目を開けた瞬間、視界はぼやけ、全身は鉛のように重かった。
声にならない叫びが喉から漏れる。泣いている。
自分の意思ではない。体が勝手に反応している。
けれど頭の奥は妙に澄んでいて、俺は悟った。
(……俺は如月蓮。二十九歳、独身。ブラック企業に勤めて……机に突っ伏したまま死んだんだ)
そして今、俺は赤ん坊として抱かれている。
見知らぬ母の温もり、ぎこちない父の腕。
現実として受け入れるしかなかった。
(転生……? 馬鹿げてる。でも事実だ)
⸻
0歳の俺は完全に無力だった。
腹が減れば泣き、眠くても泣き、オムツが濡れても泣く。
前世で二十九年生きた自分が、今はただの赤子として抱かれている。
悔しさはあった。けれど、不思議と安らぎもあった。
ブラック企業に潰され、誰にも頼らず孤独に死んだ俺が、今は母に抱かれ、父に笑いかけられている。
(……もう一度やり直せるのか……? なら、今度は……)
そう思った瞬間、胸の奥にざわめきを感じた。
⸻
生後半年を過ぎたころからだ。
胸の奥に流れる「何か」に気づいた。
血液の流れとは違う。
熱くも冷たくもある、不思議な力。
(これは……呪力……?)
前世で読んだ漫画の知識がよぎる。
まさか、と思いながらも否定できない。
なぜならそれは日に日に強くなっていくからだ。
0歳の終わり。夜泣きで目を覚ました俺の視界に、それは現れた。
窓辺に張りつく黒い影。
人の形を歪めた塊。濁った目と口。
吐き気のするような悪臭。骨が軋むような声。
(……呪霊……!?)
ぞっとした。
もし本当にここが「呪術廻戦の世界」なら、あれは確実に呪霊だ。
俺は赤ん坊。親には見えない。抵抗できない。
(死ぬ……!)
そう思った瞬間、影がざわりと揺れた。
床からせり上がる黒。
牙をむき、赤い瞳を光らせた黒狼が現れた。
呪霊が一瞬怯む。
狼が咆哮を上げ、飛びかかった。
牙が食い込み、呪霊が悲鳴を上げる。
黒煙を撒き散らしながら霧散。
狼は俺の前に戻り、赤い目でじっと俺を見た。
(……式神……! これが俺の術式……!)
脳裏に言葉が流れ込む。
【一年ごとに呪力を蓄え、その分の強さを持つ式神を生成する】
(……蓄積の式神……!)
俺は震えた。
0歳の終わりに現れたのは、俺だけの相棒――黒狼だった。
その日を境に、俺は世界の真実を知った。
ここは呪術廻戦の世界。
俺には「蓄積の式神」という術式がある。
狼は影に潜み、俺を守る。
親には見えない。
俺だけが知る秘密。
(……俺は二度と無力では終わらない。この力を使って、生き抜いてやる)
母の子守唄を聞きながら、俺は心の奥でそう誓った。