呪術師は生きる   作:これは面白いのか

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第五話

その夜、影が静かに波打った。

 床の黒がふくらみ、形を取る。

 丸い体、紅い目、ぬめる皮膚。

 

(……蛙)

 

 黒い蛙が現れた。

 舌がぴたりと空気を切り、影がわずかに震えた。

 

(拘束型……四体目は、お前か)

 

 蛙の喉が低く鳴る。

 その声は静かで、しかし底の方で呪力が響いていた。

 

(明日、性能を確かめる)

 

 

 母が出かけた隙に、公園へ向かった。

 昼下がり、人影はない。

 影の中に手を入れ、念じる。

 

(出てこい)

 

 黒い蛙が地面から現れる。

 舌がゆっくりと伸び、風を切った。

 

(目標、ベンチの脚。十メートル)

 

 舌が伸びる。

 空気が鳴り、舌先がベンチの脚を絡め取る。

 吸着。

 ぐいと引くと、木の脚がひしゃげた。

 

(力もある。拘束力は上級呪霊にも通るかもしれない)

 

 蛙が喉を鳴らす。

(よし。これで連携の形ができた)

 

 

 夜、母が言った。

「パパ、今日は会社で残業みたい。最近あの辺、事故が多いのよね」

 

 その瞬間、胸の奥がざらついた。

 根拠はない。

 けれど、嫌な予感が離れない。

 

(鴉、見てこい)

 

 影が揺れ、鴉が飛び立つ。

 意識が切り替わり、上空の映像が流れ込む。

 

 街灯の光が途切れる暗い通り。

 油の匂い。

 古い工場群の向こうに、黒い影が立っていた。

 

(……あれか)

 

 人型。だが形が歪み、影と同化している。

 鴉が距離を詰めた瞬間、体が硬直した。

 圧が重い。

 息が詰まるほどの呪力の濃度。

 

(やっぱり……普通じゃない)

 

(行く。全員出ろ)

 

 

 影が広がる。

 狼が先頭、鴉が空を舞い、ゴリラと蛙が後方で構える。

 

(鴉は視界。蛙は拘束。ゴリラ、防御。狼、切り込み)

 

 工場街の風が止む。

 敵がゆっくりと顔を上げた。

 目が赤く光り、口が裂けた。

 

 次の瞬間、

 黒い影が足元から飛び出し、刃のように地面を裂いた。

 

(うわっ……速い!)

 

 狼がギリギリで避ける。

 その動きに反応し、敵がもう一歩踏み込んできた。

 

(先ほどの攻撃は術式…一級!)

 

 鴉の視界で、敵の動きが残像になる。

 それを見た瞬間、背中が粟立った。

 

 

 狼が滑り込む。

 牙を閃かせ、敵の腕を狙う。

 だが、腕が影に溶けた。

 

 そのまま背後から、同じ腕が生えてくる。

 黒い刃が狼の肩を裂いた。

 

 反転。

 影を媒介に腕を移動させている。

 

(攻撃位置を変えられる……!?)

 

(蛙、拘束!)

 

 舌が地を走り、敵の脚を捕らえる。

 吸着。

 動きを止める――

 

 が、敵の影が逆流し、舌が弾かれた。

 空気が爆ぜ、蛙が一歩後ろへ跳ぶ。

 

(拘束を“返された”……! 防御にも応用してる!?)

 

 敵が低く唸る。

 影が地を這い、次々と刃を生み出す。

 ゴリラが前に出て受け止める。

 呪力と衝撃がぶつかり、地面がひび割れた。

 

(押し負ける……! ゴリラ、右回避! 狼、側面!)

 

 狼が影の間を抜け、敵の背後を取る。

 牙が赤い光を反射した。

 

(今だ!)

 

 狼が飛びかかる。

 敵の首筋へ――

 

 だが、その瞬間、敵の影が背後から槍のように伸び、狼を貫いた。

 

 

 黒い光が走った。

 音が消え、鴉の視界が真っ白になる。

 

 狼の牙が敵の喉を噛み砕くのと同時に、黒い刃が狼の腹を貫いた。

 双方の体が崩れる。

 呪力の波が弾け、工場街が揺れた。

 

(狼っ!)

 

 影が薄れていく。

 敵の体も同時に崩壊し、霧となって消えた。

 

 残ったのは――

 地面に転がる、小さな黒い珠。

 淡く脈打ち、影の中でも光を放っている。

 

(……核?)

 

 念を飛ばす。

(ゴリラ、拾え)

 

 ゴリラが歩み寄り、珠を掴む。

 手のひらの上で、光がかすかに震えた。

 

 

 鴉の視界が切れ、部屋の中に戻る。

 空気が冷たい。

 三体の式神が影から現れる。

 ゴリラの掌には、黒く光る珠。

 

 俺はそれを受け取る。

 温かい。

 脈を打っている。

 

(蛙、触れてみろ)

 

 蛙が舌を伸ばし、珠に触れる。

 光が吸い込まれ、蛙の体が震えた。

 呪力が強くなるのが分かる。

 

(……狼の力が流れた)

 

 蛙が低く喉を鳴らした。

 その音が、狼の唸りに似ていた。

 

 

 布団の中。

 目を閉じる。

 三体の気配――鴉、ゴリラ、蛙。

 狼の場所は空いている。

 

(でも、消えてはいない)

 

 蛙の中に、確かに狼の“欠片”がいる。

 その喉の音が、どこか温かく聞こえた。

 

(次は、絶対に失わない)

 

 影が静かに揺れ、夜が深く沈んでいった。

 

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