魔法工略 ~魔法世界に召喚されたけど才能がないと捨てられたので持ってる知識と工業の力で攻略します~ 作:雨(あめ)
深い森の中。苔むした遺跡が一つ。
天を覆うほどの巨大な建造物に雑草や蔦が好き放題生え茂るその姿を見れば、どんな鼻たれ小僧でもこの遺跡の歩んできた歴史に思いを馳せることだろう。
手入れはおろかここ数十年人の目に触れられてさえいないのではないかと思わせるそんな姿でありながら、いまだ荘厳さを失うことなく静かに佇んでいる。
その孤独を賛美するかのように、朝露がしきりにきらめいていた。
まさに絶景。
かの松尾芭蕉であれば、五 七 五 七 五 七 五 七 五......(∞)の俳句を詠んでいたに違いない。
しかし、そんな遺跡の階段に腰を下ろす男は、景色のことなど微塵も気にしていなかった。
頭を抱えてうなだれる彼の視界に映るのは、靴紐のほどけた仕事用の革靴と、地面に刻まれた車輪の跡だけ。
「はぁ、、、。」
男は短い黒髪をわしゃわしゃとかきむしって、大きなため息をついた。
見た目については特にこれといって述べることもなく、平凡そのもの。
強いて言うならば身長179cmというわずかばかりに恵まれた体躯をしているものの、今は小さく丸まっていて見る影もない。
白いシャツにスーツと革靴。隣には雑に折りたたまれたジャケットが転がっている。
スーツやネクタイの色が黒で統一されており、まるで葬式に行くかのような装いではあるが、それをおいても街にいて違和感を感じるような見た目ではない。
だが先ほどから言っている通りここは街ではないのである。
息をのむほどに美しい古代遺跡の階段に座るにしては随分とアンマッチなコーディネートだ。
実際この景色の中で彼は浮きに浮いている。
「はぁ、、、。」
しかし今の彼にはそんなことを気にする余裕などなかった。
なぜこうなったのか、これからどうすればいいのか。
とりとめのない考えばかりが頭をめぐり、ただただため息の数だけが増えていく。
「、、、。」
そんな彼を慰めるかのように、靴の先に蝶がとまった。
男は少し足を動かしてみたが飛び立つ様子はない。
「、、、お前も一人なのか。」
この不安を分かち合う友を見つけたような気持ちで手を差し伸べる彼の眼前を100匹あまりの蝶が横切った。
「はぁ、、、。」
また一つ、ため息がこぼれた。
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樹神(コタマ) 樹(タツキ)は東京で小さな町工場を経営する両親のもとに生まれた。
両親といっても母親は物心がつく前に亡くしており記憶すらない。
しかし、この樹ではじまる苗字に樹という名前を付けた張本人であることから、タツキは自らの母について相当なファンキーガールだったのだろうと思っている。
そうして男手一つで育てられてきたタツキであったが、大学卒業を機に父親の経営する樹神電機に入社。
現場で黙々と作業をしているのが好きという父に代わり企業間での交渉などを担当していた。
そうして2年。
社としての業績は目に見えて上がっていた。
SNSに力を入れたことで若い人材の確保に成功。
それによりできる業務の幅も増え、さらに2年間で行ってきた多くの取引先とのやり取りで業界としての今後のニーズも見えてきた。
これからというところだった。
まさにこれからというところで、タツキの父、樹神(コタマ) 仁(ジン)が倒れた。
そして1年の入院を経て、そのまま帰らぬ人となった。
62歳であった。
葬式には親戚以外にも多くの人が参列した。
友人、樹神電機の従業員、父がよく行っていたスナックのママ、よくしてくれていた取引先の社長。
皆が惜しい人を亡くしたと彼の死を悼んだ。
それを見たタツキは、自らの父が多くの人から愛されていたのだと感じた。
無口ではあるが面倒見がよくいつもニコニコと笑っている。
そんな父を思い出し、タツキはなんとなく、暗い葬式にはしたくないと思った。
だから大いに飲んだ。
それに気づいてか、はたまた酒が飲みたかっただけか、従業員のおっさん連中を筆頭に皆ぐびぐびと酒をあおり、次第に笑い声も溢れ、最後には肩を組んでの大合唱が始まる始末だった。
そうして時間が過ぎ、いつしかタツキは寝てしまった。
次に目を覚ました時、タツキは全く知らない場所にいた。
クリーム色の石壁に金の調度品。天井からは巨大なシャンデリアが生えている。
これを一言で表すのであれば、そう、宮殿である。
タツキは思った。
「いや待てよ、そんなわけないだろ。」
と。
まだ酔っているのか、はたまた夢でも見ているのか。
だるさから起こす気にもならない体を地面に預けたまま思考を巡らせる。
ゴッ、、、。
「うわっ!なに!!」
そんなタツキの脇腹を何かがつついた。
飛び起きるようにして視線を向け、そしてまた固まる。
大勢の人間、それも外国人が訝しげな顔でタツキのことをのぞき込んでいた。
起きたら知らない場所で外国人に取り囲まれているという状況だけでも十分に困惑するが、その格好というのがタツキの思考回路にさらなるダメージを与えた。
彼らの半分近くは布製のローブを着ており、もう半分にいたっては鎧を着こんで手に槍を持っている。
はじめは大の大人が平日の昼間に集まってごっこ遊びでもしているのかと思ったがどうも違う。
巨大な宮殿のような部屋、明らかに金属でできた鎧、そしておもちゃには見えない槍や剣。
ごっこ遊びにしては金や手間がかかりすぎている。
「となるとこれは、、、。」
宗教。そんな言葉が脳裏をよぎる。
酔っぱらってどこぞの宗教組織の建物に入り込み、その中心でグースカ爆睡を決め込んでいた。
そんなビジョンがありありと見える。
彼らは槍、剣、鎧の重武装。明らかに穏やかな集団ではない。
まずいことになったかもしれないと血の気が引いていく。
起き上がり困惑するタツキを見て、男たちもまたどうしたものかと思案しているようだった。
両者の間に緊張が流れること十数秒、集団の間を割って一人の男が現れる。
高そうなローブを身にまとい、ひげをもっさりと蓄えたなんともな見た目の老人だ。
ベルトから下げる紋章は、彼のものだけわずかに意匠が異なる。
「(宗教、位が高い、、、教祖。)」
タツキの脳内ネットワークは即座に答えを導き出した。
教祖(仮)はタツキの顔をまじまじと覗き込むと何も言わずにまた集団の中へと戻っていく。
タツキはゆっくりと遠ざかっていくその曲がった背中を目で追うことしかできない。
すると老人の背中がぴたりと止まった。
そしてゆっくりと向きを変える。
ここでタツキは気づいた。
集団ばかりに気を取られていたが、部屋の奥にも一人男がいたことに。
金で装飾された真っ赤な服に、これまた高そうな杖を携え、頭には王冠がやや傾きながら乗っている。
年齢にして50歳くらいか、そんな男が豪奢な椅子にこれでもかとふんぞり返り、タツキのことを見ていた。
「(おっと、あっちが教祖だったか。)」
タツキの中で勝手に幹部(仮)へ格下げされた老人が件の男へ耳打ちをする。
それを受けた男は「ふぅ。」と一息をついて背筋を伸ばし、杖を地面につきなおした。
そしてついに口を開く。
「ようやく起きられたようですな、勇者殿。」
「はへ、、、。」