、あのままアイリスディーナとグレーテル、司令部付きの政治将校の口論が続くかと思われたのだがその最中に思わぬ報告が寄せられた。

ポーランド人民軍所属戦術機部隊予備が欧州連合軍救援に出撃したのだ。同じ社会主義国家でありワルシャワ条約機構軍所属であるポーランドの出撃にさしもの司令部付きの政治将校も黙らざるを得なくなってしまった。

逆にアイリスディーナはここぞとばかりにグレーテルを説得する。このままポーランドに手柄を総取りされるつもりか、ここでやらなければ寧ろ東ドイツにとって損害になる、等々…。最終的にテオドールの叱責もあり、グレーテルも腹をくくることになり、どうにかレーザーヤークトに出撃する事が出来たのである。ちなみに司令部付き政治将校は何か言いたそうにしていたものの、結局黙ってウィンドウを閉じてしまい、それ以降何も言ってこなかった。

それでもポーランドの連中に一番乗りは奪われる事となってしまったが、それもこれから挽回できる。

 

『速度を緩めるな!!幸い光線級は一か所に固まっている。進行方向のBETAの動きに注意しろ!!』

 

『……!!同志大尉、後方に要塞級の一団らしき敵影が!!』

 

『うろたえるな!!此処がハイヴの目と鼻の先なら要塞級程度見飽きてるだろう!!まずは目の前の突撃級の足を止める!!奴らの相手はその後だ!!』

 

後方に控える要塞級に気付いてうろたえるファムに檄を飛ばしながらアイリスディーナはヴァルターと共に突撃級の群れへと肉薄、接触寸前に上空へと跳躍して突撃回避、装甲の存在しない突撃級の胴体後尾へと多目的追加装甲のブレードを叩きつけた。

最前列の突撃級が転倒した事により後方の突撃級集団の列が乱れ、一時的に突進が停止する。時間にすればほんの僅か、だが数え切れないほど光線級を狩ってきた第666からすればこの僅かな隙でも十分すぎる。動きを止めた突撃級の主脚を、後続の4機のバラライカの突撃砲が寸分違わず撃ち抜き破壊していく。数10秒後にはその場に居た全ての突撃級は完全にその動きを止めていた。

第666戦術機中隊にとっては何でもない動作、であったが火力至上主義のアメリカ軍からすればあまりにも常識離れしていたようであり、オープンにされた回線からはやれクレイジーだのナチの技術がつかわれているだのといった驚きの言葉が漏れていた。

それに苦笑を洩らしながらテオドールは、自分達の培った技が西側にも充分通じると言う事を、アイリスディーナの西側に自分達の対BETA戦技術を売り込もうという戦略が正しかったという事が証明されたことに、心からの高揚を感じていた。

 

『いいぞ、このままいけば予定通りに辿り着ける。だがその前に目の前のデカブツをどうにかするぞ!!』

 

『『『『『了解!!』』』』』

 

アイリスディーナの言葉通り、光線級の一団はすぐそこに居る。だが、奴らを護衛するかのように最大の脅威の要塞級の群れもまた、そこに屯している。光線級を叩くには、まず奴らから何とかしなければならない。

 

正念場はここからか……!!テオドールは歯を食い縛った。

 

 

ワルシャワ条約機構軍司令部SIDE

 

「……よろしかったのかな?同志少佐。あれだけ強硬に反対していたというのに」

 

「……ポーランドの連中が出てしまったのならば致し方があるまい。尻込みして出遅れた臆病者というレッテルを貼られるより遥かにマシだ」

 

その頃ワルシャワ条約機構軍司令部、東ドイツ国家人民軍司令部専用の通信車両内部にて、初老の将校と眼鏡をかけた神経質そうな将校が互いに会話を交わしていた。

初老の将校の名はホルツァ―・ハンニバル少佐、そして眼鏡の将校は司令部付き政治将校ツヴァイクレ少佐、つい先程中隊出撃に関してアイリスディーナ、グレーテルと言い争っていた政治将校である。

彼からすれば西側への協力支援等対立関係にある国家保安省との政争で不利となりかねない要素である以上願い下げであったのだが、社会主義の同胞とも言えるポーランドの戦術機部隊が西側の救援に向かってしまった現状、このまま中隊を待機させていては世界中に東ドイツは臆病者の集まりという汚名をさらしかねず、かえって自分達の立場を危機に追い込む羽目になりかねない。ならば多少のリスクを覚悟で第666戦術機中隊を出撃させ、西側に恩義を着せる方が得であるとの考えに至ったのだ。まあ最悪の場合は自分は知らぬ存ぜぬで通そうとの算段は持っているが…。

 

「まあいい、此処は彼らを信頼して任せてみようじゃないか。彼らならばなんとかしてくれるかもしれないしな」

 

「同志少佐は随分と彼らの事を買っておられるようですな?」

 

 「彼らの腕は信頼に値する。きっと西側の衛士達にも引けはとらんはずだ」

 

 そうにこやかに笑うハンニバル少佐にツヴァイクレ少佐はジロリと一瞬視線を向けるとやがて疲れたように息を吐き出しながら眼前の戦況モニターに視線を向ける。

 現状戦況は拮抗している。若干此方が有利といったところか。しかしいずれにせよレーザーヤークトの成否が戦況を左右するのには変わりない。ハンニバル少佐もまた厳しい表情でモニターを見守る。……と、唐突に何処からか通信が入った。

 

 「はい、此方東ドイツ国家人民軍…………!?つ、ツヴァイクレ少佐!!ハンニバル少佐!!先程緊急回線から報告が……」

 

 「なんだ、この忙しい時に。下らん用件なら後にして……」

 

 「ろ、ロヴァニエミハイヴが、ロヴァニエミハイヴが陥落しました!!」

 

 「……何?」「何だと…?」

 

 唐突な、あまりにも唐突な通信兵の言葉に少佐二人は言葉を失った。一体何を言っているのだこいつは、と言わんばかりの表情で通信兵を眺めている。

 数秒の沈黙ののち、馬鹿げた冗談を言うなとツヴァイクレ少佐は通信兵を叱責しようとした。

だが、何気なく戦況モニターに視線を戻した瞬間彼の表情は真っ青に青褪める事となった。

 同時に嫌というほど思い知ることとなった。ハイヴ攻略戦が如何に今までの常識が通用しない戦いであるかという事を…。

 

 

 第666戦術機中隊SIDE

 

 

 『おおおおおおおおおおお!!!!!』

 

 テオドールの絶叫と共に振り下ろされたナイフが、最後の光線級の胴体を刺し貫いた。瞬間、眼球のような照射器官を点滅させていた光線級は沈黙する。周囲に生き残っているBETAはいないようである。

 テオドールは緊張が解けた影響でコックピットに倒れるようにもたれかかる。恐らくこれまでのBETA戦の中で最も神経を張り詰めたであろう戦いであったろう。少しばかり休んでも罰は当たらないはずだ。

 最も、此処までこれたのは己だけの力では無い。中隊の仲間達、特に……。

 

 「テオドールさん……」

 

 両目を涙でうるませながら此方を見るカティア、彼女が必死に西ドイツの連中を説得して援護に駆けつけてくれなければ、恐らく自分達は要塞級の時点で詰んでいただろう。

 だからこそ彼女に感謝する。カティアの勇気が、信念が自分達を救ったのだから……。

 ……まあ気恥ずかしいから素直に礼を言うつもりはないが。

 

 『それより、お前今日何回漏らしたんだ?笑ってやるから言ってみろ……』

 

 「!?!?~~!!んも~テオドールさん最低です!!」

 

 『……こんなときに馬鹿な会話を、て言うかナチュラルにセクハラしてるんじゃないわよ…』

 

 『仕方がないだろう?ヴァルトハイムのお漏らしは中隊では有名なのだからな』

 

 「べ、ベルンハルト大尉まで~!!!!!」

 

 呆れた様子のキルケに対して面白そうに茶化すアイリスディーナ、それに対して顔を真赤にして絶叫するカティア……。

 

 『それよりも、サッサと此処から撤退するぞ、もうすぐ面制圧が始まる。巻き込まれて死んだのでは死んでも死にきれないだろう?』

 

 「…あ、はい!直ぐに………!?」

 

 カティアが戦術機を跳躍させようとした、その時、突如として地面が、そして戦術機が小刻みな振動を刻み始めていた。それだけではない、土煙と金属粉で煙る視界の中、カティアは確かに目撃したのだ。

 空へと延びる幾筋もの光の槍を……!!

 

 「あ、あれは……まさか……」

 

 カティアの全身に震えが走り、顔が真っ青に染まっていく。彼女の頭にこの状況で考え得る限り最悪の予想がよぎり、そして、それは今、現実になろうとしていた。

 

 『あ、あれはまさか………レーザー!?』

 

 『ば、馬鹿な……これだけ潰したというのにまだ来ると言うのか!?』

 

 『ふ、ふざけるな!!もう推進剤も弾丸も底をついているぞ!!』

 

 カティアだけでは無い、その場に居る衛士達全員もそれに気が付き、先程まで勝利を喜んでいた誰もかれもがパニックに陥っている。あのアイリスディーナですらもその表情には戦慄で歪んでいる。

 と、網膜にワルシャワ条約機構軍司令部のウィンドウが開かれ、そこにハンニバル少佐と司令部付き政治将校の顔が映し出された。どちらの顔も恐怖に歪んでおり勝利の喜びなど欠片も見いだせない。

 

 『緊急事態だベルンハルト大尉!!今そこに新たにハイヴから出現したBETA悌団が向かっている!!数はおよそ………10万を超えている!!』

 

 『!?』

 

 『じゅ、10万だと!?』

 

 司令部からの絶望的な報告に第666中隊は、否、その場に居た全ての人間が愕然とする。

 先程の掃討したBETAですら精々5万程度だというのに、その倍ものBETAが此方めがけて押し寄せてくる……。もはやアクティヴ・ディフェンスも使えず、弾丸も推進剤も残り少ないこの状況で……。

 

 『今直ぐそこから撤退しろ!!もはや戦闘できる状態じゃないだろう!!』

 

 『で、ですが、このままでは作戦が……』

 

 『……国連軍から通達があった。作戦は中止、早急に撤退せよ、と……』

 

 政治将校が文字通り絞り出すような声で呟く、死刑宣告とも言える言葉にカティアの目の前が暗くなる。

 此処まで来たというのに、BETAを倒し、もしかしたらハイヴ攻略にまた一歩届くかもしれないと思った矢先に……。

 既に一直線で此方へ向かってくる土煙が目視できる。果たして此方に到達するのは何秒か、それとも何十秒後か、それは分からない。

 ただ、分かる事は一つ。……この戦いが、己達の負けだという事、それだけであった。

 

 『ここまで、か……』

 

 ウィンドウに映されるアイリスディーナの表情、そこには紛れもない絶望の色が浮かんでいる。恐らく中隊の誰もが見た事がないであろうその表情に、だが、それも無理は無いと誰もが悟ってしまう。

 突撃級、要撃級、そして要塞級すらも乗り越えて成し遂げたと思っていたレーザーヤークト、だがそれから殆ど間も置かずに10万を超える、そして今度は光線級どころか重光線級すらも擁するBETAの大集団が出現したのだ。

 もはや弾丸も推進剤も殆ど残っていない。それはジョリーロジャースもフッケバインも、否、この戦場に居る全ての戦術機部隊も同じであろう。

 完全に打つ手なし、詰みとしか言いようのない状況…。たとえ諦めたとしても誰も攻める事は無いだろう。

 

此処まで来たのに、ようやく西と東のドイツが手を結んで此処までこれたというのに、それすらもBETAに粉微塵に砕かれてしまうと言うのか……。

 

 カティアの心に絶望が溢れていき、そして無意識のうちに両手を祈りの形に組み合わせていた。

 

 (神様、もしいるならお願いします。私の命はどうなってもいいから、だから皆を助けてください……)

 

 万策尽きた今、カティアにできる事はもはや祈る事しかない。だが、心の中でカティアは分かっていた。この世界はとても残酷で、己のちっぽけな祈りなど決して届かない事を。

 大切な人たちの命も、大切な街も、何もかも容赦なく奪い去ってしまうという事を。

 それでも彼女は祈るしかない。この絶望しかない状況で、誰でもいいから救いの手を差し伸べてほしいと…。

 

 そしてその祈りは、聞き届けられた。

 

 「……つう!?」

 

 瞬間、カティアは右手に感じた痛みにも似た熱に思わず顔を歪めた。その痛みに彼女は思わず握りしめた右手を広げ、反射的に視線を落とす。

 

 「……え?なに、これ……」

 

 カティアは大きく眼を見開いて、茫然とそんな言葉を呟いた。右手にあったモノ、それはフレデリックから死に際に渡されたあの赤い石のペンダントである。だが、まるで冷えた溶岩のような暗赤色をしているそれが、今ではまるで燃え盛るマグマ、あるいは太陽の如く深紅の光を放ちながら輝いている。光だけでは無い。石はまるで燃え盛る炎か何かのように熱い。

 強化装備の防護皮膜で護られているはずの手が火傷しそうになるほどの熱にカティアはただ発光する石を眺める事しかできない。

 

 『……ヴァルトハイム少尉、ヴァルトハイム少尉!どうした、何があった?』

 

 「……あ!べ、ベルンハルト大尉!!い、いえ、少し疲れて目眩がしただけで……!?」

 

 カティアの表情で何かあったと感じたのかアイリスディーナが少し心配そうに声をかけてくる。が、カティアはいらない心配をさせまいと必死に笑顔を浮かべる、が、その直後、何気なく空へと視線を向けた瞬間、直ぐにその表情は驚愕のものへと変貌してしまう。

 

 それは、重金属雲の名残である漆黒の雲を引き裂いて降り注ぐ三つの火の玉…。

 

 まるで小さな太陽の如き熱量を秘めたそれは、BETA群の這い回る地上へと段々と落下していき………。

 

 地面に衝突と同時に、爆ぜた……!!

 

 「キャアアアアアアアアア!!!」

 

 『ぐうう!?な、何だこれは!!一体何がどうなっている!?』

 

 三つの火球の爆発によって発生する爆音と閃光にその場に居る兵士達はパニックに陥っている。それは、アイリスディーナを含めた第666中隊もまた同じであった。

 本来ならばBETA戦の最中に目を閉じる事等論外だろう、致命的といってもいい。だが、そうせざるを得ないほどの強烈な閃光が彼女達へと襲いかかったのだ。

 やがて数十秒、あるいは数分ほど経過した頃だろうか、カティアは恐る恐る腕をどけるとゆっくりと瞳を開いていく。爆音の余韻は未だに響いてはいるものの、どうやらあの閃光だけはおさまっているようだ。

 

そして、完全に目を開いた彼女の網膜に飛び込んできたもの、そこにあったものは………地獄であった。

 

「………え?」

 

その光景にカティアはただ唖然とする。口と目をまん丸に見開いて眼前の地獄を凝視する。

 

そこは、辺り一面炎に包まれていた。雪、そしてBETAの群れとその屍で覆われていた地面は今や深紅に燃え盛る炎に覆われて、まるで一面火焔の大海にでもなったかの如き様相へと変貌していた。

空には無数の火の粉が舞い、時折空気中の重金属へと引火して小さな爆発が幾度も発生している。

そして、今の今まで大地を覆い尽して自分達めがけて迫ってきていたBETAの大軍勢は……消滅していた。

地面には黒く炭化した遺骸の一部が残るのみ、小型、大型問わず全てのBETAが一頭残らず死滅していたのだ。そして残された遺骸すらも炎に飲まれて跡形もなく消滅していく。

想像を絶する光景に言葉も出ないカティア、否、カティアだけでは無い。第666戦術機中隊を含むこの場に居る全ての兵士達、戦闘を見守っていたCPの人間達全てが言葉も出せずにただただこの地獄のような世界を眺める事しかできなかった。

 

 

 

……と、次の瞬間……、

 

『グルオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』

 

空の彼方から何かが咆哮を張り上げているかのような轟音が響き渡り、曇天を引き裂いて“それ”が姿を現した。

それは遠目に見れば胴体部が楕円形の飛行機に見えた。だが直ぐに、それが人工の兵器ではなく巨大な生物であるという事をその場に居る誰もが認識する事となった。

要塞級以上はあるであろう巨体、まるで翼のように長大な前腕部のヒレ、堅牢な鎧を思わせる重厚な甲羅、口からは凶暴な牙が口外へと飛び出し、後ろ足のある部分からはジェット噴射のように炎が噴き出し、その巨体を宙へと浮かせている。

それは、誰もが今までに見た事もない、まさしく怪獣という呼び名が相応しい常識外れの生物であった。そしてその怪獣を目撃した瞬間、誰もが一瞬のうちに理解した。

 

BETAの大群を全滅させ、地上をこのような焼け野原にしたのは、こいつであると――!!

 

怪獣は炎上する大地をすれすれで飛行しながら高度を下げていき、やがてジェットの噴射を停止させて、両足を甲羅から引き出すとそのまま地上に着地した。怪獣が大地に足をつけた瞬間、まるで地震でも起きたかのような地響きと揺れが戦術機へと襲いかかった。

 

「あうっ!?」

 

『くっ!!な、なんて揺れだ!!』

 

『こ、この化け物は何だ!?新手のBETAか何かか!!』

 

ヘッドセット越しに中隊のメンバー達の怒号、悲鳴が聞こえてくる。幸い巻き込まれて潰された人間はいないようではあるが、今のカティアにはそれを気にしている余裕はない。

ただ、目の前に立つ巨大な背中、まるで自分達を護るかのように立つ怪獣の姿に、目を奪われるしかなかった。

何故かはわからない。でも何故か………。

 

『グルアアアアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンン!!!!!』

 

この怪獣と出会えたことに、カティアは心の奥底で歓喜を覚えていた…。それが何故なのか、今のカティアにはまだ分からなかった。

 

 

 

……これが、第666中隊と、守護神ガメラとの初めての邂逅であった。

 

 

ガメラSIDE

 

 

『グルルルルルル……』

 

上空からの爆撃によって一通りBETAを一掃したガメラは背後の戦術機集団を一瞥すると、再度前へと向き直る。

この場のBETAは一掃できた。だがまだ油断はできない。既にハイヴから3万以上のBETAが出現し、ガメラの視界に入る距離まで押し寄せてきているのだ。この姿であるのならば負ける心配は無かろうが油断はできない。

ガメラは迫りくるBETAの大群に向けて一歩一歩足を進めていく。まるで高層ビルの如き太さの足が大地から離れ、再び大地に叩きつけられる…、その度に周囲には地響きと小さな揺れが発生する。

炎が燃え盛る大地をモノともせずに歩を進めながら、ガメラは背後に居るであろう部隊に、正確にはその部隊が搭乗している戦術機について考える。

あそこに居た戦術機の殆どは、ガメラ、シロガネタケルの知識が正しいとするならば第一世代戦術機、しかもBETA大戦初期に製造されたものに間違いない。

数少ない第二世代機は恐らくアメリカ軍の運用しているものであろう世界初の第二世代戦術機、F-14トムキャット位なものである。シロガネタケルがガメラとなって舞い降りた1,998年には殆ど運用されていないであろう数々の戦術機、それを目撃した瞬間ガメラの心の中の予感は確信へと変わった。

この時代は己の居た時代よりも前の時代、恐らくBETA大戦初期の時代なのだと。

とはいえ正確な時代に関しては分からない。かの『パレオロゴス作戦』の前なのか、後なのか…。まさかこの時代の人間に聞くわけにもいかない為己の中で推測するしかない。

悩みながら唸り声を上げて巨体を前へと進めるガメラ。と、その瞬間、ガメラの巨体めがけて幾筋もの閃光が照射された。

 

『グウウウ……』

 

それは光線属種のレーザー照射、自身に連続して照射される光線に対して、ガメラはうっとおしげに顔を歪める。

既にBETA群とは約1㎞にまで距離を縮めている。後数秒もしないうちに最前列の突撃級と激突することになるだろう。ガメラは腰を低くして構え、口内から炎を迸らせる。

そしてBETA悌団との距離があと数百メートルの距離にまで迫った時、ガメラの口が大きく開かれ、そこから灼熱の炎が突撃級の集団目掛けて放射された…!!

 

それは何時ものプラズマ火球では無い。まるで火炎放射機から放射されるかのような灼熱の炎の渦、それがBETAの集団に向けて放射されたのだ。炎の渦は一瞬のうちに突撃級の群れを飲みこみ、さらにガメラが首を左右に振り回すたびに軌道を変えて軌道上に居たBETAを無差別に焼き尽くしていく。

炎に包まれたBETAは瞬時に炭化してその生命活動を停止する。さらにガメラの撒き散らす炎は後方のBETAにまで飛び火していき、さらにその炎がより後方のBETAへと……、といった具合に文字通り燎原の火の如く燃え広がっていく。

ガメラの新たなる技の一つ、火炎放射。火球として発射される熱エネルギーを火焔へと変換して敵へと放射する攻撃である。破壊力そのものは火球よりも劣るものの広範囲に火炎を撒き散らす性質である為に多対一、特に今回のようなBETAとの戦闘に向いている。

炎そのものの温度は5000℃を越えており、よしんばBETAであっても耐えられるものは殆ど存在しない。小型、中型はもとより大型のBETAすらも残らず灰に出来るだけの威力は持っているのだ。

ガメラの口内から絶えず放出される炎は、僅か数秒の間にBETAの集団を包み込み、焼き尽くしていく。さらにその炎が次から次へと押し寄せるBETAへと燃え移ってより戦火を拡大させていく…。しかもBETAは基本的に撤退、後退以外の行動をとらない、否、取る事が出来ないと言った方が正しいだろうか。対抗策を練れると言ってもそれを分析、考案するのはオリジナルハイヴの上位存在、この場に居るBETAはその命令に従って行動するだけの意志を持たない機械に過ぎない。

故にエネルギー切れによる退却等を除けば後退することは一切ない。本来ならば士気の低下等に関係なく戦闘できるという長所であるはずのそれが、この場では完全に裏目に出てしまっているのだ。文字通り飛んで火に居る夏の蟲、あるいは笛に誘われ川へと身を投げるネズミの如き光景であった。

これこそがガメラが眠りについている間に考え出した対BETA用の戦術の一つ。数が多く此方にまっすぐ突撃してくる相手にはこちらが炎の壁を作ってあとはそこに敵が勝手に突っ込んで自滅してくれるのを待つ…。

これだけで大抵のBETAは勝手に死んでくれる。後方でのレーザー投射が役目の光線属種や、あるいはその巨体と質量から燃えづらいであろう要塞級、母艦級には効果が薄いだろうがそれ以外が相手ならばこんがり黒焦げに焼いてくれる事は間違いない。残っているBETAは己の火炎放射で掃除すればいいだけの話である

…そして、戦闘開始から3分程経過した時、既に戦場の様相は一変していた。

大地は炎に包まれて、そこには生きている生物は何一つとして居はしない。草木一本残らない炎が燃え盛る大地に残っているものと言えば、まるで巨大な石炭のように真っ黒で歪な塊のみである。

それはかつてBETAであったもの、その遺骸が炭化したなれの果てであった。とはいえこうして形が残っているモノは極少数であり、大半は高温の炎に飲まれて残骸すら残さずに姿を消してしまっている。大地を猛然と進んでいた数万ものBETAの姿は、もう跡形もなくなっている。

残っているのは後方に居たおかげでどうにか生き延びた要塞級と重光線級、そして光線級が少々、といったところ。戦術機部隊であるのならばこれでもまだ脅威であろう、が、ガメラにとってみれば何の脅威にもなりはしない。

相も変わらずレーザーの雨はガメラに降り注いでいるもののガメラはそれに対してうっとおしそうに顔を歪めるのみであり、掠り傷ほどのダメージも負っていない。

 

『グルオオオオオオオオオオオオ!!!!!』

 

ガメラは咆哮を上げて前進しながらお返しとばかりにプラズマ火球を三発連続でBETA群目掛けて発射する。

火球は三発とも寸分違わずBETA群へと直撃、そのまま爆散して周囲のBETAを纏めて吹き飛ばす。密集していたが故にただの一発で100単位のBETAが吹き飛ばされていく。 迎撃せんと放たれる重光線級のレーザーも、火球を砕く事もかき消す事も出来ずに空を切るのみであり、かといってその巨体故の鈍重さが災いとなって回避する事も出来ず、周囲のBETA諸共粉微塵に吹き飛ばされる以外になかった。要塞級の頑強な装甲もまた火球の熱量と破壊力の前には殆ど意味をなさず、寧ろ逆にその巨体が転倒した挙句に周囲のBETAを押しつぶし、逆に味方側の被害を拡大させる事となってしまっている。

甚大な被害を受けた上に列も乱れて進軍もままならないBETAの集団に、ガメラは歓喜とも怒りともとれる咆哮を張り上げながら猛然と突進する。その巨体にはなおも無数のレーザーが突き刺さるもののガメラは意にも介さず足元に散らばる肉片を次々と踏みつぶし、青紫色の血しぶきを浴びながら前進する。

そしてかろうじて生き残っていたBETA目掛けて、その鋭い爪を振り下ろした…!!

 

『グルアアアアアアアアアアアアア!!!』

 

 巨岩すらも容易く抉り取る鋭さを持つ巨爪は、容赦なく重光線級と要塞級の強固な甲殻を引き裂いていく。さらに肘に生えたまるでガメラの剥き出しの牙のように鋭い突起、エルボークローが要塞級の頭部めがけて振り下ろされる。全身を強固な外殻に覆われた要塞級、その中でも最も硬度が高く36mm弾程度ならば容易く弾き飛ばすであろうその部位を、ガメラの肘に生えた長大な刃はまるで豆腐でも刺し貫くかのように容易く刺し貫き、切り裂いていく。

 頭部から紫色の体液を撒き散らして地面に倒れ伏す要塞級、それを踏みつぶしながらガメラは次から次へとBETAをその爪で、牙で、口から放たれる火球と火炎で蹴散らしていく。

 それはもはや戦闘とは言えない、一方的な殺戮、あるいは虐殺とも言える代物であった。BETAの中でも脅威と言える重光線級と要塞級が瞬く間に物言わぬ肉塊へと変化していく様は、見ている者からすればあまりにも現実離れしており、かつ、恐怖すらも抱かせた。

 

戦闘開始から3分、決着はついた。辺りはBETAの躯と血で溢れ、それが炎で焙られて周囲に異臭を漂わせている。

その屍の山の中で、ガメラは勝利の咆哮をとどろかせている。その雄たけびは戦場全域に雷鳴の如く響き渡り、それを聞いた人間の誰もが身体を震わせ、凍りついたように動けなくなっていた。

 

『グウウウウウウウ……』

 

咆哮をやめたガメラはゆっくりと首をミンスクハイヴの方角へと向ける。と、突如脚部を甲羅へと引き込んでその空洞からまるでジェット機か戦術機の跳躍ユニットのように猛烈なジェットを噴射し始め、それと同時に左右に広げられた両腕の形状が骨格ごと変形していき、瞬く間に翼かウミガメのヒレのような長大で平たい形状へと変化する。

飛行形態へと変形したガメラは脚部のジェットで巨体を空へと飛行させ、一直線にハイヴへ向けて飛んでいく。マッハ2の速度で空を飛ぶガメラ、彼は一分もしないうちに目的の標的へと到着する。

ミンスクハイヴモニュメント、5年前に間違いなく破壊したはずのそこには、既に新たなモニュメントが築かれつつある。まだまだ小さく精々10メートル程度の高さではあるものの、その内部構造に関しては分からない。既に製造されていたハイヴを利用している為にさらに巨大化をしている可能性もありうる。

だがもはやこれ以上建設される事は無い、何故なら、今から再び破壊されるのだから…。

 

『グルオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』

 

ガメラはモニュメントめがけてプラズマ火球を二発叩きこむ。火球は逸れることなくモニュメントを直撃、天井部で爆発を起こし、大きな穴を作り出した。

モニュメントを破壊したガメラはそのまま大穴へと急降下していく。この最下層にはハイヴの中枢たる反応炉、それが安置されているメインホールが存在する。それさえ破壊すればこのハイヴの活動は停止してBETAの基地としての役割を果たさなくなる。

今度こそミンスクハイヴを完全に停止させる為、ガメラはジェットの出力を上げて飛行速度をさらに加速させる。

ガメラが縦坑へと降下して十数秒、ついにミンスクハイヴの底、そしてそこに青白い輝きを放つ楕円形の物体を視認できた。ならばガメラがやる事は、一つ。

 

『グオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアア!!!!』

 

口内から迸る紅蓮の火炎、通常の火球をさらにチャージし威力を上乗せしたプラズマ火球、ハイ・プラズマが眼下のメインホール、そこに安置されている反応炉めがけて発射された。

通常より一回り巨大な火球はそのまま反応炉めがけて落下、そして着弾と同時に大爆発を引き起こした。

爆炎はメインホール一面を覆い尽くし、降下しているガメラにまで達する、が、ガメラは炎を浴びても平然としたまま、炎に包まれたメインホールへと降下する。

灼熱の火炎に包まれたそこには、BETAの姿は影も形もない。先程殲滅した一団で最後だったのか、はたまたこのハイヴの別の場所に居るのかは不明であるが、もはや反応炉を潰した以上、此処に戻ってくる事は無いだろう。

ガメラは、地面に転がる炭化した塊、火球の直撃で破壊された反応炉のかけらをその足で思い切り踏みつける。炭化してもろくなっていたかけらはあっけなく粉々に砕かれた。

 

『グルアアアアアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオンンンン!!!!!』

 

炎に包まれたメインホールで、ガメラは高らかな咆哮を張り上げる。

それは紛れもない勝利の咆哮、怨敵を打倒した歓喜の唄に他ならない。が……。

 

(……まだだ)

 

まだ戦える。このままあと一つ、ハイヴを破壊する……。

ガメラは、シロガネタケルは空に向けて高らかにほえる。怨敵への怒りを乗せて…。

 

 

 

 

 




 ちなみに今回ガメラが使った火炎放射なんですが、モチーフは昭和版のガメラが使っていた火炎放射です。ええ、火球じゃありませんよ?ニコニコ動画で色々上がってますから調べてみればわかりますが。
 ただこの火炎放射で仕留めた怪獣って結構少ないんですよね。精々ギロンとジグラ位なもので。でも円盤を溶接できたりして結構便利だったり……え?単にガメラが器用なだけ?
 次からは段々と本編から離れたオリジナル展開となっていく予定です。どうかご期待ください!

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