小さな電ノコ、シケる爆弾   作:ぱらそる

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シケた爆弾は煌めく光を見る

 

 

私はその日の夕方、約束の待ち合わせ場所にいた。

 

 

 

どうやら私の方が来るのが早かったみたいで、とりあえずデンジ君が見つけやすいように人が少ない場所に立っておいた。

 

 

 

 

デンジ君が来るまでは、特にやることがない。

私は自分の手を見つめたり、ぼうっと周りを眺めたりして、時間を潰していた。

 

 

 

……もし、来なかったらどうしようか。

 

 

思考がその辺りまで及ぶぐらい、時間が経った辺りだった。

 

 

 

恐らく私を探しているのであろうデンジ君が、キョロキョロしながら歩いてくるのを見つけた。

 

 

 

「あー!デンジ君!こっちこっち!」

 

 

 

私は声を張って、手で招くようなジェスチャーをした。

 

 

 

「……あ、レゼ!そこか」

 

 

 

デンジ君は私を見つけると、私の方へと小走りで駆けてくる。

 

 

 

「ごめんな、まった?」

 

 

 

「もー、遅いよデンジ君。私、だいぶ待ったよ?」

 

 

 

私がわざとらしく怒ってみせると、デンジ君は困り眉で私の方を見てきた。

 

 

 

「え、そうなの?どんぐらい?」

 

 

 

「んー……5分ぐらい?」

 

 

 

わざと勿体つけてそんな風に私が言うと、デンジ君は更に悩み始めた。

 

 

 

「あ〜…うーーん……」

 

 

 

「……デンジ君、そこは『あんま待ってないじゃん』ってツッコんでいいんだよ?」

 

 

 

「おー、そっか」

 

 

 

……緩いやり取りだ。

でも、これぐらい緩くて丁度いい。

 

 

 

私はデンジ君の方に手を差し伸べた。

 

 

 

「ふふ、行こっか。ほら、手、繋ご?」

 

 

 

「…ここでも手ぇつなぐの?」

 

 

 

「お祭りは人多いからね〜、繋いでないとホントにはぐれちゃうよ」

 

 

 

これは、本当の話だ。

 

 

お祭りはそれなりに人で混雑していて、並ぶ屋台の間を人が行き交う分、背の小さい子供は真面目にはぐれやすい。

 

 

 

「……はぐれんのは、困んな」

 

 

そういうことなら、と思ったのか、デンジ君は素直に私の手を握った。

 

 

 

「でしょ?これで安心……さてと、どの屋台から行きたい?気になるのがあったら教えてよ」

 

 

 

「うーん……あ、あれは?」

 

 

 

デンジ君が指差したのは、輪投げの屋台だった。

 

 

 

「あれはね、輪投げ。輪っか投げて、入ったら入った数だけ景品がもらえたりするんだよ」

 

 

 

「へ〜……」

 

 

 

「ふふ、まず輪投げ、やりに行こっか」

 

 

 

私はデンジ君の手を引いて、輪投げの屋台の元へ向かった。

 

 

それが、屋台巡りの始まりだった。

 

 

 

 

 

「……うりゃ!」

 

 

「すごい!一発目から命中!」

 

 

「へへ、オレわなげのサイノーあるかも……なっ!」

 

 

「ありゃ…外れちゃったね」

 

 

「へ、まだチャンスあるし……」

 

 

 

「……あんま入んなかったな」

 

 

「気にしない気にしない、そういう事もあるよ」

 

 

 

 

 

「ほら、次はあそこ行こ」

 

 

 

 

 

「デンジ君、これがわたあめです!」

 

 

「へ〜……すげーな、雲みてー」

 

 

「甘くて美味しいよ、ほら」

 

 

「ん!んめー」

 

 

「ほんと?それなら良かった、もっと食べていいよ」

 

 

「いいの?レゼがかったのに、レゼの分なくなっちまうぜ」

 

 

「いーの。また買えばいいだけだし」

 

 

 

 

 

「次は……金魚見に行こっか」

 

 

 

 

 

「……どれすくえばいーんだ、これ」

 

 

「そうだね~、大っきいの……と見せかけて、掬いやすそうな小さいやつがいいんじゃないかな」

 

 

「んじゃ〜……これ、か!!」

 

 

「「あ」」

 

 

「あははっ!デンジ君、勢い良くやりすぎじゃない?」

 

 

「……デケェとかちいせぇとか、そーいうモンダイじゃなかった」

 

 

「私がお手本見せてあげるね……そりゃ!」

 

 

「「あ」」

 

 

「……へへっ、んだよ。レゼもおしえるのヘタクソなことあるんだな」

 

 

「そんなことありません〜!ねぇおじさん、もう一本ください!」

 

 

 

「……もう一回やったけど、けっきょくとれなかったな」

 

 

「屋台のおじさん、苦笑いしてたね……」

 

 

 

 

 

 

「気を取り直して、美味しいものでも食べよっか」

 

 

「そーだな!」

 

 

 

 

 

「うめぇ!あちぃ!」

 

「たこ焼き、焼きたてでおいしいね〜」

 

 

 

「うめぇ!つめてぇ!」

 

「あ!デンジ君、舌シロップの色になってる!」

 

 

 

「うめーけど……くうのむずかしくね?これ……」

 

「舐めたりかじったり、りんご飴って時間かかっちゃうね」

 

 

 

 

……こうして、私達は。

遊んだり、食べたり。

とにかく、屋台を回った。

 

 

流れるまま、目につくまま。

 

 

時間はあっという間に過ぎていった。

 

 

私達は、メインイベントの花火が上がる時間が近づくまで、それに気づかなかった。

 

 

 

「……デンジ君。そろそろ花火上がる時間だよ」

 

 

 

「んぁ、マジか」

 

 

 

祭りを楽しむのに気を取られていたのか、デンジ君が気の抜けた返事をした。

 

 

 

「私、見るのにいい場所知ってるんだ。ついてきて」

 

 

 

私はそう言いながらも、繋いでる手を引いて、半ば強制的についてこさせた。

 

 

デンジ君も、それを拒否する様子は一切なかったけれど。

 

 

 

……そうして私達は、高台へとたどり着く。

 

 

 

「へ〜、たけー」

 

 

 

デンジ君は、柵から街を見下ろして、感心していた。

 

 

 

「ふふ、いーでしょ。この場所、カフェのマスターに教えてもらったんだ。花火が一番見えて、誰も人来ないマル秘スポットなんだって」

 

 

 

「ふ〜ん……」

 

 

 

デンジ君は軽い返事をして、そのまま街並みを眺め続けている。

 

 

私はチラッと、そんなデンジ君を見た後、同じように街を眺めた。

 

 

 

……家が、ビルが、建物が沢山並んでいる。

 

 

そこには普通の生活がある。

 

 

私達は今、それを遠くから眺めている。

 

 

……眩しい。

 

 

街の光たちが、綺麗だ。

 

 

 

「……デンジ君はさ」

 

 

 

「田舎のネズミと都会のネズミって、知ってる?」

 

 

 

……そんなことを考えていたら、不意に質問が口から出てしまった。

 

 

 

「なにそれ?」

 

 

 

「そうだね~……ホントに簡単に言うとね、『安全だけど美味しいものが食べれない田舎のネズミ』と、『美味しいものは食べれるけど危険がいっぱいな都会のネズミ』の話」

 

 

「デンジ君だったら、どっちがいい?」

 

 

 

デンジ君は一瞬考えた後、さらっと答えを出した。

 

 

 

「オレは……トカイかな。ウマいもん食えるし、たのしいし」

 

 

 

「へー、そっか……。私は田舎派……なんだけどね」

 

 

 

……あの町並みの、中に……

 

 

私達が、堂々と居られたなら。

 

 

悪魔も、追っ手も、気にせずに。

 

 

そう、思うと。

 

 

少しだけ都会のネズミの気持ちも、今は分かる気がする。

 

 

 

「……デンジ君、今、幸せ?」

 

 

 

「そりゃもうな、ウマかったし」

 

 

 

その質問は、私としては結構本気の気持ちで投げかけた問いだったけど。

デンジ君が軽く答えてきたから、私は少し笑ってしまった。

 

 

 

「あはは!美味しいもあるんだ」

 

 

 

「だって、今日はけっこー食ったぜ」

 

 

 

「そっか!ふふふ……」

 

 

 

やっぱり、デンジ君は子供だ。

 

私の質問の意図が良く分かっていなさそうな、ポカンとした顔が……愛おしい。

 

 

 

 

「……デンジ君、私ね」

 

 

 

愛おしい。

 

 

 

「デンジ君の状況が、どうしても納得できないんだ。どれだけ考えたって、おかしい」

 

 

 

傷ついてほしくない。

 

 

 

「その年齢で、小学校にも行かせないで悪魔と殺し合いさせるなんて、国が許していいことじゃない」

 

 

 

幸せであってほしい。

 

 

 

「デンジ君……」

 

 

 

私は屈んで、呆然としているデンジ君の手を取った。

 

 

 

「もし私が、仕事やめて一緒にどこかに行こうって言ったら、来てくれる?」

 

 

 

「来てくれるなら、私、デンジ君を一生守るし、幸せにしてあげる」

 

 

 

……ああ、そうか。

 

 

 

これが私の、本音なのか。

 

 

 

「公安から絶対に見つからずに、学校に通えて、今日みたいに遊びにだっていける……そんな普通の暮らしができる場所、私が確保してみせる」

 

 

 

……やっと、やっと、分かった。

 

 

 

だからこそ……

 

 

悲しい。

 

 

だって、私……

 

 

それにデンジ君がどう答えるか、何となく分かっているから。

 

 

 

「……レゼ」

 

 

 

「レゼさ」

 

 

 

「心配、してくれてんだな」

 

 

 

「すっげー、すげぇうれしい」

 

 

 

「でもさ、オレ……」

 

 

 

「今のセーカツ、すきなんだ」

 

 

 

……やっぱり。

断られる、よね。

デンジ君にとって、今の生活は…

 

 

 

「さいきん、やっといろんなとこいけるようになってきてさ……」

 

 

 

「アキも、オレのことみとめてくれるようになって、ちょっとやさしくなって…あー、昨日はありえねーぐらいおこられたけど…」

 

 

 

「オレのバディさ……パワーってんだけど、すっげーワルくてサイアクでさ。でも、ちょっと楽しくすごす方法、わかってきて……」

 

 

 

「あ、あとさ、オレほんとにつえーんだぜ。オレさ、戦いのセンセーがいてさ。最初いやがられてたけど、オレがホンキってとこ見せたら、つきあってくれるようになって……」

 

 

 

「それに……悪魔たおしたり、がんばったらほめてくれる、やさしい人もいてさ」

 

 

 

「ユメにみてたみてーな、生活してんだ」

 

 

 

……わかっていた。

 

 

デンジ君には、少なからず支えてくれる人達がいる。

 

 

アキって人の話を聞いた時から、何となくそう思っていた。

 

 

それに、今までの話を思い返しただけでも分かる。

 

 

デンジ君は、弱い子どもじゃない。

 

 

傷ついて欲しくないなんて、私の傍にいて欲しいなんて思っても、どうしようもない。

 

 

 

でも、それでも……

 

 

 

「だから……だから、オレ……」

 

 

 

「デビルハンターはつづけながら、レゼといっしょにいたい。……ダメ、かな?」

 

 

 

「……そっか」

 

 

 

切ない気持ちが、抑えられない。

 

 

私はそれを悟らせたくなくて、精一杯普通の笑顔を保った。

 

 

 

……こうなったら、私に残っている道って、何なんだろうか。

 

 

デンジ君を殺す?

……今更、刃を突き立てて助かる道なんて、いらない。

 

 

でも、殺しを放棄した私は、そのうち国に狙われることになる。

 

 

裏切り者として。

 

 

……デンジ君が来てくれるなら、意地でも追手から逃れられる場所も見つけてみせるけど。

 

 

1人で生き延びて、ずっと追われて生きていくって……

 

 

 

デンジ君……デンジ君、私もね。

 

 

二道でバイトして、キミと一緒に遊べたら。

 

 

今の生活、ずーっと続けられたら。

 

 

それだけで……

 

 

 

 

「……オレ、さ」

 

 

 

……そんな事を考えてたら、デンジ君がおもむろに喋り始めた。

 

 

 

「パワーと、アキのいえで、3人でいっしょに住んでんの。…あー、今はちょっとパワーいねーけど、ふだんな」

 

 

 

私は、デンジ君が話すことを、黙って聞いていた。

 

 

 

「アキはオレに色々してくれるけどうるさくてさ、パワーは遊ぶときはたのしーけど、ワガママでスゲーウソつきでさ……まー、まえよりはマシだけどな」

 

 

 

……その話を聞いただけでも、分かる。

 

やっぱりデンジ君の居場所は、そこにあるんだろう。

 

 

 

「そー考えたら」

 

 

 

「もしうちにレゼもいてくれたらなーって、そー思うとき、あってさ……」

 

 

 

「……え…」

 

 

 

私は、真顔で放心した。

 

そんなこと、言われると夢にも思っていなくて。

 

 

 

「オレになんでもおしえてくれて、ものしりでやさしくて」

 

 

 

「あ〜、でもキンギョすくいはオレと同じぐらいヘタクソだったな……へへ」

 

 

 

……心が、視界が、ぐらつく。

照れたような笑顔で笑うデンジ君が、私の目の中で揺れている。

 

 

 

「だからさ、またこんど、家にきてくれよ」

 

 

「パワーは知んねえけど、アキはレゼのこと、ゼッテー気にいるだろーし。……あーでも、どのみちキョカはとらねーとな……」

 

 

 

「……デンジ、君…」

 

 

 

デンジ君は、私と会えなくなることなんて考えていない。

 

 

これからも変わらず、私があの二道にいると思っているんだろう。

 

 

 

私の願いと同じことを、デンジ君は当たり前に信じている。

 

 

 

……私は、目を瞑った。

 

 

私の視界を濁していたものが、目からあふれるように落ちていった。

 

 

 

「……レゼ?」

 

 

「……っふふ、ごめん、なんでもない」

 

 

 

私は目の下を拭って、不安げな表情を浮かべたデンジ君に笑顔を向けた。

 

 

 

「何でもないよ。そのアキって人とパワーってバディさん、いつか会ってみたいなって思っただけ」

 

 

 

…不思議な気持ちだ。

 

かなしいけど、あたたかい。

 

こんな気分になったこと、今までなかった。

 

 

 

「そ、そっか……あー……えーと……ほ、他!他にレゼはどーいうハナシききたい?」

 

 

 

「……急にどうしたの、デンジ君」

 

 

 

「いや、なんかレゼがあんま楽しくなさそうだからさ、レゼの知りたいハナシできたらなーって……」

 

 

 

デンジ君は、明らかにオロオロと慌てふためいている。

私が裏にある感情を、表情で誤魔化せなくなってきているからだろうか。

 

 

 

……なんか、デンジ君、ホント分かりやすくて、面白い。

ずるいよ、私はこんなに一生懸命隠そうとしてるのに。

デンジ君だけそんなに分かりやすいなんて、ズルい。

 

 

 

「……ぷふッ!」

 

 

 

私は思わず、吹き出した。

デンジ君の分かりやすい態度も、そんなことを考えてしまったこと自体も滑稽で。

 

 

 

「あ、わらった……」

 

 

 

「…ずるいよ、笑かしといてそんなの」

 

 

 

「え〜…?オレ、マジメだったんだけどなぁ、わらってほしかったし……」

 

 

 

「じゃあ、結果オーライじゃない?」

 

 

 

「……たしかに、いーのか」

 

 

 

「あはは、それでいいの?」

 

 

 

「……まぁ、レゼがわらってるならいいんじゃねぇ?」

 

 

 

「ホント、デンジ君ってば……」

 

 

 

デンジ君……

 

 

やっぱりキミには、幸せな生活を送ってほしい。

 

 

形はどうあれ、キミが幸せなら、それでいい。

 

 

でも……

 

 

さっきの話、一つだけ引っかかる。

キミの、夢に見てたような生活の話。

 

 

アキって人も、戦いの先生も、デンジ君が戦うことを渋ったあたりきっと悪い人じゃない。

 

 

でも、褒めてくれる優しい人は、多分デンジ君を利用しようとしている。

 

 

あんまり、信用して欲しくない。

 

 

……私が、いなくなってしまうその前に。

そのことを、分かっておいてほしい。

 

 

私の忠告なら、聞いてくれるかな。

 

 

 

「デンジ君、一つだけいい?」

 

 

 

私は一呼吸おいて、真剣にそれを伝えようとした。

 

 

 

「キミが悪魔倒したら、褒めてくれたりする人のことは、あんまり信用しない方がいいかも」

 

 

「アキって人とか、キミに戦いを教えるのを渋った先生は、大丈夫だと思うけど」    

 

 

デンジ君には、私の言うことは小言に聞こえるかもしれない。

それでも、せめて頭の片隅にでも留めてくれれば……

 

 

 

「でも、オレその人いなかったらショブンされてたし、オレに今のセーカツもくれたし、ホントにいいヒトだぜ?」

 

 

 

……その人が、今のデンジ君が過ごしている環境を作ったのか。

 

 

尚更、怪しい。

 

 

 

「……だから、レゼにでもあんまりワルくいわれたくねーな」

 

 

 

デンジ君は、珍しく単純に不服そうな顔つきで、言った。

 

 

 

「マキマさんのことはさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

……?

 

 

 

……マキ、マ?

 

デンジ君、今、マキマって……

 

 

聞き間違い?

 

 

 

……いや、いや、その名を聞き間違えるはずはない。

 

 

 

マキマは……支配の、悪魔。

人類の敵といって差し支えない存在。

 

 

 

その、悪魔が……?

公安は、デンジ君は、ヤツの手の中なの?

 

 

 

 

 

……その瞬間。

さっきまで考えていたことや気持ちが、すべて吹き飛んだ。

 

 

 

……だって、もうそうなったら、私だけの話じゃない。

 

 

デンジ君の心臓が、マキマの下にあるなんて……。

 

 

殺さなきゃ。

奪わなきゃ。

せめて、白日の元に晒さないと。

 

 

デンジ君を奪うために、大暴れして。

 

 

……いやだ。

今更、デンジ君を、傷つけたくない。

 

 

 

じゃあ、どうする。

 

 

 

何ができる?

 

 

 

今までのやり取りは、全て小動物を介して知られている。

 

 

 

……思いつかない。

なら、終わり?

これで、終わり……

 

 

 

……やっぱり、これしか、ない。

 

 

 

私は、首元のチョーカー……

それについているピンに、ゆっくり手をかけようとした。

 

 

 

私が、『ボム』になるための、トリガーに。

 

 

 

……かけてもいないのに、手が、震える。

 

 

 

これに手をかけて、抜いたら……

 

 

 

もう、戻れない。

 

 

 

そう考えたら、汗が噴き出るような感覚さえ覚えて──

 

 

 

 

 

瞬間。花火が上がった。

 

 

大きくて、体の芯まで響く音だった。

 

 

その音で私は、我に返った。

 

 

 

 

 

 

……これが。

 

 

本当にこれだけが、最後の手段か?

 

 

落ち着け、考えろ。

 

 

 

……私は、ピンに手をかけるのをやめながら、目を閉じた。

皮肉にも、国に身に付けさせられた思考法で、冷静になった。

 

 

 

……まず、私は、終わりではない。

いや、それに近い状態かもしれないが、終わってはいない。

 

 

本当にマキマが終わりにする気なら、もうとっくに終わらされているだろう。

 

 

恐らく、昨日殺し屋を返り討ちにしたことと台風の悪魔を服従させたことで、私が普通の人間じゃないのはバレている。

 

 

ソ連から遣わされたことや素性まで全てバレているなら、殺されない理由がない。

 

 

つまりマキマは、そのことまでは把握していないはず。

 

 

 

 

……いや、『全て知られている』という最悪を想定したとしても。

 

 

今、私が生かされているのは、事実だ。

 

 

 

泳がせる価値があると思われたのか、逆に殺す価値もないと思われたのかは分からない。

 

 

 

少なくとも、脅威とは見なされていないんじゃ……

 

 

 

「……?」

 

 

 

……ふと、気づくと。

デンジ君が、不思議そうな顔をしていた。

 

 

考え込みすぎるな。

聞かれているなら、不自然な間は怪しく取られる。

子供が変な間だと思ったんだ、これ以上はマズい。

 

 

 

発汗を抑えろ。

心拍を減らせ。

自然に、振る舞わなくては。

 

 

 

とにかく……ここは、知らぬ存じぬで通そう。

そんな甘くないだろうけど、マキマも知らない凡百の殺し屋とでも思ってくれれば、儲けものだ。

 

 

 

「マキマさん?って言うんだ、その人」

 

 

 

私は感情を抑えて、淡々と返事した。

 

 

 

「…あ〜……うん。あんまりいわねー方がいいんだけど、まわり誰もいねーし、もうヒミツもおしえてるレゼだしな」

 

 

 

「ふーん……マキマさんって、男の人?女の人?」

 

 

 

……それを聞いたのは、あざといだろうか。

いや、良い。無知を演じると決めたなら、これぐらいしたほうが良い。

 

 

 

「おんなのひとだよ」

 

 

 

……軽薄な、明るいお姉さん。

私がデンジ君相手に、最初に作り上げたキャラクター。

 

 

そこに、戻ろう。

今一番、それが演じやすい。

 

 

 

「へぇー。もしかしてその人、美人さん?」

 

 

 

私はすっと、屈んだ体勢から立ち上がりながらそう聞いた。

 

 

 

「へ?……だとおもうけど、なんで?」

 

 

 

「……そっかぁ。よーく分かったよ、デンジ君のえっち」

 

 

 

デンジくんを見下ろしながら、私はそんなことを言い放つ。

 

 

 

「へぁ!?な、なにが!?」

 

 

 

「それが、私の忠告よりそのマキマさんって人を信じる理由でしょ」

 

 

 

「私より美人さんで、可愛いから」

 

 

 

「つーん」みたいな効果音が出そうなぐらい、わざとらしく私はいじけてみせる。

 

 

 

「れ、レゼ、なにいって……」

 

 

 

「だから褒められたら嬉しいし、その人を悪く言われたらイヤなんだ。あ〜あ!」

 

 

 

デンジ君に背を向けながら、ため息混じりで更に拗ねる真似をする。

 

 

 

「ち、ちげーって!ホントに、そんなんじゃなくて……」

 

 

 

「どーだか。デンジ君の言うことなんてもう信用できないな〜」

 

 

 

そうして後ろ目でちらりとデンジ君を見ながら、私は少し冷たく突き放すようにそう言った。

 

 

 

「そ、そんな……」

 

 

 

そうしたら、デンジ君は。

叱られた子犬みたいに、しおしおになってしまった。

 

 

 

「ど、どーしたら、しんよーしてくれる……?」

 

 

 

デンジ君は、人差し指と人差し指をくっつけたり離したりして、明らかに悲しそうに動揺している。

 

 

子どもとは言え、少し心配になるぐらい分かり易い。

 

 

 

……こんな、デンジ君が、マキマのもの?

 

 

何考えてるかも分からない、悪魔のモノ?

 

 

そんなの……そんなの、許せない。

 

 

 

燃え上がる炎みたいな、衝動だった。

 

 

 

私は、またデンジ君に近づいて、しゃがみ込んで。

 

 

 

その頬に、口づけた。

 

 

 

私の唇と、デンジ君の頬が触れた。

 

 

 

「………ぇ…………」

 

 

 

デンジ君が、か細い声をあげた。

 

 

 

上がり続ける花火の音より、何倍も小さなその声は、私の耳に何より残った。

 

 

 

……目を閉じて、いても。

私の口づけた頬がどんどん熱くなっているのは、分かる。

 

 

 

……ゆっくり、目を開けて、唇を離した。

 

 

 

予想通りの、呆然としたデンジ君の赤い顔が私の目に映った。

 

 

 

……きっと、今、私のことで頭がいっぱいなのかな。

 

 

 

……あぁ、かわいい。

 

 

 

……ざまぁみろ、支配の悪魔。

デンジ君は、今だけは、私のモノだ。

 

 

 

 

 

……もうしばらく、その狐につままれたみたいな顔を見ていたいけど。

ずっとそのままなのは、可哀想かな。

そろそろ頭を、冷やしてあげよう。

 

 

 

 

「……はい、ケンカはおしまい」

 

 

 

私は1回軽く手を叩いて、鳴らして。

デンジ君の目を、じっと見た。

 

 

 

「今のは仲直りの証だよ。ね?」

 

 

 

私がそう言っても、デンジ君はしばらく惚けていた。

 

 

 

「……ぁっ、そ、そっか……」

 

 

 

そこからデンジ君がハッと意識を取り戻したのは、数秒経ってからだった。

 

 

 

「な、なかなおりか……よかった、そんなら、よかった……?」

 

 

 

デンジ君は、納得しているようで納得しきっていない、困惑と照れの混じったような表情で狼狽えていた。

 

 

 

「ふふ、これでまた私達、信用できる仲良し同士だね」

 

 

 

別に怒ってなんてないし、動揺をリセットするために演技しただけだから、仲直りも何も無いけれど。

 

 

さっきの行動(キス)は、本当に衝動からだった。

 

 

 

……デンジ君には、幸せで居てほしい。

その幸せの中に、私がいなくても。

 

 

でも……本当は、私が傍にいたい。

あの魔女のモノになるぐらいなら、私のモノにしてしまいたい。

 

 

それに、デンジ君には笑っていて欲しいけど、たまには困ってる顔も見たい。

 

 

真剣に教えてあげたりもしたいし、適当なこと言ってからかったりもしたい。

 

 

 

……気持ちって、複雑なモノなのかな。

 

 

 

今までこうなったことなんて無かったから、分からない。

 

 

不必要だと切り捨てた……切り捨てられた、モノだから。

 

 

でも、今は……

 

 

その不必要を、大切にしたい。

 

 

 

……そんなことを考えていたら、いつの間にか。

 

 

花火の音が、しなくなっていた。

 

 

 

「……花火、終わっちゃったね」

 

 

 

「…そー、だな……」

 

 

 

まだ照れの抜けきっていない顔で、デンジ君がそんな返事をする。

 

 

 

「そろそろ、帰る?」

 

 

 

「……あー……そういや、今日あんまりおそくなったらダメなんだった」

 

 

 

遅くなったらダメって、何か言いつけられてるんだろうか。

デンジ君の保護者さん、結構真面目なんだな。

 

 

 

「じゃあ、帰ろっか」

 

 

 

私は微笑んで、デンジ君に手を差し伸べた。

 

 

繋ごうとか繋いで欲しいとか、そういうことは私、何も言わなかったけど。

 

 

デンジ君も何も言わず、私の手を握ってくれた。

 

 

……このまま、デンジ君を連れて逃げ出したい気分だけど。

 

 

きっとすぐに、マキマは追いついてくる。

 

 

ここは、大人しくするしかない。

 

 

 

「デンジ君」

 

 

 

「……なに?」

 

 

 

「私、明日も二道にいるから。また、会いに来てね」

 

 

 

それは、私にとっては決意の宣言だった。

 

 

でも、聞いている者には決してそう取られないように、軽い調子で言った。

 

 

 

「……うん。また、昼にいくよ」

 

 

 

デンジ君はもう片方の手で鼻の下を軽く擦りながら、微笑んだ。

 

 

 

……私に残されている時間は、多分そう多くない。

 

 

 

その少ない時間で、あの魔女からデンジ君を解放するための算段を……

せめてその希望を、見出さないといけない。

 

 

 

……もし、それがあるとするなら……

 

 

私が今思いつくのは、1つだけ。

 

 

デンジ君が話してくれた、デンジ君の保護者……アキという人の話。

 

 

今まで聞いた話が本当なら、その人は。

相当にデンジ君のことを心配して、気遣っている。

 

 

マキマのいる公安の人間だ、支配自体はされているんだろうけど……

 

 

もし、デンジ君が支配の悪魔に利用されようとしていると、そう理解してくれたなら。

 

 

支配を振り切って、デンジ君を守るために、行動してくれるかもしれない。

 

 

その人と接触できて、マキマにバレず味方につけることが出来たなら……

 

 

マキマに対する伏兵になり得る。

 

 

もしかしたら、そこから連鎖的に公安の他の人間の支配を解いたりもできるかもしれない。

例えば、デンジ君に戦いを教えるのを最初は渋っていた先生とかも、その希望がある側の人間だ。

 

 

もし、そんな状況になってくれれば。

まだデンジ君にも希望がある。

 

 

……勿論、こんなのただの期待でしかない。

こうならない可能性もあるというか、むしろその確率の方が高い。

 

 

 

まず、聞かれている情報から私がこんな計画を立てていることがマキマにバレれば、全てオジャンだ。

 

 

その上、仮にその人に会えたとして、どうしたら味方側につけられるのかは分からない。

 

 

己の身、言葉、情報。

数少ない手札で、どうにか説得してみせなければならない。

 

 

それも、ソ連から次の追っ手や刺客が来るまでに。

私はソ連の持ち札としては強い方のハズだから、そこは何とかなるかもしれないけど……

 

 

 

 

考えてみると、期待しないといけない要素が多すぎる。あまりにも淡く、薄い希望だ。

 

 

 

……いや、充分だ。

 

 

絶望と衝動に身を任せて、世界がデンジ君をマキマから引き剥がすのを祈って暴れるより。

 

 

その淡い希望に、賭けてみたい。

 

 

 

国の、世界のためより。

 

 

デンジ君が変わらず笑っていられることのために、動きたい。

 

 

 

ダメで元々。どうせ国に使われるだけか、追手から逃れるだけの灰色の生活しか待っていなかったんだから。

 

 

 

もし今日、私のこの気持ちまで見透かされて、デンジ君と別れてから襲われたなら……

 

 

その時こそ、さっきデンジ君相手に辞めた最後の手段を、そいつら相手にすれば良い。

 

 

 

 

私は考えるうち、デンジ君の手を、強く握っていた。

それが、最後にならないことを願うように。

 

 

 

 

 









退魔2課の訓練施設からの、ある一幕。



野茂とアキが、訓練施設の出口前で話をしていた。
 


アキは、これから天使と共に帰るところだった。



「アキ、再三だが今日はわざわざ来てもらってすまなかったな、もう帰るのか?」



「はい。デンジを待たせてしまってるかもしれないので」



丁寧な態度だが、淡々とアキは返事する。



「そうか……確かデンジって、お前が預かることになった小さい子だよな?」



「ええ、その通りです」



「ハハ……お前が子育てとはね。その様子、一度は見てみたいもんだ」

 

野茂はため息交じりに笑い、アキの方を見る。



「まぁ、そんなら合コンなんぞには誘えないな、副隊長と俺で楽しんでくるよ」



そして、そんな冗談を言いながら、野茂はアキと天使を見送った。



「じゃあな、そのデンジ君のために早く家に帰ってやれ」



「はい、ありがとうございます」



アキは頭を下げると、天使を連れその場を後にしようとした。



「……あとお前、5年後の2課の誘いはマジだからな!!」



「……はい!」



位置の遠くなった野茂から叫ぶようにそう聞こえて、アキは同じ声量でそれに答える。



そしてそのまま、訓練施設に来るために乗ってきた社用の車に乗り込み、2人は帰る。



……その、静かな車内。


おもむろに、天使が口を開く。



「……ねぇ」



「……何だ」



「キミさ、チェンソー君のこと大事なの?話聞いてる限り、ちゃんと面倒を見ようとしてるみたいだけど」



「……大事とかそういう問題じゃない。小学生の年齢の子供だぞ?」



「よく分かんないけど……大事じゃなきゃそんなこと言わなくない?」



「……何が言いたい」
 


「チェンソー君はムリでもさ、キミだけでもまだ安全な2課の方に移ったら?そしたらもっと、ちゃんと面倒見れるんじゃない?」



「……ダメだ。マキマさんには恩があるし、銃の悪魔の遠征はデカい功績がいる。安全な課じゃ達成できない」



アキが真顔でそう言い放つと、天使は怠そうな様子で呟く。



「小さなチェンソー君に、マキマの恩、銃の悪魔の討伐……」


「全部、背負おうとしすぎじゃないかなぁ。もっと楽にやったらいいのに」



「お前は楽にやろうとし過ぎだ。何回でも言うが、お前が楽すれば楽した分、その仕事は小学生に回ってくるかもしれないんだからな」



その厳しい言葉に、天使は露骨に嫌そうな表情を浮かべる。



「……ねぇ人間君、それやめない?そんなこと言いだしたらさ、チェンソーの悪魔と合体してるからって小学生に任務回してるのが一番悪いって結論になっちゃうよ」



……それはそうかもしれないと、アキは一瞬考えたが、口には出さなかった。



「……さっきの理屈が無くても、仕事をサボっていいことにはならないぞ」



「正論まで言われた……余計働きたくないなぁ……」



ずっとやる気のなさそうな受け答えしかしない天使に、アキは大きくため息をついた。



……そうして結局、2人は帰るべき場所へと帰る。



アキは、自分の家へとたどり着いた。



家の中の明かりがついているのを確認し、デンジが約束通りの時間までに帰ってきたことに、彼は安心していた。



「ただいま。悪い、俺から早く帰ってこいって約束させといて、俺が遅くなった。腹減ってるか?すぐ晩飯は用意……」



リビングにいるデンジに謝りながら、支度をしようとしたアキは、デンジの様子が少しおかしいことに、気づいた。



デンジは、上の空で自分の手を見つめたり、たまに頬を触ったりして、完全にボーっとしている。 



アキは傍に寄って、声をかけ直した。



「……デンジ、どうかしたのか?」



「ぉあ!!あ、アキか……」



デンジはその場で飛び上がり、胸を撫で下ろした。



「デンジ、お前……気づいてなかったのか」



「あ、いや……かんがえごとしてたから…」



「考えごと?」



何だそれ、と言外に示すアキの表情を見て、デンジは少し悩んでから、答えた。



「スゲー今日、いい日でさ。そんことばっかりおもいかえしてた」



それを聞いたアキは少し安心して、笑った。



「……レゼ、って名前だったか。楽しかったんだな。その人との祭りは」



そしてそのまま、支度を始める。



「うん。チョーあそんで、チョー食ってきたぜ」



「……そうか。どうする、向こうでそんなに食べてきたなら、晩飯は食えないか?」



「んー……まだ、ちょっと食いてぇかも」



「分かった。普通の分量で用意するから、食べきれない分は余していいぞ。残りは明日食べればいい」



「あー、あんがと…」



アキはその返事を聞きながら、支度を続ける。



……再び、デンジは自分の手を見たり、頬を触って、先程と同じような態度を取り始めた。





……そうやって、デンジがじっと見ていたのは、繋いでもらった方の手で。



触っていたのは、キスされた方の頬だった。





……祭りが楽しかったことは話せても、「レゼにされたこと考えてた」なんて、いくら子供のデンジにでも恥ずかしく、話せるわけがない。



デンジはこの思い出は自分一人の物にすると、そう決めた。

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