遅い更新となってしまいました。
今回オマケだけではなくメインの話が三人称視点になってますので、ご容赦ください。
あとがきのオマケ以外はずっとレゼ視点で書いていくつもりでしたが、どうしても描写し切れない所があると判断し、こうなりました。
今後も基本的にはレゼ視点で進める予定ですが、このような回も挟まることがあると思います。
レゼが家にやって来た日は、早川アキにとって悪くない日のはずだった。
彼女は明るい普通の少女に見え、持っていた疑念も出会ってほとんどすぐに解けた。
レゼとデンジ、そしてパワーが楽しそうに遊んでいるのを眺めていた。
たまに、その輪に入れられたりもしたが。
そして、彼女と二人で話す機会が来た。
彼女はデンジのことを心配していると言い、更に信用が深まった。
そのことで、彼女はこれからもデンジの良い遊び相手になってくれる人だと、アキはそう思った。
……そう思ったその時までは、いい日だった。
その後、彼女に連れ出され、豪雨の中衝撃の告白をされるまでは。
自分の尊敬する上司……マキマが、支配の悪魔と言われるまでは。
当然、彼は激昂した。
そんなわけ無い、暗殺者と自白した女の戯言が信じられるかと。
……だが、その否定材料を思い起こそうとすればするほど、アキの中でマキマへの疑念が湧き出てくる。
その、何よりも大事なはずの命を助けられた記憶が……
マキマをこれほど想う理由が、はっきりと思い浮かばないのだ。
でもそれは、すっかり怪しい存在へと変化したレゼという女にとって、思い通りのはず。
彼女は自死してまで、それを信じさせようとしたのだから。
……早川アキは、苦しんだ。
少なくとも、どちらかの人間には、確実に騙されている。
自分が心から尊敬する上司か、面倒を見ていた子供を任せてもいいと思った人間の、どちらかには。
『私が早川君を一番に信用してるからだよ』
『私が言うのもヘンな話だけど、これからも面倒、見てあげてください』
これまで過ごしてきた、積み重ねた年数を思うと後者の方が断然怪しい。
突如現れた少女が自分の家で楽しそうに過ごし、デンジのことを気にかけているのが分かったと思ったら突然の暴露。冷静に考えれば怪しさしかない。
なのに、それをデタラメだと割り切れない。
今すぐ、狂ったように叫び出したい気分だった。
だが、レゼが言った『支配の悪魔は小動物の耳を借り盗聴する』という言葉のせいで、それも出来ない。
ソ連からやってきた暗殺者のことなど信用していないはずなのに、否定する行動が出来ないのだ。
それがますます、彼の心を歪ませる。
どうすれば、何を信じれば良い。
せめて、相談できる相手がいれば……
その時、彼の頭に、いくつかの顔が浮かぶ。
かつてバディだった、先輩の顔。
……いや、もう彼女はいない。
退魔2課の、先輩の顔。
……違う課の人間を、巻き込むわけにもいくまい。
そして、もう一人、顔が浮かんだ。
その顔の主は……岸辺という男だった。
彼は特異4課の隊長であり、早川アキの知る限り一番の古株。
そして、かつてその指導を受けたこともある。
言動におかしなところが無いこともないが、基本的には信頼できる相手である。
……アキは、考え始めた。
もし自分が突然やって来た女に騙されているだけなら、きっと彼はあの気怠げな、感情がほとんど抜けたかのような喋り方で一喝してくれる。
あまり一喝というタイプの人間では無いが、何となくそう信頼できる。
……そしてもし、あの女が話した荒唐無稽な話が本当なら。
それを相談できるのは、古株で情報通の彼にだけかもしれない。
だが、もしこの当てが外れていたら、不味いことになる可能性もある。
伝える時は、あえて分かりにくくぼかして伝えなければならない。
もしレゼが言っていたことが本当で、彼がそのことを知っているなら、その分かりにくいメッセージでも伝わるはず。
早川アキは心を決め、準備を始めた。
仕事の準備と、とりあえずベッドに寝かせているレゼを、夜が明けたら病院に連れて行く準備を。
彼はまだデンジとパワーが寝ている早めの時間に出て、彼女を一番早く開く病院に連れて行った。
診てもらった所、レゼの捻挫の症状は軽かったらしく、一応半日ほど病院で様子を見てから退院、固定しながらではあるが普通に過ごして良いとのことらしい。
彼女にバイト先であるカフェの店長へ電話をさせてやり、指定の病室まで見送った後。
彼は、病院内で働く知り合いにメモを渡した。
職業柄どうしても自分も仲間も怪我が多くなる仕事だ、自然とそのような知り合いもできる。
『その女が退院するまで目を離さないで欲しい 何かあれば連絡をくれ 大人しくしていれば何もしなくて良い』
『このことは絶対に口外しないでくれ』
その知り合いは、アキがどういう人間かある程度分かっている。
それが冗談ではなく、そして口頭でなくメモを渡されたことで、周囲に喋るのはもちろん態度にも出してはいけないと察した。
アキは、こうして保険を作った上で、いつも通り仕事へ向かった。
彼の今日の仕事は、書類仕事だった。
勤務態度も、周囲の人間と話す時の雰囲気も変えず働いた。
そして、不自然でないように、さりげなく。
彼は、仕事の流れで岸辺へ資料を渡しに行く機会を作った。
「岸辺隊長。これ、お願いします」
「ん」
「……資料見ながら酒はやめてください、零したりしないでくださいよ」
アキは、あえて小言を言った。
そんな気分ではなかったが、そうした方が自然だから。
岸辺も、普段と変わらぬ態度をしていた。
持っている資料の中に、アキの直筆で字が書いてある紙を見ても。
『この紙の意味が分かりますか?もし分かるならまた返事を下さい 話したいことがあります』
……それを見て概ね、岸辺は察した。
アキはマキマの正体について気づいたのだと。
それは、声でなく紙でやり取りをしようとしたことが何よりの証拠。
岸辺は、表には出さなかったもののかなり驚いていた。
何故そうなったのか、皆目見当もつかない。
彼は一通りそれ以外の書類に目を通し、必要なものにはサインをしたり作業をした。
……その中の書類に、1つ不備があった。
恐らく、自分の元にもう一度尋ねやすいようわざとミスしたのだろうと推理した彼は、早川アキの元へと向かった。
「アキ。お前の書類、抜けがあったぞ」
そう言いながら、岸辺は彼へ紙を差し出す。
ミスしていた書類と、メモ代わりの用紙が1枚。
『話したいことと言うのはお前の上司のことか?』
アキはその重ねられた両方の紙を、半ば呆然として受け取った。
岸辺がこの紙の意味を理解したということは、つまり。
アキにとって、信じたくない事実は……
「………」
態度や声に出さないようにするにも、限度があった。
アキは呆然としたように、黙り込んでしまった。
「……おい、大丈夫か」
「………ああ、すぐ直します。すみません、ちょっと疲れてて……」
アキは大きなため息をついて、自分の仕事を再開した。
書類に文字を書き進めていくが、そのペンの進みは遅い。
「疲れてて……か。お前がこういうミスをするとは、公安はもう終わりかもしれんな」
「変なこと言わないでください。昨日諸事情があって……寝れてないだけです」
「なんだ、その諸事情ってのは」
「別に、大したことでは……」
「アキ、何があったか知らんが少し休め。昼休憩だ、飯行くぞ」
「……そういえば、そんな時間ですが……この書類が終わってからでも……」
「それは後でも出来るだろ。お前がそんなミスするなんてよっぽどだぞ、集中力取り戻す為だと思って俺に付き合え」
「……分かりました」
……聞いているだけでは、上司が余計な気を使って強引な誘いをしただけに聞こえる。
こうしてアキは、しばらく岸辺に連れられて、案内された店に入ることとなる。
……そこは、目立つとも目立たないとも言えない場所に建てられた、人の少ない店だった。
客がほとんどいないことを除き、普通の食事処のように見える場所である。
2人は中に入り、席に座る。
…しばらく、無言が続いた。
岸辺は、ため息混じりに自分から口火を切ることにした。
「もう、話していい」
「……何がですか?」
「ここじゃ誤魔化す必要はない。この店は盗聴対策は完璧にしてある店だ、不審な人間どころかネズミ一匹すらいやしない」
アキは、その言葉を聞いて、一気に表情を険しくした。
……というより、普通の態度に見せかけていたのをやめた、というべきかもしれない。
「話したいことがあるなら話してくれ」
岸辺は、アキがどんな問題を抱えているのか察した上で、あえてそう聞いた。
「……俺は、マキマさんのことを、尊敬してました」
「ああ、知ってる」
「昨日、うちに女が来ました」
「そりゃ……珍しいというか、かなり衝撃かもしれん」
「その女は、デンジやパワーとも、仲良さげにしながらしばらく遊んでいました」
「俺もあいつらは大好きだ、その女とやらの気持ちは分かる」
「……その女と外に出た時でした。突然大雨が降り始めて……そんな中、そいつが言うんです」
「『私はソ連からの暗殺者で、この状況を作った。支配の悪魔のことを聞かれないようにして伝えるため』、と」
「『そんなことをする理由は、デンジが支配の悪魔の下にあるのが心配で、それを何とかして欲しいからだ』、と」
「そしてその支配の悪魔の正体は……マキマさんだと」
……先程まで、茶々を入れていた岸辺は、黙ってそれを聞いていた。
「俺はそいつの言葉を否定するために、マキマさんに救われた時のことを思い起こそうとした」
「……その場面が全く浮かばない。一晩中考えてもです。あの人を尊敬していた……その理由が、分からなくなってきた」
アキは、どこか自嘲気味に笑っていた。
「今まで歩いてきた一本道を振り返ったら、何故か一カ所、とてつもなく大きな穴が空いてるのを見つけたみたいな気分です」
アキは、不安を抱えているのが露呈するような表情になっていく。
「その女……レゼと言うんですが、そいつは台風の悪魔とか言うのを従えてるらしいので、何かしら他の悪魔の力を使って俺の記憶を操作したとも考えられます」
「でも、この記憶の抜けは、そんなモノじゃないように思えてならない」
アキの顔から、汗が滲み出る。
話しながら組んでいる手が、震えていた。
「……岸辺隊長、教えてください」
「俺は洗脳されていたり、頭がおかしくなってしまったんでしょうか」
「それとも、やっぱり、マキマさんは……」
「支配の悪魔という、悪魔なんですか?」
アキは、今にも崩壊してしまいそうなモノを何とか支えているような顔をしていた。
岸辺は落ち着いた口調で、それに答えた。
「……なぁ、アキ」
「一応、聞くぞ。お前、その疑いを確信にする意味を理解してるか?」
彼は、淡々と諭すように話を始めた。
「俺がその質問に『YES』と言えば、お前は尊敬していた上司が悪魔だと確信した上に、それを隠して生きることになる。バレたら支配し直されるか、下手したら死ぬかもしれない」
「覚悟はできてるのか?」
淡々とだが、厳しくもありながら心配も含まれている言葉だった。
……アキは、鋭い目で、岸辺を見つめた。
「はい。有耶無耶にして誤魔化しながら生きるのは、俺には無理です」
それを聞いて、岸辺は、大きくため息をついた。
「そうか。……アキ」
「残念だが、そのレゼという女の言ったことは事実だ」
「マキマは……支配の悪魔だよ」
……アキは、強く目を瞑った。
耐えられないものを、何とか堪らえようとしているような顔をしていた。
「……そう、ですか」
アキは、それならと言わんばかりに、最後の希望に縋った。
「マキマさんが、悪い悪魔でないという可能性は、ありませんか」
だが……岸辺から返ってきた答えは、無情だった。
「お前からまさかそんな台詞が飛び出るとはな。……殘念だが、その線も無い」
「身近な例を出そう。この前、特異課への襲撃があっただろ。サムライソードとヘビ女を筆頭としたあの事件だ」
「マキマはお前達がああなるのを分かっていてその襲撃を見逃した節がある」
「アイツは、そういうヤツだ」
……4課の襲撃事件。
その時、多くの同僚の命が失われた。
特に、先輩でありバディだった姫野という存在の死は堪えた。
あの、一連の出来事を、マキマは分かっていて見逃した……
「……っ…」
アキは、今にも崩れそうな顔で、震えていた。
重たい、重たい沈黙が流れた。
支配されていたはずの教え子がマキマを疑ったという、本来喜ばしいことが起きているはずの岸辺も、無表情を崩さないながらどこか浮かないような態度をしていた。
……お互い重たい口を持ち、まるで泥のようなゆっくりとした時間が流れる中。
岸辺の方から、その口を開いた。
「……色々、言いたいことはあるが」
「あの悪魔に、お前が使い潰されない目が見えたのは嬉しい」
「飼い犬が一匹、俺のもとに戻ってきたみたいな気分だ」
それは、岸辺なりの場を少しでも和ませるための冗談なのか、本気なのかは分からない口調だった。
「……なんですか、それ」
アキはそれに変なことを言うなと反発することも、逆に気が晴れたようないい顔もせず、ただ乾いた笑いを漏らした。
……またしばらくの間を置いて、岸辺が話し始める。
「アキ、俺はこれ以上そんな被害を出さないために、マキマを……支配の悪魔を殺す計画を立てている」
「……!」
その言葉に、アキは顔を上げた。
岸辺は1人、語り続ける。
「こうなった以上、お前にもその一部を背負ってもらいたい」
「お前には名優になって欲しい。支配されたままのフリをして、マキマを騙し続けて貰いたい」
「言うまでもなくかなり難しいだろう。そして完璧に演技できたとしても、アイツにバレない、何もされないという保証はない」
「だが確実に一つ言えるのは、何もしなければそのまま全てが終わるということだけだ」
「……やれるか?」
……その岸辺の言葉を聞いた時、アキの脳裏に浮かんだのは。
今まで死んでいった仲間たちの顔だった。
面倒を見てくれた先輩、逆に自分が面倒を見ていた後輩。
そして……
自分の家に住んでいる、幼いデンジと、パワーの顔も浮かんだ。
何もしなければ、全て終わる。
全てが……
それに呼応するように、あの時自分が嘘と切り捨てたようで切り捨てられなかった、レゼの言葉が浮かぶ。
『デンジ君には……ずっと、今日みたいに笑ってて欲しい』
……アキの顔から、皺が少し減った。
その顔に、生気が戻ってきた。
「やります。マキマさんが……」
「…いや、あの人がそんな恐ろしい悪魔なら、何としてでも止めたいです」
アキの顔つきは、覚悟を持ったものに変わっていた。
岸部は一瞬目を閉じて息をついた。
そして、目の前のアキの方を見つめ直した。
「そうか。俺も最大限手伝うが、マキマが死ぬまで演技し続けることになるぞ。腹は括れよ」
「はい、ありがとうございます」
その言葉に一礼し……そこから更に少し時間を置いて、冷静になったアキは彼に質問をした。
「岸辺隊長、さっき盗聴対策はしてあるって聞きましたが……それでも俺達はこんなところにいて良いんですか?」
岸辺は、また淡々とその質問に答えを返す。
「ああ。この店の店員には信頼できる人間しかいない。そして彼らには、徹底的に小動物の駆除をさせている。この店は、俺がマキマに聞かせたくない話をするときに使う場所のうちの1つだ」
「他にもこういう場所はある。逆に聞かせたくない話をあえて何の対策もしていない所ですることもある。勿論、比較的軽い話だけだが」
その対策を聞いて、そんなことをしていたとは少しも知らなかったアキは、ただ無言で驚いていた。
アキが唾を飲み込むと、岸辺は普通の店にいるかのようなリラックスした態度で、テーブル上の水を飲んだ。
その後、岸辺が一つ、零すように発言した。
「それと、話は変わるが」
「お前にマキマのことを教えたというその女……興味がある。俺の予想が当たってれば、使える奴だと思う」
「そいつの言動を、隅から隅まで全て教えてくれ。それを聞いてから、これからの俺達の動きを決める」
それは……
岸辺とレゼが繋がる、第一歩となる。
デビルハンター達の眠る、墓場での一幕。
そこに、4人の人影。
マキマ、デンジ、パワー。
そして……
これからデンジとパワーの指導者となる、岸辺がいた。
「……」
墓前で立ち尽くすその指導者が、ちらりと3人を見やって、大きなため息をついた。
「……なぁマキマ、もう一回聞くぞ。何かの冗談か?」
彼は首を怠そうに捻りながら、幼いデンジを指差した。
「いいえ。冗談ではありません。彼は、4課の新人です」
マキマは、淡々とそう言い放つ。
「そうだぜ、ちいせえからとかナメんなよな」
「まぁワシは新人じゃなく大がつくほどのベテランじゃがのぉ!」
「……俺が知らんだけで、公安は人手不足が深刻だったりするのか?」
「人手の問題ではありません。彼には才能があります。公に認められる記録だけでも、ゾンビ、コウモリ、永遠の悪魔を倒し、細かい記録まで挙げれば……」
「分かった。もういい」
「指導はする。お前は帰れ」
岸辺に素っ気なく言われ、マキマは一瞬呆気にとられるも、即座に踵を返した。
「じゃあ、後はよろしく」
「あ……マキマさん!?」
デンジが呼び止めようとするも、マキマはそのまま行ってしまう。
……その場に、3人が残された。
彼は、無言で手に持っていたボトルの蓋を開けて、そのまま飲んだ。
「……なー、それなにのんでんの?くれよ」
「酒だ。今日は特に飲まなきゃやってられないんでな」
「えー、じゃあいらねーや」
「ワシは飲めるぞ、よこせ!」
パワーがその言葉を聞いて、ボトルを奪いに行こうとする。
岸辺は軽く躱して、パワーを逆に捕まえる。
「なっ……何をする、離せ!」
「まぁ、聞け。質問に答えたら離してやる」
「ハァ!?何言っとるんじゃ……」
「いいから。……まず、仲間が死んでどう思った?」
「……死んだと思ったが」
「敵に復讐したいか?」
「復讐ぅ〜?暗いしどーでも良いのぉ」
「お前は人と悪魔どっちの味方だ?」
「勝ってる方」
「……成程、100点だ」
「ぐぁっ……!?」
そのまま、強く締めていき……
離す。
バキバキと、人体から鳴ってはいけない音が鳴る。
「げはっ……!」
そのまま落とされ、仰向けで倒れるパワー。
「う、動けん……」
「魔人でも……筋肉と骨の仕組みは俺達と同じだ。首の骨を折れば動けなくなる」
岸辺は淡々と語り、自分のスーツの内ポケットを探る。
「人間様と違うのは、血を飲めば復活するトコだな」
輸血用パックを取り出すと、パワーの目が輝いた。
「血の匂いじゃ!!」
……だが岸辺は、それをそのまま元のポケットへとしまい直す。
「あぁっ…!?な、何でじゃ!血、血をよこせ!ワシの血じゃ!!この……盗っ人がァ……!!」
パワーは、苦しそうに主張する。
岸辺はそんなパワーを完全に無視し、デンジの方へと、視線と人差し指を向けていた。
「そしてさっき、そこの血の魔人に言ったことはそっくりそのままお前にも当てはまる」
「……?」
岸辺は、「だったらなんだ」と言いたげなデンジに、説明を始めた。
「もしお前達を鍛えるとなれば、こうやって半殺しにし続けることになる。お前達が、最強のデビルハンターである俺を倒すことができるようになるまで」
「なんせ悪魔を鍛えたことはないもんでな、アルコールにやられた頭じゃ、これ以外は思いつかない」
「ただ、そんな俺の頭でも……」
「アルコールにやられてないとこが、少し残ってたみたいでな」
岸辺は、目を閉じて頭を掻いた。
「とりあえず、送らせるからお前も帰れ。どうするかはまた考える。今日はコイツだけ指導だ」
そう言って岸辺は、パワーをちらりと見やった。
「どうでも……いい、から……血をよこせ!盗っ人……がバッ」
岸辺はパワーが喋っているのも構わず、パックから血を出してその口に注いだ。
……デンジは間を置いて、岸辺の言いたいことが分かったのか、少しムッとしたような顔つきになった。
「……んだよ、パワーはいーけど、オレには戦い方、おしえねーって?」
「そうだ」
「パワーはハンゴロシにするけど、オレにやんのは何となくイヤだって?」
「そうだ」
「……そーかよ」
すると、デンジは目つきを鋭くしていく。
岸辺の方向を、見据えて。
「なぁパワー、ナメられてるみたいだぜ、オレたち」
その方向には……つまり岸辺の後ろには、怒りの形相で血のハンマーを振りかぶる、パワーがいた。
「血の恨み、じゃあ!!!」
岸辺は咄嗟に避け、内ポケットに隠していたナイフでパワーの喉元を切る。
「がっ……!?」
パワーはハンマーを落とし、喉を押さえて倒れ込む。
その瞬間、デンジは駆け出し、岸辺の横を通ってパワーが落としたハンマーを拾った。
「……!」
岸辺は、その日の中で初めて、少しだけ表情筋を動かした。
「うらぁ!!」
そのまま大胆な切り返しと、飛びかかりながらの振りかぶり。
……岸辺は、それを普通に躱した。
「うぉまじか……ギャ!!」
デンジはそのまま、地面に大ゴケする形で激突する。
「……」
岸辺は、パワーには目もくれず、そのまま起き上がろうとするデンジを見据えていた。
転んだと言えば可愛いものだが、その勢いは中々のモノだった。
それを平気な顔で立ち上がろうとしているのだ、岸辺は内心少し驚いていた。
話で「悪魔を倒した」と聞くのと、実際にどう動くかを目にするのとでは、やはり訳が違う。
「……お前、本気なのか?」
「……へへ、こんなコトやんのすきじゃねーけど、マジ、だぜ。つよくなんなきゃ、ショブンされるとか、聞いたしな」
デンジは息を切らして、そう答える。
「……今は避けるだけで済ましたが、これを続けるなら、お前もああなるぞ?」
「ぎぃ〜……」
岸辺は血の海で苦しそうに呻く、パワーを指差す。
「そりゃ、ヤだけど……しゃーねーな。そうなる前にたおしてやるよ、そーしたらおわりだろ?」
デンジは、不敵に笑った。
血を流して苦しんでいるのを見ても、である。
誰がどう見ても、普通の子どもの顔つきではなかった。
「……少し、お前のことが好きになってきた」
岸辺はそう言いながらパワーに再び血をやり、体力を回復させる。
だが、その目はデンジの方に向いていた。
「……それは、あんまうれしくねーかも」
その微妙なデンジの反応を気にせず、岸辺は言葉を続ける。
「だから、少し好きになった分、少しだけコイツの待遇に近づけてやる。今だと……殴り一発分ぐらいかな。俺に半殺しにされるぐらい、気に入らせてみせてくれ」
そして、岸辺はそのまま、待ちの態勢を作った。
「ただ、帰りたいならいつでも言え。処分する必要もない、ただの腰抜けのガキだったと上には報告してやる」
デンジも、臨戦態勢に入る。
「へへ、そっちがかえりてーってキブンにさせてやる」
「……ワシ、もう帰りたいが!」
「お前は元から指導だ、俺を倒すか俺が良いと言うまで帰れないぞ」
……こうして結局、2人の指導を岸辺は行うこととなった。
ちなみに、デンジの戦闘センスがどれだけ磨かれても、ついぞパワーより厳しく傷つけられることは、無かった。