Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 どうにか年末に投稿が間に合いました…。ここまで遅れてしまって本当に申し訳ない…。今回でとりあえず小説本編における海王星作戦の部分は終わりになります。
 そして、ようやくここからオリジナル部分へと入ります。ここまで長かった…。


第10話 Omenー前兆ー

 3月10日午後1時、国連軍ワルシャワ条約機構軍合同によるBETA漸減作戦は、否、ミンスクハイヴ攻略を最終目標とする第二次パレオロゴス作戦は突如として終結した。

 理由は簡潔、ミンスクハイヴそのものが消滅してしまったからである。それも、国連軍ワルシャワ条約機構軍のどちらでもない、第三者の手によって……。

 第三者、それは巨大な二足で直立した亀のような姿をした、さらに脚部からジェットを噴射して空まで飛行するというまさに怪獣としか表現しようのない未確認巨大生物であった。

巨大生物はその巨体と口から吐き出す炎を武器に地上に群がるBETAを一掃し、さらにハイヴモニュメントを破壊して内部へと侵入、同時にハイヴ最深部に存在する反応炉を完膚なきまでに破壊、ミンスクハイヴを陥落させたのだ。出現からハイヴ殲滅、そこまで片付けるのに一時間もかかっていない。

だが、巨大生物が破壊したのはミンスクハイヴだけでは無い。それ以前に北欧フィンランドに存在するH8ロヴァニエミハイヴまでも、その圧倒的なまでの暴力でもって陥落させていたのだ。その時間、凡そ3時間前後程度だったという。

戦いが終わり、巨大生物が空の彼方へと去っていくのを見届けて、後に残されたのは所々で巨大生物の吐いた炎の残り火が燃える焼け焦げた大地と、そこで辛くも生き残った作戦に参加していた連合軍の戦術機とそれに搭乗する衛士達…。彼らは目の前で起きた出来事をただ黙って眺めている事しかできなかった。

巨大生物とBETA悌団の戦い、否、もはや戦いとも言えない虐殺を……。

そして己達が滅ぼすはずだったBETAの居城、ミンスクハイヴが呆気なく崩れ去る場面を……。

長きにわたる戦いは終わった、ミンスクハイヴを殲滅するという目標は達成した、どう考えても、誰が見ても勝利としか言いようのない結果である。

だが、誰も歓喜の声を上げようとしない、戦場に立つ兵士達の顔にも、モニター越しで戦況を見守っていた指揮官達にも笑顔が無い。あるのは何が起きたのか分からないような茫然とした表情、あるいは何か恐ろしいものでも見たかのような戦慄を浮かべた表情のみであった。誰一人として例外は無い。

これがもしも人類の手でハイヴを陥落させたというのならば、こうはならない。

その場に居る全ての人間、東側も西側も、資本主義陣営も共産主義陣営も問わず全ての人間が歓喜に沸き、喜びの涙を流し、高らかな勝利の唄と歓声を張り上げた事だろう。その後基地で東西両陣営入り乱れての勝利の宴が開かれ、勝利の美酒を味わいながら戦友達と肩を組み、笑いあい、冗談を交わし合いながら互いの戦功を讃えあい、思想や人種、国をも越えた友情を築きあげたことだろう。

それが、無い。何故なら陥落させたのは彼らでは無いのだから。

何の予兆もなく、予測もなく突如として出現した巨大生物の手によって、BETAは尽く屠られ、ハイヴもまた殲滅されてしまったのだ。己の手では無く、さながら突如として出現した台風、竜巻の如き存在によって根こそぎ吹き飛ばされた、言うなれば全くの偶然で完全に漁夫の利を得るような形となってしまったのである。喜びに沸けるはずもない。

それどころか逆に、彼らの心には恐怖が芽生えていた。10万ものBETAを容易く焼き払い、さらに二つのハイヴをただ一頭で陥落させるほどの圧倒的戦力を持つ巨大生物……。

あれは何なのか、BETAの一種なのか、人類の敵となる存在か、あるいは味方となる存在か……。仮にあれが自分達に牙をむいてきたというのならば、果たして倒せるのか。

どうみても巨大な亀の化け物としか見えない姿、意志疎通が出来るかと問われたならば100人が100人否と答えるだろう。だが奴はたった一頭でハイヴを殲滅できる怪物なのだ。加えて先程の戦闘では光線属種のレーザーを何十何百も受けているにも拘らず、全くダメージを受けている様子がなかった。それほどの強度の表皮を有している以上、戦術機が携帯する火器では傷を負わせることすら難しい、否、もはや不可能といってもいいかもしれない。

こんな化け物相手に、どうすればいいと言うんだ……。それはこの虐殺を目撃したすべての人間の抱いた共通の思い、無論それを直ぐ近くで目撃する羽目になった第666戦術機中隊もまた同じ考えであった。

ほとんどの人間は目の前の惨状に唖然としており、あのアイリスディーナですらも何が起きたのか分からないと言いたげな表情で固まってしまっている。

だが誰もそれを非難も笑いもしない。如何なる歴戦の衛士であったとしても先程までの光景を目撃したなら誰もがこうなるであろうことが皆分かっていたからだ。それほどまでに目の前で起きた事があまりにも理解の範疇外であったのだ。

そんな中、どうにかテオドールは正気に戻ると、自身の気持ちを落ち着かせる為に一度深呼吸を行う。それでも脳裏には、あの光景が未だにこびり付いている。容赦なく口から吐き出す炎とその巨体でBETAを蹂躙していく怪獣の姿……、つい数分前まで繰り広げられていたその光景を思い返した瞬間テオドールの背筋に悪寒が走る。それと同時に、今の今まで己達がさらされていた危機が、10万のBETA悌団が消えたことに対する深い安堵が心の奥底から沸き上がってくる。もしもあの怪獣が現れなければ、今頃己達はこうして生きてはいなかったであろう、それは間違いない。

何故背後の自分達は襲おうとしなかったのか、それは今のところ分からない。あの怪物の目的はBETAであり、人間など歯牙にもかけぬ存在だったのかもしれない。だが、もしも……という不安は消す事が出来なかった。

 

もしもあの化け物が自分達に牙をむいたら……。

 

もしもあの化け物が最初からBETAでなく己達を狙っていたなら……。

 

自分達は勝てるか、いや、それ以前に生き残れるか……。考えるだけでも憂鬱になって来る。

 

『カティア……』

 

鬱屈とした気分を晴らそうと己の妹分の後輩に声をかけるが、応答は無い。まだ茫然として居やがるのがあいつは、と思って彼女のモニターに視線を向ける。が、次の瞬間、テオドールは網膜に投射されたカティアを見て、思わず閉口してしまった。

網膜に投影されたモニターに映されたカティア、彼女は顔と目を伏せ、まるで祈りを捧げるかのように両手を組んでいた。そして、その組まれた両手の中ではあの赤い石が未だ仄かに赤い光を放っていた。

 

 

 

こうして第2次パレオロゴス作戦は国連、ワルシャワ条約機構連合軍の勝利に終わった。

ミンスクハイヴは陥落し、欧州への危機は退けられ、今一時の平穏を得る事となったのだ。間違いなく大金星といえるであろう戦果である。

ただし、ハイヴを陥落させたのが両軍ではない全く未知の存在の手によって、であることを除けばであるが…。

いずれにせよ、これで欧州におけるBETAとの大戦はひとまず終わりを迎えたのである。そう、人類とBETAとの戦いは……。

その後司令部からの帰還命令により戦場から帰還した連合軍の兵士達は、戦場での疲れを癒し、汗を流す間もなく、先程と同様に戦慄と驚愕の渦に包まれる事となった。

 

 

 

ソ連領アルハンゲリスク州ヴェリスク。

そこには地球で四番目に建造されたハイヴにして、現在ソ連に建設されている四つのハイヴの一つ、ヴェリスクハイヴが存在している。

1976年に建設されてから7年、ハイヴの規模はフェイズ3にまで巨大化し、ハイヴを中心に半径30㎞圏内は植生が全滅した不毛の荒野と化してしまっている。

茶色の地面が剥き出しとなったそこに、空から舞う雪が積み重なって一面の銀世界、文字通り生きるものも動くものも何一つ存在しない死の世界へと姿を変えている。

ただただ白に彩られた世界で唯一動くものと言えば、ハイヴ周辺をまるで守衛か何かのように這い回るBETAと空からはらはらと降り注ぐ白い粉雪程度のものであろう。

既に最後のハイヴ攻略作戦が行われてから幾年経過したことだろうか。結局ハイヴもBETAも排除できぬまま現在にいたっている。

 ソ連からすれば領土奪還の為にも是が非でも攻略したいであろうに、未だ近づく事も出来ずにいる現状、今ではさらに二つのハイヴを建設された挙句に国土の大半をBETAによって奪われ、本来敵対するはずのアメリカに縋りついてアラスカへの移住計画を始めている始末。もはや国土の奪還を半ば諦めている、そう捉えられても仕方がないであろう状況である。

 もはやハイヴ攻略など夢のまた夢、ヴェリスクの地を人類が踏める日などもはや来ない。たとえ口には出さなくともそれが上下問わずソ連の人間達の総意であったことだろう。

……そう、これまではそう思っていたのだ。まさかハイヴが陥落するはずがないと、誰もが……。

 

1983年3月10日……、H4ヴェリスクハイヴ。

未だ深い雪に大地が覆われ、平野一面が純白の絨毯で覆われた極寒の大地と化しているであろうそこは………、現在全く正反対の一面が紅蓮に燃える炎の絨毯が敷き詰められた焦熱地獄と化していた。

 

『グルアアアアアアアアアオオオオオオオオオオンンンンンン!!!!』

 

空を火の粉が舞い、地上に落ちる雪は地上の炎で溶かされ蒸発していく。地表の雪もまた地獄の業火に晒されて跡形もなくなっており、その下の剥き出しの地面を焦がし、炎は空へと燃え上がっていく。

そこには何一つ生きているものはいない。そう、それはBETAも例外ではない。地上を這い回っていたものも、異変に気が付き地上に出現したものも、一切の区別なく炎は焼き払っていった。後に残るのはかつてBETAだったものの灰か炭の如き黒い塊のみ。

これぞまさにこの世に具現化した地獄、生命を拒絶し死者のみを受け入れる灼熱の世界、その中心で、ありとあらゆる命が生きていけないであろう世界の中心で、一つの巨大な影が高らかな咆哮を張り上げている。

その強靭な皮膚と甲羅は周囲の炎をものともせず、涼風か何かのように受け流し、巨獣は地獄に屹立している。それも当然、この灼熱の大地はこの巨獣が産み出したもの、この炎は彼のその口から吐き出したものなのだから。

巨獣の名はガメラ、この地上に舞い降りた地球の守護神、そして今この地上におけるBETAの天敵とも言える存在である。

その頑強な巨体には光線属種のレーザーも意味を為さず、唯体表の温度を僅かに上昇させるのみ、突撃級の突撃も、要撃級の両腕での打撃も、要塞級の衝角による一撃も、この怪物の表皮を突き破る事が出来ずにいる。

ガメラは己を傷つける事すら出来ずに地上を這い回る蟲共を、逆にその巨体を持って踏みつぶし、爪で引き裂き、そして大きく裂けた口から放つ火炎放射でもって雪で覆われた大地諸共に焼き払っていった。

ヴェリスクハイヴの規模はフェイズ3、無論14年後の1998年の頃に比べれば規模は大幅に小さいものの、それでも数十万ものBETAをハイヴ内部に抱えており、人類ではハイヴの外へと這い出てくるBETAを駆除することで精一杯であった。

それが今や、一匹残らず炎の中で燃える灰と化している。ガメラが火炎放射を吐き出すたびにまるで巨大な箒で掃かれたかのように地上から数百のBETAが消えていく。如何にガメラに接近しようにも火炎放射によって出来た炎の城壁によって尽く消し炭と化し、よしんばそれを潜り抜けて近づいたとしてもその巨大な足で踏みつぶされ、強靭な顎で喰いちぎられる……、数でいえばBETAの圧倒的な有利にも拘らずそれすらも上回る圧倒的な力の前に尽く潰されていく……、もはやだれが見たとしてもBETAに勝ち目はない、ヴェリスクハイヴは陥落すると思わせるであろう光景であった。

しかしBETAの進撃は止まらない。何千何万の同胞が消し炭になろうとも、押し潰され、引き裂かれ、物言わぬ肉の破片となろうとも次から次へとハイヴから出現し、ガメラの喉笛に食らいつこうと突撃する。

彼らに後退という言葉も、撤退という文字も無いし、そのような事は出来ない。彼らBETAは感情を持たない機械、ただ己の補給基地であるハイヴを護るか、あるいは資源を、新たなハイヴを建設する場所を求めて、他の地へと進撃する以外に思考は無い。

それは人類との戦いにおいては士気の低下が存在しない、恐怖するという事がないという利点に繋がっているのだが、目の前の規格外の存在、星の怒りが形となった天災そのものというべきガメラの前では完全に欠点として露呈することとなってしまっている。

感情も知性も持たず、ただ目標めがけて数の暴力で襲いかかる…、これは逆に言ってしまえば眼前に罠があろうと障害物があろうとも迷うことなく飛び込んでいってしまうという欠点でもあるのだ。

それ故に眼前に炎が迫ろうともガメラの巨大な足が頭上から振り下ろされようともなんの躊躇いも無く突撃し、無残にその身を散らせていく。炎に焼かれ、身体を潰され、大小区別なく物言わぬ肉塊へと変貌していく。やがて、地上全てが炎に包まれ、雪原に溢れかえっていたBETAが全滅するのに時間はかからなかった。

ガメラ飛来から1時間足らず、既に地上にはBETAは一匹も残っておらず、ハイヴからも出現する気配がない。既にハイヴ内部に存在していたBETAも枯渇しているのだろう、此処まで来るのに、人類ならばどれほどの犠牲と時間を費やすことになるのか、想像もできないだろう。

もはや邪魔者は居なくなった、ならば最後の仕上げをするのみ……。ガメラは脚部のジェットを噴射して空高く舞い上がると口から発射する火球の一撃でヴェリスクハイヴモニュメントを破壊、その真下に開けられている大空洞を剥き出しにする。

本来ならばモニュメント上部には上空からの敵の撃墜の為に数多くの光線属種BETAが配置されていたが、既にガメラに残らず黒焦げにされていて何処にも生存していない。最も、いたとしてもレーザーすら耐えきる耐熱性を持つ表皮のガメラにどれほどの痛手を負わせられたかは疑問であるが。

大空洞めがけて身を投じるガメラ、人類からは縦坑と呼ばれているハイヴのメインホールへと続く大穴を、ガメラは速度を緩めず急降下していく。

そして降下する事一分足らず、直ぐに目標を発見した。ハイヴ最深部にして心臓部、BETAのエネルギーを生産し、上位存在からの命令をBETAに伝達する頭脳級BETA、この時期反応炉と呼ばれているそれが鎮座している広大なメインホール、それが視認できる位置にまで到達したのだ。

ほんの豆粒ほどだがメインホールの中央に鎮座された反応炉を視認した瞬間、ガメラは待ってましたとばかりに口内から高出力の火球を反応炉めがけて発射する。火球はそのまま地面めがけて落下、着弾と同時に爆発、反応炉を粉微塵に吹き飛ばした上に余波で地下空洞全体を覆い尽さんばかりの炎を撒き散らす。

爆炎に覆われ赤一色に染まる地下空間、その直ぐ真上をガメラはジェット噴射を利用したホバリングで浮遊しながら黙って見下ろしている。

炎に包まれたそこには、もはやBETAは一匹も残されていない。既に全てのBETAは先程の戦闘で殺しつくしており、よしんば生き残りが居たとしても、この炎の中では生きていられないだろう。

これで終わった、そう判断したガメラは脚部のジェットの出力を上げて縦坑の上部へと方向を転換、先程とは逆に地上めがけて上昇を開始した。やがて地上へと脱出したガメラは速度を緩めることなく空高く舞い上がっていく。

向かう先は己が休息する場所である海、それも出来得る事なら己の姿が目につかない深海が望ましい。まだ余力は残っているものの、それでも休むに越したことは無い。既にハイヴを3つ潰せた以上此処でよしとするべきだ。

極寒の空を飛行するガメラは低いうなり声を上げる。

此処は間違いなくかつて己の目覚めた時代の過去、ならばこれはある意味ラッキーとも言えるかもしれない。この時代ならばまだハイヴは7、8程度しかない。既に三つ潰した以上残りはオリジナルハイヴを含めて4、しかもオリジナルハイヴはまだ成長しきっておらず、内包しているBETAの総数も1998年の頃よりも少ない筈……!!

勝てる、とガメラは、彼の中のシロガネタケルは確信した。この進化した姿ならきっと勝てる。この時代にハイヴを潰してしまえば、これから先死んでいくであろう人達はきっと生き延びられる…!月面のハイヴが心配であるが最悪それも破壊すればいいだけの話だ。

唯一の懸念はと言えばガメラが宇宙空間でも行動できるか否かのみであろう。ならば、きっと上手くいくはずだ。……だが。

 

(……何だ?さっきから感じるこの胸騒ぎは)

 

ずっと彼は何か違和感を感じていた。そう、それは何か確信があってのものではない。あえて言うなら虫の知らせ、直観のようなものであった。それも、かつて人間だった頃の己のものではなく、“ガメラ”としての己の中の……。

一体それが何なのか、今のタケルには分からなかった。そして、その違和感も自身の寝床たる海の真ん中へ到達したときに、直ぐに消え去った。

 

(……何でもいい、この時代で全てのハイヴを破壊すれば、BETAを全滅させられれば、戦いは終わる…、みんなも、生き残れるんだから……)

 

深き深き母なる海の底へと身を没していきながら、ガメラは心の底でそう呟く。ガメラは再度の眠りにつく、再び戦いに出る為の英気を養う為に。

 

 1983年3月10日、ソ連アルハンゲリスク州H4ヴェリスクハイヴ、陥落。

 僅か一日でハイヴ3つが陥落するという奇跡、それは瞬時に世界中を駆け巡った。

 ……最も、それに対する驚愕、畏怖はあれども喝采、歓喜は数える程でしかなかったが…。何しろ3つのハイヴを陥落させた張本人は人類ではなく……。

 

 この海底深くに眠りにつく大怪獣、ガメラであったのだから。

 

 第666戦術機中隊SIDE

 

 「此処がワルシャワ、なんですね!!……想像していたより近代的、というか見慣れた街並みなんですね?」

 

 「此処は中央市街地、大戦中一度爆撃で吹き飛ばされて更地になったところをソ連流の都市計画で再建築した地区だ。だからポーランドの歴史的建造物は、此処にはそこまで多くないな」

 

 「そ、そうですか……、少しがっかりです……」

 

 「あんまりはしゃぐなカティア。観光に来たわけじゃねえんだぞ」

 

 「まあいいじゃないかテオドール。今の今まで戦争していたのだから今回くらいはしゃげばいい。かくいう私も時間があればこの街をじっくり見て回りたいと思っているのだからな」

 

 第二次パレオロゴス作戦終結から、3日、アイリスディーナ、カティア、テオドールの三人はポーランドの首都、ワルシャワを訪れていた。

 ワルシャワ、ポーランド人民共和国首都という肩書のみでなくポーランドに置いて製造業、鉄鋼業等が盛んな工業都市であるとともに、ワルシャワ大学といった高等教育機関が集中し、歌劇場、ワルシャワ交響楽団も擁する経済、文化的に見てもポーランドの中心とも言える都市である。

 歴史的建造物が数々残されている街としても有名であり、特にワルシャワ北部の旧市街及び新市街の街並みは壁に入った皹の一本に至るまで再現されているとまで言われている。

 これら文化的、歴史的にも価値の高い史跡が多いことからBETA大戦以前は東側からだけでなく西側からも観光客が多く訪れる社会主義国家でも有数の観光都市であった。無論BETA大戦勃発後は客足も遠のいてしまったのだが。

 ちなみにアイリスディーナ達のいる場所は中心市街地。第二次世界大戦時にナチスドイツによって破壊され、戦後ソ連の主導の下共産主義的街建設が行われており、歴史的史跡は殆どないと言ってもいい。精々出来る事と言えばそこらの店で食べ歩くなり買い物したりする程度であろう。

 だがそんなことは今は関係ない。彼らは此処に観光に来たわけではないのだ。

 2日前に終結した第二次パレオロゴス作戦、それについての会合が此処で行われるのだ。無論参加するのはアイリスディーナのみであるが。

 

 「……貴様たちはこの街のみとはいえ観光できるんだ、一方の私は会議で缶詰……、全くうらやましい限りだ」

 

 「あ、あはは…」

 

 「いや、まあ、その………すいません大尉」

 

 「ふん、謝る必要はない。これも中隊長としての役目だしな。それに……」

 

 三人は人々が往来する道を暫く歩いていくと、一つの巨大なビルの前で立ち止まる。

 そこにはロングの黒髪に眼鏡が特徴的な神経質そうな女性、第666戦術機中隊付き政治将校、グレーテル・イェッケルンが腕を組んで待っていた。どこか不満そうに眉をひそめている彼女の姿にアイリスディーナは苦笑を浮かべた。

 

 「休日がないのは、向こうも同じだしな」

 

 

 

 

 

 

 

 「テオドールさーん!!こっちですこっち!早く来てくださーい!」

 

 「ああ、ハイハイわかったから少し待て。……ったく、幾ら国家保安省の連中がいないからって気を緩めすぎだろうが…」

 

 結局二人はアイリスディーナと別れて街中を散策する事となった。流石に国家保安省の人間がいないとはいえポーランドの治安組織に目をつけられたらそれはそれで面倒である為、カティアとテオドールは一緒に行動する事となった。

 

 「全く……子供かお前は。幾ら初めて来た街だからって……」

 

 「だって私、ポーランドに派兵されてから一度もワルシャワに行った事無くて……。ベルリンもそうなんですけどいつか行ってみたいって思っていたんです」

 

 「……あっそ」

 

 カティアの言葉に適当に相槌を打ちながらテオドールは街を見回した。

 街並みは故郷東ドイツのベルリンと大差ない。ベルリン同様ソ連の都市計画で再建設された為であろう。道には人が行き交い、談笑したりショッピングを楽しんでいる。

 聞いた話によれば目と鼻の先とも言える距離に戦場がある関係上、ポーランドは国家総動員体制で第二次パレオロゴス作戦に臨んでおり、国民の生活も相当切り詰められていたという話であったが、見たところそんな感じには見受けられない。

 人類の力で無いとはいえミンスクハイヴとロヴァニエミハイヴ、そしてヴェリスクハイヴという3つのハイヴが消滅し、眼前の脅威が無くなったが故であろうか。

 テオドールはあの巨大生物を、結果的にとはいえ己達の危機を救ったあの怪獣の姿を思い返す。

 あの戦い、あの局面、もしもあの怪獣がBETAを殲滅していなかったとしたなら自分達は全滅し、作戦は失敗していた。そうなれば仮に直ぐでなかったとしてもポーランドはBETAの侵攻を受け、このワルシャワも完全な廃墟と化していたかもしれない。最もそうなっていたとしたなら己達は既に死んでいる為関係ないかもしれないが……。

 その事には感謝の念は僅かながらある。如何に人外の存在であったとしても、本人にその気がなかったとしても命を助けられたのは事実なのであるから。

 だがそれ以上にテオドールの心にはあの怪獣への畏怖が、恐怖が色濃く残っていた。

 見る者を圧倒するほどの巨体、雷鳴と間違わんばかりの咆哮、そして、万のBETAすらものともせずに粉砕する圧倒的なまでの暴力……。

 思い返すだけでもテオドールの背筋には凍りつくような寒気が走る。もしもあの化け物の標的がBETAではなく自分達であったのなら……、まず間違いなく全滅すると、それだけは確信を持って言えた。

 

 「……なあ、カティア」

 

 「はい?何ですかテオドールさん」

 

 隣で街並みを見回しながらはしゃぐカティアに、テオドールは何気なく声をかける。此方へと視線を向け直したカティアにテオドールは視線を前に向けたまま独り言を呟くかのように質問する。

 

 「…お前、あの怪獣どう思う?」

 

 「あの怪獣、って、あのBETAの大群やっつけてミンスクハイヴを陥落させた…?」

 

 「そ、あの亀みたいなあいつだ。どう思う?怖いと思うか?」

 

 そう、隣の妹分に視線を向けながら問いかけるテオドール、一方カティアはそんな彼の質問に一瞬キョトンとした表情を浮かべていたが、直ぐに何時ものような柔らかな笑顔を浮かべた。

 

 「いいえ?全然怖くありませんでしたよ?」

 

 「……は?いやいやお前、ちょっとは考えなかったのかよ?あの化け物がこっちに攻撃してきたらって、もし俺達めがけて炎吐いてきたらって考えなかったのかよ?」

 

 「うーん……、自分でも不思議だと思うんですけど、そんなこと考えもしませんでしたねー…」

 

 「……いや、なんでさ」

 

 「なんでって言われても、上手くは言えませんけど……」

 

 そこまで言うとカティアは胸元に下げられたペンダントを掌でもち上げ、クスリとほほ笑む。

 

 「『きっと大丈夫だ』って、このペンダントを握っていたらそう思えたんです。フフッ、不思議ですよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 一方のアイリスディーナは、第二次パレオロゴス作戦後のミンスクハイヴ、そして例の巨大生物に関して、政治将校であるグレーテルを含む東ドイツ派遣軍将校達との会議を行っていた。

 

 「……殲滅されたミンスクハイヴにはソ連から調査隊が送られるらしい。十中八九内部に残された資源の回収の為だろう。ま、あれだけ派手に吹き飛ばされていては、殆ど期待も出来ないだろうが」

 

 「一方あの正体不明の巨大生物はヴェリスクハイヴ殲滅後に地中海沖で消息を絶った。恐らくは海底に潜ったのだろうが詳細は不明、調査をしようにも予算も時期も余裕がない」

 

 現在判明している二つの情報、殲滅されたミンスクハイヴの処置とそれを為した巨大生物の行方について語り終えると、派遣軍付き政治将校であるツヴァイクレ少佐はやれやれと溜息を吐きながらソファーにもたれかかる。彼の報告をその場に居る将校達、アイリスディーナ・ベルンハルト大尉、グレーテル・イェッケルン中尉、ホルツァ―・ハンニバル少佐、マライ・ハイゼンベルク中尉の四人は黙って聞いていた。

 数分間の重苦しい沈黙の中、ハンニバル少佐は重々しく溜息を吐きながら口を開いた。

 

 「結局今回の作戦は、我等にとって旨みはあまりなし、か…。いや、作戦目標であるミンスクハイヴ殲滅自体には成功し、さらにハイヴがおまけで2つ砕かれたのだから喜ぶべき、なんだろうが……」

 

 「結果的に見れば第三者に手柄を横取りされたようなものですからね…。しかもそれが他国の軍ではなく、意志疎通すらもできそうにない未知の生命体なら、なおさら……」

 

 少佐の後に続けてマライ中尉もそう口にする。本来ならばハイヴ攻略戦に置いて第666戦術機中隊の、ひいては東ドイツ国家人民軍の活躍を宣伝し、国内における国家保安省との抗争での優位を勝ち取る手はずであった。よしんば作戦が失敗したとしても第666戦術機中隊が作戦の中核となり『奮闘した』という事実さえあればそれでいい。事実、最後のBETAの大群出現まではまさに彼らの、というよりもアイリスディーナの計算通りに事は進んでいた。よしんば作戦が失敗してハイヴを落とせなかったとしても、『中隊の名を挙げる』という目的そのものは達成できた、はずであった…。

 が、最後の最後でとんでもないどんでん返しが起きた。突如出現した巨大生物によってミンスクハイヴはBETA諸共根こそぎ殲滅させられ、さらにこの生物はミンスク以外にもロヴァニエミ、ヴェリスクの二つのハイヴを陥落させてしまったのだ。

 当然話題のほとんどはその巨大生物へと向かってしまい、第666中隊の活躍、というよりも連合軍の戦場での活躍、アクティヴディフェンスの成果といった、本来話題に上がるべきものにはだれも見向きもしなくなってしまったのだ。これには広告、宣伝を得意とする政治将校達も頭を抱えざるを得なかった。

 無論悪い事ばかりではなく、ハイヴ3つが殲滅されたことによってBETAによる欧州侵攻が無くなった事、これはハンニバル少佐の言うとおりめでたいことだろう。最も逆にあの怪獣が欧州へと侵攻してくる可能性もあり得ないわけでもないのだが……。

 

 「……まあいい。どの道国家保安省の連中は今のところはギャアギャア言うまい。連中は今例の事件で忙しいらしいからな」

 

 「……例の猟奇殺人事件ですね?少佐」

 

 グレーテルの問い掛けにツヴァイクレ少佐は黙って頷きながらコーヒーをすする。

 この場に居る誰もが知っている事ではあるが、最近東ドイツ国内において奇怪な殺人事件が起きていると聞いている。

 この殺人事件の奇妙なところは、犯行現場が東ドイツと西ドイツの国境付近である事、そこで国外逃亡を企てる亡命者、そしてそれを捕縛する任務を負った国家保安省職員が次々と無差別に殺害されているという事、そして何より、その遺体が見るも無残なまでに損壊されているという事である。まるで、何らかの猛獣に喰い荒されたかのように……。

 亡命者だけならばともかく自身の組織の構成員までもが犠牲になっているとなればこれ以上看過できないとして、国家保安省でも大規模な捜査活動が行われようとしているらしい。あの秘密主義の組織の事であるから何処までが本当であるかは不明であるが。

 

 「既に国家保安省の職員にも10数名以上の犠牲者が出ていて、もはやこれ以上放置してはおけん状態になっているらしい。まあ我々には関係のない話だが」

 

 「……ですね。それで同志少佐、今回の作戦の結果については……」

 

 「ありのまま伝えるしかあるまい。幸いというべきかあの化け物に関する映像資料は山ほどある。それを突き付ければ文句も言うまいよ」

 

 まあその必要もあるまいがね、とツヴァイクレ少佐は自嘲するかのように笑みを浮かべる。確かに少佐の言うとおり、あの怪物の出現については既にヨーロッパ中に広がっており、党上層部にもその情報が既に耳に入っていても可笑しくは無い。ならば下手に取り繕うよりもありのまま伝えてしまった方がいいだろう。

 

 「……了解しました。では本国にはそのように」

 

 「ああ、全く折角ワルシャワまで来たというのに観光もできずに帰る事になろうとは……、政治将校とは実に面倒な身分だよ」

 

 「……聞かなかった事にしておくよ、ツヴァイクレ少佐」

 

 自身の立場を愚痴るツヴァイクレ少佐にハンニバルは苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

 会議が終わるとツヴァイクレ少佐、ハンニバル少佐、ハイゼンベルク中尉は早々に部屋を出て行ってしまい、部屋にはアイリスディーナとグレーテルの二人のみが残っていた。

 

 「……どうするつもり、同志大尉?」

 

 「何がだ?」

 

 「今回の作戦、その顛末についてよ」

 

 眼鏡越しに鋭い眼光を向けてくるグレーテルに対して、アイリスディーナは軽く肩をすくめた。

 

 「それこそ先程同志少佐が言った通りだ。ありのまま伝えればいい。我々がハイヴを潰そうとした瞬間に未知の巨大生物が出現して先に潰されました、と」

 

 「それはそうだけど……、それならこれからどうするというの?ただでさえ中隊には爆弾を幾つも抱えてるっていうのに……」

 

 グレーテルの言うとおり、第666戦術機中隊には幾つもの『隙』が存在している。

 まずは西側からの亡命者であるカティア、そして死んだとされていたテオドールの義妹、リィズ。カティアに関しては現状保留にしてはいるものの、それでも国家保安省が放置しておくとは考えられない。そしてリィズ、彼女には国家保安省から送り込まれたスパイであるという疑惑もある。

 アイリスディーナとグレーテルは十中八九リィズがスパイであるとの確信を抱いている。今回の作戦では表立っての追及は出来ずにいたものの、いつまでも放置しておける問題では無い。

 如何に国家保安省が現在忙しいとはいえ、僅かな隙でも見逃してくれるほど甘い連中では無い事は嫌でも分かっているが故に…。

 

 「……リィズ・ホーエンシュタインに関しては監視を続行、不審な点が見つかり次第尋問を行えばいい。幸い時間は出来たからな」

 

 「……尋問を行うのは私なのよ?全く……」

 

 アイリスディーナの言葉に疲れたように溜息を吐き出すグレーテルだったが、数秒後“ああそういえば”と何かを思い出したように顔を上げる。

 

 「確かポーランド人民軍から中隊に衛士が一人、研修の為に加入してくるらしいわよ?」

 

 「ポーランドから?珍しい事もあるものだな」

 

 「……あの作戦でのレーザーヤークトが評価されたからだそうよ。ま、要は中隊内部を探りたいって腹なんでしょうよ」

 

 「そうか……まあある意味実力を評価されているという事だから悪い気はしないわけではないが……」

 

 そう呟きながらアイリスディーナは窓から外を眺める。

 空はネズミ色をした重々しい雲に覆われた曇り空、そこから白い粉雪が地上へはらはらと舞う様に落ちてきている。

 雪が降りしきる中、人々は寒さに体を縮めながら道を行き交っている。つい先程まで隣国でBETAとの戦争が起きていたとは思えないような光景を、アイリスディーナはジッと眺めている。

 

 「……まあ、護れただけでも良しとするべき、か……」

 

 「……?何か言った?」

 

 「いいや、ただの独り言だ」

 

 そう言って笑うアイリスディーナの横顔を、グレーテルは首を傾げながら眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 その頃、東ドイツでは………

 

 

 「ッッッッハアッ、ハアッ、ハアッ、ハァッ」

 

 生い茂るスギ林の中、降りしきる雪を掻き分け、厚く降り積もった雪に足を取られながら一人の兵士が必死の表情で息を切らしながら走っていた。

 その表情は恐怖と焦燥に歪み、長時間走っている影響か口から息を吐くたびに喉から笛を鳴らすようなヒュー、ヒューという音まで鳴っている。

 だがそれでも兵士は足を止めるわけにはいかなかった。もしも一瞬でも足を止めようものなら、もしもこの場で倒れようものなら、自分の命が無くなるという事がよく分かっていたのだから……。

 そう、兵士は逃げていた。何から?それは兵士自身にも分からない。

 ただ一つ分かるのは、“そいつ”は兵士を殺そうとしている事、殺して喰おうとしている事のみである。

 そう、奴は自分を喰うつもりなのだ、己の同志達と同じように………。

 その光景を思い出した瞬間、兵士は地面に膝をついて胃袋で消化されていた食物を一気に地面に嘔吐してしまう。直ぐ背後から“それ”が迫ってきているかもしれないという時に背を丸め、ゲエゲエと地面に胃液と共に吐しゃ物を吐き散らかす。

 

無理も無い、何故なら彼は見てしまったのだ。

 

自分の同僚達が無残に殺されるところを。

 

その死体の肉が、骨が、“それ”に食まれ、砕かれ、咀嚼され、喰われていくところを……。

 

「……!!!」

 

 兵士は反射的に立ち上がる。此処でとどまっていては次は自分が喰われるだろう。

 幸い今のところ“奴”は追ってきていないようではあるが、油断はできない。

 急ぎ基地へ戻らなければ、そしてベルリンの本部に救援を要請して……。兵士は雪に足を取られながらも必死に立ち上がりひたすら雪道を走る、走る、走る……。視界を遮る木々をかき分け、息を切らしながら必死に走り続ける。

 やがて、木々の間から何かの建造物のような影と何かの明かりのような光を見た瞬間、兵士の表情に希望が宿る。

 よかった、あと少しだ、流石に基地に入ってしまえばあの化け物も手出しできないだろう。戻ったらとにかく事情を説明して、直ぐに武装警察軍に連絡を取って………。

 ようやくつかんだ文字通り希望の光を目の前にして兵士は腕を、足を、必死に稼働させる。やがて木々の間を抜け、開けた土地へと出る兵士。息を切らしながらも歓喜の表情を浮かべる兵士の目の前にあったのは………

 

 

 

 

 

 ………破壊された基地、倒壊した建物、そして……骸と化した己の同志達と、それを喰らう異形の怪物たちの姿であった。

 

 「………え?」

 

 先程も見た地獄が眼前に広がっているのを見て、兵士は思わず尻もちをつく。呆けて、ただ呆けて眼前に広がる阿鼻叫喚の世界を眺めている。

 

 何故、何故こいつらが此処に居る?何故ナカマタチガコイツラニクワレテイル?

 

 口をパクパクさせながら兵士は目の前で喰われる同志達の姿をまざまざと見せつけられる。逃げねばならない、早く立たなければ、そう頭が告げても身体が動かない。眼前のあまりにも非現実的な光景に、つかみかけた希望が粉微塵に打ち砕かれた事へのショックで身体が微塵も動こうとしない。

 と、仲間の死体を貪っていた化け物が、ふと此方に視線を向けて近寄って来る。

兵士は茫然とそれを眺める。大きく裂けた口が、そこに並ぶサメのように鋭い牙が、己に近づいてくるのもまるで他人事のようである。

 

 「は、ハハ………」

 

 兵士は笑う、身体をカタカタ震わせながら笑う。直ぐそこまで迫る死の顎に、そこから漂う鼻孔をつく血生臭いにおいに兵士は、何もできなかった、何も出来ずにいた。

 

 せめて、夢なら早く覚めてくれ。

 

 それが彼が、最後に呟いた言葉であった。

 

 

 

 

 

 これは、後に起きる悲劇の序章。

 

 この事件が後に、東ドイツという国家そのものを滅亡の縁へと追いやることになろうとは、誰も、世界中のだれもが考える事は無かった…。

 




 今年はあまり小説が投稿できなかった、これが心残りです。出来れば今年中に柴犬編は終わらせたかったんですが…。
 次回の投稿は来年からになりますがどうか来年も拙作を生温かい目で見守ってやってください。
 
 それでは皆様、よいお年を。

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