コードギアス〜暗躍の朱雀〜 作:イレブンAM
『おや……? 停止致しました! ここで停止すると言うのは予定にありません。何かのアクシデントでしょうか!? 詳細が判明次第お伝えしますので、続報をお待ちください!』
サザーランドのコクピットから半身を曝して先導するジェレミアが、片手を上げて合図を送るとクロヴィス率いる一団が制止する。
それを見ていた実況担当のアナウンサーは、予定外の出来事に戸惑いを覚えながらも、マイク片手に有りの侭を喋り続けた。
『あ、あれはG―1ベースです! G―1ベースが正面から現れました。真っ直ぐにクロヴィス殿下の元へと向かっています! G―1ベースの周囲にはサザーランドの姿も見えます。しかし……先頭を走る紅い機体は見たことが有りません。一体どこの部隊なのでしょうか!?』
G―1ベース、指揮用陸戦艇を中心に雁行の陣を組んで現れた謎の一団……その姿にアナウンサーは恐怖を感じながらも実況を続けた。
情報に携わる者の1人として、彼にもこの集団が″何者か″は見当がついてしまったのである。
逃げ出さないだけでも称賛に値するだろう。
(アイツ……本当に真っ正面からっ。でも、アイツの言っていた通りに検問は素通りできたし、上手くいくのか……?)
謎の一団の先陣を勤める紅月カレンは、小さなモニターに映る自機を横目に見ながら、不思議な感覚にとらわれていた。
ここに至る迄には、当然ながらブリタニア軍の検問がいくつもあった。しかし、その全ては自分達を止めようともしなかったのである。
【自尊心の塊であるクロヴィスは、我々が堂々と向かえば何もしない。懐に誘き寄せ、言葉で負かしてから一網打尽にしようとするだろう】
事前に作戦成功の根拠を説明されていたが、それでもカレンには理解できなかった。
自分には見えていない理屈が、あのルルーシュ・ランペルージには見えているのだろうか?
【ルルは頭良いのに使い方がおかしいんだよ】
桜木を監視する為に登校することが多くなった学校で、最近仲良くなった髪の長い少女に言われた言葉が思い出される。
髪の長い少女……シャーリーに言われるまでもなく、全てを見透かし、全てが計算ずくで演技がかった態度から、カレンにもルルーシュが並々ならない頭脳の持ち主だと判っていた……だからこそ、カレンはルルーシュが嫌いだった。
どうしても、日本を支配するブリタニアと、学園の支配者ルルーシュ・ランペルージを重ねて見てしまうのだ。
(だけど……アイツは今、体を張っている)
ブリタニア軍の監視下の元、正面から堂々とやってきた自分達は等しく危険に晒されている。
中でも、先頭を走る自分は一際危険な立場にいるだろう。
それでもルルーシュが扮するゼロと比べれば、安全圏になる。
なぜならゼロは今、ナイトメアにも乗り込まず、生身のままG―1ベースの上で佇んでいるのだ。
仮面を被り、マントを巻き付けて立つチェスの駒の様なその姿は、異彩を放って衆人の目を引き付けている。
いくら仮面で素顔を隠しても″危険を回避する″と言った意味では、体を隠していないのだから、全く以て意味がなく、扇グループが作戦参加を最終的に決意したのは、このゼロの配置に依るところが大きい。
ゼロから作戦を聞かされた当初は、余りにも無謀な内容に反対者が続出する有り様であったが、最も危険な役回りをゼロ自らが担うと言われては、従う他になかったのである。
そして、実際にゼロはその通りに行動し、状況はゼロが言った通りに動いている。
認めないといけない……カレンはルルーシュ・ランペルージが嫌いであったが、仮面のゼロの事は信じてみようと思い始めていた。
(でもっ……あとで絶対に、理由を聞き出してやるんだからっ)
ルルーシュがゼロとして闘う覚悟や能力は本物だろう。
だけど、闘う理由が分からない。
ルルーシュにではなく、いつの間にか姿が見えなくなった桜木に内心で毒づいたカレンは、意識を切り替えると如何なる事態にも即応出来るよう、操縦レバーを握り締めて精神を研ぎ澄ませるのだった。
◇
「止まれっ! 何者だ!!」
いよいよ迫って来たG―1ベースを制止するジェレミア。
彼が今回の計画をクロヴィスから聞かされたのは、シンジュクの事変が起きて直ぐの事であった。
パレードを行えばゼロが現れる……突然聴かされたクロヴィスの読みを元に、様々なパターンを想定して陣頭指揮に当たったジェレミアであったが、賊がこれ程の規模でやって来るとは予想の範疇を越えていた。
シンジュクでも目にした先頭の紅いナイトメアはまだいい。
問題なのは、十を越えるサザーランドと、エリア11でも数台しか配備されていないG―1ベースだ。
何者かが裏切っている?
優秀であるが故に賊の陣容の異様さに気付いたジェレミアは、ルルーシュの策略にハマり疑心暗鬼に陥るのだった。
「お招きに預かり参上致しました……我が名は、ゼロ……力ある者への反逆者だ」
仮面の男が想定通りの最悪の名を名乗る。
「くっ……もう良いだろう! お前のショータイムは終わりだ! 先ずはその仮面を外してもらおう!」
招かれたからやって来た……これは、仮面の男がこちらの警戒を見越している事を意味する。
瞬時に悟ったジェレミアは銃を手にすると、空に向かって引き金を弾いた。
配備していた航空輸送機から次々と投下されるサザーランドは、大きな音を立てて着地すると包囲に加わる。
しかし、これでもまだ戦力的に劣勢だ。
【ゼロは来る。来たならば我が前に必ず誘導せよ……良いな? 必ずだ!! 私には、もう、時間がないのだ】
自分に向けられたクロヴィスの最後の命を優先させる余り、ゼロを誘き寄せる事に固執したのは間違いだったのだろうか?
しかし、この場を逃せば今日を境に皇籍を剥奪されるクロヴィスには、雪辱を果たす機会が永久に訪れなくなってしまう。
殿下の御心に応え、確実に包囲殲滅させる戦力を集結させ、民衆を避難させる迄なんとか時間を稼がねば…………ここまで考えたジェレミアはハッとして振り返る。
「殿下っ!」
「面白い……テロリスト風情が、我がブリタニアの国是を否定するというか?」
ジェレミアの心配を他所に、最優先で避難するべきクロヴィスは、僅かな動揺も見せる事なく片足を組んで身体を傾け頬杖を付いていた。
面白い、との言葉とは裏腹に、ゼロに問い掛けるクロヴィスの表情は能面の様であり、そこから感情を読み取る事はジェレミアにも出来なかった。
「如何にも……だが、間違えているぞ、クロヴィス! 我々はテロリストに有らず!」
「ほぅ……善かろう。イレブンには″冥土の土産″との言葉があると聞く。好きなだけ喚くが良い…………お前達は手を出すでない!」
「殿下……?」
不敬にもジェレミアは、訝しげな視線をクロヴィスへと送る。
ゼロを糾弾して目的や素性を聞き出す予定は事前の計画にもあった。
しかし、それはブリタニア軍が圧倒的有利な状況を想定した場合のモノであり、現在の様などちらに転ぶか判らない拮抗した状況なら、クロヴィスは一目散に逃げて然るべきである。
悠長にゼロの話を聞いている場合ではないのだ。
これではまるで……ゼロに自己主張の場を与えてやっている様ではないか。
「言われずともそうさせて頂くっ。 人々よ我等を恐れ求めるが良い……我等の名は黒の騎士団! 武器を持たない全ての者の味方である!」
我が意を得たりとばかりに、マントをはためかせた仮面の男、ゼロが口上を述べていく。
「おいっ、ジェレミア! こんな真似を黙って見ていろというのかっ!?」
警護に就いていたキューエルが、コックピットから身を乗り出し、ジェレミアに向けて非難の声を放つ。
「殿下の御命令だ!!」
ジェレミア自身も腑に落ちない点は感じている。
それでも皇族の命令は彼にとって絶対だ。
「お前はっ、いつもいつもっ……大体、あの男はっ!」
言いかけて口を閉ざすキューエル。
たとえ明日の零時を境に皇籍を剥奪されると決まっていても、クロヴィスは現時点において皇族だ。
下手な事を言おうモノなら皇族批判で処罰の対象となってしまう。
しかし、怪しげな仮面の男の演説をこのまま黙って指をくわえて見ていては、後々やって来ると噂される″ブリタニアの魔女″に処罰されかねない。
「えぇいっ……クソッ!」
何かをすれば処罰。
何かをしなくとも処罰。
自分の不幸な境遇に目眩を覚え、一瞬″意識が飛んだ″キューエルには、苛立ち紛れにコックピットを叩き、仮面の男の言葉に耳を傾ける事しか出来なかった。
「…………私は闘いを否定しない。しかし、強いモノが弱いモノを一方的に殺すことは断じて許さない! 撃って良いのは撃たれる覚悟のある奴だけだ!! 我等は力あるモノが力なきモノを襲うとき再び現れるだろう……例え、その敵がどれだけ大きな力をもっているとしても……力あるものよ、我を怖れよ、力なきものよ我を求めよ、世界は、我々黒の騎士団がっ……裁く!!」
右に左に手を振りかざしマントをはためかせたゼロは、開いた右手を突き出し宣言を終えた。
余りの出来事に居並ぶ群衆は静まり返り、警護に就く騎士達はその余りにフザケタ内容に歯噛みする。
「ゼロよ…………つまり貴様はこの私、いや、ブリタニア帝国に弓を弾く、ということか?」
「如何にも! 我等黒の騎士団は、武器を持たない日本人に成り代わり、今ここに独立解放を掲げ、ブリタニア帝国に宣戦を布告するモノである!!」
◇
「げっ……アイツ、マジに言いやがった」
陣形を組むサザーランドのコックピットの中で、実況中継を見ていた玉城が驚きの声を漏らす。
「そりゃそうだろ? 俺たちはその為に来たんだからな」
「えぇ……でも、凄い胆力ね? 一体どんな神経をしていたら銃口の前であんな風に振る舞えるのかしら?」
玉城の発言を皮切りに話始める元扇グループのメンバー達。
彼等が会話に使用する回線は、ゼロが用意した特殊なモノであり、盗聴される心配はほぼないと言っていい。
だが、ゼロには筒抜けであり、ゼロがこの回線を用意したのは彼等の人と成りを把握するためであった。
そんな事とは露知らない彼等の会話は続いてく。
「確かに…………彼は、軍隊とは無法に有らず、許可が無くては発砲一つ出来ない、とか言っていたが、だからといってそう簡単に出来る事じゃない」
「アイツは只の変態だよ、へ・ん・た・い!!」
「まぁ、彼が変わっているのは間違いないけど、大したもんだよ。まるで夢物語だった作戦目的を達成した様なモノなんだから」
扇は宣戦布告が済んだ今、作戦の八割を達成したと考え安堵を覚えていた。
しかし、逃げ切るまでが作戦であり、攻めるより逃げる方が難しいと扇は気付いていなかった。
「そうね。こっちの準備は問題なく終わったから、後は合図待ちよ」
G―1ベース内で作業に当たっていた井上が首尾を告げる。
「そうか……ここまでは全て彼の計画通りか」
「ところでよぉ、あのエスツーとかって男とあの生意気な女はどこ行ったんだ? 偉そうなコト言って逃げたのか?」
「それはない……と思う。多分だけど、シンジュクのサザーランドに乗っていたのはアイツだし」
守秘義務に抵触するかも知れないと思いつつ、カレンは言葉を選んで自分の考えを披露する。
「成る程……それならば合点がいく。あの男はいざという場面での切り札か」
「だったら俺達にも教えろってんだ! なぁ? みんな!」
玉城の言葉に同調する声は上がらない。
「と、とりあえず、お喋りはここまでにしよう。皆……生きて帰ろう!」
「「「おう!」」」
玉城の失言を強引に誤魔化すような、元リーダーの締めの言葉に頷いた一同は、ブリタニア軍の動きを固唾を飲んで見守るのだった。