二歳を迎えたその朝、俺は自分の足でリビングを横切った。
父は拍手し、母は笑って抱き上げる。
「蓮、すごいね」
「今日はお祝いだな」
俺は小さな声で「まま」と口にする。
母は驚き、涙ぐんで抱きしめた。
その背中の向こう、床の影から狼が静かに顔を覗かせる。
(今日だ。次の仲間が来る)
胸の奥で呪力がうねり、皮膚の下を走る。
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夜。両親が眠りについたあと、部屋の影が盛り上がった。
黒い翼が音もなく広がり、赤い双眸が暗闇を裂く。
(……鴉)
新しい式神は一度羽ばたき、窓の桟に止まる。
次の瞬間、俺の視界が二つに割れた。
床に座る自分と、天井近くからの俯瞰。
(視界共有……!)
頭が揺れ、吐き気に襲われる。
だがしばらく耐えると、二つの視界が自然に重なり始めた。
狼は低く唸り、鴉を一瞥する。
鴉は首を傾げて鳴き声を漏らさず、ただ静かに見返した。
(地を駆ける狼。空を視る鴉。これで盤面は二重になった)
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昼間、俺は両親と公園に出かけた。
ボールを転がされ、両手で受け止める。
「じょうず!」
「じょうず」
母の笑顔に合わせて声を真似る。
その裏で、俺はボールを胸で受けた瞬間に呪力を薄く流し、衝撃を殺していた。
(遊びを装って回路を使え。日常が訓練だ)
父が肩車をしてくれる。
視界が高くなるが、俺の本当の“高い視界”はすでに鴉が持っている。
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夜。鴉を呼び出し、部屋の中を飛ばせる。
視界が酔うが、机や棚の位置を格子状に頭の中で番号を振って制御した。
(いち、に、さん……はい、戻れ)
指先で机を叩くと、鴉は滑らかに戻ってくる。
狼は床を回り、俺を守るように影を広げる。
二重視界に慣れると、周囲の動きが手に取るように読める。
その力を実戦に使う日が来るのは、そう遠くなかった。
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狼にはすでにパスを繋げて強化できる。
だが鴉は軽すぎて、流れが強いと形が崩れる。
(細く、細く……糸一本ぶん)
胸から極小の呪力を流し込む。
羽毛が一瞬艶を増し、暗闇の輪郭が鮮明になった。
(これだ。強化は“視界の解像度”に効く)
だが十秒も続ければ頭が痛む。
そこで縛りを置く。(十秒以内で切る。次を使うまで三十秒休む)
数字が俺を守る。
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ある晩、鴉の視界に三つの影が映った。
電柱の根元に集まる4級呪霊の群れ。
「行くぞ」
狼が右から回り込み、俺は角に身を寄せる。
鴉にパスを繋ぎ、十秒間だけ索敵を強化する。
一体目は動きが鈍い。
狼が一撃で脚を砕き、喉を噛む。
二体目が振り向いたところを、上から鴉の視線で“圧”を与える。狼がその隙に側面から抉る。
三体目は逃げかけたが、俺が道を塞ぐように合図を出し、狼と鴉で追い込んだ。
わずか数十秒で三体は霧散した。
(数はもう脅威じゃない。俺たちなら捌ける)
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秋。
鴉が捕らえた影は、一歩濃く歪んでいた。
弱い3級。人型に近く、影をまとって徘徊している。
(試すか……)
狼を先に出さず、まず鴉に圧をかけさせる。
呪霊が一瞬立ち止まったところで、狼を側面から走らせる。
牙が首に食い込み、もがく前に押し倒した。
抵抗はあったが、苦戦ではない。
3級でも、今の俺たちには敵わない。
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母は新しい靴を買ってきた。赤い小さなスニーカー。
父は結び方を教えるふりをする。
俺は幼児らしく「ぎゅ」と真似をしながら、結びの感覚を頭に刻んだ。
「じょうずね」
「じょうず」
俺は笑い、二人の顔を見上げる。
その背後の影に狼が潜み、窓枠の上には鴉が止まっている。
二人には見えない。
けれど俺は知っている。
この笑顔を守るために戦っているのだと。
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一年の間に俺は二重視界に慣れ、群れ狩りを覚えた。
弱い3級でも怖くはない。
狼は牙、鴉は目。俺は頭。
(次は三歳。三体目が加わる。俺の戦線は、さらに広がる)
狼は影に沈み、鴉は静かに羽を伏せる。
俺は布団の中で目を閉じ、胸に数字を刻んだ。
(十秒、三十秒。これを破るな。それが生き残る鍵だ)
静かな暗闇に、二つの影が寄り添っていた。