小さな電ノコ、シケる爆弾   作:ぱらそる

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混ざって濁る黒と白

 

 

路地裏、階段、表道、路地裏……

 

道を次々、通り抜けていく。

 

いつもの、カフェ二道へと通う道。

 

 

 

いつもと違うのは、子供を1人連れていること。

 

しかもその子供は、私が殺す予定のターゲット。

 

 

 

……奇妙なことに、なったものだ。

 

 

 

「けっこー遠いんだな」

 

 

 

「まぁね〜。でもそろそろかな、ここ抜けたら見えてくるよ!」

 

 

 

ターゲットと暗殺者が、こんな風に会話をしながら仲良く歩いているのだから。

 

 

まぁ逆に言えば、それだけ怪しまれていないということの裏返しだ、良しとしよう。

 

 

 

「……あ、ほら!」

 

 

 

路地裏を抜けて見えた店を、私は勢いよく指差した。

 

 

その指差した方向、道路を一つ挟んだ向こう側にいつも通り「二道」が佇んでいる。

 

 

すると、彼は興味津々な顔で「へぇ〜…」と一言、感嘆の声を漏らした。

 

 

 

「じゃ、行こっか!」

 

 

 

私は幼い彼と一緒にそのまま道路を渡り、古めかしい木の音がする店の扉を開いた。

 

 

その瞬間、ガラガラの店内と、マスターがカウンターで作業しながらこちらの方へ振り向く姿が、目に飛び込んでくる。

 

 

 

「……あ、やっと来た」

 

 

 

カウンターで立っていたマスターは、私に気づくと呆れたような顔でこちらを見つめ、ため息とともにその言葉を吐き出した。

 

 

 

「やっほー、マスター!」

 

 

 

「やっほー、じゃないよ……遅刻だよ」

 

 

 

私がその表情なんて意に介さないように挨拶すると、マスターは尚更呆れたような顔つきになった。

 

 

 

「まぁまぁ、良いじゃないですかー。代わりにと言ってはなんですが、お客さんゲットして来ましたよ?」

 

 

 

「ほら」とその流れで、私は後ろにいた彼を私より前側に行かせた。

 

 

彼は「紹介されたからには挨拶した方がいいか」と思ったのか、マスターに軽く会釈した。

 

 

 

「……お客さんって…どうしたの、その子」

 

 

 

「ん~~……雨宿りして、お友達に?」

 

 

 

「ねぇ?」と私が小さな彼に同意を求めると、彼はまだこの場の空気に慣れていないのか、ぎこちなく頷いた。

 

 

 

「あとほら、こんなお花も貰っちゃって」

 

 

 

私はそのまま持っていた一輪の花をかかげ、笑みを浮かべてみせた。

 

 

 

……マスターは、少し唸った。

どういう想像をしたのだろうか、カウンターに立つ彼はどこか優しい表情になって、作業を再開し始めた。

 

 

 

「……まぁ、今回の遅刻は目を瞑るから、早くそのお客さんの対応してあげてね」

 

 

 

「ホントに!?やった〜!流石マスター!」

 

 

 

「そんなはしゃがなくていいから……早く準備しちゃって」

 

 

 

私がウィンクしながらおだてるも、マスターはローテンションのまま私をあしらった。

 

 

 

「はーい……あ、ちょっと待っててね?」

 

 

 

「……おう、待ってる」

 

 

 

私はマスターに少し間の伸びた返事をした後、連れていた彼を扉に近いソファ席に座らせた。

 

 

 

そのままバックヤードに入って荷物を置き、ぱぱっとバイト着のエプロンを取り出し、身につけながら店内へと戻る。

 

 

 

「……よし!」

 

 

 

着替え終わった私は、そのまま……

 

コップを取り、水を入れて、花を挿して。

 

ちょこんと座っている彼の横にぐいっと座り込んで、花を挿したコップを倒れない場所に飾った。

 

 

 

「ちょっとちょっと、何で店員が座ってるの」

 

 

 

「え〜?何でって、お客様のご注文を聞くんですよ。ねぇ?」

 

 

 

「…え?あぁ、ちゅーもん……注文か」

 

 

 

私は、隣でぼーっとしていた彼に話しかけると彼は小さな手で机の上のメニューを取り、ペラペラ捲り始めた。

 

 

 

「そんな注文の取り方する店員いないよ…」

 

 

 

「ざーんねん、ここにいますぅ〜〜」

 

 

 

「もぉ〜……」

 

 

 

苦言を呈するマスターにフザケた態度でそう返すと、マスターは面倒そうに私を制止するのを諦めた。

 

 

 

すると、メニューをめくっていた彼が、ふと私の方を見てきた。

 

 

 

「……なぁ、オススメとかあんの?」

 

 

 

「お!オススメですか、お客様ツウですね〜」

 

 

 

私は彼の肩をちょいちょいとつつき、適当な褒め言葉を言った。

 

 

 

……ここは普段ならコーヒーを勧めるところだけれど、その年齢じゃ飲めないハズ。

まぁとりあえず、これで良いだろう。

 

 

 

一瞬考えた私は指を立てて、大きめの声でマスターに声をかけた。

 

 

 

「へいへいマスター!この子に牛乳を一つ!」

 

 

 

「…ん、牛乳ね」 

 

 

 

マスターが私の言う通りに入れようとしたので、すかさず私は追加注文を滑り込ませた。

 

 

 

「あと〜、ついでに私にコーヒーを!」

 

 

 

「…さっきも言ったけど、店員でしょアンタ」

 

 

 

「良いじゃないですか〜、モーニングにしか客なんて来ないんだし」

 

 

 

「もおぉ〜〜……」

 

 

 

困惑するマスターに私が文句を言ってみせると、マスターは益々困ったような呆れたような、そんな顔になった。

 

 

 

「……やっぱり、遅刻した分引こうかな」

 

 

 

「え〜!!ケチ!」

 

 

 

恐らく冗談なのだろうと分かるトーンでマスターがそんな事を言ったので、私は大きく怒る素振りを見せた。

 

 

 

「ケチケチケチケチ!そりゃ横暴ですよ〜!お客様もそう思いません〜?ねぇ?」

 

 

 

「……お、おぉ?おぅ……?」

 

 

 

私は勢いよく小さな彼に同意を求め、彼はよく分かっていなさそうな空返事をした。

 

 

 

「……分かったよ、もう…引かないから。お客様にそんな困らせる絡み方しないの」

 

 

 

マスターは私に付き合うのが疲れたのか、今日何度目かの諦めた顔つきでそう言った。

 

 

 

「やった〜。いやー、お客様のおかげで助かりましたよ〜」

 

 

 

「……そりゃ、どうも?」

 

 

 

私のそのお礼の言葉に、不思議そうな声色で彼はそう返してきた。

 

 

…どことなく、彼もこの場の空気に慣れてきたように思える。

 

 

そろそろ、いい頃合いかもしれない。

 

 

 

「……ねぇ、お客様」

 

 

 

「私、レゼって言うの。キミの名前は?」

 

 

 

……私は、彼の名前を既に知っている。

けど当然、教えてもらってもいないのにそれを言うわけには行かない。 

 

 

 

そして、名前で呼ぶというのは親近感を更に上げることに繋がる。

 

 

 

ここで名前を教えてくれれば、これから更に彼と仲良くなるのは、容易なはずだ。

 

 

 

「……オレ…オレの名前は、デンジ」

 

 

 

「デンジ……」

 

 

 

「デンジ君」

 

 

 

……標的、ターゲット、この子、デンジ君。

 

 

 

……デンジ、君。

 

 

 

何故だろう、この呼び方が妙に、しっくりくる。

 

 

 

「……そっか、デンジ君、か。よろしくね」

 

 

 

「……あぁ、よろしく?」

 

 

 

…まぁ、何故かなんて考える必要もないか。何にしても、呼びやすいに越したことはない。

 

 

 

「はい、お待たせしました」

 

 

 

そうして少し考え事をしている間に、マスターが私達のいるテーブルに飲み物の入ったカップを置いてくれた。

 

 

 

「あ!ありがとマスター!……ほらデンジ君、お礼の牛乳届いたよ、どーぞ!」

 

 

 

まるで自分で入れたかのようなテンションで、私は彼に牛乳が入っている方のカップを渡した。

 

 

 

「ん、おう……いただきます」

 

 

 

デンジ君はそのまま、牛乳を飲み始めた。

いい飲みっぷりに見えるけれど、子供の口だからか減りはそこまで早くなかった。

 

 

 

「じゃあ私も頂こうかな〜」

 

 

 

それに合わせて私もコーヒーを飲む。

 

 

……口の中に、軽い苦味と風味が広がる。

マスターの淹れるコーヒーは、結構美味しい。

 

 

 

「はぁ〜……」

 

 

 

数口分味わった私は、一旦カップを口から離して息をついた。

 

 

 

チラリとデンジ君の方を見ると、何か気になるのか、彼はカップから口を離して、じっと私の方を見ていた。

 

 

 

「どうしたの、デンジ君。これ、気になる?」

 

 

 

私はもう片方の手で、自分の持っているコーヒーを指差した。

 

 

 

「……それ……レゼものめるのな」

 

 

 

「まぁそりゃあね、美味しいよ」

 

 

 

「ドロドブ味なのに?」

 

 

 

「んフッ」

 

 

 

……危なかった。

ワードチョイスも言わんとすることも、子供すぎて少し噴き出した。

飲んでる最中じゃなくて、良かった。

 

 

 

「……あはははは!そりゃそうか〜、飲めないよねその年じゃ!」

 

 

 

「だぁってそれマズいじゃん!んなのオトナでものめねぇよ!」

 

 

 

「ふふふ、子供だ子供!そりゃそうだけど!」

 

 

 

こっちを睨んでくるデンジ君の肩を、私は笑いながら軽く揺さぶった。

 

 

 

その瞬間、彼のさっきまでの抗議の表情はすぐにドキリとしたのを隠すものに変わり、黙り込んでしまった。

 

 

 

……嗚呼、分かりやすい。

今までのターゲットと比べれば…いや、比べなくても。

可愛いものだ、本当に。

 

 

 

もっと、引き込んでしまおう。

 

 

 

「……じゃあお姉さんの私が、デンジ君でも飲めるようにしてあげようか」

 

 

 

私は自分のコーヒーをテーブルに置き直し、デンジ君の飲みかけのカップを引き寄せた。

 

 

 

「ちょっと貰うね」

 

 

 

私はその返事を聞く前に、デンジ君の牛乳を、溢さないように少しだけ私のカップに注いだ。

 

 

さらりと流れる白が、佇む黒に飲み込まれていく。

まるで花が開いていくように、カップの中の色が混ざり、変わっていく。

 

 

……そんな様子を眺めていても仕方ない。

私は、おまけに砂糖も入れて、スプーンで中身をささっと混ぜた。

 

 

 

「……はい、完成!これでだいぶ飲みやすいと思うよ」

 

 

 

私は完成したそれを、デンジ君の方へと差し出した。

 

 

彼の視線が、私からそのカップへとゆっくり移っていく。

 

 

 

「……ふ…ぅ〜〜ん………」

 

 

 

数秒ほどじーっと渡された物を見つめていた彼は、またチラッと私の方を見た後、カップを手に取った。

 

 

 

「……じゃあ、のむか…」

 

 

 

デンジ君は恐る恐る、そのカップを持ち上げて、口をつけて。

そのままゴクンと、一口分飲み込んだ。

 

 

 

「…………」

 

 

 

「どう?デンジ君」

 

 

 

しばらくノーリアクションだったデンジ君に私がおずおずとそう聞くと、彼は顔を少し顰めながら、ゆっくり口を開いた。

 

 

 

「……ショージキ、ウマくはねぇな」

 

 

 

……そうか。

子供ならコーヒーの苦味さえ誤魔化せば飲めるものと思っていたけれど、どうやらデンジ君のコーヒー嫌いはそういうことじゃないらしい。

 

 

これで美味しく飲めるようになったら、更に特別な体験を感じてくれると思ったのだけれど。

 

 

まぁ、その辺りは別にどうとでもカバーできる。

私は申し訳なさそうな表情を作って、デンジ君に軽く謝った。

 

 

 

「……ありゃー、そっかぁ。ごめんねデンジ君」

 

 

 

「いや?ぜんぜんいいよ」

 

 

 

すると、デンジ君はまだ少しだけ苦みを堪えたままへらっと笑って、私の方を見た。

 

 

 

「ウマくねぇけど、ホントにちゃんとのめたしな。オトナへの一歩だぜ」

 

 

 

…そっか、良かった。

 

 

顔を見る限り、特別を感じてくれたらしい。

 

 

 

予定通りだ。(うれしい)

 

 

 

……何だろう、この、感覚。

……わからない、ただ。

 

 

 

私は、また。

言葉に詰まってしまった。

 

 

 

 

「……何それ〜、デンジ君カッコいいこと言うじゃん。そんなトシから気遣い出来てたら、将来出世しちゃうよ?」

 

 

 

私は、自身の中にある何かズレたような違和感を拭えないまま、とりあえず彼をからかうような事を言って、笑ってみせることしかできなかった。

 

 

 

「シュッセ……シュッセかぁ。よくわかんねぇけど、ベツにキョーミね〜なぁ」

 

 

 

「そうなの?じゃあ尚更素直でいなよ、イヤなことはイヤだって言ったりさ」

 

 

 

「だからベツに、イヤなワケじゃ……」

 

 

 

「ほら~〜、それをオトナの世界じゃ気遣いって言うんだぞ〜」

 

 

 

「このこの〜」と私はニヤけた笑みを作りながら、どこか遠慮がちに話しているデンジ君の頬を軽くつつく。

 

 

 

すると彼は、照れたように「つつくなよ…」と言う。

やはり子供、簡単なものだ。その言葉の裏は、簡単に見て取れる。

 

 

 

話をして、お互いの名前を教え合って、特別を感じさせて…… 

 

 

 

デンジ君も、悪い気はしていないはず。

その証拠に、ほら。

私が何か話をすれば、それが弾んで──

 

 

 

 

 

 

──あ、やべぇ、そろそろもどらねぇと……」

 

 

 

……それなりに話していたはずなのに、あっという間だった。時間が経つのは、早かった。

 

いくら人が来ない時間とは言え、マスターもよく止めなかったものだ。

 

 

 

「ん、もうそんな時間?」

 

 

私は「よいしょ」と立ち上がって、デンジ君が席から離れやすいように、少し離れた位置に移動した。

 

 

 

彼は座ったまま長椅子の端まで移動すると、そのまま降りて。

 

 

 

「じゃあな、ごちそうさまでした」 

 

 

 

とだけ言ってドアを開けて、いそいそと出ていった。

 

 

 

私は、そうやってデンジ君が駆けていく小さな後ろ姿を、じっと見ていた。

 

 

 

「……」

 

 

 

しばらく無言で立ち尽くしていると、マスターが私の方に声をかけてきた。

 

 

 

「……あの子と話すの、楽しかったかい?」

 

 

 

「……え?」

 

 

 

後ろ姿をぼうっと眺めていたのと、急に声をかけられたのとで、私は思わず聞き返してしまった。

 

 

 

「いや、深い意味はないよ、聞いただけ」

 

 

 

「……なんですかそれ、変なの」

 

 

 

「ごめんごめん。それじゃ、さっきお出ししたもの片付けちゃって」

 

 

 

「はいはい、分かりました〜」

 

 

 

私は怠そうな態度をわざと取ってから、テーブルの上を片付け始めた。

 

 

…そしてふと、私が使っていた方のカップを見ると。

 

 

もう2度と元に戻らないであろう、黒と白の混ざった液体が、その中に残っていた。

 

 

 

「……ねぇ、マスター」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「デンジ君、明日も来ると思います?」

 

 

 

「……さぁ、どうだろうね」

 

 

 

マスターは、私のその質問に、目を閉じて少し微笑んだ。

 

 

……なんで、こんな質問をしたんだろう。

 

 

デンジ君には、これから会いたくなるように色々仕向けたし、来なかったら来なかったで作戦を練り直せば良いだけなのに。

 

 

今日だけでまた、自分の中に多くの『何故』が増えてしまった。

 

 

 

……片付けのためと持ち上げたカップの中身がゆらゆらと揺れているのを、私は無言でしばらく眺めていた。

 

 

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