コードギアス〜暗躍の朱雀〜   作:イレブンAM

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テロ活動・前編

 皇暦2017年、8月某日。

 

 キョウトから譲渡された潜水艦を母艦に、神出鬼没のテロ行為を繰り返す俺は、戦場の中で誕生日を迎え17歳となっていた。

 別の言い方をすると、未来知識のスタートラインまで三ヶ月を切った事になるのだが……正直、KMFの開発状況は芳しくない。

 

 当初の予定では、俺が単騎で日本各地の軍事施設を襲撃すれば、安全確実に戦闘データが集まり、それを元にKMFの開発が進むと思っていた。

 しかし、どれだけ戦闘データをかき集めても、俺のデータだけではどうしても偏りが生じて、行き詰まってしまうらしい。

 最新鋭騎を人目に晒せばブリタニアの技術進歩を促すとの心配から、完成させた紅蓮弐式を実践投入していないのも、開発を停滞させている原因だろう。

 何より、張り合いが無いから閃かない、とラクシャータが冗談めいて漏らした言葉が核心をついている。

 

 どうやら未来知識でKMFの性能が飛躍的に高まったのは、ラクシャータとブリタニアの研究者、ロイド伯爵が競いあった結果らしく、奇しくもブリタニア皇帝の『競い合うから進歩する』との持論を立証する形となっている。

 敵に悟られず、こちらの機体だけを強化するのは思いの外難しいようだ。

 

 皇帝を仕止めうる戦略級KMFは開発したい。

 しかし、日本解放の為には、悪目立ちが過ぎるのも色々とまずい。

 テロ行為を重ねる内にブリタニア軍の警戒レベルが増してきたし、このままテロ行為を続けるよりも、戦闘データをフィードバックさせた量産機の開発に重点をおくべきかもしれない。

 

 とりあえず、今日の襲撃は予定通り行い、それから開発チームの意見も聞いて今後の方針を決めるとしよう。

 

 

 

 

「準備はできたかい、ダーリン?」

 

 劣悪な居住性を誇る試作実験機・紅蓮零式のコクピット内で最終チェックを行っていると、正面のパネルにラクシャータの顔がアップで映し出された。

 

「えぇ、いつでも行けます……今日の課題はなんですか? それと、ダーリンは止めて下さい」

 

 バイクに股がるかの様な前傾姿勢を取った俺は、操縦レバーを強く握り締め発進準備を整える。

 

「ツレナイねぇ……あんなに激しく愛し合った仲じゃないか」

 

「たった一回で何を言ってるんですかっ……あなたが本気でないのは俺にだって判りますよ。そんなことより、今日の課題は?」

 

 たった一回……16歳の誕生日を迎えた日の夜、アルコール片手にやってきたラクシャータと、一夜限りの過ちを犯したのは反省すべき事実だ。

 戦闘データ収集と言えば聞こえは良いが、俺のやっている事は人殺しだ……あの日のラクシャータは、人殺しに悩む俺を励ますつもりで身体を預けてくれたのだろう。

 何かを得れば何かを失う……日本を解放するにはブリタニア人との争いは避けられず、KMFを駆って戦えば人が死ぬ。

 俺の悩みは、こんな当たり前の事にも気付かない考えの甘さが招いたモノであり、その結果、周囲の人達にも心配を掛けていた。

 

 つまり俺は、撃たれる覚悟はおろか、撃つ覚悟さえも出来ていなかったのだ……我ながら、なんたる愚かしさか。

 

 ラクシャータに娼婦の様な真似をさせて、漸く周囲の心配に気付いた俺は、覚悟を決めて甘さを克服したのだが、人目を気にせず茶化してくるのは勘弁して欲しい。

 

「ツレないプレイボーイさんには、耐久性のチェックでもしてもらおうかねぇ?」

 

「それって色々と酷くないですか? 意図的に被弾しろってことですよね?」

 

「しょうがないじゃないか。こうでも言わないと坊やは全て避けちまうだろ? 最高のデヴァイサーの売り文句は間違いじゃなかった様だけど、それじゃぁデータ取りには成らないのさ」 

 モニターの向こうのラクシャータは、やれやれといった面持ちで煙を吹かしている。

 

 確かに俺と零式なら全ての攻撃を回避もしくは迎撃出来るが、まさかそれが悪影響を与えていたとは。

 

 試作実験機・紅蓮零式……ラクシャータと手を組んだ俺が真っ先に製作を依頼した、乗り手の都合と見た目を一切考えない過剰スペック機。

 三本爪の右腕には試作型の輻射波動機構を備え、サクラダイトを贅沢に使って実現させた高出力と両足のランドスピナーに頼った急停止、急加速、急旋回が可能になっているが、乗り心地は最悪だ。

 左碗部外側にはブレードを仕込み、脱出機構をオミットした分だけ背面に銃器や廻回刃刀を背負い継戦能力を高めているが、バランスは悪い。

 四肢は有っても頭部は無く、海中移動の為に首から肩にかけては丸みを帯びており、その外見に紅蓮弐式の面影はない。

 

 いくつか欠点はあるけれど、現時点で最強のKMFなのは間違いなく、ある意味でラクシャータの張り合いを奪っているKMF、それが紅蓮零式だ。

 口にこそしないがラクシャータ達科学者陣は、零式の性能に満足しているフシがある。

 未来知識を持つ俺としては、KMFの到達点をはっきり思い描けるだけに、空も飛べない零式の性能は満足に程遠いのだが……どう説明したらいいのやら。

 実際に開発するのはラクシャータ達なので、俺がいくら夢想に近い案を伝えても、彼女達が納得しない限り実現は難しいのである。

 

「はいはい、分かりましたっ。撤退間際に何発か被弾して来ますよっ」

 

「頼んだよ。それから、死ぬんじゃないよ…………行ってきなっ、試作実験機、紅蓮零式!」

 

「了解っ……紅蓮零式、発艦します!」

 

 こうして潜水艦より飛び出た俺は、ブリタニア軍によって全住人が移住させられ、島全体が関西地方に睨みを利かせる軍事要塞と化した『アワジ』を目指して海中を突き進むのだった。

 

 

 

 

――ビーッビーッビーッ!!

 

 

 悠々と海中を進み西から軍港へ這い上がった俺と零式を歓迎するかの様に、けたたましい警報音が辺り一面に鳴り響いている。

 それと共に建ち並んだ倉庫の扉が開き、ブリタニア正規軍が使用する第五世代KMF、サザーランドが銃を構えて現れた。

 一糸乱れぬ動きを見せる無数のサザーランドは、瞬く間に俺の紅蓮零式を遠巻きに取り囲む。

 

「これはっ!?」

 

 海中で何かのセンサーにでも引っ掛かっていたのだろうか?

 いくらなんでも敵の反応が早すぎる……これでは唯一包囲されていない背後の海中も逃げ場にはなり得ないと考えるべきか。

 包囲の薄い先に罠を敷く……人間の心理を突いた古くからある戦法だ。焦って海に飛び込めば何が待ち受けているか判ったもんじゃない。

 

『待っていたぞ! デビルオクトパス!! 雑兵どもは手を出すなっ。さぁ、お前の大事なモノはなんだぁ!』

 

 部隊の指揮官騎と思われる刺々しい感じのサザーランドから、オープンチャンネルを用いた通信が一方的に送られてきた。

 デビルオクトパスとは酷い言われようだけど、ボディカラーの赤と攻撃を回避する動き、そこに海中から現れる様と見た目を加え、畏敬と侮蔑を込めてブリタニア軍からはこう呼ばれている。

 

 それはさておき……映像まで送ってきたオレンジ髪したコイツは、ブリタニアの吸血鬼と呼ばれているルキアーノか?

 未来知識ではさしたる見せ場もなく撃墜される男だが、一応、ナイトオブラウンズと呼ばれる帝国最強の騎士の一人。

 現時点でナイトオブラウンズに属しているのか不明ではあるが、手強い相手には違いない。

 それがどうして、こんな時期に、こんな辺鄙な島に居るんだ?

 

「お前に答える必要はない!」

 

 浮かんだ疑問に頭を振った俺は、素早くキーボードを叩き救難信号を発して通信解析を起動させると、ルキアーノ目掛けて突撃を仕掛ける。

 虎穴に入らずんば虎児を得ず……こういう場合は指揮官であるルキアーノの背後こそが、逃げ道に繋がっているんだ。

 

 包囲に至った経緯などの疑問は残る……誰にも知らせず単艦で動く俺達の行動は、外部の人間では知り得ない筈だ。

 

 スパイでも居るのか……?

 

 いや、今は考えるな。

 

 この手際の良さとルキアーノの台詞、旧型のグラスコーでなく新型のサザーランドが配備されている状況等を考え併せると、待ち伏せを受けたのは明らかであり、島全体に警戒網が敷かれていると見るべきだ。

 一刻も早く包囲網を突破しないと、俺はともかく、海中で待機しているラクシャータ達が危険に晒されることになる。

 

『生意気な猿がっ!』

 

 ルキアーノ機は、俺の突撃を待ち受けるかの様に大型の槍を前方に構えた。

 

「遅いっ!」

 

 ランドスピナーを噴かせルキアーノ機の直前で零式を急旋回させた俺は、抜き去り様に「クルクルキック」を放ってルキアーノ騎を転倒させる。

 

『ブラッ……ぃーきょ…!?』

『そ……っ!? ……であん……きが!?』

 

 ノイズだらけの女の叫びがコックピット内に響く。

 周波数解析までもう少しといったところか。

 

「フッ……貴様の大事な大事な命は、俺次第だな」

 

 左腕に仕込んだブレードを展開させ、時間稼ぎを兼ねて倒れるルキアーノ騎に切っ先を突き付ける。

 

『お、己ぇ……』

 

 ここでルキアーノは殺せない。

 今、コイツを始末するのは簡単だが、そうすると更なる強敵を日本に招く事になるのは俺にでも分かる。

 目的を見誤ってはイケないんだ……テロ活動で小さな勝利を積み重ねた所で、ブリタニア皇帝に届きはしない。

 今、俺がすべき事はKMFの開発であり、この島からの敗北に見せかけた戦略的撤退だ。

 

 そう判断した俺は、ルキアーノ機に向けていたブレードを収めると、零式を180度回頭させて東を目指して加速させる。

 

『わっ、私の命を見逃しただとぉぉ!? 己っ……貴様ら何をボサッとしている! 追えっ! 撃てっ! 絶対に逃がすんじゃない!! アイツは私がこの手で殺してやるぅ!』

 

 俺の背後で歯ぎしりしたルキアーノが、先程とは真逆の命令を叫んでいる。

 こいつはオープン回線のままらしい。

 

『イ…ス、マイロー…っ!!』

 

 コックピット内にノイズの混じった兵士達の声が響く。

 

 これだけ聞こえれば十分だな……あとは逃げながら追ってくる敵と闘い、最後の戦闘データを取るだけだ。

 どれだけの数で追って来ようとも、包囲網を破った今なら複数対壱の連続でしかない。

 俺と零式ならば何の問題もなく達成できるミッションだ。

 

 急停止からの旋回で背後を振り向いた俺は、追ってきたサザーランドの足元目掛けてアサルトライフルを乱射する。

 

「悪いがヤらせてもらう!」

 

 零式にジグザグな軌道を描かせ、急な攻撃を受けて動きの止まったサザーランドに迫り、スレ違い様にブレードを展開させて胴体部分を上下に別つ。

 

『…っ出し…す!』

『うわぁ……ぁ!?』

 

 崩れ落ちるサザーランドの背中の脱出ポットが次々と作動していく。

 しかし、それ以上の数のサザーランドが基地方面から迫り来る。

 

『大ピンチじゃないか。どうするんだい?』

 

 図ったかの様なタイミングで、ラクシャータの声が狭いコックピット内に届いた。

 台詞内容とは裏腹に、ラクシャータの声から焦りの色は伺えない。

 

「残念だけど、零式の回収は諦めてください……パターンZでいきます」

 

 俺は迫るサザーランドに攻撃を仕掛けては退き、上陸した反対側にある海岸を目指しながら、淡々と方針を告げる。

 

 パターンZとは、事前に決めておいた逃走経路の一つであり、その内容は潜水艦の即時後退、零式の自爆による証拠隠滅、そして、デヴァイサーは生身の単身で合流ポイントへ撤退する、といったモノである。

 今回のパターンZなら合流ポイントは和歌山に設定している……それなりの距離はあるが、俺なら自力で泳ぎ着ける。

 

『あんた、正気かい?』

 

「えぇ……こんな事態を招いたのは情報を軽視した俺の責任ですから。姉御のナイトメアを破壊する事になって申し訳ありません…………俺にもしもの事があったら、おじさんを頼って下さい。それから、誕生日の夜はすいませんでした……俺が不甲斐ないバカリに姉御にあんな真似をっ」

 

 予定では上手くいく筈だけど、何が起こるか判らないのが戦争だ。

 万一に備えて遺言めいたことを告げておく。

 

『待ちなっ! あんた何を考えてっ』

 

――プツンっ

 

「俺はずっと、より良い未来を考えてますよ」

 

 ラクシャータとの通信を切断した俺は、すっかり馴染んだ零式の劣悪なコックピット内で呟いた。

 

 全ては俺の考え無しの行動が招いたことだ。

 

 未来知識と紅蓮零式を過信する余り、現代の情勢を調べていなかったのが、今回の待ち伏せを受けた原因だろう。

 テロ的襲撃を繰り返す内に、零式ならばどんな軍事施設への襲撃でも無事に果たせると驕り、基地の情報をロクに調べもせずに襲撃していたんだから、愚かだったとしか言えない。

 

 やはり、体力馬鹿の俺には指揮官の真似事は荷が重かった様だ……完全にブリタニア軍から目を付けられていたみたいだし、テロ的活動はこれまでだろう。

 

『居たぞっ! こっ…だ!!』

『相……たったの一騎! 包囲し…一斉……かるぞ』

 

 追ってきたサザーランドは後続部隊を待っているらしく、一ヶ所に固まって留まり通信を飛ばし合っている。

 

「いくぞ、零式……最後にもう一暴れしてやろう!」

 

 それを見た俺は、一年以上の時を共に過ごした物言わぬ相棒に声をかけると、右手の爪を開いて纏まりきらぬサザーランドの群へと突撃をかけるのだった。

 










アワジはオリ設定。

零式はゼロシキと読みます。


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