小さな電ノコ、シケる爆弾   作:ぱらそる

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『もっと馴れ合っていこうぜ?台風の悪魔くん』



『チェンソーの心臓を手に入れたら、一生俺にアンタん力を使わせてくれるっつー契約だからな』



『気ヲツケロ チェンソーノ心臓持ツ人間悪魔タクサン殺シテイル』



『そりゃ悪魔が賢くねえからだな』



『仕事で中国のデビルハンターを殺した事がある』



『そいつは血も涙もないと言われた冷酷なデビルハンターだったよ』



『ドウヤッテ殺シタンダ?』



『血と涙の出る所を探すのさ』



『そいつの妻と娘を人質にとって剥いだ皮を見せたら、大人しく殺されてくれたよ』



『ましてや今回は』



『いくらでも出どころはあるだろうさ、子供が相手なんだから』



『子供は、玩具を無くしただけでも泣いたりするもんだ』



『大人の血と涙の出所より余程探しやすい』







夜に照らされる本心

 

 

 

 

 

私は今、デンジ君と一緒に学校の中を歩いている。

 

 

 

……ああ。

 

 

夜の学校って、こんなに暗いんだ。

……当たり前か、電気とかろくに付いてないわけだし。

 

 

 

「暗いねぇ、デンジ君」

 

 

 

「あ〜……だな」

 

 

 

デンジ君は、私の問いかけにどこか間の延びたような返事をした。

 

 

 

「こんなに暗いと怖いでしょ」

 

 

 

「べつに?へんな感じはするけど……」

 

 

 

デンジ君のその言葉は自然な言い方で、別に強がっている風には見えなかったから、怖くないのは本当なのだろう。

 

 

 

「またまたぁ〜〜、ほら、手繋いであげるよ?」

 

 

 

けれど私は、何となくからかう調子で手を差し伸べた。

 

 

 

「オレ、そんなコドモじゃねーし…」

 

 

 

「デンジ君ってば〜、キミはじゅーぶん子供でしょ。ムキにならないの。ほらっ」

 

 

 

デンジ君が珍しくムスッとしたのが面白くて、私は少し強引に彼の手を握った。

 

 

 

「……しょーがねーな」

 

 

 

それが思いの外嫌でもなかったのか、彼は私の手を軽く握り返してきた。

 

 

 

「ふふふ、素直が一番!」

 

 

 

私達は手を握りあって、学校の中を歩いていく。

 

 

 

長い廊下を歩いて、入れそうな教室を見つけた私達は、その中に入り込んだ。

 

 

 

「デンジ君、ここが教室だよ。皆が授業受けるところ」

 

 

 

「へ〜、ここがか、ツクエだらけだぜ」

 

 

 

キョロキョロと教室内を見回した後、デンジ君は並べられた机達をじっと見つめた。

 

 

 

「……なぁ、これ、どこにすわんの?」

 

 

 

「好きなとこ座っていいんじゃないかな、今日は私達しかいないし」

 

 

 

「お、マジか。じゃあいちばん前だな」

 

 

 

デンジ君は迷いなく一番前の真ん中の席を選んで、どかっと勢いよく座り込んだ。

 

 

 

「へへ、トクトーセキだぜ」

 

 

 

「さっすが、やる気充分だね!」

 

 

 

私は褒めながら教壇に立って、真ん前に1人座る、小さな生徒を見据えた。

 

 

 

「では!せっかくなので出欠を取りましょう!出席番号一番、デンジ君!」

 

 

 

「はい!はいはーい!!」

 

 

 

私が挙手しながらデンジ君にもそれを求めると、私以上の勢いで彼は忙しなく何度も手を挙げた。

 

 

 

「元気いっぱいでよろしい!100点の出席です!」

 

 

 

私も負けじとデンジ君を勢いよくそう褒めて、そのままチョークを手に取った。

 

 

 

「じゃあ、出欠確認は終わったので、算数の授業をしましょー!まずは簡単な復習から!」

 

 

 

私はチョークを手にとって、黒板に勢いよく文字を書きつけ始める。

カンカンと、小気味よい音が教室に響く。

 

 

 

白い『1+1=』という文字が、黒い板にはっきり映えていた。

 

 

 

「はい、この問題解ける人!」

 

 

 

「はいハイ!2!」

 

 

 

「正解!天才!じゃあ次です!……次は、少し難しくしちゃおっかな?」

 

 

 

「え、マジか」

 

 

 

「マジです!デンジ君解けるかな〜…?」

 

 

 

『1+2=』

 

 

 

「あんまムズくなってねぇ!ハイハイ!!3!!」

 

 

 

「大正解!難しくするのが少しすぎたかな?」

 

 

 

「へへ、足し算ならぜんぶラクショーだぜ」

 

 

 

「あ〜、言ったな〜?じゃあもっと難しくしちゃお、後悔しても知らないよ」

 

 

 

「やべ、ヨケーなこといったかも……」

 

 

 

……私はその後も、調子よく足し算を書いていき、デンジ君も何だかんだそれに乗っかって勢いよく答えてきて───

 

 

 

 

 

 

──そうしてそれなりの数の問題を解いているうち、いつの間にか、黒板が数字で一杯になっていた。

 

 

 

「……すごい!黒板がいっぱいになりました!がんばったね〜」

 

 

 

私が拍手すると、デンジ君は誇らしげというか、一仕事終えたあとのような顔つきになっていた。

 

 

 

「へッ、チョーまなんだな」

 

 

 

「ふふ、じゃあキリもいいし、算数はこれで終わりにしよっか!」

 

 

 

「おう!ありがとーございました!」

 

 

 

デンジ君は頭を下げたあと、納得したように頷いた。

 

 

 

「なるほどな……ガッコーってこんなかんじなんだな、だいたいつかめてきたぜ」

 

 

 

……学校が、こんな感じ、か。

 

 

 

「……ふふ、まぁね」

 

 

 

……それは、どうだろう。

 

 

 

大体の授業の雰囲気とか、そういうのは「作り話」のために知識として持ってはいるし、楽しんでもらおうと思ってノリ良くやってはみたけれど。

 

 

 

これが本当なのかは、私にも分からない。

 

 

 

「デンジ君、どう?体験してみて、学校行ってみたいって、思った?」

 

 

 

私はふと、そんな質問をデンジ君に投げかけた。

 

 

 

「え?なんで?」

 

 

 

一方デンジ君は、あまり分かっていなさそうな顔で、キョトンとしている。

 

 

 

「なんでって……」

 

 

 

なんで、か。

そう言われると、困る。

 

 

 

……適当に、思うように、言ってみようか。

 

 

 

「その年でデビルハンターなんて、ダメだと思うから。……おかしいっていうか……ホントに、ダメだと思う」

 

 

 

「デンジ君、キミは本当なら小学校に通ってる年齢だよ?」

 

 

 

「勉強してさ、友達と遊んでさ、悩み事なんて『宿題めんどくさいな〜』ぐらいでさ…」

 

 

 

「それなのにデンジ君、借金背負って、それから解放されたと思ったら公安で悪魔を殺したり殺されそうになったり……」

 

 

 

「絶対におかしいよ、そんなの」

 

 

 

……スラスラと、言葉が出てきた。

自分でも、驚くぐらい。

適当に、言ってみたからだろうか。

 

 

 

「でもオレ、いいセーカツしてるぜ?1日3回食わせてもらって、布団でもねれて……」

 

 

 

「それって日本人として当たり前の……ううん、子供なら誰でもそうあるべきっていうか、ホントに最低限のことだよ」

 

 

 

そのデンジ君の言葉を否定するための返答まで、早かった。

 

 

デンジ君は私の言葉に困ったような顔を見せた後、閃いたように喋り始めた。

 

 

 

「……あ、まだあるぜ。マンガとかも読んでいいし、たまにだけど、ベンキョーがんばった日にはなんか買ってもらえたり……」

 

 

 

…ああ、そういえばデンジ君、前も勉強は教えてもらってるって言ってたな。

教育係は餌付けをするタイプなのだろうか。

 

 

 

「でも……厳しいんでしょ、その勉強教えてくれる人」

 

 

 

「んー……レゼよりはカタいっていうか、わかんなかったりキビシー時もあるかな」

 

 

 

……なんというか、デンジ君から返ってくる答えが、いまいち要領を得ない。

その言い方だと、私より厳しい時もあるだけで、普段は……

 

 

 

そう考えた時、デンジ君は、私にとって予想外の情報を出してきた。

 

 

 

「はじめは特にキビシかったぜ。はじめてイッショにシゴト行ったときは、『家にいろ』とか『うえにはオレが言うからシゴトにくるな』とかうるさかったし」

 

 

 

……家にいろ?

 

上には俺が言うから仕事に来るな?

 

 

 

……なに、どういうこと?

無理やり任務をさせる人間の口ぶりじゃ、ない。

 

 

 

「……デンジ君、その人って、どういう人?」

 

 

 

私は思わず、そう聞いてしまった。

 

 

 

「どーいう人?……んー……マジメすぎっていうか……ウザいときもまぁまぁあるかな、ウマいメシ作ってくれるからいーけどな」

 

 

 

 

「そいつ、アキって言うんだ。なんか知んねーけど、オレにあんまデビルハンターさせたくないっぽい」

 

 

 

「ほんと、最近だぜ。『つよいのは分かったがむりするな』とか、ちょっとシゴトでみとめてくれるようになったの。それでも『オレがいるときはゼッタイにオレのそばにいろ』とかいわれるしな」

 

 

 

「……あ、そーだ。アキがいってたな、ほかの人にセツメーするなら『ホゴシャ』がイチバンわかりやすいんだってさ」

 

 

 

……なるほど、道理で噛み合わないわけだ。

 

 

 

「……そっ、か」

 

 

 

デンジ君の生活は、私が想像していたものと少し違っている。

 

 

 

少なくとも確実に言えるのは、上層部はともかく、彼を住まわせているアキという人間は、デンジ君のことをきちんと子供として扱い、心配しているらしい。

 

 

 

……ああ、何だろう、この気持ちは。

 

 

 

デンジ君が、思ったよりいい人と過ごせている時間がありそうで良かった……そんな気持ち。

 

 

 

私と同じだと思ってたのに、既にデンジ君には彼を案じてくれる人間がいた。

そうしてデンジ君を憂うのは、私だけだと思っていたのに……そんな気持ち。

 

 

 

今更、何を。

彼を殺すつもりじゃなかったのか?

わざわざ、危険を冒して、夜の学校にまで連れてきておいて……そんな気持ち。

 

 

 

違う、デンジ君を連れてきたのは……

 

 

そんな、そんな気持ち……

 

 

 

 

……分からない、分からない。

 

 

頭の中が、グチャグチャだ。

 

 

……考え、たい。

少し、整理したい。

 

 

 

「……ごめん、デンジ君。ちょっと、おトイレ行ってくるね」

 

 

 

「え?あ、あー、いってら……?」

 

 

 

私は顔に笑顔を貼り付けて、気持ちを隠しつつその場を離れた。

 

 

 

 

 

……1人、廊下を歩く。

 

静かだ。

 

 

何も聞こえない。

 

 

 

 

……あえて私は、少し距離のある場所を選んだ。

 

 

 

そうして洗面台まで、たどり着いた。

 

 

蛇口がいくつか並び、大きな鏡が一つつけられている。

 

 

私はその前に立ち、自分の姿を眺めた。

 

 

 

「……」

 

 

 

……しばらくそうしていて、とりあえず。

時間をおいたおかげで少し冷静にはなってきた。

 

 

 

きっと、デンジ君が今日ここに来れたのは。

デンジ君を預かっている、そのアキという人が許したからだろう。

 

 

 

パッと聞いた限り子供には甘そうだから、お願いされまくったとか、そんなトコだろうか。

 

 

 

そして、こうやってデンジ君がその人のことを話してくれたのは、私とは秘密を打ち明けあった仲で、私を信頼しているから。

 

 

 

……そう、信頼されている。

そうなるように、仕向けたから。

 

 

 

それは全部、作戦のためで……

 

 

 

本当に?

 

 

本当に、そうなんだろうか。

 

 

それにしては、余計なことが多かった。

 

 

今日ここにいるのだって、「殺すならせめて」がきっかけだった。

 

 

 

せめてって、何?

戦士に必要ない判断だ。

 

 

 

殺せる?今の私に。

 

デンジ君を。

 

一目見た時に躊躇した、デンジ君を。

 

 

 

……躊躇、したのは。

彼が私達と似ていると思ったから。

 

 

実際、彼は酷い環境下に置かれている。

 

 

借金を背負わされ、それが終わったと思ったら悪魔と殺し合いをさせられて。

 

 

本当なら、学校に通って普通の日常を送るべきなのに。

  

 

……ただ、そんな彼には身を案じてくれる人間が、既に最低1人はいた。

 

 

それを、救いだって言いたいわけじゃない。

 

 

でも……

 

 

彼は私達と、同じじゃなかった。

 

 

それに、何より。

私は、彼を憂いた唯一の人間などではなかった。

 

 

 

そう、私はもとより、ソ連の戦士。

標的を殺しに来た暗殺者。

 

少し、時間はかかってしまったが。

舞台は、整った。

 

 

 

殺せる。

殺せるよ。

幼い、デンジ君を。

 

 

 

……私は、鏡に映る自分の顔を見つめ直した。

 

 

瞳に光のない、暗殺者が映っていた。

 

 

 

……ごめんね、デンジ君。

 

 

自分勝手で。

 

 

キミの心臓、貰いに戻るね。

 

 

 

……この結論に至るまで、随分時間がかかってしまった。

決心して、振り向いて戻ろうとした時だった。

 

 

 

外で勢いよく、雨が振り始めた。

ざぁざぁと、窓ガラス越しでもうるさいぐらいに雨が降っている。    

  

 

 

 

『タラーン!』

 

 

 

瞬間、デンジ君と出会った時のことを、思い出した。

 

 

 

『さっきかなしい顔してたからさ、わらってくれたし、成功だなって』

 

 

 

『せっかくかわいいのに、ンな顔してちゃダイナシだぜ』

 

 

 

……一週間前、出会った時もこんな天気だったな。

 

 

 

……だから何、ということもない。

 

 

 

ただ、思い出しただけ。

 

 

 

私は、教室の方へ戻るため、ゆっくりと歩き始めた。

 

 

 

……そうだ、思えばたった一週間。

 

 

 

それも、彼と会っていたのはカフェ二道でバイトしている間、お昼時だけ。

 

 

   

短い、短い(たのしい)だけの時間だった。

 

 

 

そんな短い時間、標的と一緒にいただけ。

 

 

 

ただ、それだけ……

 

 

 

……考え事をしていると、歩みが遅くなる。

 

 

 

早く戻った方がいいのは分かるけれど。

 

 

 

足取りが、重───

 

 

 

 

「歩くの遅ぇなぁ、怪我でもしてんのかい?」

 

 

 

私は、その声に振り向いた。

 

 

男が、立っていた。

 

 

断じて警備員とか、先生じゃない。

 

 

 

独特な髪型と顔の傷跡、焦点のズレた目、片手にはナイフ。

 

 

 

どう見たって、一般人ではない。

 

 

風体から察するに、国とか組織に属さない殺し屋、といったところだろうか。

 

 

 

……すぐに、鉛のようだった頭が回り始めた。

 

 

こんな夜の学校に殺し屋がいる理由は、一つしかない。

 

 

デンジ君の心臓を、狙っている。

 

 

……そうか。この嵐のような雨は、台風か。

コイツと一緒にデンジ君を学校に閉じ込めるために、降らせたわけか。

 

 

私と遊びに来たデンジ君を自然な形で一緒に閉じ込めて、そのまま殺す。

 

 

それで私を狙いに来たあたり、人質にでもするつもりなんだろうか。

デンジ君を「子供だ」とナメず、強さは評価しているらしい。

 

 

でも、私のことは分かっていない。

私の危険性を知ってるなら、こんなバカなことしないだろうし。

 

 

……なるほど、私をただの人間って誤算をしてるのは惜しいけど、基本的に合理的だ。

 

 

合理的だなぁ、合理的。

 

 

 

 

……ホント。

腸煮えくり返るぐらい、合理的だ。

 

 

 

「……ひっ……!?」

 

 

 

そう思った瞬間には、私の口と身体は動いていた。

 

 

両目を見開き、口を抑えるのが間に合わなかったかのような動作をし、声を出した。

 

 

 

当然、目の前の男はこう考える。

 

 

 

人質にする予定の女が、殺し屋の自分に驚いて、抑えるのも間に合わずに悲鳴をあげたと。

 

 

 

私の正体も分からないような人間が、それが演技だなんて、思わない。

 

 

 

「何だよ、ビビんなくてもいいだろ……手当てしてやろうか?なぁ?」

 

 

 

男は、笑みを少し浮かべて、ゆっくり追い詰めるように私の方に近寄ってきた。

 

 

 

 

「……っ…!!」

 

 

 

私は怯え顔を作って、その場から駆け出した。

 

 

 

「あれ〜、怪我してんじゃなかったっけ〜」

 

 

 

男が、そんな事を言ったような気がした。

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……!はぁっ……!!」

 

 

 

私は、遠く逃げるほど、足音や息遣いを大袈裟にしていく。

 

 

逃げ惑う少女を演出するため。

 

 

 

「お〜い、手当てしてやるって〜、待ってくれよ~」

 

 

 

益々男は調子に乗って、私を追いかけてくる。

 

 

 

「はぁっ……!!ひぃっ……!!!」

 

 

 

私は言葉は返さないものの、更に偽の怯えを深くして、屋上を目指して逃げていく。

 

 

 

「待ってよ~、お話しようよ、ねえ〜〜」

 

 

 

……そんな調子で走り、屋上に辿り着くまであっという間だった。

 

 

ドアを勢いよく開けて、前に出る。

 

 

雨が、私を勢いよく濡らしてくる。

 

 

 

「はぁっ、はあっ、はぁっ……」

 

 

 

そしてどうしようもなくなった少女が、逃げ場をなくして呆然としているように演出する。

 

 

 

男も扉をくぐり、私から数m離れた位置に立つと、歩みを止めた。

 

 

 

「お〜い、もしも〜し。キミは話しかけられても無視していいって学校で教わったのか〜?」

 

 

 

男は雨の中、私を追い詰めたと思ったのか更に調子づいたようなことを言った。

 

 

……ダメだ、この軽薄さ。

 

 

聞いてるだけでも、沸騰して、爆発しそうな気分になる。

 

 

 

「あっ……アナタ、アナタなんなの!?」

 

 

 

私は込み上げる怒りをどうにか抑え、それを怯えに変換する。

 

 

 

「そういう事聞く自分こそ己が何者なのかわかっているのか?」

 

 

「俺はお前を知っているぜ、お前はチーズだ」

 

 

「ネズミを表に誘き寄せる為のチーズ」

 

 

 

……なるほど。

やっぱり、私を人質にするわけか。

それで、デンジ君を殺すんだ。

 

 

そうやって心臓手に入れて、いい生活しようって?

 

 

 

……羨ましいよ、気楽そうで。

 

 

 

デンジ君は。

 

あの幼さで悪魔を狩る生活を強制され、その身を心配してくれる人間は本当に一握り。

 

それでもそれを、「いい生活」と言っているのに。

 

 

 

私も、そんなデンジ君を、さっき殺そうとした。

信頼、されてるのに……

 

 

……ああ、ああ…

 

 

 

…だめだ、眼筋が、手が、震える

もう抑えれない、ムリだ───

 

 

 

「これからお前の顔の皮───」

 

 

 

─気づけば、駆け出していた。

 

 

 

相手がこちらを舐めて油断している時は、不意打ちが決まりやすい限界の距離まで近寄らせるのがセオリーだけれど。

もうそんなこと、どうでも良かった。

 

 

 

飛びつき、腕をへし曲げ、首に腕をかける。

 

 

 

容易かった。

デンジ君を殺すと決意したより、何倍も。

 

 

 

雨で溜まった水に、倒れ込む音がした。

 

 

 

「ア」

      「ぱ」

          「ぱ」

    「ア」

「パ」

 

 

 

男は苦しそうにもがき、暴れているが抜け出せそうにもない。

 

 

当然だ。

殺す気で首を絞めて、手足を絡ませている。

 

 

 

「ねぇ……」

 

 

 

「ぱ」 

       「パ」

    

 「ア」

      「ぱ」

 

 

 

「教えてよ」

 

 

 

「ぱ」

 

    「あ」

 

 「ア」

 

 

 

「私が何者か、知ってるなら分かるよね」

 

 

 

「あ」

 

    「あ」

 

 

 

「私、なんで今、怒ってるのかな」

 

 

 

 「パ」

 

「あ」

 

 

 

「私も同じようなこと、デンジ君にするつもりだったのにね」

 

 

 

「ア」

 

 

 

「ねぇ」

 

 

 

「ぁ……」

 

 

 

………

 

 

 

しばらく経って、男は静かになっていた。

 

 

完全に、動かなくなっていた。

 

 

雨だけが、この場で音を立てていた。

 

 

 

「……」

 

 

 

……ずっとこうして降っているのも、鬱陶しい。

この雨の正体がわかっている以上、さっさと止ませてしまいたい。

 

 

 

私は排水口の近くに寄り、そこに向かって話しかけた。

 

 

 

「……嵐で学校に閉じこめたのキミでしょ、台風」

 

 

 

その言葉に驚いたのか何なのかは分からないけれど、台風が一拍おいて返事をした。

 

 

 

「レゼ様ガイタトハ 知リマセンデシタ」

 

 

 

……そういうことか。まぁ、いい。

とりあえず私は、台風に約束を取り付けることにした。

 

 

 

「今回のことを見逃すから、しばらく私に服従ね。この男の死体は処理しておいて。あと、雨も止ませておいて」

 

 

 

私は台風の返事を待たず、屋上を後にした。

 

 

 

空いた扉から中に戻り、扉を閉める。

 

 

 

……私はその足で、ゆっくりと教室へと向かう。

 

 

 

……何で、何で。

 

 

何で、あんな気持ちになったんだろう。

 

 

 

デンジ君は、かつての私達とは違うと分かった。

 

 

そして、殺すことも決心した。

 

 

そこに、見知らぬ殺し屋がデンジ君を殺す手立てを立ててやって来た。

 

 

そいつと私は、目的は同じだった。

 

 

なのに、あの殺し屋を見たら、沸騰するように怒りが湧いてきて。

 

 

私は何に、怒ったんだろうか。

 

 

あの殺し屋に?

 

 

私自身に?

 

 

社会全体とか、そういうの?

 

 

……頭が、冷えない。

 

 

考えても考えても、答えが出ない。

 

 

今は、考えたくない。

 

 

 

 

 

……そんなことより、私。

 

 

 

今日は、デンジ君と遊んだり、していたい。

デンジ君を、楽しませてあげたい。

 

 

 

 

……重い足取りが、少し軽くなった。

足を動かすのが早くなった。

 

 

 

私は駆け足で、教室まで向かっていく。

 

 

 

そして、見えた。

 

 

 

私は走ったまま、教室のドアのフチに手をかけて、飛び込むように中に入った。

 

 

 

「デンジ君!!」

 

 

 

「うぉあ!!」

 

 

 

デンジ君は、私の呼びかけに身体を飛び上がらせていた。

急に飛び込んできて大きな声をかけられたら、誰でもそうなるか。

 

 

 

「…ぉっ、れ、レゼ、おかえり……」

 

 

 

「あはは、ただいま!ごめんねビックリさせちゃって」

 

 

 

私は、テンションをいつもデンジ君と話す時のものに戻した。

そして、その勢いのまま。

 

 

 

「あのさ、デンジ君!」

 

 

 

「雨止んだら、プール行かない?」

 

 

 

「水泳の授業、してあげる!」

 

 

 

そう、誘った。

 

 

有無を言わせないぐらいの、誘い方だった。

 

 

本当に、勢いだけの誘い。

 

 

 

何で濡れてるのかとか、時間がかかった理由とか、突然誘った理由も、説明しようとすればそれらしい事も言えたけど、説明する気も起きなくて。

 

 

……でも、デンジ君は。

 

 

 

「……いーな。おしえてくれよ、レゼせんせー」

 

 

 

ちょっと困惑はしていたけど、笑って誘いに乗ってくれた。

 

 

 

私も笑い返して、勢いよく宣言した。

 

 

 

「よーし、行こっか!」

 

 

 

 

そうして私達は、雨が止んですぐ、プールに向かった──

 

 

 

 

──鍵とかは、特別かかっていなかった。

 

 

プール自体は水も綺麗で、泳ぎやすそうで。

 

 

 

「はは、冷たーい!」

 

 

 

水の温度も、いい感じだった。

 

 

 

「デンジ君は泳げるタイプ?」

 

 

 

「んー……あんま泳げねーかな」

 

 

 

「そっか、じゃあ授業は基本的なとこからだね」

 

 

 

そう言って、私は服を脱ぎ始める。

 

 

 

「……!」

 

 

 

デンジ君は少し驚いたのか、ふいと目を逸らした。

 

 

 

「なになに、どうしたのデンジ君」

 

 

 

「いや、みちゃ、アレかなって……」

 

 

 

デンジ君は恥ずかしそうにしながら顔を逸らして、でも気になるのか、薄目でこちらをちらちらと見ている。

 

 

 

「あはは!何それ〜!どーせ暗くて見えないよ、大丈夫!」

 

 

 

私は笑いながら、雨に濡れた服を脱ぎ終えて、その辺りにおいた。

 

 

 

「デンジ君も脱いじゃお、服着てたら沈んじゃうよ?」

 

 

 

黙り込むデンジ君に、脱ぐように一言そう促して、私はプールに飛び込んだ。

 

 

 

「あははっ!つめたーっ!」

 

 

 

飛び込んではしゃぐ私を、いつの間にかデンジ君は横目でなくしっかりと見ていた。

服も、しっかり脱いで。

 

 

もう一押し二押しで、入ってくれそうだ。

 

 

 

「デンジ君もおいでよ、気持ちいーよ!」

 

 

 

「……」

 

 

 

デンジ君は更に近づいて、私の方を見ている。

でも、踏ん切りがまだつかないのか、絶妙な顔で黙っていた。

 

 

 

「わー溺れちゃう!助けて〜!」

 

 

 

その踏ん切りのため、一度ふざけてみようと溺れるマネをしたその時。

 

 

 

「……えっ、マジ!ちょ、ちょ待って!」

 

 

 

デンジ君は焦って、飛び込んできた。

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

冗談だったから、このタイミングで飛び込んでくるとは思わなくて、私も少し焦った。

 

 

 

私の目の前で水しぶきが上がり、大量の泡が生まれる。

 

 

 

……大丈夫かもしれないけど、私は沈むデンジ君の手を掴み、引っ張り上げた。

 

 

 

「……っぷは!」

 

 

「ぶぁっ!!」

 

 

デンジ君は言っていた通り泳ぎ慣れていないらしく、水から出た途端大きめの呼吸で空気を取り込んでいた。

 

 

 

「デンジ君、大丈夫?」

 

 

 

「あー……ダイジョーブ。レゼは?おぼれそーだったんじゃねぇの……?」

 

 

 

……良かった。特別水を飲んだりはしていなさそうだ。

デンジ君が平気そうなのを確認して、私は調子を戻した。

 

 

 

「ごめんね、デンジ君に入って欲しくて嘘ついちゃった」

 

 

 

私はべ、と軽く舌を出して、あまり悪いと思っていなさそうな顔で謝ってみせる。

 

 

 

「なんだよ〜……心配してソンしたぜ」

 

 

 

「ふふ、そういう事も学ばないとね、人生経験だよ」

 

 

 

私はデンジ君の両手をこちらの手で掴み直した。

お互いが、お互いを見つめ合う形になる。

 

 

 

「ねぇ、デンジ君。アキって人から、泳ぎ方を教えてもらったこと、ある?」

 

 

 

「……え?あー、それはねーな」

 

 

 

……そっか。

プールに連れて行く余裕までは、なかったのかな。

それなら、私が教える一番目だ。

 

 

 

「じゃあ、教えてあげる」

 

 

 

「デンジ君の知らないこと、できないこと、その人が教えてないことも」

 

 

 

「私が全部、教えてあげる」

 

 

 

 

口をつくように、そんな言葉が出た。

 

 

 

「うん」

 

 

 

デンジ君は、照れたのか何なのか、呟くように返事を返して、頷いた。

 

 

 

「ふふ、じゃあまず、バタ足からやろっか!バタ足はね──」

 

 

 

そうして、私は文字通り手取り足取り、デンジ君に泳ぎ方を教えていく。

 

 

 

「デンジ君!息継ぎ息継ぎ!」

 

 

「膝はね、曲げるより伸ばしてた方が進みやすいんだよ!」

 

 

「もっと勢い落として、滑らかに動かしてみて……そう!上手上手!」

 

 

 

デンジ君は吸収が早く、多少歪ではあるものの、すぐに泳ぎ方が形になっていった。

 

 

 

「へへ、わかってきたぜ……およぐのって楽しーんだな」

 

 

 

「ふふ、でしょ。デンジ君上手くなるの早いから、教え甲斐があるよ」

 

 

 

「でもなんか、ちょっとつかれんな……」

 

 

 

そう言うデンジ君の息は、確かに少しあがっていた。

 

 

 

「じゃあ、上がって休憩しよっか」

 

 

 

私はデンジ君を連れて、プールサイドへと上がった。

 

 

 

「……さみー。プール上がったあとって、こんなかんじなのか」

 

 

 

デンジ君はそう言って、確かに軽く震えていた。

 

 

「ふふ、寒い?服持ってくるから、ちょっと待ってね」

 

 

 

私はくすっと笑って、服を置いていた場所まで戻って、自分とデンジ君の服を取ってきた。

 

 

私達は着替えて、プールの傍でしゃがみ込む。

 

 

「……デンジ君、休憩したら、もう一回泳ぐ?」

 

 

 

一回着替えたし、あまりしなさそうな雰囲気だったけれど、一応私はそう聞いてみた。

 

 

 

「うーん……充分たのしかったし、バタ足おぼえたし、今日はいいかな」

 

 

 

…やっぱりか、残念だけど仕方ない。

そう思った、時だった。

 

 

 

「またさ、ほかの泳ぎ方もおしえてくれよ」

 

 

 

デンジ君は、そう言った。

 

 

……また、教えて欲しい、か。

そんな時間、私達に残されているのだろうか。

 

 

 

でも……

あるとしたら、私はこう言うに違いない。

 

 

 

「もちろん!いつでも先生が教えてあげます!」

 

 

 

だから、私は、そう言ってみた。

 

 

 

デンジ君も、嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

その、笑顔を見て。

 

 

 

なんとなく、ずっと見ていたいと思った。

こうして、ずっと遊んでいられたら……

 

 

 

 

 

……そう言えば。

明日は、近くでお祭りがある。

 

 

デンジ君はお祭り、行ったことあるだろうか。

 

 

 

「ねぇ、デンジ君」

 

 

「お祭りは行ったこと、ある?」

 

 

「んー…ねぇな」

 

 

 

それなら、また私が初めてだ。

 

 

 

「じゃ、初めてのお祭り、私と一緒に行かない?明日この近くであるんだ」 

 

 

 

「ゼッタイ行きてぇ!……夕方ぐらいからならいけっかな」

 

 

 

「ほんと!?それじゃあ、約束ね!」

 

 

 

私はデンジ君に微笑んで、小指を向けた。

 

 

 

「へへ、またヤクソクだな」

 

 

 

デンジ君もそれに答えて、小指を差し出してくる。

 

 

 

私の、偽の秘密を守る約束。

デンジ君の、本当の秘密を守る約束。

ただの、遊びの約束。

 

 

3度目の、指結びだ。

 

 

 

 

……私達の関係は、今日、終わらなかった。

 

 

終わるはずだったけど、その予定が消えた。

 

 

デンジ君と出会ってから、自分の思うようにいかない。

 

 

というより、自分の思うことが、自分でももうよく分からない。

 

 

 

でも、今は、ただ……

明日が、楽しみで。

楽しみが終わることを、考えたくない。

 

 

 

今日が終わるまでに、デンジ君の心臓を握っているはずだった手には、プールの水で濡れたデンジ君の手が握られていた。

 

 

 

 

 









早川アキ宅の、ほんの一幕。


デンジが、夜の学校に行く前の話。



「……なぁ、ダメ?」



「ダメだ。今何時だと思ってる」



上目遣いでご機嫌を取るようないかにもな子供仕草に、アキは淡々と返事する。



「どうしても行きてーんだよ、みのがしてほしーんだけど…」



「遊ぶのを楽しみにしてるのは分かるが、諦めろ。その人には明日の昼に会いに行って、その時に謝ればいい」



「……んでだよ、キケンだから?」



「そうだ」



「オレ、悪魔たおせるぐらいつえーのに?」



「それとこれとは別だ。チェンソーになる前に誘拐でもされたらどうなる」



「………」


自分より歳を重ねた、大人からの正論。
自分のことを本気で思って言っている以上、デンジは、押し黙るしか無かった。



「……っ!!」



だが、正論で止まれる歳ではない。
デンジは玄関へ駆け出した。



「おい待て、行くなデンジ!!」



ヤケの走り、すぐにアキには追いつかれるはずだった。


…瞬間、デンジはあることを思い出す。


「もっとひっそりついてこい」と、組んだ日から言いつけておいた、自分を信仰する一時的バディの存在を。



「ビーム!!アキとめといてくれ!!」
 


デンジからの号令。
姿を隠していたビームが、地面から勢いよく現れた。



「了解ですチェンソー様ァ!!」



チェンソー様からのご命令。
ビームは張り切り、アキに飛びつく。



「お前ッ……ふざけるな!!おい、デンジ!デンジッ!!」



体格の良い魔人に抱きつかれて、マトモに追いかけられるほどアキは特殊な人間ではない。


焦るアキ、全力で止めるビームを尻目に、デンジは玄関で靴をいそいそと履く。


履き終わるや否や、デンジは勢いよく外へ飛び出した。



「待てデンジッ!!おいサメの魔人!!今すぐ離せ!!」



「チェンソー様の命令、絶対!!オマエ!絶対、行かせない!!」



決死の抵抗に、アキは動くことができない。


このままでは埒が明かないと悟ったアキは、十数秒の格闘の後、デンジを追うことを諦めた。



「……分かった、分かった!!追いかけない、だから離せ……」



両手を挙げ、ヒザをつきそう宣言するアキ。



「…」



魔人にでも本当だと読み取れるその態度に、ビームは万が一もう一度動き出しても捕らえられる程度の距離まで離れた。



「……もう追いかけない、その代わりだ」



すると、アキはヒザをついたままの体勢とは思えないほどの威圧感を放ちながら、ビームを睨んだ。



「早くデンジに追いついて、さっきみたいに潜って後ろについててくれ」



「そして、絶対に無事に家まで帰らせろ」



「デンジに何かあったら、容赦しないぞ」



しかし、ビームも怯まない。
二つ返事で、その条件を飲んだ。



「当然!当然!チェンソー様守る、オレの使命!」



むしろ「言われるまでもない」と、ビームは即座に振り返った。



「チェンソー様、今行きます!キュァッ!!」



勢い良くダイブし、ビームは消えた。



「……」



アキが、その場一人残される。

追ったとして、もう間に合わない。

チェンソーを信仰する魔人に、任せるしかない。



「…デンジのヤツ……」



「帰ってきたら、説教だな……」



頭を押さえてため息をつきながら、アキはボヤいた。



その後、アキは待っている間何かしようとしたが手がつかず、ただ待つことにした。



……なお、その後無事に帰ってきたデンジに説教しようとしたところ、「明日は夕方からお祭りに行く」と言われ、アキはキレた。



祭りに行くこと自体は、帰りが夜遅くならないことを条件に、許した。

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