……結論から、言うと。
私は、翌日を迎えることができた。
マキマやその手先が殺しにかかってくるのも覚悟の上だったけど、結局何も起きなかった。
一昨日の殺し屋の返り討ちと台風の件で、私がただの人間じゃないのは把握しているはず。
それでも私を殺さない理由は、かなり絞られる。
私を、ナメているから。
「子供だから」と標的一人殺せない、情にボケた殺し屋だと行動から思われている可能性はある。
また、私の狙いや行動パターンを全て把握するまで泳がせているだけ。
それも有り得る。
逆に私の感情を読めていないなら、私の行動は不気味かもしれない。
殺せるタイミングで殺していないのには別の理由があるかもと、そう思って放置しているのだろうか。
……もどかしい。
私が今できるのは、あくまでこんな推理だけ。
そして、何も気づいていないふりぐらいだ。
マキマを知らないと演技した以上、闇雲に隠れて動くのは「実は気づいている」とバラすことになるだけだし……
そもそもこの一連の知らないフリが演技だと、既にバレている可能性だって大いにあるのに、私はここ1週間と同じように行動する以外の選択肢がない。
……焦るな。
開き直ろう。むしろ良いことじゃないか。
もし全てが割れていたとして、「バレバレの演技をしているボケた殺し屋なんていつでも殺せる」とここまで放置されてるなら、私をナメているどころの話じゃない。大甘も大甘だ。
私の腹の中も、一か八かの計画のことも、読めちゃいないことになる。
早くデンジ君の保護者のアキという人に接触したい気持ちはあるけど。
こうなった以上、あくまでそこに至る流れはなるだけ自然じゃなきゃいけない。
大きく動くのは、ここ一番だけだ。
とにかく私は、これまで過ごしてきた通りに動いた。
……朝起きて、支度をして、二道に向かって。
普段と同じ感じで働いて、マスターから呆れられながら、普段と同じようにサボって。
……そして、お昼になったら。
「……よ、きたぜ」
昨日言った通り、デンジ君が二道に来た。
「デンジ君!待ってたよ〜」
「いらっしゃい」
何となく会えないんじゃないかと、そんな気もしていたから顔を見れて安心した。
デンジ君は、今日は食べるものに悩んでいるようで、しばらく考えると言ってメニューを置いた。
私はそんなデンジ君と軽く話しつつ、手元のノートに、文字を書き込んで……
「……なぁレゼ、今日はチョーシわるい?」
「……え?」
そうやって、いつも通りを実行していたら。
デンジ君が私に、声をかけてきた。
「いや……なんかさ、前みたときよりすすんでねーから、ムズいのかなって」
……しまったな、そんなこと言われるとは。
普通に振る舞うことに集中しすぎて、問題に手がつけられていなかった。
「うーん、そうなんだよねー。今、難しいとこ勉強してるから」
私はそれを誤魔化すため、あえて軽く笑ってみせた。
「それとさ〜、なーんか今日はあんま勉強する気起きなくて〜。やる気なしなしモードでーす」
そして仰け反りながら、怠そうな声を出してみせる。
「……勉強する気起きないなら、こっちのこと手伝ってみる?」
マスターは、その質問に対して私が『はい』と答えるのを一切期待していない苦笑いの表情で、声をかけてきた。
「……マスター、いいんですかぁ?やる気なしなしモードの私にそんなことさせたら、えらいことなっちゃいますよ」
引き続きローテンションの、だらけた声でそんなことを言ってみる。
するとそれが気になったのか、デンジ君が会話に入り込んできた。
「なぁ、えらいことって、どんなの?」
私はニヤッと笑いながら、悪いことを教える時みたいにその質問に答える。
「ん〜、洗剤じゃなくて調味料でお皿洗っちゃうとか」
「……うわ〜、ヤベーな」
「あー、逆にお客様のコーヒーに洗剤入れちゃうかも!」
「マジかよ!元からドブなのにヨケーのめねーじゃん!」
「絶対やめてね……?」
マスターは「冗談でもそんなこと言わないで」と言いたげな怪訝な顔で、私を見ていた。
これで、動きが遅かった不自然さは誤魔化せただろうか。
こういうくだらないやり取りをしていると、態度も自然と明るく見せれる。
……そうだ。
どうせ、私の残り時間が短いなら。
下手に普通を演じるより、普通を楽しむぐらいの方がいい。
……そう思って、ふとデンジ君の方を見ると。
なんと言うか……デンジ君はデンジ君で、この前までと様子が違うような気がした。
メニューに悩んでるって言ったのにあんまり考えてる風に見えないし、私の方を見ている時間が長い気がする。
だから、私の勉強の進み具合が遅いのに気づいたのかな。
考えることと演技することに気を取られていたせいで、逆に私は見られていることに気づいていなかったみたいだ。
「デンジ君もさ、大丈夫?」
「……へ?」
「いや、なんていうか……あんまりメニューのこと考えてる風に見えなかったから」
「えっ!……いや、んなことねーよ、ちゃんと考えてたよ……」
……明らかに、何かを誤魔化してる態度だ。
「ホントに?なんか私の方ばっかり見てなかった?」
彼の小さな体が、ビクッと反応した。
バレた、と全身で表しているかのようだった。
「……レゼにはかくしごと、できねーな」
デンジ君はため息をついて、私の方を真剣な目で見つめてきた。
「レゼさ、昨日アキとパワーに会ってみたいっていってたよな」
「今日の朝アキに言われたんだけど、パワーがかえってくるらしーんだ」
「だからさ、レゼをさそおうと思って……」
「ま、またこんどっていってたけどさ。あ、あしたにでも、うち、こねー?……って…」
……その顔は、明らかに照れている顔だった。
昨日のことがあったからだろうか、それとも家に誘うのは特別なことだと思っているからだろうか。
……どちらにしても、私にとってそれは、想定外だった。
「デンジ君の、お家に?」
想定外は想定外でも、嬉しい誤算の方だ。
バディさんにも会ってみたいと言った昨日の今日で、当の本人が戻ってくるとは。
それを口実にデンジ君を住まわせている人の家に行けるなら、目的の達成がかなり近づく。
「それは……嬉しいお誘いですねー」
私は笑みを湛えて、デンジ君を見据えた。
「お家の人がいいなら、ぜひ行きたいかな」
「……!」
「じゃ、じゃあ、かえったらまた聞いとくな……!」
デンジ君は顔を赤くし、嬉しそうに笑っていた。
……これで私は、希望に一歩近づいた。
デンジ君を導けるかもしれない、希望に。
「はぁー……なーんか安心したらハラへってきたな、たのむのスパゲティにしよ」
「あはは!デンジ君ってば、即決じゃん!」
「はい、スパゲティね。ちょっと待っててね」
誘い終わって緊張が解けたのが丸わかりで、私は思わず普通に笑ってしまった。
マスターの方にはそれで注文が通って、そのまま頼まれたものを作り始める。
「……あ」
その時、落ち着いたデンジ君がふと何かに気づいたようで、声を上げてこっち側の椅子へとズレてきた。
「どうしたの?」
「……それ、しおれちゃったんだな」
その小さな指が差す方向を見てみると。
そこには私が飾った、デンジ君から貰ったあの時の花が……
だいぶ萎れて花びらもほとんど落ちている花が、コップに挿されたままになっていた。
……というより、マスターに萎れたとしてもまだ飾ってて欲しいって私が言ったから、そうなってるんだけど。
「あー……お水は毎日変えてたんだけどね」
ごめんね、と私が申し訳なさそうにすると、デンジ君は軽く笑った。
「いーよ。花なんてフツーはいつかかれちゃうし」
……それは当たり前のことなのに、その言葉にどこか寂しさを感じる。
「…ふふ、枯れないお花があったらいいのにね」
私は萎れてしまった花を指で撫でながら、どうしようもないようなことを言ってしまった。
「……!」
すると、デンジ君は一瞬目を見開いてから、ニッと笑った。
「なぁレゼ〜、オレおもいついたぜ、花フッカツさせる方法」
「……え、ホント?」
私は純粋にその言葉に驚いて、思わずそう聞いてしまった。
一体、何を閃いたんだろうか。
「マジだよマジ。……ちょっとやってみっからさ、目つむってまってて」
それでもデンジ君は変わらず、自信ありげな顔をしている。
「え〜何それ、どんな魔法使うつもり?」
私は期待半分、からかい半分で笑って、そのまま目を瞑った。
「へへ、ちょっとな……まだナイショ」
そうして目を瞑っていると、何やらガサゴソと辺りから探るような音が聞こえて。
その後、静かになった。
聞こえるのは、マスターが料理する音だけ。
……おかげで、デンジ君が何をしてるのか、いまいち分からない。
「ねぇデンジ君、なにしてるの〜?気になっちゃうよー……もう開けていい?」
「まだ!」
「……あー、目が痒くなってきちゃったな〜、開けようかな……」
「もうちょい!もうちょいまって!」
こんな時になんだけど……イジワルで急かすとデンジ君が明らかに焦るの、少し面白い。
「あー……瞼がかる〜い……このままだと開いちゃう〜……」
「サスガにそれはウソだろ!」
「あはははっ!バレちゃった?」
「んなのきいたことねぇもん……ホントにもうちょいだからさ、まってくんねぇ……?」
「はいはい、ちゃんと待ちますよ〜」
私は満足して、大人しくデンジ君を待つことにした。
……それにしてもホントに、何しようとしてるんだろう。
確か私、筆箱に小さめの糊とか入れてたし、何とかそれで花びらをくっつけようとしてるんだろうか。
……まぁ、結構ムチャだけど。
もしそうなら、その気持ちだけでも嬉しいかな。
「……よっしゃ!かんせ〜〜」
考えていたら、デンジ君は作業を終わらせたみたいで、高らかに宣言した。
「おー!デンジ君、できた?」
「おう、もう目あけていーぜ」
じゃあ、と私はゆっくり目を開けた。
俯き気味に待っていた私の視界に、まず手元のノートと、上側に置いていた教科書が見える。
そして私が使っていない方のページに、何か書かれているのが目に映った。
そちらに、目をやると。
私が貰った花と同じ花の絵が、緩い線で描かれていた。
子供らしい……悪く言えばちょっぴりヘタな、花の絵が。
「タラーン!」
デンジ君はあの時と似たような顔で、その花の絵に向かって、手品師が手品を見せる時のように手を広げていた。
「へへ、どう?上手くかけてっかな?」
「絵なら、ゼッテーかれねぇとおもってさ」
デンジ君は、笑っていた。
私を最初励ましてくれた時の笑顔と、同じだった。
「……デンジ君」
「ありがとう。とっても上手だよ」
私は、デンジ君の書いた絵を、さっき花を撫でた時のように指でなぞりながら、一言お礼を言った。
「ならよかった、まってもらったカチもあるな」
「ふふふ、こんなこと考えてたなんて。デンジ君天才だね〜」
私は表向き軽いテンションで褒めながら、デンジ君の頭を撫でた。
デンジ君は照れたように、少し顔を下に向けた。
「……でもこれ、どう飾ろうね?額縁にでも入れる?」
「……んー」
私が撫でるのをやめてそんなことを言うと、デンジ君はしばらく考えて、結論を出した。
「……切りとってコップにさせばいいんじゃね?」
「えー!?あははは!そこまで同じにしちゃうの?」
私はデンジ君の変わった提案に笑って、もう一度花の絵をちらっと見直した。
……もう、今日は。
勉強する気なんて、ホントに起きないな。
「ねぇ、せっかくだからさ、このままノート使って一緒にお絵かきしようよ」
「マジで?いーの?」
「いいよ!今日はどーせやる気なしなしモードだったし、勉強サボっちゃおう!」
私は笑顔で、勢いのまま筆箱をひっくり返した。
中から筆記用具がばらりと落ちて、机の上に広がる。
「さーデンジ君!ペンでも鉛筆でも好きなの使ってよ、私も色々描くから!」
「……じゃあオレ、さっき使わせてもらったの使おうかな」
デンジ君は手頃な長さの鉛筆を手に取って。
私は、普段使っているシャーペンを手に取った。
「じゃー私はこっち。さーて、何描こっかなー……」
とか言いながら、私はすらすら筆を進めていく。
あっという間に、デフォルメチックなデンジ君の顔が出来上がった。
「じゃーん。デンジ君のお顔でーす」
「へー、レゼ、うめー……」
デンジ君は感心したように頷いた後、私に続いて鉛筆を動かし始めた。
「んじゃオレ、レゼかいちゃお」
「私描いてくれるの!?楽しみ〜」
デンジ君は描くと決めたら集中し始めたみたいで、私が茶々を入れるのも気にせずに黙々と絵を描いていた。
……私の絵が出来上がっていく過程が、見える。
何となく、さっきの花と同じぐらい……いや、それ以上に気合が入ってそうなのは、見ているだけでも分かった。
「………ちげーなこれ、レゼじゃねーな…」
でもデンジ君は、そうして出来上がった自分の絵に、不満そうにしていた。
……結構特徴は捉えてると思うけどな。
髪型とか、目の感じとか……
まぁどうしても荒いとこはあるけど、そんなの当たり前だし。
「そうかな?上手だと思うよ、言われなくても『私だ〜』って分かるし」
「えー、んなことねーよ……だってさ…」
デンジ君はいまいち、私の言葉を受け入れていなさそうな様子で、さらっとこう言った。
「レゼ、もっとかわいいもん…」
……そう言われて、思わずポカンとしてしまった。
いや、まぁ……
その言葉に、「こういえば喜ぶだろう」みたいなスカした意図とかがないのは分かる。デンジ君は子供だし。
それでもなんと言うか、逆に愚直というか……
……そんなこと言われたら、それをネタにからかいたくなってしまう。
「……へ〜、デンジくんってば、随分女たらしなこと言っちゃうんだね〜。それはモテるテクニックか何かかなー?」
「え…?…………あ!!ち、ちげー!!そういうイミじゃねーから!!」
自分の発言のヤバさというか、どういう事を言ったのか自覚したのか、デンジ君は急に焦り始めた。
「ほら、なんか……たとえばさ!テレビとかのアイドルの人の絵かいたとしてさ!それをかわいいって言われても、本物の方がかわいいっていうか……」
「ふーん、じゃあ私はアイドルの人みたいにかわいいってこと?」
「えぁっ!?いやそーじゃなくて……いやちがくねーかもだけど……」
「あはははっ!なんじゃそりゃ!結局どっち?」
「えぁっ、えーと……わ、分かんねー、わかんない……」
考えがこんがらがったのか、今にも煙が出そうな顔でデンジ君は頭を抱え始めた。
「あはは、ごめんごめん。本当はそんなつもりじゃないって分かってるよ」
私は笑いながら、オーバーヒートしているデンジ君の肩を軽くポンポンと叩いて謝った。
「……」
からかわれてムキになったのか、デンジ君は私の方を黙って見つめていた。
「まぁまぁ、そんなに怒らないでよ〜。ほら、一緒にお絵かきしよ?」
「……うん」
その言葉で気を取り直したのか、恥ずかしがっていた小さな彼は、もう一度鉛筆を取って考え始めた。
「うーん……」
悩みながら、デンジ君はゆっくり鉛筆を動かしていく。
私は私で、とりあえず何か書こうと、適当にぱぱっと手を動かして……
「よし、完成!さぁ問題ですデンジ君、これは何の絵でしょうか!」
「……あ、スパゲティ?」
「正解!デンジ君の今日のお昼ご飯です!」
「んじゃー次はオレのばん……コレなーんだ」
「分かるよ〜、それコーヒーでしょ?」
「あたり!」
「上手な絵だと簡単だね、じゃあ次は…」
私達はそうやって、沢山絵を描いていった。
描いては喋って、時折笑って。
そうしている内に、マスターがスパゲティを運んできて。
デンジ君がそれを食べて、私はそれを見て……
「……ごちそーさまでした」
デンジ君は食べ終えると手を合わせて、ご馳走様の挨拶をした。
「美味しかった?」
「うん。やっぱなに食べてもうめーな」
デンジ君は満足気な顔をしていた。
「あと、絵かくのも楽しかったし」
「そっか!私も楽しかったよ、たまには息抜きもいいねー」
ノリと言うか、勢いでやったことだったけど、楽しんでもらえたなら良かった。
私もとりあえずマキマを意識しすぎず、気を張らずに過ごせたし。
「んじゃオレ……そろそろ行くよ」
デンジ君は立ち上がって、マスターにお代を渡した。
「ありがとうね」とマスターの礼を背に受け、そのままドアの前に立つ。
「じゃあ……いけるかどうかかえったらゼッテーきく、また明日な!」
「うん!楽しみにしてる!……あ、もしいけるなら、明日はお菓子か何か、持っていくね!」
私は去ってより小さくなっていく背中に、一言挨拶をかけた。
……不思議と、何となく明日はまた会えそうな気がした。
「……マスター」
「分かってるよ、明日の話だね」
見送った後、私が全て言う前に、マスターは私の言葉に反応した。
「デンジ君が来て、親御さんの許可が貰えてたなら、後の時間は無しってことでいいから。明日は遊びにいっておいで」
「やったー!ありがとうございます!」
……ありがとう、マスター。
こんなテンションで言っちゃ、私の感謝の深さは理解されないだろうけど。
いや、むしろマスターに理解されるようじゃ、あの魔女にバレるから仕方ない。
……私はふと、机の上のノートを見やった。
そうだ、こっちのこともやっておかないと。
「……あ、あと、これなんですけど……」
私はノートをパッと取って、花が書いてあるページをマスターの方に見せた。
「あぁ、デンジ君が描いたお花の絵かな。小さめの額縁ならあるけど、入れるかい?」
……それが、当然、普通だ。
私だって、そうしようと思っていた。
『切りとってコップにさせばいいんじゃね?』
……そんな飾り方、流石に変だし。
でも、何となく……
「……コップに」
「コップに飾ってみても、いいですかね」
その方が、デンジ君らしい。
「それは、全然いいけど……飾り方としては少し変わってるね」
「……ふふ、いいんですよ、それでも」
私は、切り取ってコップに挿す予定の、二度と枯れない花が描かれたノートのページを、もう一度見直した。
……こんなことを出来るのも、もうあと何回だろうか。
いや、何回どころじゃない。
デンジ君が許可をもらってくれば、明日がその最後の日になるかもしれない。
……それでも、この花の絵は。
私とデンジ君が遊んでいた日々があったことを、象徴してくれる。
枯れずに、ずっと。
1週間と少し振りに、早川アキ宅にパワーが帰ってきた。
「ワシ復活じゃあ!!!」
「おい、暴れるな!!何のために血抜きしてきたんだ!」
久しくマキマから解放されたことに、パワーは激しくはしゃぎ、アキは怒る。
「なんじゃあ、うるさいチョンマゲじゃのう。それが久しぶりに戻ってきた者への態度か?なぁニャーコ」
そう言いながら、パワーは自分の小さな相棒、猫のニャーコを抱え、撫でる。
「……その勢いで家具とか壊されたらたまったもんじゃないからな」
「バカなことを言うな。ワシはそんな愚かなことはせん」
「お前が来たばかりの頃、俺が野菜炒め作ったのにキレて皿ごとぶん投げたのを俺は一生覚えてるぞ」
「は?ワシ覚えてないが?そもそもそんなことしとらんが?」
「…だろうな、このクソ悪魔」
パワーの記憶改竄は一級品。
アキは、怒るのを諦めた。
その時、脇にいたデンジがアキの方に、声をかけた。
「……なぁアキ、聞きたいことあんだけど」
「…どうしたデンジ、そんなに改まって」
「大体デンジがその態度の時は、何かしでかしたかお願いする時だけじゃ」
「……ピンポ〜ン。パワーせいかい。今回はおねがいだけどな」
「何だ、また出かけたいのか?遅くならないなら構わないぞ」
「いや、そうじゃなくて……むしろ、逆っていうか……」
デンジは緊張した面持ちで、おずおずとだがついにそれを言った。
「明日さ、ここに人、よびたくて……」
アキが、少し衝撃を受けたような顔をする。
「人を呼びたい?……デンジ、それは最近話してる仲良くしてくれる人……レゼって名前の人のことか?」
「そ、そう!その人……レゼ、レゼだよ」
「レゼぇ?ワシ、其奴のこと知らんが?」
「お前が血抜きを受けてる間の話だからな。……その人とは、そんなに仲良くなったのか」
「うん……まぁ、ケッコーあそんでもらったし、2人に会いたいって言ってたし……」
それを聞いたアキは、しばらく考えるような表情を浮かべた。
……アキ自身、正直その「レゼ」という会ったこともない人間に、全く疑念がないわけではない。
だが、これまでデンジに特に危害があったわけでもなく、デンジ自身その「レゼ」という人間とは楽しく過ごしていると話している。
……その人間を見極めるには、いい機会かもしれない。
アキはそう、考えた。
「……話を聞いた時から、お前のこと世話になった礼をいつかしたいと思ってたんだ」
「『迷惑じゃなければ夕飯を用意しますのでどうですか、とアキというウチの保護者が申してました』って、明日会ったら伝えてくれ」
「アキ……!」
会って判断したいという打算は込みであるが、アキは彼女が家に上がることを認めた。
デンジがそれに感動したような表情になると、パワーが怠そうな具合で横槍を入れた。
「ワシは正直どーでもいい……いや、むしろこれ以上ここが狭くなるのはイヤじゃなあ」
そのパワーの言葉にデンジは一瞬ムッとしたような顔つきになった後、思い出したかのように言った。
「……なぁパワー、レゼさ、明日くるときはおかしもってきてくれるらしいぜ」
「デンジ……そのレゼとやら何人でも呼んでくるがいい!」
パワーはそれを聞いて、自分の突き出した横槍を凄まじい勢いで折った。
「いや、レゼは一人しかいねーけど……」
パワーの了承の勢いと圧倒的な掌返しに、デンジは少し困惑した。
でもこれで明日レゼを家に呼べると、デンジは気を取り直した。
……そして、少し考えてから、アキの方に話しかける。
「……なぁ、アキ」
「どうした?」
「さっきの……なんだっけ、レゼに言う『メーワクじゃなければ……』みたいなヤツ、おぼえらんねぇからメモくれ」
そんなことをデンジが言うので、アキは不思議そうな顔をした。
「別にあの通り言わなくても良い……いや、俺の言い方が難しかったな。『許してもらえたこと、ついでに夕飯を食べないかと誘ってること』を、デンジの言葉で言ってくれ」
するとデンジは、至って真剣な顔で、言い放った。
「いや……アキの言い方のほうが、なんかオトナっぽいじゃん」
……あまりにも真剣な、子供らしい言い分。
格好つけたいことが丸わかりのその言葉に、アキは目を閉じて微笑んだ。
「……分かった。書くから待ってくれ。メモ、無くすんじゃないぞ」
おう、とそれに返事するデンジに、アキは簡単なところだけは漢字のまま、ほぼ平仮名でその文言がそっくりそのまま書かれたメモを、渡した。