TS聖女様は破滅エンドを回避したい~※なお、攻撃力はカンストしているものとする~   作:ねくしあ

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幕間:全軍、進軍せよ

 王城の廊下は、どこからでも日差しが差し込むようになっている。

 

 そこに、一人の男が影を創り出す。

 

 傍らには魔法を使うための杖があり、黒いローブを纏う風貌はまさに魔法師。

 彼こそ、「魔法師=黒いローブ」というイメージを人類に——少なくとも王国の民に広めた存在。

 

 その名を、マレウス・ノスフェルンという。

 

「聖女……どうして最近よく聞くのだろうかねぇ」

 

 この男もまた、聖女の名を呟いていた。

 

 彼の脳内にあるのは、数日前に行われた御前会議のこと。

 

 帝国がきな臭いと噂を聞いてすぐの開催だったのが、やけに印象に残っている。

 更に、会議の議題が聖女に関してだったことには驚かされた。

 

 つまり「一国の王が回復魔法に特化した魔法師一人について、宰相と将軍を引っ張ってきた」のだ。

 

「聖女アトラ——彼女は化物だ。歴代の弱気な聖女とは全く違う。その力を、己の崇高なる目的のために使おうとしている」

 

 自らが敬愛する王が、怯えたような目つきで——戦場で自分を見た敵兵が、死の直前にする目と似ていたような——そう語った。

 

 あの光景は生涯忘れることはない……そう、マレウスは確信している。

 

「だからこそ、興味が湧くというものだよ」

 

 不気味に零れた独り言は、静かな廊下に溶けて消えた。

 魔杖と重なる足音だけが反響する。

 

 しかし、次第に周囲は喧騒に包まれ始めた。

 

 しばらく思考を巡らせている内に、彼は目的地に到着していたのだ。

 

「マレウス団長。我ら魔法師団第二大隊、準備完了しました」

「第一大隊も準備完了しております。即時の出発が可能です」

 

 王城の敷地内には、王国軍の基地がある。

 そこに足を踏み入れると、二人の軍人が報告しにやってきた。

 

 二人とも、勇猛果敢な兵士の顔立ちをしている。

 マレウスは研究者に近い性分であり、顔もそちら側に見えるため、比較すれば団長の方が弱そうに見えてしまう。

 

 だが二人とも服装はローブであり、そうなると逆にマレウスの方が雰囲気が出てくる。

 

 魔法師団がローブを制服にしているのは、その点をマレウスが気にしていたからに他ならない。

 

「そうか。では、総員に招集命令をかけてくれ。用事が済んだら進軍を開始する」

「「はっ」」

 

 数分後、マレウスの前には千人もの魔法兵が集まっていた。

 大隊は一つにつき五百人程度であり、今回は二個大隊の戦力を運用する。

 

 魔法兵は貴重であり、即座に動かせる戦力は多くない。

 高位貴族の護衛などにも使うことも多く、実際は師団規模もある魔法師団ながら二個大隊という結果になったのである。

 

「総員、傾聴せよ」

 

 その一言で、全体は一気に気を引き締める。

 

「我らが目的地は、アトラム聖律学院。未知の敵に対する戦闘行為であり、将来を担う学生たちを守るための護衛行動でもある。中でも重要なのは、聖女の存在だ。彼女は——きっと私よりも強い」

 

 口数の少ない——独り言を除けば、だが——マレウスが長々と話す。

 それだけでも兵士たちは違和感を覚えていた。

 そこに放たれた、聖女の方が強いという言葉。

 

 青天の霹靂としか言えない。

 

 王国最強と名高い彼が、偏屈ではあるが誇り高い彼が、回復魔法に特化しているだけの魔法師の方が強いと言ったのだ。

 

(これは……生きては帰れないかもしれないな)

(学院と聞くと、今でも虹の極光を思い出す。まさか——)

(この作戦が俺たちの、いや、王国の将来を左右する。そんな気がしちまうのは……気の所為じゃねぇだろうなぁ)

 

 遠くに立つ、最強のはずの魔法師を見て、兵士たちは様々な思考を浮かべた。

 誰も彼も、希望は抱いていない。

 

「だがしかし、未知の敵はそれを弑逆しかねないほどの脅威だ。そのために、我々は向かう。この国において、建国史上最大の損失を生まないために、我々は進む。全てはセリオール国王陛下の願いだ。さぁ——全軍、進軍せよ」

「「「はっ!!!」」」

 

 ◇

 

 魔法師団のために作られた大型の戦車により、兵士たちは輸送されていく。

 魔法技術をふんだんに使った戦車は、馬車よりも早い。

 

 そうしておよそ1時間。

 学院に隣接する街・レイリアの近郊に到着した彼らは、妙な違和感を覚えた。

 

 胸騒ぎや直感といった、曖昧でしかないもの——しかし、魔力を扱う者はそれが如何に大事であるかを知っている。

 

 ——確実に、何かが起こっている。

 

 当然、マレウスもそのような感覚を味わっていた。

 

「団長……」

「そうだねぇ、これは……人間じゃない。“魔”がそこにある」

「魔というと、まさか——!」

 

 彼の近くにいた者は、同時に同じものを思い浮かべた——聖女が虹の極光で消滅させる直前、わずか数秒だけ見た、禍々しい怪物の姿を。

 

 その時、誰かが近づいてくる音がした。

 好奇心に駆られたマレウスはすぐさま外に飛び出し、慌てて副官たちがそれに追従する。

 

「魔法師団団長。ボクが来てやったぞ」

「君は……確か、ルクレア学院長の付き人か」

「そんなところだ」

 

 紫色の髪の少年は、生意気な態度でマレウスに話しかける。

 それが許されているのも、ルクレアの影響力あってこそだ。

 

「ここから先は既に戦闘区域だ。お前ら以外が入ればすぐに死ぬくらいには危険だ。だからボクが案内してやる。他の兵にも伝えておくんだな」

 

 その言葉を聞き、副官たちはすぐさま伝令を走らせた。

 

 口調こそ雑だが、優しい少年であるのをマレウスは知っている。 

 暴言を吐くようなことはなく、事実を述べる。それが少し怖く見えるのは、当の本人は理解していない。

 

「それで、敵というのは——」

「もう想像ついてるだろ。()()だよ」

 

 深い溜息が漏れる。

 けれど、同時に口角が上がっていることにも気づいた。

 

 倫理観よりも、研究者としての性が先行した証だった。

 

「数は100くらいかな。既に数体倒されてるけど」

「もしや、それは聖女か?」

「そうだよ。……全く、あの聖女は本当に恐ろしい。ボクを拷問しようとしたんだ。そんなこと出来る奴はいない。実力の面でも」

 

 拷問。

 そんな言葉が聖女と結びつけて飛び出てきたことが不可解で仕方なかった。だが、王の怯えた顔を思い返すと腑に落ちる。

 

 確か暗部の者も尋問され、精神を修正不可能な程度に変えられてしまっている。宮廷に仕える回復魔法師も頭を抱えていたのを、魔法師団団長であるマレウスはよく知っていた。

 

「——覚悟を決める、か」

「さっさと向かうよ。今も学院の生徒やレイリアの住人が死んでるかもしれない」

 

 そうして再び進み出す戦車。

 

 車輪が揺れる。

 命の灯火が、価値が揺れ動く。

 

 ここは今、死地へと変わり果てていく——

 

 

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