コードギアス〜暗躍の朱雀〜 作:イレブンAM
『御覧下さい。沿道に群がる人の数を。これこそがクロヴィス殿下が愛されている何よりの証明になるでしょう。人々は、平和と芸術を愛される殿下との、別れを惜しむように集まったのです! しかし、悲しむ必要はありません。例え殿下が去られようとも、野蛮なイレブンの地に優雅なブリタニア文化を根付かせようと尽力された殿下の功績は、決して色褪せる事は無いのですから! 憎むべきはゼロなのです。テロと言う卑劣極まりない行為で殿下の御心を傷付け…………』
十月某日、午後六時。
都市機能を支える大動脈である片側4車線の道路を完全封鎖して、クロヴィスの凱旋パレードが政庁から空港へと向けて、大々的に行われていた。
ゆっくりと行進する御用車両……四方を護る様に配置された数機ばかりのサザーランド……沿道に群がる人々……嘘ではないが真実とも言えないナレーション……そして、御用車両の上部に備え付けられた椅子の上から手を振るクロヴィス。
その模様は、エリア11全土に向けて実況生中継されている。
(なんたる茶番っ……)
沿道に集まった人々の大半はサクラと野次馬で構成されており、それを集め原稿を用意したテレビ局関係者――ディートハルトは、中継車の中でモニターチェックを行いながら内心で吐き捨てた。
真実をありのままに伝えるべきジャーナリストが、表層だけを映し虚飾のナレーションを流して″真実″を造りあげる片棒を担いでいるのである。
マスメディアが持つ力は大きい。
詳しい事情を知らない民衆にとって、マスメディアが流す情報こそが真実となり、多くの者はそれを疑うことなく″真実″として受け止める。
だからこそ、ジャーナリストは真実のみを放送すべきなのである。
しかし、ブリタニア帝国における皇族の力は、マスメディアよりも遥かに大きい。
やらせであろうが虚飾であろうが、やれと命令されれば断る術などないのである。
ジャーナリストであると自負するディートハルトに、忸怩たる思いが込み上げる。
(だが、伝えるべき相手がこれではな……)
真実を伝えるべき相手である民衆の一部が、思考を止めたかのようにディートハルトが用意した原稿を信じ込み、クロヴィスに喝采を送りはじめたのである。
アナウンサーに読ませた原稿で印象操作は行っている。
しかし、それでも真実の断片は映し出されているのだ。
自ら真実を知ろうとする者にならば、この凱旋パレードに隠された表向きの真実に辿り着くのはそう難しいことではない。
現にディートハルトは、クロヴィスの凱旋に隠された真実に気づいていた。
凱旋ではなく更迭。
そして、このパレードは更迭の原因となったゼロを誘き出すための罠であり、汚名返上を目論むクロヴィスによる最後の悪あがきでしかない……これが、ディートハルトが辿り着いた一つの真実だった。
(ふんっ……どいつもこいつもっ……)
自身を含めた俗物達に内心で毒づいたディートハルトは、心の何処かで変事が起きるのを期待している自分に気付いた。
パレードは明らかな罠……だからこそ、万が一にもゼロなる者が現れれば、そいつはまさに世界に抗うカオスの権化になる。
(馬鹿馬鹿しい……この包囲網に仕掛ける愚か者などいるはずもない)
小さく首を振ったディートハルトは、せめてこの場の映像だけでも真実を伝えようと、スタッフたちに罵声混じりの指示を送り続けるのだった。
ディートハルトは知らなかった……ゼロなる者が、戦術とは無縁の愚か者であることを。
◇◇◇
同時刻、某県某所。
「奇跡の藤堂ともあろう者が、なぜ動かんっ!!」
「奇跡と無謀を履き違えないで頂きたい」
板の間で軍服を着た男達が、激しく言い争っている。
直に座って床を叩きエキサイトする男の名は草壁。
少し離れ腕を組んで瞑目する男が奇跡の藤堂。
旧日本軍における階級は両者共に中佐であり、現在は日本解放戦線の二枚看板として、レジスタンスの間で広く知られる存在だ。
「臆したかっ、藤堂! 今動かずしていつ動く!! ブリタニアの皇子が尻尾を巻いて逃げ帰る今こそ、追撃を仕掛け日本の魂が健在であると世に知らしめる好機ではないか!」
日本解放戦線の中でも強硬派として知られる草壁の主張は、今回に限ってだけでなく常日頃から攻勢一色だ。
「……罠だとしても、か?」
四聖剣を背後に日の丸の前で瞑目を続け、短く告げる藤堂。
旧日本軍のプロパガンダによって″奇跡″の二つ名で呼ばれる事になった藤堂だが、実体は情報を元に繊細かつ緻密な戦略を練る慎重な男であるとは知られていない。
厳島の戦いにおいても、奇をてらう派手な事は一切しておらず、的確な情報分析が勝利を手繰り寄せたのである。
そんな藤堂は今回知り得た情報から、パレードそのものが何者かを誘き寄せる罠だと見抜いていた。
罠と知りつつ付き合う義理はない……藤堂が動かない理由としてはコレだけでも十分だろう。
「その通りだ。例えこれが罠であったとして、我等に犠牲が出るとしても闘う姿勢を示さねば成らん! 愚かなブリタニアの皇子が産み出した気運を更に高める為ならば、多少の痛手も覚悟の上よ!」
一方の草壁もパレードが罠であると気付いていた。
草壁は罠と知った上で、玉砕覚悟の攻勢を主張しているのだ。
一見無茶にも思える草壁の主張だが、彼の背後で成り行きを見守っていた若い兵士達が何度も頷いているように、かなりの支持を集めている。
臥薪嘗胆を合言葉にして早7年……若い兵士達の忍耐は限界を迎えつつあった。
「中佐の言も判る……しかし、人あってこその組織。そして、組織あってこその軍! 軍とは個の感情に任せ暴を振るうにあらず! 血気に任せて軽々しく命を捨てる時ではない。今は……組織の長であった枢木玄武の命に従い、力を蓄える時だ」
「何を今更っ……その命令を下した日本政府が倒れ、既に7年! 跡を継いだキョウトの連中が何をしたと言うのだ!? 僅かばかりの資金援助を盾に″時期を待て″の一点張りではないか! クロヴィスが弱みを見せナイトメア入手の算段が付いた今こそが、その″時期″とやらではなかったのか!!」
「落ち着くのだ、草壁中佐。ナイトメアはキョウトから入手するのだ。 そうであろう? 藤堂」
草壁と向かい合って座る初老の男、片桐少将がキョウトも活動していると匂わせて仲裁に入る。
日本解放戦線のトップにして、奇跡の藤堂に過剰な期待を寄せる男だ。
「……御答え致しかねます」
ナイトメアの入手は藤堂の任務であった。
極秘をモットーに開発を続けるワカヤマを探し出したのは、一重に藤堂の情報分析能力の賜物だろう。
そして、藤堂の任務はあくまでも″ナイトメアの入手″であり、購入条件に極秘とある以上、何処から入手したかまでは上官である片桐にも報告出来ないのである。
とは言え、キョウト以外にナイトメアが開発出来る組織があろうはずもなく、半ば暗黙の了解といった様相だ。
「まぁ、よい……兎も角、今ここで我等が言い争うても詮無きことよ。クロヴィスの会見から一週間ばかりの時間しかなくては、如何な奇跡の藤堂であっても襲撃作戦は立てられぬ。どの道、我々には黙って見ているしか手が無かったのだ」
「そうではありません、少将。私は時期を待っているのです。例え今回の計画を早くから知っていたとしても、動かなかったでしょう」
「キョウトに毒されたかっ、藤堂!!」
藤堂は動かなかったのではなく、動けなかった……そう仲裁する片桐の苦労を台無しにする藤堂の発言に、草壁は再び床板を叩いて憤慨する。
「落ち着け、中佐! して、奇跡の藤堂が待つ時期とはいつの事だ? お前ともあろう者が何の根拠もないまま、ただ待っているわけではあるまい?」
「確かなことは言えません。しかし、そう遠くない内に時期は訪れましょう……ゼロと名乗る者の正体が私の考える者であれば、の話ですが」
「ふんっ……時期の次はゼロかっ。あの様な、存在自体が怪しげな者をアテにすると言うかっ!」
ゼロという存在は、草壁にとって許容出来ないものであった。
自分達が忍従の時を強いられている間に、好き勝手暴れられたのだ……嫌いになるなと言うのが無理な話だろう。
そもそも、この日本で活動するのであれば、自分達に話を通すのが筋である……それを怠るゼロなる者を草壁がアテにするハズもなく、ゼロをアテにしようとする藤堂と草壁の間に決定的な亀裂が走る。
これはある意味で枢木朱雀が起こした行動の余波が、本人のあずかり知らぬところで起こした結果の一つであると言えよう。
尤も、枢木朱雀の行動は隠密を旨とするものばかりであり、それを伝えなかったから日本解放戦線の不和を招いた、と糾弾するのは些か酷な話になる。
「…………」
「ダンマリかっ! もう良い! コレより我等は独自の作戦行動に入る! 宜しいですなっ、少将!?」
「む、むぅ……」
小さく唸った片桐は、草壁に従う兵達の波に飲み込まれるように、板の間を後にした。
軍服を着た男達が去り、広い板の間に残されたのは藤堂を含めて僅かに4人となる。
「藤堂さん……」
軍服に身を包んだショートカットの女性、千葉が心配げに声をかける。
「案ずるな……」
答えた言葉とは裏腹に、藤堂のしかめっ面は、いつもに増して険しいものであった。
「ちっ……あの坊主……なにやってやがる」
イライラを隠さず髪をかきあげた卜部が呟く。
藤堂は口にこそしないものの、枢木朱雀がゼロであると見込んでいる……四聖剣と呼ばれる4人だけは、藤堂の意図を汲み取っていた。
元々口数の少ない藤堂の意図を、汲み取れるからこその四聖剣なのである。
「朝比奈はなんと言ってきておる?」
この場での最年長、眉まで白く染まった仙波が口を開いた。
「は、はい……祖界にてデート中である、と」
この場に居ない四聖剣最後の一人朝比奈は、藤堂の為にと危険を顧みず単身でトウキョウ祖界に潜り込み、枢木朱雀の動向を探っていた。
その朝比奈からの報告は、
【対象、年下の少女とデート中】
と、朝から繰り返されるばかりであった。
無論、朝比奈が追跡する対象とは、朱雀の姿を借りた篠崎咲夜子である。
(朱雀君ではないのか……?)
額に汗を浮かべた藤堂のしかめっ面がさらに歪む。
クロヴィスによって公開された映像を見る限り、ブリタニア基地に襲撃を仕掛けたのは、ほぼ間違いなく朱雀であろう。
しかし、つい先日シンジュクの地に現れたゼロらしき存在が朱雀であるかと問われれば、藤堂には確信が持てなかったのである。
(枢木家がナイトメア開発の元締めであると裏が取れたからには、デビルオクトパスのパイロットは朱雀君で間違いない。だが、果たして″あの朱雀君″にシンジュクでの見事な指揮がとれるのか?)
藤堂の思考は揺らいでいた。
もし、朝比奈の報告が
【対象はナナリー・ランペルージと行動している】
であったなら、枢木朱雀とルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが協力していると見抜けた筈だが、情報が欠けていては如何な藤堂でも見抜けない。
(現れてくれるなっ……ゼロ!)
枢木朱雀が別の場にいる以上、ゼロが出現すればシンジュクのゼロも枢木朱雀で無い可能性が高まる。
そうなれば……藤堂の脳裏に最悪の可能性が浮かぶ。
「パレードに動きは?」
ゼロが枢木朱雀と知らない藤堂は、沸き上がる一つの懸念を打ち消す為にも、流される実況放送を見つめるのだった。