Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 どうにかGW前に更新できました…。いや、やはり連載二つはきついか…。
 今回のは前作の武、純夏SIDEの話です。目新しいものが無いかもしれませんがどうかお楽しみ下さい。
 


第7話 夢

 「ガハッ!!ゲホッゲホッ!!」

 

 「た、武ちゃんしっかりして!!死んじゃやだよ!!」

 

 「ば……馬鹿純夏……。縁起でも……ねえことを……ゲホッガハア!!」

 

 泣き叫ぶ純夏の目の前で、武は盛大に吐血する。口から吐き出された鮮血は地面に広がる毒々しい紫色のBETAの血と混ざり、より毒々しい色合いへと変えていく。口全体に広がる血の味に辟易としながらも、武は激痛の走る胸を鷲掴みにしながら必死に苦しみに耐える。

 あの時、目の前の亀のような怪獣に手を差し伸べられた瞬間、武はこれで自分も純夏も脱出できる、助かるかもしれないという希望が生まれた。だが、それによってほんの僅か気が緩んだ瞬間、突如臓腑を刃物で抉られるかのような激痛と呼吸が出来ない息苦しさに襲われ、盛大に地面に血を吐く事となってしまったのだ。

 怪獣に救出される前に武が兵士級に殴り飛ばされた時、殴られた衝撃で武の肋骨は粉々に砕けた挙句、その破片の一部が肺に突き刺ささる重傷を負っていたのである。

 無論命にかかわる危険な状態であり、すぐにでも病院似て手術を受けなければならない状態である。だが、此処は横浜ハイヴ深奥の監獄、当然医者も看護師も居るはずも無い。居るのは医療技術も知識も持たない純夏と到底治療など出来るとは思えない巨大な怪獣だけである。

 血を吐いて苦しむ武の姿を見て、純夏は泣きながら背中をさすってくる。そんな事をしたところで痛みは欠片も和らぎはしないが、それでも純夏を心配させないように、必死に作り笑いを浮かべて見せる。

 そんな二人を、怪獣は黙って見つめていた。武と純夏にはあの巨大な怪獣が何を考えているのかは分からない。

 だが、いくらなんでもこればかりはあいつでもどうにもならないだろう。折角助けに来てくれたというのに己がこの様ではどうしようもない……。武は自嘲するかのようなひきつった笑みを口に浮かべた。

 もう自分は助からない、このままここで死ぬだろう。だけどせめて、せめて純夏だけでもここから脱出させて……。武がそんなことを考えて純夏に声を掛けようとした。その瞬間………。

 

 『グルアアアアアアアオオオオオオンンンンン!!!』

 

 突然怪獣が高らかに咆哮を上げた。監獄どころかホール全体に響き渡るほどの音響に純夏は反射的に両手で耳を塞いでしまう。一方武は両腕を動かす元気もなく、地面に倒れ伏しそうになりながらも轟渡る大音量に耐えていた。

 

 「クッソ…!!うるせえんだよ…!!吠えるんならもう少し声を小さく……!?」

 

 蚊の鳴くような声で咆哮する怪獣へと愚痴を呟く武、だったが次の瞬間、武の表情が驚愕に歪んだ。

 怪獣が咆哮した直後、武は身体の中に何か温かいモノが入ってくるような感覚を覚え、それと同時に胸部に走っていた激痛が急激に引き始めたのだ。まるで傷そのものが急激に消えていくかのように…。

 

(な…なんだ…?痛みが、痛みが消えていく…?息も普通にできるようになってるし、それに……なんだか体が、温かい……?)

 

 武は急速に治癒されていく己の体に、それだけではなく己の体がまるで赤子のころに母に抱かれている時のような優しく、温かい温もりに包まれていくことに困惑していた。

 しかし、その疑問も瞬時に頭から霧散することとなる。段々と武の体から力が抜け、瞼が重くなり、急速に眠気が襲ってきたのだ。

 重症な身体にマナを送り込まれて治癒させた影響か、吐血して血が足りなくなっていたのか武は突然襲いかかってきた眠気に逆らう事が出来ずに再び地面へと倒れ伏すこととなった。

 

 「…た、武ちゃん!?武ちゃん!!め……さ……して……」

 

 (純夏……、ああ……くそ……駄目だ……ねむ…く………)

 

 薄れていく意識の中、武の耳元で幼馴染の叫び声が最後まで響いていた……。

 

 

 

 そして、そのまま武の意識は闇へと落ちて行った……。

 

 

 純夏SIDE

 

 「た、武ちゃん…?武ちゃん!!お願い起きて!!目を覚ましてよ武ちゃん!!」

 

 突然地面に倒れ伏した武に、純夏は必死に呼びかける。だが、幾ら体をゆすっても、大声で呼びかけても、武は一向に眼を覚ます様子が無い。

 

 「う……、嘘……、嘘だよ武ちゃん……。お、お願いだから目を覚まして!!私を置いていかないでよお!!」

 

 幼いころからずっと傍に居てくれた大切な幼馴染を、ここまでずっと命を張ってBETAから自分を守りぬいてくれた想い人を、こんなわけのわからない場所で、BETAの穴倉なんかで失いたくない…!!

 幸い胸は上下に動き、口や鼻から息が漏れているところをみるとまだ死んではいないようである。だが、急いで医者に診せないと本当に死んでしまうかもしれない…!!なんとか武を連れてここから逃げ出さないと……!!

 でもどうやって、武を連れて逃げるにはどうすれば……と純夏は頭を悩ませる。

 

 『グルルルルル……』

 

 と、突然彼女達を見守っていた怪獣が唸り声を上げながらその巨大な掌を差し出してくる。先程と同じく、乗れと言っているかのように差し出された掌に茫然とした純夏は、恐る恐る顔を上げて目の前の怪獣を見上げる。

 

 「えっと…、カメ、さん…?私と、武ちゃんを、本当に助けに来てくれたの…?」

 

 純夏の問い掛けに怪獣は黙ってコクリと頷いた。いや、ひょっとしたらそう見えただけなのかもしれないが、純夏には彼(?)が己の言葉に反応したように見えたのだ。

 純夏は考える。どのみちこのままでは自分達はここで飢え死にするしかない。帝国軍もいつここに来てくれるかわからない以上、今は目の前に居るこの怪獣を信じるしかない…。

 純夏はすぐさま武の肩を担いで怪獣の掌へと乗ろうとする、が、ただの女子でしかなく、何日も水一滴飲んでいない体力的に弱り切った彼女が男子である武をそう簡単に持ち上げられるはずもなく、肩に担いだ瞬間、武の体重が純夏の体にのしかかり、結局純夏は地面へと崩れ落ちてしまう羽目になった。なんとか武の下から抜け出した純夏は今度は武を引きずっていこうとするが、やはり少女の腕力だからか容易には動かない。

 

 「う~!!う~!!お、重~い!!た、武ちゃんお願いだから起きて~!!折角カメさんが助けてくれるって言ってるのに………ワキャ!?」

 

 それでもどうにかして怪獣の掌までたどり着こうと武を引っ張る純夏。と、突然怪獣が破壊された壁の隙間からもう一本の腕を突っ込んで、その鋭い爪を武の服に引っかけて持ち上げた。怪獣は爪の先でぶら下げた武を己の掌まで移動させると、そのまま手の上にポトリと落とす。怪獣の掌に落とされた武は、一瞬顔を歪ませるが直ぐに元の表情に戻ると再度寝息を立て始める。

 

 「え、えっと……ありがとう、ございます…?」

 

 どうやら中々武を動かせない己を助けてくれたらしい怪獣に、純夏は動揺しながらもお礼を言う。一方怪獣も純夏の言葉に反応してかまるで頷くように首を上下に動かした。

 武が怪獣の掌に乗ったことから、純夏も怪獣の巨大な手をよじ登って、その上に座り込む。怪獣の掌は先程まで純夏たちがいた牢獄の床のようにゴツゴツとして硬かったが、岩や鉱石とは違い、まるで温かい肌の温もりを感じる。純夏は膝をついたまま眠っている武のそばへと近寄ると、そのまま座り込んで彼の寝顔をジッと見守る。

 

 「武ちゃん……」

 

 声をかけても武は目覚める様子はない。寝息を立てているところから見て死んではいないようだがそれでももしもという一抹の不安は覚えてしまうのだ。

 あれだけの血を吐いた上にあそこまで激痛で苦しんでいたのだ。何らかの拍子で死んでしまってもおかしくないのではないか…。そんな考えが純夏の脳裏にあった。

 と、純夏と武が乗った掌が、牢獄にぽっかり空いた穴から引き抜かれる。相変わらず監獄と同じ薄暗かったものの、ホールは目の前の怪獣が小さく見えてしまうほどに広大であり、純夏もその広大さには茫然とするしかなかった。

 と、突然ジェット噴射を思わせるような爆音が純夏の真下から響き始める。何かと思って己が乗っている怪獣へと視線を向ける純夏。……すると。

 

 「う、うわきゃあああああああああ!!?」

 

 突如怪獣の巨体が宙へと浮上し、純夏は驚きのあまり奇声を上げる。怪獣は浮上した巨体を横倒しにし、そのままハイヴの出口へ向けて飛行を開始した。むろん、純夏と武を落とさないように気を使いながら…。

 

 「え、ええええええええええ!?わ、私飛んでる!?飛んじゃってる~!?」

 

 そして、怪獣の掌に乗っていた純夏は、もはや目の前でグースカと眠りこけている武を気にする余裕もなく、驚愕のあまり絶叫を上げるしかなかった。そして眠りこける武は、そんな彼女の絶叫が聞こえた様子もなく、安らかな寝顔で眠り続けるのであった。 

 

 

 武SIDE

 

 

 その街はただ紅く燃えていた。

 

 全てが赤く燃えている。建物も、地面も、人も、すべて等しく燃えている…。

 

 聖書に記されたソドム、ゴモラの街の如く、街の全てが灼熱の炎に抱き包まれている―。

 

 地獄、そう形容せざるを得ないこの世界。生きる生物など居るはずもないこの世界に、巨大な影がたたずんでいる。

 

 それは80メートルを超える巨体を持つ“怪獣”であった。亀に酷似した甲羅を背負い、二本の太く逞しい足で大地を踏みしめながら、“怪獣”は何かを待ちうけるかのように漆黒の暗雲に包まれた空をジッと睨みつけている。

 

 やがて、墨をぶちまけたかのような漆黒の雲を切り裂いて“それ”は姿を現した。

 

 それは、フォルムだけならば現存する鳥類、あるいは人類が生まれる遥か古代に生息していた翼竜に酷似している。だが、その巨体は既存のそれらとは比べ物にならない程大きく、そして恐ろしい…。

 蝙蝠の如き皮膜の張られた翼は150メートルを超え、耳まで裂けた口にはまるで剃刀の如く鋭い牙が一片の隙間もなく生えている…。その表皮はまるで爬虫類の如く滑らかな皮膚で覆われ、通常鳥が有しているはずの羽毛は一本たりとも生えていない。

 

 それはさながら、ありとあらゆる生物のおぞましい部分をかけ合わせたかのような、そんな怪物であった。たとえるのなら、アラビアンナイトに謳われる巨鳥ロック鳥か、あるいはヨーロッパの伝承に伝わる飛竜、ワイバーンとでも言うべきであろうか……。

 

 そんな異形の『怪鳥』が、巨大な翼をはためかせながら眼下に広がる焦熱地獄、そこに立つ巨亀を睥睨し、甲高い金属音にも似た絶叫を張り上げる。

 

 『ギャオオオオオオオオオオオオオ!!!!』

 

 そして、それに答えるかのように、巨亀もまた高らかに咆哮する。

 

 『グルアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオンンンンン!!!!』

 

 咆哮と共に巨亀の口内から紅く迸る灼熱の火球が、怪鳥の口内から眩い黄色の閃光が互い目がけて放たれた―。

 

 

 

 最後の希望 ガメラ 時の揺り籠に託す   禍の影 ギャオスと共に目覚めん

 

 

 

 「……!!!」

 

 「わきゃっ!?た、武ちゃん!?」

 

 武が目を覚ますと同時に飛び起きた。隣で純夏が仰天する悲鳴が聞こえたが、今の武にはそんな事を気にしている余裕はなかった。

 

 「ハア……ハア……、夢、か…。何だったんだよさっきの夢は……」

 

 眠っている間に見ていた夢……、燃え上がる街で二頭の怪獣が戦う光景と、まるで予言のような謎の言葉……。何が何なのか武には全く分からない。

 だが、あの争いあう二頭の怪獣のうち一頭、それは間違いなく自分達の前に現れたあの亀に似た巨大な……。

 

 「……って此処どこ!?」

 

 と、自分があの牢獄ではない場所に居る事にようやく気がついた武はキョロキョロと周りを見渡した。

 周囲は真っ暗であり隣に座る純夏以外何も見えない。己が座っている床は先程の牢獄と同じくゴツゴツとして硬く、されど岩石や鉱物にはない不思議な温もりを感じる。

 己のすぐ傍で純夏が心配そうに自分を見ている。どうやら彼女には何の怪我もないようであり、武はほっと息を吐いた。

 

 「た、武ちゃん!!起きちゃって大丈夫なの!?さっきまでずっと寝込んでいたのに……」

 

 「ずっと寝込んでたって俺どれだけ寝てたんだ……、ま、いいか。ああ、全然大丈夫だ純夏!何故だか知らねえけどさっきまであった痛みも息苦しさもすっかり無くなってるんだ!!」

 

 元気そうな笑顔でそういう武の言葉に嘘はない。眠る前までは激痛が走っていた胸も、呼吸が出来なかった肺も今では何ともない。それだけではなくずっと牢獄に閉じ込められ、食料や水すらも与えられずに何日間も過ごしたにもかかわらず、そうとは感じられない程の力が体中に宿っている…。どうしてこうなったのかは分からないが、今の武の体中の傷は完治していたのだ。

 

 「そ、それより純夏、此処は何処だ?あの穴倉じゃあないみたいだけど……」

 

 「う、うん!武ちゃんと私を助けたカメさんが私達を運んでくれているの!で、此処はカメさんの掌の上で、真っ暗なのはカメさんが両手を重ねているからなんだよ!」

 

 「か、カメさんって……あいつの、事か……」

 

 かすかに聞こえるジェット音と僅かな振動に揺られながら、武は思い出した。

 突如監獄の壁を突き破って現れた巨大な亀の姿をした怪獣…。今まで見てきたBETAとは違う、何らかの知性や感情、そして雄大な生命力すらも感じさせる巨体を…。

 それと同時に脳裏に夢で見た映像が蘇ってくる。燃え上がる街、そこで対峙する巨大な亀のような怪獣と巨大な鳥の如き怪獣……。

 

 (あの怪獣は……こいつだったのか……)

 

 己の頭上を覆う黒い岩のような天井、純夏が言うのなら怪獣の掌を見上げながら武は思う。そのまま頭上をジッと見上げていると、ふと夢の中で聞いたあの予言の如き言葉が脳裏に浮かんでくる。

 

 「“最後の希望 ガメラ、時の揺り籠に託す。禍の影、ギャオスと共に目覚めん”……」

 

 「…え?武ちゃん、何それ?」

 

 何気なくつぶやいたその言葉に純夏が不思議そうな顔で反応してくる。こちらをジッと見ている純夏に武は恥ずかしそうに頬を掻きながら顔を背ける。

 

 「いや、さ……なんだか寝ている時にこいつによく似たでかい亀みたいな怪獣とでかい鳥みたいな怪獣が戦っている夢を見てさ、目が覚める寸前にこんな言葉が聞こえて、さ…」

 

 「ふ~ん…、ガメラ、ギャオスって何かの名前かな…?」

 

 「そうなんだろうけど分からねえよ。大体今まであんな夢なんて見たこともないし……ってうおおおおおお!?」

 

 「きゃああ!?ゆ、揺れてる!!じ、地震かな武ちゃん!!」

 

 「そ、そんなこと知るか!!とにかく何かに掴まれ純夏!!……ってコラ!!俺に抱きつくんじゃねえ!!」

 

 先程見た夢について語っていた武だったが、突然襲ってきた大きな揺れに二人の会話は中断された。その大きな揺れに怯えた純夏が武に抱きつき、武は恥ずかしさのあまり絶叫を上げた。幸いなことに揺れは一瞬であり、武と純夏は揺れが収まってからも不安そうに視線を巡らしていたが、やがて安どした様子でほっと溜息を吐いた。

 

 「……ハアア~!!な、何だったんだよあの揺れ……、ていうか純夏、もう揺れ収まったからいい加減離れろっての!」

 

 「むっ!ちょ、ちょっとひどいよ武ちゃん!私本当に怖かったんだから~!!」

 

 「全くお前って奴は肝が据わってるんだか憶病なんだかわからないというか……ん?」

 

 いい加減揺れも収まったために己にしがみ付いていた純夏を無理やり引きはがした武は、突然頭上を覆っていた巨大な掌がどかされている事に気付き、隣で何やら大声を上げる純かを無視してふと空を見上げた。

 それは満天の星空と、闇夜で煌々と輝く三日月であった。それは紛れもなく地上でなければ見れない夜空であり、武達が無事に地上へと戻ってきたという事実でもあった。

 武は弾かれるように視線をあちこちに巡らして、衝動的にかつて己の家があったであろう場所を探す。が、見えるのは何もない荒野か、あるいはBETAに踏みつぶされ、跡形もなく破壊された廃墟の街並みのみ。かつて己が過ごした家どころか、街すらも見分けることが出来ない。

 よしんば己の住んでいた家の場所が分かったとしても、もはやどうにもならない。己の家と街は、あの時己の両親と純夏の両親、それ以上にあの街に住んでいた多くの人々とともにBETAに踏みつぶされ、跡形も無くなってしまったのだから…。その事を思い出した武は顔を悲痛に歪めて唇を思いきり噛み締める。そんな武を、純夏は悲しげに見つめている。

 

 「…武ちゃん……」

 

 肩を震わせている幼馴染に、純夏は恐る恐る声をかける。彼女も同じくBETAの襲撃によって家族と家を失った。立場的にいえば武と同じといえよう。だが、それ以上に純夏は武の心の支えになりたかった。あの横浜でBETAから逃げ回っていた時、捕らえられて監獄に放り込まれていた時、武はずっと純夏の心の支えでいてくれた。だから今度は自分が、武を、大好きな幼馴染を支えてあげたい…。そう願ったのだ。

 純夏は武の肩に優しく手を置いた。すると武は一瞬ちらりと純夏の方へと視線を向けると、直ぐに腕で顔を拭うと純夏を元気付けるように笑顔で振り向いた。が、その目じりには涙が僅かに残っており、笑顔もまるで無理やり浮かべているかのようでぎこちない。

 

 「ったくなんて顔してんだよ純夏!俺はもう大丈夫、本当にもう大丈夫だからお前も元気出せっての!」

 

 「……うん」

 

 武の言葉に純夏は黙って頷いた。武もまた純夏に心配をかけたくない、己と同じ位悲惨な目にあった彼女を支えてやりたいと思っている。

 己も純夏もこうして運良く生き延びたものの、両親も家もない以上どうやって生きるかは分からない。とりあえず帝国陸軍基地か国連軍基地に助けを求めるくらいしかできないだろうが、果たして取り合ってくれるかどうか……。

 

 (……それでも、それでも純夏だけは守っていかなくちゃ、な……)

 

 だがたとえどのような状況であれ、どのような環境に落とされようとも、この妙なところで強がりで意地っ張りな泣き虫の幼馴染だけは守りぬいて見せる…、心の中で武は改めてそう誓う。

 それから暫く二人は黙ったままであった。怪獣が一歩一歩歩を進めるたびに重々しい地響きとともに僅かな振動が二人に伝わってくる。純夏もこの程度の振動ならば平気のようであり、武の傍で黙って座りながら、荒廃した横浜の街を眺めている。

 一体どれだけの人間が犠牲になったのだろう…。武は茫然とそう考える。

 何百何千もの人たちが死に、結果的に自分たち二人が生き残った、生き残ってしまった…。

 単に運が良かったのか、それともが運命というものなのかは知らないが、こうやって生き延びたのならば、俺は、俺が、やらなくちゃいけない事は……。

 

と、突然怪獣の歩みが停止する。武と純夏はハッとした面持ちで自分達を横浜ハイヴから救い出した巨獣を見上げる。怪獣は一度掌の武と純夏を見降ろして首を動かすと、ゆっくりと膝を折り曲げて掌を地面に下ろす。

 

「え!?お、お前何をして……お、おい純夏!あれ!!」

 

「ど、どうしたの武ちゃ……!!」

 

突然地面に下ろされた武と純夏が怪獣とは逆方向へと向いた瞬間、二人は驚きのあまり目を見開いた。

目の前に広がる戦闘車両と戦術機の集団、カラーリングから見て国連軍横浜暫定基地所属の軍のものだ。

何故目の前に国連軍が居るのか…。自分達の救助?否。横浜ハイヴ攻略のため?否。

…恐らく目の前の怪獣から基地を守るためなのだろう。あるいは、怪獣に手傷を負わせて撃退するか……。

武と純夏は弾かれるように体を屈める目の前の怪獣へと視線を向ける。怪獣は唸り声を上げながら首を動かして国連軍を指し示す。自分の手から下りて国連軍に保護してもらえ、とでも言っているかのように…。

武と純夏は暫く躊躇していたが、やがて二人とも互いに頷きあい、怪獣の掌から飛び降りた。

二人が掌から下りるのを見届けた怪獣はゆっくりと起き上がり、そのまま二人に背を向けて去っていこうとする。もはや用は済んだと言わんばかりに地響きを響かせながら二人から遠ざかっていく。

 

「ま、待って!!」

 

と、純夏が遠ざかっていく怪獣の背中に向かって叫んだ。足を止めた怪獣は体勢はそのままに首だけを純夏と武に向けて背中越しに二人に視線を送る。武と純夏は自分を見据える怪獣の視線を受けとめながら、精一杯の大声を張り上げる。

 

「あ、ありがとう!カメさん!!武ちゃんと私を助けてくれて、本当にありがとう!!」

 

「お前がいなかったら俺と純夏はあいつらに殺されていた…!!だから、ありがとう、……ガメラ!!」

 

 武は怪獣の名を、夢で『最後の希望』と語られていたその名前を叫ぶ。紛れもなく“彼”は己達を救った希望であったから、そして、“彼”こそが人類たちを照らしてくれる最後の希望になってくれると信じたから…。

純夏と武の叫びに怪獣は、ガメラは……。

 

『グルアアアアアアアアアオオオオオオオオオオンンンンン!!!!』

 

まるで二人の言葉に答えるように、天に向かって高らかに咆哮する。するとガメラの両腕、両足そして頭部が甲羅へと引き込まれ、甲羅に空いた穴から猛烈なまでのジェットが噴射される。

ジェット噴射によって浮きあがった巨大な甲羅は、空高くまで舞い上がるとまるで風車の如く高速で回転を始め、空の彼方へと飛び去って行った。

武と純夏は空へと去っていく怪獣の姿をただただ眺め続けていた。

 

またいつか会いたい、そんな思いを互いに抱きながら……。

 

 

 国連軍SIDE

 

 「まさか横浜ハイヴに生存者がいたとは……、いやそれだけならまだしもアンノウンが彼らを救出してくるとは、な……」

 

 「流石にハイヴ内にまだ生存者がいたという事についてはだれも予想してもいなかったでしょうね。かくいう私も、ですが…」

 

 アンノウンの掌に乗っていた少年と少女、彼らが横浜ハイヴ内にてBETAに捕獲されていた『捕虜』であり、横浜ハイヴに侵入したアンノウンによって救出された、という報告を受けたバウル・ラダビノッド司令と香月夕呼副司令は、片や何やら複雑な面持ちで、片や素晴らしいおもちゃを手に入れた子供のような満面の笑みを浮かべながら空へと飛び去っていくアンノウンをモニター越しに眺めている。

 

 「でもこれではっきりしましたわ。あのアンノウンは少なくとも人間と敵対する存在ではない、むしろハイヴ内に捕獲されていた生存者を救出するところから見て、人間に味方する存在である可能性が高いと思われますわ。そして、間違いなくBETAと敵対しているという事も……」

 

 「ふむ……、確かにこの光景を見せつけられたら博士の言う事も尤もだと思えてならんな…。とはいえならば何故アンノウンは我々人類の味方をするのか、そもそもアンノウンはどこから来たのか、いかなる生物なのか……等々と未だに謎が多いのだが…」

 

 「勿論、その謎についても解明したいと思っていますわ。そのためにも司令、硫黄島から“例の物”を至急お願いいたしますわね」

 

 「……む、承知した。帝国軍と一悶着あるだろうが……まあ善処しよう」

 

 にこやかな笑みを浮かべる夕呼にラダビノッド司令は軽く溜息を吐いて了承する。

 現在国連軍と日本帝国軍はあまり仲が良いとはいえない状況だ。そもそも国連自体が米国の隠れ蓑として利用されているのもあり、オルタネイティブ4の最高責任者として国連軍に所属する夕呼もまた、帝国軍および帝国斯衛軍からは“女狐”だのと陰口を叩かれており、あまり評判が良いとはいえない。

 そんな彼女が帝国軍所属である硫黄島駐屯地に勾玉と石板のスケッチ及び写真を研究のために渡してほしいと要請しても……素直に渡してくれるかは微妙なところだ。とはいえ今のところアンノウンに関係があると思われるものはそれしかないのであり、アンノウンの謎を解き明かすためにも勾玉と石板の写真を手に入れる必要があったのだ。

 司令には色々苦労をかけるだろうがこれもまた人類勝利の一環、頑張っていただくほかは無いだろう。

 

 「それにしても博士、アンノウンはこれから何処に向かうと考える?もし仮にBETAを殲滅するとするのなら……」

 

 「ええ、おそらくは佐渡島、その次は鉄原、ブラゴエスチェンスク、ウランバートル……そして最終目的地は……カシュガルでしょうね」

 

 「……オリジナルハイヴ、か……。だがいかにアンノウンといえどもあの物量に対抗できるのかどうか…」

 

 「それはまだ何とも…。ですがこちらからすれば帝国内のハイヴに帝国近辺のハイヴさえ片づいてくれれば上々ですが…」

 

 ラダビノッド司令の疑念は夕呼も理解できる。確かにアンノウンは単騎で横浜ハイヴ内のBETA殲滅に成功した。だが、ハイヴ内のBETAの量はフェイズが上がるごとに増大していく傾向にある。今回殲滅した横浜ハイヴのフェイズは1、あるいは1.5といったところ、佐渡島もまた同程度であろう。だが、現在大陸に存在するハイヴの殆どはフェイズ2を超えるものばかり、特に地球上初めて確認されたハイヴ、カシュガルオリジナルハイヴは既にフェイズ6にまで成長を遂げ、内部のBETAの数量は中、大型のみでも1000万越え、小型種ならば計測不能なレベルにまで増大していると予想されている。ならばたとえアンノウンといえども一筋縄ではいかないのだろうか…。いや、それ以前にアンノウンの出現を知った米国やソ連がいかな行動を起こすのか…。

 

 「……全くもって予想がつかん…。実に頭が痛いよ…」

 

 「あら、予想可能なことばかりでは面白くありませんわ?予測不可能な事態、しかもそれが私達にとって、人類にとってプラスになる事態でしたなら私は大歓迎でしてよ?」

 

 「そ、そうか……、まあ博士ならばそうなのだろうな……ハハハ……」

 

 こちらの不安を余所に実に愉快そうな笑顔を浮かべる夕呼に、流石に百戦錬磨のラダビノッド司令も引きつった笑顔を浮かべるしかなかった。実際形式上上司である自分でも一体彼女が何を考えているのかというのが時々分からなくなる。

 




 武の夢の中で出てきたガメラととある怪獣(ガメラファンならもう分かるか…)の戦いは、ガメラ本編開始前、古代アトランティス文明での戦いの記憶です。
 個人的に古代文明でのガメラの相手に昭和版の怪獣とかだしていきたいな~、とか考えていたり?…あくまで夢の中での話ですので本編に出るかは未定ですけど。

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