呪術師は生きる   作:これは面白いのか

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第三話

二歳を迎えたその朝、俺は自分の足でリビングを横切った。

 父は拍手し、母は笑って抱き上げる。

 

「蓮、すごいね」

「今日はお祝いだな」

 

 俺は小さな声で「まま」と口にする。

 母は驚き、涙ぐんで抱きしめた。

 その背中の向こう、床の影から狼が静かに顔を覗かせる。

 

(今日だ。次の仲間が来る)

 

 胸の奥で呪力がうねり、皮膚の下を走る。

 

⸻

 

 夜。両親が眠りについたあと、部屋の影が盛り上がった。

 黒い翼が音もなく広がり、赤い双眸が暗闇を裂く。

 

(……鴉)

 

 新しい式神は一度羽ばたき、窓の桟に止まる。

 次の瞬間、俺の視界が二つに割れた。

 床に座る自分と、天井近くからの俯瞰。

 

(視界共有……!)

 

 頭が揺れ、吐き気に襲われる。

 だがしばらく耐えると、二つの視界が自然に重なり始めた。

 

 狼は低く唸り、鴉を一瞥する。

 鴉は首を傾げて鳴き声を漏らさず、ただ静かに見返した。

 

(地を駆ける狼。空を視る鴉。これで盤面は二重になった)

 

⸻

 

 昼間、俺は両親と公園に出かけた。

 ボールを転がされ、両手で受け止める。

 

「じょうず!」

「じょうず」

 

 母の笑顔に合わせて声を真似る。

 その裏で、俺はボールを胸で受けた瞬間に呪力を薄く流し、衝撃を殺していた。

 

(遊びを装って回路を使え。日常が訓練だ)

 

 父が肩車をしてくれる。

 視界が高くなるが、俺の本当の“高い視界”はすでに鴉が持っている。

 

⸻

 

 

 夜。鴉を呼び出し、部屋の中を飛ばせる。

 視界が酔うが、机や棚の位置を格子状に頭の中で番号を振って制御した。

 

(いち、に、さん……はい、戻れ)

 

 指先で机を叩くと、鴉は滑らかに戻ってくる。

 狼は床を回り、俺を守るように影を広げる。

 

 二重視界に慣れると、周囲の動きが手に取るように読める。

 その力を実戦に使う日が来るのは、そう遠くなかった。

 

⸻

 

 狼にはすでにパスを繋げて強化できる。

 だが鴉は軽すぎて、流れが強いと形が崩れる。

 

(細く、細く……糸一本ぶん)

 

 胸から極小の呪力を流し込む。

 羽毛が一瞬艶を増し、暗闇の輪郭が鮮明になった。

 

(これだ。強化は“視界の解像度”に効く)

 

 だが十秒も続ければ頭が痛む。

 そこで縛りを置く。(十秒以内で切る。次を使うまで三十秒休む)

 

 数字が俺を守る。

 

⸻

 

 ある晩、鴉の視界に三つの影が映った。

 電柱の根元に集まる4級呪霊の群れ。

 

「行くぞ」

 

 狼が右から回り込み、俺は角に身を寄せる。

 鴉にパスを繋ぎ、十秒間だけ索敵を強化する。

 

 一体目は動きが鈍い。

 狼が一撃で脚を砕き、喉を噛む。

 二体目が振り向いたところを、上から鴉の視線で“圧”を与える。狼がその隙に側面から抉る。

 三体目は逃げかけたが、俺が道を塞ぐように合図を出し、狼と鴉で追い込んだ。

 

 わずか数十秒で三体は霧散した。

 

(数はもう脅威じゃない。俺たちなら捌ける)

 

⸻

 

 秋。

 鴉が捕らえた影は、一歩濃く歪んでいた。

 弱い3級。人型に近く、影をまとって徘徊している。

 

(試すか……)

 

 狼を先に出さず、まず鴉に圧をかけさせる。

 呪霊が一瞬立ち止まったところで、狼を側面から走らせる。

 牙が首に食い込み、もがく前に押し倒した。

 

 抵抗はあったが、苦戦ではない。

 3級でも、今の俺たちには敵わない。

 

⸻

 

 母は新しい靴を買ってきた。赤い小さなスニーカー。

 父は結び方を教えるふりをする。

 俺は幼児らしく「ぎゅ」と真似をしながら、結びの感覚を頭に刻んだ。

 

「じょうずね」

「じょうず」

 

 俺は笑い、二人の顔を見上げる。

 その背後の影に狼が潜み、窓枠の上には鴉が止まっている。

 二人には見えない。

 けれど俺は知っている。

 この笑顔を守るために戦っているのだと。

 

⸻

 

 一年の間に俺は二重視界に慣れ、群れ狩りを覚えた。

 弱い3級でも怖くはない。

 狼は牙、鴉は目。俺は頭。

 

(次は三歳。三体目が加わる。俺の戦線は、さらに広がる)

 

 狼は影に沈み、鴉は静かに羽を伏せる。

 俺は布団の中で目を閉じ、胸に数字を刻んだ。

 

(十秒、三十秒。これを破るな。それが生き残る鍵だ)

 

 静かな暗闇に、二つの影が寄り添っていた。

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