コードギアス〜暗躍の朱雀〜   作:イレブンAM

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戦争前夜

『父さん……どうしてもヤるのかい?』

『くどいっ! 朱雀よ、お前が辛いのも解るっ……だが、これも日本の為だ!』

『だけどっ、僕は嫌だよ! 誰かが犠牲になんてならなくても、話し合えばっ』

『話し合いで済む時期は過ぎたのだ……我が国に残されたのは徹底交戦のみっ。その為の手は、これしか残されておらんのだ!』

『判ったよ……父さん』

 

 ――ガチャっ。

 

 某県某所。

 

 純和風邸宅の奥座敷で親と子の最後の会話を収めたレコーダーが再生されていた。

 それを驚きの表情で聞き入るモニター越しの3人の老人と、よく判っていないであろう1人の少女。

 目の前にはハゲ頭の老人が座り、斜め後方では目を閉ざした師範が正座して何事かを考えている。

 俺の前方を取り囲む様に配置されたモニターの音と、誰かの生唾を飲み込む音だけが静かに響く室内の空気は重く、さながら裁きを待つ罪人の心境だ。

 

 まぁ、実際に俺は罪を犯した訳だが証拠はない。

 そればかりか、思った以上に上手く録音できた会話を使えば、俺に都合の良い事実無根の真実をでっち上げる事が出来る……より良い明日を迎える為には、なんとしてもこの場を乗り切らないといけない。

 

 ここが最初の正念場だ。

 

「玄武めはこの後、お主の眼前にて割腹してみせたのじゃな?」

 

「そうです、桐原のおじさん。父の語る徹底抗戦には必要な事でした」

 

 枢木内閣を影で支えてきた京都六家の一人、桐原翁から放たれた問いは既に何度となく聞かれた問いであり、向かい合って座る俺は平然と嘘をつく。

 

『まことか?』

『あの男が……?』

『しかし、アヤツの死と徹底交戦がどう繋がる?』

 

 俺の発言にモニターの向こうでざわつく六家の代表者達。

 未来知識から目星は付いていたが、どうやら思った以上に軍事的才能は無いようだ……ブリタニアという帝国が、軍事力を背景にした覇権主義を唱えていても軍備を増強してこなかっただけの事はある。

 

 皇暦2010年……弱肉強食を国是に世界各地へ侵略戦争を仕掛ける世界唯一の超大国、神聖ブリタニア帝国と日本国との関係は悪化の一途を辿り、戦争前夜といった様相だ。

 父である枢木玄武はブリタニアの侵略を良しとせず、ブリタニア皇子であるルルーシュ達を殺す事で、和解の道を絶った背水の構えでの徹底抗戦を目論んでいたのである。

 

 その目論見を、俺は……阻止したのだ。

 

 未来知識を得たあの日……ボイスレコーダーと日本刀を片手に枢木玄武の元へと戻った俺は、首尾よく思い通りの会話を記録する事に成功すると、父であった男の腹に日本刀を突き刺して殺害したのだった。

 

【これは未来知識の通り】

 

 この言葉を自身の免罪符代わりに心の中で何度も念じて凶行に及んだ俺であったが、念じるまでもなく不思議と罪悪感が無かったのは、未来知識を得た影響だろう。

 ただ一筋、流れ落ちた涙を拭った俺は、何処か他人事の様に淡々と枢木玄武の姿勢を自割っぽく正して、桐原翁、藤堂師範、それから警察署へ『父が割腹自殺を計った』と連絡したのだった。

 

 今思えば、少し……早まったかもしれない、との後悔がないでもないが……それでも……子供の俺がルルーシュ達を護るには、こうするより他は無かった。

 

「臥薪嘗胆…………父はそう言ってました」

 

『が、ガシンショウタンですか?』

 

 内心の後悔を隠して告げた俺の言葉を、少女がモニターの向こうで繰り返している。

 

「はい。帝国と我が国の戦力差は明らかであり、敗北は免れない……ならば、力を残したままに敗北し、いつの日かの勝利に備えて地下に潜り力を蓄える。これが、父が最後に語った徹底交戦です」

 

『むぅ……アヤツがそこまで思い詰めておったとは』

『じゃが、なにも死ぬ事はあるまいに……』

『そうじゃとも、死んでどうする!? アヤツなくして誰が軍を纏めるのじゃ』

「玄武めの真意は解らぬ……しかし、こうなったからには、最早幾ばくの猶予もあるまい」

 

 無表情を装った俺の発言を受けて、困惑の表情を浮かべた老人達がモニターを介して騒ぎ始めた。

 

 困惑するのも当然だ。

 なにせ、俺の語る父の言動は未来知識を参考にした全くのデタラメだ。

 ここから枢木玄武の真意を探るなんて不可能に決まっている。

 老人達が戸惑う様に父の死は不自然で、もしも俺がもう少しでも歳を重ねていたなら、俺の証言は疑われていた事だろう。

 

 十歳になったばかりの少年には何も出来ない……そういった先入観を逆手にした証言だからこそ、老人達は真実に気づかない……そう……あの日の真実は誰も気付かず、誰も俺を裁けないのだ。

 

 フッ……こうやって改めて考えてみると、自分勝手な非道っぷりに変な笑いが漏れそうになる。

 

 ルルーシュ達の為……未来の通り……これが日本の為……どうせブリタニアには敵わない……枢木玄武が居れば、日本人は死に絶えるまで戦いを止めない…………言い訳は幾らでも出来る。

 だが、言い訳をした所で親殺しの罪は消えない……常人ならトラウマを抱えたコトだろう。

 しかし、未来知識を持つ俺は、間違いでなかったと胸を張って言えるのだ。

 勿論、間違いでないにしても、親殺しが正しいとは思っていない……それでも……こうするより他に無かったのだ。

 

 俺が得たアニメの形を借りた未来知識【コードギアス〜反逆のルルーシュ〜】内には、悲劇と呼べる出来事が多い。

 とはいえ、悲劇が起こると知っているなら回避するのはそれほど難しくないだろう。

 例えば、虐殺皇女事件などはルルーシュに眼帯をさせるだけでも防げるし、シャーリーの死も防ぎようはいくらでもある。

 そもそも、ルルーシュが反逆しなければ、未来知識の悲劇の大半は起こりすらしないのだ。

 

 そんな中でも、どうしても阻止しなければならない、ルルーシュの行動とは関係なく起きる事象が一つだけある…………それが、現ブリタニア皇帝によるラグナレクへの接続だ。

 

 未来知識だと皇帝が目論んだラグナレクへの接続は、反逆したルルーシュによって阻止されており、実際の所ラグナレクへの接続で何が起こるのか定かでないが、人々の意識が一つになるとされている。

 

 ここで素朴な疑問が浮かぶのは俺だけではないだろう。

 

 意識を一つにするって、一体なんなんだ?

 意識を一つにすれば嘘のない世界になる?

 確かにそうかもしれないが、それって結局、意識ある個人が独りになるって事じゃないのか?

 ってか、嘘にまみれた世界が嫌いなら、兄と2人で勝手に死んでくれとしか言えない。

 世界を、俺を、巻き込むな、と。

 

 これさえ無ければ、未来知識に裏付けされた身体能力を頼りに、未来知識から外れた場所へとルルーシュ達を連れて逃げる選択肢も有ったのだ。

 

 因みに言えば、ラグナレク接続阻止といった明確な目的がある今ですら、枢木スザクとしての役回りを演じて生きる気は更々ない……と言うよりも、あんな風には生きたくない。

 何が悲しくてブリタニアの手先となって侵略行為に加担した挙げ句、友達であるルルーシュを殺さなければならないのか。

 親殺しのトラウマが人格形成に悪影響を与えていた様だが、それにしたって枢木スザクの歩んだ道は酷すぎる。

 

 だから俺は、枢木スザクとしては生きずにラグナレク接続阻止を狙いつつ、ルルーシュの反逆に協力しようと思っている。

 これが、未来知識を吟味した俺の計画とも言えない計画だ。

 

 我ながらザックリしすぎな大雑把すぎる計画だけど、下手に考えたところで体力バカの俺では未来知識を活かしきれず、振り回されるのが関の山。

 ならば、いっそのこと未来知識なんかは参考程度に留め、俺の長所である身体能力を活かした、突出した力による一点突破……ぶっちゃけた表現をするなら『力によるごり押し』と、ルルーシュの類い希なる頭脳に頼るのが、俺に出来る最善手となるとの考えだ。

 ルルーシュには当面の間……具体的に言うとC.C.と出逢う迄は未来知識に沿って動いてもらい、俺はその間、ラグナレクに対抗出来そうな力を得る為に動く。

 

 幸いな事に、力を得る手段として活かせそうな未来知識はそれなりに多い。

 ギアスやナイトメアフレーム、重要人物の情報等がそうだ。

 とりわけギアスの情報は有ると無しでは大違い。

 何でも良いから兎に角ギアスが欲しいと切実に思うが、どのみちギアスに関連する事はコードを持つC.C.が現れるまではどうにも出来ないし、現時点では悩むだけ無駄になる。

 

 今の俺に出来る事は、目の前に座る老人と、モニターの向こうの老人達を味方に付ける事だ。

 

「少し、宜しいでしょうか? 父は死ぬ前に……」

 

 顔を上げて背筋を伸ばして姿勢を正した俺は、老人達の議論に割り込み父の遺言として開戦、即、降伏案を改めて述べていく。

 

 老人達に軍才はない。

 しかし、それでも彼等は権力者だ。

 そんな彼等の協力なくして日本製ナイトメアフレームは作れないだろう。

 例え、皇暦2010年では実戦配備すらされていないKMFが、10年足らずで目覚ましい進化を遂げて戦略級兵器になり、それを見事に乗りこなす素質が俺に有ると知っていても、子供の俺ではどうすることも出来ないのだ。

 

 

◇ 

 

 

「朱雀くん……」

 

「何ですか? 藤堂さん」

 

 無事に老人達からの聞き取り調査を終えて縁側で休んでいると、しかめっ面した藤堂さんがやって来た。

 

 未来知識では『奇跡の藤堂』と呼ばれ神格化されている彼も、今は只の桐原翁のボディーガードで、俺にとっては武道の師範だ。

 それなりに親しくしてもらう間柄だ。

 

「君は……父上の事をどう思っている?」

 

 板の廊下に正座して話し掛けてきた藤堂さんの表情は、元々しかめっ面だけに判りにくいけど苦悶の色を浮かべている様に見える。

 

 まさか、真実が見抜かれているのだろうか?

 

「どうって……立派な最後だったんじゃないですか? でも、僕には正直よくわかりません」

 

 チラチラと藤堂さんの顔色を伺いながら、無難そうな言葉を選んで発する。

 

「そうか……やはり、悲しくはないのだな」

 

「え……? そりゃ悲しいですよ? でも、あまりにも急な事でしたから」

 

「そう……だな。朱雀くん……私は軍に復帰しようと思っているよ」

 

「はぁ……?」

 

「君が言うように、日本の敗北は免れまい……だが、私は枢木家の尊い犠牲に報いる為にも、日本の誇りを示す為にも、ブリタニア帝国に一矢報いてみせよう」

 

 赤く染まった西の空を見つめる藤堂さんは、それだけ告げると瞳を閉じて黙り込んだ。

 

 これは……バレている?

 

 しかし、だったらどうして直接的に聞いてこない?

 

「そうですか……」

 

 なんとかこの言葉だけ絞り出せた俺も又、藤堂さんの真意を確かめられないまま、桐原家の者に呼ばれる迄の間、黙って西の空を見つめ続けるのだった。

 

 

 それから、未来知識通りにブリタニア帝国の宣戦布告を受けた日本は、ブリタニアとの勝ち目の無い戦争に突入し、帝国のナイトメアフレームの前に為す術なく蹂躙されていった。

 

 そんな中、藤堂さんの率いる部隊だけが未来知識通りに……いや、枢木家に誓ってくれた通りに、厳島の戦いで勝利を収め『奇跡の藤堂』と呼ばれる事となったのである。

 

 しかし、奇跡の藤堂の奮戦も大局に影響を与える程ではなく、開戦から一月と経たず降伏勧告を受け入れた日本は全てを奪われ、その名を『エリア11』と変える事になるのだった。

 












朱雀に未来知識を与えたのは遥か未来の枢木スザクになりますが、作中で真相を追及出来ないので、この場であっさり明かしておきます。

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