TS聖女様は破滅エンドを回避したい~※なお、攻撃力はカンストしているものとする~   作:ねくしあ

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幕間:風に揺れる少女

「くっ——」

 

 魔族の巨大な拳が女子生徒の胴体にぶつかり、その華奢な身体を突き飛ばす。

 数秒の間、宙を舞い放物線を描く。そうして遮るものがなかった廊下の床で一回バウンドした後に転がり、ようやく動きを止めた。

 

「大丈夫!?」

「よそ見しない!」

 

 吹き飛ばされた仲間の方を向いた生徒に対し、鋭い声が突き刺さる。

 直後、彼女は勢いよく吹いた風により姿勢を崩して転んでしまう。

 

 その生徒が顔を上げると、先程まで自分がいたところを魔族の太い腕が通り過ぎていた。

 

「仲間の子を助けに行ってあげてください! 一番近い医療班は東の教室にいます!」

 

 緑色の髪の少女——生徒会会計であるミリアだというのは、その場の皆はすぐに分かった。幾度も聖女の隣にいるのを見ていたからだ。

 

 そして、そんな優しい少女の叫びは、皆の足を動かすには充分だった。

 先程殴られた少女を抱え、他の三人は脇目も振らず医療班のいる教室へと向かう。

 

「グギ……」

 

 追いかけようとする魔族の前に、二人の少女が立ちはだかる。

 一人はミリア。もう一人は、銀髪ツインテールの少女——レキだ。

 

「みんなのことは、あたしが守るっ! 血月業炎(ラグナ=イグニス)!!」

 

 真っ赤に染まった満月が昇り、世界が赤黒く染め上げられる。

 その赤月は校舎を無惨に破壊しながら、標的への殺意を高ぶらせていく。

 

「グギ……!」

 

 魔族が、無意識に後ずさる。

 それほどまでに、彼女は強い信念を持っていた。

 

「グギャァッ!」

 

 しかし、魔族は逃げない。それどころか、重い右足を前に引きずり出し、術者を殴りかかろうとしていた。

 

「レキちゃんには近づかせません! 風絶(ふうぜつ)!」

 

 腕を振り上げながら走る魔族に強烈な向かい風が吹き付ける。

 ただの風かと思い足を進めるが、身体は前には動かない。少しずつ、僅かな距離だが後退していた。

 

「覚悟してよね! はあああぁっ!」

 

 魔力を込め終わり、ついに赤き満月は地上へと墜落する。

 

「ャッ——」

 

 刹那、魔族の身体はあまりに大きすぎる炎に呑み込まれ、声にならない声を誰にも届かせることなくこの世から消え去った。

 

「ふぅ……疲れたぁ~! ナイスだったよミリアちゃんっ!」

「この調子で頑張ろうねっ。次は……医療班の巡回かな」

 

 脳内に叩き込んだハザードマップ——ミリアには聞き馴染みのない言葉だったが、アトラが提案したことで作成された。医療班のいる教室の位置やそこまでの経路などが記載されている——を思い出し、まだ見回っていない医療班の場所へと向かう。

 

 道中、魔族と戦っている生徒たちがいた。

 それだけでなく、魔族の死体なんかも転がっていた。全身に傷跡があり、血溜まりの中に沈むものが大半で、生徒たちによる激戦があったことを物語っている。

 

 対して、生徒の死体は見当たらない。

 負傷者や遺体はまとめて医療班の教室へ運ぶ、という指示があるためだろう。

 

 これは、前回の襲撃に比べて最も違う点と言える。

 歩くだけで死体を数体見かける地獄絵図ではない——その変化は、まさに聖女の生み出した奇跡だ。

 

「生徒会のミリアです! 異常はありませんか!」

 

 何の変哲もない教室を開けると、そこには何人もの生徒がベッドの上で倒れ込んでいた。

 それぞれのベッドの横には回復魔法を使う生徒がおり、懸命に治療をしているようだ。

 

 そして、奥から一人の少女が駆け寄ってくる。

 どうやら、彼女はここのリーダーらしかった。

 

「こちら第四医療班、異常ありません。死者もおらず、ここにいる生徒たちは軽症から中等症であり、この場での快癒が望めます」

 

 さっと周りを見渡すと、彼女の言う通り、大量に出血するような怪我を負った生徒はいなさそうだった。

 回復魔法をかけ続ければ完全に治る——その言葉に嘘はないらしい。

 

「了解です。引き続き治療、頑張ってください」

 

 その声に、回復魔法師たちは頷きや笑顔などで返した。

 回復魔法を使えない自分に出来るのはこのくらいだという思いから発せられたものだったが、存外に喜んでくれたようだ。

 

「あっ、ミリアさん」

「どうしました?」

 

 リーダーに呼び止められ、ミリアは足を止めて振り返る。

 

「先程、ノエルさんが探していました。生徒会室……中央司令部に来てほしい、と伝言を受け取っています」

「分かりました。ありがとうございます!」

 

 すぐさま二人が中央司令部——生徒会室は今や情報が集約される場所になっている——へ向かうと、そこには紫髪の少女、ノエルがいた。

 机に広げられたハザードマップを見つめ、難しい顔で考え込んでいる。

 

「ノエルちゃん、どうしたんですか?」

「……分からないん、です。魔族が、どこから来る……のか……」

 

 ハザードマップを覗き込むミリア。

 自分の記憶したものよりも、色々と書き込まれているのはすぐに分かった。

 

 魔族が目撃された場所につけられた丸は無数にあり、負傷者の数と残存戦力は数分単位で記録・更新されている。

 

 ——その時、後ろから素早い足音が迫るのに気づいた。

 

「第六区域の記録を報告します! 負傷者は新たに二人! その後、第六医療班より三人が戦線復帰!」

「二名……と……三人……了解、です。戻って構いません……よ」

「失礼します!」

 

 風のように去っていった少女は、間違いなく風魔法を使っていた。 

 

 それもそのはず。

 戦力の他に斥候が学院の各所に分散し、足の早い者などがこうして司令部に報告——という体制が作られているからだ。

 

「それで……魔族の出現場所、だったよね」

「はい……見ての通り、北東の次は南西、次に北西……といった風に、ランダムに出現して……いるんです。一箇所から出現しているとは……思えず……」

 

 これにはミリアも頭を捻る。

 出現場所が、移動経路が分かれば、そこに戦力を集中させることができる。

 しかし分散しているようでは死者が出る確率が跳ね上がってしまう。

 

 と、そこでレキが声を上げた。

 

「あたしは頭があんまり良くないけどさ……アトラちゃんがいっぱい倒してるから、順番が分かんないんじゃない? ちなみに、あたしたちが最初に見たのは南の方だったよ!」

 

 ハザードマップを見ると、魔族の確認報告は南の方が多い。対して討伐報告は、南以外が多かった。

 

「魔族が、移動した先で……倒されている……ということ……?」

「本当だ……! さすがレキちゃん!」

「えっへん! あたし、アトラちゃんに関することなら誰にも負けないんだからっ!」

 

 胸を張って自慢げに笑うレキと、空色の瞳を輝かせてブツブツと呟くノエル。

 その間に挟まるミリアは、今回の襲撃——聖女事変を救う人物、アトラのことを想っていた。

 

(皆は四人一組で戦ったり、治療したりしているのに、アトラちゃんだけは一人。孤独にずっと戦って、時には癒やして……しかも怖いのは、わたしたちが学院を回っている間、一回も見かけていないこと。お願い——)

 

 強い願いは、浅い呼吸の中、痛む胸の心から漏れ出しては血管を辿り、声帯を震わせて世界に顕現する。

 

「アトラちゃん、死なないで……!」

 

 少女の涙に、雷のような光が一瞬だけ反射する。

 

 それが、彼女の思いが届いた証であることを、彼女は知る由もなかった。

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