小さな電ノコ、シケる爆弾   作:ぱらそる

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支配の鎖に手を

 

 

「私は……爆弾の悪魔の力を使うことができる、ソ連から遣わされた暗殺者」

 

 

 

私がそう発言した瞬間、彼の顔がぐにゃりと歪んだ。

 

 

意味が分からない、というのが言外から伝わった。

 

 

 

「………その話、何からどうやって信じろって言うんだ」

 

 

 

私は、その言葉を聞いて、首を彼に突き出すように向けた。

 

 

 

「これ、分かる?チョーカーに、ピンがついてるように見えるでしょ」

 

 

 

そう言いながら、私はチョーカーだけを取り外した。

 

 

私の首に、ピンだけが残る。

彼の目には、首からピンが生えている異様な光景が映っているはずだ。

 

 

 

「でも、本当は違う。これは、デンジ君の胸についてる紐と同じモノ。私は国の実験で、こんな身体になった」

 

 

 

「……!」

 

 

 

彼の険しくなった顔つきは、私がふざけていたり、頭が変になってしまったという線が彼の中で消えたことの表れのように思えた。

 

 

 

「安心して。私の弱点は水に濡れること。こんなずぶ濡れの状態じゃ力は使えない。……使うつもりも、ないけどね」

 

 

 

その言葉を聞いた彼は、私の胸ぐらに掴みかかった。

 

 

 

「……お前、本当に暗殺者なのか」

 

 

 

「キミ、私がデンジ君と同じタイプの普通の人間じゃないことは信じたんでしょ?今更そっちを疑う理由、ある?」

 

 

 

「何がお前の目的だ……いや、暗殺者ってことは、デンジを殺すのが目的か……?」

 

 

 

「……それは違う」

 

 

 

……本当は、かつてはそうだった。

私は、デンジ君を殺しに来ていた。

 

 

でも、それをあえて言う必要もない。

彼をますます混乱させるだけだろうし、今更そんなことをする気はさらさらないから。

 

 

伝えるべきは、私の『今の』目的だ。

 

 

 

「私の目的は、キミに支配の悪魔のことを伝えること。暗殺は、普段の私の任務ってだけでこれとは関係ない」

 

 

 

「…さっき言ってたことか。何なんだ?支配の悪魔ってのは……何者で、それを俺に教えることでお前にどんな得がある」

 

 

 

 

……来た。

これこそ、本題だ。

 

 

これから私が言うことを1㎜すら信じてもらえないなら、私が今やっていることは全て無駄になる。

 

 

 

「……支配の悪魔は……」

 

 

 

「キミが務めてる公安に所属してる。人間のフリをして」

 

 

 

「……は?」

 

 

 

「名前も知ってる。そいつの名前は……マキマ」

 

 

 

 

「……マキマ、さん……?」

 

 

 

 

彼は呆然とした顔つきをしていたが、次第にその顔が険しくなり、青筋が立つ。

 

 

 

多分彼は、「ふざけたことを言うな」とか、そんな風に怒鳴ろうとしたんだと思う。

 

 

 

「……っ!」

 

 

 

私は咄嗟に、その口を手で塞いだ。

 

 

 

「…!!」

 

 

 

彼は私の手を思い切り掴んで、口から離そうとした。

 

 

 

私はそれを、力で抑え込んだ。

万が一怒鳴られて、台風が作っている雨音のガードを突き破られたら困る。

 

 

 

「……盗聴されてるって言ったでしょ。声を荒らげたら、いくら豪雨でも雨音に勝って聞こえるかもしれない。台風がこの雨で動物の居場所を奪ってるけど、それも完璧とは言い切れない」

 

 

 

「ゆっくり手を離すから、落ち着いて喋って」

 

 

 

……彼は頷きもせず、腕を引き剥がそうとしながら私を睨みつけていた。

 

 

 

私は勢いよく剥がされないように抵抗しながら、ゆっくりと口から手を離しつつ会話を続ける。

 

 

 

「支配の悪魔は、デンジ君のチェンソーを利用しようとしてる。どういう形でかまでは分からないけど、それは断言できる」

 

 

 

「だから私は、利用される前に支配の悪魔からデンジ君を救いたい」

 

 

 

「その為には……デンジ君を守ろうとしている、キミに託すしか無い。私にはもう、何の後ろ盾も無いから。……だからここまでして、キミに真実を教えた」

 

 

 

「……ふざけるな、納得できるか……!」

 

 

 

彼は、私の言うことを当然信じていない。

 

 

 

……それでも、万が一を考えてなのか。

 

それとも、私の言っていることに頭が追いついていないのか。

 

 

彼は、何とか声を荒げずにいた。

 

 

 

「お前がデンジと似た能力を持った人間で、暗殺者というところまでは信じたとする…」

 

 

 

「マキマさんが支配の悪魔だと?冗談も休み休み言え…!何が本当の目的だ、そうやって混乱させて、俺に何かさせたいのか……?」

 

 

 

……もっともなことを言う。

 

 

やはり支配されている人間を説得するには、ボロが出るかもしれないところを突くしかなさそうだ。

 

 

 

「……じゃあ、1つ聞いてもいい?」

 

 

 

「キミは……支配の悪魔をそこまで慕う理由、きちんと言える?」

 

 

 

「マキマさんをそう呼ぶな。……それに、お前に教える義理はない」

 

 

 

「教えなくていい。自分の中で言語化してみて」

 

 

 

彼は、私の言葉に従ってそれを考え始めた。

……いや、どちらかといえば、私を否定するためかもしれない。

 

 

 

「……そんなこと、する必要もない。マキマさんには命を救われた。それだけで、マキマさんは尊敬に値する人だ」

 

 

 

「じゃあ、その具体的な場面は?どんな時に、どう助けられたのかはすぐにでも思い浮かぶはず。助けられる前の状況、助けられた時に思ったこと、周りの光景…」

 

 

 

「そんな確固たる記憶が、キミの中にある?」

 

 

 

彼の顔は……いや、私の顔もだけれど、降り続く雨でずぶ濡れになっている。

 

 

 

「……?………っ…な、……っ………」

 

……それでも。

それを聞いた彼の汗をかいていそうなほどの動揺は、よく読み取れた。

 

 

 

「……ふ……ふざけるな、お前、は、お前は俺を騙そうと……」

 

 

 

……どうやら、穴をつけたようだ。

彼の人間らしい部分が残る程度の支配なら、そういうことがあってもおかしくないとは思ったけど。

 

 

 

「信じなくていい。そうやって疑い続けて。私のことも、マキマに命を救われた記憶も」

 

 

 

私があくまで冷静に言うと、彼は更なる動揺で歪みに歪んだ顔で、こちらに問いを投げてくる。

 

 

 

「……それだけ、じゃない。お前の目的についても納得できない。デンジを救う?暗殺者のお前がそんなことをする義理がどこにある」

 

 

 

……それも、もっともだ。

 

 

救う義理、か。

私にとっては、そういう話じゃないけど……これを口に出して真実味があるだろうか。

 

 

 

……いや、取り繕うような言葉も思い浮かばないし、その必要もない。

 

 

 

私の……

 

 

 

「……私は」

 

 

 

「ソ連の道具として、これまでずっと生きてきた。別にそれを何と思ったこともない」

 

 

「でも」

 

 

 

「色んな場所で、デンジ君と遊んだ時間」

 

 

 

「それが……」

 

 

 

「私の全てを、こうやって賭けてもいいって思えるぐらいのモノだった」

 

 

 

……偽りのない、本心。

 

 

 

「デンジ君には……」

 

 

 

「ずっと、今日みたいに笑ってて欲しい」

 

 

 

「それだけだよ」

 

 

 

……彼は、その言葉を聞いて更に歯を食いしばる。

 

 

私の言うことを嘘だと思っている……それなのに、それを否定しきれないでいる、そんな顔だ。

 

 

 

「そんな、そんな嘘臭いこと、信じろって言うのか……!」

 

 

 

「だから、信じなくてもいいって言ってるでしょ。今はね。……とにかく疑い続けて、考え続けて。これが嘘か本当か、キミが割り切れるようになるまで」

 

 

 

……彼は、その表情のまま黙り込んでいた。

情報の整理ができていないのと、私の言葉について考え続けているのだろう。

 

 

 

彼のその表情。

私の言うことを完全に嘘だと思っているなら、そんな顔にはならない。

 

 

 

私に疑えと言われて、マキマについて疑いを持ち始めている。

 

 

 

勿論、私の言っていることは到底受け入れられないはず。

信じられなくて当然の話だし。

 

 

 

だからこそ、苦しそうな顔をしてるんじゃないだろうか。

その信じられない方の本当の可能性を、捨てきれないでいるから。

 

 

 

『デンジには一度、もっと普通の生活をして欲しい』

 

 

 

尊敬する上司が、自分が守りたいと思っている子供をも利用しようとしている恐ろしい悪魔であるという可能性を。

 

 

 

どうやら、疑念の種は植え付けることができたみたいだ。

本心と事実をぶつけただけの割には、上出来なんじゃないかな。

 

 

 

私が伝えられることは、もう無い。

己の心も、情報も。

伝えるべきことは、すべて伝えた。

 

 

 

「……」

 

 

 

悔いはない、なんて格好のつくこと思っちゃない。

 

 

本当は他の道もあったんじゃないか、これで良かったのか、もっと私に力があれば……

 

 

こんなことぐらいじゃ、デンジ君の状況は改善できないかもしれない。

 

 

 

でも……

今、やれるだけのことは、やったはずだ。

 

 

 

「私に伝えれることは、もう何も無い。あとはキミに任せるよ」

 

 

 

「突然、何を……逃げるつもりなのか?お前がいくら強くても、この距離で俺から逃げれるとでも……?」

 

 

 

声こそ荒げないものの、その彼の語調からは、怒気と困惑が読み取れる。

 

 

 

「逃げるって、マキマには全部聞かれてるのに?……私はマキマに気づくまで、かなりの行動を晒してしまった。いくらこの雨に紛れても、上手く逃げるのは厳しいよ」

 

 

 

「……『上手く逃げた』と思わせることは、できてもね」

 

 

 

……そうだ。

 

私に、マキマから逃げる道はない。ほとんどの動向を聞かれているから。誤魔化せるのも、今しばらくだけだ。

 

マキマと戦う道もない。それなりの実力を持ってる自負はあるけど、正面切って勝てる相手じゃない。

 

……私が、選べるのは、これだけだ。

 

 

 

「……アキさん」

 

 

 

「今日、家に招いてくれてありがとう。本当に楽しかったし、ご飯も美味しかった」

 

 

 

…ストレートな感謝を伝えたかっただけなのに、デンジ君みたいなこと言っちゃったな。

 

 

 

私は思わず、少しだけ笑ってしまった。

 

 

 

『台風……もう一つ命令』

 

 

 

……さようなら、デンジ君。

 

 

 

『キミが降らせる雨の中、私が死んだのを確認したら、その死体の処理もして。利用されないようにね』

 

 

 

どうか全てが上手くいって、幸せになってくれますように。

 

 

 

『支配の悪魔にも見つけられないような、遠い海の底にでも沈めるのが理想的』

 

 

 

私がいなくなってからも。

 

 

 

『とにかく、そうなった時は処理をして。…分かったら、消えて』

 

 

 

……でも、少しぐらいは、寂しがって欲しいな。

 

 

 

「何を、言って……!!」

 

 

 

彼が、驚いたような顔をした。

 

 

……私は、取り出したナイフを。

 

 

自分の頸動脈に押し当て───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!!!」

 

 

 

──私の、ナイフは。

自分の首には届かなかった。

 

 

彼が、思い切り私の腕を掴んでいたから。

 

 

「……っなっ……」

 

 

 

私は、驚きの声を漏らしてしまった。

何で、止めるのが間に合って……

 

 

いや、そこじゃない。

何で、私が死ぬのを止めたんだ。

 

 

 

 

「……何、してるの。離して」

 

 

 

「離すか……!!」

 

 

 

彼は、歯軋りするぐらい力を込めて、私の自殺を防いでいた。

 

 

 

 

「俺は、お前のことをまだ信じてない……!!」

 

 

 

「お前は俺を揺さぶり、マキマさんへの信用を無くさせ、何かさせようとしている……お前をここで死なせれば、よく分からないままその目論見が成功することになる……!」

 

 

 

……どう見ても、彼、冷静じゃない。

 

 

 

不味い。ここで死ねないと、台風に死体を消してもらえない。

 

 

 

そしてもし、マキマが私を探すようなことがあったら。

そうなった時、私が見つかる場所にいたら終わりだ。

 

 

 

支配されて、全て吐かされる。

 

 

 

「……お願い、今は信じなくてもいい、けど手を離して。ここで私が死ななきゃ、台風に死体を消してもらえない。この雨に紛れて上手く逃げたと、あの魔女には思わせたいの」

 

 

 

「もしマキマに捕まったら、どうなるかわからない。勝てるわけないし、見つかる場所で自害したところで、復活させられて支配されるだけ」

 

 

 

「そうなったら、きっと私はキミにこれを喋ったことを喋ってしまう。それじゃ意味がない」

 

 

 

語調こそ荒らげなかったけど、必死だった。

 

 

私はとにかく手を離してほしくて、懇願した。

 

 

 

……彼は。

 

 

 

私を握り止めているその手の力を、更に強くした。

 

 

 

「……有り得ないが、もしもだ」

 

 

「お前の言ってることが本当だとしたら」

 

 

「この状況でお前が消えるのは、不自然だろ」

 

 

 

「……え…?」

 

 

 

……彼の口から、初めて私の予想から外れたセリフが飛び出た。

 

 

私は、思わず疑問符を口に出してしまった。

 

 

 

「普通の人間のフリをして俺を連れ出して、豪雨の雨音で盗聴とやらも誤魔化して、足を挫くマネまでして時間を稼いで……そこまでしてやることが、逃げるだけ……」

 

 

「割に合わない。逃げるだけなら……この雨を降らせてるのは、台風の悪魔だったか。そいつを使って足取りを消すだけで充分だ。揺さぶりかけられてる俺でもこう思ったんだ、マキマさんはそれほど甘くないぞ」

 

 

 

……その言葉で、ハッとさせられた。

 

 

私の力が少し緩み、腕を掴む力の強さがより伝わってくる。

 

 

 

「お前が死んで、その死体を消すという工作は無駄だ。捕まれば吐かされるという話だったが……もし全て聞かれているなら、お前が上手く消えたところで問い詰められる相手が俺に変わるだけだと思わないか」

 

 

「足を挫いて、雨の中連れられておめおめ戻ってきた人間を演じる方がまだ可能性がある。……お前なら、それぐらいは出来るだろ」

 

 

「普通の怪我人のフリをして、俺と一緒に戻れ。お前がどういう人間にしろ、このままいなくならせるわけにいかない」

 

 

 

物凄く、皮肉な言い方だった。

私を信じて言っているわけじゃなく、むしろ「少しでも信用してもらいたいなら従え」と遠回しに言われているような感じだ。

 

 

 

でも、彼の言う通りかもしれない。

 

 

私が死んだせいで彼が問い詰められたら、そこまでする意味がない。

 

 

 

……それなら、どうする。

 

 

いつ、私は消えるべき?

……だめだ、すぐに思い浮かばない。

 

 

この賭けだって時間がない中で急拵えしたモノだ、そこまで頭が回らなかった。

 

 

人を欺くための演技は教えられていても、権謀術数する術は教えられていない。

 

 

 

「私は…どうすればいい?」

 

 

 

「さっき言っただろ、普通のフリをしてろ。お前が嘘をついてる確信ができれば 、お前をマキマさんに突き出す。逃げ出そうとしたり何か行動を起こせば、その時点でそうする。それまでは、お前の戯言に付き合ってやる」

 

 

 

「……もし、私が言ったことが真実だと、そっちにキミの天秤が傾いたら?」

 

 

 

「その時は……その時はその時で考える。とにかくお前に決定権は無い。宛が外れたなら今すぐ暴れるなり何なり好きにしろ、その方が俺も楽だ」

 

 

 

「別に、決定権なんかいらない。キミが私より良い解決方を思いつくなら、喜んでそれに従うよ」

 

 

 

「……言ってろ。どうせ明日には、お前をマキマさんに引き渡すことになる」

 

 

 

……彼は、私を冷たく突き放している。

 

 

だけどその態度は、私を言葉を信じる可能性のある裏返しだ。

 

 

だって、そうじゃないならこんなことわざわざ言わず、すぐに私をマキマへ突き出せばいい。

 

 

 

……けど、それだけでは喜べない。

 

 

 

彼の心がマキマ側に傾けば終わりだし、そもそもこの状況をあの魔女が怪しみ、危機として対処しようとしたらそれはそれで終わりだ。

 

 

支配の悪魔が私のことをどれだけ下に見ているか、また私のやっている演技がどこまで見抜かれていないか、それで変わってくる。

 

 

 

相変わらず綱渡りで、しかもその綱渡りに、希望を託すはずの人間が参加してしまった。

 

 

……不安がっても仕方ない。

 

 

とにかく、私の想定と全く違う形になってしまった。

私は結局生き延び、彼の家にもう一度上がるのだから。

 

 

 

……雨の中、私は彼の肩を借りて立ち上がる。

本当はそんなことしなくても歩けるけど、足を挫いたならその方が自然だから。

 

 

彼の顔をちらりと見ると、口を固く結び、黙り込んでいた。

 

 

複雑な感情を何とか抑え込もうとしているのが、傍目からでも良く分かる。

 

 

 

私達が移動すると、雨が少し引き始めた。

 

 

 

私は、念の為顔つきを作り直し、痛がる素振りを再開した。

 

 

 

「ったぁー……いやぁ、ごめんなさい……」

 

 

 

「……構いません」

 

 

 

言い方や声の調子こそ同じようなものだったが、彼の私を見る目つきはすっかり変わっていた。

 

 

穏やかな表情はすっかり消え、疑念から私を睨みつけていた。

 

 

……それでもこうして演技に協力してくれている内は大丈夫と、そう信じる他ない。

 

 

 

彼は、家まで戻ると私をリビングを経由して違う部屋のベッドまで運び、そこに座らせた。

 

 

 

「タオルを持って来ます。まずそれで体を拭いてください。風呂に入ってくださいと言いたいところですが、温めたら足がマズイかもしれないので」

 

 

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 

私は一言、申し訳なさそうにお礼を言うと、彼は言った通り大きめのタオルと、綺麗な服を持ってきた。

 

 

 

「これも使ってください。着替え終わったら応急処置をしますから、声をかけてください」

 

 

 

彼はそう言うと、私に持ってきたもの一式を渡して、ドアを閉めた。

 

 

 

……ドアを閉めるなんて、疑ってる割には随分甘いな。

 

 

それとも、私が何かすれば分かる確信でもあるんだろうか。

 

 

でも、ここに戻ってきた以上は普通を演じること以外するつもりはない。

 

 

 

私は服を脱ぎ、体を拭き、貰った上下の服を着た。

 

 

ズボンが少し大きめだったのは、足を怪我したことに対する配慮だろうか。

 

 

 

……一応、疑ってはいても演技にはかなり付き合ってくれるつもりらしい。

 

 

 

そんなことを考えながら、私は着替えを終えた。

 

 

 

「すみませーん、着替え終わりました…!」

 

 

 

私が言うと、ドアが開かれた。

 

彼は、救急箱を持って中に入ってきた。

 

 

 

「処置します。足をこっちに」

 

 

 

彼の言う通りにすると、そのまま私の足に手際よくテープが巻かれていく。

 

 

すぐにそれが終わり、私の足は固定される形となった。

 

 

 

「そのまま安静にしててください。俺はリビングの方にいますから、何かあれば呼んでください。声が聞こえやすいように、ドアは開けっ放しにしておきます。夜が明けたら、念の為病院に行きましょう」

 

 

 

「何から何まで……ほんとごめんなさい、ご迷惑かけちゃって……」

 

 

 

「……気に、しないで下さい。大丈夫ですから」

 

 

 

普通の声色だったが、やはり表情が険しい。

 

 

私の謝る態度を白々しいと思っているのだろうか。

 

 

……こんなことさせて申し訳ない気持ち自体は、本当にあるんだけどな。

 

 

彼はそのまま、部屋から出てリビングへと出てしまった。

 

 

ドアを開けているおかげで、私がいる部屋からその姿が見える。

 

 

何か黙々と作業したり、それが終わると座って本を読んだり。

 

 

……いや、実際には、何とかそうやって誤魔化しているだけで、全く集中できていないのが傍目からでも分かる。

 

 

顔からは汗が噴き出るように出ていて、眉間には常に皺が寄っている。

たまに私の方を睨みつけるように見ては、考え込むのを繰り返している。

 

 

 

私が言ったことについて考え続けているんだろうというのが、言われなくても伝わる。

 

 

 

それを声や動きには出してないから、あの魔女に聞かれている分には、多分「私を気遣って起きているだけ」に思われている……はず。

 

 

 

私が話しかけたら、彼のせっかくの堪えが爆発してしまいそうな気がする。

 

 

余計なことはしないでおこう。

 

 

……となると、今の私の最適解って、なんだろうか。

 

 

マキマは、まだ私のことを支配しに来ていない。

 

 

アキさんも言っていたけど、あの雨の中で足を挫き、あの場に留まっていた数分間を怪しいと思わないほど、あの魔女が馬鹿だとは思えない。

 

 

疑っていてあえて泳がせているのか、人の目があったりして直接来るようなことができないのか。

 

 

それとも、まだ演技を続けているおかげで、本当に混乱させることができているのか?

 

 

 

……何にしても、やっぱり今までと変わらず普通に過ごしているように見せるしかない。

 

 

そうなると、今ここで安静にしていて、ずっと起きているのは不自然かもしれない。

 

 

 

とりあえず、横になって、目も一応瞑っておこう。

 

 

 

そして息も、眠っている時のようにする為に小さく一定のリズムを作る。

 

 

 

私はどんな劣悪な環境下でも体力を回復するため眠れるよう、訓練されている。

 

 

……でも、流石に今日は眠りたくない。

 

 

色んなことがありすぎて、とてもじゃないけど……

 

 

こうやって、寝ているふりをするのがせいぜいだった。

 

 

 

 

……そこから時間が経つのは、それなりに遅かった。

 

 

 

何も起きず、あったとしても彼のいるリビングの方から彼が何かしている小さな物音が聞こえるぐらい。

 

 

考えても仕方ないことばかり頭に浮かんで、それを表に出さないように寝たフリを続けて。

 

 

 

 

 

 

……時間を、長く潰して。

 

 

 

やっと、朝が来たような雰囲気を感じ取った。

 

 

目を開けると、同じ天井が目に映った。

 

 

 

ゆっくり体を起こすと、私のその感覚は当たっていて、夜が明けていた。

 

 

 

ずっと起きていたから分かりきっていたことだが、それは特に異変が起きなかったことの表れだ。

 

 

 

見渡してみても特別変わった様子はなく、足もだいぶ気にならない状態になっている。

 

 

 

開けっ放しになっているドアから、彼の姿が見えた。

 

 

 

……彼の顔は、私達がここに戻ってきた時より落ち着いている様子だった。

 

 

 

そして、私が起きたことに気付いたのか、彼は私のいる部屋へと入ってきた。

 

 

 

「おはようございます。……足の具合はどうですか」

 

 

 

「あ、えーと……おはようございます、だいぶよくなりました!いやぁすみません、部屋まで貸してもらった上に眠っちゃって……」

 

 

 

「……レゼさんはお客さんですから、気にしないでください」

 

 

彼はそう言いながら、こちらに手を向けて、差し出してきた。

 

 

 

『お前が言ったことを一晩中考えていた』

 

 

 

……その手に、メモが握られていた。

 

私は、驚きを声に出さないよう、平静を装った。

 

 

 

「そうですか?……それでもご迷惑はおかけしちゃったなぁって思いますし、またお詫びさせてください!」

 

 

 

「いいですよ、気にしてませんから」

 

 

『まだ お前のことは信じられない』

 

 

 

彼は、私と会話を続けながら、そのメモのページをめくっていく。

 

 

 

私も、それに反応しないように普通の会話を続けた。

 

 

 

「えぇー、私が気にしちゃいますよ!あ、じゃあ奢るので、足が治ったらうちのカフェに来てください!一番高いコーヒー、マスターにお出ししてもらいます!」

 

 

 

「コーヒー、ですか……それなら、お言葉に甘えて、また行ける日に立ち寄ります」

 

 

『だが 俺が救われた記憶についてどれだけ考えてもぼんやりとしたものしか出てこなかった 一晩中考えてもだ』

 

 

 

「とりあえず、もう少し安静にしててください」

 

 

『マキマさんも完璧には信用できなくなってしまった』

 

 

 

「もう少ししたら早めに開く病院があるので、そこで診てもらいましょう」

 

 

『病院へ行ったあとは お前を自由にする』

『だが 監視の目をお前にもマキマさんにも分からないよう上手くつける』

 

 

 

「勿論、俺が送ります」

 

 

『少しでも勝手な行動をしたら やはり敵だったと見なす』

 

 

 

「それで大丈夫ですか?」

 

 

『分かったら頷け』

 

 

 

……私は、頷いた。

私の説得は、充分過ぎるぐらいに効果があったみたいだ。

 

 

私のことをまだ信用してはいないみたいだが、同時にマキマへの信用を失わせることができたのだから。

 

 

 

「はい!ありがとうございます!」

 

 

 

ただ、あまりにも先が見えない。

 

 

 

これからどうなってしまうんだろうか。

もはや、自分ではコントロールできる状況じゃなくなってきている気がする。

 

 

 

私はどうしようもない不安を、笑顔で塗りたくって隠していた。

 

 

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