私は、レゼ。
そして、ボムでもある。
また……何者でもない、とも言える。
国家に与えられた名前と力と技術を使い、国からの指令に従う戦士。
私にあるのは、ただそれだけ。
それを不幸だと、逆に誇りだとも思ったこともない。
だって仕方ない。ただ当たり前にそういう風に作り上げられて、ただ当たり前にそういう生き方をしているのだから。
ただ……
私に別の生き方があったのか、と考えたことなどないと言えば、嘘になる。
その思考が自分自身にとっては無駄であり、私は戦士として生きるしかないと理解した……
ただ、それだけだ。
私に、また国から指令が下された。
その内容は、とてもシンプルだった。
『日本にチェンソーの心臓の持ち主がいる。そいつから心臓を奪ってこい』
どうやらその心臓の持ち主は、私と似たような力を持っているらしい。
そのターゲットの名は、デンジ。
……そして彼は、2桁の年齢にも達しない子供でありながらデビルハンター業をしている、と。
「ああ、他の国でもこうなんだ」
その情報を聞いて私が思ったのは、それぐらいだった。
どういう経緯でその子がそうなったのかまでは教えて貰えなかったし、そもそも必要のない情報だけれど、ロクな背景じゃないことぐらいはその情報を聞いた誰にだって想像できることだ。
まぁ、だから何だという話。
私はいつも通りターゲットの行動パターン等を調べて、隙を狙って殺すだけ。
普段課される任務と何ら変わりない、ただそれだけのこと。
……私は日本に行き、その「いつも通り」を実行し始めた。
まず私が町をウロウロしても不審でないように、ある程度根付くための行動をする。
手頃な家賃の家に入り、人の良さそうなマスターのいる喫茶店のアルバイトとなり、働く。
マスターはすっかり私を店員として受け入れ、私もここで行動しやすくなった。
こうなってしまえば、話は早い。
後は標的について、調べていくだけ……
そう、それだけのはずだった。
ある日の、ことだった。
根付くための一環で作ったバイト先、カフェ「二道」への出勤が、その日もあった。
そしてその日は、天気予報が外れた。
降らないはずのタイミングで、雨が降ってきたのだ。
「……うわ!」
予定外に突然雨が降ってきて濡れると、私は少しだけぎょっとする。
別にこの程度なら大したことはないとは思うけれど、私の能力が能力だから。
「わー!」
私は軽い悲鳴をあげて、避難のために近くの電話ボックスの中に駆け込んだ。
中にはぼんやり子供がいるのが見えたけど、特段気にはしなかった。
「ひぃ…!」
にしても、すごい雨だ。
一瞬で髪が乱れてしまった。
私は前が見えるように髪を整えながら、その子に向かって話しかけた。
「わーどうもどうも……いやいや、すごい雨だね」
「あ〜……あぁ」
「天気予報は確か…」
……そこまで言いかけて、その子供の姿が目に映った。
どれだけ贔屓目に見ても、私よりも一回りは小さいぐらいに子供で、金髪で、どこか鋭い目つきで……
「……む………」
信じられなかった。
その子は、私のターゲットだった。
そんな、バカみたいなことがあるだろうか。
いくら何でも偶然が過ぎる。
なんだか私は、噴き出しそうになった。
「……あはっ」
だって、すごい。
たまたま私とその標的が雨に降られて、嫌になって逃げ込んだ場所が同じだった。
私の目の前にいるターゲットは、当然私のことなんて知らない。
想像さえ、しないはずだ。
私がソ連から遣わされたスパイだなんて、自分を殺しに来た殺し屋だなんて。
……幼い自分を、殺しに来たなんて。
「……はは、……」
私の、瞳に。
何も知らない、分かっていない顔で私を見上げる金髪の子供の姿が、ずっと映っている。
「………」
……その子の、疲れも無垢も感じさせる、独特な目つきは。
薄暗い部屋で実験を施される前の私達を、想起させた。
その瞬間……外では雨が勢いよくざぁざぁと降っているはずなのに、私の耳には何の音も聞こえなくなった。
……こんなチャンスに、何をしている。
標的が、不審がったぞ。
そうして私が気を取られたことに自分自身で気づいたのは、目の前のターゲットの表情が変わった時だった。
仕事を、続けなければ。
私は訓練で培った方法で、揺らいだ心を瞬時に冷やし、静かに凪がせた。
そして目の前のターゲットが疑問を抱いたり怖がらないよう、顔つきを自然体かつ微笑みに見えるように戻す。
あとは「家の鍵を閉め忘れたのを思い出した」とか、何でもいい。
それらしい言い訳で誤魔化せば、また……
「……うぅ、ぅっ……ぅぇ…!!」
「……え?」
突然、彼が喉あたりを押さえて苦しがりはじめた。
立て続けのことだったので、心配してハンカチを取り出す素振りすら見せられなかった。
そして、私が呆然とした次の瞬間には、彼の口の中から小さな花が出てきていた。
「タラーン!」
その上取り出し終わったその瞬間、彼は得意気な顔になって、私の方へとその花を差し出してきたのだ。
……なに、この状況。
子供って突飛なことをするとは言うけど、こんな時に手品?
……いや、無言のままじゃヘンに思うかもしれない。ここは……
ギリギリで自覚を取り戻した私は、再び演技で笑顔を作りながらその花を受け取った。
「……わっ、手品?お姉さんビックリしちゃった!これ、くれるの?」
私は、状況に合わせてとりあえず、「明るいお姉さん」というキャラクターを作り上げた。
そうやって私が取った態度に、彼は安心したと言わんばかりに表情が緩んだ。
「おっしゃ!成功だな」
「成功?手品のこと?」
私がそう聞くと、彼は大きく首を横に振った。
「ちげぇよ!いや、ちがくねぇけど!……さっきかなしい顔してたからさ、わらってくれたし、成功だなって」
……私は、頭を思い切り殴られたような衝撃を受けた。
その場の時が、一瞬止まるような気さえした。
「……悲しい、顔?」
…わたし
気遣われたの?
あの一瞬だけで?
こんな、子供に?
私は、キミを殺しに来たんだよ?
この子だって
似たような、境遇の、はずなのに…
……私はなんとか考えの巡りを押さえつけ、表面上はさっきと同じように明るくにこにこと笑って取り繕った。
「……え〜?そうかな〜…」
「うん。せっかくかわいいのに、ンな顔してちゃダイナシだぜ」
「お、年上相手に言うねぇ〜。モテちゃうよ?」
「お〜、そりゃねがったりかなったりだな」
「あはは!すっごい素直だ〜!」
……何なん、だろう。
「それにしても、参ったなあ…」
こうやって演技をしてないと、何かがこぼれそうになる。
「私、そんなつもり無かったのに」
この子のことは、知っていた、はずなのに。
「お花なんて貰っちゃった」
子供だから、似ているから、特別視してるの?
「あはは、可愛いお花……」
……分からない。
……何を、やっているんだろうか。
自分でも、分からなかった。
こんなモノ放り捨てて、今すぐにでも目の前の子供を殺すのが、私のやるべきことなのに。
……私は渡された花を、握りしめていた。
「……ありがとう…」
その、私の礼の言葉は。
溢れた、一雫だったような気がする。
「……ぉ、おう…」
きっとそんな私の胸中なんて知らないはずのその子が、生返事をした時だった。
まるで「長居しすぎだ」と不満でも言いたげに雨雲は急に散っていってしまい、空が晴れ間を覗かせた。
……しまった、機を逃した。
戦士としての私が、目を覚ました。
雨が引くということは、音が聞こえやすくなり、周りも見えやすくなるということ。
この電話ボックス内でこの子を殺すことは、状況的に少し難しくなってしまった。
……余計なことを考えるからだ、バカな私。
このせっかくの機会を、逃すなんて。
仕方ない。これ以上リスクは負えない。
狭い箱の中で、彼を殺すのは中止だ。
「……あ、止んだよ!」
私は彼よりも先にボックスのドアを開けて、そのまま外に出た。
そして中にいる小さな彼が外に出やすいように、ドアを押さえて声をかける。
「ほら、出ないの?」
「……あ、お、おう!」
呼ばれた彼は、バタバタと子供らしい足取りで、電話ボックスの中から外に飛び出した。
……ここで殺せなかった以上、この子と繋がりが切れると少し面倒だ。
なら、私は彼にとって「会いたくなる相手」にならなくては。そしてそうなれば、いつでも殺れる。
作戦、変更だ。
私はボックスの扉をゆっくり閉め、目を細め、「キミに興味津々なんだ」とでも言いたげな笑みを浮かべて、彼を見た。
「さっきはありがとう。……お姉さんね、この先の二道ってカフェでバイトしてるの。お花のお礼したいから、来てくれないかな?」
このタイプの子供なら、こんな言葉でもきっと食いついてくるはず。
「…え、マジ?……行きてぇ、かも」
…ほら、分かりやすい。「恥ずかしいから行かない素振りを見せる」みたいな意地張りや駆け引きすらしやしない。
大人でもある程度気を引けるぐらいには国に仕込まれてきた私が、年齢一桁の男の子を釣るぐらいわけはない。
「ホントに!?良かった〜!じゃあ迷わないように道案内してあげる、おいで!」
そしてすかさず「やっぱりやめよう」などという思考回路が彼に生まれないうちに、私はその子の小さな手を握り、引いて、小走りしてみせる。
「ぅおっ……ひ、引っぱんなくても行くって!」
彼は困惑しながらも、悪い気がしていないのが丸わかりの表情で、私に引っ張られてついてきていた。
これでとりあえず、新しい筋道ができそうだ。
あとはこの子供の気持ちを掴み切り、機を見て殺すだけ。
訓練で身につけられた思考と演技を使って。
…ちょっと手、強く引きすぎたかも。
ペース落として歩こうかな。
ああ、そういえば。
この花、どこに飾ろうか。
二道についたら考えよう。
……この時の私は、まだ。
戦士の思考回路が崩れつつあることに、そしてその理由に、まだ、気づいていなかった。