小さな電ノコ、シケる爆弾   作:ぱらそる

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見知らぬ者の導きに

 

 

私は、病院でぼんやりしていた。

 

 

 

……ここに来てから数時間経つけれど、特に何も起きていない。

 

 

 

それでもやっぱり、ただじっとしているだけじゃどうしようもない色んな考えが頭を巡る。

 

 

 

今にもこの綱渡りの状態が終わり、マキマがやってくるんじゃないかという、不安。

 

 

 

もしかしたら何か、私の知らないところで事態が好転してないかという、淡い期待。

 

 

 

……デンジ君との、思い出。

 

 

 

私はただ、何とも言えない気分で、俯いていた。

 

 

 

そしてまた、窓の外でも眺めようとしてしまった、その時だった。

 

 

 

病室の扉が開いて、私はそちらの方に反射的に顔を向けた。

 

 

 

……目を見開いてしまった。

 

 

 

「レゼ!!」

 

 

 

そこに、息を切らしながら叫ぶ、デンジ君がいたから。

 

 

 

「……デンジ、君……?」

 

 

 

一番、予想していなかった来客だ。

何で、デンジ君が……

 

 

 

「きいたぜ!!今日レゼのカフェに行ったらさ、レゼいねーから、マスターにきいたんだ、そしたら『レゼはケガしててやすんでる』って……もっと聞いたら、ビョーインはここだっておしえてくれて、ここまできて、オレ……」

 

 

 

焦りと疲れが混じってるのか、少し語順とかはめちゃくちゃだったけど、言いたいことは伝わった。

 

 

 

そうか、今はお昼時か。

 

 

それでいつも通り私がいると思って二道に行ったら、そうじゃなくて焦ったんだ。

 

 

そのままマスターから私が怪我したことを聞いて、更に焦って私のとこまで……

 

 

 

アキさん、デンジ君には怪我のこと教えてなかったんだな。

 

 

 

いや……私の怪我は今日中か、遅くても明日には退院できるぐらいの軽いものだし、彼はまだいっぱいいっぱいだったはず。そこまで気が回らなかったんだろう。

 

 

 

「それ……アシのケガ?ちゃんとなおんの?ダイジョーブかよ……?」

 

 

 

デンジ君は私の傍まで駆け寄って、あたふたとしながら私を見ている。

 

 

 

この怪我は、わざと負ったモノだ。

それに、その事情抜きでも大した怪我じゃない。

 

 

こんなに心配して貰うなんて、今更だけど、騙してるみたいで……。

 

 

 

……でも、ほんと、勝手な話だけど。

 

 

 

その心配が、嬉しくて。

 

 

 

私は、傍にいる小さな彼の頭を、ベッドから少し身を乗り出して撫でた。

 

 

 

「ありがとね、デンジ君。この怪我、今日にでも退院できるぐらいの大したことない怪我だから心配しないで。昨日の帰り道でやっちゃっただけだから」

 

 

 

私は、あえて昨日のことを説明する必要もないだろうと思って、ぼかしてそんなことを言った。

 

 

 

「……そっ…か。そーなのか。ンならよかった、ホントによかった……」

 

 

 

デンジ君は、私に撫でられてることよりも、私の怪我が大したことなかったことに安心したような、そんな顔をしていた。

 

 

 

その表情から心配が抜けたのを見て、私は話題を切り替えることにした。

 

 

 

「……デンジ君、ここに来る前は二道に寄ったんだよね?それで、マスターから私のこと聞いたの?」

 

 

 

「お、おう。そーだぜ。レゼがいると思ったからさ……」

 

 

 

「じゃあこの時間だし、いつもみたいにお昼食べに来てくれたんでしょ?お腹空いてない?大丈夫?」

 

 

 

「あ…いわれてみればだけど……でも、レゼがシンパイで、ハラなんか気になんなかったよ」

 

 

 

「そっか。でもほんと、大した怪我じゃないからさ。お腹空いたりしたら、私に構わないで何か食べに行きなよ?」

 

 

 

「いーよ、そんなの。なんでもいーから話とかしよーぜ。もどらねーとやべーって時間までさ」

 

 

 

「ふふ、それじゃデンジ君、お腹ペコペコで戻ることになっちゃうよ」

 

 

 

「ダイジョーブだって。えーと、なんだっけ。なんかほら、あるじゃん。ブシ……なんだっけ……?なんかほら、『ブシとタカヨージ』みてーな……?」

 

 

 

「あっはは!なんかすごいヘン!デンジ君、多分それ『武士は食わねども高楊枝』じゃないかな?」

 

 

 

「あー!!それだ、さすがレゼ、よく知ってんな」

 

 

 

「ふふふ、デンジ君が私に知識で勝つにはまだまだ早いね」

 

 

 

「えー、でも……ベンキョーしても、レゼにかてっかな……?」

 

 

 

「どうかなー……ちゃーんとやったら勝てるかもね、頑張りなよ」

 

 

 

「……あ、じゃーベンキョー以外のとこでかてばいっか。ゲームとか」

 

 

 

「あ〜、こらデンジ君、そ~いうズルいのはダメだぞ〜」

 

 

 

私がふざけるような感じで注意するような真似をすると、デンジ君はケラケラと笑った。

 

 

 

私は、そうしてしばらく、明るく振る舞って話をした。

 

 

デンジ君を心配させないようにと思うと、自然とこうなる。

 

 

 

それに、デンジ君が笑っていると私も嬉しくて、調子の良いことも言えてしまう。

 

 

 

……そうして、私達が話をしていて、しばらく経った。

 

 

 

その時、扉が勢い良く開いた。

 

 

 

「見つけたぞデンジぃ!!」

 

 

 

おおよそ病院で出してはいけない声量の元気な声を出しながら、病室に入ってきたのは、パワーちゃんだった。

 

 

 

「あ、パワーちゃん?」

 

 

 

「パワー!まっといてくれっていったのによ〜……!」

 

 

 

デンジ君は不満気な声で、入ってきた彼女に対して振り向きながら抗議する。

 

 

 

「アホかウヌは、あんな長い時間待てるわけないじゃろ。暇すぎて匂いを追って来たわ」

 

 

 

彼女はどこか「そんな事ができるなんてすごいだろう」とでも言いたげな、誇らしげな顔つきだった。

 

 

すると私の方に気づいたのか、表情を変えて私の方を見つめてくる。

 

 

 

「おぉ、レゼ。なんじゃその足は、怪我か?」

 

 

 

デンジ君とは違って特別心配とかはしていなさそうなテンションで、彼女は私にそう聞いた。

 

 

 

「うん、昨日コケてひねっちゃってね」

 

 

 

「ガハハハ!ドジなことじゃ。ワシならそんな怪我はせんし、したとしても秒で治るがのぉ」

 

 

 

私が経緯を端折ったシンプルな回答をすると、彼女は私を小馬鹿にしたように笑った。

 

 

 

「でもパワー、小さいケガでもめちゃくちゃさわぐじゃん」

 

 

 

「今まで怪我如きで騒いだことなど一度もないが?」

 

 

 

「……もーいーや、こうなったパワーはどーしよーもねー」

 

 

 

パワーちゃんの態度が気に入らなそうだったデンジ君は、彼女がけろりと言い放ったことに諦め気味な様子になった。

 

 

 

その時、彼女が何かを思い出したような顔をした。

 

 

 

「そうじゃ、そんなことより……デンジ、ワシは腹が減った!今日はチョンマゲから好きなトコで食えと言われておる、行くぞ!」

 

 

どうやら彼女が思い出したのは、お昼ご飯のことらしかった。

 

 

 

「え、でも、レゼ……」

 

 

 

デンジ君だって元々お昼ご飯を食べようとしていたんだ、少しは食べたいだろうに私を気遣って離れたくなさそうな顔をしていた。

 

 

 

仕方ない。私が後押ししよう。

 

 

 

「デンジ君、行ってきなよ。お腹空いて力が出ない〜ってなったら大変だよ」

 

 

 

私は諭すような口調で、小さな彼にそう言った。

 

 

 

「本人がこう言ってるんじゃ、もう行かん理由はないのぉ」

 

 

 

すると丁度いいと言わんばかりに、パワーちゃんはデンジ君を掴んで、引くような形で歩き出した。

 

 

 

「あ……!ちょっ、まっ……あーー…!!」

 

 

 

デンジ君は、彼女にずるずると引き摺られていく。

 

 

 

「ぐぎ…!!ちくしょー……!!……レ、レゼ、またなーー……!!」

 

 

 

デンジ君は抵抗しながらも半ば諦めたのか、悔しそうというか、悲しそうな顔をしながら私にそう言った。

 

 

 

私は苦笑いしながら、見えなくなったデンジ君の方へバイバイと手を降った。

 

 

 

 

 

 

………騒がしかった病室に、静寂が戻ってきた。

 

 

 

デンジ君、私のことは、本当に良いんだよ。

 

 

 

私は、これからどうなっても、きっとキミの傍にはいられない。

 

 

 

キミは、キミの周りの人を大切にしなきゃ。

 

 

 

私の、ことは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そうやって、物思いにふけって、またそれなりに時間が経った。

 

 

日が、傾いているのを何となく分かるぐらいの時間になった頃。

 

 

突然だった。

閉まっていた病室の扉が、少し揺れた気がした。

 

 

 

私は、すぐ身構えた。

 

 

 

デンジ君の時や、看護師や医者が来る時とは違う、異質な気配。

 

 

 

もしかして、今扉の外にいるのは───

 

 

 

 

……扉が、静かに開いた。

 

 

 

そこに立っていたのは、男だった。

 

 

 

明るい髪色の、頬に傷跡のある、背の高い老けた男。

 

 

 

……マキマの、手先か?

 

 

 

私は黙って身構えたまま、その男を睨みつけていた。

 

 

 

その男は、ゆっくり内ポケットに手を入れた。

 

 

 

……武器がチラリとでも見えたら、容赦しない。

 

 

すぐにでも、こいつを殺しにかかる。

 

 

 

私の戦闘のスイッチは、入りかけていた。

 

 

 

けど、注視しているその内ポケットから引き抜かれたのは。

 

 

 

銃でもナイフでも無い、普通のメモだった。

 

 

 

「アキから聞いたよ。お前、アイツに随分なメチャクチャを言ったそうだな」

 

 

 

その男は話しながらメモをゆっくりめくり、こちらに見せてくる。

 

 

 

『俺は公安でデンジに戦いを教えてる者だ お前に敵意はない』

 

 

 

……目を、見開いてしまった。

 

 

 

そのメモに書かれた言葉が何を意味するのか、すぐに察したから。

 

 

 

彼は、あの時デンジ君が言っていた、戦いを教えている先生だろう。

 

 

 

そして、このメモは間違いなく盗聴対策。

彼は恐らく、支配から外れている人間。

 

 

 

まさか、デンジ君の先生がそんな人とは、全く予想外だ。

 

 

 

「俺は公安特異4課、岸部だ。お前を連行する、一緒に来てもらおう。アキに言ったことが本当なら、拒否する理由はないだろ」

 

『お前が本当にデンジを救いたいと思ってるなら話を合わせろ この状況の解決の道は1つしかない』

 

 

『俺の仲間になってもらう』

 

 

 

岸部と名乗った彼は、「それが全てだ」とでも言うようにそのメモをしまった。

 

 

 

……彼が、何を考えているかまでは分からない。

 

 

 

とりあえず、アキさんから彼に繫がったということは、間違いなさそうだ。

 

 

 

しかし、それから何故わざわざ昨日のことをぼかして伝えてきたのか……

 

 

 

表面上、私を疑う真似をしている方が自然ということだろうか。

 

 

 

罠……ではないと思う。回りくどすぎるし、そんな空気は感じない。

 

 

 

書いてあることが本当なら、どんな利用のされ方をしても構わない。マキマを何とかできるなら消えるつもりまであったのに、その誘いを断る理由がない。

 

 

 

私は、無言でゆっくり立ち上がった。

足はほとんど治っていたし、そうじゃなくてもこの異様な状況で痛みは感じなかっただろう。

 

 

 

そうして立ち、病室から出ようとした所で、彼が私の後ろについた。

 

 

 

「逃げたり攻撃するような素振りを見せたら容赦しない、その瞬間に首を飛ばす。脅しじゃないからな」

 

 

 

「……」

 

 

 

その言葉に、私は返事しなかった。

 

 

 

……しばらく歩いて外に出ると、「車に乗れ」と命令された。

 

 

 

『俺の車に乗るということはマキマを殺すため全面的に俺に協力するという意思表示だ 撤回はできない』というメモを見せられながら。

 

 

 

私には、もう策なんてない。

撤回できなかろうが何だろうが、乗るのをやめるつもりはない。

 

 

 

私が中に乗ると、彼も運転席側で同乗する。

彼は、手錠を取り出してこちらに投げてきた。

 

 

 

「それをはめろ。今からは俺の運転だ、それぐらいの担保はしてもらうぞ」

 

 

 

ここまで来て、拒否なんてしない。

私は、指示に従って自分に手錠をはめた。

 

 

 

それを確認した彼は、ドアを閉めてエンジンをかけた。

 

 

 

その瞬間、ラジオの音が大きめで流れ、エンジンの稼働音が重なる。

 

 

 

彼は、車を発進させた。

 

 

 

エンジン音、ラジオの音、タイヤが地面に擦れる音。

 

 

 

車道に出て、アクセルを踏み込んだのか本格的にスピードが出始める。

 

 

 

周りの光景が素早く移動し、流れていく。

 

 

 

……そうなって、しばらく経ってから。

 

 

 

彼が、その口を開いた。

 

 

 

「もう喋っていい。車の中に俺達以外の動物はいない。走ってる間は手錠も外したきゃ外していい」

 

 

 

彼はそう言いながら器用に手錠用の小さな鍵を取り出して、片手でこちらに投げてきた。

 

 

 

車での会話。それは、支配の悪魔対策として簡単かつ理にかなっている。

 

 

車の中は閉鎖空間で、エンジンとラジオの音で更に外に会話は漏れにくい。

 

 

そうなると、中に小動物が入り込んでいないかさえ確認できれば、走行中の車は最も簡単な盗聴対策と言える。

 

 

 

先程までの突き放すような態度は、やはり演技だったらしい。

 

 

 

「……いいよ、外さない」

 

 

 

私は投げられた鍵を摘んで、使わずそのまま近くに置いた。

 

 

 

「岸部さん……だっけ。このままの方がそっちも信用できるでしょ」

 

 

 

私は彼の方を真顔で見つめたけれど、あまり彼はそれを気にしていなさそうだった。

 

 

 

「そうか、好きにしてくれ」

 

 

 

……何を思っているのか、いまいち分からない。

 

 

間違いなく、今まで出会ってきた人間の中でトップクラスに読みにくい人間だ。

 

 

だからといって、今から味方になろうとしてるのに腹の探りあいをするつもりはない。

 

 

 

「いくらでも私のことは疑ってかかったっていい。保険をかけたいならそっちから方法を提示してくれたら従うよ。自分で手錠をはめたみたいにね」

 

 

 

私はアピールの為に、自分の手首についた手錠をわざと鳴らした。

 

 

 

「アキさんから聞いたんでしょ。信じられないかもしれないけど、私がデンジ君を守りたいのは事実だから」  

 

 

 

私は、はっきりとそう言い切った。

 

 

 

でも……やっぱり彼は、特に何のリアクションもしなかった。

 

 

 

「……俺としては」

 

 

 

「お前の行動の理由を信じられないとまでは思わない」

 

 

 

彼はただ、そう言っただけだった。

 

 

 

彼の底の見えない沼のような黒い目は、私でなく運転する方向へと向いている。

 

 

 

「……へぇ…?」

 

 

 

私が疑問の目を向けると、彼はそれに返事をする代わりに言葉を続けた。

 

 

 

「単純な話だ、殺し屋が嘘をつくならもっとマトモな嘘をつくだろ。それに……」

 

 

 

「素性が分かってる以上それは尚更だ。弾薬庫に詰め込まれてたであろうお前がデンジを助けたいなんて話、カバーストーリーにしちゃクサすぎる」

 

 

 

「……!!」

 

 

 

私は、驚いて彼を凝視した。

 

 

その情報は、まだアキさんにも話していない。

 

 

何故それを、彼が……

 

 

 

「そんなに驚くか。アメリカのジャーナリストのおかげで、世代によるがそれなりの人間が知ってるよ。記憶力のある人間なら、お前を見ただけでもピンと来るヤツはいるんじゃないか」

 

 

 

アメリカのジャーナリスト……

 

 

そうか、私の過去は、報道されたことがあるのか。

 

 

信じられない……何より、それを私が知らないことが。

 

 

うちの国、情報管理に長けてるのか杜撰なのかよく分からない所があるが、これは今までで一番酷い。

 

 

……だけど皮肉だ、そのおかげで、彼はある程度私を信用してくれると言うのだから。

 

 

 

「……そっか。まぁ、そっちがそれでいいなら、私もいい」

 

 

 

何とも釈然としないけど、それで信じてもらえるならそれで良い。 

 

 

 

「さて……ここからが本題だ」

 

 

 

その瞬間、彼がようやくちらりと私の方を見た。

 

 

 

「お前を使える奴と見込んで、これからのことについて説明する。それは盗聴されてる可能性の高い病室でわざわざ会話した理由にも繋がる」

 

 

 

なるほど、それは確かに本題だ。

 

 

 

「そう。じゃあ教えて」

 

 

 

わざわざあんなことをした理由は私が気になっていたところでもあるし、それが私の取るべき行動につながると言うなら益々知っておきたい。

 

 

 

「もしこれから、上手く事が運べば……」

 

 

 

「お前には公安で働いてもらうことになる」

 

 

 

……公安で、私が、働く?

 

 

 

「……え…?」

 

 

 

今、彼……そう言ったの?

 

 

 

……

 

 

 

だめだ、噛み砕こうとしたけど、理解できない。

 

 

 

……彼はその私の混乱を読み取ってあえてそうしたのか、それともどんな状況でもそうなのか。

 

 

 

顔色一つ変えず、同じ声色のまま私に言った。

 

 

 

「訳が分からないって顔だな。説明するって言ったろ、最後まで聞いてくれ」

 

 

 

「……分かった」

 

 

 

……とりあえず、一旦私は彼の話すことを黙って聞くことにした。

 

 

 

それから、彼は本腰を入れて話を始めた。

 

 

 

まず第一に、私がこの国に来てからのほとんどの行動を晒したということについて。これが事実なら、マキマが私の情報を把握してないのは有り得ないと、彼は言い切った。

 

 

 

それなら何故私が捕まったりしていないのか、理由は2つ。

 

 

 

1つは、この国に来てから明確な被害を出していないこと。

 

 

彼曰く、マキマなら秘密裏に私を捕まえることもできないことはないだろうから、これは理由としては薄いみたいだ。

 

 

そしてもう一つの大きい方の理由。それは……

 

 

 

私の存在が、マキマにとって利用価値があること。

 

 

 

残念ながら、私があの魔女にとってどういう利用価値があるのかは彼にも分からないらしい。

 

 

 

けど、それでも私のことがマキマに筒抜けになっているのに生きてるならそれ以外ありえない、と彼は言った。

 

 

 

そして……こうして状況を見た時。

 

 

 

私の情報はほとんど割れていて、それでも生きているのは私に何か利用価値があるから。

 

 

支配の悪魔が私について分かってない部分と言えば、台風の悪魔で盗聴を隠した会話の内容ぐらいだろうと、彼は言った。

 

 

 

例えばこの状況で私を裏で隠したり匿ったりすれば、確実にその時のことが疑われ、アキさんは終わってしまう。

 

 

 

その上、完全に敵対してこちらを探ってくるマキマを相手に、情報を隠し続けて作戦を練るという、かなりしんどい条件で戦いの準備をする必要が出てくるとも言い切った。

 

 

 

かといって、これまでのように演じ続けるというのも微妙な話で。

 

 

私は、いつどんな時に利用価値がなくなるか分からないまま、後ろ盾も作れず過ごすことになる。

 

 

 

……そうなった時。

現状の最適解は、公安というマキマの懐に飛び込むことしかない。

 

 

 

仮にこれが成功しても支配の悪魔と距離は近くなってしまうが、どこから掌握されているかも分からないよりかえって良い、表立って狙われる理由も無くなると、彼は言った。

 

 

それに、そうすれば上手く誤魔化せる点もあるとも。

 

 

 

それは、あの台風の悪魔を使った日の行動について。

 

 

あの日、マキマにとって何をしていたか不透明という点を活かす。

 

 

あの日に私がアキさんにしたのは支配の悪魔の話ではなく、『デンジ君の為に私が公安でどんな仕事でもするからデンジ君に危険な仕事をさせるのをやめさせてほしい』という望みの話だったという風に偽装する、と言うのだ。

 

 

 

わざわざ台風の悪魔を使役したのは、誰にも聞かせず、周囲に人を寄り付かせないで隠しつつ、自分の力を誇示しながら話をするため。

 

 

この辺りの脚色は、公安所属になりたいという箇所や力の誇示以外は、重要な部分を削っているだけで嘘ではない。

 

 

 

それ以外の発言の整合性は、デンジ君の面倒を見ている彼を信用させるための嘘だったり、万が一周囲の人間に見聞きされていたら困るからと言うことにすれば取れる。

 

 

 

更に、これについて信憑性を上げるため、アキさんの方が先にマキマへ「相談」という体でこの話をしているらしい。

 

 

 

彼は、昼にアキさんの様子がおかしいのを見て連れ出したらしく、その時にこの話を彼から聞き出して私を確保するに至っている。

 

 

 

その後で落ち着いたアキさんが、支配の悪魔にも報告した、という流れだ。

 

 

 

本当は脚色されている、『私が公安に入りたがっている』という嘘の情報を。

 

 

 

そして、これが上手くいって一度私が公安側に根付いてしまえば、マキマを殺す計画に裏で加担する目も見える、と彼は言った。

 

 

 

実際、彼はマキマがいる公安で働きながら現在進行系で計画を練っているのに、生きている。

そう考えれば、気休めにそう言っているわけじゃないというのは納得できる。

 

 

 

だから、結論として。

 

公安側に堂々とつくというのが一番可能性のある話だと、そういうことらしい。

 

 

 

……一通り聞いてみて、確かに筋は一応通っている。

 

 

 

でも……

 

 

 

 

「……本当に、大丈夫?」

 

 

 

理屈は分かっても、あまりにも大胆で失敗した時のリスクが大きい作戦だ。

 

 

 

「お前が言いたいことも分かる。だが、現状お前とアキを生かしながら一番丸く収まる可能性があるのはこれしかない」

 

 

 

だけど、平然とした顔で彼はそう言い放った。

どうやら、彼にとってこれは自信のない作戦ではないらしい。

 

 

 

「……じゃあ、もし」

 

 

 

それでも、どうしても心配が残る。

 

 

 

「仮に、それで一旦あの魔女を誤魔化して、上手くしのいでそっちにつけたとして」

 

 

 

「私の国の刺客はどうするの?流石に私が公安側についたら、黙ってないと思うよ」

 

 

 

けど、彼はそれにあっさりと答えた。

 

 

 

「いや、むしろ黙るしかないだろう」

 

 

 

「お前、デンジと似たような力を持ってるんだよな。自覚があるかどうかは知らんが、その力はかなり貴重だ」

 

 

 

「そして行動を晒したということは、お前はマキマのことを知らされずにこの国に来てたということ。貴重な札をそんな使い方で切った辺り、今のソ連の国としての力はかなり低い」

 

 

 

「お前個人が裏切っただけならまだしも、公安の組織を丸々敵にするような力は恐らく残ってない。そんな力があるなら、今頃もっと追撃が来てるはずだ」

 

 

 

…彼のその物言い、随分私の出身地は舐められているようだ。

 

 

けど言われてみれば、それなりの戦力になるはずの私をこう使おうとしたことを考えるとこれも筋は通っている。

 

 

 

むしろ、私にとって未知の部分が多くあるあの魔女のことより、納得できるかもしれない。

 

 

 

……ここまで聞いても、やはり不安は残る。

協力を撤回できないと言われ覚悟はしていたが、せめて彼自身この作戦がどれだけ上手くいくと思っているのか、それは知りたい。

 

 

 

「岸部さん。これが成功する確率は、どれぐらいだと思ってる?」

 

 

 

「成功の定義による。マキマを殺す所まで含めるなら、正直まだ微妙なトコだ」

 

 

 

「じゃあ、私がマキマに支配されずに公安へ定着する流れまでの話でいい」

 

 

 

私のその言葉に、彼は少しだけ考え込む。

 

それもすぐに終わり、彼は数秒で口を開いた。

 

 

 

「俺の見立てだと6割強だな。アイツは案外事を荒立てたがる質じゃない、都合が悪くなければ静観する。価値のある存在を傍に置けるし、戦力が増えるならと受け入れる可能性は充分ある」

 

 

 

6割……6割強か。

 

 

 

「元々、この車に乗った時点で協力への拒否権はないと断ったが……それでも、できれば納得はして貰いたい。どうだ?」

 

 

 

……このまま、闇雲に1人突っ走ったとして、私に何ができると言われたら、きっと何もできない。

 

 

 

そうだ、元々のことを考えれば細かった筋が太くなったとまで言える。

 

 

 

「……納得したよ。最大限協力する」

 

 

 

彼は私の言葉を聞いて、アクセルを踏み込み車のスピードを速くした。

 

 

 

「よし。お前をマキマの前に連れて行く。アキと話を合わせるためだ、さっきの筋書きは完璧に覚えて貰う。細かい所を詰めたきゃいくらでも聞いてくれ」

 

 

 

その言葉のあと、速くなる車に私の鼓動も早くなるような気がした。

 

 

 

……今から、マキマの所へ行く。

失敗したら何の目も無くなる、全力で上手くいかせる。

 

 

 

私は公安に入る。どんな事を言って、やってでも。

そしてその組織の中で、あの魔女を消す算段を立てている彼の計画に加わる。

それが、今の私に唯一残された道。

 

 

 

上等だ、絶対にやり遂げてやる。

 

 

 

 

 









デビルハンター東京本部での、ある一幕。
マキマの元に、1人の部下が訪ねてきた。



「マキマさん。今お時間、大丈夫ですか」



早川アキという、4課所属の生真面目な男である。



「いいよ。何かな、早川君」



「実は……その、相談したいことが、ありまして」



「相談したいこと?」



「はい。話せば長くなるんですが……」



そうして、そのアキの口から語られ始める。


昨日、レゼという女が家に来たこと。


そして、夜になって外に出た時、物凄い勢いの雨が降って彼女が怪我をしたこと。


そうして注意を引きつけて、周囲に誰もいない状況にさせて、自分にある告白をしたこと。


自分はソ連からの暗殺者であり、デンジと同じような力を持っている。


更に、そうやって雨を降らせたのは台風の悪魔という悪魔で、それを従えている。


そして……デンジを守りたい、デンジの今の生活を変えたいと、そう思っている。



『だから、私がデンジ君の代わりになる、どんな危険な任務でも何でもやる』



……その女が、そう言っていたと。



そう、この話は、岸辺が作ったストーリーに沿った嘘である。



その他にも、それを嘘と思われないためにレゼについて話せることは全て正直に話した。



覚悟を決めたアキはこの状況、ほぼ完璧な演技でそれを話しきった。



「俺もそいつの言葉を信用していいものかどうか悩んでいたんですが……とにかく、マキマさんには報告させてもらおうかと……」



そのおかげがどうかは分からないが、マキマは考えるような素振りを見せたあと、特に彼に対して何を問い詰めるわけでもなく、軽い質問をした。



「ありがとう。早川君、他にこのことを話した相手はいる?」



「はい。岸辺隊長には話しました。昼頃、俺がそのことばかり考えて集中していないのを見抜かれてしまって。岸辺隊長は、一旦その話は俺が預かると……」



……マキマは、少しだけ笑って言った。



「そっか。きっと、岸辺隊長は彼女をここに連れてくるだろうね」



余裕綽々の笑みを浮かべる彼女は、アキに対して一言礼を言った。



「報告ありがとう、早川君。後は私と岸辺隊長で話をするから、キミは帰っていいよ」




……だが、彼女と対照的にアキの心中は全く穏やかでない。


何せ、自分を支配していた悪魔を真っ向から騙している最中で、その相手が何を考えているのか分からないのだ、当然そうなる。


今、アキはほぼ完璧に演技をこなした。
しかし、それは本人には分かり得ないし、そうだとしてもひょんなことで怪しいと思われれば終わりなのには変わりない。


帰って良いと言われて、食い下がるのが自然か、素直に従うのが自然か。


以前の自分なら、どうしただろうか?


それを間違えないように、最大限自然な選択肢を選び続けなければならないし、更にその緊張を表に出してはいけないと、アキは内心思っていた。


……しかし、その緊張があって尚、未だアキの態度は表面上、違和感のないものだった。



「マキマさん、良いんですか?話が話です、せめて俺も同席ぐらいは…」



「ううん、心配しなくて大丈夫」



2度目の、マキマからの突き放し。


……以前の自分なら、2回言われれば引き下がる。


なんせ信頼している相手だ、そこまで言うなら大丈夫だろうと思うはず。


それに、岸辺からも「俺とそのレゼという女のこと以上に自分に気を遣え」と指示されている。


ここは自然な選択をとるのが一番だと判断したアキは、食い下がらずその言葉を受け入れることにした。



「……分かりました。マキマさんがそう言うなら……」



「ありがとう。どうなったかはまた報告するから安心して」



「……はい、失礼します」



彼はマキマに一礼し、ドアの方へと歩いていく。


……心拍が高まっているのを、悟られてはならない。



アキは決死の思いで、動きにも、表情にも、息遣いにもそれを出さないように努めていた。



……その時。



「早川君」



マキマから、声がかかる。



アキは、動揺しなかった。……いや、見せなかったと言うべきだろう。
本当は、血流が逆流したのかと思うほど心臓が締まり、肝が冷えていたのだから。
呼ばれた彼は、ゆっくりと振り返った。



「はい?」



……しかし、妙な間だった。


黙って、マキマが彼を見つめている。


ボロを出すのを待っているようにも思えるぐらい、長い時間が経っていくように感じた。



……短いのか長いのかよくわからない時間の間、アキは、動かず耐えた。



「また、明日ね」



マキマから、その普通の挨拶の言葉が出るまで。



「はい、よろしくお願いします」



いつもと変わらぬ、丁寧な態度でアキは挨拶を返し、部屋から出た。



……ドアを閉める。
その瞬間、彼はその場でへたり込みたいほどの安堵感に包まれた。



とりあえず、彼の目線では、疑われずに乗り切った。


なぜなら、部屋を出た今まだ自分はマキマを敵だと認識出来ているから。


支配され直したなら、そうはなっていないだろう。


マキマの考えていることは分からなかったが、ともかく一旦は乗り切った。


岸辺の指示通り、話を通した。


同席出来なくなった以上、レゼと岸部のことが上手くいくかは、2人に任せるしかないが。


少なくとも今日のうちで自分が出来ることは、やりきったのだ。



……しかし、その安堵をここで出してはいけない。
盗聴対策のある場所以外では全て聞かれているかもしれないのだ、マキマが死ぬまで演技することになるとはそういうことかと、アキは理解した。



先の見えぬ不安、一旦は乗り切った安堵、これを続ける覚悟。



部屋で一人思案をしながら笑っているマキマと対照的に、早川アキは色んなものが混じった妙な気持ちで、その場を後にしたのだった。

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