コードギアス〜暗躍の朱雀〜 作:イレブンAM
シンジュク事変より1週間の時が流れ、俺は漸くトウキョウ祖界に帰還することが出来た。
真っ先にルルーシュの部屋へと向かってみれば、そこでピザを食っていたC.C.から、
『随分と早い御帰還だな』
と嫌味を言われてしまったが、俺だって遊んでいたわけじゃない。
海路も駆使してシズオカからイセへと上陸。そこから陸路でワカヤマへと向かい、ナイトメア開発の為の手土産をラクシャータに渡す……たったコレだけで2日がかりの大仕事。2日もの時間を要したのは、ワカヤマが遠いのもさることながら、日本人の移動に制限を掛けられているからに他ならない。
日本人が日本の地を自由に移動できない……これがブリタニアに敗れた日本の厳しい現実だ。
日本人の中には、従順に従わないから締め付けが厳しくなり、そのせいで争いが終らないと主張する者もいるようだが、そんなバカな話はない……悪いのはブリタニアだ。
ともあれ見つかることなく慎重に移動した俺は、ワカヤマに着くなりランスロットの腕部だけでなく映像データも渡した……でも、ラクシャータの食い付きが思ったより良くなかったのは、どうしてだろうか。
俺を押し退けて解析に取り掛かるとばかり思っていた彼女が取った行動は、俺を見るなり抱き締め無事を労う……と言ったラクシャータらしからぬものだった。
因縁浅からぬ相手と推測される、ロイド伯爵が絡む事案なので照れ隠しだったのかも知れない。
それから、ラクシャータ達に映像データの解説を行い、KMF開発状況の報告を受けたりしていると、客がやって来た。
俺がナイトメアを開発していると聞き付けた藤堂さんの指示の元、KMFの入手を目的とした卜部さんを代表とした日本解放戦線の一団は、総責任者である俺が戻るのを暫く待っていたそうだ。
思わず「トベさん」と言ってしまいそうになるウラベさんは、奇跡の藤堂の懐刀として″四聖剣″の異名を持つ歴戦の兵(つわもの)で、本来なら俺のような若造が待たせていい相手ではない。
でも組織的には、枢木家の当主である俺の方が上になるようで、卜部さん率いる一団が俺を呼ぶ時は「枢木様」や「朱雀様」だったりする。
親子程も年の離れた男達から様付け呼ばわり……どうにも慣れない中で、どこかワクワクした様相の卜部さん達を工房に案内した俺は、量産型KMFに試乗して感触を確めてもらい、販売に漕ぎ着けた。
時間は掛かったが売れ行きは上々……不思議なのは紅蓮にも匹敵する高性能量産機″月下″よりも、サザーランドと同程度の″無頼″の売れ行きが良かった事だ。
と言うより、藤堂さんと四聖剣が使用する五機以外、全て無頼なんだから世の中わからないものである。
卜部さんによると、連れてきた力量に差のある一般の兵士を乗せてみた所、無頼でも月下でも大差がないばかりか、操縦性に優れた無頼の方が安定した戦果が見込め、費用対効果的にも整備性に優れ値段も安い無頼の方が良いそうだ。
因みに、費用が気になるなら月下も無頼と同額で構わない、との俺の提案は同席していたラクシャータのキセルの一撃と、「アンタはバカかい?」の一言で却下された。
俺は別に、兵器の販売で財を為すつもりもなければ、志を同じくする人達から金を巻き上げるつもりもない。ただ、ラクシャータ達の労に報いられるだけの収入と、原材料にかかる費用が回収出来ればそれで良かった。
元々、KMFは利益率がハンパない……しかも、最も高価かつ重要な部品であるサクラダイトを、タダ同然の横流し品で賄っているんだから、正味の原価は口に出して言えない位だ。
ボッタクリにも思える価格の大半は、開発費として正当性が認められるようだけど、開発を行うのは枢木の当主としての勤めなんだから、それを価格に乗せるのはおかしいって話だ。
これ等の主張も言ってみたのだが、「ホントにバカだねぇ」とラクシャータに鼻で笑われ相手にもされず、卜部さんからも「金だけの問題じゃねぇんだ……暫く月下は売れねぇだろうよ」と苦笑いされたのは、未だに解せない。
閑話休題。
卜部さん達と三日に渡って模擬戦を行いサマになってきた頃、エリア11を揺るがす放送が全土に流された。
第三皇子クロヴィス・ラ・ブリタニアのエリア11総督退陣表明。
コレだけならブリタニア人にも日本人にも大した問題ではなかった。
しかし、クロヴィスは過剰演出としか言えない退陣会見の場で、俺のテロ活動の詳細を映像やグラフを用いて公表したのだ。
曰く、
テロによる多大な被害の責任を取り帰国する。
曰く、
残されたブリタニア臣民は協力してゼロの捕縛に当たれ……と。
この声明の表向きの効果により、一部のブリタニア将兵の士気が上がり、一部の民衆がイレブンに憎悪を燃やしたのは確かだろう。
しかし、それ以上にレジスタンス活動に勤しむ日本人達の士気が高まり、ブリタニア将兵の士気が下がり、民衆の情勢不安を招いたのだ。
それはそうだろう。
俺のテロ活動で命を落とした将兵は三桁を数え、十数回もの襲撃でブリタニア軍は、賊に一矢すら報いる事なく一方的に被害を被ったのだ。
普通に考えれば秘匿すべき情報であり、現にクロヴィスは伏せてきていた。
『理解できねーな……御飾りなりにソツのなかったクロヴィスも、ついにメッキが剥がれたのか? いや、そもそもこの情報は正しいのか?』
これが声明を聞いた卜部さんの反応であり、卜部さんだけでなく軍事に携わる者なら敵味方関係なく同じ様な感想を抱き、勘の良い者であればあるほど深読みして困惑したことだろう。
それほどにクロヴィスの声明は不可解なモノであったが、なんのことはない。
一連の声明はルルーシュがギアスの力で命じたモノであり、更に明日には″ゼロを誘き寄せる囮になる″との名目で、クロヴィスが大々的に帰国の途につく計画らしい。
そこに襲撃を仕掛けるのがルルーシュの次なる策になっていて、常日頃から″総督は役者″と言っていたクロヴィスは、最後に茶番劇を演じて表舞台から退場する予定となっている。
クロヴィスの放送から間もなく、ルルーシュから″早く戻れ″と矢の催促を受けた俺は、試作飛行砲撃実験機の輸送を取り仕切り、量産機販売に関する決定権をラクシャータに預けてワカヤマを後にした。
それから様子見を兼ねてキョウトに足を運び、ついでに挨拶周りをした結果、1週間もの時間が掛かった訳だ。
決して遊んでいたわけじゃない、と重ねて言っておこう。
そして、今。
クロヴィス拉致作戦の打ち合わせの為にルルーシュの自室へとやって来た俺は、ベッドを背もたれ代わりに座り込み、受領した実験機・月光の操縦マニュアルをパラパラと捲りながら寛いでいる。
ベッドの上では寝そべったC.C.がピザを食い続け、俺の隣には足を伸ばして座るナナリー。
綺麗な正座姿でサヨコさんが正面からニコヤカに見守り、ルルーシュは俺達に背を向ける様に自分のデスクに座ってディスプレイを眺めている。
これだけ見ればヘソを曲げた兄貴の図……そんな団らんとした雰囲気だ。
「それは新型か? 色々と考えるものだな」
ベッドの上のC.C.が興味を持ったようで、俺の頭上からマニュアルを覗き込んでいる。
「サヨコさん……これはなんと書いているのでしょうか?」
俺の隣で座るナナリーが指を差したのは、月光の全体図が描かれたページに書き込まれた、日本語での註釈の一つ。
色々と特徴的な月光のイラストだけど、中でも両肩に備え付けられたキャノン砲は異彩を放っている。
輻射波動での砲撃を可能とする試作キャノンは小型化されておらず、土管を両肩に乗せた人の様な姿はいかにもアンバランス。
これで空に浮くフロートシステムまで搭載しているんだから、註釈を付けるまでもなく無茶苦茶だ。
それにしても、今まで黙っていた日本語の読めないナナリーが、コレに限って聞いてきたのは運が悪いとしか言えないな。
とりあえず、ラクシャータの名誉のためにも誤魔化そう。
「空気抵抗に気を付けな、ダーリン……に御座います」
俺が答えるより早く、ニコヤカに答えるサヨコさんだが、目が笑っていないのは気のせいだろうか?
「ほぅ……やるではないか。例のラクシャータとか言う女か? オカシイと思っていたのだ……あの時のお前はギアスの影響下にあったハズなのに、やけにアッサリとした答えだったからな。アレでは逆に他に何かあると言っている様なモノだぞ」
「ラクシャータ……さん? とは、どの様な方なのでしょうか?」
「名前の響きからインドの女性かと思われます、ナナリー様。書かれた文字を見ますに、年の頃なら二十代後半の艶やかな女性ではないかと」
いいオモチャを見付けたとばかりに囃し立てるC.C.と、小首を傾げるナナリーに名探偵も真っ青な推察を披露する佐夜子さん。
「篠崎流は凄いな……文字からそこまで読み取れるのか。確かにラクシャータさんはインドの人で、インドの解放の為に身を投げ打ってまで尽力している人だよ。艶やかもそうだけど、ちょっと茶目っ気があるんだ」
俺とラクシャータの事を包み隠さず話せば、ラクシャータの名誉に傷がつく。
百を越える人の命を奪っている俺に守るべき名誉なんてモノは存在しない。しかし、これからラクシャータと顔を合わせるコトになるC.C.達が、ラクシャータを色眼鏡で見ない為には誤魔化す必要があるだろう。
あくまでもラクシャータはKMFの開発者であり、現にそうなんだから……。
「ほぅぉ? 身を投げ打って、とはな」
「ならば私も枢木家の為にこの身を差し上げます」
「朱雀っ!!」
ちょっと意味の判らないことを言い始めたサヨコさんを遮る様に、ルルーシュが怒声をあげた。
少し怖かったし、助かった。
「なんだい? ルルーシュ。急に大きな声を出したりしてさ」
「この際だ、ラクシャータとは何者かハッキリさせてもらうぞ! いや、その前に、何故ナナリーが此処にいる!?」
「え? それはナナリーに聞くべきじゃないかな?」
「そうです、お兄様。私は私の意思で此処にいて共に闘いたいのです。それとも、お兄様は私を除け者にしたいのでしょうか?」
「ちっ違う……俺が言いたいのは、何故ナナリーが俺達の事情を知っているのか、と言うことだ!」
キッと睨んだナナリーの言葉に、ルルーシュは明らかな動揺を見せる。
ルルーシュが言うにはナナリーの生来の性分は、活発と言うよりお転婆だったらしい。
『あの頃のまま成長した様だ』
いつだったか、肩を落としてそう呟いたルルーシュの元気がなかった様に見えたのは、きっと俺の見間違いだろう。
「それなら俺のせいだ。ナナリーの開眼を促すために俺の知識を伝えたら、こうなったんだ。正直言って、こんな事になるとは考えていなかったから、俺にとっても大きな誤算だよ」
「いや、判るだろっ……くっ、お前、悪意が無いだけタチが悪いぞっ」
「この男……やはり天然か」
「流石は朱雀様……抜けている所も素敵に御座います」
「私は知る事が出来て良かったですよ」
三人からは酷い言われようだけど、当の本人であるナナリーだけが俺を庇ってくれている。
性格に多少の変化が見られても、心根が優しいのは変わらない様だ。
「そうだね。俺もこれで良かったと思っているよ。大体、ナナリーに隠したままでルルーシュが戦い続けるなんて無理があるんだ。万が一、俺やルルーシュの正体がバレた時は、何も知らないナナリーがより危険に曝されるんだからさ」
未来知識だとナナリーは何度か拐われたり、本人がそれと気付かない内に人質にされたりもする。
その度にルルーシュは狼狽え焦り、窮地に立たされる……つまり、明らかな失策として描かれている。
こうなると予期していた訳じゃないけれど、失策だと気付いたからにはソレを改めるのが、未来を知った俺の役割だろう。
「しかしだなっ」
「僭越ながらルルーシュ様……この件ばかりは朱雀様の仰る事に同意致します。代々日本の要人警護を務めてきた隠密として言わせていただきますと、要人警護において最も難しいのは護られる側が危険を認識していない場合になります」
「ナナリーが知る事で警護に協力的となり安全性が増す……か。だとしても、ナナリーを争いに巻き込む訳にはっ」
「何をぐちぐちと言っている……お前が何をどう言おうとナナリーは既に知っているのだぞ?」
「そうです。知ってしまった私が朱雀さんに協力したいと思うのは、そんなにイケない事でしょうか?」
「くっ、よってたかって……これでは俺が悪者ではないかっ。朱雀っ、この状況、どうしてくれるんだ!」
俺が説得するまでもなく、何故か女性陣からの総攻撃を受けたルルーシュがフラフラになっている。
見ていられないし、この辺で幕引きとしよう。
「ルルーシュ……俺が迂闊だったのは謝るよ。でも、俺はこう思うんだ……俺達がナナリーにしてやれるのは″ナナリーに優しい世界を作る″ことじゃなく、どんな世界でも逞しく生きていける強さを教えてやる事なんじゃないか、って。これから俺達がやろうとしている事は、どんなに言葉を変えて言い繕っても…………人殺しだ。見せたくないのは俺だって同じだよ。だけど、見せたくないからと言って見せないなら、俺達はシャルル皇帝と同じことをナナリーに強いるコトになる。ナナリーにはその目で俺達の有りのままを見てもらい、それが強く成長する為の糧となれば良いんじゃないかな?」
「「「…………」」」
俺が演説っぽく語り終えると、皆が一様にポカンとしている。
「え? みんなどうしたのさ?」
「お前が良いことを言うから戸惑っているのだよ……みなの気持ちを代弁してやると、″朱雀のクセに生意気だ″と言ったところか」
「そ、そんな事は考えていません。ただ……やんちゃだった朱雀さんも色々考える様になったんですね、と感心していただけです」
「そ、そうだぞ。普段の姿からは想像も出来ない言葉を発したものだから、驚いていたのだ!」
「その通りです。あまりにも御立派過ぎて、貴方と朱雀様のお姿が重ならず、私の思考が固まってしまっただけです」
「当たらずとも遠からずだな。全く、酷い奴らだ」
C.C.の締めの言葉で3人は俺から視線を反らした。
俺は……泣いても良いのかな?
いや、駄目だっ俺はもう泣かないって決めたんだ!
「と、兎に角、朱雀の言い分は判った。しかしナナリーはそれで良いのか?」
「はい。少し前の私は、お兄様が側に居てくれる……それだけで良かったのです。ですが、朱雀さんの想いに触れ、御父様の悪行を知ったからには…………あのハゲ頭をハリセンでひっぱたいてやりたいです!」
力強く宣言したナナリーが拳を握り締めて立ち上がった。
「「「……は?」」」
ナナリーの話す内容と予想外の行動に、今度は俺達共犯者同盟が固まった。
「御立派です……ナナリー様」
そんな中、取り出したハンカチを目尻に当てたサヨコさんが、出てもいない涙を拭っては何度も頷いている。
「おい、朱雀」
それを見たルルーシュが手招きして俺を呼ぶ。
(なんだい?)
(犯人はお前じゃなくあの女か)
(そうみたいだな)
(くっ……サヨコめ。だが今はそんなことよりナナリーだ。お前がなんとか説得しろ)
(え? ルルーシュがやればいいじゃないか)
(バカかお前はっ! 下手に説得して嫌われたらどうする!? 俺には判るっ、今のナナリーは一度言い出したら聞く耳をもたん)
「男二人で寄り添って何をコソコソ話している?」
「でも丸聞こえですよ、お兄様。御理解いただけているようですが、私はなんと言われようと止めませんからねっ! お兄様だって気付いているのではありませんか? 朱雀さんが罪を犯したのは私達の為でもあると……私だけが何もせずにはいられません!」
腰に手を当てそう宣言したナナリーは、確かに活発を通り越してお転婆に見える。
以前を思えば喜ばしい限りの成長ぶりだが、根底にあるのはやはり優しさだろう。
「ありがとう、ナナリー。だけど、前にも言ったハズだよ。俺は自分がしたいと思うことをしているだけだから、キミが気に病む事は何一つない。だからもし、キミの闘う理由が俺だとしたら闘ってほしくないし…………足手まといの力を借りないとイケない程、俺達は弱くない」
好感と申し訳なさを覚えた俺は、認識の甘さと実力不足を理由に、時間をかけてナナリーを説得するのだった。
その結果、シミュレーターで俺から一本でも奪えれば、パイロットとして協力を依頼すると定まった。
それでも不安気なルルーシュに″実質不可能な条件だから安心しろ″と自信満々に告げた俺が″閃光″の意味を知るのはもう少し後の事になる。
こうして、ナナリーの問題に一応のケリを付けた俺達は、茶番劇の打ち合わせを入念に行い、夜が明けてから浅い眠りに就くのだった。