小さな電ノコ、シケる爆弾   作:ぱらそる

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重ねる指と約束

 

 

昼時、普段なら誰も来ない時間。

 

 

 

私はマスターにあーだこーだとテキトーな文句をつけて、客が座るはずの席で教科書とノートを開いていた。

 

 

……ふと、思うけど。

マスターってお人好しすぎる。

だから繁盛しないんじゃないかな、いいお店なのに。

 

 

 

まぁ、それはそれとして。

今日はデンジ君は、来るだろうか。

そうなるようにある程度は仕向けたけど、確実にそうなる訳じゃ…

 

 

 

「よぉ」

 

 

 

「…あ!デンジ君!」

 

 

 

そう思った瞬間、扉が開く音と彼の声が聞こえた。

……すごいタイミング、ピッタリだ。

 

 

 

「また来てくれたの?」

 

 

 

私は顔色をぱぁっと明るくさせ、目を輝かせてみせた。

デンジ君は少し目を逸らして、頷いた。

 

 

 

「まぁな、きのうメニューみて気になってたし」

 

 

 

そのまま彼は、私の座っているドアから一番近い席を回って通り過ぎて、隣のテーブルがある方へと座ってメニューをぱらぱらと捲り始めた。

 

 

 

「……カレー、カレー食おうかな」

 

 

 

「デンジ君、注文はカレー?」

 

 

 

「うん。決めた、カレーで」

 

 

 

デンジ君はメニューを見たままそう言ったので、私は昨日と同じようにマスターに声をかけた。

 

 

 

「マスター!デンジ君からカレーのオーダー入りました〜!」

 

 

 

「……はい、作るから待ってね」

 

 

 

マスターは「店員」をほぼ放棄している私に対して、どこか投げやりな態度で私にそう返事した。

 

 

 

「……なぁ、レゼ」

 

 

 

すると、私達のやり取りを見ていたデンジ君が、私に声をかけてきた。

 

 

 

「ん〜〜?どしたの、デンジ君」

 

 

 

「それ、ベンキョウしてんの?」

 

 

 

そう言いながら彼が指差したのは、私が使っている教科書やノート、筆記用具達だった。

 

 

 

「そうだよ、ただ今勉強中でーす」

 

 

 

「へ〜〜……」

 

 

 

するとデンジ君は、ますますジロジロとそれらの道具と私とを、興味深そうに見るようになった。

 

 

 

「なになに、デンジ君。もしかして興味ある?」

 

 

 

珍しくいまいち彼の心が読めなかったので、私は純粋に気になってデンジ君に質問を投げかけた。

 

 

 

……ただ、彼が私を見ていたのは割とシンプルな理由だった。

 

 

 

「いや……店員でそんなガッツリやってんの、めずらしいなっておもって」

 

 

 

「フフッ」

 

 

 

……子供って、本当に素直だ。

私は本当に少しだけ、予想外の所から刺されたような気分になった。

 

 

 

「……マスター、何で今笑ったんですか」

 

 

 

「いやぁ、良いこと言ってくれたなぁと思っただけだよ」

 

 

 

…今ので、マスターもデンジ君をより気に入ってくれた気がする。

本当は良いことだけど、ここはあえて膨れっ面でも見せておこう。

 

 

 

さて、いい頃合いだろうか。

私は表情を切り替えて、またデンジ君に笑顔と誘いを向けた。

 

 

 

「じゃあ〜……デンジ君。世にも珍しいお店で勉強してる店員、もっと近くで見てみませんか?」

 

 

 

そして、「おいでおいで」と手招きをするポーズもしてみせる。

 

 

 

「……お〜、そうだな。みよっかな。よにもめずらしいしな」

 

 

 

デンジ君は、聞いていて気持ちいいぐらいの棒読み声を出しながら、私の席の方へと座ったままずりずり移動してきた。

 

 

 

私はあえて何も言わずに口角だけ少し上げて、そのまま勉強を再開した。

 

 

 

「……」

 

 

 

デンジ君はさっきよりも惚けたような表情で、私がシャープペンシルをノートの上で走らせているのを、眺めている。

 

 

 

しばらく、無言が続いた。

何となく、悪くない静かさだった。

 

 

 

 

……ただ、流石に数分もそうしていては飽きたのか、デンジ君がおもむろに口を開いた。

 

 

 

「……レゼがやってんの、ムズそうだな」

 

 

 

私はペンを走らせていた手を止めて、彼の方を一瞥した。

 

 

 

「ふふ、そうだね。少なくともデンジ君の年齢じゃ習わないんじゃないかな?高校生ぐらいになったら分かるよ、きっと」

 

 

 

「ふ〜ん……コウコウセイ、かぁ。さきのなげ〜話」

 

 

 

デンジ君は天井を見上げてそう言ったあと、私の方に視線を戻した。

 

 

 

「てことはさ、レゼもコウコウセイなの?」

 

 

 

「……え?」

 

 

 

「だってそれ、コウコウセイぐらいならわかるんだろ?」

 

 

 

デンジ君は、小さい指先で私が解いている問題の方を指し示した。

 

 

 

……そう、私は高校生。

 

 

今は夏休み期間で、ほぼ毎日二道のバイトに入っている。

 

 

そういう、「設定」だ。

 

 

それを怪しまれないための、嘘の学校話だって向こうであらかじめ用意してある。

 

 

 

マスターにだってある程度そういう話はしているし、もし深掘りされても、デンジ君にも同じ話をすればいいだけだ。

 

 

だから、「高校生なのか」というその問いには、普通に「うん」と答えられる。

 

 

 

「……そう、だね」

 

 

 

……そう、答えられる。 

ハズ、なんだけどな。

 

 

 

「へ〜!スゲェな」

 

 

 

「フフ、スゴイでしょ。私はデンジ君より結構お姉さんなんだよ」

 

 

 

私は今の気持ちを読み取られないように、ペンを人差し指代わりに彼に向けて、冗談めかして笑った。

 

 

そうしたら、デンジ君は明るい表情を浮かべて、私にこう言った。

 

 

 

「じゃあさレゼ、コウコウってどんななのかオレに予習させてくれよ」

 

 

 

高校の予習……予習、ね。

 

 

 

「予習、かぁ……」

 

 

 

少し溜めてから、私はデンジ君の表情を、もう一度見た。

 

 

 

……デンジ君は、どこからどう見てもワクワクしてそうな顔をしている。

興味のある未知を教えてもらう時の子供というのは、割とそういうものだとは思うけれど。

 

 

そんな彼に、教えて良いんだろうか。

本物を知らない私が。

一般論とイメージで固めた、偽りの学校生活を教えて。 

 

 

 

もしかしたら、嘘だとバレるかもしれない。

子供は変な所で目ざといというか、察しが良かったりするし。

 

 

いや……違う。

何か違う。

そうじゃない。

 

 

私は、デンジ君に……

 

 

 

「………」

 

 

 

「……私の、『学校』の話なら、教えてあげられるよ」

 

 

 

そんなことを考えていたら、私の口は、いつの間にか予定にないことを口走った。

 

 

 

「?」

 

 

デンジ君の表情は、一転してキョトンとしたというか、頭にハテナマークがたくさん浮かんでいそうなものになった。

 

 

 

「私が通ってる学校、普通とは違うからさ」  

 

 

……私は、別種の作り話をすることにした。

 

自分の経験に当てはめた、学校の話を。

 

 

 

「へー…そうなの?」

 

 

 

「うん。すっごくつまんないよ、うちの学校」

 

 

 

…多分、私の理性がそうさせたのだろう。

 

 

それを話す時の私の声のトーンは、デンジ君にしか聞こえないレベルで落ちていた。

 

 

 

「ほとんどの時間、そこで過ごすのを強要されてさ。自由時間もあんまりなくて」

 

 

 

「クラスメイトは、無口か最低限の会話しかしない子しかいないの」

 

 

 

「勉強も、教えるっていうより詰め込まれる感じ」

 

 

 

「体育の時間とか、体力ない子には拷問だと思う。私はまだ、ついていけた方かな」

 

 

 

話すというより、口からこぼれていくようだった。

 

次から次へと、その『学校』の作り話が、考えなくても出てきてしまう。

 

 

 

「まぁ、もう慣れたけどね」

 

 

 

「……」

 

 

 

デンジ君は当然、ぽかんとした顔で私の話を最後まで聞いていた。

 

 

私が勉強してるのをデンジ君が眺めていた時とは違う沈黙が、数秒間私達を襲った。

 

 

 

「……バッチリ、予習できたぜ」

 

 

 

すると、彼は苛立っていそうな、ムスッとした顔で言い放った。

 

 

 

「コウコウって、クソみたいなトコなんだな」

 

 

 

……そのデンジ君の、本気の表情を見て。

余計なことをしたと、私はそう思った。

 

 

過剰に演じすぎず、素の自分に演技の要素を足すのは長続きする演技のコツのうち一つではあるが。

今のは明らかに、要らない話が混じりすぎていた。

 

 

ここは「普通」を演じておくのが一番無難だっただろう。

 

 

 

「あ……やだなぁ!今のは、私の学校がアレだって話だから!他の学校はきっとそんなこと、ないと思うよ!」

 

 

 

本来予定にない作り話をするから、要らないフォローをする羽目になるんだ。

 

「疑わせないため」という理屈に、矛盾している。

 

それが回り回って疑わせる材料になるかもしれないのに。

 

とにかく、立て直さな………

 

 

 

「いーや」

 

 

 

「コウコウがレゼにそんな顔させるなら、コウコウなんてなくなっちまえばいい」

 

 

 

……立て直、さないと。

 

 

 

「あはは!デンジ君ってば、過激なこと言うね…」

 

 

 

……今、私の目の前にいるターゲットが幼くて良かった。

今の言葉、演技の体裁こそ保ってはいたが、それなりに賢い相手なら見破られてもおかしくないレベルのものだ。

 

 

 

……いや、でもきっと、そんな相手なら私はこうはなっていない。

 

 

今、私が、おかしいのは……

 

 

 

「オレ、マジだぜ。ブッ壊してこよーか?」

 

 

 

今、私が、今、………

 

 

 

 

…いま……今、なんて?

 

 

 

……自分でも分かるぐらいグチャグチャになりかけていた思考回路に、デンジ君は豪速球を投げつけてきた。

 

 

 

「……へ?」

 

 

 

思わず、気の抜けた返事をしてしまった。

訳、分からなさすぎて。

逆にその豪速球に無理やり曲げられて、思考が真っすぐになった気すらする。

 

 

 

「レゼのコウコウだよ。オレ、つえ〜からがんばったらできるぜ」

 

 

 

一方デンジ君は、手でVサインを作りながらそう言って、不敵に笑った。

 

 

 

壊すって……なくなっちまえばいいって、そういうこと?

 

 

何それ、メチャクチャだ。信じられない。

子供っぽいといえば子供っぽいけど……

 

 

いや、その辺の子供が言う「俺は強い」とは訳が違うのは分かっている。

彼は、チェンソーの悪魔と融合しているのだから。

 

 

 

……でも。

 

 

少なくとも私は、「ボム」の力を手にしてなお、そんなことは考えたことも、妄想してみようとしたことすらなかった。

 

 

強いから頑張ったらできる?

無茶言わないで。できるわけない。

いや、まぁ、デンジ君視点じゃあくまで学校の話だけど……

 

 

でも、それでも。仮に私の言う『学校』が普通の学校だったとしたって、その言葉はやっぱり無茶苦茶だ。

 

 

…ホントに、デンジ君ってば……

 

 

 

「………」

 

 

 

……ダメだ。

小さいデンジ君が『学校』をバラバラにするバカバカしいイメージが、頭に浮かんできた。

 

 

チェンソーぶん回して、暴れ回るんだ。

 

 

 

『レゼにつまんね〜顔させたバカコウコウはここかァ〜〜!?』

 

 

 

とかなんとか、メチャクチャなこと言って。

 

 

 

私もついでに、どさくさに紛れて暴れちゃおっかな?

 

 

 

「今までさんざんこき使いやがって〜」、って。

 

 

 

「……ぷっ…!」

 

 

 

……あーあ。

 

……なんか、私も、相当バカになっちゃったみたい。

 

 

 

「あっははははっ!!あ〜っははははは……!!」

 

 

 

その、想像が。

 

 

あまりにもバカバカしくて、愉快で、楽しくて、たまらない。

 

 

私は目をぎゅっと瞑って、お腹を抱えて大笑いした。

 

 

「……そ、そんな笑うかよ!?ホンキなのによ〜!」

 

 

 

「だぁって!デンジ君がおもしろいこと言ったんだもん!ふふふっ、あははははは……!!」

 

 

 

照れながら怒るデンジ君をよそに、私は引き続き大笑いをしていた。

 

 

 

「じゃあじゃあ〜…ぁはっ、私が呼んだら、ふふっ……駆けつけてね?『助けて、ヒーローデンジ君!コウコウをぶっ壊しちゃえ!』…ああっははははっ!!!ひぃ〜……!」

 

 

 

「ゼッタイバカにしてるだろ〜!……レゼがよぶなら行くけど!」

 

 

 

「えぇ〜!?こんなに言ったのに呼んだら来ちゃうの〜!?あはははは……!!」

 

 

 

私は、しばらくデンジ君をからかいながら笑っていた。

デンジ君は怒りながらも、私のからかいに真剣に答えてくれた。

 

 

 

そうしたら、「学校」のことなんて、いつの間にか頭からぶっ飛んでた……──

 

 

 

──……あ〜、おかしい、笑った〜……」

 

 

 

「も〜……笑いすぎだろ〜…」

 

 

 

しばらく経って、やっと私の笑いの波が収まった。

 

 

デンジ君は、「せっかく心配したのに」みたいな、不服そうな顔をしていた。

 

 

 

 

……そうしてまたしばらく、私達が落ち着いた頃、マスターが私達のいるテーブルにやって来た。

 

 

 

「お待たせしました、カレーです」

 

 

 

私達が話をしているうちに、マスターはカレーを出来上がらせていたようだ。

 

 

……いや、むしろ、落ち着く頃合いを見計らってマスターが持ってきてくれたと言うべきかもしれない。

 

 

 

「あ……デンジ君、丁度カレー届いたよ」

 

 

 

「お、ホントだ。いただきますしねーとな」

 

 

 

 

……デンジ君が、カレーに目移りしたのを見て。

やっと、私の中に冷静さが戻ってきた。

 

 

 

今の話……別に、ただ、私が少し暗い話をして、それからバカな話をして大笑いしただけだけれど。

 

 

彼にとっては、すごく印象的かもしれない。

 

 

もし、デンジ君が周囲の人間に私の「学校」の話をして、そんなことで何か疑われたらたまったものではない。

 

 

考えすぎな気もするが、少しだけカバーしておこう。

 

 

 

「そうだ、デンジ君。いただきますの前に、一つだけ……いいかな?」

 

 

 

「え?ぜんぜん、いーけど……」

 

 

 

私はデンジ君の耳元まで顔を近づけて、わざと一筋汗を垂らして、恥ずかしそうな表情を作り、声を潜めた。

 

 

 

「……私、その学校に通ってるの結構ハズかしいんだ。デンジ君、さっきの話、ヒミツにしてね」

 

 

 

デンジ君は、心臓が飛び出そうなのを堪えたような赤い顔をして、ゆっくり頷いた。

 

 

 

「お…お、おう。ヒミツな、ゼッタイに…」

 

 

 

「ありがとう。約束だよ、デンジ君」

 

 

 

そのまま私は近づけた顔を元に戻したあと、彼の小指を自分の小指で持ち上げながら、きゅっと、指と約束とを結んだ。

 

 

彼は赤い顔のまま、その結ばれた指を見つめていた。

 

 

 

「………うん………」

 

 

 

……よし。これで彼が周囲の人間にその話をすることは、ほぼ無いだろう。

 

 

修正はちゃんと効いた、はずだ。

 

 

……なんで、修正が必要になるような話を、行動を、したんだろう。

 

 

デンジ君に出会ってからの2日という短い時間で、要らないことをしすぎじゃないだろうか。

 

 

…やめよう。考えたって答えは出ない。

 

 

 

「……なぁ、レゼ」

 

 

 

その時、デンジ君が照れの抜けきっていない、でも何か考えているような顔で、私に話しかけてきた。

 

 

 

「どうしたの?デンジ君」

 

 

 

「レゼも、耳、こっちに近づけてくれねぇ?」

 

 

 

私は一瞬、驚いてしまった。

顔にこそ出さなかったけど、このタイミングでそんなことを言われるとは思わなかったから。

 

 

 

「…うん、いいよ……」

 

 

 

思ってもみない展開に少し困惑しながらも、デンジ君に言われるまま、私は彼の顔に耳を近づけた。

 

 

私の耳と彼の口が近づいた時、デンジ君は、真剣なヒソヒソ声でこう言った。

 

 

 

「レゼ……オレも、ヒミツおしえるよ」

 

 

 

「オレ、ガッコウ行ってねぇんだ。オレ、公安のデビルハンターなの」

 

 

 

「……え…」

 

 

 

衝撃だった。

 

いや、デンジ君がそうなのは、調べたんだから当然知っている。

 

驚いたのは、このタイミングでの暴露だ。

 

予想外だった。もっと親しくなるか、何ならそうなっても教えてもらえないかもしれないと思っていたのに。

悪魔と合体してるとはいえ、デンジ君はとても幼い。

そんな彼がデビルハンターをしているのが世間にバレるのは、かなり不味い事態のはず。

 

そう考えれば、デンジ君はかなり強く口止めをされているはずだ。

 

 

 

「だからさ……なんかあったら、オレにいってくれよな。マジでかけつけるぜ」

 

 

 

……しかも、その秘密を打ち明けたのは、私のため?

 

 

 

……うんとも、すんとも、返事が、できなかった。

 

 

 

「どこでどうしてるか分かるわけじゃないのに、どうやって駆けつけるの」とか、子供らしい短絡さをからかうこともできなかった。

 

 

 

私はただ、それを呆然と聞いていた。

 

 

 

「コレ、ホントは教えたらスゲ〜おこられんだ……だから、ヒミツな」

 

 

 

そして……

 

 

 

デンジ君は、もう一度私の手を持ち上げて、ぎゅっと小指を小指で握ってきて。

 

 

 

「こっちも約束だ」とばかりに笑った。

 

 

 

「……うん……」

 

 

 

……別に、その返事に意味は込めていない。

 

ただ予想外の行動に、困惑してしまっただけ。

 

同じ境遇の子供が、私を守ると嘯いた。

 

ありえない。色んな意味で、有り得ない。

 

 

 

もし、仮にそれをやるとするなら、むしろ……

 

 

 

 

「………」

 

 

 

何か、気の利いたような冗談一つすら出なかった。

 

 

 

そこから更に、深く考えようとすると、私はドツボにはまりそうな気がした。

 

 

 

……切り替える、しかない。

 

 

 

「……じゃあ、約束も終わったことだし、ご飯食べよっか!」

 

 

私は両手をぱん、と合わせて、店員のスマイル的な笑顔を作った。

 

 

 

「あっ……せっかくたのんだのに、早くたべねーとな……」

 

 

 

すると、デンジ君もそちらに意識がいったのか、カレーの方を見つめ始めた。

 

 

 

「そうそう!アツいうちにお召し上がりくださ〜い!」

 

 

 

私の茶々に合わせて、彼は「いただきます」と言い、そのままカレーを食べ始めた。

 

 

 

「……美味しい?デンジ君」

 

 

 

「ん、んめー!サイコーだぜ」

 

 

 

私は、もう一旦、考えるのをやめておいた。

 

 

カレーを食べるデンジ君を、とにかくただ、眺めることにした──

 

 

 

 

 

──ごちそーさまでした」

 

 

 

そうしているうちに、彼は食事を終えて、店から出る時間を迎えていた。

 

 

 

「……んじゃあ、オレ行くぜ。えっと……これお金」

 

 

 

「はい、確かに丁度いただいたよ。ありがとうね」

 

 

 

マスターはデンジ君から丁寧にお金を受け取り、子供相手にとは思えないほど、物腰柔らかくお辞儀をした。

 

 

 

「……今日はお別れかぁ、さみしいね」

 

 

 

私はさらっと明日も来てくれるように仕向けるようなセリフを言うと、彼は笑ってこっちを向いた。

 

 

 

「ダイジョーブだよ、明日もこれたらくるぜ。ウマかったしな」

 

 

 

「ホント!?嬉しい〜、ほら、マスターも嬉しいって!」

 

 

 

「……ぜひ。お待ちしてるよ、デンジ君」

 

 

 

マスターが、こんなやり取りに乗っかってくれるのは珍しかった。

でも、デンジ君はそんな事は知らないので、あまり気にせず帰る準備を整えて、ドアの前に立っていた。

 

 

 

「んじゃ、行くぜ」

 

 

 

「あ、デンジ君ありがとう!また明日ね!」

 

 

 

私が手を振ると、彼ももう一度振り返りながら手を振って、店を出ていった。

 

 

ドアが閉まると、場に静寂が訪れた。

 

 

 

「……」

 

 

 

私は、無言でその場に立っていた。

 

 

 

マスターも、無言だった。

多分、私とドアとを眺めていたのだろうか。

 

 

 

……もしかしたら、私達は、同じことを考えていたのかもしれない。

 

 

 

すると、マスターが突然、口を開いた。

 

 

 

「あの子……いや、デンジ君は…」

 

 

 

「なんと言うか……面倒の見がいがある子だね」

 

 

 

「……ふふ、私としてはからかいがいがあるな〜って感じですよ」

 

 

 

私は、そのマスターの同意を求めるような言葉を誤魔化して、クスッと笑った。

 

 

マスターは私の意図を知ってか知らずか、それ以上デンジ君の話をしようとはしなかった。

 

 

 

「さ、片付けようか」

 

 

 

「はーい」

 

 

 

マスターの一声で、私は表情を普段の笑顔に戻して、テーブルの上の食器を片付け始めた。

 

 

 

……時折、2つの約束を重ねた自分の小指を見つめて。

 

 

 

 

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